二度とないこの世界で〜君がくれた温もり〜 作:Sabs(S)
震災から半年がたち、彼女、、、横澤夏江さんとの共同生活が始まったのだ。
横澤夏江さん、今の僕の保護者であり、命の恩人さんだ。25歳で本来息子がいたがあの地震でなくなってしまった。元々看護師として働いていたため、仕事はそのままで転職して今は僕の面倒を見ながら仕事をしてくれている。
夏江さんとの距離は「家族」と呼ぶにはまだまだ余所余所しくけれど「他人」でいるには近すぎる、不思議な距離感だった。
夏江さんの作る料理はいつも少しだけ味が濃かった。
「ごめんね、和寿君。私、仕事柄かどうしてもスタミナ重視になっちゃって」
そう言って笑う彼女の横顔には時々、深い夜のそこを覗き込むような暗い影が差す。彼女もまた、失った息子の面影を僕の向こう側に探しているのだとわかっていた。
ある日の土曜の午後、二人で部屋の掃除をしていた時のことだ。
「和寿君、あのね」
夏江さんが手を止め、窓から差し込む陽光に目を細めた。
「私、あなたを助けたつもりだったけど、本当は私のほうがあなたに生かされているんだと思う。独りじゃ、この部屋には耐えられなかったから」
その言葉に僕は胸が熱くなるのを感じた。僕たちはお互いの欠けた心を日々の何気ない会話や温かい食卓で少しずつ埋め合っていた。
夏江さんとの共同生活は灰色の世界に少しずつ色をつけてくれた。
「和寿君、遅刻するわよ!」
「わかってるって夏江さん」
そんな何気ない朝のやり取りがどれほど奇跡に近いものか僕は痛いほど知っていた、彼女は僕にとって、失った家族の代わりでなく、新しく見つけた「命の恩人」でもあり、血はつながっていないがしっかりと「家族」といえる存在だった。
一方学校では、近くの高校に転入させてもらい、毎日を楽しく過ごしていた。今度は海が近くにある学校で、見晴らしもよく気持ちがいい。
「おはよう和寿!」
「おはよう、丸」
こいつは同じクラスメイトの丸山秀介。みんなからは丸と呼ばれている。あだ名だ。そのため僕も丸と呼んでいる。
このクラスはすぐに僕を受け入れてくれて、みんなともすぐに馴染んで言った。
それもこれも、みんな夏江さんのおかげだ。感謝しきれないほどのものをくれた。あの時、助けてくれた。本当に恩人だよ。あの人が幸せを掴めるように僕も頑張らなくちゃいけない、そう思う。
震災から一年が達、卒業式を迎えた日のことだった。
神様はどれだけ僕を試せば気が済むのだろう。手にした筒の重みを感じていたその時、二度目の悪夢が襲った。
地震がきたのだ。まだ余震と言ったところだ……いや、感覚でわかる大きな揺れになる。
「みんな急いで頭を守って」
今回は1階にあるクラスであるため上からの落下物に注意し外へ出た。
地面は揺れている感覚があり、前の出来事もあり、今回は対処出来ると思っていた。
しかし、今度は「水」だった。
地震は徐々に強くなっていきしばらく続いていた。が、海の水がどんどんと陸を襲ってきた。最初は足元だけだったが、どんど強くなっていき、しまいには街の中まで飲み込み、家などの建物を飲み込んでは終わりなく包み込んでいた。
「わぁっ……」
気がついた時には波が引き、どっかの建物の上にいた。
また生き残ってしまったのだ。
何となく悟ってしまう、またあの時と一緒だと。夏江さんは大丈夫なのだろうか、電話はやはり繋がらなかった。
歩いていると瓦礫の下や車の下敷きに人が倒れている。動けないのではなく動かない、みんな死んでいた。みんな冷たくなって脈も動いてない。
神様はなんて残酷なんだろう。どうしてどうしてだよ。
瓦礫の山となった街を彷徨い僕は一台の車を見つけた。
車内に残されたまだ温かい小さな命。
隣には、母親と思われる女性が亡くなっていた。
「大丈夫、君は一人じゃないよ」
女性の上着(カーディガン)を脱がし赤ん坊に包んであげる。唯一の肉親の形見でもあるからだ。夏江さんの教わった通りに対応し凍えるような寒さの中で赤ん坊の鼓動だけが僕の生きる目的をつなぎとめていた。
夏江さんが教えてくれた、人の命の尊いさを。命を助けるということ。命の重さを。
そして、僕と赤ちゃんは避難所へ向かった。赤ちゃんはすぐに病院関係者の元へと連れてかれる、ミルクを飲ませてもらってた。
「ありがとう!君のおかげで小さな命が助かったよ……」
「いえ、なつ……母に色々教わってたから……」
夏江さんは大丈夫なのだろうか。大丈夫だと信じたい。いやきっと大丈夫だ。きっとどこかの避難所で人を助けているに違いない。
「ねえ、君……」
「はい?」
「もしかして和寿君?」
「え、そうですけど……なんで僕の名前を」
「いや、その、横澤夏江さんなんだけどね」
と、言いにくそうに、モジモジとしつつ僕の目を見てはっきりと答えた。
「横澤夏江さんは、脳死状態なんだ」
思考が止まる。
「え……?なんて……」
「津波に巻き込まれて街中の病院で脳死と診断されてたんだ。これ……」
渡されたのは一枚の写真。
「これを握りしめてて、後ろには滲んでるけど」
「和寿君に伝えて」
と、書かれていた。
う、うそだろ。
「僕はその病院からボランティアできたんだ」
信じられなかった。あの人が、そんな……。
くそ、なんでなんでだよ、なんでこんなにも理不尽なんだ。
何も出来ない。
「でも、もしかしたらいつか目が覚めるかもしれない……ですよね」
「なんとも……言えない」
そのお兄さんに連絡先だけ伝え、僕は夏江さんのいると言われている病院へと向かった。
その病院の手前の交差点付近までは水の後があるがその先からは水の後は残ってはいなかった。
病院に事の経緯を説明し、夏江さんの元へと向かう。
「夏江さん!!」
息はしている。意識がないだけだ。心拍も脈も、呼吸もしてる。
だが、脳死だと伝えられた。いつ目が覚めるかも分からない。もしかしたら目が覚める可能性も万に1つの確率であるかもしれない。
「夏江さん……。起きて、起きてよ……」
そのままそこで僕も気を失ってしまった。
ここは……。
ここは、水の中……。
でも不思議な感覚だ……。
苦しくない。別に呼吸している訳では無いが何も感じないのだ。
ただただ落ちていくだけ……。
手を伸ばしても届く訳ではない、届くわけが無いのだ。
もうここで僕は死ぬのか……。
やりたいことも、したい事も何も無い俺にとってはどうでもいいことだからいいか。
「ダメよ!あなたはまだ、生きてるのだから」
走馬灯か、夏江さんの声がする。てか、怒られたな。散々。そんな夏江さんどの日々を思い出し、生きなくてはいけないと、思う。どれだけ悲しくても、辛くても。それが夏江さんとの約束だから。
「夏江さん……」
「良かった和寿君……。あなたが生きててくれて」
「あ、あ、あ、夏江さん……。良かった……」
次でラストになります