祓魔師は人妖の間に揺れる。   作:悠問追

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2『平和の象徴』

 

 今でも覚えている。忘れられない。

 震える身体と、鼻腔を擽る血と煤の匂い。足の裏は定期的に地響きで揺れて。足が痺れて、塞ぎ込んだ視界では何も見えなくて。立っているのか、座っているのかすらわからなくなって。

 聞こえてくるのは誰かの悲鳴と爆発音。何かの咆哮。幼い頃のオレにとって、毎日が未知で地獄で。何も見たくないと願ったから、戦争が続いている間。毎日────ずっと、蹲って震えていた。

『お姉ちゃん、克己をお願いね』

 震えた声でそう言う母さんと、オレの身体を強く抱きしめる姉ちゃん。姉ちゃんだって怖くて仕方ないのに、お姉ちゃんがついてるからね────なんて強がりでしかないことを言って。ずっと、ずっとそばに居てくれた。

 

 きっと、誰もが怖くて仕方なかった。

 父さんが死んで。三人だけになって。

 母さんはそれでも・・・・・・泣く暇なんてなくて。強気に振る舞って、それで。

 

 家の隅。部屋の隅。ずっと見てきたはずの場所で、安心するはずの場所で。オレも姉ちゃんも揃ってガタガタと奥歯を振るわせていた。

 外から聞こえる悲鳴。外から聞こえる呻き声。何かが折れる音。何かが砕ける音。その全てが聞きたくなくて、オレは必死に両耳を塞いだ。

 それでも、それでも。泣きそうな声で放たれた、『息子と娘だけは────』なんて嘆く声が。掌を突き抜けて聞こえてきた声が、今でも脳裏にこびりついて離れない。

 

 ────目を覚ます。薬の影響か、寝不足のせいか。重たい身体を引きずるようにして、壁に凭れた身体を起こした。

 

 夢は記憶の整理、だとか言ってたのは誰だったか。どこで読んだんだったか。眠りにつけば必ず見るのはあの日の地獄。母さんを、オレと姉ちゃんから奪って行きやがった日のことだ。

「・・・・・・忘れられっかよ」

 次々浮かんでくる思考を頭の隅に追いやる。蘇る地獄に蓋をする。スマートフォンを起動すれば、姉ちゃんからの無数の着信履歴が目に入って嫌になる。その履歴たちを無視して、ネットアプリを開いた。

 トップ画面にあるニュース記事に目を通す。・・・・・・目的のものは、無い。

「・・・・・・んでだよ!!」

 怒りのあまり、部屋の隅にあった木箱を蹴飛ばした。部屋の中央に固まって蹲るガキどもが怯える声がして、余計に腹立った。

「喚くな鬱陶しい。・・・・・・黙っててくれ、マジで」

 何で、何で何も騒ぎになってない? おかしいだろ。こんなのは、絶対に。

 今日のガキで九匹目だ。そろそろ何か問題になってたっておかしく無いのに。

 

『大体、普通の人間が耐えれるのは九回目まで。それ以上は我々も保証できません』

『・・・・・・どうなるんだよ』

『人として生きることを諦めることになります』

 

 あの日、オレに薬を売ってきたヤツの言葉を思い出す。

 握った小瓶の中にはあと一錠残っている。瓶の中でカラカラと小気味の良い音を立てる最後の一錠は、まるで『人を辞める覚悟はあるか?』とオレを嘲笑っているように見える。

 身体が徐々に、自分のもので無くなっていくような恐怖。もう戻れない所まで来ていることは、自覚していた。

 慢性的な気怠さと眠気。身体の中に流れる自分のモノではない何か。いつの間にか横っ腹に生えっぱなしになった鱗。定期的に飛んでいく意識────それでも眠気は消えてくれないモンだから、多分身体はソレを睡眠と扱ってないんだろう。

 頭が痛い。身体が重い。心は、軽い。何でもできる。何処にでも行けるという高揚感。力だけが有り余って、やる気だけが満ち満ちて。頭が、割れる。恐怖が、高揚感が、何でもできる、何もできない。無力感。怒り。悲しみ。楽しい。

「ああ、ああ、あーーーー・・・・・・ごちゃごちゃうるせぇ。うるさい。頼む、黙ってくれ。頼むから」

 床を殴る手が止まらない。血の色が、赤く、なくて、オレは、何────?

 いちのせ、イチノセ・・・・・・一ノ瀬 克己。名前は思い出せる。オレは何を────そう、そうそう。世界を正そうと。間違っているこの世界を。えーと、ああ、そう、妖怪を。アレして。そう。はは。でも何も上手くいかなくて今嫌になってたんだ。だからどうしようって話。何すりゃ良いのって。なーんも上手くいかないから。ガキの頃からそうだった。おまえはいつも姉ちゃんの後ろちょろちょろ歩いて仕方ないねー、姉ちゃんいないと何もできないんだからって。姉ちゃんが優秀だから何でもやってくれて、あの日もオレのこと守ってくれて。だから今度はオレが助けなきゃ、あの日そうしてくれたように、二度と何も奪われないように、オレの手を汚してでも、どんな手を使ってでもって。

「どんな手を」

 ────どんな、手を、使ってでも。

「はは、はははは、そうじゃん。なーんで気づかなかったんだ。そうだよ。簡単な話じゃん。バッカだなーオレは・・・・・・昔から変わらん。何の成長も見られない。バカバカばかバカばかり」

 立ち上がる。身体が軽い。やることが決まった時はすぐ動けるのがオレの長所だ。

 スキップしたい気持ちを抑えて部屋の中央へ歩いて行く。拘束されて、怯えたガキどもを見下ろしてやる。

「オレさぁ。あの・・・・・・何園だっけ? なーんでも良いけど。あそこ、潰したいの。早く。だからおまえらを攫ってきたんだよ。妖怪なんて匿ってたら危ないよ〜、また怖いことになるよ〜ってさ。知らしめたいの。世界に。誰もやってくんないし誰も騒いでくんないから。オレやらないとって思ったんだよ」

 泣きそうな顔。ウケる。ブッサイクだなおまえら。なのに何でみんなこんなのを庇って構って匿って。妖怪と人間なんて分かり合えるはずがないのに。猿と人が話せますか? 話せないだろ。誰だってわかることなのに。

「でもおまえらの親は薄情!! なーーーーんも騒ぎにならない!! 問題にならなーーーい!! オレもさ。ホントはさ。穏便に済ませたかったんだよ?? なのにさァ・・・・・・薄情なおまえらの親のせいでさァ・・・・・・」

 口が回る、まわる。

「おまえらのこと、殺さなきゃいけなくなっちゃった。ふふ。ウケる」

 楽しくて、仕方ない。

 誰だって良い。どれだって良い。どれかひとりを殺して首を切り取って? 切って? どっちでも良いけど。園の入り口にでも晒してやれば嫌でも騒ぎになる。

「い、いや・・・・・・助けて」

「助けなんてこねぇよ。泣いてもだぁぁぁれも助けに来ない!! おまえたちの親はおまえが、おまえたちが、おまえらが大事じゃねぇってよ!! そもそもこんな郊外に誰も助けになんか来やしねーよ。来たがらない。誰も!! 思い出したくないことが詰まった場所だから!! だからわざわざこんな埃臭い廃墟なんて選んでんの。誰にも声は届かない。誰にも泣いても聞こえない!! 無駄!! 無駄なの!!」

 楽しい、楽しくて仕方ない。なのに、

 

「いや、来るよ。助けに来る。必ず」

 

 楽しい気持ちに、水をさすガキがいた。

「・・・・・・あ?」

「泣き声をあげれば誰かが必ず聞いて駆けつける。誰かが必ず助けてくれる」

 今日攫ってきたガキだ。みーんな半泣きの中、ソイツだけが、群れの中心で、オレを睨みつけている。

 コイツは────コイツの存在はダメだ。ガキどもに希望を与えちゃいけない。だってオレは何もかもを奪われた。希望なんて、あっちゃいけない。

 不平等。不平等だ。オレの手には何も残ってないのに。人間性も、オレとしての何もかもを捨て去って、ようやく力を手に入れて。ようやく歯向かう術を手に入れて。だってのに、だってのに────、

「何もかも持ってますみたいなツラすんなよ」

 他のガキどもを跳ね除けて、ソイツの胸ぐらを引っ掴む。額から角を生やしたガキ。明らかに人間じゃねぇクソ。ソイツのまっすぐな目を睨みつけた。

「黙れクソガキ」

「黙らない。キミには誰かを殺す勇気なんてありもしないから。だってキミの目は────」

「だ・・・・・・まれ、黙れよ!!」

 

 黙れ。

 

「殺したい? 殺意は伝わってくるけどさ。キミの視線は私を見てない。私の向こうにいる他の誰か。本当に殺す気だって言うなら、殺す相手のことをしっかり見て」

 

 黙れ、黙れ・・・・・・黙れよ、頼むから。

 イラつく。苛立って、頭が煮えて、ガンガンする。

 空いた手で額を抑えて頭を振る。言葉が頭の中で反響する。気を紛らわしたくて、何ともなしに目を向けたガキの胸元に。良いモノを見つけた。

「何だよ・・・・・・良いモン持ってんじゃん」

 子供用のスマートフォンだったか。そうだ、これで親に電話でもかけさせて、悲鳴を聞かせてやれば────、

「ママに命乞いでも何でもしろよ」

 なんて、手に取ったそのスマートフォンの画面には。

 

 通話中 澄人くん、と。既に無機質な文字が並んでいた。

 

「おまえ、何しやが────」

 

 オレの言葉を遮るように。狭い部屋に、轟音が響く。

 目の前の壁が倒壊する。夕焼けが部屋に差し込んでくる。眩しくて、目を細めて。夕焼けを背中に立っていたのは、ひとりの男。

 

「どーも、デリバリー祓魔師、葦屋 澄人です。話は全部聞かせてもらったぜ」

 

 ◇◆◇

 

 人と妖怪が共に暮らす町。人妖特区『花楓町』────そこで暮らす妖怪たちには、中央区以外で生活する際、『変幻(へんげ)』と呼ばれる妖術を行使するように義務付けられている。

 というのも、妖怪の姿を見るだけでかつての戦争を思い出し、過呼吸やら何やらで生活がままならない人間がそこそこの数出てしまったからだ。それでもこの町を出ていかないのは、未だに人妖特区を除いてまともに暮らせる場所がないってのもあるが、その話はとりあえず横に置いといて。

 人間の姿に限りなく近く〝化け〟る。自分は貴方達と同じ場所にいて、貴方達と争う意思はない。そう主張するための術だ。

 でもって、その変幻を見破るには妖力と魔力を視認する能力が必要で。基本的に、訓練を積まないと獲得できるシロモノじゃない。戦後に産まれた子供の中には最初からソレができるような子供が居る、みたいな話は聞いたことあるけど。一ノ瀬さんの弟────克己さんの年齢を見るに、多分それは無いだろう。

 加えて、園で貰った被害者リスト。それを見た感じ、攫われた子は軒並み変幻が出来ないか、まだ『不完全』な子だけ。疑惑は確信に変わった。

「天音、確か変幻が得意だったよな」

 電話越しに息を呑む音が聞こえる。天音も確か被害者リストを見てたはず。だからそれだけで、俺が言いたいことを察したんだろう。

『・・・・・・なるほどね。良いよ、わかった。やろう』

「悪いな。危険な目に遭わせるかもしんない」

『大丈夫だよ。キミのことは、信頼してる』

 天音が中途半端に変幻を行使した子供に化ける。GPS機能を持ったスマホでも持たせておけば場所の探知も簡単だ。通話を繋ぎっぱなしにするってのは万が一の時のことを考えた俺の案だったけど────間に合って良かった。

 花楓町、西区の郊外。御神木、『西楓』を越えたさらに向こうにある、戦時にボロボロになったまま残されている廃墟地帯。復興が追いついてないってのもあるけど、何やら祓魔師連合協会の方針でそのまま保管しておくことになっているらしい。

 町を守る結界の外だから、基本的に町の連中はここに来ないけど・・・・・・そのせいで薬の取引やら〝こういう〟現場に使われてんのはどう責任取るつもりなんだろーか。

 ・・・・・・じゃなかった。

「悪い、天音! 少し遅れた!!」

「遅い!! もう少しで本当に────結構危なかったんだからね!?」

「わ、悪かったって────」

 怒りの表情を一切隠さず、がなり立てる天音に思わず苦笑を漏らす。

 ・・・・・・中身が天音だとわかっちゃ居るが、子供に怒鳴られるのは精神的にクるものがあるな。なんて思った途端、天音の変幻が解け、幼児からいつもの姿へ・・・・・・瞬きの間に変わる。

 腕にかかる体重の変化についていけなかったのか。克己さんがフラついたのを見逃さず、天音は克己さんの腕を抱えて、背中から鈍い音を立て床に倒れ込んだ。

 ・・・・・・所謂、腕十字固めってヤツ。ありゃいてぇぞ。経験則上。

「一ノ瀬 克己、アンタにゃ黙秘権も何も無い。さっきまでのやり取りは全部録音させてもらってる。少しでも罪を軽くしたけりゃ、大人しく俺たちに捕まるんだな」

 もがき苦しむ克己さんからは、怒りや焦り、憎しみの感情が滲み出ている。それを見下ろしながら冷たく告げれば、ついでに床に転がった、擬似妖力生成剤が入った小瓶を部屋の隅に蹴り飛ばした。これで抵抗する方法は無くなった。あとは捕縛するだけ。

「────、────ッ!!」

 現状を理解したのか。俺の顔を見上げた途端、克己さんの目の奥に見える憎悪の色が増した。

「・・・・・・テメェ、祓魔師か」

「さっきそう言っただろうがよ。そう、祓魔師。まだ駆け出しのぺーぺーだけどな」

「何もしないくせに・・・・・・何も、何も救ってくれないくせに。偉そうなこと言うんじゃねえよ────祓魔師(アンタら)じゃ!! この世は!! 何も変えられない!!」

 怒号が狭い部屋に響く。奥歯を噛み締め、呼吸荒く俺を見上げる表情は、まるで飢えた獣を見ているようだった。

「誰も────誰も気づいてない。誰も世界を見ようとしない。だから!!」

 それでいて、

「だから、オレが変えんだよ!! 教えてやらなきゃ、また滅ぶ!!」

 昔の自分を、見ているようで。胸が締め付けられる思いだった。

「・・・・・・見てるよ」

「あァ!?」

 言葉は自然と口から漏れ出る。

「少なくとも、俺は見てる」

 それでも俺の放った言葉は、克己さんの心まで届かない。怒りと憎悪で作られた扉で、強制的にシャットアウトされているような。そんな感覚。

 

「ンな綺麗事は要らない・・・・・・要らない、要らない!! ちゃんと見てんだったら、ちゃんと見てたんだったら────オレも、母さんも、父さんも!! こんな事にならなかったろうが!!」

「マズい、天音離れ────」

 

 俺の言葉を掻き消すように放たれた怒りの言葉。この世の全てを憎むような、喉が潰れんばかりの咆哮。ソレに呼応するように、克己さんを中心にドス黒い妖力が渦巻いた。

 殺意と憎悪の塊。本来の妖力とはかけ離れたような、吐き気を催す程の血の匂いに近いものを孕んだソレ。

 その中心で、克己さんは俺を・・・・・・いや。俺越しに、憎い『何か』を睨みつけている。

 喉が震えた。解ってはいた。人間と妖怪の間だけじゃ無く────戦争を経験しなかった俺と、戦争を経験した連中にも。決定的な溝がある。

 それを今、ありありと見せつけられているようで。噛み締めた奥歯が、痛い。

 渦巻く妖力の中心で、克己さんの肉体が変わっていく。人の原型が失われていく。

 背中から飛び出す、映像でも見た人の掌によく似た異形の翼。

 破れた衣服の下から覗く鱗は顔半分までも覆い、鼻と口は獣のように前に長く、長く。俺を見つめる淡く赤く光瞳孔は、縦に長く、爬虫類のように。

 

 ────一ノ瀬さんが事務所から帰った後。荒垣センセーに頼んで送ってもらった、擬似妖力生成剤の研究データ。そこに記されていた内容を要約すると、こうだ。

 

 擬似妖力生成剤とは、その名の通り人間に本来持ち得ない妖怪の血を与え、妖術の行使を可能にするモノ。

 この薬は依存性が高く、服用者に『何でも出来る』という高揚感を(もたら)す。服用を繰り返すと妖力による肉体変化が身体を蝕んでいき、人の意識を刈り取っていく。

 最終的には人に戻れなくなる────という事例も確認されており、その個体は世界に害を及ぼす存在、妖魔(ようま)として処刑された────。

 

「これは聞いてねーぞ、荒垣センセー・・・・・・」

 ここまで酷いもんだとは思っても見なかった。薬も使わず、確かに今────目の前のコイツからは、妖力が発生しているし。身体も大凡人間とは言い難い。

 ・・・・・・やるしか無い。俺の言葉も、天音の言葉もちゃんと届かないのは実証済みだ。

「天音、子供たち連れて避難してろ。こっからは俺の仕事だ」

「澄人くん・・・・・・」

 何か言いたげな天音を、視線だけで静止する。それだけで天音は全部飲み込んで、子供達を連れて建物の外に出てくれた。

「さあ、て・・・・・・じゃあアンタに見せてやるよ」

 

 意識を、自分の中に向ける。

 

「本物の妖力ってヤツを。ここなら、いくら壊しても大して文句は言われないだろ」

 

 ◇◆◇

 

 時にして二十年程前。突如日本に異形の数々────かつてより『妖怪』と、空想の生物として書物に残されてきた者たちが、姿形を持って瞬きの間に出現した。

 あちこちに巻き起こる混乱。上がった悲鳴は波紋のように広がり、人と妖怪の戦争、人妖戦争は幕を開けた。

 現代兵器が通じない妖怪に対し、迫害されていた『祓魔師』と呼ばれる連中まで世間は引っ張り出し────人々も妖怪も、殺し殺された数がわからなくなった頃。戦争に費やした年月すらもわからなくなった頃になって。

 人と妖怪の間に産まれた子供の存在をもって、戦争は終わった。

 人間と、突然現れた妖怪との戦争。なぜ争っていたのか、なぜ殺し殺されたのか。それすらわからず長らく続いた苦しい戦い。にも関わらず、終戦の瞬間はあまりにもあっさりしていた。

 この子の為に無益な戦争はやめよう。人と妖怪、手を取り合って歩いて行こう。

 人と妖怪の間の子供────『半妖』と呼ばれる子供を、平和の象徴として。

 

 人と妖怪の友好の証。終戦に導いた奇跡。

 

 ────表向きでは、そうされている。

 

「本物の妖力ってヤツを。ここなら、いくら壊しても大して文句は言われないだろ」

 

 かつて戦場になった────戦火の名残が垣間見えるそこに。もうひとつ、妖力の渦が発生する。

 

 ソレは異形に向き合った少年の身体から。

 ソレはこの世に産声を再びあげるように。

 

 少年の髪が赤く変色していく。溜息を吐き出すべく大きく開けられた口に見える牙が伸び、少年の瞳が赤く、淡く輝く。

 掲げた右腕が、丸太のように太く膨れ上がる。獣のように短く生え揃った体毛。長く伸びた爪。強く、怒りを込めて握り締められた岩のような拳が震える。

 確かな、明確な殺意を持って。鋭く尖った眼光を、目の前の異形に向けた。

 

 これが妖怪と人間の血を併せ持つ、『半妖』にのみ許された妖術。

 自身の中に流れる妖怪の血を呼び起こし、内側に内包した妖怪としての力を・・・・・・概念を具現化し、身体の一部に定着させる形態変化の妖術────怪現(かいげん)

 

 

「『祓魔師連合協会』極東第壱支部・実働部隊十六班、葦屋 澄人────」

 

 人にも妖怪にもなれず、世間から爪弾きにされた孤独な存在。

 

「────規約七条第三項に基づき、対象を『妖魔』と認定。駆除を開始する」

 

 半端者に許された力である。

 

 ◇◆◇

 

 もう言い放った言葉は取り消せない。これはある種、祓魔師の間における取り決め────謂わば、自身に貸した枷を取り払う儀式の言葉。

 人間と妖怪が共に住まう街、人妖特区。その中で人と妖怪が共に生きるために、祓魔師たちにはある種の呪いがかけられている。

 生物に対し、許可のない魔力、魔術の行使の禁止。俺たちの体内に埋め込まれた術式が決まり文句を認識して、視界に入った対象を〝それを行使するに値する相手である〟と定めた時、枷となっていた術式が解除される。

 俺たち半妖にかけられた術式は、『怪現』を使用する際、妖魔以外への攻撃を禁ずる、というもの。

『魔術は基本的に妖怪を祓う、縛るモンだからな。半妖(オマエら)の人権やら生物権アレコレに配慮して、妖力に枷を掛けんのは難しいんだよ。だからせめて、攻撃の意思の方に制限をかけるしかねェ。クソ、結界張って痛めつけて制限かけんのはめちゃめちゃに楽なんだけどな』

 ・・・・・・だのなんだの荒垣センセーが言っていたが、今はそんなのどうでもよかった。原理も正直よくわかってねーし。

「・・・・・・久々にやったわ、これ」

 自分の内側に眠っていた何かが目を覚ます感覚。腕から胸を伝い、体中を何かが────妖力が、熱を持って駆け巡っている。

 不思議と不快ではない。むしろ心地いい感覚だ。まぁ俺は妖怪の血には恨みも何もないし当然か。

 目の前で鼻息荒く俺を見つめる克己さん────克己さんだったもの・・・・・・妖魔を見つめて、肩を鳴らす。

「なんだ、俺を見るなり襲いかかってくると思ってたけど、見た目とは裏腹に案外理性的なんだな」

 本能で俺を格上とか、脅威とか認めたのか・・・・・・それか人間やめてやっと魔力、妖力を視認する力を得たのか。

「どっちでもいいけ、ど────」

 硬直状態で永遠に過ごすわけにもいかない。だから、そっちが来ないならこっちから。

 ────目一杯に力を込めて床を踏み蹴り、足の裏から妖力を放つ。

 俺は天音のように妖力を操って、あれこれできるわけじゃない。制御は苦手で、小手先で戦えるタイプじゃないけれど・・・・・・この身体を流れる妖力の濃度だとか、その辺は飛び抜けて高かった。

 だからこそ。その妖力を放出なり身に纏うなりして繰り出す暴力は、何もかもを壊すほどに圧倒的だ、と。俺の成長だとか、今後の方向性に迷った荒垣センセーが出した結論はソレだった。

 小難しいことは考えなくていい。目の前の悪い奴をただただ殴る。これ以上なく、俺に合ったやり方だ。

 凄まじい速度で変わる視界。身を屈めて妖魔の懐に潜り込み、異形の拳を握り直すと、それでようやく事態に気付いたらしく目の前で交差される両腕が見えた。防御体制────、

「おせえ」

 その交差された両腕目掛けて、思いっきり拳を振るう。拳に伝わる骨が軋む音を聞き、相手の身体が浮いたのを視界の隅に捉えて。そのまま妖魔の身体を蹴り飛ばした。

 体躯が壁に激突する轟音。視線をやれば、壁から床にずり落ちて、驚愕の表情を浮かべる妖魔が見えた。

「右腕だけ太くてあとはヒョロヒョロ。こんな身体のどっからそんな力が湧いてくるのか不思議か? まぁそうだよな。アンタは背中に不気味な翼、皮膚には鱗と気持ちムキムキに見えるくらいの筋力増加。ナリだけ見たらアンタの方が強そうだろうよ」

 ダラダラと口を回しながら歩み寄る。怯えた視線が泳いで、俺とあちこちを行き来する。挙げ句、俺と相手の距離があと数歩の所まで来て。背中の翼に妖力が集中するのが見えた────飛行の妖術だとか、その類か。

「逃げんな」

 早足に歩みを進めて、相手の頭を右手で引っ掴み、床に押し付ける。そのままの勢いで背中を踏みつけ、暴れる妖魔を無視して思いっきり翼を根本から引っこ抜いた。

 傷口から部屋に充満する偽物の妖力。鼻をつく血の香り。背中から溢れ出る鮮血は、最早人間の色ではなかった。

「が、ぁ、あああああ!! ッ────は、ぁ、ゔ、」

「さっき言った通り妖力の『本物』と『偽物』の違いはあるだろうけど。細かい手順は抜きにして、妖術だとか魔術はアレコレして目の前の敵に────人間に、妖怪に、妖魔に・・・・・・世界に、これから起こる事柄を『錯覚』させることで起こる現象らしくてさ」

 頰についた紫色の血液を拭い取り、引き抜いた気色悪い翼をその辺に放り投げる。

「おまえ。怪現を使った俺に、少しでも『勝てない』って思っただろ。自分のことすら錯覚させられない祓魔師は三流。戦場に於いて、一番最初に死ぬヤツはそういうヤツだ────育成学校で一番最初に習う内容。為になったな」

「人間にも、妖怪にも、なりきれねェ半端モンが・・・・・・・・・・・・、偉そうな事、言いやがって」

「お、意識戻った?」

 意外なことに、自分の体を踏みつける俺を見上げるその目には理性が戻った。それでも、その奥に揺らぐ憎悪だとか怒りだとか・・・・・・そういった感情は決して消えない。

「気色悪いんだよ、オマエ。何が平和の象徴だ。何がこの子のために戦争を、争うことをもう辞めよう、共に歩いて行こう────だよ。人間と妖怪が勝手に作った子供のために、手を取り合って歩ける程現実は甘くない。ひとりの子供で全部チャラ? テメェみたいな半端な命じゃ補いきれないほど、沢山のモンが無くなった。消えてった。奪われた。どっちかが全部失わねェと、釣り合いなんて取れねーんだよ!!」

「────、────」

 

 思わず、おし黙る。何も言い返せない。

 

「釣り合い取らなきゃやってらんない。空いた穴は塞がんない。半端に奪われ、半端に残された側はどうすりゃ良い?」

 

 ソレほどまでに、目の前のコイツが────、

 

「残された側の悲しみは。隣に『ソレ』を半端に奪ってったヤツが、隣でのうのうと生きてる怒りは・・・・・・恐怖は? どうすりゃ良い!! こんな思いして死んだように怯えて生きるくらいなら、全部奪ってってくれた方が良かったんじゃねェのか!?」

 

 ────克己さんが放つ言葉は、

 

「誰かから何かを奪うってのはそういうことだ。戦争も経験してねーオマエに何がわかる・・・・・・ッ!! これなら、あん時、オレも姉ちゃんも・・・・・・ッ、姉ちゃんも殺された方────」

 

 ・・・・・・それでも。そこから先の言葉は口にしたらおしまいな気がして。そこから先を吐き出させないために、思いっきり。鱗が生え揃った横っ腹を蹴り飛ばす。

 壁を突き抜け克己さんの身体が外に飛び出す。手入れすらされていない、雑草が生え揃ったアスファルトを転がり、向かいの廃ビルに身体を打ちつけその勢いは止まった。

 遠くで咽せる姿が見える。天井が軋む音が聞こえる。

 ・・・・・・無理もないか。壁、二箇所も大穴開けちまったし。ちょっとやりすぎたかもしんない。

「・・・・・・蹴った方が痛いとか、どんな身体してんだよ」

 壁の穴を潜り外に出る。俺の誰に聞かせるでもない独り言は、廃墟が崩れていく音に掻き消された。

 ・・・・・・歩みを進める。殺意を込めて睨みつける瞳を見つめ返しながら。

 怒りを鎮める。鍋から溢れ出す、黒い、暗い感情に蓋をするように。

 大きく息を、吸って、吐いて。改めて口を開いた。

「だからここで終わらせんだよ。アンタが奪えば連鎖は続く。平和は永遠にやってこない。それに・・・・・・アンタはもう、人じゃない」

 ────復讐は何も生まない。この世の創作物で耳にタコが出来るほどに聞いた言葉だけど、俺は少し足らないと思っていて。

 何も生まないんじゃない。復讐は新たな復讐を生む。克己さんが言った通り奪われた側は同じくらいに奪い返さないと・・・・・・相手を同じところまで落とさないと、気が済まない。

 だから何処かで、誰かが・・・・・・第三者が介入して、その連鎖を終わらせないと。永遠に足を引っ張りあって誰も前に進めないんだ。

 

『私の弟を────殺して欲しいんです』

 

 人の道を外れた自分の弟を救うために、という感情以外にも。一ノ瀬さんの口からそんな言葉が飛び出したのは、その悲しい連鎖を理解しているから、というのもあるのかもしれない。

 対象は数歩先に。怪現で膨れ上がった右腕を振り下ろせばもう届く距離。

 

 終わらせる。これが、俺の仕事。

 ひと呼吸の後、構えた拳を振り抜く────、

 

「や、やめ・・・・・・やめてください!!」

 

 その瞬間に。俺と克己さんの間に、割り込む影があった。

 

◇◆◇

 

 一ノ瀬さんが、私たちの事務所を去った後。澄人くんはいつものソファに横たわり、何やらウンウンと唸り声をあげていた。

「どうかした?」

「ん? いやなー・・・・・・」

 らしくない、浮かない声でソファの背もたれから澄人くんが私に向けたスマートフォンの画面には、何かのPDFが開かれていて。

 洗い物を終えて濡れたままの手を拭きながら画面を注視すると、『擬似妖力生成剤について』という文言が見て取れる。

「荒垣センセーに言って送ってもらった」

「・・・・・・そう。澄人くん、今回の依頼受けたこと、後悔してる?」

「後悔・・・・・・は、なんか。ちょっと違う。上手く言語化出来ないけどさ、なんつか・・・・・・」

 画面が背もたれの向こうに消えていった。またもや澄人くんの唸り声が事務所に響くだけの時間が数秒。

「自分の弟を殺して欲しい。そんな依頼を、俺たちを選んでしてくれた。ってなるとさ、何かしら・・・・・・この人たちなら良い、って思ってくれた要因があるわけで」

「私たち、結構この町で煙たがられてるのに?」

「っさい、茶化すな。俺今結構真面目に悩んでんの」

 今度は背もたれの向こうから手のひらが飛び出してきた。器用に私のことを指差してくる。その様子が少しおかしくて、思わず笑みが漏れて。手を拭いたタオルを洗濯カゴに投げ入れて、ソファに向けて歩みを進める。

「一ノ瀬さんちの家庭事情はよくわかんない。それでもあの様子から見るに、大事な家族だってのはよくわかる。それを殺してくれ、なんて。どんな気持ちで言ってんのかな・・・・・・とか。考えてもわかんないけど」

 きっと、一ノ瀬さんのその気持ちは・・・・・・私たちがいくら考えたところで、いくら時間を思考に費やしたところで一生わからないだろう。

 家族の愛を────家族というものを、半端にしか知らない私たちには。

「でも、それでも。それでもさ。本心じゃないと思うんだ。大事な人を心の底から殺して欲しいとか思わんだろ・・・・・・多分」

「そうかもね」

「わかんないなら、わかんないなりに・・・・・・やりようはある。だから不器用な俺なりのやり方で、一ノ瀬さんの本音を引っ張り出す」

 

 ・・・・・・とは、言っていたけど。

 

 夕日が沈み、空に瞬く星が見え始め。空と辺りには闇が落ちた頃。

 泣き崩れる一ノ瀬さんと、その寸前で止まる澄人くんの異形の拳。

 

「あんまりにもやり方が不器用すぎやしないかな、まったく・・・・・・ヒヤヒヤするよ、ホント」

 

 この人と一緒に歩いて行くとなると、心臓がいくつあっても足らない気がするな。

 万が一のことを考えて。いつでも荒垣先生に連絡できるように、と。開いていた通話アプリの画面を閉じた。

 ここからが多分、本当の澄人くんの仕事。

 私たち半妖にしか・・・・・・出来ない仕事だ。

 

 ◇◆◇

 

「やめて・・・・・・やめてください、澄人くん。都合のいい事言ってる自覚はあります・・・・・・けど。克己は大切な、大切な家族なんです」

 俺の目の前に座り込む一ノ瀬さん。その目からは涙がとめどなく溢れ、当たれば死ぬほどの暴力の塊が数秒前まで向けられていた事すらも構わず。俺の足に縋りついて、必死に。必死に懇願を繰り返す。

「克己は、克己は確かに許されないことをした。もう助からないかもしれない・・・・・・それでも大切な家族だってことは、変わらなくて。だから、だから・・・・・・私から、もう・・・・・・これ以上、何も奪わないでください。失いたくないんです、手放したくないんです、だか────」

「よかっ、たあああああああ!!」

 その涙ながらの言葉が、ようやく心の奥底から出た言葉だと理解ができたから。身体中から、力が抜けていく。

 目の前で克己さんと一ノ瀬さんが間抜けな顔して俺の顔を見ちゃいるが、そんなの知ったこっちゃない。俺は今心の底から安心してんだよ。マジで。本当に。

 怪現を解くのも忘れてその場にへたり込む。廃墟が立ち並ぶ一帯、もう捨てられた街道の上に三人でポツポツと座り込む図。あんまりにもシュールすぎる。

「・・・・・・へ、へ?」

「いや、いやいや。その・・・・・・あー、まぁ、なんだ。ちょっと待ってね一ノ瀬さ────いやアンタら二人とも一ノ瀬さんか。恵センセー、今言葉をまとめっから。今俺もホッとして仕方ないんだわ・・・・・・」

 胸の内から安心で色んなものが抜け落ちて行く感覚。とはいえ、だ。ここで話はおしまいってわけじゃない。ちゃんと話はしないとだ。

「ええ、と。とりあえず・・・・・・俺、最初から克己さんのこと殺すつもりはなかったよ。いや正直妖力に呑まれて正気を取り戻さなかったらそん時は・・・・・・とか考えてたけど。幸い意識は戻って会話は出来たし」

「で、でも今の克己は妖魔・・・・・・なん、ですよね? あの薬を服用した人は、もう助からないって・・・・・・」

「や、まぁ。それはそうなんだけど・・・・・・」

 恵センセーの言葉に偽りは無い。けど一旦、一旦それは横に置いとかして貰いたい。こっからが大事な話なんだ。

 何か言いたげな恵センセーの目の前に左手を向け言葉を静止して、今度は視線を克己さんに向ける。地面に座り込んだままだから、ちょっと格好つかないけど。

「まず克己さん。アンタさっき言いかけた言葉、二度とあんなこと言うなよ。見たろ、さっきの恵センセーの必死な表情。後は言わんでもわかるだろ。年下の、戦争も味わっちゃいねーガキにこんな説教されんなよな。クソだせぇ」

 気まずそうに目を逸らし、地面を見つめるだけの克己さん。とりあえず反論はないらしい。この場では無言は肯定としよう。

「あと、アンタダサいから。ダサいついでに色々言わせて貰うけどさ・・・・・・アンタなんでこんなことしたの。自分より下の弱い弱い子供攫って、楽しい?」

「・・・・・・ンだよオマエ。電話で聞いてたんだろ全部」

「なんでこんなことしたんだって今、俺は、目の前のアンタに聞いてんの」

「・・・・・・・・・・・・妖怪は結局変わらない。だからこのまま、もみじ園で妖怪を預かり続けたら、いつか・・・・・・いつかまた戦争が起こる、って。燻った怒りや憎しみはいつか爆発する。オレと同じような思いをする人が出てこないように────姉ちゃんの、為に」

「そんなこと、頼んでない」

 克己さんの言葉を、恵センセーの静かな怒りが遮った。驚愕で克己さんの肩が小さく跳ね上がるけれど、視線は相変わらず誰の目も見てくれなかった。

「そんなこと・・・・・・そんなこと頼んで無いよ、克己。私言ったよね? 今の仕事が楽しいって。この町が、もみじ園みたいになってくれれば良いなって思ったって。もう、覚えてない・・・・・・?」

「覚えてるよ。でも・・・・・・でも、妖怪は人間からの畏れを求めてる。欲してる。まだ覚えてるだろ、姉ちゃん。あの戦争で人間を殺していたアイツらを────何より、何より母さんを・・・・・・父さんを殺したヤツらだぞ!?」

「・・・・・・だとしても、だよ。克己」

 ゆっくりと立ち上がる恵センセー。まだ座ったままの俺に一瞥くれたのは、このまま自分が話していいのか・・・・・・みたいな確認かな。まあ俺何か言ってる途中だったしな。なんも邪魔するつもりは無いし、視線で言葉の続きを促しておく。

「・・・・・・最初はね。確かに私も、もみじ園に行った時・・・・・・暗い気持ちが、一切無かったわけじゃないよ。妖怪の子供ならこの手で殺せるかも、とか。人と妖怪はどうせ分かり合えない────とか。それを実感する為に、人と妖怪が密に関わる施設を選んだ。怖いもの見たさだったよ。けど・・・・・・」

 俺の視界の隅に、恵センセーの拳が強く握られるのが見えた。

 きっと、そこに込められた感情は過去の自分への怒り。後悔。足元に落ちる涙の雫が、ソレを証明しているようで。

「・・・・・・けど、蓋を開けてみれば違った。私が初めて園に行ったあの日は────終戦記念日。人と妖怪が・・・・・・って言うにはまだ妖怪の比率の方が多かったけど。みんな、慰霊碑に花束を添えて祈ってた。それで・・・・・・悲しんでた。私たち人間と同じように、妖怪も」

「・・・・・・・・・・・・、・・・・・・」

「私たちは戦争で多くのものを失った。奪われた。でもそれは、私たちだけじゃなくて妖怪のヒトたちも同じこと。それでいて・・・・・・妖怪も、私たちと同じように悲しんだり、憤ったりする感情を持ち合わせてるんだ、って」

 ぽつり、ぽつりと語る恵センセーの表情は、

 

『・・・・・・恵先生の気持ちもわかるんだよ。奥さんと結婚して、子供が産まれて・・・・・・奥さんが死んで。息子がたったひとりの身内になって。俺も随分と丸くなった』

 

 そう気持ちを吐露した潡兵衛さんのモノによく似ていた。

「・・・・・・それでいて、あのヒトたちは、人間(私たち)と一緒に歩むことを決めてくれた。勿論、全員が全員・・・・・・そうじゃないかもしれないけどね。私も、この町の妖怪全員と知り合いってわけでもないし」

 沈黙が流れる。何かを言いかけて辞める克己さんの息遣いだけが辺りに響いて。ほんの少しもどかしい。

 まだ迷いがあるんだろう。恐怖は簡単に捨てきれない。認められない。誰しも恵センセーみたいにはいかないのはわかってる。

 けど、それじゃ妖怪が不憫だから。今度は俺が口を開く番だった。

「・・・・・・なぁ、克己さん。アンタが見抜けなかった『変幻』の妖術。アレ使ってる間って、かなり無防備な状態なんだよ」

 大気のマナ・・・・・・魔力を使って行使する魔術とは違い、基本的に妖術は自分の身体に流れる血液────そこから生み出される、妖力を用いて行使する。

 扱う妖術の規模が大きければ大きいほど消費する妖力は大きいし、維持をするには同じくらいかそれ以上の妖力が必要になってくる。

「魔術に使うマナと違って、妖力は有限。簡単に言えば、タンクから水を出すようなモノな。で、いくら補充されようと蛇口を思いっきり開いていれば一生タンクの中の水は無くなり続ける。変幻の妖術は、自分の身体を、自分のソレとは違う形に変える。必要な妖力は馬鹿みたいに高い。しかもそれを、維持し続けなきゃいけない。下手くそな例えかもしんないけどさ」

「・・・・・・・・・・・・、・・・・・・」

「・・・・・・まだわかんない? 妖怪たちは必死に、人間たちと戦うつもりはありませんよ〜ってアピールしてんの。妖術も使えず、変幻以外の・・・・・・防御なんかに使う妖力がない状態なら、銃に撃たれりゃ死ぬし殴られ続けりゃ死ぬ。普通の人間となんも変わらん」

 この町の中央区ではその限りではないけれど。自分を無力な状態にして、自分たちに恨みがある連中の前で生活する。それがどれほど怖いことか。

「妖怪に殺されるかもしれない。そう恐怖してたアンタには、どんだけ怖いことかわかるんじゃねぇの?」

 もう奪われたくない。もう奪いたくない。だから、人間と共に歩んでいくと決めた。・・・・・・もう二度と、あんな戦争を起こさない為に。その気持ちを無碍にしてほしくない。

「もうとっくに、妖怪側は人間たちに手を差し伸べてくれてる。弱点晒して歩み寄ってくれてるんだ。今度はアンタが手を伸ばして掴む番・・・・・・そう簡単にいかないことはわかってる。だからゆっくりでいい。少し怖いかもしんないが、面白いやつらなんだ。真っ白だったのに、ラーメンの汁や油が跳ねて汚れまくってるやつとか・・・・・・他にも色々」

 手を差し伸べる。異形に変化したままの右手を。妖怪たちの意思を代表して・・・・・・なんて言うのは烏滸がましいが。こういうのは形が大事なんだ。少なくとも潡兵衛さんの気持ちは背負ってここに居る。

「アンタが言ったように、俺は半端モンだよ。世間じゃ気持ち悪がられるし、煙たがられるし。でもどっちにもなれない半端モンだからこそ、俺はどっちの意見も理解ができる。『どっちも』の手を取って、橋渡しができる」

 潡兵衛さんを始め、俺のことを認めてくれる妖怪のヒトはそこそこにいる。俺を通して、人と妖怪が分かり合えれば────今回の指名依頼は、潡兵衛さんの思いでもあるんだと、俺は感じた。

 ここに来て初めて、克己さんの視線が俺と恵センセーを見る。でもって、数秒の間があって。大きなため息を吐き出し、

「・・・・・・本当に、妖怪たちにオレと・・・・・・オレたちと同じような感情があるんだとしたら。オレは取り返しのつかないことをしたんだろうな。もうオレは人には戻れない。ここで死ぬのも当然か────」

「────あ」

 今。俺が────いや、俺と天音が、ずっと待っていた言葉を克己さんが溢した。

 ずっと俺たちの視界の隅で話を聞いていた天音が、口元に笑みを浮かべ口を開く。

「そうですね。克己さんは【二度と人には戻れない。ここで死ぬのも当然の運命】でしょう」

 思わず内心ガッツポーズする。天音の口元からは妖力の残滓が宙に舞い、星が浮かぶ夜空に消えていった。

 

 そう。克己さんは割と、本当にマジにヤバい状態で。それを助ける唯一の方法が、天音の使う特殊な妖術だけ。その為には克己さんのこの言葉が必要だったわけで。

 

 この会話はその言葉を引き出すためのもの。まぁ全部本心から語ったことではあるが、それを聞いて妖怪の手を取って前に進むか否か。それを決めるのは、克己さん自身の話だ。これ以上俺たちが口を出せることじゃない。

 克己さんも身体に起こった、若干の変化に気づいたらしい。何やら自分の身体を見下ろして、首を傾げているのが見える。

「よっ、しこれで克己さんの今後は問題ない。多分このまま然るべき場所に行って治療を受ければ助かるよ」

「え、え? お二人とも何を────」

「これで我々十六班は妖魔を取り逃がし任務失敗・・・・・・ってことになるね、澄人くん」

「そうだなぁ〜・・・・・・妖魔も見失っちまったし。また始末書かねぇ・・・・・・初の指名依頼だったのに・・・・・・」

「何を言ってるの、澄人くん。始末書なら大の得意でしょ。反省文も」

「あのなぁ、一応俺結構カッコいいこと言ったつもりなんだけど────」

 俺の差し出した手を克己さんは握っちゃくれなかったが。それはまぁ、今すぐにじゃなくても良いし。邪魔者はさっさと帰るに限る。俺ができるのは、あくまでキッカケを与えることだけだ。

 

 祓魔師連合協会の医療班にも、既に天音が連絡してくれていた。俺たちと入れ違いですぐに克己さんを迎えに来るだろう。

 

 俺たち十六班の、初めての指名依頼。そして、長い長い一日が幕を下ろした。

 

 ◇◆◇

 

 克己さんと恵センセーの一件があってから、二週間の月日が経過した。

 俺たちはあれからそこそこに忙しくさせてもらっている。というのも、もみじ園の面々からお使いだの子守りだの・・・・・・小さなモノではあるけれど、二日に一回は依頼を回してもらえるようになって。結果だけ見れば恵センセーの依頼は失敗に終わったわけだけど、町のヒトたちの信用を勝ち取る────その面では成功だったかもしれない。

「澄人くんがカッコつけずに、恵先生から報酬を受け取ってれば今頃もう少し楽できてたかもしれないけどね」

「ひ、人の心を読むなよ・・・・・・ごめんて」

 いつもの定位置。デスクチェアの背もたれに身体を預けながら、天音が俺に冷めた目を向けてきた。

 いや、いやだって。だってさぁ、仕方ないじゃん。あんだけカッコつけたことを言って、大立ち回りして。『妖魔は見失っちまったわけだし、俺たちの依頼は失敗だな・・・・・・』みたいなことを言って。それで報酬受け取れますかって話。受け取れないだろ、実際。

「ま、それも澄人くんらしいけどね。私はその辺諸々理解してキミと組んでいるわけだし・・・・・・理解のある相方で良かったね。別の子なら今頃『良いから土下座してでも報酬を受け取ってこい!!』────とか怒鳴ってるかもしれないよ」

「いやマジ流石っす天音様。マジパねっす。マジリスペクトっす。流石天音、略してさすまね」

「もっと褒めてくれても良いよ」

 ・・・・・・なんてやり取りも、この二週間で最早恒例化してきている節がある。

 まぁ何、恵センセーの依頼に関しては俺ひとりだったらこんなに上手くいっていなかった、という自覚はある。かなり天音に無理をさせちまった。

 ・・・・・・相手は依頼主の弟とはいえ、クスリの服用者。でもって歳上の男に攫われてこい、なんて言っちまったもんだから。天音以外を相棒にしていたら首を横に振っていただろうし、何とか頷いてもらったとしても、今頃かちキレてコンビ解消なんてことになりかねない。本当に天音には頭が上がらない。

 ひと通り胡麻をすった俺を天音は見下ろし、小さくため息を吐き出す。それから『仕方ないな』なんて言いたげな笑みを浮かべて、

「まぁ、最悪『反転(・・)』を二度は使うつもりだったから良いけどね。克己さんの容態回復も含めて。・・・・・・結果から言えば一度で済んだし、予定より上手く行ったと見て良いよ。喉元過ぎれば、とは少し違うけど・・・・・・時間が経って落ち着いたからこそ、そう思う」

「・・・・・・・・・ハイ。つっても俺も、なる早で現場向かったよ?」

「わかってるよ。だから、ありがとう。次こう言うことがあったら、あまり無茶はしないように頼むね」

 ・・・・・・訪れる沈黙。若干気まずい。そんな空気を察したからか、何かを思い出したかのようにスマホを取り出す天音。ロック画面を数秒見やり、また俺に視線が戻ってくる。

「今日からじゃない? 例の」

「ああ、例の。そっか、今日からか」

 正直まだもう少し先の話だと思っていた。・・・・・・というか頭から抜け落ちていたまである。

 まあそれだけこの二週間は忙しくさせてもらっていたってことだろう。依頼がない日の一日は、体感倍くらいあると言っても大袈裟じゃない。

 程々に身支度を終えて事務所を出る。扉を開けば馬鹿みたいに輝きまくってる太陽が出迎えてくれて、正直『もう少し日が沈んでから・・・・・・』だとか『別の日にしねえ?』だとか駄々を捏ねたくなるが、こればっかりは〝今日〟の〝この時間(ピークタイム)〟に行かないと意味がない。

 あちいあちいと文句を言いながら階段を降りて。俺たちの目的地は事務所の真下。ラーメン屋、極潰使だ。

 暖簾をくぐって戸を開けば、冷房の冷え切った風と利用客の話し声の波が迎えてくれる。

 そして、

「らっしゃいまー・・・・・・げ」

 妖怪と人が入り混じった店内を忙しなく走る声の主が、俺の顔を見て明らかに不快そうな表情を浮かべた。

「なぁんだよ、随分ご挨拶じゃねえか克己さんよ。背中の翼もがれた傷はもう大丈夫なんかな?」

「こんにちは、克己さん。もう身体はすっかり大丈夫そうですね」

「らっしゃい。えーと・・・・・・天野さん? だったよな。おかげさまでもうすっかり」

「あれ俺のことは無視? 今完全に目が合ったのに、無いモノ扱いはあまりに無理ない?」

 完全に俺のことは無視を決め込み、天音と談笑を始める克己さん。心底不服である。

 

 ────数度に渡る園児の誘拐。クスリの服用に関しちゃ克己さんも、少なからず利用された側というか・・・・・・巻き込まれた側というか。そういう側面はあるわけだし、一旦横に置いといて。やったことは決して許されないし、言ってしまえば犯罪行為ではある。

 

 だからそっちで裁こうと思えば裁けたんだが・・・・・・俺との戦闘の後、克己さんに下された裁定は『無罪』だった。そもそも罪にすら問われていない。

 まあ、言ってしまえば被害届が出ていないとかそういうアレだ。司法には詳しく無いんで俺からは何とも。

 怪我が治って、克己さんと恵センセーはそれぞれの親御さんの所に頭を下げに行って。みんなから一発ずつくらいは殴られる覚悟をしていたらしいが、あっさりと許されて面食らっていた────と、恵センセーは言ってた。

 まぁ、それもこれも毎日必死に頭を下げてた恵センセーのおかげだ。アレがなければ多分、今頃こいつは鉄格子の向こう側だろう。俺も親御さんたちに話を聞きに行ったけど、毎日あんなに必死に頭を下げられちゃあ・・・・・・ねえ? と苦笑を浮かべていた。

 あの時の潡兵衛さんと同じ気持ち、というのもあるのかもしれないけど。それだけ恨みを買うことをした。こうなっても仕方ない、と。それはそれで俺が腹立つが。

 ────で、話は戻って。最後に謝りに行った潡兵衛さんのトコで、

『これから妖怪のアレコレを知ってくんだろう? 妖怪連中と触れ合いたいってんなら、ウチで働いたらどうだ。悪いと思ってんだったら手ェ貸せ。罪滅ぼしさせてやる』

 ・・・・・・と、潡兵衛さんからの提案があって、今に至るというわけである。今日はその初日だ。

「・・・・・・あー、その。まずは天野さん。あん時は、悪かった。薬のせいでよくわかんなくなってたとはいえ、色々」

「? ・・・・・・ああ、凄まれたり攫われたりしましたもんね。大丈夫ですよ、正直あまり気にしてません。アレくらいなら慣れっこではあるので。それに、あの作戦を立てたのは澄人くんですので。責めるべきはコイツです」

「そのくだり今日はもう数分前に済ませたよな!? あと克己さん。俺には!! 俺には謝罪はねーのかよ!!」

「オメーには見舞いに来てくれた時に謝ったし、それ以来ずっっっっとそのことほじくり返してイジり倒してくるから。もう謝る気は失せた。ふざけんなこの野郎。腹立つんだよ煽り顔が」

 アレーソウダッタカナァ?

 ま、細かいことは良い。横に置いとくとして。各々水をコップに注ぎ、席に案内してもらって。注文を済ませて、忙しなく動き始める克己さんの背中を見送る。

 ・・・・・・あ、そうだ。聞き忘れてた。

「なあ、克己さん」

 俺の呼びかけを聞いて、克己さんがこっちに振り返る。

「うん? どした」

「どーよ、妖怪のヒトたちは」

 問いを受けて、考え込むような間が数秒ある。辺りを見回して、天音を見て、俺を見て。

「まだ半日近くしか経ってねーからアレだが。それでも、良いヒト達だってわかったよ。姉ちゃんの気持ちも、澄人の気持ちもよくわかった」

 とびっきりの笑顔で、そう言った。

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