「そんな力なんかに頼ったお前なんかに、負けるわけにはいかない!」
「頼る? この僕が?」
「そうじゃないか! 自分の力で走ってみろ!!」
………
……
…
「君達は所詮メダカ。そうやっていつも群れて走る!」
「何とでも言ってろ!」
「宇宙へ出ても、地べたを走ってる時とおんなじ! 互いに励まし合って走るなんて、恥ずかしくないのかな?」
「恥ずかしくないね! 声をかけ合ったって、目的はみんな一つ! 自分が一番速くゴールを突っ切る! それが俺達のミニ四駆だ!!」
………
……
…
「完走したってことは、また次のレースでチャンスがあるってことじゃねえか!」
「次の……?」
「そりゃあ、ビリってのはクソ面白くねえよ。でもな、強いマシンと出会ってよ。自分とマシンの腕を磨いていく! それが出来るから、ミニ四駆は楽しいんじゃねえか!!」
………
……
…
「励まし合える仲間がいるっていうことは、心を許し合える友達がいるっていうことだ……」
「でも僕には『あいつに勝ちたい』という、その『あいつ』がいなかったんだ……!」
………
……
…
………
……
…
あれから、三日が過ぎた。
ピッ。
《ネロ様!? お体の方は大丈夫なのですか!?》
「ええ、もう大丈夫。ちょっとM1で疲れがたまってただけです。皆さんを心配させて、ごめんなさい」
《い、いえ、そのようなことは決して……ご夕食の準備を!》
「それは後。決裁しないといけないものが、いっぱい溜まっちゃってるでしょう? さっさと片付けますから、全部ください」
《しかし病み上がりで、急にそのような……》
「大丈夫だってば。……お願いしますね」
《た、ただちに!》
やるべきことを手早く終わらせ、僕はデスクから立ち上がり、身体を伸ばした。
「んんー……っしょ。はい、これで最後」
「ありがとうございます。流石はネロ様です」
分厚い紙束とディスク数枚を受けとった側近が、いつものほめ言葉を口にする。
「さて、と。僕、欲しいものがあるんだけど」
「何でしょうか?」
「ミニ四駆のコースを一つ、用意してください」
「はっ。どのようなコースがご希望で? お望みの物を発注いたします」
「いいよ、別に。普通のオーバルホームサーキットを」
「え……? しょ、承知いたしました」
僕の部屋にさっそくコースが運び込まれ、組み立てられた。
立体レーンチェンジありの、2レーンサーキット。
「ちょっと一人にしてほしいな」
「いつでもお呼びください。……今夜は、あまりご無理なさいませんように」
「うん、ありがとう」
側近たちが出ていく。
僕はディオマース・ネロのスイッチを入れた。
広い室内にモーター音が響き、耳をくすぐってくる。
ディオマースが、僕の手の中でごくわずかに震えている。
早く走りたい、って。
「ディオマース。目の前にあるのは、君がガッカリするようなコースだよ。到底つり合わない安物さ。それでも走りたいの?」
ディオマースはモーターを唸らせ続ける。
「……そんなに走りたいのなら、行ってきなよ。ほら」
僕はそっと、自分のマシンを送り出した。
速い。速すぎる。
じっと見てると、目が回っちゃいそうだ。
その上、どんどん加速する。
計算され尽くしたカウル形状が生む、強力なダウンフォース。
MGストーンによる、重力コントロール。
全てのタイヤの向きを変えられる、4WS機構。
電気抵抗・摩擦抵抗といったあらゆるパワーロスも無くしてある。
ディオマース・ネロは、間違いなく史上最強のミニ四駆だ。
そのはずだった。
なのに、負けた。
あのM1レースで、"聖域"で。
一文字兄弟に、豪樹くんと烈矢くんに負けた。
その理由は、もう分かった。
MGストーンのオーバーロードでも、ディオマースの裏切りでもない。
もっと簡単な理由。
納得だってしてる。
結局僕は、神さまに会えなかった。
神さまは、ゴールにいてくれなかった。
怒ってくれなかった。
でも。
『自分の力で走ってみろ!!』
コースに手を差し伸べ、ディオマースを受け止めた。
僕が考えごとをしてる間にたくさん走ったのに、ディオマースは全然疲れてない。
まだ走りたいって、語りかけてくる。
「……自分の力って、何だよ」
僕はなんとなく、MGストーンを外した。
そして大切なパートナーを、コースに戻す。
また走り始める。
ひたすらに加速していく。
やっぱり、何度見ても速いや。
当たり前だ。
僕のディオマースは、究極のミニ四駆──
「あっ」
レーンチェンジ。
車体が浮いた。
コースアウト。
ディオマースが吹っ飛んで、ひっくり返る。
「……オーバー、スピード」
コースがあまりにもちっぽけなせいで、加速するマシンをダウンフォースが抑えきれなかった。
本来はMGストーンがサポートするから、起こらない現象。
だけどもし、いっしょに走ってる相手がいたら、ディオマースの負け。
僕の負け。
いや、相手がいなくったって。
「ふふっ、あはは……」
なぜだか、笑っちゃった。
失敗を気にせずにずっとタイヤとモーターを回してるディオマースを、僕は拾い上げる。
「また負けちゃったね、僕たち」
今度は一文字兄弟じゃなくて、こんな小さなコースに負けた。
地上のどこにでもある、安っぽいコースに。
『自分とマシンの腕を磨いていく! それが出来るから、ミニ四駆は楽しいんじゃねえか!!』
側近に通信を入れた。
セイバー600一台。モーターとバッテリー。パーツ数種。工具一式。
全て市販品で。
「~~♪」
お気に入りのクラシックを鼻唄で奏でながら、ディオマースのカウルを外す。
シャーシは完全に特別製だ。
当然、カウルだってそれにピッタリと合うように設計されてる。
だけど、普通のシャーシに乗せられないわけじゃない。
僕が開発に関わった、僕の分身だ。
どう改造すればいいのかは、知り尽くしてる。
「……よし、できた」
ボディキャッチを締め、スイッチを入れる。
ディオマースが、さっきよりもずっと大きく唸り出した。
MGストーンも4WSも無いし、カウルのヴァリアブルシステムはもうただの飾り。
パワーロスだって、本当に酷い状態だ。
この音と震えが、力を無駄に使ってる証拠。
"戦う神"は、特別な武器を全て失った。
それでも、ミニ四駆らしい音を立ててる。
早く走りたい、ってずっと叫んでる。
「行くよ、ディオマース。レディ……ゴー!!」
走り出す。
遅い。なんて遅いんだろう。
これが史上最強のミニ四駆だった、僕のパートナーの姿なのか。
でも、ディオマースは走ってる。
4WSがなくてもシャーシのローラーでコーナーを曲がり、MGストーンがなくてもレーンチェンジを難なくこなしていく。
やがてダウンフォースがしっかりと利き出し、タイヤがコースに強くグリップ。
スピードが一気に乗ってきた。
「ディオマース、どう? 今なら豪樹くんと烈矢くんに勝てそう?」
──無理だね。
ディオマースがその走りで、僕に応えてくれる。
「マリナさんには?」
──それも無理。
分かってるよ、ディオマース。
「じゃあ、ひとしくんとならいい勝負ができるかな?」
──多分。
本当に? 彼、思った以上に手強いレーサーだよ?
「ローラーの角度を変えて、ギア比も……いや、その辺は結局コースによるかな」
床へうつ伏せになって頬杖をつき、ディオマースの走りを間近で眺める。
ダウンフォースが発生してても、少し荒い走りだ。
MGストーンを手に入れる前の僕は、もうちょっとセッティングが上手かった気がする。
鍛え直さないといけない。僕も、ディオマースも。
そのためには、一人ぼっちじゃダメだ。
『目的はみんな一つ! 自分が一番速くゴールを突っ切る! それが俺達のミニ四駆だ!!』
一人でどれだけマシンを走らせてても、二人で競い合ってる豪樹くんと烈矢くんには、絶対に勝てない。
「……はあ。メダカの観察日記、いいかげん出さないといけないかな」
──頑張れ。
「ディオマース、簡単に言わないでほしいな。いっぱい溜めちゃってるんだ。メダカ委員の豪樹くん、絶対に怒るよ?」
──頑張れ。頑張れ。
ディオマースは走り続ける。
速く、少しでも速く。
今の自分の限界に、挑戦するように。
僕を、勇気づけるように。
「……おじいさまとも、仲直りしなきゃ。きっとすごく怒るんだろうなぁ」
おじいさまだけじゃない。
ちゃんと謝らなくちゃいけない相手が、たくさんいる。
でも、後悔はしてない。
神さまには会えなかったけど、サントゥアーリオもM1も、決してムダじゃなかった。
「あはは……分かってるよ、ディオマース。僕ひどいことしちゃったもんね。おじいさまも他の人たちも、神さまより怒るかも。このタワーが壊れちゃうくらいに。……いっしょに怒られてね、僕の良きパートナー」
僕は走るディオマースと、ずっと話し続けた。
バッテリーが切れるまで、ずっと、ずっと。
ディオマースが止まった時。
僕は初めて、地上の音に気づいた。
色々な音が混ざり合って、わずかに聞こえてくるのに気づいた。
この部屋は結構高いところにあるのに。
ディオマースを手に、立ち上がる。
窓ガラスを少しだけ開けた。
風の音。列車が走る音。
車が、クラクションを鳴らした。
何かのサイレン。
窓から見える地上は、やっぱりごちゃごちゃしてる。
色んな光が、無秩序に輝いてる。
それでも。
「……そうだね、ディオマース。僕たちはこの地上で、ちゃんと生きていくんだ」
僕はメダカにエサをあげ、ディオマースと部屋を出た。
晩ごはんを食べて、お風呂に入って、ベッドで寝る。
今までと同じ生活習慣。
だけど、そこに少しずつ、やることを増やしていこう。
やるべきことと、やりたいことを。
僕一人でやるんじゃない。
色んな人たちといっしょに、やっていく。
きっとそれが、「地上で生きる」ということなのだから。
………
……
…
その夜、僕は夢を見た。
『おじいさま、これは何?』
『ああ、ブリューゲルという画家が描いた"バベルの塔"だよ』
『"バベルの塔"?』
『そうだよ。大昔の人々が、神様のいる天国まで届くような高い塔を作ろうとしたんだ』
『へぇ……すごいね』
『ほっほっほ、すごいか? ……だが神様は思ったんだ』
──人間たちはきっと、止まらないだろう。どこまでも危なっかしく、走り続けるだろう。
『……とな。だから造るのをやめさせてしまったんだよ』
『ふーん。でも、おじいさまはボルゾイタワーを建てた。僕がそれを軌道エレベーターにまでした。どうして神さまはやめさせなかったのかな? どうして、怒ってくれなかったのかな?』
『うむ……それはだな。きっと……』
そこから先は、覚えてない。
だけど目が覚めた時、とても幸せな気分だった。
「……神さま。素敵な夢を、ありがとうございます」
涙があふれる。
学校に、行きたくなった。