「オレのそばに近寄るなああ─────ッ!!」
──男の最期の絶叫は、眼前の少女へ以外は誰の耳にも届くことなく。ただ空へと霧散し掻き消えた。
冷たい解剖台の上で、意識があるまま生きた臓器を一つ一つ摘出される激痛。
這いつくばった交差点で、大型トラックの巨大なタイヤに頭蓋骨を無残に轢き潰される感覚。
光の届かない濁流の底で、泥水を肺の奥底まで飲み込みながらもがく窒息の苦しみ。
路地裏で群れを成した野犬たちに、生きたまま肉を噛みちぎられ、貪り食われる恐怖。
果てしなく続く高空から落下し、地面に生えた無数の鉄串に全身を貫かれる絶望。
終わらない。死んで、死んで、死んで、また死ぬ。
ジョルノ・ジョバァーナの覚醒したスタンド『
焼死、凍死、毒殺、圧死、餓死。
窒息死、斬首、射殺、爆死、酸による溶解、未知の感染症、高圧電流による感電、遥かな高空からの墜落、猛獣への生きた餌、無数の虫による食い破り、砂漠での脱水死、底なし沼での窒息、生き埋め、致死量の放射線、急激な老衰、八つ裂き、全身の内出血、石化、全身の血液の喪失、劇症アレルギー、ドアノブ爆発、泥の海での肺の蹂躙、心筋梗塞、脳卒中、動脈瘤の破裂、重機による圧壊、皮剥ぎ、釜茹で、真空空間での破裂、重力崩壊による圧死、高熱による蒸発、鏡の世界、粉砕、爆縮、極度の睡眠不足による脳死、音波による内臓破裂、突然のスタプラ、プレス機で箱状化、喉から剃刀、電線に引き込まれる、精神崩壊による自死、ウィンウィン、魔術的呪殺、馬群に踏み潰される、蛆虫に喰われる、ネズミに齧られる、石仮面が顔に喰い込む、鳥に眼球を啄まれる、巨大な魚に呑まれる、巨大な歯車に巻き込まれる、四肢を馬に繋がれ八つ裂き、全身のミンチ化、無数のガラス破片での失血、溶岩への落下、液体窒素での凍結粉砕、薬物中毒、無駄無駄ラッシュ、レーザー照射による両断、謎の隕石との衝突、矢の雨によるハリネズミ、撲殺、絞殺、縊死、ギロチン、鉄の処女での拷問、車裂きの刑、磔刑での放置、無数の石打ち、寄生虫による脳の簒奪、脳手術の失敗、究極生命体の餌、真っ二つの切断、空間の反転、時の加速に巻き込まれる、深海の圧力による圧壊、一酸化炭素中毒、ビル崩壊の瓦礫の下敷き、マンボウに突かれて死亡、列車事故、2隻あった船に挟まれる、飛行機墜落、自動車の正面衝突、船の沈没、サメの群れの襲撃、喉からハサミ、熊の襲撃、凶の石で圧死、虎の牙、毒蛇の牙、毒蜘蛛の咬傷、サソリの毒針、肉の芽の暴走、猛毒クラゲの触手、風水が悪く死亡、有毒植物の摂取、食物を喉に詰まらせての窒息、ゴミ回収車に叩き込まれる、極度の疲労死、肝臓を取り立て、圧倒的恐怖によるショック死、人体自然発火、全身の砂への変貌、狂気に駆られた自己捕食、底知れぬ影への没入、喉から釘、現実からの存在消去、光による原子分解、闇への沈壊、大気圧の暴走による圧壊、地割れへの転落、未知のウイルスの全身感染、全細胞の反乱、etc……
終わらない。死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、また死ぬ。
数え切れないほどの死のバリエーションが、ただ息を吸って吐くような、機械じみたサイクルで彼をいつまでも、何処迄も、何度でも、蹂躙し続けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ハッ!? ひ、ヒィィィィィィッ!!!!!!!!!」
次にディアボロが目を開けた時、彼は見知らぬ灰色の世界に倒れ込んでいた。
反射的に体を丸め、両腕で頭を抱え込む。
「ど、どこだ!? 次はどこからだ!? どこから死がやってくる!? 来るなッ!! 来るんじゃない!! 俺のそばに近寄るなァァァァァァァ!!」
錯乱し、歯の根を合わさずにガチガチと震える彼の耳に、ひどく場違いな、落ち着き払った声が聞こえてくる。
「おいおい、落ち着けよ。と、言っても無茶って話か」
ビクッと肩を跳ねさせ、ディアボロが恐る恐る声の方向を見上げる。
そこには、乾いた大地に突き刺した異形の銃斧に寄りかかるようにして立つ、一人の男がいた。
金色の長い髪。仕立ての良いが荒れた黒いジャケット。薄暗い眼鏡の奥で光る、人間離れした静謐な瞳。静かでありながら、世界の理そのものを体現しているかのような底知れぬ威圧感が、その長身から放たれていた。
「お、お前は誰だッ……!! ここはどこだ、い、いったい何の死がオレを待っているんだァァァァァ!!」
男は短く息を吐き、ポケットから煙草を取り出しながら答えた。
「オレはテスカトリポカ。そしてここはミクトランパ……死者が辿り着く、冥界の底ってヤツだ」
「……めい、かい、だと……?」
その単語を聞いた瞬間、ディアボロの全身の震えがピタリと止まった。
──冥界。死者が来る場所。つまり、自分は。
「死んだ……? オレは、死にきれたのか……?」
何度死んでも「死の直前」に巻き戻され、永遠に死に続けるはずだった自分が、ついに死者の国に到達した。
その事実が意味するものを理解した瞬間、先程までの怯えようが嘘のように、ディアボロの顔に見る見るうちに歓喜の歪みが広がっていく。
「フ……フフフ、フハハハハハハハハッ!!!」
死の恐怖に怯えていた男は一転し、両腕を大きく広げて狂ったように高笑いした。
「終わった! ついに終わったぞ! 私はついに打ち克ったのだッ!! あの永遠の苦痛から逃れられたのだッ!!」
「オレの『死』はついに「完結」した!! ジョルノ・ジョバァーナァ! 貴様はオレを永遠の死に閉じ込めたつもりだろうが、オレはついにその法則から抜け出したのだッ!! 運命を超えた先に、辿り着いた!!」
ディアボロは歓喜のあまり、自分の顔を掻き毟りながら叫ぶ。
「オレの野望などもうどうでも良い!! この死者の国で、
高らかに宣言し、勝利の美酒に酔いしれるディアボロ。
しかし、そんな彼を眺めていたテスカトリポカは、珍しくひどく気まずそうに、ポリポリと頬を掻いた。
「……悪いな。勝利の余韻に水を差すようなんだが──」
「ん? なんだ、神を名乗る下等な案内人よ。このオレこそが──」
「ディアボロ、お前まだ死んでいない」
「…………は?」
ディアボロの笑い声が、氷水をぶっかけられたように凍りついた。
「ここはオレの管轄する冥界の一部だが、お前が此処へと迷い込んだのは偶然、世界のバグに他ならない」
「無限に続く『死のループ』のほんのひととき、ザッピング中に偶然チャンネルが嚙み合って生きたまま冥界に落ちてきたに過ぎない」
「ま、つまりは時間になれば、またお前はあのループに戻る」
「な、なんだと……!? 嘘だ! そんな馬鹿なことがあってたまるか!!」
「事実だ。お前はまだ生者、命ある存在な以上、冥界の主であるオレの管轄外だ。その魂を預かってやることはできん、悪いな」
冷徹な事実を突きつけられ、希望を見出し、後の展望に膨らむディアボロの心は、再び地獄の底へと突き落とされた。
「た、頼む!! どうにかならないのか! オレを匿ってくれ、あの地獄には、現実にはもう戻りたくなどないッ!! なんでもする、オレの持てるすべてをお前に──!!」
血の涙を流さんばかりに懇願するが、テスカトリポカは眼鏡の位置を直し、冷たく突っぱねる。
「無理だ。この冥界はオレのルールに則って機能している。が、ディアボロ。お前のソレは別の、更に強固なルールによって固定されている」
「何より、その繰り返しは負の遺産。お前が負けた為に抱え込んだ負債だ。オレにどうこうする権利は無いと思わないか?」
その言葉を聞いた瞬間、ディアボロの中で「絶望」が「生存への狂気」へと反転し、思考を即座に切り替える。
(落ち着け……考えるんだ。ここは冥界。先程からかなり時間が経っても死んでいない以上、あの忌まわしいジョルノ・ジョバァーナの能力の影響が極めて薄い場所のはずだ。一時的にせよ、ループの法則から外れているのならば……!)
「ならば!
ディアボロの背後に、赤と白の禍々しいヴィジョン──『キング・クリムゾン』が顕現する。その額には、未来を予知する『エピタフ』が不気味に目を光らせていた。
「ほぅ、いい眼だ。既に腑抜けかと思っていたが……その不屈の精神は称賛に値するかもな?」
「実はオレは様々なモノを司る神でね。夜、不和、戦争、支配、予言、魔術、美、そして……試練だ。人が挑むというのならば、それに応じるとも」
殺意を向けられたテスカトリポカは、しかし微塵も動揺することなく、興味深そうにそのヴィジョンを見つめる。
「スタンド、スタンドねぇ……。宇宙から飛来したウイルスが、人間の精神に感染して発現した力。ある意味、コレも『権能』の一種か」
「太古に宇宙からやってきた菌類であるオレたちアステカの神とは、同類とも言える存在、親近感も湧くってモンだ。だからこそあそこまでの無茶が通ったのか?」
「何を訳の分からないことをッ! 『試練』だと……?ああそれなら存分にくれてやるぞ『
ディアボロの視界に、数十秒先の「未来の映像」が流れ込んでくる。
テスカトリポカが銃を構える未来。それを躱し、自分が相手の腹を貫く未来。
(見えるぞ! 憎々しいクソったれのジョルノ・ジョバァーナの能力さえなければ、オレのキング・クリムゾンは無敵だ!!)
「同郷のよしみ、って奴だ。その分、わざと一発受けるとしよう」
「舐めるなァァッ!! 貴様が神であろうと関係ない! この世の真実は『結果』だけだ! 過程は吹き飛ぶッ! 『キング・クリムゾン』!!」
ディアボロが叫ぶと同時に、世界から『時間』が消し飛んだ。
時間が消え去った世界の中で、万物は無意味な軌跡を描き、ただディアボロだけが自由に動くことができる。
テスカトリポカは動かない。未来の軌跡の通り、ただそこに立っているだけだ。
(もらった!! オレの……オレの魂、その永遠の静謐がッいま目の前に!!)
吹き飛んだ時間の中で、ディアボロはテスカトリポカの背後に回り込み、その無防備な背中へ向けて、キング・クリムゾンの必殺の一撃を振り下ろした。
肉を貫き、心臓を握り潰す感触。
時間が再び動き出した瞬間、テスカトリポカの胸には、ぽっかりと大穴が開いているはずだ。
「帝王はこのディアボロだッ!! 依然変わりなくッ!!」
時間の消し飛ばし、それが解除された時に──世界には、過程が過ぎ去り結果だけが残ることになる。
──グシャッ! と。確かに、キング・クリムゾンの拳はテスカトリポカの背中を貫いた。
「……終わったぞ、神を名乗る者よ!」
勝利を確信し、ディアボロが叫んだ。しかし、次の瞬間、彼の手のひらには「肉を断つ」感触が一切ないことに気づく。
貫いたはずのテスカトリポカの肉体が、まるでピクセルが崩壊するように、漆黒の『煙』と『黒曜石の欠片』へと姿を変え、霧散していったのだった。
「な、に……!? 実体が、ないだと……!?」
「当たり前だ」
ディアボロの背後、虚空から煙が燻り渦を巻き、再びテスカトリポカの姿が形作られる。
「オレは『
「ば、馬鹿な! オレの、オレの渾身の一撃を! ……くそっ、もう一度だ! もう一度時間をッ!」
パニックに陥ったディアボロは、再び能力を発動し、盲滅法にキング・クリムゾンの拳を振り回す。
しかし、その拳が神の体に触れるたび、それは黒い煙となって躱され、捉えることができない。
「スタンドは精神の具現化なんだろう?」
煙の中から、テスカトリポカの冷酷な声が響く。
「お前がこれまで何千、何万回死んだかは知らんが……度重なる死の恐怖で、お前の精神はすでにすり減ってボロボロだ。全盛期の強さには、到底及んじゃあいないだろうな」
「ああああああッ!! クソがッ! オレに近づくなァァ!!」
「──さて、約束通り一発受けてやった。次はこっちの番ってワケだ」
実体を取り戻したテスカトリポカの右手が、ゆっくりと持ち上がる。
「
テスカトリポカの指先が、空間を軽く弾いた。
その瞬間、ディアボロは強烈な悪寒に襲われた。自分の背後に、あの「無限の死の螺旋」が巨大な顎を開けて迫ってくるのを感じたのだ。
「お前が『最後』のループで迎えるはずだった死因を、今、この瞬間に持ってきた」
「ヒ、ヒィィィィィィッ!! や、やめろ!! 嫌だ!! ついに、ついに抜け出せたはずなんだッ、終わったはずなんだ!! やめろやめろやめろオオオオォォォォォォォォッ!! このドブに吐き捨てられたタンカス野郎がァァァァァッ!!!!」
ディアボロの体が、見えない何かに内側から食い破られるようにして、原型を留めないほどに捻じ曲がっていく。
彼が最後のループで迎えるはずだった、未知の、そして絶望的な「死」。それが、冥界の地で前倒しで彼を襲ったのだった。
その死は、これまで経験したどんな死よりも重く、深く、そして決定的な一撃だった。
「ガアアアァァァァァッ!! ァ……ア……ッ!!」
「安心しな、それは『無限に続く死の一つ』じゃあない。お前の、本当の『終わり』、最期の『死』だ」
激痛にのたうち回りながら、ディアボロの瞳から光が失われていく。
だが、その苦痛の底で、彼は奇妙な感覚に包まれ、違和感を覚える。
(……温かい? 痛みが……消えていくだと……?)
これまでのループでは、死の直前に必ず「巻き戻し」の感覚があった。だが今は違う。テスカトリポカの放った権能は、本来たどり着くはずのない「無限ループの終着点」を、強引に今この瞬間に引き寄せたのだ。
「……あ……」
ディアボロの目から、狂気と怯えが完全に消え去った。
視界が白く染まり、耳元で鳴り響いていた死の足音が、遠い子守唄のように穏やかになっていく。
かつて組織の頂点に君臨した男、数えきれないほどの悪辣を行い、結果として幾度と無く死を味わった男は、崩れ落ちる膝の感触を感じながら、生まれて初めて『
「……ようやく、眠れる……。オレは、救わ……れ……」
言葉を最後まで紡ぐことなく、ディアボロの精神は塵となって、ミクトランパの灰色の風に溶けて消えた。
そこにはもう、死が蘇る不快な予感も、呪縛も存在しなかった。
「───じゃあな、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ディアボロの魂が灰色の風と共に消え去り、静寂を取り戻したミクトランパの荒野で、テスカトリポカは一度だけ深く、重い溜息をついた。
「…っと!こいつは高くついたか?」
彼はよろりとした足取りで、先程から燃え続けている焚き火の前へと戻り、どさりと腰を下ろす。その顔色は神らしからぬ土気色を帯びていた。
自らの胸元に手を当てると、そこには不自然な虚脱感で埋め尽くされていた。
『先』と『後』を入れ替えること。それにより死の概念を書き換え、因果の終着点を強引に引き寄せる。
それがいかに「
「ま、いいさ。ビジネスマンとして、神として、
虚空を見つめ、そこにいないはずの影へ——あるいは自らの内に溶け込んだ魂へ、テスカトリポカは静かに語りかける。
「──なあ?
脳裏に浮かぶのは、数刻前の光景。黒曜石の鏡に映るかのように、鮮明な記憶が蘇る。
霧の立ち込める灰色の荒野に、その少年は一人、泣きそうな顔で立ち尽くしていた。
セーターの袖を握りしめ、大きな瞳を不安げに揺らすオドオドとした少年、名はヴィネガー・ドッピオ。その正体はパッショーネのボスであるディアボロのもう一つの人格、自らの正体を覆い隠す為に生まれた存在であった。
「ここ、は……。僕は、死んだ……のかな? 最後にボスの声が聞こえた気がしたのに……」
彼は周囲を見渡し、自らの死を半ば確信しながらも、ただ一つのことだけを激しく悔いていた。
「電話……電話はないかな。ボスに報告しなきゃ……トゥルルルル……なんて、鳴らないか……」
「ごめんなさい、ボス。僕は……貴方のお役に立てなかった。最後まで足手まといになってしまったッ!!お守りしなければいけなかったのに……!」
その健気なまでの忠誠心に、岩陰から現れたテスカトリポカは煙草を燻らせながら、冷酷な真実を告げる。
「泣き言はやめるんだな。ソレは戦士として最期まで戦ったお前自身への侮辱に等しい」
「お前は確かに死んだ。だが、お前が慕うその『ボス』──ディアボロとやらは、お前自身だ。二重人格の片割れ……お前たちは、一つの肉体を共有していたんだよ」
「……え?」
動きを止めたドッピオの瞳が、驚愕に見開かれる。
「嘘だ……。そんな、そんなはずがない! ボスは帝王だ! 常に冷酷で、最強で、完璧な人間なんだッ! 僕みたいな、ドジで怯えてばかりのガキと同じ身体にいるわけがないッ!!それなら今まで来ていた電話は何だって言うんだ!!」
「事実だ。お前の精神は、奴が『過去』を切り捨てるために生み出した、奴自身の防衛本能だ。帝王だからこそ、『
無慈悲に突きつけられた言葉に、ドッピオは激昂する。顔つきが突如として、獣のように荒々しく歪んだ。
「黙りやがれ!適当なことを抜かすな、このクソロンゲが……!テメェが誰だか知らねえが、ボスのことを侮辱するんじゃねェ!!ボスは俺を信頼してくださっていた!俺にだけ直通の電話をくれたんだ!」
「それをあろうことか同一人物、だとぉ…!?あの人を馬鹿にしてんのか低脳野郎が!!そのふざけた長髪ごとテメェの首掻っ切ってやろうかァ!!」
「……まあいい、百聞は一見にしかず。だ」
テスカトリポカはそのまま、手元の黒曜石に一つの「映像」を投影した。
そこに映し出されたのは、ディアボロが歩んできた数多の闘争。そして──ジョルノ・ジョバァーナによって叩き込まれた、無限に続く死の光景だった。
映像を前に、ドッピオは息を呑んだ。
「やめろ……!なんだよこれ、解剖されてるのか!?次は刺された!?車に……!?違う、やめてくれ!ボスが、ボスが何をしたって言うんだ!!」
「おいおい、街に麻薬をばら撒き、自らの娘をも消そうとし、同じ組織でも非道を繰り返した。ソレ以上の理由があると思うのか?」
「その結果が終わりのない死。生と死の境界を反復横跳びさせられる、究極の拷問だ。お前を切り捨てたあの男は、今まさにその無間地獄の真っ最中ってわけだ」
最初は激昂していたその表情が、次第に凍りついていく。
自分の中に流れる血が、魂が、映像の中の男と完全に共鳴していることに気づいてしまったのだ。
「がぁぁッ!!痛い、痛いッ!!ボスは、こんな痛みを……ずっと……!?」
恐怖、激痛、そして終わりのない絶望。それは、映像越しで見ていただけでもドッピオ自身の魂を直接削り取るような感覚だった。
「……………ボス」
スッとドッピオの顔から激情が消え落ち、深い沈黙が訪れる。彼は悟ったのだ。自分とボスが、分かちがたく結ばれた一つの魂であることを。気が付いてしまったのだ。この結末が紛れも無く事実であることに。
だが、その直後──
彼の中で爆発したのは、己の運命への嘆きでも、自分を切り捨てたボスへの恨みでもなく——ジョルノ・ジョバァーナに対する凄まじい『殺意』だった。
「……ジョルノ・ジョバァーナ……。あの小僧、よくも、よくもボスを……ッ!!」
全身が怒りで小刻みに震え、血管が浮き出す。見開かれた瞳には、狂気的なまでの憤怒が宿っていた。
「ボスを……僕のボスを、あんな……!死ぬことさえ許されず、永遠に、永遠に苦しみ続けさせるなんて!!人間に、そんなことが許されるのかよォッ!!」
ドッピオはテスカトリポカに詰め寄る。そこに最早、気弱な少年の面影はない。
「お願いだ!!ここが死後の世界ってんならおまえは神様なんだろ!お願いだ。僕の、僕の願いを聞いてくれ。なんでもする!」
「良いだろう。死んで此処に来た以上、悪人だろうと善人だろうと敗者には変わらん。言ってみろ、
「ボスの……あのループを、終わらせてほしい。あんな地獄に、一人で置いておきたくないんだ。今すぐに、彼に安らかな眠りを与えてくれッ!!」
テスカトリポカは、短くなった煙草を吐き捨てた。
「無理だな。あれは黄金の精神が刻んだ、因果の鎖だ。この宇宙が続く限り、リソースが枯渇しない限り、あのループは終わらない。神の俺でも、その『ルール』自体を消すことはできん」
「っ、それなら!!」
ドッピオは血を吐くように叫んだ。
「僕の全てを……存在そのものを、捧げる!!僕の魂も、過去も、運命も、この世界に存在した痕跡すら、
「…………ほう?」
テスカトリポカは目を細め、低い声で警告した。
「言っておくが、それは取り返しのつかない『選択』になるぞ?」
「代償は文字通り『消滅』だ。冥界には渡れず、転生も、天国も地獄すらも無い。完全な無へと成り果てるワケだ。お前という存在は、ボスの記憶からすら消え去るかもしれないんだぜ?」
「……それが、なんだっていうんだ」
「あ?」
「
ドッピオは狂ったように叫び出し、自らの胸を強く叩いた。
「『武器』は、使われて壊れる時が一番幸せなんだよッ!!だから、その代わりに!あの終わりのない地獄を終わらせてくれ!!ボスを……ディアボロを、
その並外れた胆力。盲信的なまでの純粋な愛。
テスカトリポカは、その「魂の重み」を確かに評価した。
「……いいだろう。お前のその覚悟、確かに受け取った。
薄暗いサングラスの奥で、神の瞳が鋭く光る。
「ループ自体はルールに縛られているが、世界にはリソースがある。時間が進む以上無限に見えても、いつかは必ず終わりが来る。ならば、俺の権能で『先』と『後』を入れ替えれば良い。数億年、数兆年、はたまたその先に訪れるはずの『ループの終着点』を、今、この瞬間に持ってくる」
ドッピオの体が黄金の光に包まれ始める。神への供物として、彼の存在そのものが分解されていく兆候だった。
「……ありがとう、神様」
「なに、ここまでの武器を渡されちゃあ、神の名がすたるって話にもなる。一人の戦士としてのお前さんの『覚悟』って奴に、敬意を払うとするさ」
穏やかに微笑んだのも束の間、彼の口調は再び荒々しいものへと変貌する。彼は天を仰ぎ、見えない現世の宿敵へ向かって、喉が裂けんばかりの絶叫を放った。
「ザマアミロ、ジョルノ・ジョバァーナァァァァァッ!!」
その声は、現世のあらゆる理を突き抜けるかのように虚空へ響き渡る。これから天国でも地獄でもない。存在の消失を前に、世界へ、憎むべき者への慟哭だった。
「ボスはお前の能力に打ち勝つんだッ!!『運命』に、『因果』に、てめえの傲慢な『正義』にな!!お前の黄金の夢より、僕のボスへの忠誠の方が重かったんだからな!!ボスはついに勝利したんだッ!!」
歓喜と狂気が入り混じった顔で、ドッピオは笑う。体が足元から光の粒子となって消えていく中、彼は両手を広げた。
「神が最後に選んだのは……運命が微笑んだのは!!お前じゃあない、僕たちの『ボス』の方だったんだよォォォォォォォォッ!!アハハハハハハッ!!あははは、ボス、ゆっくり……休んで……」
狂おしい笑い声と、最後の優しい祈りとともに。
ヴィネガー・ドッピオという存在は、眩い閃光の中に完全に溶けて消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「───フン。全くだ、とんだ大赤字だよ」
焚き火の前に座るテスカトリポカは、臓器を失った痛みを噛み殺しながら、自嘲気味に笑った。
「狂信者ってのは、どの時代も神にとって
ドッピオという「最高の武器」を代償として捧げさせたことで、彼はディアボロのループに強制的な終止符を打った。
ディアボロは、自分が誰に、なぜ救われたのかさえ知ることもなく、永遠の苦痛から解放され消滅しただろう。
だが、それでいいのだ。
それが、盾として生まれた存在の、最初で最後のワガママだったのだから。
テスカトリポカはゆっくりと立ち上がり、静まり返った冥界の風に向かって最後の一言を投げかけた。
「あばよ、
灰色の荒野にはもう、絶叫も笑い声も残っていなかった。ただ、そこには冷たい風が吹き抜けていくだけだ。
「───で?後学のために聞きたいんだが……生者がどうやってここまで来たんだ? ジョルノ・ジョバァーナ」
この終わり方なのに続きません(多分)
多機能フォームの文章整形って便利ですね…見やすくなります。
なんか気が付いたらとんでもないことになってて草
閲覧ありがとうございます。相変わらず亀更新にはなりますがよろしくお願いいたします。
それと前話の後書きにも記入しましたが、感想欄で希望のキャラや作品を書くと規約違反で削除されてしまうので、匿名を解除して活動報告に枠を作りました。
あくまで参考に、書けない可能性のほうが高いですが何かあればそちらにお願いします。
一応作品の方向性を見るために一つだけアンケートします。
どの話が一番良かった?
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アイ編
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アクア編
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ジョナサン編
-
ディアボロ編