星海前進   作:Jefflocka

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今週の投稿はこれでおしまいです!
また来週も頑張ります。これからは主に週末に投稿すると思います。


第5話 正義の誓い

 第5話 正義の誓い

 

 

 

 ——前回までのあらすじ。

 

 壁の外を知りたかった男、エルヴィン・スミス。

 

 調査兵団団長として人類を導き、ウォール・マリア奪還作戦で命を落としたはずの彼は、神々と怪物の都市、オラリオへと落ちた。

 

 工場地帯での戦闘を経て、エルヴィンは正義の眷族、アストレア・ファミリアに加入する。

 

 Lv.1。

 

 ステータス初期値。

 

 スキル【策謀看破】。

 

 新たな肉体はまだ弱い。

 

 だが、前世で積み上げた二十年の戦場経験は消えていなかった。

 

 輝夜との毎朝の鍛錬。

 

 賑やかな食卓。

 

 アリーゼとリューの距離感。

 

 ライラの軽口と仲裁。

 

 エルヴィンは少しずつ、星屑の庭という家の空気を知っていく。

 

 そんな朝、ガネーシャ・ファミリアのシャクティとアーディが星屑の庭を訪れた。

 

 燃えた工場跡地から、魔石製品の心臓部である撃鉄装置が十二基消えていた。

 

 それは単なる盗難ではない。

 

 エルヴィンは報告書の図面を見て、そう看破する。

 

「盗難ではない。準備だ」

 

 星屑の庭の朝に、暗黒期の戦場の匂いが入り込んだ。

 

 ***

 

 食堂に残された報告書は、沈黙よりも重かった。

 

 燃えた工場跡。

 

 第三棟。

 

 消えた撃鉄装置、十二基。

 

 エルヴィンは、もう一度図面に目を落とした。

 

 文字は読めない。

 

 だが、配置は読める。

 

 火元。

 

 搬入口。

 

 倉庫。

 

 盗まれた部品の位置。

 

 残された金目の品。

 

 そこには、犯人の意図が残っていた。

 

「一つ確認したい」

 

 エルヴィンが口を開く。

 

 アリーゼ、輝夜、ライラ、リューが一斉に彼を見る。

 

「撃鉄装置は、単体で価値があるものなのか」

 

「あるにはある」

 

 ライラが答えた。

 

「魔石製品を作る工房なら欲しがる。けど、十二基まとめて盗んで即売れるような代物じゃない。足がつく」

 

「つまり、売却目的ではない可能性が高い」

 

「だな」

 

 ライラは頷いた。

 

「普通なら本体ごと盗む。魔石灯でも、加工機でも、完成品の方が高く売れる」

 

「だが、犯人は心臓部だけを抜いた」

 

 エルヴィンは図面の空白を指した。

 

「これは、武器を盗んだのではない。武器を起こす手を盗んだ」

 

 食堂の空気が、さらに冷える。

 

 リューが静かに拳を握った。

 

「なら、急がなければ」

 

「待て」

 

 輝夜が短く止める。

 

 リューの耳が、ぴくりと動いた。

 

「また止めるのですか」

 

「また走る気か」

 

「被害が出る前に動くべきです」

 

「それは正しい。だが、正しいだけだ」

 

 輝夜は茶碗を置いた。

 

「敵の場所も、数も、狙いも不明。貴様が今走れば、正義の旗ではなく、ただの的になる」

 

「……ですが」

 

「たわけ」

 

 輝夜の声は低かった。

 

「救いたいなら、まず考えろ」

 

 リューは唇を結んだ。

 

 いつもの罵倒ではない。

 

 輝夜の言葉には、刃よりも重い制止があった。

 

 ライラが軽く手を叩く。

 

「はい、そこまで。輝夜が珍しくまともなこと言ってるうちに話を進めるぞ」

 

「珍しくとは何だ」

 

「普段の自覚がないのか」

 

「斬るぞ、小鼠」

 

「ほら、すぐこれだ」

 

 アリーゼが両手を上げた。

 

「はいはい! 喧嘩は後! 今は撃鉄装置!」

 

 そして、アリーゼはエルヴィンを見る。

 

「エルヴィン、あなたならどう動く?」

 

 問いは軽くなかった。

 

 団長が、新入りに意見を求めている。

 

 輝夜の目が少し細くなる。

 

 ライラは面白そうに口元を歪める。

 

 リューは真剣にエルヴィンを見ていた。

 

 エルヴィンは少しだけ沈黙し、答えた。

 

「まず、犯人はまだ仕掛けを完成させていないと仮定する」

 

「理由は?」

 

 輝夜が問う。

 

「使ったなら、すでに被害が出ている。十二基を盗み、沈黙している。準備中か、時刻を待っているか、そのどちらかだ」

 

「妥当だな」

 

 ライラが頷く。

 

「次に、撃鉄装置を単独で使うとは考えにくい。必要なのは、それを組み込む本体、魔石、作業場所、そして運搬経路だ」

 

「つまり、部品だけ追うなってことね」

 

 アリーゼが指を鳴らす。

 

「部品を使える場所を探す」

 

「そうだ」

 

 エルヴィンは図面から顔を上げた。

 

「工場跡だけでは足りない。魔石工房、倉庫街、違法な加工品の流通路。そこに痕跡が残る」

 

「運搬経路なら、荷車の跡が残っているかもしれません」

 

 ノインが控えめに言った。

 

「工場周辺には土が柔らかい場所もあります。火事の後でも、車輪跡なら残っている可能性があります」

 

「いい視点だ」

 

 エルヴィンは短く言った。

 

 ノインは一瞬だけ目を丸くし、少し照れたように視線を落とした。

 

「匂いなら、私が追える」

 

 ネーゼが腕を組む。

 

「焼け跡でも、油と魔石粉の匂いは残る。雨が降っていなければな」

 

「狼人の嗅覚か」

 

「人間の鼻よりは役に立つよ」

 

「罠があったら、わたしが前に出るよ」

 

 アスタが小さく手を上げた。

 

「盾なら、少しは自信あるし」

 

「少しではないだろう」

 

 輝夜が言った。

 

「貴様の盾は、うるさいほど頑丈だ」

 

「褒めてる?」

 

「事実だ」

 

「それ、輝夜なりの褒め言葉だよ」

 

 アリーゼが笑う。

 

「黙れ、赤毛」

 

「魔石製品の加工なら、廃材も見るべきです」

 

 セルティが丸眼鏡を押し上げた。

 

「十二基分の撃鉄装置を別の製品に組み込むなら、工具と魔石粉の消費が増えます。隠し工房でも、痕跡は残るはずです」

 

「セルティ、急に専門家みたいになったな」

 

 ライラが言う。

 

「知ることは好きです」

 

「うん、知ってた」

 

「魔力痕が残っているなら、私が見るわ」

 

 リャーナが報告書を手に取った。

 

「ただし、エルヴィン。あなたにも文字は覚えてもらう」

 

「必要か」

 

「必要よ。毎回読み上げ係をするほど暇ではないわ」

 

「了解した」

 

「素直でよろしい」

 

「聞き込みなら、私も行けるわ」

 

 イスカが髪を払った。

 

「工房の職人って、案外見た目で口が軽くなるのよ」

 

「その理屈は信用していいのか?」

 

 ライラが疑う。

 

「美は情報を開く鍵よ」

 

「なんか腹立つけど、否定しきれない」

 

「怪我人が出ないのが一番だけど、準備はしておくわね」

 

 マリューが穏やかに言った。

 

「包帯と薬、それから温かいものも」

 

「温かいもの?」

 

 エルヴィンが聞く。

 

「帰ってきた時、冷えた身体には必要でしょう?」

 

 エルヴィンは少しだけ黙った。

 

「……そうか」

 

 エルヴィンは、無意識に全員の役割を整理していた。

 

 痕跡確認、ノイン。

 

 追跡、ネーゼ。

 

 防御、アスタ。

 

 構造解析、セルティ。

 

 魔力痕調査、リャーナ。

 

 聞き込み、イスカ。

 

 後方支援、マリュー。

 

 情報統合、ライラ。

 

 前衛判断、輝夜。

 

 突撃しかねない正義、リュー。

 

 そして、全体を勢いで動かす団長、アリーゼ。

 

「……思ったより、完成されている」

 

「何が?」

 

 アリーゼが首を傾げた。

 

「部隊としてだ」

 

「でしょ!」

 

 アリーゼは胸を張った。

 

「私の人望ね!」

 

「イラっ⭐️」

 

 数人の顔が同時に歪んだ。

 

「今の流れで何で!?」

 

 アリーゼが抗議する。

 

 ライラは笑いながら肩をすくめた。

 

「ま、やることは見えた。工房筋の聞き込み、闇市の値動き、魔石の流通。あとは、ガネーシャがギルドと倉庫街を押さえるなら、こっちは裏を洗える」

 

「リオン」

 

 アリーゼが呼ぶ。

 

「はい」

 

「焦らないこと」

 

「……はい」

 

「輝夜」

 

「分かっておる。現場を見れば、多少は匂いも残っていよう」

 

「エルヴィン」

 

「ああ」

 

「報告書、もう少し一緒に見て。文字が読めないなら、誰かに読ませればいいわ」

 

「なら、私が読むわ」

 

 リャーナが報告書を軽く掲げた。

 

「図面と文章を照らし合わせればいいのでしょう?」

 

「助かる」

 

 エルヴィンは短く礼を言った。

 

 リャーナは少しだけ目を丸くし、それから苦笑した。

 

「礼を言うのは早いわよ。読めない文字が多すぎて、説明する側が疲れるかもしれない」

 

「努力する」

 

「そこは覚えると言いなさい」

 

 ライラが笑った。

 

「ま、読み書き訓練も追加だな。輝夜の朝稽古、リャーナの文字稽古。人気者だな、エルヴィン」

 

「歓迎されているのか、拘束されているのか判断に迷う」

 

「両方よ!」

 

 アリーゼが元気よく言った。

 

「アストレア・ファミリアに入ったからには、バチコーン鍛えられてもらうわ!」

 

「バチコーンの意味は不明だが、了解した」

 

「そこは流して!」

 

 食堂に、小さな笑いが戻る。

 

 だが、報告書の重さは消えない。

 

 ***

 

 アリーゼは立ち上がった。

 

「よし。方針は決まりね」

 

 その声に、食堂の空気が整う。

 

 先ほどまでの笑いは消え、団員たちの背筋が自然に伸びた。

 

 エルヴィンはそれを見ていた。

 

 騒がしい。

 

 軽い。

 

 よく脱線する。

 

 だが、切り替えは早い。

 

 それは戦場に立つ組織の条件だった。

 

「アストレア・ファミリアは、消えた撃鉄装置を追う」

 

 アリーゼは胸に手を当てる。

 

「ガネーシャ・ファミリアと協力し、被害が出る前に止める。いいわね?」

 

「はい!」

 

 ノインが真っ先に返事をした。

 

「了解」

 

 ネーゼが頷く。

 

「出番だね」

 

 アスタが盾の紐を確かめる。

 

「資料も持っていきます」

 

 セルティが早口になる。

 

「現場で燃やさないようにしてね」

 

 イスカが茶化した。

 

「燃やしません」

 

「前に一度焦がしたわ」

 

「それは事故です」

 

「二人とも、今はそこじゃないわ」

 

 リャーナがため息をついた。

 

「まあまあ。帰ってきたら温かいものを用意しておくわね」

 

 マリューが笑う。

 

 アリーゼは満足そうに頷いた。

 

「それじゃあ、出動前に──」

 

 輝夜が眉をひそめた。

 

「まさか」

 

 ライラが視線を逸らす。

 

「来るぞ」

 

 リューだけが、真面目に姿勢を正した。

 

 エルヴィンはその反応を観察する。

 

 明らかに、何かが始まる。

 

「正義の誓いよ!」

 

 アリーゼが拳を掲げた。

 

 数人が、分かりやすく目を逸らした。

 

「……毎回やる必要ある?」

 

 イスカが小声で呟く。

 

「あるわ!」

 

 アリーゼは即答した。

 

「正義は声に出してこそ正義! 胸に秘めるのも大事だけど、たまにはバチコーン叫ばないと!」

 

「バチコーンは関係あるのか」

 

 エルヴィンが聞く。

 

「ある!」

 

「具体的には」

 

「勢い!」

 

「なるほど」

 

「納得するな、エルヴィン」

 

 輝夜が低く言った。

 

 ライラが肩を震わせている。

 

「やめろ、笑うと始まる前に負けた気がする」

 

「何に負けるのだ」

 

「アリーゼの勢い」

 

「それは全員が負けておる」

 

「聞こえてるわよ!」

 

 アリーゼは咳払いを一つした。

 

 そして、まっすぐに声を張る。

 

「使命を果たせ! 天秤を正せ! いつか星となるその日まで!」

 

 食堂に、彼女の声が響いた。

 

「天空を駆けるがごとく、この大地に星の足跡を綴る!」

 

 ライラが小声で呟く。

 

「長い」

 

「ライラ!」

 

「魂は込めた」

 

「込めてない!」

 

 アリーゼは拳を掲げた。

 

「正義の剣と翼に誓って!」

 

 リューは真面目に。

 

 ノインは少し緊張しながら。

 

 アスタは恥ずかしそうに。

 

 ネーゼは堂々と。

 

 リャーナは苦笑しながら。

 

 セルティは興味深そうに。

 

 イスカは半分照れながら。

 

 マリューは穏やかに。

 

 ライラは片手をひらひらさせて。

 

 輝夜は渋々。

 

 声が重なる。

 

「正義の剣と翼に誓って!!」

 

 その直後だった。

 

「正義の剣と翼に誓って!!」

 

 低く、よく通る声が食堂を震わせた。

 

 エルヴィンだった。

 

 背筋を伸ばし、視線を前に据え、まるで兵団を出陣させる指揮官のように、腹から声を出している。

 

 食堂が静まり返った。

 

「……貴公」

 

 輝夜が露骨に顔をしかめた。

 

「なぜ、そんなに乗り気なのだ」

 

「有効な儀式だ」

 

 エルヴィンは真顔で答えた。

 

「任務前に共通の言葉を唱えることで、部隊の意識を同一方向へ向ける。羞恥を伴うなら、なお強固な共有体験になる」

 

「羞恥を戦術資源にするな」

 

 ライラが額を押さえた。

 

「分かってるわね、エルヴィン!」

 

 アリーゼだけが、ぱっと顔を輝かせた。

 

「あなた、正義の誓い適性があるわ!」

 

「そんな適性を作るな」

 

 輝夜が吐き捨てる。

 

「決めたわ! エルヴィン、あなたを正義の誓い隊長に任命する!」

 

「任命権限は団長にあるのか」

 

「あるわ!」

 

「なら受けよう」

 

「受けるのかよ」

 

 ライラが素で突っ込んだ。

 

 リューは、少しだけ困ったようにエルヴィンを見た。

 

「馬鹿にしないのですね」

 

「なぜ馬鹿にする」

 

 エルヴィンは即答した。

 

「命を賭ける前に、何のために動くのかを確認する。必要なことだ」

 

 リューは一瞬だけ言葉を失った。

 

 輝夜は舌打ちした。

 

「……腹立たしいほど正論だ」

 

 ライラは遠い目をした。

 

「まずいな」

 

「何が?」

 

 アリーゼが首を傾げる。

 

「アリーゼの勢いに、エルヴィンの合理性が乗った」

 

「それは良いことでは?」

 

「最悪の化学反応だ」

 

 エルヴィンは少し考えた。

 

「次回は、唱和の終わりを揃えるべきだ。声量にも差がある」

 

「改善案まで出したぞ」

 

 ライラが完全に引いた顔で言った。

 

「こいつ、本気だ」

 

「よし、次回から練習ね!」

 

「やめろ、赤毛」

 

 輝夜の声は本気だった。

 

 ***

 

 その夜。

 

 エルヴィンが割り当てられた部屋で、撃鉄装置の図面を思い返している頃。

 

 星屑の庭の休憩室では、別の意味で騒がしい会議が開かれていた。

 

 湯上がりの団員たちが、髪を乾かしながら集まっている。

 

 中心にいるのは、当然のようにアリーゼだった。

 

「いやー、今日も正義だったわね!」

 

「意味が分からん」

 

 輝夜が即座に斬った。

 

「今日もみんな、私の正しさにひれ伏したわね! フフンっ、さっすが私!!」

 

「イラっ⭐️」

 

 複数の声が、見事に重なった。

 

「何よ、その反応!」

 

「毎回それを聞かされる身にもなれ」

 

 輝夜が呆れたように言う。

 

「でも、アリーゼ団長らしいですよ」

 

 ノインが苦笑した。

 

「そうそう。あれがないと、逆に調子狂うよね」

 

 アスタも頷く。

 

「調子が狂う以前に、耳が疲れるわ」

 

 リャーナが淡々と言った。

 

「リャーナまでひどい!」

 

「事実よ」

 

「うう、みんな冷たい……リオン、慰めて!」

 

「なぜ私に来るのですか」

 

 リューが一歩引く。

 

「だってリオンは抱き心地がいいから!」

 

「またそれですか」

 

「昨日は寝たじゃない」

 

「寝たのではありません。気づいたら拘束されていただけです」

 

「言い方!」

 

 ライラが腹を抱えた。

 

「団長、とうとう拘束扱いか」

 

「違うわ! 愛情よ!」

 

「愛情と拘束は紙一重だな」

 

 輝夜が言った。

 

「輝夜が言うと説得力がありすぎます」

 

「何だ、青二才」

 

「その呼び方はやめてください」

 

「寝具妖精の方が良いか」

 

「両方です」

 

「はいはい、そこまで」

 

 ライラが手を叩いた。

 

「休憩室でまで戦うな。マリューの茶が冷める」

 

「そうよ。喧嘩するなら、せめて飲んでからにしてね」

 

 マリューが柔らかく笑いながら茶を配った。

 

 少しだけ笑いが起きる。

 

 星屑の庭には、夜の穏やかさが戻っていた。

 

 だが、ライラの目は笑いきっていなかった。

 

「で、どう思う?」

 

 彼女は茶を一口飲み、声を落とした。

 

「エルヴィンのことか」

 

 輝夜が答える。

 

「使える。だが、危うい」

 

「輝夜が褒めた」

 

 アリーゼが笑う。

 

「褒めておらん。事実を述べただけだ」

 

「それを褒めるって言うのよ」

 

「言わん」

 

「エルヴィンって、何考えてるか分かりにくいよね」

 

 アスタが茶菓子をつまみながら言った。

 

「でも、稽古の後にちゃんと礼を言ってたよ。悪い人じゃないと思う」

 

「判断基準が素直だな」

 

 ライラが言う。

 

「礼を言う人は大体いい人だよ」

 

「それで何度騙された?」

 

「……三回くらい」

 

「学べ」

 

 ネーゼが腕を組んだ。

 

「でも、妙な男だね。身体は新人なのに、目だけが古い」

 

「目だけが古い、ですか」

 

 セルティが興味深そうに呟いた。

 

「年齢と経験値が一致していません。観察対象としては、とても興味深いです」

 

「セルティ、その言い方はだいぶ怖い」

 

 イスカが引いた。

 

「解剖はしません」

 

「普通はその発想が出ないのよ」

 

 イスカは咳払いして、表情を整えた。

 

「それはそれとして、服装は改善した方がいいわ」

 

「またそれか」

 

 ライラが呆れる。

 

「あの人、見た目が“事情のある未亡人の護衛”みたいなのよ」

 

「具体的すぎる」

 

「もっとこう、正義の眷族らしい清潔感と、少しの威圧感が必要ね」

 

「イスカ、楽しんでるでしょ」

 

「もちろん」

 

「報告書を読めるようにする前に、服装改善なのかしら」

 

 リャーナが呟く。

 

「両方やればいいのよ」

 

 イスカは自信満々だった。

 

「忙しい新入りだな」

 

 ライラが笑う。

 

 マリューが柔らかく笑った。

 

「でも、食事を残さない人は信用できるわ」

 

「マリュー、それ毎回言うな」

 

「大事よ。ちゃんと食べる人は、生きる気があるもの」

 

 その一言に、少しだけ空気が静まった。

 

 リューは湯気の残るカップを見つめていた。

 

「冷たい人だとは、思いません」

 

「へぇ」

 

 ライラが目を細める。

 

「リオンにしては珍しいな」

 

「冷静ではあります。けれど、軽く扱ってはいない」

 

「命を?」

 

「はい」

 

 リューは静かに頷いた。

 

「あの人は、命を数にできる人です。でも、数にした命の重さを忘れる人ではないと思います」

 

 ライラは少しだけ黙った。

 

「冷酷だけど、冷徹じゃない、か」

 

「何だ、それは」

 

 輝夜が聞く。

 

「そのまんまだ。必要なら切れる。でも、切ったことを忘れない」

 

「……厄介な男だな」

 

 輝夜は小さく呟いた。

 

 アリーゼは、静かに笑った。

 

「なら、大丈夫よ」

 

「根拠は?」

 

「私がそう思うから!」

 

「イラっ⭐️」

 

 また声が重なった。

 

 リューは少しだけ困った顔をして、けれど否定はしなかった。

 

 ***

 

 星屑の庭の灯りが、夜の中に浮かんでいた。

 

 食堂には笑い声が残り、中庭には木刀の跡が残り、休憩室にはまだ、茶の香りと喧騒の名残があった。

 

 エルヴィンは窓辺に立ち、夜のオラリオを見ていた。

 

 ここは戦場ではない。

 

 少なくとも、今は。

 

 だが、燃えた工場跡。

 

 消えた十二の撃鉄装置。

 

 目的ではなく、準備。

 

 紙の上の火種は、すでに街のどこかで息をしている。

 

「……暗いな」

 

 彼は呟いた。

 

 夜ではない。

 

 街の奥だ。

 

 その頃、オラリオの片隅で、一人の男神が安っぽい財布を指先で弄んでいた。

 

 黒い髪。

 

 灰色の瞳。

 

 どこか頼りなく、どこか芝居がかった佇まい。

 

 財布の中身は、わずかなヴァリスだけ。

 

 男神はそれを覗き込み、困ったように笑った。

 

「四百四十四ヴァリス」

 

 ひどく情けない額だった。

 

 しかし、彼はその額を気に入っているようだった。

 

「全財産にしては、ちょうどいい」

 

 指先で財布を回す。

 

「盗まれるには、ね」

 

 男神は夜の路地へ視線を向けた。

 

 星屑の庭の灯りは、ここからでは見えない。

 

 けれど、その方角だけは分かる。

 

「正義の子供たちは、今日もよく光っている」

 

 情けない声だった。

 

 けれど、その奥で何かが笑っていた。

 

「なら、少しだけ影を落とそう」

 

 彼は財布を懐にしまった。

 

「そろそろ、かな」

 

 男神はゆっくりと歩き出す。

 

 その足取りは頼りなく、今にも誰かにぶつかりそうだった。

 

 だが、路地の闇だけが知っていた。

 

 その背中が、決して迷っていないことを。

 

「……エレン。うん、今はそれでいい」

 

 夜風が吹いた。

 

 星屑の庭の灯りは、まだ遠い。

 

 そして暗黒期の戦場は、静かにその足音を近づけていた。

 

 第5話 正義の誓い 完




あとがき

エルヴィン・スミス
 撃鉄装置消失の件から、敵がまだ準備段階にあると判断。文字は読めないが、報告書の図面と状況から戦場を読む力は健在。アストレア・ファミリアの「正義の誓い」を、軍規ではなく家を一つにする儀式として理解する。予想外に乗り気だったため、周囲を引かせた。

アリーゼ・ローヴェル
 今日も元気。任務前儀礼「正義の誓い」を全力で唱える。リューを「リオン」と呼び、抱き枕扱いする距離感も継続。エルヴィンに正義の誓い適性を見出し、勝手に隊長へ任命した。

ゴジョウノ・輝夜
 毒舌は健在だが、今回はリューを煽るというより、焦って動こうとする彼女を止める役回り。エルヴィンについては「使える。だが、危うい」と評価。正義の誓いに乗り気なエルヴィンを見て、非常に嫌そうな顔をした。

リュー・リオン
 撃鉄装置の件で即行動しようとするが、輝夜とライラに止められる。エルヴィンについては「命を数にできるが、数にした命の重さを忘れない人」と感じ始める。正義の誓いを馬鹿にしないエルヴィンに、少しだけ意外そうな反応を見せた。

ライラ
 今回も調整役。撃鉄装置の流通、工房筋、闇市など情報面での動きを担当することに。アリーゼの勢いにエルヴィンの合理性が乗ったことを「最悪の化学反応」と評する。

アストレア・ファミリアの団員たち
 ノイン、ネーゼ、アスタ、リャーナ、セルティ、イスカ、マリューも少しずつ発言。第1章の終盤として、星屑の庭が一つの「家」であることを見せる回でした。エルヴィンの文字稽古、服装改善、食生活など、次回以降の日常ネタも増えました。

正義の誓い
 アストレア・ファミリアの任務前儀礼。アリーゼは全力、団員の多くは恥ずかしがりながらも唱える。エルヴィンはそれを、兵を同じ方向へ向かせる儀式として受け止め、予想外に腹から声を出した。

エレン
 章末に登場した謎の男神。安っぽい財布を手に、情けない神を演じる準備をしている様子。今回はまだ、彼が動き出す気配だけを描写。第2章へ繋がる、暗黒期の火種。

次回について
 第1章「星屑の庭」はまだ続きます。
 第6話、第7話(投稿するかは未定)はオリジナル回として、エルヴィンが星屑の庭という家にさらに馴染んでいく過程や、アストレア・ファミリアの内側を描く予定です。
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アストレア・レコードで(7年前)奈落に落ちたアルフィアが、61階層の氷の中で生きていて、▼アイズ救出作戦の穢れた精霊討伐が原因で復活。▼記憶をなくした最強が記憶を取り戻して行く物語。


総合評価:21/評価:-.--/短編:1話/更新日時:2026年05月10日(日) 17:19 小説情報

白の人柱力、異端の英雄を目指す (作者:takuタク)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

少年は真っ当な英雄にはなれない。それでも、異端の英雄を目指す。▼約束を守るために。▼偉大な親の背を超えるために。▼まっすぐ自分の言葉を曲げないために。▼


総合評価:75/評価:-.--/連載:2話/更新日時:2026年04月03日(金) 20:50 小説情報

騎士王は迷宮都市でひっそり暮らしたいけど、エクスカリバーのビームの撃ち方とかわかりません(作者:meiTo)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

▼・一般人の30代男性▼・Fateはネットや広告などで知ってる程度▼・ダンまちも殆ど知らない『にわか系』です。▼※勢いと創作意欲がある時だけ書きます


総合評価:1043/評価:6.4/連載:15話/更新日時:2026年03月29日(日) 16:17 小説情報

冷たい海賊は欲しいものを得られるのか(作者:Connect)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

 ▼ かつて世界最強と呼ばれていたロックス海賊団。▼船員にはロックスを筆頭に白ひげ、金獅子、ビッグ・マム、カイドウなどの大物がいた。▼ 彼等は己の野望のために集まり、ロックスに追随する。▼ 快進撃を進めていた彼等だが、ゴッドバレーという島にてロックス海賊団は壊滅してしまう。▼ 何が起きたのかはそこにいた者たちしか知らない。▼ ロックス海賊団である彼(・)も当…


総合評価:1761/評価:6.37/連載:56話/更新日時:2026年04月08日(水) 20:00 小説情報


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