祓魔師は人妖の間に揺れる。   作:悠問追

4 / 5
3『血の香り』

 

 足を回す、回す、回す。息が苦しい。足が痛い。肺が、肺がもっと空気をよこせと悲鳴をあげている。

「は、は、は────ぅ、づ」

 もう止まってしまいたい。許して欲しい。けど、けれど。ここで止まって、捕まってしまえば。また僕の自由は無くなってしまう。あの生活に戻ってしまう。

 出来心から始まった逃走。もしかして今なら────なんて過ってしまった甘い考えのせいで。僕は、どうしようもなく戻れなくなってしまった。

 

「やだ────、嫌だ」

 

 捕まるのも。逃げ続けるのも。何もかも嫌だった。

 長年連れ添った希死念慮が甘い言葉を投げかけてくる。ここで全てを投げ出せば楽になれる。楽に、なれてしまう。

 

「嫌だ────!!」

 

 けれど足は止まらない。止められない。自然と前へ、前へ。空気を求めて、自由を求めて。前へ。

 夜中の三時。草木も眠る丑三つ時、とか何処かで聞いたっけ。聞き齧った知識だから間違っているかもしれないけれど・・・・・・この町では、妖怪すらもこの時間に眠るらしかった。

 走っても走っても誰かとすれ違うことはない。僕の助けを求める声に応える者は居ない。

 しっかりと地面を踏み締めて走っているのに。まるで水中で(もが)いているような錯覚。永遠と、先の見えない、暗い水底へ落ちていくような。

 落ちる、落ちる、落ちる。酸欠と疲労で目の前に暗闇が広がって。急いで息を吸って、また戻る。その繰り返し。

 随分と走ったはずなのに。決して人の足では僕には追いつけないはずなのに。僕を追いかけてくる連中は、行き先がわかっているかのように先回りしてくる。

 行く先が、わかって────?

「あ、ああ・・・・・・そっ、か。そ、ういう・・・・・・」

 簡単な、話だった。

 薄汚れたワンピースのポケットから、ガラパゴスケータイを取り出して。へし折り、思いっきり遠くへ投げ捨てる。そのまま適当な路地裏に逃げ込んで、ゴミの山の中へと身体を埋めて息を殺した。

 鼻先に生ゴミ特有の悪臭が掠める。

 けれど、今までの日々を思えば。これもまだ優しい方だった。

 何度か僕の目の前を足音が通り過ぎて。朝日が昇る前に、とうとう僕は意識を手放す。

 どうか見つかりませんように。なんて、とっくの昔に存在を否定した神様に願いながら。

 

 ◇◆◇

 

 基本的に、育成学校を卒業した人間は半年に一回。半妖のヤツにはひと月に一回の定期検診が義務付けられている。でもって、俺は────、

「なあ。あんま血ィ抜かないでって言ってるじゃん。俺嫌なんだよあの感覚。なあ。聞いてる? なあ、おいって」

 俺は、この定期検診が大っ嫌いだ。

 まず拘束時間が長い。次に血を抜かれるのが嫌だ。

 まあ。まあその。半妖(俺たち)の体質的に仕方ないのは理解はしてるんだよ。けど毎月この不快感を味わうとなれば話は別だ。

 それに、拘束時間が長くなるのも仕方ないってのも理解はできる。俺の体内を流れる血の状況だとか、健康状態をその日のうちに解析、把握しなきゃいけないとか。

 半妖ってのはまだ色々わかってないことが多い特殊な存在。

 ・・・・・・加えて、俺や天音はその一世代目なんだから、色々調べて後々に活かしたいってのは理解はしてる。が、納得するかどうかはまた別の話なのである。

 俺の問いを受け、目の前でPCの画面と睨めっこしてるソイツは特徴的な桃色の髪を掻き上げて、

「あー、澄人クン。またブレてる。キミ、怪現使う度にコレじゃ世話ないよ」

 ・・・・・・いや問いを受けてはなかった。ガン無視だった。躱してやがる。

 最近克己さんやら天音やら、俺の扱いこんなんばっかりじゃないか? いや天音に限っちゃ元からだけども。

「いや澄人クンの方こそ話聞いてる? 返事は?」

「人の話聞かんで自分の話だけ聞いてもらおうとか都合が良すぎると思わん?」

「キミが無茶した時、もう治療しなくて良いんならアタシに歯向かって良いけど」

「ハイ。スンマセンした。マジすんません。以後気をつけます」

 くそデカいため息を吐きながら、俺を睨みつけてくるこの女の名前は綺羅楽(きらら)。俺と天音の同学年であり、実働部隊じゃなく医療班に進んだ半妖だ。

 才色兼備、容姿端麗。戦闘以外は何をやらせてもそつが無くこなす、完璧超人って文字の擬人化みたいな女。なんでも本人曰く、

『アタシは夢魔との半妖だよ? 夢の中に潜り込むのが本業。ギンギンに起きてる戦闘中の奴らには何もできないよ。それに、戦闘まで完璧にこなせちゃ可愛げないからね』

 とのこと。

 我らが英雄、牧瀬 治哲に憧れてどっかの国から日本に来て、この国の祓魔師業界のために少しでも働けたら────とかなんとかで育成学校に入学した筋金入りである。

 まあ。端的に言えば、俺はコイツが少し苦手だ。

「・・・・・・あーあ、心のこもってない謝罪ですこと。ま、澄人クンはアタシのこと嫌いだもんねー」

「嫌いではねぇよ。嫌いでは。俺がこの世で嫌いなヤツはひとりだけだっつの」

 鼻の下あたりまで伸びっぱなしになった前髪。その隙間から覗く、コイツの紫色の瞳を見ていると背筋がゾワゾワする。なんでも『魅了(チャーム)』の妖術のようなものが常時発動しているらしい。これでもコンタクトレンズで抑えてる、とかなんとか。

「だったらもっとアタシの目を見て話してくれても良くない? キミ、精神異常系の妖術とか魔術の耐性あるんだからさ」

「でもゾワゾワすんだよ。不快なことには不快」

「アタシは澄人クンのこと好きなのに」

「オメーのそういうトコだよ!! 誰にでもそうやって言って誑かそうとするとこが苦手なの!!」

 他の夢魔ってヤツを知らないからなんとも言えないけど、みんなこんな感じなんだろーか。

 関わる人間全員を誑かして、自分の掌の上に乗せる、というか。何というか。コイツと話していると、指先で顎やら頰を撫でられているような錯覚を覚えるのだ。男としての危機感のようなモノだろう。きっと。

 とはいえ・・・・・・一切目を見ずに話すのも失礼な話か。渋々、綺羅楽の方へと視線を向ける。

 目と目が合う。視線が絡む。ぞわ、と背筋が震えそれを押し堪えること数秒。綺羅楽は再び、満足げに口を開いた。

「話を戻すけど、今回の澄人クンの血液────妖怪と人間の割合が、七対三で妖怪の方に傾いちゃってるね。ちなみに前回が大体妖怪六、人間四ってカンジ」

「五対五で半々くらいが理想なんだっけか」

「そ。精神的にも肉体的にも、半々くらいに抑えるのがベストかな・・・・・・まあキミは妖力の制御がへっぽこで加減ができないから、六対四ぐらいで妖怪の血を抑えた方が良〜んじゃない? そうすれば人を殴っても過度に怪我をさせないし、建物を壊したりすることも無いんじゃないかな」

「っせーな・・・・・・そう言うおまえと天音はどーなんだよ」

「やだなあ。女のコにそういうこと訊くの失礼だと思うよ」

 眉間に皺が寄った。わからん。どの辺が失礼なんだ。

 ・・・・・・いや体重とかその辺を問いただすのは失礼だってのは良くわかるんだけど。それとこれとはまた話が別だろう。多分。

 なんて考えていたことが全て顔に出てたらしい。俺の顔を見つめる綺羅楽の顔に満面の笑みが咲いた。

「やっぱキミ揶揄ってる間が一番楽しいわ」

「ウッザ」

 ひと通り揶揄って満足したらしい。PCが操作されて、天音のカルテが画面に表示される。

 今までの血液検査の結果だとか、問答のメモだとか。身長、体重まで書いてあるのが見えて、急いで目を逸らす。

「まー・・・・・・天音ちゃんは、そだね。あの一件────三年前から、極端に妖怪の血の方が薄い。あ、あんまし見ないでね。一応個人情報だから」

「見てない。見てねえ」

「偉い」

 あの一件。綺羅楽の口からその言葉が出ると、自然と胸が締め付けられるような感覚がした。

 確かに天音の妖怪としての力は、あれから弱くなってしまっている。それが半妖の体にとって良いことか悪いことかはわからないけれど。元々、アイツの妖術は天才的だったからこそ、その芽を摘んでしまったことに罪悪感はある。

 ・・・・・・いやまあ。今でもアイツは十二分に凄いんだが。

「そんな酷い顔しないでよ、澄人クン。別にアレはキミだけのせいじゃない。あの時はああするしか無かったし、何より・・・・・・彼女を信じて、澄人クンの背中を押したのはアタシ。責められるとしたら、誰かが責任を取るような事になれば。アタシも責められなきゃいけないし、責任を取らなきゃいけない」

「────、────」

 確かにそうかもしれない。けれど、実行に移したのは俺だ。あの時、あの瞬間。今以上にできることが少なかった俺。

 まだ他にやりようはあったかも知れない。そんな後悔と思考が、あの時のことを思い出す度に頭の中をグルグルと回るのだ。

 

 ◇◆◇

 

 もみじ園、園庭。

 今日も今日とて照りつける日差しは加減を知らず、私の肌を焼いてくる。全然日焼けしない体質とはいえ、紫外線はキツイことにはキツイ。日陰のベンチに腰掛けても肌を焼かれる感覚があるから、今年の夏はなかなかの強敵だ。

「今頃、澄人くんは健康診断中か・・・・・・綺羅楽ちゃんと仲良くできてると良いけど」

 陽の光が揺れる葉を眺めながら、思わず呟く。

 あの二人は相性が悪いらしい。というか、澄人くんが一方的に壁を作っているように見える。あからさまな嫌悪感を向けるわけではなく、二歩くらい引いたところから常に話している、というか。相手が自分のことを嫌っていても、ズカズカと踏み入っていく澄人くんにしては珍しい。

 私にとっては二人とも貴重な友人だ。しっかり仲良くしてほしいと常思う。

「お疲れ様、天音ちゃん」

 そんな私のぼんやりとした思考を遮る声がする。

 肩越しに振り返れば、恵さんが歩み寄ってくるのが見えた。手には二本の、お茶のペットボトル。その一本を私に差し出して、

「ごめんね、いつもみんなに付き合わせちゃって・・・・・・疲れるでしょう」

「ありがとうございます。良いんですよ、これも依頼ですし。それに、私たちもいつ大型依頼が来ても良いように体力は作っておかなくちゃいけません。園の子達と走り回るのは良い運動になってますから」

 私の応えに嘘はない。依頼もなく事務所に篭りっぱなしでは、身体も鈍るばかりだ。

 それに、もみじ園(ここ)の人たち以外から依頼が来ないのも相変わらずだ。定期的に依頼をくれるのはとても嬉しい。

「ふふ、ありがとう。そう言ってくれると私も────何より園の子達が喜ぶわ。貴女たち二人のこと、ずいぶん気に入ってるみたいだから」

「特に気に入られてるのは澄人くんの方じゃないですか? 彼、根っこがちびっ子ですし」

「そんなこと無いわよ? 天音ちゃんのことも、みんな大好きだって」

 克己さんの一件があって、私たちが頻繁にこの園に来るようになって。随分と恵さんは親しげに話してくれるようになった。私たちの事務所に一番最初に来た時には考えられないほどに。

 楽しそうによく笑い、時にはお茶目な親しみやすい人。こっちの方が、この人の素なんだろう。あの泣きそうで、辛そうで、今にも消えてしまいそうな顔と声を知っているからこそ。本当にあの依頼を受けて、丸く収まって良かったと心の底から思う。

「・・・・・・そういえば恵さん、克己さんはアレからどうですか? 澄人くんは結構な頻度でラーメンを食べに行ってるみたいなんですけど、私はなかなか顔を合わせる機会がなくて」

「克己? ああ・・・・・・潡兵衛さんに良い感じに絞ってもらってるみたいよ。妖怪のヒトたちとも仲良くやれてるみたい。あの一件が良い薬になった、とも言ってた」

「そうですか、なら良かった」

 会話が途切れる。

 園の子達は今全員昼寝をしていて、普段の騒がしさが嘘のように、辺りには蝉の声だけが満ちていた。

 葉と葉が擦れる音を聞いて。西楓(せいふう)から落ちてくる赤い葉を眺め、ボトルのお茶に口を付けたところで。恵さんは再び口を開いた。

「私ね、天音ちゃん。祓魔師の人たちってもっと怖い人たちだと思ってたの」

「んぇ?」

 思いもよらぬ言葉に、思わず間抜けな声が漏れる。

「・・・・・・何というか、その。あの時の克己みたいな人ばかりの集まりで、ドライ────みたいな印象、というか。戦争で妖怪への怒りを持った人ばかりだと、てっきり。だから本当はあの時、天音ちゃんたちを頼るの、怖くて」

「ああ、なるほど」

 言いたいことは理解できる。何せ、祓魔師といえば合法的に妖怪を祓う機会が多い職業だ。妖怪への恨みを持った人間が、少しでも心の底に溜まった暗い感情を消化する為に目指してもおかしくはない。

「それはあながち間違いじゃありませんよ。私たちの世代にも、妖怪憎しってタイプは結構居ました。・・・・・・けど、そういうタイプの連中は、ほとんどが途中で思っていたモノと違って辞めて行くんです。この人妖特区に於いての祓魔師は、基本的に『祓う者』ではなく『護る者』ですからね」

 祓う対象は妖怪ではなく妖魔。人間、妖怪に害を為す『災害』と見做(みな)された相手だけ。戦時中の祓魔師に比べて、今の祓魔師(私たち)の在り方は大きく変わった。

 だから妖怪が憎い、好き勝手魔術を使って妖怪を祓いたい────みたいな思考の人間が向かう先は、諦めて辞めて行くか、思考の矯正か。そのどちらかだ。

「澄人くんみたいに人と妖怪、どちらもの平和を心の底から願って、あそこまで身を粉にするタイプはかなり珍しいです。みんな何処かで、不満や不安を抱えながら祓魔師をしている。・・・・・・少し歪ですよね」

「歪・・・・・・確かに、否定は出来ないかも。みんながみんな、澄人くんみたいになってくれれば良いのにね」

「全員が澄人くんみたいに、かあ・・・・・・それはそれで、困りますね」

「困るの?」

「そりゃあ、まあ。あそこまでみんなが暑苦しくなられたら困る、というのもありますし・・・・・・」

「ありますし?」

 思わず口篭った私の言葉の続きを、恵さんは問いかけで促す。

 何となく、言葉をまとめるのに苦労して。何と言っていいのか、わからなくて。いくつか浮かんだ単語を舌の上で転がすだけの間が少しあった。

「澄人くんの在り方は綺麗に見えるかもしれません。・・・・・・けど、彼も彼でまた歪んでいて」

 側から見ている分には美しい在り方かも知れない。

 けれど、彼に少し歩み寄ってみれば。その歪みが明らかになる。

 彼の心の輪郭は、遠目に見ていれば綺麗な丸に見えるけれど。近くで注視すれば小さな歪みの集合体。そんな印象だった。

 

 ────私は、澄人くんの過去を全て知っているわけでは無い。

 

 けれど、少し聞いた限りでも。彼の心にはきっと、妖怪にも人間にも少なからず怨みはあるだろう。思うところは、あるだろう。

 それでもそれらを押し殺して、本当に────本当に心の奥底から、人と妖怪(両者)の平和を願うような言葉を笑顔で吐き出す。暗い感情を一切見せることなく。

 何がそうさせているのか。何がそう思わせているのか。いつだって彼が動くのは、自分の為ではなく。他の誰かの為、で。

「・・・・・・だから少し、心配というか。いや、私も彼のそういうところに助けられたひとり、なんですけど」

 今でも、あの日のことを思い出す。

 口の中に広がる血の香り。目の前に広がる、自らが生み出した破壊痕。

 必死に被っていた『人の面の皮』は思っていた以上に薄く、脆く。それを剥がしてしまえば自分自身も怪物────妖魔と変わりないのだと、無理やり突きつけられたようなあの日のことを。

「・・・・・・何があったのか、聞いてもいい? 吐き出せばきっと楽になるよ」

 恵さんの優しい言葉が染み渡る。

「聞いてて楽しい話ではないですよ」

「何となく、それはわかるよ。天音ちゃんの表情から。でもほら、今度は私が天音ちゃんの力になりたい」

 優しい視線が、染み渡る。

 あの日の話を澄人くんにすれば、彼はまた暗い顔をする。私だけが悪いあの日のことを、澄人くんは自分自身の罪としている。

 何処かで吐き出せば楽になるのかもしれない。誰かに吐き出せば、少しでも胸にのしかかる、この暗い感情が軽くなるかもしれない。

 だから私は、ゆっくりと口を開いたのだった。

「私、過去に一度。妖魔として・・・・・・祓われそうになったことがあるんです」

 

 ◇◆◇

 

 半妖(私たち)を心の底から平和の象徴だなんて思っているのは、戦争を経験した人たちだけだった。

 ほとんどの人は私のことを気持ち悪いと、半端者だと蔑んで────人の輪にも妖怪の輪にも入れず。孤独で生きて行くしかなかった。

 

 それは生まれながらに〝そう〟でしかなくて。いつしか私の〝普通〟になっていく。

 

 私を産んだ時に母は死んで。父は、今どこで何をしているのかすらもわからない。嫌々でも他の妖怪の家庭に拾われた私は、まだマシな方だったのかもしれない。

 いつしか私は、この世に生きる意味を求めるようになっていた。どう在りたいか、ではなく、どう在るべきか────。半端に手に入れた妖術(この力)を活かさなければ、私は存在している意味すらなくて。

 生まれてきた意味すら、なくて。誰かから愛されることすらも無いのだろう、と。

 だから、私が祓魔師を目指してあの学校に入学するのは自然なことだった。

 

 育成学校に入学して、私を引き取った妖怪の家庭から離れて、寮に入って。心の平穏をほんの少し手に入れて。浮き足立った私の、初めての夏。

 丁度今日みたいに痛いくらいの日差しが照りつけ、空には大きな入道雲が浮かんでる空の日の事。

 その日から、初めての魔術と妖術の実習が始まった。

 他の生徒たちは先生の指示に従い、何人かでグループを組んで。私は自然と孤立してしまって。私にそれとなく心配の言葉をかける先生を無視して、私は実習場の隅で蹲った。

 今思えば、あの時澄人くんと綺羅楽ちゃんに声をかけてグループを組めれば・・・・・・私の未来は、少しは変わっていたのかもしれない。二人はあの時グループを組んでいたらしいし。あの時の私は他人に(ことごと)く興味がなくて、同じ学年に半妖が居る事すら知らなかった。

 

 自分のこと、だけだった。

 

 私は化け物になりたくない。私は誰かの役に立つ者だ。戦争で多くの命を奪った妖怪たちとは違う。私は、私は。

 その日もそんな思考が頭の中をぐるぐると回っていたことを、よく覚えている。

「ねえ。天野さん独りなの?」

 そんな私に声をかける者がいた。視線を上げれば、何人かの男子生徒のグループが視界に映る。

 私は小さく、頷きを返した。

「じゃあさ。ちょっと協力してほしいことあるから・・・・・・良い?」

 必要とされることが、嬉しかった。

 嬉々として私は彼らについて行く。実習場を出た時点で、私は何かおかしいと気付くべきだったのかもしれない。

 爪弾き者。半端者。気持ち悪い。今までの人生でそう浴びせられた言葉が、ようやく報われたんだって。そんなことを、呑気に考えていて。

「あ、が、づ────ゔ、ううう!!!」

 気づいた時には。私の全身に、痺れるような痛みが走っていた。

「いやさぁ! この結界術は半妖にも効くのか、とか。試しておくべきじゃんね!」

「しっかり効いてんじゃん。痛そー!」

 身体の内側で何かが暴れ回っているような。血液の一部が沸騰するような。痛い。痛くて、痛くて、涙が出て。痛みと悲鳴を押し堪えるために噛み締めた奥歯が軋んで、身体が、身体が思うように動かなくて。無様に身体を震わせながら、地面に倒れた。

 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。内側から皮膚が破れて行くような。必死に被った『人』としての化けの皮が、剥がされていくような。そんな錯覚。

 頭が、頭が割れる。押しこらえていた、全てが。内側から湧き出てくる。

 

『どうせ、人としての自分(わたし)を誰も必要としない』

 

 半端者に居場所はない。

 

『解っていたでしょう。今まで浴びせられてきた罵倒の数々のおかげで』

 

 化け物だと、気持ち悪いと、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も言われてきたのだから。

 

『必死こいて取り繕って、人の皮を被ったところで』

 

 人ではなく妖怪のために作られた結界が、今こうして私を苦しめている時点で。

 

『貴女は、どうしようもないほどに、』

 

 心の何処かで意味嫌い、バカにしてきた妖怪たちと同じなのだと。

 どちらかに偏らないと居場所がないのなら。

 私がどんなに頑張ったところで、人になんてなれないのなら。

 私は。

 

 ────私、は。

 

 蹲る私の背後で、私を冷静に見下ろす私がいる。

 冷たい視線を向けてくる、私がいる。

 その言葉と視線を浴びながら。身体中に走る痛みに喘ぎ、震え、額を何度も打ちつけて。

「全部、全部────、」

 横っ腹を蹴られて地面を転がり、男子が下卑た笑みで私の衣服に手をかけたところで、

「『全部、壊してしまえ』」

 私と私の声が重なる。化け物になってしまえ、と。意見が一致する。意識が、落ちた。

 そこからのことはよく覚えていない。あれだけ冷たい声を投げかけてきた私が背後で大笑いしていて。私も、すごく楽しくて。幸せな夢を見ているような心地だったことは、覚えてる。

 次に意識が戻ったその時に。私の目に映ったのは、ボロボロに朽ち果てた瓦礫の山々と、何らかの魔術で私を拘束する荒垣先生。そして、

「天野、天野!! 戻ってこい、天野!!」

 あちこちから血を流し、私を必死に抱きしめる、澄人くんの姿だった。

 

 ◇◆◇

 

「私は、今まで溜まりに溜まった怒りと不満に任せて────化け物になることを選んでしまったんです。それを助けてくれたのは、澄人くんでした」

 あちこちに広がった血溜まりと呻き声。この世の地獄のような惨状。

 そして私の口の中に広がる血の香りと味が、私が何をしたのかを嫌でも解らせた。

「その場で私は妖魔として殺されるはずだった。けど、澄人くんは最後まで反対してくれて────まだ私は戻れるはずだと、先生たちを説得してくれたんです」

「・・・・・・、・・・・・・・・・・・・」

 何も言わない恵さんの前に立って。私は前髪を手のひらで上げて、額を見せる。

 あの時の傷がまだ残る額を。

「私の身体は・・・・・・血液は、完全に妖怪のソレになってしまっていた。その妖怪の血が感情に任せて暴走していたんでしょう。だから、少しでも血抜きをして、人としての血を生成させて・・・・・・意識を戻さなければいけなかった。私の妖怪としての象徴を・・・・・・角を一本、引っこ抜いて。妖怪に於ける象徴的な部位は、妖怪の血を生成する機能がありますから」

 今でも抜かれた方の角は生えてこない。私は人としても、妖怪としても、半妖としても、半端な存在になってしまった。

 あの場で殺されるよりはよっぽど良かったと思う。けど。けれど、

「澄人くんは一歩間違えれば死んでしまうほどの怪我を負っていました。私を祓おうと────殺そうとした連中のことすら庇って。私は、彼を殺してしまうかもしれなかったことが・・・・・・今でも何より許せない」

 あの時、あの瞬間の私は完全な妖魔と化していた。

 半妖(私たち)が白い目で見られるキッカケになった妖怪たちと同じ存在になってしまっていた。

 私を諦めずに助けてくれて。

 私のためを思って、あそこまで傷ついてくれた彼のことを、殺しかけてしまったことが・・・・・・心の底から許せない。

 そして、同時に、

「彼の平和を思う気持ちは歪んでいる。私は────私は、まだ。命の恩人(澄人くん)のために生きて、彼のためになれているから、今は満たされては居ます。けど、彼は・・・・・・彼は、きっと。真の意味でこの世に、人と妖怪に平和が訪れない限り、満たされることは無いんでしょう」

 彼の姿が、酷く危うく映る。

「彼はその為なら、自分の命を簡単に差し出してしまいそうで怖いんです。私の目の前から居なくなってしまいそうで・・・・・・怖い、んです」

 

 誰だって自分が一番可愛いはずだ。

 誰だって自分が一番大切なはずだ。

 

 だというのに。澄人くんの言う、救うべき『みんな』の中に、彼自身は入っていない。

 誰かが滅びの道筋を辿るとしたら。迷わずその席を奪うだろう。何でもないことのように代わってしまうんだろう。

 彼にとって自らの命はただの駒や道具に過ぎなくて────その姿が綺麗に映るのと同時に。とても、歪んで見える。

 ・・・・・・押し寄せる罪悪感で額の傷が疼く。一歩間違えばその未来が待っていた事実が。ありえたかもしれない未来の幻想が、前頭葉で暴れているようだった。

 自然と、長く、長く。息を吐き出していた。

 長い長い罪の独白。自身の暗い感情を吐き出し、掌で丸めて投げつけるような行為だったけれど。それでも恵さんは何も言葉を挟まず、私の目を見て聞いてくれていた。

 再び沈黙が訪れる。何か言葉が欲しいわけじゃないから、無理はしないで。そんな言葉を投げかけようとしたところで、

「天音ちゃん」

 恵さんは、私の名前を静かに呼んだ。

 思わず息を呑み、改めて向き合って。瞳をまっすぐに見つめ、話を聞く体勢に入る。何を言われるのか────だとか。内心、ソワソワと落ち着かない。

「・・・・・・その話、澄人くんにした?」

「え? そ、その話というと・・・・・・」

「いつか目の前で誰かのために簡単に命を投げ出しそうで怖い。そうなって欲しくない。澄人くんには生きてて欲しい、って」

「してない、です」

「ならちゃんとするべきだよ」

 ここに来て、一番強い声音。そう語る恵さんの瞳は強く、眩しくて。絶対に目を逸らすな、と言っているようだった。

 ・・・・・・想像、してみる。

 澄人くんを前にして。今舌の上で転がしている言葉の数々をぶつけて。ぶつけ、て。

「いやでもそれは・・・・・・」

「それは?」

「あんまりにも、あんまりじゃないですか・・・・・・?」

 顔が、熱くなっていくのがわかる。

「あんまりって、なんでよ」

「だって。だってですよ? それじゃあまるで『私のために生きて欲しい』みたいな────こ、告白みたいなモノじゃないですか。まるで私が澄人くんを好き、みたいな」

「え、良いじゃない。違うの?」

「違いますが!?」

 違う。私が澄人くんに向けた感情は、そういうモノとは断じて違う。

 確かに好意によく似た感情を抱いてはいるが、恋愛だとかそういう方面のものでは無いはずだ。

 ・・・・・・いやまあ。私のこの感情そのものに名前をつけられていないのもまた事実ではあるけれど。

「なあんだ、違うんだ。ちょっと残念」

「茶化さないでくださいよ・・・・・・結構深刻に悩んでたんですからね」

 まあ、とはいえ。気を遣わせてしまったのかもしれない。私と恵さんの間にはとても重たい空気が流れていたから。今のやりとりのおかげで私の心も、空気も。随分とマシになってくれた。

 くすくすとひと頻り笑った後で。改めて、恵さんは真剣な表情を作って。

「でもね、面と向かって伝えておくべきなのは違いないよ。私は澄人くんのこと、天音ちゃんに比べたらよく知らない。けど、話を聞いただけでも・・・・・・何というか。彼は、『誰かのためにしか生きられないタイプの人』だと思うから」

「・・・・・・まあ、そうですね」

「自分の生きる意味だとか、生きる価値だとか。その在処が自分の中にない。だから周りからの、他人からの、友人からの視線や評価に依存する。周りの笑顔に依存する。ソレを何を引き換えにしても守るべきだと、守るようにと生きているから────周りのことばかりだから、自分の命が、勘定に入らない」

 恵さんが言っていることは理解できた。きっと私もそうだからだ。

 私も同じ類の歪みを持っている。生きる意味や価値、生き甲斐の所在を、自分の中ではなく・・・・・・自分を助けてくれた人。『澄人くんの為になること』に抱いているから。

 だからこそ恵さんが放った言葉の数々は私の胸にも突き刺さるし、きっと遠回しに私のことも咎めているんだろう。何ともまあ、居心地が悪い。

「歪みを矯正しよう、なんて提案は私はしないよ。キミたち半妖がどんな生き方をして、どんな扱いを受けてきたかなんて想像すらできないから・・・・・・けど、まだキミたちには未来があるんだから。ちゃんと向き合って、自分なりに折り合いがつけられるようになるまでは、都合のいい何かに浸ることは否定しない。命あってのモノダネ、ってね」

「そういうモノでしょうか」

「そういうモノなの。だからちゃんと伝えて、意地でも手を繋いで離さない方が良いよ。居なくなってからじゃ、全部遅いから」

 最後のひと言は特に重たくて。私の胸に、ずっしりと凭れ掛かるような感覚がした。

 大切な誰かを目の前で失って。もう何も伝えられなくなる悲しさと、痛み。

 それが私にはわからない。恵さんが、半妖の生涯を想像することしかできないように。

 ・・・・・・だからこうして、ヒトは言葉を交わすのだろう。

 だからこのように、私も澄人くんに伝えるべきなのだろう。

 何とも無しに口をつけたお茶は、いつもより苦く感じた。

 

 ◇◆◇

 

 いつもは暑くて鬱陶しくて仕方ない日差しすらも、定期検診を終えた俺からすれば心地よくて仕方なかった。

 拘束時間やら血を抜かれる感覚やら、何かと理由づけしてオブラートに包みはしたけど。やっぱり苦手な相手と、長時間密室で二人っきりってのは肩が凝って疲れるモンだ。

「ホンット疲れた・・・・・・」

 健康状態の確認の後の問診。何気ないやりとりすら、心の奥を覗かれてるような感覚。

 コイツには嘘はつけない。嘘ついたところで無駄だ。本能がそう告げているようで、魅力の妖術も相待って背筋がゾワゾワして仕方ない。

 いやまあ。俺のことを心配して、綺羅楽はちゃんと仕事をしているだけってのは理解はしてる。してるけども。それとこれとは別問題というか。

「天音はその辺うまくやってんだろーな」

 事務所に帰ったらアドバイスでも聞こう。綺羅楽と上手くやるコツ。不快感と折り合いつけるコツ、とでも言うべきか。

 とか思ったけど天音のヤツはそもそもが世渡り上手だし、何より平気な顔して『綺羅楽ちゃんに不快感? 覚えるわけないでしょ友達相手なんだし。澄人くんが考えすぎなだけじゃないかな?』とか言いそう。完全に詰みとなった俺なのでした。

 閑話休題。育成学校やら祓魔師用の医療施設やらが立ち並ぶ北地区を出て、事務所のある中央区へ。変幻を使わず、ありのままの姿で生活する妖怪たちの姿が目立ち始めたところで。奇妙な人集りが目に入った。

「・・・・・・なんだ?」

 人と妖怪問わず、何やらガヤガヤと騒がしい。その人集りに手のひらを差して掻き分けて、前へ前へ。よくよく見ればウチの事務所が入ってる小ビルの目の前だ。

 人集りを抜ける。無数の影が囲むその中心に居たのは、ひとりの〝何か〟だった。

 ・・・・・・いや、何か、と表現する他なくて。妖怪とも人間とも取れるし、どちらとも言えないような気配。

 妖怪が人間に変幻してるにしても、あまりにも妖力を感じなさすぎるし、コイツが人間だとしても魔力の類を一切感じない。大概魔術の心得がない人間でも、呼吸の度に体内を循環する魔力が少なからず見えたり感じ取れたりするモンなんだけども。

 ソイツには何も無い。俺の目には空洞────ハリボテだとか、真っ黒い穴だとか。そういう奇妙な存在に見えた。

 強いて特徴を挙げるなら、貼り付けたような笑顔を浮かべる、茶髪の胡散臭そうなどこにでも居そうな男。ソイツは辺りを見回すと、ゆっくりと口を開く。

「すまない、私は今探し物をしているんだ。とっても大切な物でね・・・・・・今は少しでも手掛かりが欲しい」

 ヤケに芝居がかった喋り方。けれど俺の印象には残らず、右から左へと抜けて行く。・・・・・・だって言うのに言葉の意味だけ頭の中にこびり付いて離れない物だから、気味の悪い声だった。

 周りの連中がまたざわざわと騒ぎ出し、幾重にも重なった会話が頭の中に入り込む。その中で『祓魔師に頼んでみたら?』なんて言葉が聞こえたところで、辺りの視線が一斉に俺に向く。

「え? あ。え?」

 間抜けな声が出た。しかも一気に話し声が止んで、辺りが静まり返ったモノだから。俺の声は、やけに響いて。暑さから来るものとはまた別の、変な汗が背中を伝った。

 男と目が合う。視線が絡む。俺を視認した瞬間、一瞬貼り付けたような笑みが消え失せて。再び、笑顔を取り繕う。

 その動きがヤケに手慣れていて。まるで外れた面を付け直すような。

「ああ、キミ。祓魔師なんだ?」

「そうだけども。なんか、お困りみたいで」

「そう、困ってる。困ってるんだ。探し物をしていてね」

「さっきも言ってたな。けど探し物なら祓魔師より警察に頼むべきじゃないのか」

「それがただの探し物じゃないんだよ。こういうモノでね」

 じゃら、と音を立てて男は鎖を引き寄せる。

「ああ、なんだ。ペットか。しかも神秘関係の。確かにそれなら俺たちの仕事かもな」

「そうなんだよ、ペット。普段はこうして鎖で繋いでいるんだけどね。どうにも遊ばせている間に、コレクションのウチの一匹が逃げてしまったらしい」

 じゃら、と音を立てて男は鎖を引き寄せる。

「ははは、間抜けな話だな。ちゃんと管理しておかねーと」

「いやいや、鎖に繋ぎっぱなしも健康上良くないだろう?」

 鎖を引き寄せる。違和感。

「だから私は定期的に首輪を外してやってね」

 鎖を引き寄せる。違和感。待て。

「私はペット思いの良い飼い主で────」

「待て。おい」

「何かな?」

 男が引き寄せた鎖。その先。

 首輪が付けられた〝ソレ〟は決してペットなどではなく。

「ずいぶん良い趣味してんじゃねえか」

 人。いや違う、半妖。半妖だ。

 怯えたように呼吸する度体内を循環する魔力が見える。そして、僅かに感じる妖力の気配。

 紛れもない。俺と同じ半妖。まだ小学生かそこらの小さい子供だ。そんな小さい子供が、男が言葉を発し、鎖を引く度に痛みに喘いで、小さく身体を震わせている。

 俺はたった一瞬だとしても、この子を『ペット』として認識した。自然にそう受け入れて、笑いながら会話してたのか。俺は。

「・・・・・・効き目が薄いね。なんだキミ」

「なんだって聞きてーのはこっちの方だよクソ野郎」

 何をされた? ああクソ、イマイチわからん。こういうのは天音の方が得意だってのに。

 俺はこの男が何なのか理解できない。いや、理解じゃない。認知が薄い?

 妖怪でも人間でも何でもない、無。だからこそ俺の本能は『奇妙だ』というより『無害だ』と認識して、油断して、そこを何らかで突かれた────?

「これでも精神汚染とか認識阻害には強い体質なんだけどな。一応担当医のお墨付きだってのに」

「ああそうかい。なら私は相性悪いな・・・・・・なら尚のこと、しっかり捕まえておくべきだった」

 いや、何されたか解っても解らなくても、問題点はそこじゃない。

 明らかに半妖の子供の怯え様は異常だ。何かある。

「嫌がってんだろ。離してやれ」

「この子は自分から私について来てるんだけどね?」

「その怯え様は異常だろうが。自分から、進んでテメェについて行ってるようには到底見えない」

「そうかな? キミ以外の誰も、異常だと感じていないようだけれど」

 言われて辺りを見回す。

 湧き上がる怒りと夏の暑さで熱されていた頭に、冷や水をかけられるような感覚。

 あんなにいつも楽しそうに笑って、忙しなく歩き回っている妖怪も人間も、一切の例外なく。

 全く表情やその色が宿らない瞳で、顔で。俺のことを見つめていた。

「────、────ッ」

 背中に走る悪寒と、胸を焦がす焦燥感。

 数時間前に嫌というほど味わったソレと、よく似ていて。

魅力(チャーム)────!」

 綺羅楽のソレと似て非なるモノ。

 アイツのは、相手を誑かして自分にとって良い方向に動かすようなモノ。例えるなら、初めて言葉を交わしたその瞬間からアイツへの好感度がマックスで始まる様なモンだ。

 けどコイツのソレは違う。辺りに居る人間や妖怪を〝魅了〟し、操り、自分の都合のいい存在へ格下げする様な────。

「皆誰もがこの光景に違和感の類を抱いていない。人間でも妖怪でも無い半端者。居場所のない爪弾きモノ。ソレに私は居場所を与えているだけだ。賞賛されど、罵倒される謂れは無いと思うけどな」

「そんなの────」

 俺の放とうとした声が、辺りから湧き上がる万雷の拍手に掻き消される。

 耳が痛い。喉が震える。異様な光景に、今この場を取り巻く異常が正常になっている事実に。吐き気を催した。

「素晴らしい!」

「素晴らしい!!」

 そして、そして何より。

「世のため人のため!」

「世のため妖怪の為!」

 薄っぺらい賞賛が挙がる度に。

 奥歯を噛み締め、泣きそうな顔で。けれど、何もかも諦めたように俯く半妖の子供が。その光景が。

 胸に痛かった。

 

 ────妖力や魔力の類は相変わらず感じない。

 だというなら『遺物』だとか、魔道具・・・・・・神秘現象が込められた何かしらを使ってるってセンが濃厚だろう。

 なら話は簡単だ。

「────ぶん殴る」

 半妖()がこの町で受けている制限は〝怪現〟を行使した後の武力行為だけ。

 だってんなら生身でぶん殴る分には何ら問題ない。

 コイツを殴って身ぐるみ剥いで、この奇妙な空間を終わらせる。後のことはそん時に考えりゃあ良い。

 拍手を受けて満面の笑みを浮かべるクソ男を見据えて。地面を蹴ろうと、脚に力を込めたところで。

「なんだよ、随分騒がしいな」

 ガラリ、と。引き戸が開く音がした。

 辺りの視線が一斉にそちらを向く。声の主は小さく「おわ、」なんて間の抜けた悲鳴をあげて。俺に弱々しい、助けを求めるような視線を向けた。

「おい、澄人。これはどういう状況?」

「────、────」

 けど今俺は、その視線に応えられるほどの余裕はありっこない。早く、早くあの子を助けてやらないと。

「いや待て、待て澄人。待て待て」

「悪い、今は邪魔しないでくれ」

「待てって!」

 あまりにも苛立つ。今俺は目の前のコイツを殴り飛ばしてやらないと気が済まない。

 焦ったような声で、様子で。克己さんは人混みを掻き分け俺の元へ駆け寄ると。そのままの勢いで、腕を強く引っ掴んだ。

「気持ちはわかる。けど今はダメだろ」

 克己さんの視線は鎖の先へ。怯えた様子の半妖の子供を見つめながら。奥歯を強く噛み締め、湧き上がる感情を押し殺して。冷静で居ようと努めていることが俺にも解った。

「あの子は人質みたいなモンなんじゃないのか。絶対アイツ、ズル賢いだろ・・・・・・それに、今オマエがアイツを本気でアイツをぶん殴ったら周りの連中が巻き込まれる」

「解ってる、解ってる!! 全部上手くやるから問題ねえよ!!」

「天野さんが居るならまだしもオマエ今ひとりだろうが!」

 クソ。何となく解っちゃ居るんだよ。助けられるタイミングは、今じゃない。

 けど、けども。今目の前で苦しそうに、諦めたように俯くあの子を。助けられるかもしれないヤツを見殺しにするのは────。

 噛み締めた奥歯が軋む。握りしめた拳が痛い。爪が、手のひらの皮膚を突き抜けるような痛みがあった。

 そんな俺を心の底から馬鹿にするように、男は満面の笑みを浮かべて。鎖を引き寄せると、半妖の子供を抱いて見せる。

 ────コイツは自分のモノだ。そう、俺を嘲笑うように。

「はぁ・・・・・・面白いモノが見れたけれど、そろそろ時間切れだな。私はお暇しないとだ。まだここで、大勢の連中から朧げでも認知されるのは避けたい」

 なんて言いながら左手に付けた腕時計を見て、その身を翻すと人混みの中へと消えていく。

「待て!!」

 逃せない。逃がさない。咄嗟に足を回し、走り、人混みを掻き分けても。

 頭の中に残ったあの男の人相が。声が。何もかもが、霧散していく感覚があった。

「くそ、くそ────気持ち悪い!!」

 わからない。何を追いかけているのか。何を追いかけていたのか。

 そして、胸の内にあった焦燥感と怒り。その要因すらも。

 頭の中から抜け落ちていく。どこかへ消えていく。

 だから俺は、騒がしさを取り戻した人の行き交う道のど真ん中で、腹が立つほどに晴れ渡った空を見上げるしかなかった。

 

 ◇◆◇

 

 やはり、やり甲斐はあるけれど。子供の相手をするのは少し疲れる。・・・・・・いや見栄を張った。少しどころか、だいぶ疲れる。

 子供の体力はどうしてあんなにも無限に湧き出すのだろうか。何処の油田辺りから引いてきてるのか、今後の参考のためにもお聞かせ願いたい。特にお昼寝明けの元気は恐ろしさすらある。あの元気があれば何でもできるだろう。いや、本当に。

「いや、それは澄人くんもか・・・・・・」

 あの人も何処からあんな有り余る元気を引っ張ってきてるんだろう。日に二度くらいは散歩に連れていったら少しは大人しくなってくれるだろうか。犬かな?

 暑さと疲労でやられた私の頭はまともに動いてくれない。ぼんやりとくだらないことを考えながら、中央区に入る。日が傾き始めた商店街は、今日も活気があってとても良かった。あちこちの店の店員が、今日も売り上げを伸ばそうと必死に客引きしているのが見て取れる。今日もお疲れ様です。

「おう天音ちゃんお疲れ! 今日は澄人のヤツどした!!」

「彼は今日は定期検診で。今頃事務所に帰ってるんじゃないですかね」

「天音ちゃんお疲れ〜! どう、今日もウチ寄ってってよ。安くしとくよ〜!! 澄人にもよろしく言っといて!!」

「ふふ。はーい、ありがとうございます。後で澄人くん連れてお伺いしますので」

 私の顔を見るなり声をかけてくれる人たち。大概二言三言目には澄人くんの話をする。町の人たちには多大な迷惑をかけている気がするけれど、ここまで好かれてるとなればバディとして誇らしい。

 こうやって色んな人と話すのは、話しかけてもらえるのは嬉しいし楽しい。同時に『いつもウチのが迷惑をかけてごめんなさい』とか罪悪感も湧き上がってくるけれど。

 方々の店の人たちと会話を繰り返し、歩いて。

 疲れから来るため息を吐き出した途端。鼻腔を擽る、この場に不釣り合いな匂いがあった。

「────血の香り?」

 あの日の記憶や、嫌なことを思い出すから嫌いな匂い。

 精肉店のコロッケの匂いや、飲食店から漂うイタリアンや中華料理────様々な香りの中に入り混じって。血の匂いが、漂ってきた。

 多分私や澄人くんじゃ無いと気付けない程のモノ。私たちは異様に五感が強いらしくて。綺羅楽ちゃんが『二人ともワンチャンみたいだね〜』と笑っていたのをぼんやり思い出した。

 事件の気配。端末を取り出し、いつでも澄人くんに連絡できるように通話アプリを起動しておく。指先を少しでも動かせば、彼に繋がる。

 一歩、一歩。人混みを避けて、一歩。いつもより幾らか重たい足取りで進んでいく。

 匂いの元は路地裏だった。その奥の方から香ってくる。

「・・・・・・人避けの結界まで」

 簡易的なモノだけど良い出来だ。限りなく薄い妖力で精巧に組まれている。これならこの町に張られてる治安を守る結界、そのセンサーには引っかからないし。警戒心を出していない人間や妖怪はこの場所の存在自体にすら気づかないだろう。

 私もこの血の匂いに気づかなければ素通りしていたと思う。気づける自信がない。

 路地裏へ足を踏み入れる。結界特有の、幕を通り抜けるような感覚。長く、長く。緊張を解すように息を吐き出せば。より一層血の香りが濃くなった。

 歩数にして十二歩。警戒を緩めず歩いていけば、そこには。

「・・・・・・女、の子?」

 ゴミ袋の山。その中から上半身だけが飛び出していて。私と多分同じ歳か、そう変わらないくらいの女の子。身に纏っているのは腹部に血が滲んだ白いワンピース。

 浅い呼吸を繰り返すその子は苦しそうで、小さな呻き声を繰り返し発している。

 あまり状態はよろしくないように見える。ワンピースを汚している血液────出血はまだ止まっていないように見えるし。栄養失調・・・・・・それから、熱中症。私は綺羅楽ちゃんと違ってプロじゃないけれど、私の目から見ても危険な状態なのは明らかだ。

 起こさないと。いやまずは澄人くんに────いや、連絡するべきなのは綺羅楽ちゃん?

 頭の中が落ち着かない。戸惑いながらも端末の画面に目を向けたところで、

「────ッ!! 誰!?」

 その子が、勢いよく飛び起きた。

「待って、私はキミに危害を加えるつもりは────」

「っ、あ・・・・・・そっ、か。僕寝ちゃったから、止血が・・・・・・ぅ、づ」

 私を見つめるその目には警戒の色しか乗っていない。何かから逃げていたのか、まだ追われているのか。私を警戒しながらも、視線は辺りを仕切に見回している。

 立ち上がったその子は自身の腹部に手を当てて。妖力の気配と、冷気が辺りに満ちる。

 発生源は目の前の女の子。

「半妖────? あっ」

 妖力から起こるはずの何らかの現象。ソレを見届けることもなく、その子は地面にゆらり、と倒れ込んだ。

「あー・・・・・・もう、どうしよう・・・・・・」

 混乱するばかりの私の頭。戸惑ったように自然と漏れ出た私の声。

 それらに誰も応えてくれることはなく。私はただただ、その子を見下ろす他なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。