────自分は多分、この世に居ていい存在では無いのだろう。俺が生まれて一番最初に抱いた感情は、そんな絶望に近しいモノだった。
周りが自分を見る目は良いモノでは無かったし、背中に投げつけられた小石や罵声の数は、与えられた褒め言葉だとか前向きな感情なんかよりよっぽど多かったと思う。多分。
正確な数は覚えちゃいないし・・・・・・そもそも、数えたところでどうにもならない。今まで向けられた悪意や嫌悪の総量が把握できたところで、腹の足しにすらならないワケだし。何より自分がどういう存在なのかは、自分が一番理解していた。
父親に似た髪質が嫌いだった。この身体に流れる血が嫌いだった。けれど、
『良い?
母さんの優しく語るその声音は、俺の存在を許してくれるようで。荒んだ心に染み渡り、あちこちに刻まれた傷を癒してくれるようで。好きで好きで堪らなかった。
『きっと貴方には色んな声が付き纏う。良くない風に思う〝ヒト〟も、きっと────少なくはないと思う。それ程までに、私たちと彼らの間に開いた亀裂は・・・・・・大きくて、深い』
そう語る母さんの顔はもう思い出せない。思い出せるのは俺の頭を撫でる柔らかい手つきと、優しく、それでいて悲しむような声音だけ。
『こんなことを澄人に頼むのは間違っているかもしれない。それは私が一番わかっているけれど・・・・・・貴方が、架け橋になって欲しい。貴方は、私の最後の希望』
架け橋。最後の希望。その言葉が頭の中で反響する。刻み込まれていく。
そう在らなければいけないと思う。俺みたいな存在だからこそ、人と妖怪の架け橋になれるのだと。母さんが思い描いた、人と妖怪が共に笑い合って進める世界。隣り合って進める世界。それを目指す為に、俺は────。
『お願いね、澄人』
掠れた、弱々しい、けれど温かい声と。俺の頭を撫でるその手つきが。
◇◆◇
窓の外には風でゆらめく桜の木。ようやく開花を迎えた花弁が風で舞い散るその様子を、俺は欠伸まじりに眺めていた。
『続いて、
今から目の前で、有難いお言葉をダラダラと垂れるであろう男のことが、この世で一番嫌いだからだ。
ぼうっと思考を飛ばしていると、ソレを咎めるような痛くて仕方ない視線を視界の隅にとらえたモノだから、とりあえず目だけでも前に向けておく。だだっ広い体育館の最奥の壁を陣取るモニターが、校章を映しているだけの画面から切り替わり、映し出されたのはつい数秒前紹介された男。祓魔師を束ねる長とされている男。
「・・・・・・直接出向くわけじゃねぇのかよ。相変わらずお忙しいことで」
その顔に嫌な感情を向けているのは恐らく俺だけ。吐き出した溜息と嫌味が、息を呑むような静寂の中に消えていくのがわかる。
まぁ、世間一般的に見れば英雄様だ。この世界を大きく変えるほどの戦争の中で、常に先頭に立って戦っていた男なわけだし。
牧瀬は数秒の間の後、最後に見た頃に比べると幾らか皺の増えた顔に薄い笑みを浮かべ、口を開く。
『キミたちがこうして、私の話を・・・・・・最初に体育館で聞いたのはもう三年前になるのか。いやはや、時間の経過は年々早く感じると良く聞くが・・・・・・あの日のことを昨日のことのように思えてしまうな。祓魔師の卵であったキミたちが、こうして様々な試練を乗り越え立派に育っていったことを誇らしく思う』
「思ってもないくせに」
俺の声に応えるものは誰もいない。聞こえたところで今更誰も相手にしない。・・・・・・いやまぁ、この学校にも約二人くらいは思いっきり頭を引っ叩くような奴はいるが。
『よく耐えてくれた。これからはキミたちは卵から孵化した白鷲として、この世界をより良いモノに変えていって欲しい。我々老骨ではなく、これからは────キミたちの時代だ。期待しているよ』
その言葉を最後に映像は消えた。そこかしこから拍手が響く。静寂を裂くように疎に。次第に大きく。雨音によく似たソレは、酷く馬鹿馬鹿しく聞こえた。
ま、そんなことはもう気にしない。これで俺も学校を出て、名実共に祓魔師だ。あんな男の顔を定期的に見ることはないだろうし、祓魔師として名をあげて────良い感じの事務所なんか構えちゃったりして。依頼もバシバシ受けて、世界を変えていく。そんな輝かしい未来が────、
「待っていたはずなんだけどなぁ・・・・・・どうしてこうなった」