天上の悪魔、地上の少年   作:神父三号

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三話完結です。
キャラクターの独自解釈において、非常にセンシティブな部分があります。
ご留意ください。


天上の悪魔

 あの日のことを、僕ははっきりと覚えてる。

 

 

 

『おじいさま、これはなに?』

『ああ、ブリューゲルという画家が描いた"バベルの塔"だよ』

『"ばべるの塔"?』

『そうだよ。大昔の人々が、神様のいる天国まで届くような高い塔を作ろうとしたんだ』

『へぇー、すごいね!』

『はっはっは、すごいか? ……だが神様は怒ったんだ』

 

 

 ──人間たちめ、思い上がるんじゃない! 

 

 

『……とな。だから壊してしまったんだよ』

『ふーん。でも、エンパイアステートビルもエッフェル塔も高いよ? どうして神さまはおこらないのかな?』

『うむ……それはだな。きっとまだ低いんだろう』

『そうなのかぁ……』

 

 

 

 きっと、死ぬまで忘れはしないだろう。

 おじいさまと交わした、一番大切なお話。

 それは僕の──

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

《ゴォーーーールッ!!! 真のミニ四駆ナンバーワンを決める今世紀最大の大会"M1"!! この軌道エレベーター"サントゥアーリオ"で繰り広げられる決勝レース前半戦を征したのは"ミニ四駆の軍神"! ネロ君のディオマース・ネロだ!!》

 

「お疲れ様、ディオマース」

 

 ディオマースを止め、僕は小さく欠伸をした。

 

《なんとなんと、ディオマースはここまで完全独走状態! 凄まじい走りを見せてくれたぞぉっ!!》

 

 凄まじい走り、か。

 ミニ四ファイターの実況を聞いて、思わずため息が出た。

 

 ここまでは、ただトップを走ってただけだ。

 それは当たり前のこと。

 まるで達成感がない。

 ディオマースも、きっとそうじゃないかな。

 

 スタート直前の胸の高鳴りだって、もう消えちゃった。

 他のレーサーたちは、まだずっと後ろを走ってる。

 マシンの音すら聞こえてこない。

 

 まあ、どうでもいいや。

 それよりも。

 

「……ふふ、あと一息だ。あと一息で、神さまに会える。僕は、すっごく高いところまで走ってきたんだ」

 

 サントゥアーリオ。

 ここは、ただ高いだけのタワーじゃない。

 "聖域"なんだ。

 僕という人間が神さまに会うための、聖なる場所なんだ。

 

「ほら、見てごらんディオマース。地上だよ。あんな場所で、人間はうじゃうじゃ群れてるんだ」

 

 中継ステーションの端まで行って、僕はパートナーといっしょに下を眺める。

 海。雲。そして大陸。

 

 自分の目で見ると、改めて思う。

 なんてちっぽけなんだろう。

 大きな大きな宇宙の中の、小さな小さな星。

 

 神さまが用意してくれたこの箱庭の中で、政治だの経済だの戦争だの、誰も彼もがつまらないことをずーっと続けてる。

 いつまでも無秩序で、デタラメで、ごちゃごちゃしてる。

 

「ねえ、神さま。あなたは本当に、こんな人間たちの姿がお望みだったのですか?」

 

 僕は太陽に目を向けた。

 眩しい。

 いつまでも見つめてたら、目が潰れてしまう。

 

 

『産めよ、増えよ、地に満ちよ』

 

 

 神さまが人間を祝福して、最初におっしゃられた言葉だ。

 その結果が、これ。

 

「神さま、どうして怒るのをやめてしまったのですか? 昔はあんなにたくさん、怒ってくださってたのに」

 

 おじいさまは、ボルゾイタワーを建てた。

 重力を制御する物質"MGストーン"を作るために。

 このタワーは今の軌道エレベーターになる前でも、昔のバベルの塔よりずっと高かったはず。

 

 そしてこれからはMGストーンを使って、天にそびえるような建物をいくらでも造れるようになっていく。

 いや、それより前に人間は空にも宇宙にも上がってたじゃないか。

 なのに、神さまはいつまでも怒ってくれない。

 

 このボルゾイタワーに──完成前の"聖域"にやって来て一度だけ、僕はおじいさまにそのことを聞いてみた。

 

『ははは。ネロ、お前はやはり賢いな。流石はワシの孫だ』

『笑わないでよ、おじいさま。僕は真面目な話をしてるんだよ?』

『ふむ……何故神様は怒るのをやめてしまったのか、か』

『うん。おじいさまはどうしてだと思う?』

 

 あの時、おじいさまは長く悩んでた。

 そして、皺くちゃな顔をもっと皺くちゃにして言った。

 

『ほっほっほ。それはきっと、人間という存在を認めてくれたからだろう。人間は立派に成長したと、もう怒らなくても大丈夫だと、神様はそう思ったんだよ』

『……そうですか』

 

 おじいさまは結局、他の大人たちと同じ答えを出した。

 まだ子どもである僕に、上手くカッコつけるような答えを。

 

「そんなわけありませんよ、おじいさま。分かりきったことじゃないですか」

 

 ディオマースに、僕は語りかける。

 

 飛び級してたくさんのことを学んで、神さまと人間たちのお話を何度も読んだ。

 だから、今の僕には分かる。

 

 バベルの塔は、単に天国へ届きそうだったから神さまを怒らせたんじゃない。

 人間の傲慢。野望。挑戦。

 

 高さじゃなくてそういう色んな想いに、神さまは怒ったんだ。

 おじいさまだって、いっしょに絵画を見た時に言ってたじゃないか。

 

「人間どもめ、思い上がるんじゃない!」って。

 

 きっとその通りだよ、おじいさま。

 人間は思い上がったから、神さまに怒られたんだ。

 何度も何度も思い上がって、何度も何度も怒られたんだ。

 

 ならどうして、神さまは怒るのをやめてしまったんだろう。

 

 世界中を巻き込む戦争を、二度もやった。

 月に旗を立てた。

 色んな方法で、ひたすらお金を集め続ける。

 今やもうどうでもいいはずのことでさえ、ぶつかり続ける。

 

 人間はあの塔を造ってた頃よりずっと思い上がって、そしてずっと多くのことで争ってる。

 

 立派に成長した? 

 もう怒らなくても大丈夫? 

 どこが? 

 

 笑っちゃうよね。

 神さまはむしろ、怒りっぱなしにならなくちゃいけないはず。

 今の人間たちにあの頃より、もっと激しく怒るべきなんだ。

 

 なのにどうして、神さまは怒ってくれないんだろうか。

 それは──

 

「……ネロ様。前半レースの一位通過、おめでとうございます」

 

 側近が少し声を震わせて、僕の背中に声をかけてくる。

 

「うん、まあね。それで、頼んでたものは?」

「どうぞ」

「ありがとう、そこに置いといてください。もう下がっていいですよ。いつもご苦労様」

「はっ」

 

 ディオマースから、視線を移す。

 小学校で豪樹くんに貰った、メダカの水槽だ。

 

「ふふっ、よかった。ちゃんと泳げてるね。えらいえらい」

 

 メダカは宇宙にいきなり連れてこられると上手く泳げなくなる、ってデータがある。

 でも、この軌道エレベーターには、MGストーンによって重力が発生してる。

 僕が毎日エサをやってあげてるメダカたちは、しっかりと上手く泳いでた。

 

「……そうさ。人間なんて、神さまから見たらメダカなんだ」

 

 小学校はつまらなかった。

 でも、このメダカの水槽を眺めるのは楽しい。

 メダカたちは僕がエサをくれることを覚えて、近寄ると水面まで上がってくるようになった。

 そして、パクパクと口を動かす。

 

 「エサをください」「私たちに生きる力をください」って。

 

 僕が水槽を小突けば、驚いて逃げていく。

 だけどエサをやると、小突かれたことも忘れて群がってくる。

 飼い始めた時より、メダカは明らかに大きくなった。

 純粋で、健気で、可愛い。

 

 それでも結局は箱庭の中で僕に生かされてる、ちっぽけな存在。

 ただ群れて泳いで、エサを食べて子供を産んで、何となく増えていく。

 僕がエサやりに飽きたら、やがて共食いを始めて、最後の一匹になって、死に絶えちゃうのに。

 気まぐれに水槽をひっくり返しただけで、全てがおしまいなのに。

 

「あはは……ねえ、神さま? あなたは人間に飽きたんでしょう? 人間が、つまらないことばかりするようになったから。もう、眺めてる価値がなくなっちゃったから」

 

 それならそれでいい。

 僕がまた、興味を持たせてあげる。

 

 そのためのサントゥアーリオ。

 そのためのM1レースなんだ。

 

「神さま。ミニ四駆ってね、最高に面白いんですよ。この小さなマシンの中に、僕という人間の全てが詰まってる」

 

 神さまに語りかけながら、僕は手元を見た。

 

 ディオマース・ネロ。

 最高精度のMGストーンを搭載した、史上最強のミニ四駆。

 

 ミニ四駆は僕が物心ついた頃、おじいさまに貰ったプレゼントの一つだった。

 走らせて、ゴールを目指す。

 トップでゴールするためなら、何をしたっていい。

 勝った者だけが、全てを手に入れる。

 それがミニ四駆だって、おじいさまが言ってた。

 

 シンプルだからこそ、最高なんだ。

 何より、人間みたくウソをついたり、カッコつけないのが良い。

 セッティングには、必ず結果で応えてくれる。

 

 僕は、ミニ四駆が大好きだ。

 

 このディオマースも、元々はおじいさまからのプレゼント。

 大神博士と一文字博士に作らせてたけど、あの二人じゃケンカして完成させられなかった。

 だから一文字博士は外して、僕自身が開発に参加した。

 

 そして烈矢くんとの慣らし運転やオータムレースでの経験から細かくセッティングを加えて、完成させた。

 今はもう、僕の意のままに走ってくれる。

 

 ディオマースは僕を絶対に裏切らない。

 僕の分身。

 僕そのもの。

 

「サントゥアーリオで……この新しいバベルの塔で、僕は究極の人間になる。僕こそが世界で一番のミニ四レーサーだって、証明してみせる」

 

 神さま、これは素晴らしい見世物でしょ? 

 人間が懲りずに思い上がってまたバベルの塔を造り、そこで自分の力の結晶を走らせてあなたに挑戦するんですよ? 

 

 地べたを這ってる奴らよりは、絶対面白いよね? 

 スペースシャトルや人工衛星みたいな小細工とだって、比べものにならないよ? 

 それともあなたにとっては、ちょっとバカバカしいかな? 

 宇宙まで上がってミニ四駆でレースするなんて、理解できない? 

 

 でもどの道、無視なんてできないよね。

 僕のことを。

 

 メダカと同じじゃないんだよ、僕は。

 僕だけは。

 

 

「神さま……僕を見てよ。僕を叱ってよ。もうすぐ僕の上には、あなたしかいなくなるんだから」

 

 

 今さら、他のマシンの音が聞こえてきた。

 目を袖で擦る。

 

「……待ちくたびれちゃったよ」

 

 後ろを振り返る。

 やっぱりみんな、いい顔をしてる。

 僕の踏み台に、相応しい者たちだ。

 

「さ、これからが本番だよ」

 

 神さま、待っててください。

 ネロがあなたに、会いに行きます。

 

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