ジョナサン・ジョースター
燃え盛る客船の残骸。爆発の衝撃と立ち上る黒煙が、夜の海を地獄のような光景に変えていた。
愛する妻エリナを小さな棺桶にシェルター代わりと押し込み、その生存を確信したとき、ジョナサン・ジョースターの心には一筋の安堵が走った。そして彼は、宿敵であり、奇妙な友情すら感じていたディオの首を抱きしめたまま、冷たい波間に沈んでいった。
(エリナ……どうか、生きて……君の幸せな未来を、祈っているよ……)
肺を満たす海水の苦しみも、首を貫かれた傷の痛みも、意識の混濁とともに消え去っていった。
祈りながら閉じたはずの目が再び光を捉えたとき、ジョナサンはどこまでも続く、灰のように白い大地の上に立っていた。
周囲には、骨の髄まで冷えるような薄暗く濃密な霧が立ち込め、視界は極めて限定的だ。空には太陽も月もなく、ただ鈍色の雲が低く垂れ込めている。遠くには、得体の知れない巨大な密林の黒い影が、壁のように世界を囲い込んでいるのが見えた。
「ここは……。どうやら僕は、本当に死んでしまったらしいね」
ジョナサンは自らの手を見つめた。つい先ほどまで死闘を繰り広げていた傷跡はなく、体は生前最も健やかだった頃の躍動感を取り戻している。だが、そこには血の通う温もりはなく、ただ静かな透明感だけがあった。
「ほう。ここに来て喚きも困惑もせず、己の手のひらを見つめて只々納得している奴は珍しいな。大抵の人間は恐怖で喚き散らすか、そうでなきゃ、失った未練に引きずられて地べたを這い回るもんだが」
声のする方へ振り向くと、そこには轟々と燃える巨大な焚き火があった。その傍ら、丸太に腰掛けた男が何かを磨いていた。
金髪に黒いサングラス、仕立ての良いが着方が乱雑な黒いスーツ。その姿はこの幻想的な風景の中でひどく浮いて見えたが、男が放つ圧倒的な「死」の気配は、彼がこの場所の主であることを雄弁に物語っていた。
「貴方が……この世界の主ですか?」
「オレはテスカトリポカ。この冥界『ミクトランパ』の管理者であり、戦士の命を査定する者だ」
男はサングラスの奥の目を細め、手にした斧付きの銃を弄りながらジョナサンを指した。
「座れよ、イギリスのジェントルマン。お前さんの人生、なかなか骨があって面白かったぜ。特に、その『勇気』ってやつは、オレの査定でもかなりの高得点だ」
ジョナサンは静かに歩み寄り、焚き火を挟んでテスカトリポカの向かい側に腰を下ろした。
「神、ですか。……失礼ながら、僕が学んできた神の姿とは、随分と趣が異なるようですね。もっと荘厳で、慈悲深い姿を想像していました」
「そうかい?時代に合わせて姿を変えるのが賢い神ってやつさ。お前さんの想像するような神は、もっと別のフロアにいるだろうよ。ここは戦士、それも泥を啜ってでも戦い抜いた奴らが最後に立ち寄る
テスカトリポカは煙草を灰皿に押し付けると、不敵な笑みを浮かべた。
「それに、お前さんにとってオレは、完全な『無関係の他人』ってわけじゃあない。お前さんの運命をめちゃくちゃにした、あの『石仮面』……あれは元々、アステカの遺跡から発掘されたもんだろう?」
「血の儀式で人間を屍人に変えるあの呪物は、オレの
「あの石仮面が……。アステカの神に、ここで出会うとは。因縁とは、どこまでも繋がっているものなのかもしれないですね」
先程まで磨いていたモノ、石仮面を横へと置き、テスカトリポカはジョナサンへと向き直る。
「ああ。だからこそ、お前さんには特別に『
「現世に生きる愛する妻。彼女のもとへ、魂を戻してやってもいい。生き返らせるための
悪魔の誘惑とも取れるその言葉に、ジョナサンは驚くほど穏やかな表情で首を横に振った。
「お気遣い、感謝します。……確かに、エリナを一人にしてしまったことは、僕の心に深い痛みを残しています。死してなお、彼女の涙を思うと胸が締め付けられる。」
「……だけどッ、彼女は僕が愛した、誇り高く強い女性だ!!必ず生き延び、僕の分まで前を向いて歩んでくれると信じているッ!!」
ジョナサンは焚き火の炎の中に、共に戦った仲間たちの姿を幻視した。
「それにッ、僕だけが生き返るわけにはいかない!僕の父さん、戦う術を持たなかった僕をここまで導いてくれたツェペリさん、勇敢に散ったダイアーさん……皆、自らの運命を受け入れ、次の世代へ希望を託して逝った筈だ!!」
「僕だけが運命の輪から逃れ、現世にしがみつくような真似をすれば、彼らに対して顔向けができないッ!僕は、彼らが待つ安息の地へ向かわなければならない!!」
一切の迷いがない。黄金のように純粋なジョナサンの意志。テスカトリポカは、その輝きの強さに少しだけ目を細め、ため息を吐いた。
「……ハッ。その高潔な意識、まるで聖人の類だな、お前さんは。自分を後回しにして、他人の誇りを守るか。コレじゃあオレの商売が成り立たん、交渉は失敗───」
「ただ……」
「──あん?」
会話を終え、冥界へ導こうとしたその時。多少落ち着いたジョナサンの瞳に、ただ一つ、鋭い光が宿った。
「一つだけ。僕には現世に残してしまった『淀み』がある。ディオのことです」
「ああ、あの吸血鬼か。お前さんが抱きしめて沈んだが……奴はしぶとい。お前さんの肉体を乗っ取ってでも、生き延びようとするだろうな」
「ええ。彼は必ず復活し、再び世界を、エリナたちの未来を脅かす。テスカトリポカ。ぼくの魂の平穏、そのすべてを担保として差し出します」
「どうか、どうかッ!!彼が再び牙を剥くその時……ほんの僅かな時間でいい。僕に、彼を止める力を貸してください。ジョースターの因縁は、僕がこの手で清算しなければならないことなんだッ!!」
テスカトリポカは肩をすくめ、豪快に笑った。
「本来、死んだ魂が現世の事象に干渉するなら、魂そのものを砕くほどの法外な対価が必要だ。……だが、今回の
「格安、ですか?」
「ああ。お前さんはもう死人だ。そして、あのディオも、生命の理から外れて居座る、いわば『死するべき魂』だ」
「本来、現世ってのは『今を生き、未来へ向かう者たち』のためだけの舞台だ。死人が現世に幅を利かせること自体、神代ならいざ知らず
「だから、死人が死人のバグを修正するためだけの限定的な干渉なら、コストは微々たるもんだ。お前さんの魂の安らぎを少しの間、預からせておくだけで十分だ」
テスカトリポカは不敵に笑い、銃の先端で空を裂いた。
「契約成立だ、ジョナサン・ジョースター! さあ、100年の眠りにつけ。お前さんの出番が来るまで、な!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時は流れ、100年後のカイロ。承太郎達ジョースター一行はDIOとの最終決戦の真っ只中だった。
「くらえッ!DIOッ!半径20m エメラルド・スプラッシュを──ッ!!」
花京院典明が創りし命を賭した結界が作動した。全方位から殺到する緑色の弾丸。
絶対絶命の包囲網。だが、DIOの顔には余裕と傲慢な笑みが浮かんでいた。
(フン!くだらぬ策を……時を止めればこんなもの、止まった空間を悠々と歩くだけの児戯にすぎぬ!)
「マヌケが……知るがいい……「
「『
その言葉を叫び、時を止めようとしたその瞬間、DIOの全身を言葉にできない異変が襲った。
『──させない、君はここで死ぬんだッ!ディオッ!』
「なっ……!?な、なんだこれは!?DIOの、このDIOの体が……動かんだとッ!?」
指一本、いや、瞬き一つすらできない。己の意志を完全に無視し、肉体そのものが、大地に深々と根を張った大樹のように硬直しているのだ。
DIOの脳内に、100年前に深い海の底で聞いたはずの、あの忌々しくも高潔な声が響き渡る。
「ジョ、ジョナサンだと……!?貴様ァ、亡霊となってまで、このDIOの邪魔をする気かァッ!」
『確かに肉体は君に奪われた。だが、僕の魂と、ジョースターの正義の心までは奪わせない!』
「馬鹿な……魂などという不確かなもので、このDIOの『
DIOは激昂し、吸血鬼としての無尽蔵のパワーを爆発させた。首筋の血管が異様に膨れ上がり、筋肉がミシミシと断裂の音を立てる。
自らの肉体を引きちぎってでも動こうとする凄まじい執念。それはまさに、生命を超越したバケモノの足掻きだった。
「動け!動け動け動け動けェェェェェッ!邪魔をするんじゃあない!このDIOの前に、チンカスにも劣る過去の亡霊風情がァァァァァ!一丁前に前に立ちはだかるなァァッ!」
肉体の内側で、二つの精神が衝突し、火花を散らす。
「貴様の亡霊など、俺の意志で消し飛ばしてくれるわ!」
『無駄だ、ディオ。君は人間の精神を、誇りを甘く見すぎている。この一瞬だけは……君の時間は、僕が止めるッ!』
二人の魂が、一つの肉体の中で凄まじい綱引きを繰り広げる。
だが、そのDIOの必死の足掻きによる「数秒の硬直」は、花京院の決死の一撃を直撃させるには、あまりにも長すぎた。
ドドドドドドドドドオオオオォォォォォッ!!!!!!
「ぐばしゃあああぁぁぁッ!!」
エメラルド・スプラッシュの全弾が、身動きの取れないDIOの全身に無慈悲に叩き込まれた。
肉体を深く抉られ、大量の血を撒き散らしながら吹き飛ばされる。
「ガハッ、ゴフッ……!ジョナ、サン……貴様、貴様ァ……!」
地面に叩きつけられたDIOは、血反吐を吐きながらも、凄まじい再生能力で無理やり傷を塞ごうとした。しかし、その時、土煙の向こうから、一人の青年が死神のような威圧感を纏って歩み寄ってきた。
空条承太郎。その後ろには、満身創痍のジョセフ、ポルナレフ、花京院、そして
「承太郎ッ……!!ええい、この肉体が動かなくとも、『
DIOは残された全力を振り絞り、スタンドを顕現させようとした。しかし、そのスタンドを動かそうとする「意志」そのものを、内側からジョナサンが抱きしめるようにして封じ込める。
『現世は、今を生きる者たちの世界だ、ディオ。僕たちのような過去の亡霊が、いつまでも居座っていい場所じゃない!君の野望は、ここで終わるんだッ!』
「や、やめろォ!ジョナサン!離せ!この、このDIOの栄光が、全てがッ、まさかこんな、こんなあああァァッ!!」
「てめーの敗因は……たった一つだぜ、DIO」
承太郎が、DIOの眼前へと歩み寄る。その背後には、圧倒的なプレッシャーを放つ『
「てめーは、俺たちの先祖の誇りを見くびり、世界を怒らせたことだ。」
〘オラァァァァァッ!!〙
ドォォォォォォォンッ!!
「こ、このDIOが……こんな、過去の亡霊の執念ごときにィ……!!」
断末魔の絶叫と共に、
吸血鬼の肉体は光にさらされた塵のように崩壊し、夜風の中に消え去っていく。
──それは、100年に及ぶ、ジョースター家とディオ・ブランドーの因縁が、ついに完全に決着した瞬間だった。
戦いを終え、静寂を取り戻したカイロの街。
朝日が昇り始める中、承太郎とジョセフの前に、淡い黄金の光が降り注いだ。
光が集まり、形作られたのは、見上げるほど大柄で、紳士的な笑みを浮かべる一人の青年の幻影だった。
「お前は……」
「……まさかッ、わしの祖父ジョナサン・ジョースターじゃと!?」
承太郎とジョセフは、魂の奥底で彼が誰であるかを深く理解していた。言葉を交わさずとも、血が、魂が、彼を「祖父」だと認識していた。
ジョナサン・ジョースターは、誇らしげに彼らを見つめ、深く頭を下げた。
『ありがとう、僕の誇り高き子孫たちよ。君たちの勇気と正義の心が、世界を救ってくれた』
『……僕が残してしまった因縁のせいで、君たちに辛い運命を背負わせてしまったね。本当に、すまなかった』
その声は温かく、エジプトの夜風に乗って二人の心に染み渡った。
『……これでやっと、僕の魂も、エリナや、ツェペリさんたちの元へ還ることができる。僕の役目は終わった』
ジョナサンの幻影が、徐々に光の粒子となって解け始めていく。
だが、完全に消え去る直前、彼は真剣な眼差しで二人を見た。
『最後に、君たちに頼みたいことがある。……ディオは僕の肉体を使って、この世界に四人の子供を残しているようだ。彼らには何の罪もない』
『ジョースターの血と、ブランドーの血……二つの相反する運命を背負った彼らが、どうか暗闇の道へ歩まないよう、遠くからでいい……見守ってやってほしい。彼らが、僕たちと同じ『黄金の心』を持てるように』
「……ああ。任せておけ」
承太郎は帽子の鍔を下げ、短く、だが力強く応えた。
『ありがとう。……君たちの未来に、光があらんことを』
ジョナサン・ジョースターの魂は、満足げな微笑みを残し、朝日に溶け込むようにして消えていった。
冥界の神との約束を果たし、過去の負債をすべて清算した彼は、今度こそ、愛する者たちが待つ本当の安息の地へと、静かに旅立っていったのだった。
続きません(迫真)
アンケートで他作品が多かったので試しに書いてみました。
他の作品になっても前の続きや他のキャラで書くこともあります。
追記
感想欄で希望のキャラや作品を書くと規約違反で削除されてしまうので、匿名を解除して活動報告に枠を作りました。
あくまで参考ですが何かあればそちらにお願いします。
次はどれ?
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他作品のキャラ
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ジョジョ他キャラ(多分吉良かディアボロ)
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アイ編の続き
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推しの子他キャラ(多分カミキ)