『プロセカ世界に転生したのに音痴だった俺が、壊れかけの少女たちを救うまで』   作:krowknown

1 / 11
Prologue

―――Prologue―――

 

 人の一生を振り返るとき、そこに並ぶのが幸せか不幸かは、案外どうでもいいのかもしれない。

 

 ただ一つ、確かに言えることがある。

 

 ――俺の人生は、ひどく“つまらなかった”。

 

 裕福な家庭だった。金に困ったことはない。

 家は広く、食卓にはいつも温かい料理が並び、将来の進路に悩む必要もなかった。

 

 その代わりに与えられていたのは、見えない“枠”だった。

 

 両親は医者。兄も優秀。

 だから俺も、そうあるべきだった。

 

 子どもながらにそれを理解していた俺は、疑うことなくその枠の中で生きた。

 テストの点は落とさない。内申も完璧に整える。

 生徒会長を務めたのも、やるべきことの一つに過ぎなかった。

 

 友人にも恵まれていたし、笑うことだってあった。

 

 それでも――どこかでずっと、息が浅かった気がする。

 

 その違和感の正体に気づいたのは、少し後のことだ。

 

 歯車が狂い始めたのは、兄の受験失敗だった。

 

 ほんの数点。

 だがその数点は、家の空気を変えるには十分すぎた。

 

 それまで静かに張り詰めていたものが、音もなくひび割れていく。

 

 両親の視線は、兄から“期待”を失い、代わりに測るような冷たさを帯びた。

 家族の会話は減り、食卓には重たい沈黙が落ちるようになった。

 

 ――ああ、これが本当の姿だったのか。

 

 そんなふうに思った。

 

 兄はその後も挑み続けた。

 四度の春を見送り、それでも届かず――

 

 限界を迎えた。

 

 あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。

 

 白い天井。消毒液の匂い。規則的に鳴る機械音。

 そして、かろうじて繋がれた命。

 

 運が良かったのか、悪かったのか。

 兄は、生き延びた。

 

 だがそれは、何かが元に戻ったことを意味しなかった。

 

 家族は壊れたままだった。

 

 俺は、その場所から静かに離れた。

 

 大学には進まず、就職し、家を出た。

 反抗と呼ぶにはあまりにも弱い、ただの逃避だった。

 

 それから五年。

 

 兄は少しずつ、ほんの少しずつだが、前を向き始めていた。

 言葉が増え、表情が戻り、未来の話をすることもあった。

 

 「これからだな」

 

 そう言って笑った兄の顔を、俺はきっと忘れない。

 

 だから――思ったのだ。

 

 ようやく、人生が動き出すのだと。

 

 その矢先だった。兄と会った帰り道、道を逸れて近づくトラック。

 

 人生はいつでも突然思いもがけないことが起こるとわかっていたが、まさかこのタイミングで自分に降りかかってくるなんて思ってもみなかった。一瞬の間に起こった莫大な思考量とは裏腹に身体は動かなかった。ただトラックの強烈なライトが段々と自分に近づいてくることだけを理解することしかできなかった。

 

 

――――――――――――――

 

「ここは、どこだ……?」

 

 声は、白い空間に静かに溶けた。

 

 視界のすべてが、白だった。

 地面も、空も、境界さえ曖昧で、遠近感すら狂っている。

 

 だが、不思議と恐怖はなかった。

 

 温度も、風も、音もない。

 ただ、世界から切り離されたような静寂だけがそこにあった。

 

 ――現実感が、薄い。

 

 そう思った瞬間。

 

「ほっほっほ」

 

 不意に響いた笑い声が、その静寂にひびを入れた。

 

「……誰だ」

 

 振り返る。

 

 そこには、先ほどまで存在していなかったはずの“老人”が立っていた。

 

 白い髭をたくわえ、ゆったりとした衣をまとい、どこか場違いなほど穏やかな表情を浮かべている。

 

 その姿は、あまりにも“それらしく”て。

 

 逆に、現実味がなかった。

 

「ここもまた、一つの世界じゃ」

 

 老人は、当たり前のことのように言った。だがその声は落ち着いていて、不思議と耳に残る。

 

「……一つの世界?」

 

「そう。お主のいた世界も、物語の中の世界も、すべては並び立つ“現実”じゃ」

 

 荒唐無稽な話のはずだった。だが、この場所の異様さが、それを否定させてくれない。むしろ、妙に納得してしまう自分がいた。

 

「……それで、俺はどうしてここにいる」

 

 問いかけると、老人は満足げに頷いた。

 

「良い問いじゃな。では単刀直入に聞こう」

 

 ほんのわずかに、間を置いて。

 

「———別の世界に、興味はないかの?」

 

 そんな突拍子もない言葉に、心がわずかに揺れてしまう自分がいた。

 

 別の世界。

 

 それは、現実から切り離された場所。

 新しい人生。別の可能性。

 

 ――そして、ふと頭に浮かんだのは。

 

 最近、ずっと支えられていたゲーム。“あの世界”だった。

 

「……プロジェクトセカイが」

 

 無意識にこぼれたその名前に、

 

 老人は、にやりと笑った。

 

「――その世界じゃよ」

 

「……は?」

 

 一瞬、思考が止まる。

 

 今、何と言った。

 

「お主が思い浮かべたその世界。お主に行ってもらいたいのは、そこじゃ」

 

 静かな声だった。

 

 だが、その内容はあまりにも現実離れしている。

 

「……冗談だろ」

 

「できるとも」

 

 次の瞬間、老人の体がふわりと宙に浮いた。

 

 重力を無視したその光景に、思わず息を呑む。

 

「なぜなら、わしは――神じゃからな」

 

 得意げなその顔に、思わず言葉が漏れた。

 

「……はぁー。無駄に説得力があるのが腹立つな」

 

 軽く頭を押さえながらも、理解する。記憶の最後にあるトラックが自分に近づく記憶。ここで先ほどから起こっている摩訶不思議な出来事の数々。

 

 これはもう、疑う段階は終わっているのだと。

 

「さて」

 

 神はゆっくりとこちらを見据えた。

 

「行くかの。あの世界へ」

 

 問いかけは穏やかだった。

 

 だが、その奥にあるものは、決して軽くはない。

 

 それでも俺は、迷わなかった。

 

「行きます」

 

 その言葉は、自分でも驚くほど自然に出た。

 

 胸の奥が、わずかに熱を帯びる。

 

 久しく感じていなかった感覚だった。

 

「よかろう」

 

 神は頷き、指を鳴らす。

 

 すると、背後から静かな空間に不釣り合いな機械音が響いた。

 

 顔だけを動かし後ろを振り返ると、そこには――どう見てもスロットマシンが出現していた。

 

「……嫌な予感しかしないんだが」

 

「力を与える儀式じゃ」

 

「もっと神っぽいやつなかった?」

 

 軽口を叩きながらも、視線は自然と回転するリールに引き寄せられる。

 

 カラカラと鳴る音が、妙に現実的だった。友人がスロットやパチンコなるものをやっている姿は、付き合いの中で覗くことはあったが、自分には合わないと思ってやらなかった代物だ。この世界とスロット代が妙にミスマッチで少し笑ってしまう。

 

「何を望む?」

 

 問われて、迷いはない。

 

「音楽の才能を」

 

 あの世界に行くなら、それしかない。あの世界で生きるなら、音楽は“言葉”みたいなものだと思った。

 

 神は満足げに笑い、ボタンを指差した。

 

「では、引くがよい」

 

 なぜだか嫌な予感しかしない。それでも、俺は手を伸ばした。

 

 指先が、赤いボタンに触れる。

 

 わずかに柔らかい感触。

 

 そして――押した。

 

 ガシャン、と音が響く。

 

 リールが止まり、静寂が戻る。

 

 神は結果を見て、一拍置いた。

 

 そして、にやりと笑う。

 

「お主の才能は――」

 

 その笑みを見た瞬間、確信した。

 

 あ、これダメなやつだ。

 

「音痴、弱点発見、回復術士じゃ」

 

「終わったわ!!!!」

 

 音楽才能どこいった!?

 むしろ真逆来てるんだけど!?どうしてマイナス要素の才能を装備しているんだこのスロットは!!!

 

「音痴はそのまま音痴じゃ」

 

「説明雑すぎるだろ!!」

 

「弱点発見は戦闘で役立つぞい」

 

「戦闘ない世界なんだが!?」

 

「回復術士はパーティーに一人は欲しい存在じゃな」

 

「だからパーティーとか必要ない世界なんだって!!」

 

 神、絶対楽しんでるだろこれ。

 

「もう一回!」

 

「だめじゃ」

 

「課金させて!?」

 

「ないのう」

 

「クソガチャだ!!!!」

 

 俺はその場に崩れ落ちた。

 

 終わった。俺の異世界ライフ、開幕前に終わった。

 

「冗談はさておき」

 

 神の声色が変わる。

 

「遊びではない。救ってほしいと言ったじゃろ」

 

 空気が、少しだけ重くなる。

 

「このままでは、あの世界は――バッドエンドに向かう」

 

「……そんなにか」

 

「人の心は、繊細じゃ。ほんの少しのズレで、壊れる。お主の世界で見えていた世界は、何百、何千とある分岐点から成り得た比較的ハッピーエンドな世界だっただけじゃからな。」

 

 俺は思い出す。

 

 ゲームの中の、あの子たちの苦しさを。

 

 そして、兄のことを。

 

「……わかった。でも俺が救ってほしいと言われている世界もその中の一つだとしたらあまり意味はないんじゃないか?」

 

「確かに。そうなのじゃが、因果というものは収束するものじゃ。その世界は放っておいてしまうと許容できないほどズレが生じて、悲しみのエンドへと繋がってしまうのが分かっておるのじゃ。少しでもその世界の子どもたちが幸せになってほしいを身勝手に思っている神の気まぐれであり、親心というものじゃ」

 

 神の言うことをすべて理解できたわけじゃない。人間には考えが及ばないほどのスケールが大きい話でもある。だから、深く考えたわけじゃない。

 

 でも、言葉は自然とでた。

 

「なんとかしてみるよ」

 

 神は、少しだけ優しく笑った。

 

「頼んだぞ」

 

 その言葉を最後に、視界が暗くなる。

 

 ――次に目を開けたとき。

 

 俺は“音痴のまま”世界を救うことになる。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。