もし一乗寺治にパートナーがいたら(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
1999年8月2日月曜日
僕は昨日からずっとピリピリしていた。光が丘周辺で始まった原因不明の電波障害は時間を経るごとに広がり始め、今や神奈川や千葉県にまで及ぶ大規模なものとなっていた。あまりにも犯行手口が似ているからと連日ニュースで光が丘テロ事件について報道されている。そのたびに大破したベランダから覗く僕と賢の子供部屋が丸写しになっている。ニュースがいうには光が丘から東京湾目掛けて南下しているらしく、標的がどこなのかと好き勝手に予想しては討論していた。聞いているだけでイライラする。4年前田町5丁目に光が丘から引っ越してきた僕たちに晒された好奇心をもって聞いてくる大人たちを思い出してしまう。
ただただ不安を煽るばかりのテレビを消した僕はため息をつきながらソファに腰掛ける。父さんは電波障害の対応に追われて昨日から会社に缶詰だ。母さんはパート先の喫茶店のレジが故障したとかで臨時休業になったから昨日から家にいる。
時計をみればもう10時だ。僕が出かける準備を始めようと立ち上がると心配そうな顔をした母さんが近寄ってきた。
「治ちゃん、ほんとに行くの有楽町?事件が解決してからでもいいんじゃないかしら?」
「そういうわけにもいかないんだよ、母さん。提出書類にコピーを添付しなきゃならないんだ。期限が迫ってる」
「でも......なら、私も付き添いしましょうか?」
「母さんは留守番しててくれ。昨日から女性が何人も襲われてるって話じゃないか。血を吸われて貧血とか吸血鬼みたいなやつがうろうろしてるんだから」
「でも心配なの。そうだわ、タクシーで行きましょう、治ちゃん。襲われたのは歩いて帰宅途中の人ばかりじゃそうだし」
「......わかった、じゃあ準備してくる」
「賢ちゃんも行きましょう。今日はどこかで買って帰りましょうか」
「やった、僕ハンバーグ弁当がいいなあ」
「そうね」
光が丘テロ事件のニュースをみても賢はあいかわらず自分が当事者だったことすら思い出さないみたいでむじゃきなものだ。こっちはずっと気を張っていなくちゃいけないのにイライラする。
今日は8月21日にあるドイツにあるサッカーの名門、ドルトムントが主催するサッカーの短期留学の申請に必要なパスポートを受け取りに行く日だった。
ほんとはまたカプリモンに会えるんじゃないかと思って光が丘や怪物が暴れてるとかニュースで流れていた場所を回るつもりだったんだけど、そうもいかなくなってしまった。カプリモンはあの日自分のことをお迎えのデジモンだといっていたから、東京のどこかに必ずいるはずなんだ。色々と聞きたいことがあるのだが、なかなかうまくいかない。
東京都内のパスポート申請窓口は、新宿、有楽町、池袋、立川の東京都パスポートセンターの4か所ある。パスポートの受取は申請した場所でのみ可能だから、これから僕たちはタクシーに乗って田町5丁目から有楽町駅京橋口から徒歩1分のところにある東京交通会館に行かなければならない。
母さんがタクシー会社に電話をしはじめたのをみながら、僕はポケットの携帯を取り出し、ネットをひらいてみる。1999年2月か、NTTドコモが「iモード」を開始し、携帯電話から手軽にネット接続やメール送受信が可能になった。父さんはプログラマーだからそういうのに敏感で僕がねだれば賢と合わせて家族全員分を買ってくれたのだ。
東京と怪獣で検索してみる。主要な観光地、特に子供に人気がある場所で目撃情報が多発している。よく調べてみると東京湾に続く河川や下水道沿いに大型の怪獣が出現している。さっき母さんと話していたドラキュラもどきも黒い霧を纏いながら似たような経路で出現しているようだ。
この怪獣がすべてあのときのコロモンのように誰かに連れ去られてきたデジモンたちなのだとしたら、カプリモンもお迎えにいくために奔走しているはずだという予感があった。あいたい。会わなくちゃならない。そう思えてならない。どこにいるのかはわからないけれど、今この瞬間にもカプリモンは東京のどこかでがんばっているのではないかという考えが頭から離れないのだ。
「兄さんはなにたべたい?」
「え、あ、なんの話だ?」
「さっきからどうしたのさ、兄さん」
「なんでもない、考え事だ。で、なんだって?」
「だーかーらー、今日の夜ご飯の話だよ、兄さん。今日は買って帰るって」
「ああ、そうか、そうだったな、うん。僕も賢と同じでいい、好きに選べよ」
「ほんと?ならハンバーグ弁当だね」
「ああ」
賢が晩御飯のリクエストを電話が終わった母さんに伝えているのを見ながら、僕はふと思い出したことがあって追加でリクエストした。
「ハムサンド」
「え?」
「だから、ハムサンド。チーズとハムが挟まったやつ、それも食べたい。ハンバーグ弁当だけじゃ足りないかもしれないし」
「わかったわ、帰りに近くのお店に寄ってから帰りましょうね」
「僕も欲しいな、ハムサンド」
「はいはい」
「兄さん好きだよね、ハムサンド」
「まあな」
ほんとは特別に大好きってわけじゃない。あの日、カプリモンに食べさせてやったハムサンドのことが忘れられないだけだ。