天上の悪魔、地上の少年   作:神父三号

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地上の少年たち

 宇宙でのレースから、数ヶ月後。

 土曜日。

 

「うっひゃー、もう日が暮れそうだ。マックスが調子よかったから、つい走りすぎちまったぜ」

「そうだね。門限過ぎちゃいそうだし、急いで帰らなくちゃ」

「ぐふふ、ネロ~? 明日こそは俺さまが勝つぜ? 豪樹、烈矢、マリナ! お前らも覚悟しとけ!! 今日のレースで、ビクトリーチャンプの新たな可能性が見えたからな!!」

「あはは、それはすごいや。ま、期待しないで待ってるよ、ひとしくん」

「なな、何だとぉ!?」

「ネロの言う通りだな。可能性も何も、どうせ思いつきの一発芸だろ? 俺のナックルブレイカーの敵じゃない」

「言いたい放題言いやがって! ……はっ、そうだ! マリナ女王陛下、この松ひとしめを大神博士にご紹介……」

「イ・ヤ・よ。可能性が見えたんなら、ちゃんと自分で頑張りなさい。ふふっ、あんたも男でしょ?」

「ぐ、ぐぬぬ……じゃあ見てろよおめぇら! まなぶ、まさお! 今夜は合宿だ!! マシンの改造手伝え!!」

「えぇ~、結局他人の手借りるのかよ。面白そうだからいいけどさ」

「『松の湯』入浴無料で手を打ちましょうかね、元チャンプサマ」

「よっしゃあ! そういうことなら、明日は十時にボルゾイタワーのロビー集合な!! せっかくだし、左京にも声かけるか。ネロ、コースの予約頼む! そんじゃ、また明日!」

「うん、豪樹くん。また明日ね!」

 

 みんなと別れて、すぐに走り出す。

 暗くなる前に帰らないと、おじいさまに怒られちゃうから。

 

「はぁ、はぁ……ふー」

 

 僕はボルゾイタワーの専用出入口で、インターホンを押した。

 

「おじいさま、ただいま。……今日はセーフ?」

《ほっほっほ。ぎりぎりアウト。また悪い子になってしまったな、ネロ》

「えー、そんなー」

 

 笑い合い、おしおきとしておじいさまの部屋の掃除をやらされることになった。

 

「明日も皆でレースするんだ。お掃除は夕方からでいい?」

《構わんよ。すぐ夕食にしよう。上がってきなさい》

「はーい」

 

 自分の部屋に入ると、大きな水槽の中のメダカがすぐ僕に気づいて、一斉に水面へ上がってきた。

 

「ただいま、メダカさんたち!」

 

 しっかりとみんなにエサをあげて、その後はおじいさまと晩ごはん。

 今日のメニューは、和食だった。

 

「む? 服を着替えたのか、ネロ。そんなに今日の田植え体験は大変だったか」

「大変も大変だよ。バスの中で豪樹くんとミナミさんがケンカし出すし、田んぼはヌメヌメするし、隣でひとしくんがコケたせいで僕まで泥だらけ」

「ははは! それはいいな。貴重な経験になったろう」

「まあね。でも、今は農家さんだってみんな機械を使うでしょ? こういう授業は不必要な大変さが記憶に残って、農業をやりたがらない人を増やすだけだよ」

 

 僕の愚痴に、おじいさまはお箸を置いて腕を組んだ。

 

「そうかもしれんな。うむ、うむ……だが、昔の人はこれだけ苦労していた。そうやって苦労していた人達のおかげで、ワシらは今おいしいご飯を食べられる。それを肌で学ぶのも、きっと重要なことなんだよ」

「ああ、先生も似たことを言ってたね。理屈はよく分かるよ。だけど皆はそんなこと気にせず、はしゃぎ回ってたり疲れてただけさ」

「それでよい。いずれ思い出の一つになって、人生における何かのきっかけになる……そんな子供が一人でもいてくれれば、充分意味があるのだから」

「ならカリキュラムとして、しっかりとそういう意図を説明すればいいのに」

「ほっほっ。まだ青いな、ネロ。言葉にするのは無粋……大人の世界にはそういうものもある」

「ふーん。なら、おじいさまは無粋な大人ですね」

「んん? こりゃ一本取られたわい。ほっほっほ!」

 

 おじいさまの笑い声を聞きながら、僕はお茶碗の中のご飯を食べた。

 なんだか、いつもより少しだけおいしい気がした。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「大神博士から? こんな夜更けに?」

《はい。ネロ様に至急の用件だと》

「……繋いでください」

 

 半端に乾かした髪をそのままに、通信を受ける。

 

「どうされましたか? 大神博士」

《夜中に悪いな、ネロ。予め、事情を説明しておこうと思ったのだ。奴らがそっちへ着く前に》

「事情? 奴ら?」

 

 博士の話を聞く。

 

「……やれやれ。博士もずいぶんと回りくどいことをしますね」

《お前達ミニ四レーサーには、お前達だけの理屈や想いがある。あのM1レースで、わしがマリナから教わったことだ》

「分かりました。僕の方で何とかしますよ。事前のご連絡、ありがとうございました」

 

 僕は通信を切り、ディオマースを手に取る。

 フロントのローラーを指で回した。

 今日の放課後、みんなとレースしてる時に調整した部分だ。

 

 少しして、また通信が入った。

 

《し、失礼しますネロ様。その……今すぐネロ様に会わせろという子達が》

「話は聞いてます。三階の新設サーキットへ」

《ですが彼らは……!》

「大丈夫。あ、護衛も監視も要りませんから」

 

 パートナーのスイッチを入れた。

 聞き慣れた音が、耳に心地良い。

 

「そうだね、ディオマース。これは僕たちの因縁。だから、僕たちが決着をつけないと」

 

 手の中で、ディオマースが唸り続ける。

 パートナーの気合いに、僕も笑顔を返した。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 タワーの三階で、エレベーターが止まった。

 ディオマースとピットボックスを持った僕が薄暗い室内に入ると、二人のゲストがこっちをにらみつけてくる。

 

「やあ、久しぶり。元気にしてた?」

「気安く話しかけるな……ネロ・ステラ・ボルゾイ」

「話しかけるな、って。話さないと何もできないでしょ?」

「サーキットフロアに通したということは、我らの目的はもう分かっているはずだ」

 

 鼻から下を覆うマスクをつけた、双子のミニ四レーサー。

 兄の草薙陣くん。

 弟の草薙漸くん。

 

 ボルゾイスクールがあった頃、そして僕が宇宙を目指してた頃の、トップクラスのバトルレーサーたちだ。

 僕にとっては──今思えばすごく失礼なことだけど──手下のような存在だった。

 

「……もちろん分かってるさ。けど、気になったんだ。もうじきGJCサマーレースの季節。復讐に来るなら、もっと早く来ればよかったのに」

「黙れ! お前に俺達の何が分かる!!」

「そうだ! 俺達は地下の……」

「君たちのアジト……ボルゾイタワーの地下コースは、もうとっくに無いよ。一体どこの地下にいたの?」

「っ……!」

「というか、僕の顔見て気になることあるでしょ? 前髪切ったんだよ、いちいちヘアバンドつけるのめんどくさいし。似合ってる? マリナさんとミナミさんは褒めてくれたけど」

「知るかっ!」

「あっそう。じゃあ君たち学校は? 僕より年上だよね? そろそろ進学のこととかで……」

「う、うるさい! つべこべ言わずに、さっさと勝負しろ!!」

 

 怒らせちゃったかな。

 僕は一言謝り、照明を点けた。

 

「こ、これは……!」

 

 陣くんが少しだけ声を弾ませる。

 

「すごいコースでしょ? 大神博士、一文字博士、土屋博士が協力して作ってくださった、スペシャルサーキットだよ。……後から来た鉄心さまが、かなりイジったけどね」

 

 この三階にあるフロア全てを一つにまとめて新設した、特製コース。

 ミニ四駆とミニ四レーサーが持つ力の全てを試し、最大限に発揮させて競わせる。

 それを目指したものだ。

 

 GJCとは別におじいさまが企画してる、ミニ四駆オフィシャル公認の第三回ボルゾイオープンでお披露目予定。

 僕がたくさん迷惑をかけちゃったから、結構先の話になるだろうけど。

 

「いいだろう。ここでお前のマシンを、今度こそ血祭りにあげてやる」

「へえ、MGストーンもないのに? どうやって?」

 

 双子が言葉に詰まった。

 大神博士から、話は全て聞いてある。

 今朝、大神研究所にこの二人が乗り込んできて、「マシンを作り直せ」と強要したこと。

 大神博士が彼らのマシンを、再び作ったこと。

 そしてそれはM1の頃の性能のままで、でもMGストーンだけは搭載しなかったこと。

 博士の研究所にはストーンがないから、当たり前の話だ。

 

「ふふ、イジワル言っちゃってごめん。まあ安心して。僕のディオマースだって、もうあんな怖いものは載せてないから」

 

 すっかり生まれかわった僕のパートナーを見せる。

 二人は大きく目を見開き、すぐに細めて、瞳を燃え上がらせた。

 

「何だ、そのマシンは……!」

「馬鹿にしてるのか!? そんなカウル以外市販パーツの寄せ集めで!」

「僕は本気さ。本気でディオマースと向き合って、今のこの姿になってる」

「ふん、ただの言い訳だな!」

「どうせプロフェッサー・ボルゾイに立場を奪い返されて、MGストーンもマシンも没収されたんだろう!?」

「そうだろうさ! だからそんなハリボテマシンになったんだ!」

「おじいさまとは上手くやってるよ。今日も門限ぎりぎりアウトで、怒られちゃってさ」

 

 僕はため息を吐きながら、気づかれないように笑った。

 

 彼らは特別なマシンで、手強いレーサー相手にバトルレースばかりやってきたエリートのはず。

 それなのに、市販パーツの見分けはちゃんとすぐ出来るんだ。

 おじいさまか大神博士に、勉強させられたのかな。

 それとも、自分たちで勉強したのかな。

 パーツとか、模型店で買ったりするんだろうか。

 

「くだらない。とんだ無駄足だったな」

「ああ、行こう」

「うん? 僕のマシンを血祭りにあげるんじゃなかったの?」

「そんな雑魚を蹴散らしたところで、我らがM1の頃のお前に勝ったことにはならない」

「残りの獲物……一文字兄弟と大神マリナのマシンを始末する」

「へえ、そうか。逃げるんだね」

 

 草薙兄弟が、足を止めた。

 

「僕もうお風呂入っちゃったんだよ? 寝る準備してたところに押しかけてきて、唾だけ吐いて帰るの? 失礼なお客さんだなぁ」

「……何?」

「ミニ四駆じゃなくて、ピンポンダッシュの方が得意なのかな? 僕は知らないけど、そういう遊びの大会もあるの?」

「き、貴様ぁ……!」

 

 二人が揃って、自分のマシンを取り出した。

 兄、陣くんのバイスイントルーダー。

 弟、漸くんのファントムブレード。

 

 よく覚えてる。

 大神博士の言う通りあの頃の、M1レースの頃のままだ。

 

「勝負はこのコースを二周。十五分後にスタートね」

「……? どういうつもりだ? なぜ今すぐ始めない?」

「鉄心さまがおっしゃってた。レーサーとマシンが心を通わせて全力で挑まないと、完走すら難しい……そんなコースにしたぞ、って。だから、コースを見てちゃんとセッティングするための時間が必要ってこと」

「ハンデだとでも言うのか?」

「違うよ。このコースは完成したてで、僕もレイアウトは教えてもらってないんだ。どこまでも対等な勝負だよ、これは」

「ふざけるな! さっきから舐めたことばかり……!」

「やめろ、陣。それだけ難しいコースなら、俺達だって……」

「ビビってるのか、漸!」

「はい、そこまで。ケンカならレースの中でやろう。君たちの分のピットボックスも用意させておいたからね。すぐに届く。じゃあ、ピッ、ピッと」

 

 壁のタイマーを十五分にセットして、僕は観客席に駆け出した。

 上から見た方が、全体のコースレイアウトをしっかりと確認できる。

 草薙兄弟も少しして、マシンとボックスを持って反対側に上がっていった。

 

 自分のマシンや相手のマシンとだけじゃない。

 走るコースとも向き合え。

 

 ある日ふらりとやってきた鉄心さまの、大切な教えだ。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

《五秒前。四、三、二、一》

 

「ゴー!!」

 

 三人と三台が、一斉に走り出す。

 

「!? 何だ、あの加速は……!」

「市販パーツのハリボテのはずでは……!?」

「ふふふ……」

 

 ディオマースのスタートダッシュに、二人が驚いてる。

 長いホームストレートを使って、バイスイントルーダーとファントムブレードをぐんぐん引き離していく。

 これで少しは見直してくれたかな。

 

「なるほど……トルク重視のセッティングか」

「テクニカルなコースだ。理に適っているが、所詮ハリボテはハリボテ!」

「ああ、我らの敵ではない!!」

 

 後ろから、二台がじわじわ詰めてくる。

 流石に大神博士の作った、ハイテクマシンだ。

 基本性能はあっちが上。

 でも、そんなことは当然分かってる。

 レースは、性能で全てが決まるわけじゃない。

 

「っ、バイスイントルーダー!」

 

 陣くんが慌ててマシンのスピードを落とす。

 ホームストレートの次は、いきなり急カーブだ。

 レイアウトを事前に見たはずなんだけどな。

 

「行けっ、ディオマース!」

 

 ディオマースがコースの壁にローラーを添わせ、綺麗なコーナリングを見せる。

 完璧な走り。

 だけど。

 

「ファントムブレード!」

 

 漸くんのマシンが、強力なグリップでドリフトしながらインを走る。

 抜かれた。

 

「……さすがだね」

 

 彼のファントムブレードはとても車高が低い。

 カウルが発生させる圧倒的なダウンフォースで、壁や天井すら走れるほどだ。

 当然、こういう鋭いコーナーでも有利になる。

 

「前は塞いだぞ、陣!」

「残念だったな、ネロ! もう終わりだ! トルーダーアタック!!」

 

 カーブを抜けた直後に、挟み撃ち。

 前のファントムブレードがディオマースをブロックし、後ろのバイスイントルーダーがワイヤーを飛ばしてくる。

 

 ゴガッ。

 

「あっ!?」

「ちゃんとコース見た? 急カーブの次もすぐ急カーブ。攻撃の暇なんてないセクションだよ!」

 

 壁を叩いたワイヤーをしまう暇もなく、バイスイントルーダーが激しく壁に擦る。

 ブロックのためにスピードを落としてたファントムブレードはクリアするも、立ち上がりの加速が遅れた。

 ディオマースが、またトップに立つ。

 

「お先に!」

「クソっ、ふざけたコース作りやがって!」

「焦るな、陣! まだレースは始まったばかり! どこでだって潰せる!」

 

 苛立つ陣くんを、漸くんがなだめる。

 一文字兄弟とは真逆で、弟の漸くんの方がしっかりしてるのかな。

 

「さあ、お次はウェーブだよ!」

 

 短いストレートの先で、コースが五つのレーンに分断される。

 長い長い、連続ウェーブだ。

 

「よし、ここだ! チェンジ、バイスイントルーダー!!」

 

 最後尾だった陣くんのマシンが前後のアームユニットを閉じ、細長く変形する。

 そして、ディオマースと同じレーンに入ってきた。

 すごい追い上げだ。

 マシンの幅が大きく縮んだおかげで、ウェーブコースの激しい揺さぶりをほぼ無視してる。

 

「ネロ、今度こそ潰してやる! ここがディオマースの墓場だ!!」

「それはどうかな!」

「くらえっ!!」

 

 ワイヤーが二本、ディオマースのリアを殴りつける。

 吹っ飛んで、宙を舞った。

 

「踏ん張れ、ディオマース!」

 

 ディオマースが何とかレーン内に着地、再び走り出す。

 でも、草薙兄弟のマシンに大きく引き離されてしまった。

 

「ハハハ、口ほどにもない! 所詮、今のディオマースはただの雑魚!」

「やはりハリボテだな!」

「まだまだぁ!」

 

 ウェーブを抜け、またストレート。

 トルク重視のセッティングのおかげで、加速力なら負けない。

 それに──

 

「……もったいないなぁ。わざわざ待っててくれたんだ?」

「はっ、ディオマースの性能はもう見切った! 今のお前をぶっちぎるなんて、簡単に出来る!」

「だが、それだけじゃ俺達の気は収まらない……!」

 

 双子の言葉に、M1レースでの出来事を思い出す。

 このタワーの頂上、宇宙で僕が蹴落とした、地下の住人たち。

 だけど彼らは、また這い上がってきたんだ。

 僕に今度こそ、完全に勝利するために。

 

 謝りはしない。

 そんなことしても、ただの身勝手な自己満足だ。

 だから。

 

「だから俺達はお前のハリボテを粉々にして、ゴールするんだ!!」

「ハリボテハリボテって、何度も言うなよ。傷つくなぁ。……だったらハリボテの意地、見せてあげるよ!!」

 

 抜いた。いや、抜かせてもらった。

 二人のマシンは、後ろには威力のある攻撃ができないからだ。

 

「ここからは狭いシケイン。攻撃なんて!」

「ファントムブレードの力、思い知れ!」

 

 青いカウルのサイドが展開、尖った切っ先が剥き出しになる。

 確かに、鋭い連続コーナーは漸くんの独壇場。

 でも、見切ってるのは僕も同じ。

 

 ガッ。

 

「なっ!?」

「あはは、楽させてもらってごめんね?」

 

 ブロックして、背中を押してもらう。

 追い抜きざまに攻撃されるなら、真っ正面を走ればいいんだ。

 ストレートが短かった分、ここではスピードが抑えられてファントムブレードと同じライン取りができる。

 僕のディオマースだって、かなり強力なダウンフォースマシンなんだから。

 

「くっ、おい漸! 攻撃の邪魔だ!」

「分かってる! どけ、このっ!」

 

 ファントムブレードがじれたように、体当たりしてくる。

 スピードが落ちた状態で真後ろから小突かれても、効きはしない。

 

 シケインを抜け、再び加速勝負。

 ディオマースが一気に引き離し、双子が悔しがる。

 

 ヘアピン。狭い連続S字コーナー。

 一回転ごとに半径が変わるループ。

 急角度のロングバンク。

 一気に駆け下りた先にはスロープ。からのまたヘアピン。

 ガタガタなオフロードに、水場まである。

 

「ちくしょう、なんて酷いコースだ! どこのどいつだ、こんなコースを考えた馬鹿は!?」

「狭いセクションやレーン分割が頻繁に入るせいで、迂闊にバトルも合体も出来ない……!」

「まったくだね。本当に嫌がらせの連続みたいなコースだよ……鉄心さま!」

 

 なのに、草薙兄弟はしつこく攻撃をしかけてくる。

 その度に彼らのマシンがよろめき、壁を擦り、傷ついていく。

 ディオマースだって、二対一じゃ攻撃をかわしきるのは無理だ。

 三台のマシン全てに、ダメージがのしかかる。

 

 でも何とか最後のヘアピンを抜けて、ホームストレートに帰ってきた。

 

「来た! ここでならやれるはずだ! 陣、合体しよう!! ファントムバイスで……」

「潰せぇっ、イントルーダー!!」

「待て、陣! 冷静になれ! 合体した方がいい!」

「黙れ! ストレートの先は急カーブだぞ!? 合体したらオーバースピードになるだろうが!」

「その前に片付ければ終わる! いいから合体だ!」

「性能差は把握済み! だからここは……ディオマースっ!!」

 

 ディオマースが、僕と心を通わせて動く。

 追い上げてきた二台の内、ファントムブレードと同じラインを走ってブロック。

 

「ふん、また漸を盾にする気か! 浅知恵だな! これまでの鬱陶しいセクションとは違うぞ!」

 

 陣くんのバイスイントルーダーが、斜め後ろから迫る。

 ワイヤーを撃つトルーダーアタックは、ある程度発射角度の調整ができるんだ。

 これ以上接近されたら、やられる。

 でも、そうはならなかった。

 

「漸、何をやってる!? 加速を止めさせろ!」

「違うんだ! ファントムブレードが勝手に!」

 

 ファントムブレードが加速し続け、ディオマースを後ろから押してくれる。

 バイスイントルーダーが同士打ちをためらって、スピードを落とした。

 

「どうした、バイスイントルーダー!?」

「言うことを聞け、ファントムブレード!」

「……君たちは変わらないな」

「何だと!?」

「豪樹くん烈矢くんとの勝負の話は、全部聞いてるよ。製鉄所。第二回ボルゾイオープン。普段は息を合わせるのに、肝心な時にはいつも仲間割れ。今みたく、マシンにだって裏切られる」

「ぐっ……!」

 

 一周目終了。

 トップは僕のディオマース。

 あと一周で、レースは終わりだ。

 

「宇宙で僕と戦った時だけは、息が合ってた。でも結局今はまたケンカして、マシンも呆れてる。……いいの? そんな走りで」

「ほざけ! お前だって、俺達の同類だろうが!」

「そうだ、聞いたぞ! M1のラストで、マシンに裏切られたってな!」

「いいや、違うね」

「!?」

 

 確かにあの時は、一瞬そう思った。

 MGストーンのオーバーロードは、計算上ありえない。

 だからディオマースが、僕を裏切ったんだ。

 負けた時、僕はそれを疑った。

 でも、違った。

 

 

『宇宙もいいけど、ごちゃごちゃしている地上もいいな……』

 

 

 僕はもう、答えを見つけた。

 

「M1でディオマースは、僕を裏切ったんじゃない。僕に教えてくれたんだ。怒ってくれたんだ。『本当にこれでいいのか?』って」

「マシンが、怒る……!?」

「当たり前じゃないか。間違ってるレーサーに付き合ってくれるほど、ミニ四駆は甘くないよ」

「甘くない……」

 

 "聖域"の果てで待ってたのは、神さまじゃなかった。

 僕のパートナー、ディオマースの心だったんだ。

 

「さあ、ディオマース! 彼らに、僕たちの走りを見せてあげよう!」

 

 ディオマースが、さらに加速する。

 

「馬鹿め! ストレートの先は急カーブだぞ!」

「そのスピードで、あれが曲がれるものか!!」

「いけぇぇぇ!!!」

 

 コーナーの壁に、ローラーがぶつかった。

 片輪が浮いた。

 カウルが激しく擦る。

 それでも──クリア! 

 

「よくやった、ディオマース! やっぱり君は最高のミニ四駆だよ!!」

「そ、そんな……!」

「……っ、っ……あ、ファントムブレード!?」

 

 双子のマシンが、曲がりきれずにコースアウト。

 床に転がった。

 

「何やってるの?」

「え……」

「早くマシンを戻してあげないと、僕たちに追いつけなくなるよ。君たちのマシンはまだ、諦めてないじゃないか」

 

 二人のレーサーは、固まったまま。

 彼らのマシンも、ひっくり返ったまま。

 どんどん差が開いていく。

 僕は前を向いた。

 

「……っ、クソ、クッソォォ!! 絶対に追いつけ、バイスイントルーダーっ!!!」

「勝つのは俺とファントムブレードだ!! 逃がすかぁっ!!!」

 

 レーサーとマシンの気迫が、背中に伝わってくる。

 でも、まだ振り返らない。

 今は目の前のコースと勝負だ。

 

 再び難所をいくつも乗り越えていく。

 ディオマースはもうボロボロ。

 バッテリーだってだいぶ弱ってきた。

 

「負けるな、バイスイントルーダー!」

「頑張れ、ファントムブレード!」

 

 ミニ四レーサーとミニ四駆たちが息を合わせて、差を詰めてくる。

 振り返ると、双子はマスクを外していた。

 必死になって声をあげ、マシンを励まし、追い上げてくる。

 

 次はホームストレートに繋がる、最後のヘアピン。

 ここが正念場だ!

 

「チェンジ、バイスイントルーダー! 壁走りだ!!」

「ファントムブレード、インだ! インを駆けろ!!」

 

 今のスピードなら、どちらにも対応できる。

 それでも止められるのは、片方だけ。

 アウトの壁走りか、インのドリフトか。

 

「……アウトだ、ディオマース!!」

 

 ディオマースが壁を走ってくるバイスイントルーダーを抑える。

 

「くっ!」

「貰ったぁ!」

 

 ファントムブレードが先頭で、ホームストレート。

 あとはトップスピードと、気合の勝負。

 

「走れっ!! ディオマース・ネロ!!!」

「抜けぇ!! バイスイントルーダー!!!」

「このままゴールだ!! ファントムブレード!!!」

 

 ゴールまで、もう少し。

 

 ディオマースが、トップに立った。

 ファントムブレードが、粘り強く並んでくる。

 バイスイントルーダーが、スリップストリームを使って抜きにきた。

 

 

「ぶっちぎれっ!! ディオマァァスっっ!!!」

 

 

 叫ぶ。喉が痛くなるほどに。

 ディオマースが加速して、応えてくれた。

 陣くんも漸くんも叫んでる。

 彼らのマシンはまだ、追いすがってくる。

 

 でも負けない。

 トップでゴールするんだ。

 僕とディオマースが、絶対に。

 

 ──神さま。

 

 ミニ四駆はすっごく楽しいよ。

 だから、いつか僕たちといっしょに、レースをしませんか。

 

 "聖域"じゃなくて、地上でね。

 

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