実力主義とか面倒じゃん 作:めんこい
二年の先輩から呼び出された。
生徒会と聞いた時は、風紀の乱れとかその辺で説教されるとばかり思っていた。
でもこの日の何時にケヤキモールの個室焼肉店に来いみたいな話を一方的にされた段階で、少なくとも真っ当な目的ではないと察した。
なので私は、こっちから行くのは面倒だからお前が私の部屋に来いと言って放置した。
そしたらマジで来やがった。え、めんど。マジダルいんだけどなにコイツ。
つか何勝手に他人ん家の冷蔵庫開けて、私が午後に飲む予定だった紅茶飲んでんの? これがギャルゲーだったら私のルートには絶対に入らせねえよ?
「てかどうやって部屋番わかったんすか」
「お前が食った連中に聞いたんだ」
「食ってないっすよ。せいぜい
「おいおい謙遜するなよ。
口角を吊り上げ楽しげに話す南雲先輩。しかし目は全く笑っていない。
余裕綽々の態度だが、内心キレてはいるんだろう。それは何となく読めるが、キレてる理由までは読み取れなかった。
「俺の学年にターゲットを絞ったのは堀北先輩を避けたからか? お前はどこまでこの学校のシステムに気づいている?」
「堀北先輩なんて知りませんよ。誰ですかその人。私はただ二年の教室が近かったんで、移動すんのがめんどいから近場で済ませただけです」
一瞬、趣味の悪い薄ら笑いが消えて、真剣味を帯びた表情になる。視線と視線が交錯し、やがて脱力したように南雲先輩はクッションに身を預けた。
あーあ、それキャラ物で気に入ってたのに、可愛い顔面が潰れてぶちゃいくになってら。
「……嘘、じゃねえな。二年ばかり相手にしてると聞いて、俺に喧嘩売ってんのかと思ったが……本気で小遣い稼ぎしてただけか?」
「いやいや喧嘩って。そんなめんどいことしないですよ。マジのガチでただの小遣い稼ぎっす」
「なら何故あんな手段を取った。稼ぐにしても他にやりようはあっただろうが」
「だって相場いいし、頑張れば速攻で終わるし……」
話が段々と読めてきた。
要するに自分のシマが荒らされてるから、顔役のこの人が出張ってきたのか。それで私に営業停止の通告に来たと。
「そういうことだ。奴らの金は俺の金でもあるからな。他学年に流されるのは面白くない」
素直に困るって言えねえのかよ。なんだ面白くねえってスカシてんじゃねえぞ。
「そうですか。わかりました。じゃあもうやめときます」
「まあ待て、そう焦るなよ。口約束じゃ信用できないからな。その為の契約書だ。これに名前を書け」
契約書。なんだそりゃバカじゃねえのとか思ってたら、南雲先輩はマジで一枚の丸まった契約書を私の前で広げた。
んー、ん。成程、破ったらペナルティ……今まで稼いだポイントの返却……へー学校が証人になるんだ……って、いやいや、不味くね? 売春行為してたのバレんじゃん。やめてよ。
「この内容を学校に持っていかれたら困るんすけど」
「ハハッ。流石に引っかからないか。冗談だ。本当にサインさせたい契約書は別にある」
それこそ冗談じゃない。私があのままサインしてたらそのまま学校に持っててたぞこの人。断言できる。
私は差し出されたもう一枚の契約書を面倒くさいけど精読し。私の行為が伏せられているのも確認してからサインを書いた。
「紙も書いたし。もう私に用はないですよね?」
「おいおい。そんなに邪険にするなよ。寂しくなるだろ? 今までのは校内の風紀を守る副会長としての仕事。そしてここからが俺個人としての用事さ」
言って、南雲先輩は私の髪の毛に触れた。
普通に叩き落とした。南雲先輩は笑っていた。
え、キモ。マジでなに? 構内の風紀を守るとか抜かした舌の根が、まだ濡れたまんまなんだが。
「いきなり何するんすか。セクハラですよ。防犯ブザーびーって鳴らしますよ」
そんなの持ってないけど。
セルフ防犯ブザーで発狂すんぞ。
「最初に遊びに来たって言ったろ。その本題を果たしてないぜ。俺にもちゃんと
「……もうやんないって紙に書いたばっかなんですけど」
「勘違いするなよ。お前に売ってもらう気はサラサラない。むしろ逆だ。俺がお前をもらってやるんだよ。タダでな」
「はあ……」
何言ってんだこいつ。めんどくさ。
その年で世界が自分中心に回ってると思ってんのか。カッケーな。現実見ろよ。バーカバーカ。
「私、処女なんすけど」
「それも含めてもらってやるよ」
「先輩、私のこと好きなんですか?」
「顔はそこそこ好みだぜ。体こそ貧相だが、下半身は悪くない」
「尻デブ女って言いてえのかブチ殺すぞテメェ」
「あ、ああ? お前今なんて言った?」
「いえ何も。先輩からのお褒めの言葉、恐悦至極に存じます」
「絶対真逆のニュアンスだったぞ……」
南雲先輩が動揺してる間に、飲みかけの午後に飲む紅茶をひったくる。
元々私のなんだから返してもらうが正しいか。そしてやはり美味い。やっぱり午後に飲む紅茶は午後に飲んでこそだ。
「躊躇なく飲めるんだな。もっと年頃の初心な反応とかできないのか?」
「────そんな女は春を売らないだろ。常識で考えようぜ常識で。それともこんな楽園みたいな環境にいて、感覚が麻痺しちまったか?」
「あん?」
紅茶で潤った喉から放たれる声に熱が灯る。
付き合いが一度限りで済むのなら、この男との関係を許容してもよかった。
けれど支配欲と所有欲の強そうな南雲という男、一度関係を持てば長い付き合いになりそうだ。
それはとても面倒だ。
しかし、状況は既にその段階を通り過ぎている。
私は南雲先輩に顔と名前を覚えられた。この関係は、南雲先輩が卒業するまで終わらないだろう。
だからここから私が打ち出す方針は、普段の私の流儀とは全く逆。
つまり面倒の先払いではなく、後払いだ。今この瞬間の面倒を無くす代わりに、後の負担を重くする。
「遊びたいなら他を当たれよ。それかこれを機に煩悩を抑える特訓でも始めてみたら? 先月まで中坊だったガキに欲情するとか、人間としてどうかと思うぜ」
思いがけない挑発に面食らった顔を見せる南雲先輩。しかしそれもすぐに獰猛な笑みに変わった。
今までで一番の素敵スマイル。その笑顔がもっと早く出てれば、私もマジ惚れしてたかもしれない。
「ハッ。俺に説教かましやがるとは恐れ知らずな女だ。全く、無知ってのは幸せなもんだな。来月も同じ口が聞ければ、お前の器を多少は評価してやるよ」
「あっそ。じゃあこっちは私をマジ惚れさせられっかどうかで、あんたの器を測ってやるよ。だから頑張れよ男の子。先月まで中坊だった乳臭いガキの一人くらい、簡単に転がして見せな」
煽れ煽れ。こういう支配的な男に限って潜在的なマゾ気質があったりするんだから、年下の女にこんなボロクソ言われたら怒り通り越して面白くなっちまうだろ。
今この場で食うには惜しい存在だと刷り込む。後のことは知らん。面倒だからと純潔を捨てかけてたけど、冷静になってみるとヤバすぎる事実に気が付いた。
「……女を泣かせるのは趣味じゃないんだが。後輩にここまで言われて黙りっぱなしってのも男が廃るか。ハッ。女相手に本気を出す気になったのはお前で初めてだぜ。綿貫、綿貫温香」
「副会長様の初めてを頂けるとは光栄だね。頬っぺたにキスくらいならオマケでしてやってもいいよ?」
「そんな安い物もらってどうする。どうせ全部奪うからな。楽しみは後に取っておくさ。精々、俺の為に体を綺麗に保っておけよ」
この場を脱する代わりに、なんかヤバい先輩に目ぇつけられたけど、ヤダもう私ってば罪な女! って馬鹿じゃねえの?
♢
放課後、生徒達で賑わうカフェテリア。
寄り道なんて面倒以外の何物でもないが、一度くらいは経験しないとJKブランドが廃ると思ってミーちゃんを誘って来てみた。
「おお。確かにコンビニのコーヒーより美味しい。高いけどハマる人はハマるねコレ」
「ノドカちゃんって砂糖なくてもコーヒー飲めちゃうんだ、凄いねえ」
みーちゃんは手元のカップにシュガースティックを二本入れて飲んでいた。
私は好きでブラック飲んでる訳じゃないけど、単に砂糖取りに行くのが面倒だからこのまま飲んでるだけって言ったら、純粋なみーちゃんはどんな顔するだろう。
……この子の落胆する表情を想像したら凄い罪悪感を覚えたので、引き攣る表情筋を殺して黒の液体を飲み干す。綾小路、今だけでいいから私にお前の無表情パワーを貸してくれ。
「そ、そんなに一気に飲んで平気……? もっとゆっくり飲まないと火傷しちゃうよ」
「ん。ちょっとくらいの火傷なら許容範囲だよ。むしろ消毒代わりになっていいや」
「しょ、消毒?」
正直に言えば、私はみーちゃんのような善人タイプの人間が苦手だった。
平田くらいぶち抜けた善人なら一周回って問題ないんだけど、みーちゃんみたいな等身大の善人は一番ダメ。目もマトモに合わせらんない。対面してコーヒー飲むだけでも、己の今までの所業を断罪されているようでつらい。
それでも友達として、一人の人間としては、みーちゃんのことが好きで好きで仕方ないってんだから、私も南雲先輩のこと言えないくらいにはマゾでした。
でも控えめで優しくて愛嬌のある人格の可愛い女子高生を嫌いになれる人類など存在しないだろう。
「そういえば、平田くんが今日言ってたこと、本当なのかな。ノドカちゃんはどう思う?」
「平田が言ってたこと? なんだっけそれ」
「遅刻や欠席の有無で、来月貰えるポイントが減るかもしれないって」
ああ、思い出した。そもそも平田にそれ教えたの私だし。綾小路は口止めされてるけど私はされてなかったからね。
もちろんクラスポイント以外の情報にはモザイク入れた。委員長気質っぽい平田は、元々学級崩壊手前のDクラスの状況をどうにかしたいと思っていたのだろう。今日の朝から積極的に声掛けを行っていた。
「まあ。事の真偽はこの際置いといて、ここ最近のクラスの雰囲気終わってたし。必要な呼びかけではあったんじゃない?」
「うん。私もよくないことだって頭ではわかってても、実際に注意する勇気はなかったから。やっぱり平田くんは凄いな……」
「平田は凄いけど、周りが終わってるから報われないよ。櫛田が援護射撃してなきゃ、男子の大半は聞く耳持たなかっただろうね」
最悪、言っても聞かない連中は買収も想定してた。今はその必要もなさそうだが、日にちが経ってダレてきたら金で言うことを聞かせよう。面倒事を解決するには金が一番である。
でも300万はない。マジで。この学校を卒業した先輩達は、ここで調教された金銭感覚を戻すのに苦労しただろうな。
「ところでみーちゃん」
「? なにかなノドカちゃん」
「ぶっちゃけ平田のこと好きなん?」
「うぇ!? え、っえ!? な、なんで──あ、い、いや、好きなんかじゃないよう!」
「ふうん? つまりまだ気になってる段階と、それか軽井沢と付き合ってるから大人しく身を引くつもりか。うーん健気、実に健気で可愛いねえみーちゃん」
「だからなんでそんなにわかるのぉ!?」
おっと。内心で済ませる予定だった分析が声に出てしまった。うっかりうっかり。
というか普段大人しいみーちゃんの大声を何気に初めて聞いたかもしれない。ちょい感動。
「────落ち着いた? ほら、砂糖持ってきたよ」
「ありがと……って元はと言えばノドカちゃんのせいなんだけどねっ」
「ごめんごめん。みーちゃんがあんまりにもわかりやすくて────って、人のせいにするのはよくないよね。ハイ。私が悪かったです。ごめんなさい」
「ほんとだよっ。もう」
今までにない拗ねた口調のみーちゃんだけど、心なしか友達としての仲はより深まった気がする。気のせいじゃないといいな。
「それで、平田のどこが好きなの?」
「や、やっぱり聞いちゃう?」
「そりゃ気になるし。答えにくかったら別にいいよ」
「あのね。子供っぽいかもだけど、優しいところ」
いや言うんかい。しかも食い気味。
でもよかった。これで顔とか言われてたら内心めっちゃ泣いてた。
「そっかー。みーちゃんは外見じゃない内面で男を判断するタイプなんだ」
「うん。恋愛ってコミュニケーションでしょ。見た目がよくても話してて嫌な気分になる人とは付き合いたくないかな」
「平田は顔もいいけど?」
「それとこれとは別でしょっ。平田くんは見た目以上に性格が素敵だもん。もちろん見た目もカッコいいけどっ」
これが恋する乙女か、なんて眩しいんだろう。
ブラックのコーヒーがバカ甘え。
この子と恋バナした後じゃ、南雲先輩はもう無理だな。あれから話してないけど、あの短いやり取りでもフェミニストに怒られそうな性格してるのは理解したし。
いくら見た目がよくて頭もよくて運動神経もよくたって、あまりに終わってる人間性はその全てのプラスを帳消しにできる。
何より大事な友達であるみーちゃんの意見だ。確固たる意志を持って南雲先輩以外の男に惚れることにしよう。
あれ? でも、おかしいな。
あの時の私、南雲先輩と話して嫌な気分になったか? 面倒ではあったけど、あのやり取りは妙に楽しかったような気も…………いや、めんどい。もう考えないようにしよう。そうしよう。