祓魔師は人妖の間に揺れる。   作:悠問追

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5『壁』

 

 たった一日だけの出来事だった。だけど、僕にとって今までで一番────一番、幸せな一日だった。この暖かい思い出があれば、これから先のことも乗り越えていける。そう思えてしまうほどに。

 けれど、

『こんなに幸せになって良いと思ってるの?』

『誰かに優しくされて良いヤツじゃないでしょ、(キミ)は』

 けれど。常に、僕の背後に立った希死念慮が。暗い自分が、邪魔をしていた。

 ・・・・・・そう、そうだ。僕は幸せになっていいヤツじゃない。こんなに暖かくされて良いヤツじゃない。受けるべきは報いではなく、罰なのだから。

 罪ばかりの人生を送って来た。振り返れば僕の辿って来た道には、血に塗れた影の数々が転がっていて。

 僕を引きずり戻そうと必死に手を伸ばすものだから。それを見ないようにして、俯きながら歩いていくしかなかった。

 いつか来る終わり()に向けて、ひたすら、ひたすら。

 僕の人生に於いてやらなければいけないこと。

 僕の人生に、押し付けられた汚点。

 それすらからも逃げ出した僕は。何処にも行先なんて無かったのに。二人は迎え入れてくれて、それで。

「随分と楽しそうだったな」

 冷たい現実が、突きつける。僕はどういう存在か。何をして来たのか。こんなに楽しい場所にいて良い者では無い、と。

「────ぁ」

「けどもうそれもここで終わりだ。おまえの居場所は、ここじゃない」

 身体が震える。目の前に居るのは『彼』では無い。けれど彼の命令を受けて、僕を連れ戻しに来たヤツだ。なのに体の奥底から恐怖が湧き上がり、僕は。震える身体を抱いた。

 逃げ場はない。そうだよ。・・・・・・逃げられや、しないんだ。

「・・・・・・中に居る子には手を出さないで。大人しく、大人しく着いていくから」

「わかった、良いだろう。着いてこい」

 最後に挨拶くらいはしたかった。最後に顔を見たかった。けれどそれは、多分贅沢な願いなのだろう。

「ごめんね、天音ちゃん」

 届かない言葉を投げかける。涙を流す資格すらない。多分これから僕は、彼女たちの平和を壊す────その計画の、実行者になるのだから。

 男の後ろをついていく。道ゆくヒトたちは僕に一瞥すらくれない。楽しそうに会話する声、やる気満々で客引きする声。その全てが、胸に痛かった。

 路地裏に連れ込まれる。土地勘ないから、ここが何処なのかとかイマイチ解らない。けれどそこに、アイツは居た。

「探したよ、白雪。随分と長い散歩だったね」

「・・・・・・ごめんなさい」

「うん、素直に謝れて偉い。オレは、ボクは。素直なヤツが一番好きだ。特にオマエは扱いやすい────だから、今回のことは水に流そう」

 いつもの優しい声。誰かの心の、痛いところを包み込むような声。恐ろしい声。もう二度と聞きたくないと願ってしまった声。

 それが鼓膜を揺さぶる度、僕の喉が震えて仕方ない。

「僕は・・・・・・何、すれば、」

「そうだなあ・・・・・・まずはその服、脱げ。で、破いて捨てろ」

 思わず顔を上げる。長いこと一緒にいるのに、僕の記憶に定着しない顔が。寒気がするほどの真顔で、僕を見つめていた。

「なん────」

「解ってるだろう? ソレはオマエに似合わない。だから脱いで、捨てて、二度とそんな服を着ないと誓え。いつものヤツに着替えろ。・・・・・・ああ、その帽子はそのままでいい。使えそうだし。にしても成る程なあ、ソレを使って私たちの目から逃げていたわけか」

 逆らえば、逆らえばどうなるか解らない。そんな恐怖が、僕に反論を許してくれない。

 この人の言葉に従うべきだ。この人の言葉が正義だ。この人が、全て、正しいのだから。

 一瞬過った『どうして?』という感情が霧散する。この人と話していると、いつもこうなる。

「・・・・・・わかりました」

 天音ちゃんから貰った服を脱いでいく。楽しい思い出の結晶を前にして、ほんの少し心が揺らぐ気配があった。どうでも良い。どうでも良い。どうでも良いどうでも良いどうでも良い。良い。良いんだ、もう、全部。

 だから破り捨てるのに躊躇いなんてなかった。頰を伝う涙は、ただの気の迷い。

「ウン、ウンウン。偉いぞ白雪。で、いつもの服に着替えた後で・・・・・・一番近いデカい木に向かって、ソレを凍らせろ。邪魔するヤツが居たら、ソレで殺したっていい。まあ帽子のおかげで気付かれることは殆ど無いだろうけど・・・・・・まあ武器もあった方が何かと便利でしょ」

 言って、僕の手にひと振りの刀が渡される。まあ、何でもいいけど。どうでも良いけど。

「で、その後で。北区の一番デカい建物────祓魔師連合協会・本部に居る、牧瀬 治哲を殺せ。良いな」

「・・・・・・はい」

 

 ◇◆◇

 

 困惑と恐怖でごった返すヒトの波。何処か遠くで荒垣センセーが避難誘導をしている声が聞こえてきて。手伝いたい気持ちはあれど、今は何より優先しなくちゃいけないことがあった。

 ・・・・・・ごった返した町のヒトたちで上手く前に進めなくて。下手に力を入れて掻き分けたら怪我させそうで怖くて。焦燥と苛立ちが、思考を蝕んでいく。

「ッ────ああクソ、焦ったい!」

 目一杯に足に力を込めて────高く、高く飛んだ。そのまま、立ち並ぶ小ビルの屋上へ。ここを走れば誰にも邪魔されることないだろう。跳躍の時に誰か巻き込んでないか、とか気にする心はあるけれど今は少しの時間ですら惜しかった。普段なら絶対にこんなことはしない。なんなら『力加減ミスって屋根壊すからやめろ』とか多方面に怒られちまう。

 駆ける。足を回す。その中で右手に握ったスマートフォンのロックを解除して。目的の連絡先を探し出し、コールする。

「・・・・・・早く出ろよ。おまえいつもワンコールだろうが」

 普段かけない番号だから探すの手間取った。だからか余計に、焦って苛立って仕方ない。

 数秒のコール音。ずっと全力で走ってるから、肺が痛くて仕方ない。爆発でもするんじゃないか。

 必死に息を吸って吐いてるその中で、

『なあに、澄人クン。別れたその日にかけてくるとか珍しいじゃん。アタシのこと、少しは好────』

「そういうの良いから。今色々大変なのわかってんだろおまえ」

 開口一番に押し寄せた軽口の波を一蹴する。スピーカーの向こうで通話相手────綺羅楽が小さく、ため息を吐く気配がした。

『あ、そ。で? 何』

「アイツは今そっちに居るのか」

『アイツじゃわかんな・・・・・・いや、いーや。余裕ない澄人クン、揶揄ってもあんま面白く無いし。居るよ』

「そうか。わかった」

『丁度他の人妖特区との合同会議が終わ────』

 まだ何か言ってた綺羅楽を無視して通話を終える。俺が気になるのは、アイツが居るか居ないか。それだけ。

 アイツが居るなら話は早い。このまま北区に向かうだけで良い。足を一切止めることなく、避難シェルターに向かって歩いていく町の人たちを眺めながら。数分とかからず、北区に到着する。

 そのままの足で一番高い建物。でもって最上階へ。この建物は『祓魔師連合協会・第壱人妖特区本部』であり。その最上階には、会長室がある。

 階段を駆け上り、息を整える暇も無いまま。重たい色した木製の扉を、ノックすらせずに勢いよく押し開いた。

 俺を迎えるのは、痛いほどの静寂。窓の外から物音すら入り込むことなく。この場にあるのは俺の荒い息遣いと、対面の壁の前────目的の〝ソイツ〟が、無駄に豪華な机に腰掛けて、書類を捲る乾いた音だけだった。

「なんだ、こんな時に。おまえはここで何をしてる」

 目的のソイツ。俺がこの世で一番嫌いな男。牧瀬 治哲は俺に一瞥すらくれることなく。手元の書類に視線を落としたまま、気に入らない声音でそう言った。

「・・・・・・こっちを見すらしないのな」

「おまえであることを確認する必要すらない。この町で、ここにノックすらせずに無作法に飛び込んで来るのはおまえくらいのモノだ」

「ああそうかよ」

 ズカズカと室内に足を踏み入れて。スマートフォンの画面を牧瀬に向ける。・・・・・・怒りで手のひらを震わせながら。嫌いな男と対話してるんだ。こうにもなる。

「このメール、取り消せ」

「取り消すことは無い。おまえもわかっているだろう? 妖魔扱いは妥当以外の何モノでも無い。この町において、四方を位置取る神木に危害を与えるのは〝宣戦布告〟に他ならん」

 俺が画面に表示しているモノ。それは、天音との電話を終えた直後に届いたメールだ。

 この町に居る祓魔師全員に、一斉送信されたメール。

 ────写真の者を『第四級災害指定敵対生物・妖魔』とする。祓魔師は即刻、この者を退魔するように。

 メールに付属されていた写真には帽子を目深まで被った宮咲が映り込んでいて。

「宮咲は────」

「好きでやっているわけでは無い。アレが主犯では無い、か?」

「────、────」

 言葉が先出しされる。思考が先読みされる。ここに来て、初めて俺の目を見た牧瀬の目は。俺の全てを見通しているようだった。

 ・・・・・・事実、コイツの目は特殊だったはず。いつだったか、綺羅楽が楽しそうに語っていた。何がどういう原理で、何をする目なのかは覚えてないけど。興味無いから。

「だからと言って、やったことは許されない。あの木はこの町を守る結界の要だ。ソレを壊されれば、この町にどういった厄災が起こるかもわからん」

「でも────」

 たった一日。たったそれだけの時間だったとしても。

 宮咲のことを、悪意の塊だとは思いたくない。

 何より。何より、だ。俺と天音に向けたあの笑顔が。楽しそうだった顔が。偽物だとは思いたくない。

 あんな顔で笑えるやつが。あんなに楽しそうに過ごしてたやつが。最初から悪意だけで、町を壊すつもりで来てただなんて思いたくなかった。だから、

「自分がアレと話をして、真意を聞き出し助け出す、か?」

「ッ・・・・・・そうだよ。あの子はそんなやつじゃない。何かしら理由があるはずだ。罪の所在は、その後だって良いはずだ」

「過度に公私を混同するのは未熟な証だ。祓うべき相手を見失うぞ。・・・・・・まあ。アレの目的を考察、察知し、私の所に真っ先に向かった。そこは評価してやっても良いが」

「公私を切り分けすぎて自分の妻の葬式にすら来ねえクソ野郎に何を言われても響かねえよ。それにテメェを守る為にここに来たわけでもねー」

 宮咲の目的がコイツなら。あちこち探し回るより、コイツの所に来た方が会える。そう思っただけだ。

 宮咲を祓えるようなヤツは、今は町から依頼で出ていたはず。だから誰かに祓われることなく、この場所にたどり着くだろう、と。

 唾を高そうな絨毯に吐き捨てる俺を他所に。牧瀬の視線が背後の窓の外に向いた。

「そら、アレが来る。本当にその気だと言うのなら、行かなくていいのか? 他の誰かに祓われてしまうぞ」

「────言われなくとも」

 階段を使うのはめんどくさい。だから、何歩か床を踏み締め、机を飛び越えて。窓を勢いよく開いて、態とらしく音を立てる。

 自身の憤りを態度で示すように。多分ここまでやっても、コイツは俺の感情を理解しようとしないんだろう。

 コイツはそういう男だ。

 窓枠に足をかけて身を乗り出す。もう牧瀬に視線すらくれてやる必要はない。もう用事は済んだ。

「じゃあな、クソ親父。もう会いに来ねーよ」

 それを捨て台詞にして。そのまま窓の外に飛んだ。

 視界が上に流れていく。頰に当たる風が思考を冷ます。怒りは程々に。見えるモンも、見えなくなっちまう。

 ・・・・・・やったことは許されない。牧瀬が放った言葉の中で、そこは正直同意できた。

 命令されたこと。だとしても、この町に害を招きかねないことをしたのは確かだ。

 けれど。だとしても。俺は宮咲を、悪者だとして扱うのが・・・・・・扱われるのが。許せなかった。

 記録に妖魔として残ってしまえば。きっと今後の人生、生きづらくなっちまうだろうし。

 まぁ何にしろ。アイツに直接話を聞かなきゃ何も始まらない。

 地面に着地する。膝を折って衝撃を殺す。視線を上げれば、赤々とした夕焼けを背中に、返り血を浴びて所々赤黒く染まった白いワンピースを身につけた宮咲が、ひと振りの刀を片手に、肩越しに視線をこちらへ向けたのが見えた。

 その足元には、苦しそうに蹲る無数の祓魔師。頭にはまだ天音から貰った帽子を被っているのが見て取れる。

「その帽子気に入ったのかよ、宮咲」

「・・・・・・ああ、来たんだ。葦屋」

 言いながら宮咲が振り返る。手に持った刀を振るえば、地面に水音を立てて血液が飛び散った。

 俺をまっすぐに射抜く宮咲の瞳には光が灯っていなくて。まるで、精巧な氷の彫刻と対峙しているような冷たさがあった。

 ・・・・・・いや。氷の彫刻────というよりは、俺と宮咲の間に大きな、分厚い氷の壁があるような。この薄寒さは、辺りに散らばっている戦闘痕・・・・・・宮咲が生み出した氷だけが原因とは思えない。

 明確な拒否と敵対心。宮咲の視線に乗っている感情の正体は、ソレだ。

 しばらく沈黙が流れる。向き合い、まっすぐに瞳を見つめ合うだけの時間。

「僕を殺しに来たんでしょ、キミも」

 先に沈黙を破ったのは宮咲の方だった。大きなため息を吐きながら、視線は地面に逃げて行き。その周りに、氷柱(つらら)のようなモノが無数に出現する。

 捉えられなかった。妖力の動きも、気配も。辺りの温度がが急激に下がり、寒気を覚えたのと同時に。瞬きするだけの一瞬で、ソレらは現れたのだ。

「ここに来るまでに何回も聞いた。僕は妖魔ってヤツになってしまったんでしょう? 殺すべき存在。祓うべき存在ってヤツにさ」

 俺は何も応えない。宮咲が小さく息を吸うだけの間があった。

「この町の祓魔師は案外血の気が多いんだね。僕を見つけた途端、みんな嬉々として襲いかかってきちゃってさ」

 俺は何も応えない。蹲り、呻きをあげる祓魔師たちを宮咲が睨みつけるだけの間があった。

「でも弱すぎ。実戦経験、足らなすぎ。簡単に処理できちゃった。・・・・・・祓魔師になったのは良いけど、平和な依頼だけ熟してのんびり暮らしてるだけでしょ彼等。町の外に出て、本格的な戦闘を行ってるのはほんのひと握り。違う?」

 俺は何も応えない。宮咲が痺れを切らしたように俺を睨みつけるだけの間があった。

「あの偉い人・・・・・・牧瀬だっけ? あの人を除けば・・・・・・この町で今、一番強いのキミでしょ。葦屋」

「────、────」

「だから早く構えなよ。キミが殺さないと、僕が偉い人殺して、この町めちゃくちゃにしちゃうよ」

 それでも、俺は構えない。

「・・・・・・なんで構えないの。葦屋は僕を殺しに来たんでしょ?」

「違うよ。俺はおまえと話をしに来た」

「────は?」

 宮咲の冷たい呟きと共に。俺の身体に、鈍い衝撃が走る。

「ぁ、づ、────」

 衝撃だけじゃない。痛み。痛みが、遅れてやってきた。

 焼けるような痛み。けれど内側に入り込んでくる温度は酷く冷たくて。右肩に氷柱の一本が突き刺さっているのを、視界の隅に捉えた。

 それでも俺は。宮咲から視線を外さない。

「何考えてんの? 僕はキミの敵だよ?」

 だって、

「早く僕を殺さないと。話してる暇なんて無いんだよ」

「うるせえよ。ゴタゴタ空っぽな言葉ばっか並べてんじゃねえ」

 この場に来てから。宮咲は、

「一度たりとも本音で話して無いだろ。宮咲」

 氷柱の一本が左の腿に突き刺さる。噛み締めた奥歯が軋む音がした。

 視界が明滅する。意識が飛びそうになる。それを、一歩。前に足を進めることで、踏みとどまった。

「────本音? 何、何言ってるのさ。僕は妖魔だ。殺すべき存在なんだよ。死ぬべき存在。この世に居ちゃいけない」

「その言葉が空っぽだって言ってんだよ。一ミリ足りとも心がこもってな────づ、ゔ!!」

 次は左肩。フラつく体を、もう一歩。息を吸う度、吐く度。全身に痛みが走って仕方がない。

 ソレらが明確に意識を刈り取るような気配がある。絶対に手放すな。意地でも。

「ほら、早く構えて。『怪現』でも何でも早く使ったらどう? 僕は簡単に人も、妖怪も殺してしまうような悪いヤツなんだよ?」

「・・・・・・俺にはそうは見えねえよ」

「見えない、って────」

 宮咲の視線に僅かに動揺が乗った気がした。けれどソレを視認する前に、認識する前に。俯く形で逃げていってしまう。

 顔は見えない。表情は見えない。けれど、俺には。震える肩が、痛いくらいに強く握りしめた掌が、見えていた。

「何でそこまで言い切れるの? 僕とキミたちが過ごしたのはたった一日。全部が全部、キミたちの目の前で見せたモノが演技かもしれないでしょ。そんなに簡単に、信用して良いわけ?」

「ああ、そうだな。俺たちが一緒に過ごしたのはたった一日だよ。それでも────それでも、俺は宮咲を信じたい」

「それは・・・・・・それは、ただのエゴだよ」

 一歩。フラつく足を前に踏み出す。

「僕は人を殺す化け物だ。妖怪を殺す化け物だ。だから、早く殺して」

「その言葉に心が篭って無いって言ってんだ。心にもねえ事言うな、って言ってんの。俺は祓魔師だ。無差別に誰彼構わず殺す殺人鬼じゃねえ。おまえの気持ち、聞いてから祓うかどうかくらい決めたい」

 氷柱が放たれる。思わず首を横に傾けたけれど。耳を少し掠めたみたいで、酷い耳鳴りがした。

 それでも宮咲の言葉は、聞き逃してやらない。

「・・・・・・本音だよ。殺されたいと、そう願ってる」

 痛みを逃す為に息を長く、長く吐く。もう一歩、前へ。

「生きていちゃ・・・・・・いけないんだ。僕はキミたちのような立派な人じゃない。何人も、人も・・・・・・妖怪も、殺してきた。キミたちと過ごして、痛いほど自覚したよ」

 俺たちと過ごしている間。時折、宮咲は何処か遠いところを見つめるような目をしていた。

 その目が見ているのは多分────〝今〟では無かったと思う。過去か、未来か。ソレは決して、わからなかったけれど、

「僕の居場所はここじゃない。キミたちの隣じゃない。そう解ってて、キミたちから貰った温かい時間を貪っていた。そんな資格、ないのに・・・・・・僕は多くの命を奪って生きてきた。それも事実なんだ。だからきっと、僕の居場所は・・・・・・地獄か、牢屋か。そのどちらかなんだろう」

 その視線の真意は、多分これだ。

 ここに来て初めて宮咲の言葉に心がこもっている気がした。初めて本音を聞いた気がした。氷の壁が、少しずつ溶けていっている────そんな気がする。

「だから・・・・・・だから僕を殺してよ。裁いてよ」

「嫌だね」

「────ッ、なんで、何でそんな頑ななの!? 言ったでしょ、僕は妖魔。人殺し。何回言ったらわかってくれるの・・・・・・!!」

 だから、今度はこっちの番だ。

「そんな泣きそうな声で罪を吐き出して、体震わせながら叫んでるヤツをただの人殺しだとは思いたくねえよ」

「・・・・・・・・・・・・っ」

「それに。宮咲が人殺しだってんなら、ここにいる奴ら全員がまだ息してて、生きてんのは何でだ?」

 言いながら、辺りを見回す。

 そこらに転がる祓魔師の仲間たち。全員に出血や傷は見られるけれど、ひとりたりとも命に関わるような怪我は負ってない。

 致命傷を上手い事避けてる。コイツら自身の技術なんかじゃない。意図的に、宮咲が加減をしたからだ。

「こんなの殺す方が簡単だろ。血も涙もない人も妖怪も簡単に殺す妖魔だ? 俺にはそうは見えねえ・・・・・・俺は宮咲の今しか知らない。今の宮咲を・・・・・・一緒にバカみたいに笑って園庭を走り回った宮咲を、俺の作ったカレーを美味いって泣きながら食ってくれた宮咲を信じたい」

 ある意味、俺が牧瀬の所に直行したのは宮咲への信頼もあったからだ。

 もし犠牲者が増えていた場合。宮咲の妖魔としての階級指定が更新された旨のメールが届いていたはず。けど、ここに来るまで一回たりとも、そういったメールは届かなかった。

 コイツが本当に血も涙もない、人も妖怪も簡単に殺す妖魔に成り下がったって言うんなら、ここに辿り着くまでに多くの犠牲を出したってんなら、その時は俺だって腹を括ってコイツを祓っていた。

 ・・・・・・だけど。だけど、この場に来た宮咲を見て俺は確信した。コイツの本心はそっちじゃない。

 俺たちに見せた笑顔や涙。そっちが、本当の宮咲なんだ、と。

 感情を殺した瞳で刀を振るって。加減の効きづらい妖力を使う事なく。意図的に刀で切り伏せてここまで来たんだ。

 宮咲の視線が俺に向く。その空色の瞳は、涙で潤んでいた。

「もう────もう、どうしたら良いかわからないんだよ。何も、もう変えようがない。僕の手は血で汚れていて・・・・・・洗っても洗っても、その匂いも罪も取れてくれない。罪には、いずれ・・・・・・いずれ、罰が下る」

 カラン、と音を立てて刀が地面に転がる。そのまま宮咲は地面に膝をつき、こぼれ落ちる涙を両手で拭った。

「いつ来るかわからない罰。いつ僕の体を押しつぶすかもわからないソレが、怖くて怖くて仕方ないんだ。たまに見るテレビの報道で、誰かが捕まったって聞く度に次は自分の番だと思った。怖かった────」

 一歩、二歩。視線が泳ぎ、泣きじゃくる宮咲の元へ。歩みを進める。

「────どうしたらいいのか、もうわからないんだ。怯えながら生きていくのは嫌なんだよ。怖いのはもう嫌なんだ。何もかもを投げ出して死んでしまいたい。逃げてしまいたい。だから、だから、僕を殺してよ!!」

「嫌だね」

「ッ、っ・・・・・・なん、で」

 きっと、殺してくれと願う宮咲の声は。その言葉は、一切の────混じり気のない本心なのだろう。

 けれど。だとしても。・・・・・・いや。だからこそ、俺は────。

 あの日、恵センセーが俺たちに言い放った『克己さんを殺してくれ』という願い。それに比べて宮咲の言いたいことは理解できた。

 例えるなら、見上げた空からデッカい岩みたいなのが落ちてきていて。数秒先、数分先、数時間先────いつになるかはわからないけど、自分が押し潰されるであろうことだけはわかっていて。

 逃げる術を知らず、助けを求めることもできず。このまま『いつ押し潰されるかわからない』恐怖と一緒に生きるくらいなら、今すぐ終わらせてもらいたい。

 ・・・・・・わかる。すげーわかる。俺だってそうだ。自分が生まれてきたことが間違いだと罵られ、母さんが死んで・・・・・・親父も、あんなんで。

 母さんから与えられた言葉を叶えられず、このまま死ぬんじゃないか。俺は何も成せずに、何にもなれずに死んでいくんじゃないか。独りで思考の迷路に迷い込んで、道もわからず、ただその場に蹲ることしか出来なくて。

 

 ────何者にもなれないなら、ここで殺してほしい。終わらせてほしい。

 

 いつか降りかかる災難があるとするのなら、いつか来る絶望が待って居るのなら。ここで。

 俺だって時たま、そう思うこともある。けれど。だからこそ。

「死ぬことがおまえの罰だって思ってんなら。死ぬことがおまえの救いだと思ってんなら。俺は、おまえを助けない(殺さない)

「気持ちはわかってくれるんでしょう? 何を言ってるかわからないわけじゃない。だっていうのに葦屋は────」

「ああ。俺はおまえを殺さないよ。そんな救いはくれてやらない。そんな救いは与えてやらない」

 死んだらきっと楽になる。楽になれる。楽に、なれてしまう。

 でも俺の脳裏には、

「第一なあ、宮咲。おまえが死んだところで、おまえが殺した人たちが戻ってくんのか? おまえがここで死んで、裁かれて。おまえに殺された人たちの遺族が流した涙とか。全部無かったことになるのかよ」

「そ、それは、」

「釣り合い取れんのか? 自惚れるなよ。おまえの命にそこまで価値があると思うな」

 あの日。克己さんが言い放った言葉がどうしてもチラつく。

「テメェだけ安易に救われようと思うなよ。命を奪ったこと後悔してんなら、その後悔を一生抱えて生きろ。宮咲に罰が下るとしたら、ソレだ」

「ぁ、う────」

 歩みを進める。もう、手を伸ばせば宮咲に届く距離。

「それにさ。ただの一度も自分の意思で誰かを殺したことはない。違うか?」

「それは────」

「もう誰ひとり殺したくない。そう思ってるんじゃねえのか?」

「っ、っ・・・・・・」

「だとしたら、宮咲が願うのはそうじゃねえだろ」

 逃げ方がわからないなら誰かに助けを求めれば良い。

 みんな重たいものを抱えて生きてる。みんな辛さを何処かしらに抱えて生きてる。

 だからこそ。気持ちをわかって寄り添ってやれるんじゃないのか。余裕がある誰かが、周りを見れる誰かが。押しつぶされそうな誰かに手を差し伸べてやれば、この世界は少しでも良い方向に進むんじゃないのか。

「殺してくれ、じゃないだろ。助けてくれ、だろ。・・・・・・だいたい、俺たちンとこに来るヤツは、殺してくれだの死なせて欲しいだの極端なんだよ」

「そんなの僕に言われても・・・・・・」

「うるせえ。俺はおまえにもキレてんの」

 みんな視野が狭くなっちまう。まあ、思い悩んでる時に『これしかない』と思い込んじまう気持ちもわからないでもないけどさ。

 手を伸ばす。目の前で泣きじゃくる宮咲に。色んな感情でぐちゃぐちゃになった宮咲の瞳は、俺の目をまっすぐに見て。差し伸ばした手を見つめた。

「・・・・・・キミたちを僕の事情に巻き込まないように気を遣ってたのに」

「余計なお世話だっつーの。それに、俺に殺してくれとか願った時点で巻き込んでるようなモンだろ」

「僕は殺されるなら、キミか天音ちゃんが良かったのに」

「何度も言ってんだろ。俺はおまえを殺さないし、天音もきっと同じことを言う」

「・・・・・・キミはそうやって、誰かが背負っているものを掻っ攫って行ってしまうんだろうな」

「これでも半妖なんでね。力には自信あんだよ。身近な友人の抱えてるモン、一緒に抱えるくらいの腕力は有り余ってる」

 目の前を隔てる壁が溶けていく感覚。

 ようやく、俺の言葉が宮咲の元に届いた気がした。

「僕かなり面倒くさいよ」

「おう、どんと来い」

「また死にたがるかも」

「そん時ゃまたキレてやるよ。甘えんな、ってな」

「・・・・・・ふふ。キミも相当面倒くさいな」

 そんな短いやり取りが何度かあって。ようやく宮咲は、俺の手を握った。

「・・・・・・じゃあ、澄人。僕を助けて。その後で罰ならいくらでも受けるからさ」

「オウ、任せろ。・・・・・・つっても全部が終わったその後で、宮咲の処遇を決めんのは俺じゃないから。なんとも言えないんだけどさ」

「え〜、ソレ今言う? も〜・・・・・・締まらないなあ」

 笑い声が、星が浮かび始めた空に溶けていく。

 ここからが、俺たちのやるべきこと。きっと牧瀬の野郎が一部始終を見ているだろうし、傷ついた祓魔師たちを運び込む必要はないと思う。

 だから、俺は宮咲を連れて事務所に帰って、天音に相談して────、

「す、澄人!?」

 そんな思考が揺らいでいく。目の前が霞む。

 ああ悪い、宮咲。ちょっと眠らせてくれ。血ィ、流しすぎた。

 そんな言葉を吐き出す間もなく。俺は意識を手放したのだった。

 

 ◇◆◇

 

 夏の日はよく思い出す。よく夢に見る。

 まだ建設途中の『人妖特区』の隅っこ。俺がまだガキの頃に住んでいた平屋の縁側で、何処か遠くを眺めている母さんの背中。

 あちこちから聞こえて来る工事の音と、日暮れを告げる蝉の声。母さんが纏う物悲し気な雰囲気が、ソレらのせいで余計に引き立っていたことを覚えている。

『母さん』

 俺の声を聞くと、天井に向かって伸びた長い耳がピクリと揺れる。肩越しに俺を見るように振り返るけれど、その顔は思い出せなくて。まるで闇が広がってるみたいに、記憶の中の母さんの顔には大きな穴が空いていた。

『なあに?』

『親父、全然帰ってこないけど。良いの?』

 しばらく、沈黙がある。

 俺は親父と親子らしいことをした記憶なんてほとんどない。創作物で見た『父と息子』なんてモノとは酷くかけ離れていて。たまに帰ってきては母さんと数回やり取りをして、そのまま何処かへ行ってしまう。

 寂しいという気持ちが無かったと言えば嘘になる。

 悲しいという気持ちが無かったと言えば嘘になる。

 けれどその寂しさと悲しさは次第に普通になって。慣れが来て、当たり前になって。俺は親父に、何かを求めることを辞めた。

 少し考え込んだ後。母さんはまた、視線を何処か遠くに向けてしまう。

『良いの。良いのよ。お父さんは大事な仕事をしているんだから。・・・・・・本当はね、お母さんもこんなところにいるべきじゃ無いの。妖怪の長として、お父さんの隣に立っていなくちゃいけないのに────』

 その自分だけを責めるような声音が嫌だった。自分だけで全てを背負おうとする母さんは嫌いだった。

 別に全部母さんが悪いわけじゃない。だって、だって。罪を背負うとしたら、俺自身だから。

 妖怪の身体は本来、子を産むようにできていない。だから俺を産んだ母さんの身体が、次第に弱っていくのは自然なことだった。

 年々出来ないことが増えていく。俺の視界に映る母さんの妖力の気配は、ほぼほぼ皆無に近しい。

 俺を産んでしまったから母さんはこうなった。俺は、母さんの命を踏み台に生まれて、足蹴にしながら生きている。

 だから悪いとすれば、俺だけ。俺は、この世に生まれちゃいけない存在だった。

 誰かひとりの人生をダメにしてまで生きていて良いのか、と。そんな疑問が、常に頭にこびり付いて離れない。だからこそ俺は、宮咲のあの言葉に酷く心を揺さぶられたのだろう。根っこの部分は同類なんだ。俺と、アイツは。

 自分の生に意味を見つける為に。死んだ後で後悔の無いように。俺ひとりの人生じゃないからこそ、母さんの言葉を忘れないように。あの日の願いを忘れないように。俺は────、

『────それに、ね。母さんは、お父さんのことも澄人のことも、愛しているから。きっと、お父さんも同じよ』

 それが、俺が最後に聞いた母さんの言葉。

 その日の晩に母さんは死んで。次の日には葬儀が執り行われて。

 親父は、その場に一切姿を見せることは無かった。

「から、白雪ち────」

「────めんね、本・・・・・・」

 話し声で現実に引きずり戻される形で目を覚ます。重たい身体を擡げて、頭を緩く振って。まだ意識がぼうっとしてはいるけど、しっかり頭は回り始めてくれた。

「あ、澄人くん起きた・・・・・・良かった」

 俺の身じろぎの音を聞きつけて。調理スペースから駆け出て来た天音が、俺の顔を覗き込んでくる。

「具合は? どう?」

「まだちょっと身体怠いけど問題ないよ。・・・・・・どんくらい寝てた?」

「今回の案件が終わったら、絶対綺羅楽ちゃんのとこ行ってよね。白雪ちゃんが事務所に連れて帰って来てから5分くらい。むしろもう少し休んで」

「そういうわけにもいかねーだろうがよ・・・・・・」

 実際、ゆっくり休んでいるわけにもいかない。宮咲のあの行動が全て陽動の可能性だってあるんだ。

 結界の核、御神木の一本を凍らせる。そこに含まれた動機が、クソ親父を殺すためだけだとは思い難い。

 息を大きく吸って、吐く。

 寝ぼけた頭に酸素を回す。吸った息を、酸素を、肺から指先、腹部、足先へ向けて。順番に巡らせていくように。

 ・・・・・・見た夢の内容も、ついでに頭の奥に押し込むように。今は自分のことで感傷に浸ったりだとか、凹んでる暇はない。

「・・・・・・すみ、と?」

「ああ宮咲。悪いな、ここまで連れて帰ってくんの大変だったろ」

「いや、それは・・・・・・別、に。認識阻害? だっけ。アレでどうにか」

「いや重かっただろ、とかそういう話ね・・・・・・方法じゃなくてね・・・・・・」

「重くは、あった」

「ごめんなさいね!!」

 俺の勢いに押し負けて宮咲が小さく吹き出す。それでようやく宮咲の表情から罪悪感だとか、気まずそうなモノが消えて。ソレを合図に天音が、場を仕切り直すように小さく掌を叩いた。パン、と乾いた音が応接室兼生活スペースへ響く。

「はい、じゃあ澄人くんも起きたことだし。白雪ちゃんの緊張・・・・・・? も解れたことだし」

 そう。正直、こうしてダラダラとしてる時間も惜しい。俺たちがするべきなのは、『これから』の話だ。

「私たちは『これから』の話をしなくちゃいけないからね」

「それ俺今言おうと────まあ良いや」

 相変わらず人の台詞を先取りするヤツである。したり顔の天音はとりあえず横に置いといて。ソファに座る俺を見上げるように、ちんまりと座った宮咲へ話の水を向けた。

「いずれ下る罰、償わなくちゃいけない罪。全部清算する為に、まずは目下の問題をどうにかしなくちゃいけない。だからー・・・・・・そうだな。宮咲に命令してるヤツ。ソイツの目的とか、わかるか?」

「あー・・・・・・えっと、それが」

 言いづらそうに宮咲の視線が泳ぐ。頰を指先で掻き、長い長いため息の後で、

「僕には『ちゃんと』は知らされてない。僕にされた命令は、御神木の一本を凍らせて結界をダメにして、祓魔師協会の偉い人・・・・・・牧瀬 治哲を殺せ、ってだけで。それをしたことでどうなるのか、何が目的なのかとかは、一切」

「・・・・・・そうかあ」

 まあ、最初からそう上手くいくとは思ってない。正直『最初に聞いとかなきゃダメだろうな』って気がしていただけで。

「そもそもあの人は、僕を────いや。周りの人間を、妖怪を、半妖を信用してないんだ。最初から最後まで信用できるのは自分だけ。顔すら周りに隠してるくらいだもん。いや、隠してるって表現が正しいのかはわかんないけど」

「あー・・・・・・アレな」

 顔を隠している、というか。印象に、記憶に残らないというか。正しい表現が見当たらない。

 対面している時は〝そこ〟に居ることはわかる。存在していることは確かなのに。対話した内容が頭に定着する前に抜けていくというか。印象に残る前に霧散していく、というか。

「・・・・・・澄人くん、その白雪ちゃんにアレコレしてる人にもう一回会ってたって話聞いてないんだけど・・・・・・ってツッコミはしても?」

「終わった後でいくらでも」

 そんなにブー垂れた顔で睨まれたって困る。俺だって思い出したのはつい数十分前のことだ。共有する隙なんて一切なかった。まあコレばっかりは一度味わったやつじゃないと共感してくれないだろう。

「ま、まあ閑話休題ってことで。ともかく、アイツの行動を先読みして潰すってのは無理そうか。目的がわかんないってなると、アイツがどこに居るのかもわかんねーし・・・・・・接触の方法とかも考えねえと」

 この混乱した町の中、どこに居るのか。アイツを潰さない限り、前に進むも後ろに進むも退っ引きならない。下手したらこの町が本格的に滅び────ることは無いか。今はあのクソ親父が花楓町に居る。だから、アイツに任せておけば全部丸く収まるんだろう。

 ・・・・・・けど。だとしても。多分向かう先はそこじゃ無い。

 思わず喉の奥から唸りが漏れる。それを聞いてか、宮咲がおずおずと気まずそうに手を挙げた。

「はい、宮咲」

「え? あ、えーと。その。接触する方法は、あることにはあるよ」

 挙げた手を引っ込めて。そのままワンピースのポケットに手を突っ込めば、一枚の紙切れが机の上に置かれた。

 そこに書かれているのは電話番号。まじまじと見つめる俺と天音の視線を受けながら、宮咲は再び口を開く。

「けどね、僕さっき────その。彼は誰も信用してないって言ったでしょ。それは僕に対しても例外じゃない。気に入られては居るけれど、信用とソレは別問題なんだ。彼は誰かを信用していないからこそ、逃げられないように壁を・・・・・・囲いを、作る。弱いところを握って、離さないことで・・・・・・いつでもおまえの心をぐちゃぐちゃにしてやれるんだぞ、って」

 何と無く言いたいことは理解できた。俺の時だって、記憶が確かならそうだったはずだ。

 精神を操られた町のヒトたち。鎖繋がれ────いつ盾にされてもおかしくなかった、酷く怯えた様子の半妖の子供。

 精神汚染の類が効きづらく、腕っぷしでも敵わない。だから周りを使って有利な状況を作り出す。

 アイツの立ち回りは手慣れていた。多分宮咲に対してもそうなんだろう。けれど、

「ん、それなら気にすること無いね。大丈夫」

 そういう時こそ。困った時こその天音様、だ。天音は長いため息を吐き出すと、机の上からその紙を手に取って立ち上がり、何故か俺のポケットから俺の端末を取り出す。そのまま、床に座った宮咲を見下ろした。

「全部上手く行くよ。澄人くんに・・・・・・いや。十六班に依頼してくれたんでしょう? なら全部任せて。・・・・・・ちょっと白雪ちゃん。喉に触らせてもらうね」

 天音の手が宮咲の喉に触れる。器用に空いた手ではオレの端末を操作して、紙に書かれた番号を入力していく。

 妖力が動く気配。天音の全身を覆うモヤのようなソレは、喉に集中していく。それから満足げに頷いたのと同時に、部屋には無機質なコール音が響いた。

『・・・・・・白雪か? ったく、キミがケータイ壊すとかいう余計なことしなければこんな無駄は省けたのに。何度も言ってるよな。ボクは、私は、オレは。無駄が大嫌いなんだ』

 スピーカーの向こうから聞こえてくるのは一切印象に残らない声。間違いない。俺が昨日聞いた声と全く同じだ。

 そして、その言葉に応える天音の声は、

「・・・・・・はい。すみません」

 宮咲の声と全く同じ。どちらがしゃべっているのかわからないほどのソレ。声を聞いて、目を見開く宮咲を視線だけで静止する。この子は驚きのあまり声を出しかねない。

 まあ俺も何度見ても天音の『変幻』には驚かされるけれど。すげーやつなんすよ。

『・・・・・・まぁ良いや。で? そっちの首尾は?』

「全部終ったよ。僕はこれから、どうしたらいい?」

 天音の言葉を聞いて。スピーカーの向こうから、驚愕したような・・・・・・何かを考え込むような気配がする。

『本当に〝アイツ〟を・・・・・・いや、あの刀のおかげか? ま、考えても仕方ないか。良い方向に全てが動くのは良いことだ。ウンウン。俺もオマエが誇らしい。帰って来たらうんと褒めてやらないと、ね』

 相手を置いてけぼりにするような言葉の羅列。コイツとの会話は、会話のようで会話じゃ無い。一方的に言いたいことを押し付けるだけ。

 その証拠に。

「光栄で────」

『でも電話口のオマエ。白雪じゃ無いだろ』

 酷く冷たい声音で、天音の言葉を遮った。

『白雪はな。もっと私と話す時は怯えた様子で話すんだよ。オマエみたいにハキハキ喋らない』

 宮咲の肩が大きく跳ねる。息を呑む音がする。自分の肩を抱き、怯えたような視線で、ただただ床を見つめるしか無い宮咲の姿を見て、胸の内で怒りが燃え盛る気配がした。

 ────まるで。その様子が、怯えた様子が。この男の言葉の正しさを証明するようで。

 けど、

「思いの外バレるのが早くて驚いた。そうだよ、白雪ちゃんじゃない。本物じゃなくてごめんね?」

 怒りで気が狂いそうなのは俺だけじゃない。

『でも白雪もどうせこの話を聞いてるんだろ? なあ。おい。オレを、私を、ボクを裏切るってのはどういうことか理解してるよな?』

「────、────」

 宮咲は何も言葉を発しない。何も男に応えない。

 応えられない、ではなく。瞳に灯る感情は、諦めやその類では決してなくて。真っ直ぐに床を見つめながらも。奥歯を噛み締めながらも。そこに宿る感情は、俺や天音への信頼に見えた。

「裏切りも何も・・・・・・キミに対して白雪ちゃんは一切、信用や信頼の類の感情を抱いていないように見えるけど。それこそ、たった一日一緒に過ごした私たちの方が────よっぽど仲良く、信頼しあってるように見えるくらいには」

『・・・・・・あ?』

「良い? 裏切りってのはね。双方信頼や信用を向けて、ソレを無碍にする行為のこと」

『何が言いたい。国語の教師にでもなりたいのかい? キミは』

「ああ、そう。わかんないみたいだからハッキリ言ってあげる」

 怒りの炎を言動力にしながらも。あくまで、心の底では冷静に。気を落ち着けるために一度、大きく息を吸って吐く。これが俺と天音との違いだ。コイツは怒りで我を失うことはない。きっと今も、天音は自分の『良い方向』に転がすために、言葉を発しながらも思考を繰り返してる。

 口元には笑みを浮かべて。怒りに拳を握りながら。天音は画面越しに、あの男へ冷めた目を向けた。

「キミは最初からずっと独りだった。ただそれだけ。本当の意味でキミに寄り添う相手は誰も居なかったって話。ま、無理もないよね。誰に対しても信用、信頼、好意の形を心の底から見せないヤツには誰もついてこない。だからこうして、周りからヒトは離れていく。元からずっと独りだったんだから、元に戻るだけだろうけどね」

『────、────』

 沈黙がある。スピーカーの向こうで息を呑む音がする。ソレは長い長いため息に変わり、何か硬いものを蹴飛ばすような轟音が響いた。

『そう、そう? そうかそうかそうか。ははは、白雪。オマエはボクをコケにするわけか。そこまで。ああそうかい、良かったなァ! オマエを大事に守ってくれる相手ができてさあ!!』

 その怒りを発する間も、轟音は仕切りに鳴り響く。

『良いぜ。約束を最初に破ったのはキミだ、オマエだ白雪!! 自分がやるから、自分がオレの思い通りに、ボクの思い通りに動くから。だから他の連中には手を出すな。最初にそう言ったのは白雪だ────私の顔に泥を塗るってのはどういうことか。心の底から理解してるんだろうな!! ボクは、オレは私は大金を払い、ただの善意で施設から〝オマエら〟を引き取ったわけじゃない!!』

 音が割れるほどの怒号で、笑い声の中で、

『オマエの〝きょうだい〟を全員、手酷く殺してやる!! キミにしてきたことより酷いやり方で、尊厳を踏み躙り、その首をオマエの目の前に差し出そう!! 二度と生きて会えると思うなよ!!』

 釣り針に、かかった。

「────ああ。キミは【尊厳を踏み躙り、手酷く殺す。白雪ちゃんは〝きょうだい〟と二度と生きて会えることは無い】だろうね」

 天音の言の葉ひとつひとつが、妖力の粒子となって端末に吸い込まれていく。

『────オマエ今、何した』

「気分がいいから教えてあげる。・・・・・・キミはね、めんどくさいヤツを敵に回した。めんどくさいヤツに喧嘩を売った。私は『天邪鬼』の半妖、天野 天音。その妖怪の血の能力によって、キミの放った言葉────そこに含まれた言霊や意識を【反転】させてもらった」

 そう、天音の血に宿る能力の本領はソレだ。

 相手の放った言葉に含まれた言霊や意志の反転。天音自身が放った言葉を、その瞬間に聞いてる必要はあるけれど。放った人間が心の底から強く思っていれば思っているほど、効力を発揮する。

 他にも何かと制約はあるらしいが。それにしたって、コイツの能力は何かと便利ではある。自分の身体にアレコレする分には多少自由が効くらしいし。

「私も良い加減頭に来てるの。どんな理由があれ、どんな事情があれ、妖怪に対しても、人間に対しても────半妖に対してだって! ひとりの人生を滅茶苦茶にして良い、なんて事ありっこない! これでキミは白雪ちゃんのきょうだいに対して、悪意を持って接することは出来ない。いつ来るかわからない私たちの脅威を、震えながら待ってると良いよ」

 全てが掌の上。未だにスピーカーの向こうで怒りを露わにする男を他所に、天音は怒りを露わに次々言葉を並べ立てる。

「いつ裁かれるかわからない恐怖、いつ来るかわからない終わり。キミが白雪ちゃんに覚えさせてきた気持ちを、少しでも味わえ!!」

 そして、その勢いのまま。通話の終了ボタンを叩き押した。

「はい、これで白雪ちゃんの〝弱い所〟は突かれない。あと、通話中あの人の声が反響する感じから────多分、居場所は避難用シェルターじゃないかな。白雪ちゃんが凍らせた御神木・・・・・・東楓の近くのやつだと思う」

「え、ええ? あの通話だけで、そこまで・・・・・・」

「言ったでしょ? 全部任せといてって。澄人くんはともかく、私は友達に嘘つかないよ」

「ちょっと。俺も別に嘘とかつきませんけど」

 なんで今流れで俺がディスられたのか。納得がいかない。

 まあとはいえ、だ。この町の四方にある、対災害級指定生物用避難シェルター────誰にも見つからず、目立たない場所となれば。確かに当たってるかもしれない。

 あそこは人が来たとしても月に一度定期メンテで業者の人や祓魔師が来るくらい。

 東楓に異変が起きた今回、町の人たちが避難してるのは西と南と北のシェルター。となれば、アイツが隠れられるのは東のシェルターくらいか。

 筋は通る。そもそも、天音の推理に疑いとかは無いけれど、

「よし、じゃあ」

 これで気持ち良く、アイツを殴りに行ける。

「反撃と行こうか。宮咲のアレコレ全部、終わらせに行こーぜ」

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