アレス   作:祐。

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『戦神』の目覚め

 灼熱の日差し、乾き切った大地、立ち込める砂煙。今にも崩れ落ちそうな全身を震える膝で持ち直し、満身創痍となった身体に鞭を打って身構えていく。

 

 四方八方を取り囲む、見渡す限りの敵の軍勢。各々が武器を持ち、銃器を構え、魔法陣を展開していた。皆が緊張で強張った様相でこちらに注目し、額に汗を流し、戦の終息に期待する眼差しを向けてくる。だが、彼らの意に反して自分はこの地でやられるわけにはいかなかった。

 

 体中に巡るエネルギーを(みなぎ)らせ、腹の底から雄叫びを上げた。この咆哮は大気を揺るがし、自身を鼓舞し、敵を萎縮させた。身に纏う衣服はズタボロに張り裂けたズボンのみ。残るは鍛え上げた筋肉質の身体と、幾度の戦闘で練磨された格闘術だけだった。

 

 向けられた銃口から、鉛玉が発射される。死角からも放たれた死の雨を自分は感覚で捉えると、巡る直感に従いそれらを潜り抜けていく。続けて放たれた火の玉を直前で避け、降り注ぐ氷柱(つらら)もサイドステップで回避していくと、直にも剣や槍を構えていた前衛部隊が一斉になだれ込み、こちらに襲い掛かってきた。

 

 容赦なく迫り来る脅威を前にして、自分は己が身体ひとつでそれらを捌き切った。拳と蹴り、頭突きに体当たり、取れる手段は全て実行し、たとえ鋭利な刃で斬られようとも、煉獄の炎で燃やされようとも、最期まで命を賭す覚悟で敵の軍勢と渡り合った。

 

 戦の終盤に関する記憶は定かではない。ただ、後にも自分は驚かされた。何せ次にも目を覚ました時には、想像もつかない見知らぬ世界が待ち受けていたものだから――――

 

 

 

 

 

 ――――重い瞼を持ち上げて、自分は意識を取り戻した。

 

 視界に広がる石の天井。反射する光は波のように揺らめいている。直後にも耳元まで巡ってきた違和感に慌てて身を起こすと、それに合わせて自分の上半身から幻想的な水が滴り落ちた。

 

 手で掬い、性質を確認する。すり抜けるような手触りと、不透明な薄い水色。何よりも洞穴という空間に湧き出るそれを見て、自分はここが生命の泉という場所であることを悟った。生命の泉は、あらゆる傷を癒す不思議な性質を宿した神秘の領域。世界の各地に点在すると言われているが、その所在は依然として不明と言われていた……。

 

 何故、このような場所に自分がいるのか。疑問こそ思い浮かんでくるが、今はそんなことなどどうでもいい。たった今まで命を賭していたあの戦が、どのような結末を迎えたのか。自分はそれを知りたくて仕方がなかった。何せあの戦には、世界の命運がかかっていたのだから。

 

 自分が“親父(オヤジ)”と呼び親しむ、血は繋がっていないものの親子盃を交わした大恩人。彼が世界を統べる時、この世には平和がもたらされる。自分はそれを信じて、この命を懸けてきた。あの戦は、親父が望む世界にまた一歩と近付く重要な戦いだった。戦況こそ不利だったものの、自分にはそれを覆せる絶対的な自信があった。

 

 今、親父は何処に? あの戦いはどうなったのか? 自分は様々な衝動に駆られて即座に立ち上がると、生命の泉を蹴飛ばすように走り出して陽が射す出口へと駆け寄った。

 

 素足で走る足に痛みは無い。上半身が晒されていようとも構わない。身に纏うズボンはズタボロだが、癒えた身体は活力に溢れていた。自分は希望を胸に洞穴の出口を通り抜けると、直にして視界に広がった大平原の光景を前にして、思わず呆気に取られてしまったものだ。

 

 (たくま)しい緑の大地。呑み込まれそうな青い空。丘陵(きゅうりょう)から眺める絶景は、焦る心をも包み込んだ。若葉色の生命が一面に広がり、萌える木々が風に吹かれている。白い雲はのどかに身を任せ、羽ばたく鳥や虫が羽音を立てる。

 

 ありふれた大自然に言葉を失い、暫しと呆然した。その間にも呼吸は無意識に行われ、新鮮な空気を吟味していく。身体の内側から浄化されるような感覚を覚え、雄大な景色に(ほだ)されていると、間もなくして視界の隅、平坦な大地を往く一台の馬車を発見した。

 

 自分は不安定な足場の丘陵を急ぎで駆け下りて、今も離れていく馬車へと駆け出した。身体能力は絶好調。その脚はみるみると馬車に近付いていく。こちらの足音か気配か悟ったのか、直にも向こうから立ち止まってこちらを捉えてきた。半裸で駆け寄る男に御者は驚いたかもしれない。少しして自分は駆け寄ると、(はや)る気持ちを落ち着かせながら御者へと訊ね掛けた。

 

「すみません! 道に迷ってしまいまして!」

 

「道に迷う? そんな格好で道に迷うって、普段はどんな生活をしているんだ?」

 

「その、事情がありまして。この辺の地域を全く知らず、困っていたんです!」

 

「お兄さん、ワケありかい? そういう連中とはあまり関わりたくないんだけど、お兄さんは雰囲気良さそうだし、悪い人ではなさそうだ。今、ここからもう少し歩いた場所にある町を目指していたんだけど、良ければ乗っていくかい?」

 

「ありがとうございます! 護衛ならできるので、必要があれば仰ってください」

 

「そのナリでよく言うよ。ほら、平原のど真ん中に突っ立っていてもモンスターに狙われるだけだ。乗るならさっさと乗りな」

 

「モンスター……? はい、分かりました」

 

 モンスターという単語にピンと来なかったが、自分は哀れな放浪者を演じることで馬車に乗せてもらった。道中、車両に積まれていた上着とズボンをタダで譲り受け、自分はそれを身に着けながら改めて外の景色へと意識を投げ掛けた。

 

 ……こんなに植物が生い茂った景色を初めて見た。今まで過ごしてきた場所は何処も荒れ果てており、乾燥していて、暑かった。しかし、今いる場所は生命に富んでおり、空気や大地が潤っていて、とても涼しい。空間そのものが爽やかに感じられて、何よりも温かみに満ちている。そんな気がする。

 

 自分が遠い意識でぼんやり耽っていると、次にも御者から言葉を投げ掛けられた。

 

「おたく、お名前は?」

 

「俺は“アレウス”といいます」

 

「アレウスね。なんだか、聞いたことがある名前だな……」

 

「もしかして、親父……コホンッ、“ラヴクラフト”という人物と所以のある名前じゃないですかね?」

 

「ラヴクラフト……? ラヴクラフトって、あのラヴクラフトかい?」

 

 さすが、親父の名前は誰もが知っているなぁ。如何せん、親父は平和な世の中を作るべく軍を立ち上げて、そのカリスマ性であっという間に人々をまとめ上げると、厚い人望で一丸となった軍勢で多くのライバル達を下し、世界平和に王手をかけた存在だ。文武両道の猛者として、世界中から注目されるだけのことはある。そんな親父の下で働ける自分が、我ながら誇らしい。

 

 と、自分は高速で脳裏に言葉を巡らせていた。鼻も高くなって得意げになっていたのだが、次にも御者から発せられた言葉はこのようなものだった。

 

「『魔王』として名高い、人類の宿敵。魔族を従える諸悪の根源だ。そんなやつと関わりがあるのだとしたら、おたくのことを騎士団や警察に通報しなきゃいけなくなるよ」

 

「え? 魔王……?」

 

「若気の至りも程々にしておきな。強がりたい気持ちは分かるけど、軽はずみな発言は自分の首を絞めることになりかねないぞ」

 

「その……すみませんでした」

 

 魔王? 何のことだ? 魔族? それって一体何なんだ?

 

 親父が、人類の宿敵……?

 自分は頭の中が真っ白になり、町に到着するまでの間は心ここに非ずといった具合だった。もしかしたら、たまたま名前が一緒になってしまっただけの別人かもしれない。など、自分なりの解釈を、自分に言い聞かせるよう何度も胸の中で呟きながら……。

 

 暫くして、御者から「町が見えてきたぞ」と声を掛けられた。その言葉で我に返った自分は身を乗り出して前方を確認すると、そこには平坦な地形に設けられた人類の文明が横並びに広がっていた。主に住宅と見受けられる木造建築が密集しており、若葉色の大地に適応した牧場や風車なども機能している。町自体は民族的な造りだが、人々が有している機械と思しき小型の端末は見慣れず、自分は目を凝らしながらその正体を見抜こうと努力したものだ。

 

 そうしている間にも、制服や帽子を身に着けた衛兵らしき人物らの検問を終えた馬車が町に進入する。町に入るや否や、やけにスリムな造形になった車であったり、先進的な服装を身に纏った人間であったりなど、自分にとって見慣れない光景が広がり出した。地面にはコンクリートをふんだんに使用した強固な道路が敷かれており、中には赤、黄色、青と光る縦長の物体までもが設けられている。それが何の意味を成すのか自分は観察していると、ふと馬車は道路の脇で停車し、御者がこちらへと声を掛けてきた。

 

「ほら、ここで降りな。お代は要らないよ」

 

「乗せて頂き、ありがとうございました」

 

「おたく、これからどうするつもりだい?」

 

「どうするかは、正直あまり決めていません。成り行きに任せるとします」

 

「そうかい。まぁ頑張れよ」

 

 御者は正面を向き、発進しようとした。だが、ふとこちらに向き直ると唐突にそれを言い出したのだ。

 

「アレウスって名前に聞き覚えがあったけど、いま思い出したよ。確か“100年前の武将”にそんな名前の男がいたな。別名、“戦神(せんじん)”として(はや)されていた青年らしいが、ある時から急にいなくなったんだと。戦の神と同じ名前ってのは、縁起が良いかもな。今や人類、魔族、機械、モンスターの四大勢力が世界のてっぺんを目指して争うご時世だ。生き残るためにも、戦いに勝てる縁起は大切にしなよ。じゃ、そういうことで。健闘を祈る」

 

 それを言い残して、御者は去ってしまった。

 

 見知らぬ世界の何処かにて、自分は呆然と立ち尽くした。最後に告げられた衝撃の事実に、信じ難いという感情が渦巻いていた。100年の時を経て復活した“戦神”は、何にも代え難い激しい動揺に支配されていた。

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