二度とないこの世界で〜君がくれた温もり〜 作:Sabs(S)
良かったら読んでみてください。
看護師として、一人の母として、私は今日まで生きてきた。
23歳で結婚し、授かった宝物の優希。離婚してシングルマザーになり、夜勤と育児に追われる毎日は確かに過酷だったけれど、腕の中の小さな温もりさえあれば、どんな疲れも吹き飛んだ。
けれど、あの日。
南小の避難所にボランティアとして向かう救急車の中で、私は崩壊した保育園の無残な姿を見た。この子は、この子だけは守りたい。そう思っていた。
(優希......)
叫び出しそうになる喉を、医療者としての理性が無理やり抑えつける。今、私を待っている命がある。泣くのは、すべてが終わってからだ。私は心の中で我が子に詫び、血の匂いのする戦場へと足を踏み入れた。
いつも通りだった。いつも通り、息子、優希を保育園に預け、いつも通りに病院にむかい、仕事していた時だ。
突然、小刻みな揺れを感じたと思ったら大きな揺れに変わっていた。幸いにもこの病院は崩壊したりはしなかった。
しかし、周りはそうではなかったのだ。だが、この時はまだ知る由もなかった。
必死になり患者さんの状態や病院内の物資のチェック等を済ませた時。
「誰か、南小のボランティアに行ける人いる?」
師長の声は病棟内を響きわたった。
「あ、私行けます!」
何人かが手を挙げ、チームが編成され、そのまま救急車で南小まで行くのだが、街は崩壊していた。
「優希は……」
残酷にも保育園の建物は崩壊していた。
「優希っ……」
同乗者に乗ってくれた子が「無理しないで」と言われたが、この瓦礫じゃ生きていないと悟った。母親としては失格だ。そんなことはわかっている。一、医療者として命の大切さは嫌という程学んでいる。だから……今は……今だけは……。ごめんなさい……優希……。
切り替える事をしないと……。泣くのは後……。今は、生きている命を助けられるように。
南小の体育館へ行くと、たくさんの傷病者達がいた。救助されて、自分で歩ける程度の人達は体育館へ、救急が必要な人達はまた別の場所へ。それから水や食料の配布。色んなボランティアの人達が、手伝ってくれていた。
一人の青年が運び込まれた。それが和寿君だった。
「軽い打撲程度だと思います」
救急隊員が担架で運び、その子を横にさせて、外傷をチェックする。
「っ……」
「良かった目が覚めたのね」
痛みや吐き気や嘔吐がないことを確認し、次へと向かおうとした時だった。青年が泣いていた。
「どうしたの?」
おおよその検討はつくが……。
「っ……ハァハァ……」
急に苦しみ始める。過呼吸だ。
「大丈夫。安心して……ゆっくり呼吸するよ」
背中をさすりながら右手で手を握ってあげる。
「大丈夫よ、大丈夫……」
教室の床が抜け、友人たちを目の前で失った少年。過呼吸で震える彼の背中をさすりながら、私の手も同じように震えていた。
「ゆっくり呼吸しようか……」
どれくらいの時間が経ったのだろう。青年は落ち着きを取り戻していたが、その目は絶望の目そのものだった。
息子を失ってしまった私だからこそ、とても共感してしまう。
それから青年はゆっくりと食料等を受け取りに行っていた。
その後も、私は軽傷の人達の手当や案内をした。
一段落が着いた頃休憩していいと言われたため一旦外へと向かった。一人になりたかったからだ。
「ゆうき……っ……」
今まで我慢していたものが飛び出し、顔がぐちゃぐちゃだったと思う。何で優希が、なんで私はそばにいられなかったんだろう。何で、どうして……。色んなものがどうでもいい。私だって死にたい。どうして、私だけ……。
蛍光灯のバチバチとしている音すらもかき消している、私の叫び声……。
そんな時だった。足音が聞こえた。誰かがまだいたのか、それともまだ負傷者がいたのか……。
1人の青年だった。そう、それも昼間の。
手を倒れた電線に……。
バシッ
「何してるの!?」
口よりも先に手が動いてしまった。
「死なせてください……」
青年の気持ちはわかるからこそだ。ここでとめなければ……。いや、私自身にもいえることだ。
パシィンと大きな音が響きわたった。と、同時に頬に痛みが走る。
青年は泣いていた。
「なんで……どうして!!僕はもう生きる希望もないんだよ!!唯一の家族の姉ちゃんだって、友達もみんな死んじゃったんだ!!だから僕も……」
私の手を振りほどき、電柱の電気に手を近づけようとする。高校生の力には負けてしまうが……。
「私だって死にたいわよ……」
震災が起きてから、ずっと心の奥底に沈めていた本音が溢れ出した。優希を失い、未来を奪われた絶望は、私だって同じ。
それでも……
「でも、それでも、なくなってしまった人の分まで生きていかなきゃ、背負っていかなきゃ行けないのよ」
「そんなの知らないよ!生きてる意味なんてないよ……」
「あんたの友達や家族をそのままにしておくの!?最後まで見届けなさい。ちゃんと受け止めるの……」
それでも、生き残ってしまった私たちは、亡くなった人たちの分までその重みを背負って歩く義務がある。私は彼の手を握り、自分自身に言い聞かせるように「生きる責任」を説いた。
これが青年……いえ、和寿君との最初の出会いだった。
(大丈夫よ。私が、あなたを一人にはさせないから)
それは、優希を救えなかった今思えば、自分への免罪符だったのかもしれない。
震災から半年くらい経って建物などはまだまだではあったが、ボランティアの方々が増え始め、どうにかまともなというよりはまだかもしれないが、普通の生活に戻れるようにはなった。幸いにも私のアパートは無事であるため、青年を連れて養える余裕があった。
彼との共同生活は、寂しさを埋めるためだったのか、それとも彼の中に優希の未来を重ねていたのか。
不器用な彼に料理を教え、家事を教え、命を守るための知識を授ける時間は、不思議と私の荒んだ心を癒してくれた。
卒業式の日、照れくさそうに笑う彼の姿を見て、私は初めて「生きていて良かった」と思えたのだ。
この子との生活は思ってた以上に楽しかった。最初はぶっきらぼうにただいるだけって感じではあったが、不器用ながらに料理をし始めた。そのため、医療系の知識に加えて料理、家事とありとあらゆることを教えた。教えるのも案外楽しかったのだ。その反面で、やはり息子を失った事は未だに乗り越えられてはいないのだ。でも、生きてしまった以上、あの子の分まで生きることが大切だから。それが命と関わる現場で学んだことなんだ。
時は経つものは早いものでいつの間にか青年はもう卒業式を迎えていた。
「卒業おめでとう」
「まだ早いよ……」
照れる和寿君は可愛かった。
「いいのよ、じゃあまた学校でね」
卒業生は先に行き、保護者はあとから式の始まる前に学校へ行く。小学校も高校も同じようなものではある。
たった一年という短い時間だったけど、和寿君はあの時よりも明るくなった。それに友達も沢山できていた。
「私、おじいちゃんみたいにできてるかな……」
ふと、呟いていた。
私の祖父は、人間的に中身もものすごく立派と思えるくらい尊敬できる人で、他人にも自分にも厳しい人だった。
家の片付けを済ませ、和寿君の学校へと向かう。
その時だった大きな揺れが来て、人々はパニックになっていた。
「またなの……」
そうして、二度目の地震がおさまった直後だった。水が浸水……。いや津波だ。急いで波から逃げるが津波は建物ごと飲み込んでいく。
冷たい水に飲み込まれながら、私はどこか安堵していた。
(ああ、これでようやく、優希のところへ行ける)
「……っ……」
もう、ダメ……。
今度こそ私は……。
ああ、これでようやく、優希のところへ行ける
どれくらい長い夢を見ていたのか。
果たしてどれくらい寝ていたのだろう。
息子を失い、今度は優希に会える、近づけると思っていた。
意識が遠のき、暗闇の先で光が見えた。そこに立っていたのは、私が尊敬してやまなかった、厳格な祖父の姿だった。
「お前をそんなヤワに育てた覚えはないぞ」
だれ?白髪のタクシードライバーのような服装。そして、その傍らには、幼い優希が笑って立っていた。
「お前はまだやり遂げていないだろ」
「お、じいちゃん……?優希……っ」
「ワシはお前をそんなヤワに育てた覚えはないぞ」
「で、でも、私、私……」
「今度こそ、見届けなさい。私は優希と見守っているから」
おじいちゃんのその言葉は、私の魂を現世へと押し戻した。私にはまだ、やり遂げていないことがある。和寿くんが、立派に自分の人生を歩き出すその日まで、私は逃げてはいけない。
すごく短い会話だったのに、ものすごく長い時間いた気がした。矛盾しているが、実際の私の体感的にはそう感じた。
うっすらとだが子供の声がする……。
「パパー」「かーか」幼い子供の声だ。和寿君は結婚して子供もできたのかな……。
私は薄れゆく意識の中で沈んでいくのを感じていた。
おじいちゃんとの約束が朧気に残っている。
でも……。
がしっ
左手に温もりを感じた。それは暖かくも懐かしい感じだった。
その瞬間だ。
全身に体温がめぐり沈んでいく感じから引き上げられる感じに切り替わった。
体に力が入らず身を任せる。
「……ここは……」
ふっと、左手に確かな熱を感じた。
重い瞼を押し上げると、眩しい光の中に、大人びた顔つきになった和寿くんがいた。
「良かった和寿君。君が無事で……」
「夏江さん……っ……」
「パパ、泣いてるの?......かーか、ねんね、おわ
り?」
「......うん。ほら詩織、かーかだよ。おはようって言おう」
何となく朧気だけど私はこの子を知っている気がした。毎日毎日和寿君がこの子と一緒にお見舞いに来てたことを知っている。
「んー、うん。あたち、しおり!はじめまちて!」
にっこりとした詩織ちゃんの笑顔。
良かった和寿君にも命の大切さが伝わって……。
和寿くんが、この子を育ててくれたのだ。私が教えてきた「命の守り方」を、彼はこの5年間、ずっと実践し続けてくれた。詩織ちゃんの無邪気な笑顔を見た瞬間、私の胸の中にあった優希への罪悪感が、静かに溶けていくのを感じた。
「はじめまして詩織ちゃん……詩織ちゃんかーかだよ」
「かーか」なんて、まだ彼と結婚したわけでもないのに。
けれど、和寿くんが私にくれたその名前は、どんな称号よりも誇らしく、温かかった。
これから、私たちは三人で生きていく。
血の繋がりなんて関係ない。私たちが過ごした苦闘の日々こそが、本物の「家族」の絆だ。
私は和寿くんの、そして詩織ちゃんの温かい手を握りしめ、ようやく取り戻した新しい人生の第一歩を噛み締めた。
でもまあ、悪くはないそう思った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
3話程でもういいやってなってたのに、何か考えてたらまだ描きたいって思っちゃいまして、また描いてしまいました。(笑)