テスカになって冥界で魂を導く話   作:ナイ神父

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ディアボロ/ヴィネガー・ドッピオ 余談

 

 

「───『原因(ディアボロ)』と『結果(ループ)』の繋がりが、突如として完全に消失したからです」

 

 静寂に包まれた灰色の荒野に、透き通るような、しかし絶対的な意志を孕んだ少年の声が響き渡る。

 ミクトランパの冷たい風が、彼の着る胸元が大きく開いた特徴的なスーツを撫で、吹き抜けていく。

 

 金色の髪。怜悧でありながらも、どこか哀愁を帯びた碧眼。

 男の名はジョルノ・ジョバァーナ。ディアボロを無限の地獄へと叩き落とした人物その人であり、現パッショーネのボスに就任した人物であった。 

 ジョルノは、足元に転がる黒曜石の欠片を一瞥すると、焚き火の前に座る神へと静かに視線を向ける。

 

「無限に続くはずだった『ゼロに向かう』という過程。それが、何者かの手によって強引に切断され、本来なら永久に辿り着くはずのない『終着点』へと結びつけられた」

「僕のスタンドは、その強烈な(ことわり)の書き換え……干渉の出所を辿るようにして、世界の壁を越えた」

「そして、向かおうと意識した途端に、何故か自然と道が開け……気づけば、この見知らぬ灰色の土地に立っていたというわけです」

 

 ジョルノの背後に、神々しい黄金の光が立ち昇る。

 現れたのは、矢の力によって次元の壁すら超絶した究極のスタンド『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』

 

 自我を持つそのスタンドは、テスカトリポカを見下ろすように冷徹な瞳を向け、しかし攻撃の意思を見せることなく静かに宙に浮遊していた。

 

「マジかよ、向かおうと思ったら来れた? 冗談は髪型だけにして貰いたいもんだが…」

 

 テスカトリポカは呆れたように笑い、新しい煙草を咥えながら火をつける。薄い紫煙を細く燻らせながら、目の前の「生きた人間の規格外さ」を観察する。

 

「ここはお前ら生者のいる層とは次元の重さが違う。結果の消失を辿るってだけで歩いて来られるほど、冥界ミクトランパは安い場所じゃない」

「ハズ何だが、ね。……だが、なるほどな。そいつの姿を見て合点がいった」

 

 薄暗いサングラスの奥で、テスカトリポカの瞳が人間離れした光を帯びる。

 

「おい、お前。そのスタンドはさらなる能力を引き出すきっかけになった『矢』……ソレに、2()()()()()()()()()?」

 

 その言葉に、ジョルノの表情が僅かに動いた。

 

 脳裏に蘇るのは、ナポリの刑務所で対峙したポルポのスタンド『ブラック・サバス』だ。あの時、ジョルノは確かにブラック・サバスの口の中から放たれた矢に刺された。しかし、既にスタンド能力を発現していた彼には新たな変化は起きず、そのまま跳ね除けた。

 そして二度目が、ローマのコロッセオ。ディアボロとの死闘の末に自らの意志でスタンドを貫き、背後の『レクイエム』を誕生させた時だ。

 

「……それが、僕がここに来れたことと関係があるのですか?」

「大ありだ。スタンド使いを生み出すその矢の性質……太古に宇宙から飛来したウイルス。それってのは、俺たちアステカの神と同根なんだよ」

 

 神の口から語られた「宇宙のウイルス」という事実に、ジョルノは目を細める。

 

「一度目で、お前の体内には普通のスタンド使いとは比較にならない濃度のウイルスが定着した。だが、それだけじゃあただの才能豊かな人間に過ぎない。問題は二度目だ。限界を超えたウイルスの過剰摂取は、人間に『権能』を与える」

「権能……神の力、ですか」

「そうだ。その矢の本当の力は、人に神の真似事をさせること。同郷であるオレ、テスカトリポカがいるこの冥界へとチャンネルが合っちまったのは、お前がいま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に他ならん」

 

 テスカトリポカは銃斧の柄で、ジョルノの背後に浮かぶGERを指し示す。

 

 「何よりの証拠がそいつだ。お前の精神の具現化のはずなのに、お前の意志とは独立して『意思』を持ち始めているだろうが。もはやそいつは、お前という神が持つ別側面の神格だ」

 

  その言葉を発した瞬間、テスカトリポカ自身の脳裏に、ある一つの仮説が閃いた。彼は深く息を吸い込み、驚きを隠せないように空を仰いだ。

 

「……そうか、 おい、ジョルノ・ジョバァーナ。あのディアボロって男、昔エジプト辺りでその『矢』を何本も発掘したって話じゃなかったか?」

「ええ。ポルナレフからそう聞いています。彼は六本の矢を掘り出し、そのうち五本をエンヤ婆という老婆に売り払ったと」

「なるほどな。ただのトラウマからくる防衛本能だと思っていたが、合点がいった」

 

 テスカトリポカは膝を打ち、先程消滅したドッピオの魂の痕跡を見つめた。

 

「発掘の際、ディアボロは幾度となく矢に触れたはずだ。その過程で、致死量スレスレの莫大なウイルスを体内に溜め込んだ」

「同じ菌から成る俺たちアステカの神が、一つの存在でありながら黒く(テスカトリポカ)赤く(シぺ・トテック)青く(ウィツィロポチトリ)白い(ケツァルコアトル)、いくつもの側面……神格として扱われるようにな」

 

 神の多面性。ジョルノにはその概念がすぐには理解できなかったが、テスカトリポカは構わず続ける。

 

「多すぎるウイルスを取り込んだあの男の魂も、無意識のうちに『神の多面性』を模倣した。だから『ヴィネガー・ドッピオ』という、全く別の肉体の質量や精神の法則を持つ、独立した側面が誕生した。あれは単なる二重人格じゃない。一人の人間に宿った、新たな神格だったのさ」

 

 ジョルノは軽く眉をひそめた。

 

「側面? 肉体の質量すら変わるような変化が、単なるウイルスの影響で……別々の神格のように分かれたと仰るのですか?」

「信じられないか? ま、人間の思考じゃ無理も無い。見せたほうが早いな」

 

 テスカトリポカがニヤリと笑うと、彼を覆うように煙が揺らめき、陰り、燻んでいき、爆発的に膨れ上がった。

 煙が晴れた直後──ジョルノの目の前に立っていたのは、先程までのスーツを着た金髪の男ではなく、対照的に原始的な装束を纏った目つきの悪い子供の姿だった。

 

「フン……と、まあこんなもんだろ、喋り方も姿に釣られんのはネックだけどな」

 

 先程までと比べても多少は高音域に入る少年の様な声。恐竜王としての別の価値観と態度など、その姿は先程までのテスカトリポカとは似ても似つかない。

 

「で、どうだ?さっきまでのインテリめいた俺とは別物に見えるだろ?」

「これでも俺は俺だ。だが、現れる側面が違えば、戦い方も性質も、世界に与える影響も変わる」

 

 再び煙が渦を巻き、子供の姿が収縮する。

 次に現れたのは、黒髪に青いメッシュの入った女性であった。アステカの民族衣装、羽の工芸品と青と黒の装飾を身に纏い、最高神の如き猛烈な威光を放つ、雨の神の姿だった。

 

「これは本当の私とは違う、妹分(テノチティトラン)に名乗らせた青。……ウィツィロポチトリの姿なんですけど、ね」

「神の概念としては、私がこちらの姿を取ることもできます。どうですか?文字通り別人のようでしょう?」

 

 数秒後、再び黒曜石の欠片が舞い散り、テスカトリポカは元の仕立ての良いが荒々しい黒いジャケットを着た金髪の男の姿に戻った。

 

「まだ別の姿になれないこともない。が、悪いがあの鳥公になるつもりは無いんでね。余興はここまでだ」

「と、こういうことだ。俺という本質は一つでも、表出する器と振る舞いが変われば、それは世界にとって別人と同義になる。ディアボロとドッピオも、それと同じだったのさ」

 

 テスカトリポカは煙草の灰を落とし、ジョルノを真っ直ぐに見据える。

 

「だからこそ、ドッピオという男は、ディアボロとは全く別の方向性の『純粋さ』を持ち得た。悪のボスの防衛本能というだけじゃ説明のつかない、己の魂を完全な無に帰してでも主を救おうとする……あれほどまでに澄み切った、黄金の覚悟と漆黒の意思をな」

 

 その言葉を聞き、ジョルノは静かに目を伏せ、背後に浮かんでいたGERが、光の粒子となってジョルノの体内へと溶けるように消えていく。

 

「……なるほど。理解しました」

「僕の目的は、ディアボロという男が二度と他者の運命を不当に奪い、踏みにじることができないようにすることでした。彼が既に『完全に消滅』という結果を迎えたのであれば、レクイエムの役目は既に果たされています」

「フン。自分の獲物を横取りされて、怒る気も無いと?」

「ええ。それに……」

 

 ジョルノは、イタリアの空を思わせるような澄んだ瞳で、冥界の灰色の空を見上げる。

 

「結果はどうあれ、自らの存在を賭してでもやり遂げるという『覚悟』は、誰にも冒涜されるべきではない。僕はこれまでの旅で、その痛いほどの尊さを……身をもって知っていますから」

 

 彼の脳裏に過ぎるのは、アバッキオ、ナランチャ、そしてブチャラティの姿。

 自らの命を燃やし尽くして、ジョルノに「未来」という希望を繋いだ仲間たち。

 ドッピオが選んだのは悪の救済であったかもしれない。だが、その魂の根底にあった『自己犠牲の覚悟』そのものまでを、ジョルノは否定する気にはなれなかった。

 

「神を名乗る貴方が、その覚悟に敬意を払い、等価の取引を行ったというのであれば……僕がこれ以上、介入する理由はありません」

 

 ジョルノは静かに一礼し、踵を返す。

 

「ここには、僕の探していたものはもう無い。元の世界へ帰らせていただきます」

「つくづく、末恐ろしいガキだな。どこの世界の人間も、大層な魂を持っていやがる」

 

 テスカトリポカは呆れと感心が入り混じったようなため息をつき、指をパチンと鳴らした。

 瞬時に、ジョルノの足元に黒い煙が渦を巻き、彼を現世へと送り返す道が形成されていく。

 

「おい、ジョルノ・ジョバァーナ。一つだけ忠告してやる」

 

 煙に沈みゆく少年の背中に向かって、テスカトリポカは声を投げた。

 

「お前さんのその『黄金の夢』とやらは、これからも血と泥に塗れた道を進むことになるだろう。だが、決してその輝きを失うなよ。」

「もしお前が腐って地獄に落ちてくるようなことがあれば、その時は俺がお前を、神としてこの『ミクトランパ』でもてなそう」

 

 振り返ったジョルノは、不敵に、そして誇り高く微笑んだ。

 

「ご忠告、感謝します。ですが、その心配は無用です」

「僕、ジョルノ・ジョバァーナには、正しいと信じる『夢』がある」

「──その夢のために散っていった彼等のためにも、これからも迷わず進み続けるだけです」

 

 黒い煙が彼の全身を覆い隠す直前、揺るぎない声が冥界に響き渡る。そして直後、煙が晴れると、そこにはもう少年の姿はなかった。

 残されたのは、再び完全な静寂を取り戻した灰色の荒野と、パチパチと音を立てて燃える焚き火だけだ。

 

「……やれやれ。神様も楽じゃ無い、まったく」

 

 テスカトリポカは深く煙草を吸い込み、空に向かって長く煙を吐き出す。

 心臓近くの臓器を失った痛みはまだ酷く疼くが、不思議と気分は悪くなかった。

 

 悪魔の帝王

 

 無垢なる狂信の盾

 

 そして、黄金の精神を持つ生者の王

 

「今日は随分と、面白い連中が来る日だった、マトモに一人もミクトランパに進まなかったのはどうかと思うが…まあいい」

 

「予言を司る神として、最後に一つだけ伝えておいてやる。」

 

『新月の後、ケープ・カナベラルにて、男は天国へと辿り着く』

 

「──さて、新たな戦争の始まりだ」

 




次はアンケートからコナンのスコッチ、呪術の夏油を投稿予定です。

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