「まどかは優しいわね」
「え?」
ここは廃工場――だったところ。施設は丸ごと魔女の結界に取り込まれてしまった。まどかは魔女の口づけを受けて集団自殺をさせられそうになった人間たちと閉じ込められた。
「この人たちを助けようとしたのよね? そんなこと、普通はできるようなことじゃないわ」
「でも……私は結局助けられなかった」
「いいえ。あなたが助けたのよ。どうやって自殺しようと思っていたのかは知らないけど、その手段をあなたが奪った。だからこの人たちは呆然とするしかなくて、今も口を開けてぼんやりしている」
「私は魔法少女じゃないから、魔女は倒せない」
「いいのよ、あなたはそれで。人間のままでいて――魔女は私が殺してくるから何も心配することはないの」
「マミさんやほむらちゃんがやらなきゃいけないなんて間違ってるよ。ホントは魔女退治なんてしたくないんじゃないの? マミさんはとっても苦しんでたよ」
「勘違いしないで。だからといってあなたに苦しんでもらおうだなんて誰も思っちゃいないのだから」
「でも――」
「あら? あちらは痺れを切らしたようね。手間が省けて助かるわ」
銃を掲げた。また一撃で魔女を完全に消滅させる気だ。
ハコの魔女が笑い声とともに現れ――粉砕される。ほむらはまだ銃弾を放っていない。いかに彼女であろうと、してもいない攻撃で魔女を撃砕するのは不可能。ということは。
「ごきげんよう。暁美さん」
「巴マミ? なぜ、ここに――」
「あなたを止めに来たのよ」
「正義の味方ごっこは私が引き継いであげる。だからあなたは寝てればいいのよ」
「それはできないわ。キュウベえに色々と話を聞いたから」
「あれに何を吹き込まれたか知らないけど、あなたがやっていることは意味がない。破滅に突き進むだけよ」
「それでも、あなたを放っておくわけにはいかない」
「どうしても、やると?」
「ええ」
「そんな無謀な真似までして」
「ええ」
引く気はないのがわかって、ほむらはため息を一つ。
「さっさと諦めることね。手出しはしないから、いくらでも攻撃してみるといい」
「そう。じゃあ――遠慮なく」
マミが消えた。
ガン、とほむらの体が浮く。掌底――超高速で弾き飛ばした。が、ほむらの魔力の鎧は突破できていない。高濃度魔力が自然に漏れ出したためにできた鎧。ほむら自身は盾をつくろうとすら思っちゃいない。
これが常態だ。一切の魔力を消費してはいない。破られたとしてもすぐに回復する。これは魔法少女ならだれでも自然にやっていることだ。薄すぎて気付かないだけで。
「あなたのその余裕――いつまで続くのかしら」
「さあ? これでもあなたの魔力の無駄使いにはかなり驚いているわ。魔法少女の命は魔力。だから――あなたの命が尽きれば、そりゃ焦るかもしれないわね」
「なら、がんばらなくちゃね」
「……ふん」
こともなげに着地した直後に2発の銃弾が襲ってきた。心臓と額――魔法少女相手なら狙うのはそこじゃないわ、と少し笑い――血を見る。
「――え?」
「キュウベえの言ったとおりね」
マミが笑う。攻撃が通らない原因を教えてもらった。それは――単純に魔力の総量がちがいすぎるから。
ゲームと同じで、LV100に対してLV10が通常攻撃してもダメージは0なのだ。
「――いいかい、マミ? 彼女は決して無敵じゃない。彼女はもしかすると鹿目まどかを超える魔法少女かもしれない。いや、彼女自身で魔力を扱いきれていないことが逆に決定的な差を生んでいる」
「暁美ほむらを守っているのは厚い魔力の層だ。壊されても、すぐに復元してしまうだろう。水を叩いても、すぐに元の形に戻ってしまうようにね。前の戦いでは君は波紋を生むことすらできなかった。けれど、対策として簡単だ」
「君の攻撃は威力が低い。勘違いしないでくれよ、普通の魔法少女と比べたら威力が高い方で、連射能力と合わせて評価するなら最高峰といっていい。比べる相手が悪すぎるだけだ。対抗手段は簡単――密度を高めてやればいいだけさ。密度を高めても足りないのなら、使う魔力を足せばいい。より多い魔力を、より収斂して放つ。言ってしまえばこれだけだよ。ただ、簡単ゆえに難しいことではあるけれど」
そう聞いた。だから実行する。自分はこれでも歴戦の魔法少女だ。幼いころから魔女と戦ってきた自負と経験がある。
「なら、これくらいはできないとね……!」
「――厄介な……人」
銃弾の嵐が降ってきた。さきほどよりも重く、鋭い――
「――ッチィ!」
ほむらは思わず腕をかばった。ソウルジェムをあしらった腕を覆い、そして顔はかばわない。頬が削げ落ちた。腕に銃痕が刻まれた。目から鮮血がほとばしった。
「この!」
ほむらがとてつもない速度で疾走する。踏み込みが強すぎて道路をバキバキと踏み割る。彼女自身が見えなくても、破片と殺気から攻撃は読めてしまう。
「――本当にアンバランスね。だからこそ危ない」
振り返る時間も惜しい。マミは牽制に、見もせずに銃弾を飛ばす。もちろんその銃弾は正確にほむらの足を狙っている。
「こざかしい!」
その銃弾を蹴り飛ばす。その隙にマミは二丁のマスケット銃を構えている。
「その力を皆のために使えればよかったのでしょうけど」
「ふざ……けるな!」
「その力を持て余すのはもったいないわ」
「この力は私が願いのために自分を殺して手に入れたもの。みんなの役に立てなんて言うのなら――あなたも同じことをやればいい」
「じゃあ、その方法を教えてくれるかしら?」
「そんなものはキュウベえが知っているわ。聞きたければあいつに聞くことね」
「――それはどういうこと?」
「あれはあなたが想像しているような甘い存在ではない。そして私も」
「……っ?」
ほむらが装備されていた盾に手を触れる。その瞬間ほむらの姿は消え――代わりにマミの足のすぐ横に銃弾が出現した。
「――な!」
まったくの予想外の事態、というわけでもない。ほむらが時空間に干渉する能力を持っている可能性はキュウベえから聞いていた。
だから――これも予想の範囲内。当然、これにも対応できる。
「……『ティロ・リチェルカーレ』」
圧倒的な格上に挑むにあたってしてはならないことがある。それは節約することだ。少しでも躊躇すれば、その時点で圧倒的な力に暴虐を許すことになる。
最初から全力で駆けて、最後まで120%の力を出し切ることが、暁美ほむらと戦うにおいての最低ライン。
だから、あたりかまわず砲撃をぶっぱなした。
「中々面白い能力を持っているようね」
爆炎にのり、危険地帯を脱出し四肢を使って獣のように着地する。優雅さなんて、この時点で捨てている。
「あなたも自身の近くに銃弾を感知した時点で周囲を薙ぎ払うなんて、普通はできることじゃない」
「――けど、盾さえ止めれば」
「止められれば、ね」
また……ほむらが盾を傾ける。
「また銃弾が……」
「残念。今度は爆弾よ……さすがのあなたでも爆圧を撃ち落とすことはできないでしょう?」
「けれど、駄目ね。暁美さん、戦いというのは常に思考をとめないモノよ。一度使った手は二度と使えない。当然、次に打つ手が依然と同じモノだなんて思わないで」
「――は?」
その瞬間、ほむらは弾き飛ばされた。
「ああ……身体強化、つまりはわたしの真似事ね。法外な魔力で肉体を駆動させることで常識外れの挙動ができる――けれど、しょせんはそれだけ。むしろ魔力効率を考えたら撃ち落とした方がマシね。あなた、なにがしたいの?」
吹き飛ばされながら吹き飛ばされながら答える。ダメージは一切ない。
「あなたを倒す方法を見つけるのよ」
「そんなものはないわ。何回かあなたの攻撃を受けたわ。あなたの全力を見せてもらった。けれど――暁美ほむらは砕けない!」
「砕けない、じゃないのよ。砕くまでやるのよ」
「――そう」
この時、初めてほむらがマミを“見た”。今までのハエに対するような姿勢を改め――敵を見る視線に変わった。
「本気を出してくれるのかしら?」
「ええ。自殺志願者は嫌いだし、死体処理の役目はもうしたくないから」
す、とほむらが手を差し出す。
マミが牽制に技を放つ。
「『ティロ・フィナーレ』!」
「……邪魔」
空間ごと押しつぶされた。
「必殺技が牽制にもならないなんてふざけてるわね、ホント」
「――巴マミ!? なぜ後ろに」
「これだけやらないとあなたには対抗できないから……!」
「すべて無意味ね……!」
銃弾はほむらの服に当たって弾かれる。
「いい加減にあきらめなさい。少しくらい素早くっても、的を広げれば無意味になる」
周辺一帯に超重力がかかる。本人とて例外ない、コンクリートに足をめり込ませながらも仁王立ちする。
「あうう……」
気を抜けばぺちゃんこになりそうな中でマミは気丈にもほむらを睨み上げる。
「ソウルジェムは真黒だけど、まあ――まだ持つか。さて、どうしようかしら。下手に説得するのもマズいわね」
「――君は何を思案しているのかな?」
「……キュウベえ。何をしに来たの?」
「え? キュウベえ?」
「まどか。あなたは――いえ、見えなくしているのか。とりあえず、殺しておいた方がよさそうね」
「そう。ま、僕は一言いえばいいから別にいいんだけど」
どん、と腹に響く音。
「させると思う? キュウベえ」
細切れになった綿きれを見下ろし、頭に直接声が響く。
(魔法少女はね、成長すると魔女になるんだ)
「――え?」
マミが自失する。
「……インキュベーター!」
そうか、念話があった! 後悔する暇もない。
「そんな……それじゃ、“魔法少女”って――私はそんなものを人に押し付けようと……」
その言葉はすんなりと心に入り込んできた。
そうか、ソウルジェムが染まりきる寸前だからか――マミは自分の心が黒く染まりかけているのを感じる。堕ちるような感覚とともに希望と絶望の等価交換の真理を理解し、希望が絶望に傾く。
「駄目! 心を強く持ちなさい、巴マミ! キュウベえの言葉に惑わされないで!」
焦った暁美ほむらの言葉が逆にそれを証明する。自分のソウルジェムを見た。何も見えなかった。
「あ――」
なんて言えばいいのかわからないままに上げた手はそのまま地に落ちる。
「……結界?」
まどかが呟く。信じられない。まさか今日は連続で二度も魔女の襲撃に会ったのかと見当外れをしてしまいそうになり――
「巴マミ。それがあなたの最期……?」
目の前の魔女を悲しそうに見つめるほむらの姿は真実を悟らせるのに十分だった。
「まどか。あなたはここにいちゃいけない。足止めするから逃げなさい」
「あれ、マミさんなんだよね? ほむらちゃん」
「………………そうよ」
「助けてあげられないの?」
「あれはもう死体よ。割り切りなさい」
「そんなことできないよ……あれはマミさんなんだよ?」
「いいえ。あれは巴マミだったモノよ。死体が暴れて人を襲うなんて、彼女も望まない。ここで倒した方が彼女のためよ」
「……助ける方法はきっとあるよ」
「それを考えちゃだめよ、まどか。奇跡は対価と引き換えにする。あなたが巴マミの蘇生を願ったら、何が対価になるかわからない。それとも、あなたは最期にああなってまで、奇跡を望むの?」
「そんなことって……」
「キュウベえはこのことを隠して契約を強制していた。あなたには契約なんて結ばせない」
「でも……!」
そして、そこに舞い降りる影が一つ。
「転校生――離れな。まどかに何する気だい?」
「美樹さやか!?」
「さやかちゃん?」
マントに騎士のような服。そして剣。まさに魔法少女と言った風体。
「ここはアタシに任せてもらうよ。アンタはどうも信用できないからね」
「美樹さやか――あなたはどこまで愚かなの!?」
「さて、どこまでだろうね――さやかちゃんは馬鹿だから。でも、大事なことはわかってる気だ」
「あなたにどれだけのことがわかってると――っ!?」
放火が閃き、ほむらが飲み込まれた。
「こ、のォ――」
さやかが全力疾走を開始する。生まれたての初心者ゆえに加減を知らない。そのことが幸運を呼び込んだ。
全力を超える勢いでほむらを攻撃した魔女は隙だらけ――そこにうまく隙をついた形になる。加減を知らない一撃が魔女に命中する。
さらに攻撃を加えていく。どれだけほむらの攻撃に魔力を費やしたのか、ほとんど反撃らしい反撃もない。
「やめなさい。美樹さやか――後悔することになる」
結界のそこかしこにあるケーキに埋められた形となったほむらが呻く。もちろんノーダメージであるが、使い魔が総出で押し込もうとしているので煩わしいことこの上ない。
「――間に合わない」
ぶちぶちと力づくで使い魔を引きちぎって脱出するほむらは唇をかむ。その視線の先ではさやかが”おめかしの魔女”を撃破していた。
それが彼女のあこがれの成れの果てであるとも知らずに。
キュウベえが全部悪い。