もし一乗寺治にパートナーがいたら(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
なんとかカプリモンを子供部屋に隠し通すことに成功した僕と賢は、父さんと母さんが寝てから静かにキッチンに向かった。カプリモンがお腹がすいて力が出ないってうるさいからだ。だから、こっそりいくつかパンを持ってきて、バターを塗ってハムとかチーズを挟んでサンドイッチを作ってカプリモンにあげた。
むしゃむしゃとサンドイッチをあっという間に平らげてしまったカプリモンは、何度目になるかわからないうんちをした。だからティッシュでくるんでトイレに流した。そうこうやっているうちにもう外は真っ暗で深夜になってしまっていた。
「もう時間がたちすぎたから、たまごからは幼年期のデジモンが生まれてると思う。下手したら成長期になってるかもしれない。心配」
「デジモン?」
カプリモンはこくりとうなずいた。
「デジタルモンスター、略してデジモン。わたしはお迎えのデジモン」
「どこからきたんだ」
「あそこからきた。デジタルワールド、それがわたしたちの世界のなまえ」
「パソコンの中に世界があるってことか?」
カプリモンはうなずいた。気になる単語がバンバン出てくるから聞こうとしたら、カプリモンがいきなり立ち上がった。そして振り返ると窓の方に向かっていく。
「みつけた、やっとみつけた、かえろう。わたしたちはまだ出会うのがはやすぎる」
一歩一歩歩くたびに光につつまれていく。光が四散した時にはすでにまたカプリモンの姿が変わっていた。
「カプリモンだよな?なんでまた姿が変わって......おい、まて、待ってくれよ、こんな高さから危ないってカプリモン!」
「カプリモン、だめだよ!」
僕たちの目の前でまたカプリモンの姿が変わる。窓ガラスが粉砕され、ベランダが破壊される。青い電気を纏った巨大なメタリックな鳥が翼を広げて飛び立とうとしていたのだ。僕はカプリモンの背中にしがみつき、なんとか止めようとするが羽ばたきは止まない。子供部屋に似つかわしくない本棚も、Windows95も、たくさんのソフトが入ったCDケースも何もかもを砕きながら、カプリモンは飛び立ってしまった。
「お兄ちゃん!!」
賢の声も手も届かなかった。カプリモンに必死でしがみつきながら、僕は早く家に帰ろうと叫ぶが話を全く聞いてくれない。
「みつけた」
「え?」
「わたしみたいに、進化してる」
「しんか?進化ってあのダーウィンがいったっていう?」
「しらない」
僕の世界がひっくり返る。カプリモンが探していた卵から別の化け物が生まれていて、カプリモンはそいつを連れ戻しにきたっていってたけど、こんなに大きくなってどうするつもりなんだろうか。振り落とされないように必死でしがみつきながら、僕はカプリモンがなにをしようとしているのか見ていた。
尻尾から何本ものレーザーが放たれる。歩道橋を切断し、崩壊させてお目当ての標的を足止めしているようだった。一瞬で瓦礫と化した車があちこちに吹き飛ばされてひしゃげて煙を上げる。まるで大きな爆弾が破裂したみたいだった。
「はずした、でも逃さない」
カプリモンは明らかに闘い慣れている化け物だった。何度もニュースで見た信号や電光掲示板、歩道橋を破壊し、瓦礫とかした中、黒煙があがる光景が眼下に広がる。まるで阪神・淡路大震災のようでぼくはやめるよういうしなかった。
またレーザーが発射される。今度は車が粉砕された。その刹那、オレンジ色の恐竜がこちら目掛けて何発も火の玉を口から発射してきた。だが全然当たらない。代わりに背後の街路樹に飛散し、火の手が上がる。黒煙が広がる。
カプリモンは高速でスピンしながら、一気に降下して突撃する。オレンジ色の恐竜の上にはなんとか止めようとしている賢くらいの子供がいるとようやく視認できるまで近づいたときだった。
超至近距離から火炎弾が放たれる。それを全て刹那で掻い潜ったカプリモンは巨大なオレンジ色の恐竜めがけて体当たりした。巨体な直撃を受けてひっくり返る。女の子の悲鳴が聞こえた。しかし、吹き飛ばされた衝撃で宙に浮いた女の子をまるで守るように抱きしめたままオレンジ色の恐竜は何百メートルも先に吹き飛ばされた。
「帰ろう、カプリモン。やりすぎだ!」
「連れて帰らなきゃいけないの、あの子。あのままだと自分で自分の進化の光に飲まれて自我を失ってしまう」
「そんなことどうでもいいから、今直ぐこうげきをやめるんだ!これ以上僕たちの街を壊さないでくれ!!」
僕の切実な絶叫があたりにこだまするが、カプリモンには届かない。また尻尾からレーザーを放射状に撒き散らし、オレンジ色の恐竜目掛けて攻撃する。そのときだ。ホイッスルのつんざくような音があたりに響き渡った。女の子を守るように立ち上がったオレンジ色の恐竜が光に包まれ、また姿が変わったかと思うと雄叫びをあげたのだ。
「コロモン!!」
あの恐竜はコロモンていうらしい。頭部の皮膚が硬化して甲虫のような殻を被ったような角の生えた頭部に、オレンジベースの体色と青い縞柄が特徴的な恐竜みたいな化け物になった。
カプリモンがまた光が丘団地のはるか上空まで一気に駆け上がる。コロモンの前にパジャマ姿の僕くらいの男の子が現れる。そしてホイッスルを思いっきり吹いてから、ありったけの声をあげて叫んだのだ。
「コロモン、うてー!!!」
「カプリモン、避けたほうがいい!にげろ!」
「この勝負うけてたつ」
カプリモンは青白い光を纏いながら一気に急降下して、コロモンが吐き出した今までで一番大きな火炎弾目掛けて突っ込んでいく。目が開けていられないくらいの眩さに包まれたその先で、僕は気を失った。
「カプリモンー!おにいちゃーん!どこー!!」
朝日が差し込む中、僕は目を覚ました。電波障害が広範囲に発生し、孤立状態となった光が丘団地を襲った爆弾テロ事件が発覚した瞬間である。ヘリが空を飛び、大破したベランダを大写しにしたものだから、僕の家が一番被害にあったことになった。もう一家ベランダが壊れて子供部屋が大破した家もあったらしいんだけど、何度もニュースになるものだから、僕らは田町に引っ越すことになっだのである。
「賢、カプリモンどこいったんだろうな」
「カプリモン?だれ?」
「えっ」
引越しの車の中でふと話しかけた僕に、不思議そうに賢が首をかしげる。
「なにかのゲームのキャラ?」
「覚えてないのか?あの日の夜のこと」
賢はこくりとうなずいた。
「あんまり覚えてないや、寝てたからかな」
「あんなことがあったのに忘れちゃったのか、信じられない」
「なにかあったの、お兄ちゃん」
「いや、いい。無理に思い出さなくていいからな。賢にはショックすぎることだったんだろ。僕がおぼえてるんだからそれでいい」
「うん、わかった」
それきり、僕はあの日にあったことが光が丘テロ事件という名前で呼ばれるようになっても口を閉じることを選んだのだった。
父さんと母さんは賢が記憶喪失になったこと、そして僕は覚えているのになにも話そうとしないことを心配して、大学の病院の精神科やカウンセラーに連れて行ってくれたけどなにも状況はかわらなかった。
光が丘テロ事件の犯人は捕まらないし、犯行予告や要求もない。同じ3月には日本国中を震撼させたオウム真理教の地下鉄サリン事件なんていうとんでもない事件が起きてしまったものだから、世間の注目は一気にそちらに持っていかれてしまったのだった。
でも僕は忘れない。忘れてはいけないのだ。光が丘テロ事件を引き起こしたのはコロモンとカプリモンで、止められなかった僕が悪いんだってことは絶対に忘れてはならないのである。