「……へぇ。マミを殺した奴が見滝原にいるって?」
「そういうことになるね。弟子だった君は興味を持つのかい? 佐倉杏子」
「別に敵討ちには興味ないけどね。けど、マミを倒すほどの奴には会ってみたいね」
「なら、君は見滝原に行くと言うことだね」
「そう仕向けておいて何をいまさら」
「僕が魔法少女に命令をすることはないよ」
「はいはい。そう言ってりゃいいさ」
「じゃ、気を付けてね」
「やめてくれ。不運が寄ってきそうだ」
ってな感じで勢いで来たものはいいものの、さて――どうやって探すか?
杏子はとある橋の上で唸っていた。小1時間ほど。30分くらいまではこうして魔法少女の気配を垂れながしゃあ、そいつが来るだろと構えてはいたが、ここまで待たされると自分の見通しが甘かったことを認めざるを得ない。
「いや、ホントに不運ど真ん中って感じじゃねえか。早まったかな……?」
「いや、そもそもなんで見滝原くんだりまで来てるんだ、アタシは。マミをやったって奴は一体どこにいるんだか……何か知らないかい?」
ポッキーをくわえながら、後ろに向かってもう一本を放った。
「あんたに話すことなんか何もないよ。転校生といい――魔法少女はこんなんばっかか」
後ろに立った美樹さやかは投げ渡されたポッキーを叩き落とした。すでに魔法少女服を着て臨戦態勢となっている。
「――っ!」
「訂正しな。マミさんは死んじゃあいない。今はちょっと休んでるだけだ。勘違いしないでくれる? それと、見滝原はあたしが守るから――あんたは引っ込んでてよ」
「お前、何とも思わないのか?」
「何が? あんたらみたいな不良魔法少女への怒りなら感じてるけどね」
「食べモンを粗末にするやつにいいやつはいねえ。構えな――相手してやるよ。お望み通りにな」
ガリガリとポッキーをすごい勢いで消費しながら変身する。そして、もう片手で槍を担いだ。
「あんたも構えなよ。あたしだけ構えてたんじゃ不公平だ」
「は? まさかお前さ――あたしとあんたが対等だとでも思っちゃってんの?」
「なんだよ。同じ魔法少女でしょうが」
「なら――格の違いってやつを教えてやるよ。来な」
「舐めやがって……!」
挑発に乗ったさやかは突撃を敢行する。マミならば絶対にやらなかった行為。だが、教えてくれる人なんていなかったからしょうがない。
「やっぱりてんで駄目じゃねえか」
杏子は槍を旋回させて剣を絡めとる。踏ん張る暇もなく飛ばされた――と思いきや足をすくわれて石突で背中を小突かれる。
「てめ――」
「うん? 立ち上がってみるかい? できたらな――ほれほれ」
ぐりぐりと突っつく。背中を抑えられて立てやしないさやかは歯を食いしばるしかない。怒りで目の前が真っ赤になっても、そこには憎たらしい足が映るだけ。顔を睨むことすらできやしない。
「ぐぐぐ――あんた、覚えときなよ」
「覚えとく? あんたなんざ、すぐに魔女に喰われちまうよ。そんなに――弱いんじゃな」
「あたしは弱くなんかない!」
「おお、こわいこわい。噛みつかれそうだね」
ぐりぐりと石突で抉る。
「いっ――」
「ほらほら、あたしの足はここにあるぜ。噛みついてみなよ」
「馬鹿にして……!」
「やめとけやめとけ。馬鹿がいくら努力したって徒労に終わるだけなんだよ」
杏子は忌々しげに毒づいた。まるで自嘲のように。
しかしさやかは気付かず声を張り上げようとして――
「たしかに美樹さやかはどうしようもない馬鹿だけど――だからといって馬鹿が何もできないというわけではないわ」
絶望が堕ちてきた。
「てめえ……その魔力――マミを殺したのはてめえか?」
「いいえ。要するに全部キュウベえが悪いのよ。もうそういうことでいいでしょう? そこの馬鹿のためにも」
「なんだって? あんた、何を知って――」
さやかが未だに仰向けのままでほむらを睨む。そして、それ以上に苛烈な視線でほむらはさやかを射殺す。
「まどかがあなたに言えないことよ」
「へぁ?」
「てめえは一体なんだんだよ? 魔法少女なのか? その有様で?」
杏子の力が緩む。と同時にさやかが飛び出した。
「あんたが何か知ってるんなら――力づくで聞き出してやる」
新たに刀を生み出し一閃。
「馬鹿! やめろォ――」
杏子が叫ぶ。
「――あなたはどこまで愚かなの?」
ほむらは冷めた目で剣先を見つめて何もしない。動かなくても十分なのだ。なぜなら――
「あうっ!」
さやかの一撃は腕に当たり、そして剣の方が折れた。衝撃で手が痺れる。ただそこに立っているだけの魔法少女に一筋の傷もつけることができない。
つい、とさやかはほむらの目に囚われる。
「ひ……」
「お前は動くな」
「――っが!」
超重力がさやかの身体を押しつぶす。加減しているのか中身が破裂するほどではないが――指一本動かせない。
「重力制御の魔法だと!?」
「いいえ。これは魔法と呼ぶには少し原始的すぎるわね。魔法少女なら誰でも使えるなんてことのない力に過ぎない」
「馬鹿言うなよ。こんなこと、あたしにゃできねえぞ」
「あなたは魔法少女で、人間ではない。人間で居ようとするから、できないんじゃないかしら」
「――そんな次元の話とは思えねえが。まあ、いい。あんたの目的は?」
「ワルプルギスの夜の抹殺よ」
「あんな災害相手に何をしようと――いや、あんたならできるか。けど、あれは災害らしく気まぐれだぜ? どうやって補足するつもりだい」
「統計によれば、あと一週間足らずで来るわ」
「統計? いや、言わなくていい。あまり変なのには関わりたくないしね」
「そうしてくれると助かるわ」
「化け物同士の戦いにゃ関与したくないんだが――そこでくたばってるひよっこはどうなるんだい?」
「……さあ。普通の人間に化けて避難してればいいんじゃないかしら」
「そりゃひどくねえか? こいつは真っ先に突っ込んでいって死ぬタイプだぜ。見殺しにする気かよ」
「なら、あなたがなんとかなさい。心配しなくても、その日には縄でどこかにしばりつけておくわ」
「あたしは別に世話役を買って出たつもりじゃないんだがな――」
「くれぐれも流れ弾に当たって死ぬような真似はやめて頂戴ね。あなたにそんな忠告は要らないでしょうけど、万が一そんな死に方をしたらやるせないでしょう? 私は行くわ」
そういって、一蹴りで飛んで行ってしまった。
「――なるほど。君の能力の全貌が分かったよ」
ビル街の一画でキュウベえがほむらに声をかける。
「そう。私は自らの能力全てを把握しているわけじゃないから――教えてくれるかしら」
はるか下――まどかの家を監視しながらほむらが答える。
「君の固有能力は時空間干渉魔法。時を止めるのと、そしてある時点までの時間軸に転移する。時の流れは川の流れのように一本であるけれど、君の能力は横方向に支流をつくるんだ。そして、その支流から他の流れに乗ることすら可能にできる」
「だからまどかは極大の因果を得てしまった。君が川から川へ横断する際に、支点となったまどかの因果を連れてきてしまった。おそらく、数十――いや百を超えるほどの“鹿目まどか”の人生を束ねた彼女が最強の魔法少女になるのは当然と言えるよね」
「対して君は他人の因果を取り込んだ。ようするに魔女と同じさ。人を喰って力を得る――使い魔ができるのだから魔女ができないはずがない。そして魔女ができるなら、成長段階である魔法少女だって可能なはずさ」
「そんなことを試した魔法少女は君以外いなかったけど、君という実例は千の議論を覆す証拠となるよね。君はわざわざ隣の国へ行って大量の人の魂を喰ってきた。一か所であれだけの人が消すものだから、騒ぎを鎮静化させるのには大変な苦労を要したよ」
「それで得たのは大量の魔力。そして、それだけではなかった。莫大な魔力がわずかな面積に集中することで重力が発生してしまったんだ。そうだよね?」
ほむらは不愉快極まると言った感じにため息を吐く。
「よし。これで仮説が確証に変わったよ。重力とは空間の歪みだ。よく紙の上にボールを乗せた際のへこみでモデル化されるけど、へこませたいなら濡らしても同じ効果を得られる。君の重力はいつでも発生していて、途切れることはない」
「君の重力が今、何にも干渉していないように見えるのも魔女と同じ原理だよね。魔女も使い魔も普通の人間には見えないし触れない。だから君の重力も、君が望まなければ現実の物質を破壊することはない」
「よくできてる。――と言いたいところだろうけど、莫大な魔力も、その重力操作能力も結局のところは偶然の代物だろう? ただ人を喰ったら都合よくそうなっただけ。でも、勘弁してもらいたいよ」
「君の力は他人の魂を喰ったもの。魔女になった時にはその魂は解放される可能性があるし、そもそも魔女化する際に得られるエネルギーは君一人分だけで他の魂も絶望に染まるわけじゃない。まどかのように大量のエネルギーが得られはしないんだ」
「君は人類にとっての害悪だと思うね。人を喰い、その力をみんなのために使うこともなく、宇宙への貢献も微々たるものだ。君はなぜ生きているんだい?」
キュウベえは長い台詞を言いきり、ほむらの様子を見守る。
「…………」
応えずに超重力で圧潰させた。
「あのね、暁美ほむら。特に理由もなく僕の身体を消費するのはやめてくれとお願いしたはずだよ。もったいないじゃないか」
「口を開いたから、では足りなかったかしら?」
ぐしゃり、とまた潰した。
「理論が破たんしているよ。口を開くのが何かいけないことかな?」
「気に障る、という理由であなたを殺すのは――宇宙の寿命を延ばすために人を殺すのより下等とでも言いたいのかしら?」
また潰した。
「あんまりな暴論だよ。僕のやっていることは君たちのためでもある。けれど、君のやっていることは僕らの資源を浪費することでしかないじゃないか」
「どちらも本当は自分のことしか考えていない、という点では似たもの同士よ」
面倒くさくなったのか、そこらに潜むキュウベえを左手に引き寄せる。そして、キュウベえ達は耐えきれずにひしゃげていく。ひしゃげて圧潰し、綿の塊が圧縮されて塵のように見える。
「やれやれ。わけがわからないよ」
そう言い残して、最後の10匹目も塵になった。けれど、焼け石に水であまり効果がないのはほむらにもわかっている。ただウザかったからやっただけだ。
「……まどかを救うために私は私を殺した。感情がないあなたが羨ましいわ」
最終決戦は間近。
美樹さやかのようすが気になるが、結局はどうしようもないだろう。あれだけまざまざと力の差を見せつけておいたのだ。それこそまどかに泣きつく以外に方法がない。
人を喰った私はもはや後には退けない。犠牲者には謝れないし、謝らない。私は目的のためにあなたたちを犠牲にしたのだから、ワルプルギスを倒した後は私を地獄にでも連れていけばいい。
「魔法少女になることへの恐怖も、キュウベえへの不信もまどかの中にある。イレギュラーはあったけれど全ては計算通り」
――そう、うそぶいてみた。
劇場版を見る前と後でほむらを見る目が変わった人は多いと思う。