かなり変わった文体だと我ながら思いますが、楽しんでいってくれると幸いです。
「時間遡行者――暁美ほむら」
ほむらは白い獣の言うことを呆然と聞いている。
ワルプルギス。街そのものを破壊してしまうような強大すぎる敵は斃された。しかし――絶望は終わらない。ここにクリームヒルトが出現した。
救済の魔女・クリームヒルトは絶望的でさえあったワルプスギスの夜をしてすら比較にならない。
今見ている瞬間にも多くの人の魂が吸い上げられていく。
そして、アレを斃せる魔法少女はいない。
「過去の可能性を切り替えることで、幾多の並行世界を横断し、君が望む結末を求めて、この一ヶ月間を繰り返してきたんだね」
平行世界を渡り歩いたほむらでさえ、そう何度も見たわけではない。なぜなら、彼女は最悪の現在を変えるために過去に戻る時間遡行者。
救済の魔女・クリームヒルトの出現は繰り返した世界と同じ数だけの絶望の中で、最上級に位置するもの。世界を滅ぼす窮極の絶望。
「君の存在が、一つの疑問に答えを出してくれた――『何故、鹿目まどかが、魔法少女として、あれほど破格の素質を備えていたのか』」
ワルプルギス、そしてクリームヒルト。計り知れないという点では、もはや同じに見えてしまうそれらは世界を渡るごとに強さを増してきた。
ワルプルギスは特に顕著だ。最初のうちは魔法少女3人で斃せたのだが、今となっては特別な一撃でなければダメージすら通らない。
クリームヒルトについてはよくわからない。そもそも、人類を3日で滅ぼせるか、それとも1週間はかかるのかなどほむらにとってはどうでもよかった。人類の終焉を見届ける気のないほむらはその前に時を巻き戻していた。
そして、力を増したのは魔女だけではない。ほむらが守ろうとした鹿目まどかもまた力の規模の違いこそあれ、力を増していったのには違いない。
「今なら納得いく仮説が立てられる」
キュゥベえはそれに説明を付けられると言う。もしかしたら、ほむらもまたわかっていて目をそらしていたのかもしれない。
告げられる絶望的な真実を。
「魔法少女としての潜在力はね、背負い込んだ因果の量で決まってくる」
「一国の女王や救世主なら兎も角、ごく平凡な人生だけを与えられてきたまどかに、どうしてあれほど膨大な因果の糸が集中してしまったのか不可解だった」
「だが――ねえ、ほむら」
キュゥベえ。またの名をインキュベーターと称す異形は感情の灯らない瞳でほむらを射抜く。彼女の魂を絶望に染め上げるとわかってはいながら、しかし理解はせず。
「ひょっとしてまどかは、君が同じ時間を繰り返す毎に、強力な魔法少女になっていったんじゃないのかい」
……。ほむらは答えることができない。ただ、罪人のように震え怯える。
「やっぱりね」
「原因は君にあったんだ」
「正しくは、君の魔法の副作用と言うべきかな」
「君が時間を巻き戻してきた理由はただ一つ。鹿目まどかの安否だ」
「同じ理由と目的で、何度も時間を遡るうちに、君は幾つもの並行世界を、螺旋状に束ねてしまったんだろう。鹿目まどかの存在を中心軸にしてね」
「その結果、決して絡まるはずのなかった平行世界の因果線が、全て今の時間軸のまどかに連結されてしまったとしたら、彼女の、あの途方もない魔力係数にも納得がいく」
「君が繰り返してきた時間――その中で循環した因果の全てが、巡り巡って、鹿目まどかに繋がってしまったんだ」
「あらゆる出来事の元凶としてね」
そっぽを向く。ほむらが口を縫い付けてやるとでも言わんばかりに睨んでいるから。……でなければ、人というものをよく知っているのか。
そう、キュゥベえは知っている。ゆえ、これはほむらを突き放すためのしぐさである。人とは本来、無機物にすら感情を見出す生き物だ。ここで意味もなく顔を見つめれば、そこに何らかの意味を見出して見当違いの希望を手にするような人間をいくらも見てきた。
キュゥベえはただの経験則からそう判断した。その本質を何も理解することなく、ただ希望というファクターを一つ、ほむらの手から遠ざけた。
「お手柄だよ、ほむら」
すなわち、これすら絶望への鍵。とりあえず、こう言えばソウルジェムが濁ったケースがあったから言ってみただけ。
「君がまどかを最強の魔女に育ててくれたんだ」
ここに、キュゥベえはほむらが魔女に落ちるのを確信した。
「――そう」
しかし、そうはならない。ほむらは魔女になることもなく、明後日の方向へと歩き出す。その目はすでにここではないどこかを見つめていた。
「戦わないのかい?」
キュゥベえは目論見が外れた形だが、こんなものは単に確率の問題。個人差と言い換えてもいいが、要するにキュゥベえは統計としてしか人間を見れないのだ。感情もないから動揺もしない。
失敗したなら、ただそれを統計として刻む。失敗して恥ずかしいとか、じゃあどうしようとかは考えない。その場その場で統計上最適と思われる行動をとるだけだ。
すなわち、この場は濁しておく。場を流してしまえば、無意味に体を失わず、敵意を買うこともない。次の機会に賭ける、ということになる。
「いいえ。私の戦場はここじゃない」
ほむらは砂時計をひっくり返した。
同時、世界が蒔き戻る。時間遡行者としての能力を発動させた。「始まり」の時間へ行き、また「終わり」まで駆け抜けるために。
閉じた円環は開かれない。ほむらの円環は彼女が望みをかなえるまで回り続ける。それは――そう。
「自らの尾を飲むウロボロスの様に。私は歩き続ける。ただ一つの未知を求めて」
そのためにはあらゆるものを犠牲にしよう。
立ちはだかる全てを破壊しよう。
――それが自分であっても。
「わかっていたことよ。暁美ほむらは弱い」
だから憧れたのだ。輝かしい魔法少女に。優雅に踊る銃の使い手と、心優しき弓の射手に。憧れ、自分もそうなりたいと願ってしまった。
その果てに、自らを含めた魔法少女が甘言に惑わされた愚者だと気付いてしまった。憧れの少女も、ただの犠牲者にすぎなくて――その人は救済を望み、ほむらは応えた。
ならば、それ以外を望むべきではなかった。この身は彼女を助けるための舞台装置。ゆえに、憧れなど要らない。間違いがあるのなら、きっとそれに違いない。今度は私が助けたいだなんて――とんだ妄想。それで自分が満足する? 自己満足なんて卑小なものを目指すから、暁美ほむらはどうにもならない。
自らの分をわきまえろ。お前は果たして颯爽と登場してヒロインの危機を救えるような人間だったか? ほむらは自問する。そして答えは考えるまでもない。自分はエキストラだ。本編に登場するとしたら、一瞬だけ出てヒロインの優しさを強調するような――そんな役回りがふさわしい。
主人公にはなれないし、人を自然に助けられるような人間にはなれるはずがない。暁美ほむらという少女の本質は、今も泣き虫ないじめられっ子のままなのだから。
「――ゆえ、壊そう」
弱い自分を。そして、遠い昔の憧れを。破壊しつくして、跡形もなくすりつぶしてしまえば、後に残るのは暁美ほむらという彼女を救うためだけの舞台装置。
「まどか。あなたの前では万象、塵芥に過ぎない」
ほむらは過去へと足を踏み出した。