『プロセカ世界に転生したのに音痴だった俺が、壊れかけの少女たちを救うまで』   作:krowknown

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13 目覚めと出発

目を開けたとき、世界は白かった。まだ部屋の明るさに目が慣れず、目を細めながらゆっくりと周りを見渡す。光が滲んで、輪郭が定まらない。耳の奥で、規則的な音が鳴っている。

 

ピッ、ピッ、ピッ……

 

胸が痛い。喉が焼けるみたいに乾いている。

 

ここは——

 

「……ICU、だよ」

 

声がした方に視線を動かすと、マスクで顔は半分隠れているが、見慣れた目が覗いていた。

 

「やっと起きた」

 

落ち着いた声。でも、その奥に、ほんの少しだけ安堵が混じっている。

 

「……類」

 

神代類は、腕を組んで壁にもたれていた。

 

「三日」

 

短く言う。

 

「君、三日間も眠ってたよ」

 

時間の感覚が、追いつかない。

 

「……そっか」

 

喉がうまく動かない。言葉が、やけに重い。

 

「無茶をしたんだね。夏祭りの日から」

 

「やっぱり、類には隠し事はできないな……」

 

「気付くさ。でも君が瑞希くんを助けた時のような真剣な表情をしていたからね。見守ることにしたんだ」

 

 類には隠し事は無理なのだ。ゲームの中での天才性やミステリアスな不思議さがこの世界でも存分に発揮していることをこの数カ月で理解していた。

 

「……瑞希は」

 

聞く。

 

その名前を出した瞬間、類の表情がほんのわずかに変わる。

 

「来ているよ」

 

静かに言う。

 

「毎日」

 

間を置いて。

 

「さっきまでいたんだけどね。」

 

視線を、廊下の方へ向ける。

 

「少し休ませたよ。……限界だったからね。でも君が起きたんだ。今度は瑞希くんとの約束を守らないとね。寝起きで調子はどうだい」

 

「力はうまく入らないけど、ゆっくりならこうして話せるから。大丈夫だよ」

 

「それならあと少し大丈夫かな」

 

胸の奥が、じんと熱くなる。類はそれだけ言うと、廊下に出てしまった。しばらくして、足音が近づいてくる。小さくて、速い足音。ドアが勢いよく開いた。

 

「——っ」

 

言葉にならない音。

 

そこにいたのは、暁山瑞希だった。まだ学校の時は、指定の男子の制服だが、休みの日には可愛くおしゃれをしている瑞希。今日も可愛らしいいつもの瑞希の格好だが、目が泣きはらした後のように赤い。そして明らかに、眠れていない顔。

 

でも、それ以上に——瑞希の心の中はぐちゃぐちゃだった。

 

「……なにしてんの」

 

声が震えている。怒ってるのか、泣きそうなのか、分からない。

 

「ほんとに、なにしてんの」

 

ドアの前から、ベッドの横まで近づいてくる。瑞希の手が、震えているのがわかる。

 

「……起きるならさ」

 

唇を噛む。

 

「もっと早く起きなよ」

 

ぽろ、と。

 

涙が落ちる。

 

「待たせないでよ……」

 

それ以上、言葉が続かない。ただ、俯いて、肩を震わせる。先ほどまで動かせないと思っていた腕が少し動く。瑞希の震えている手を、掴む。

 

「……ごめん」

 

それしか言えなかった。

 

瑞希は、一瞬だけ固まって——そのまま、強く握り返してきた。

 

「……ばか」

 

小さく、でもはっきりと。

 

「ほんと、ばか」

 

でも、その手は離さない。むしろ、離す気がないみたいに。

 

「……知ってたよ」

 

ぽつりと、呟く。

 

「なんか、やるって」

 

涙がぽろぽろと落ちるのも気にせず続ける。

 

「でもさ」

 

顔を上げる。ぐしゃぐしゃのまま。

 

「やるにしても、やり方あるでしょ」

 

「一人でやらないでよ……」

 

その言葉が、胸に刺さる。返す言葉は、ない。ただ、握る力を少しだけ強くする。その後、遅れて入ってきた類が泣き止まない瑞希と俺の頭をずっと撫でてくれていた。瑞希はその後、俺の体調のことも考えて素直に帰ってくれた。類が家まで送ってくれるらしい。類には頭が上がらない。

 

それが午前中のことだった。

 

その日の午後。病室に、もう一人の訪問者が来た。

 

部屋の外から聞き慣れた声。

 

ドアが開き立っていたのは——凪さんだった。

 

あの日とは、別人みたいにまっすぐ立っている。顔色もよく、呼吸もつらくなさそうだ。

 

でも、目だけが、少し違った。迷いと、決意と、罪悪感と……全部が混ざった目。

 

「……起きたんだね」

 

少しだけ笑う。その声には、いつもの軽さがはいっていない。

 

凪さんが、横まで来る。目はあってるのにしばらく、何も言わない。ただ、こちらを見る。

 

「……やられたよ」

 

ぽつりと、言う。

 

「ほんと、反則」

 

でも、その目は真剣だ。

 

「断ったのに」

 

一歩、近づく。

 

「ちゃんと断ったのに」

 

「それでも、やるんだもんね」

 

声が、少しだけ震える。怒っているわけじゃない。

 

ただ——受け止めきれていない。

 

「……ごめん」

 

「謝らないで。それは違うよ。絶対に違う……君には負けたよ」

 

最後の言葉は、小さかったがはっきりと聞こえた。その“負け”は、嫌なものじゃない。認めるための言葉だった。

 

「ねえ」

 

視線が、まっすぐこっちに向く。

 

「一つ、約束して」

 

声が、少しだけ柔らかくなる。

 

「これからは」

 

ゆっくり、言葉を選ぶ。

 

「ちゃんと、生きて」

 

その言葉に、重さが宿る。

 

「君の分を、ちゃんと」

 

それは、命令じゃない。願いだった。

 

まっすぐな目。逃げ場はない。静かに頷いた。それしか、できなかった。

 

凪さんは急に俺の頭を包み込む。

 

「私の方こそ……ごめんね。それと―――ありがとう」

 

凪さんのそのセリフには、俺が図れないほどの思いが詰まっているのだろう。凪さんの言葉俺の心の中に広がっていく。

 

凪さんの柔らかな声と匂いに包まれていた長いような短いような時間はあっという間だった。少しして凪さんは、身体を離し表情を明るくして言葉を紡ぐ。

 

「ここからだね」

 

その一言に、すべてが込められていた。終わりじゃない。続きだ。

 

「生きるって、めんどくさいよ」

 

少しだけ、いつもの調子に戻る。

 

「でも」

 

肩をすくめる。

 

「その分、面白いんだよね」

 

窓の外を見る。

 

広がる空。

 

「まだ、やりたいこともたくさんあるしね」

 

その横顔は——

 

昨日、終わろうとしていた人のものじゃなかった。

 

もう一度、始める人の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方の商店街は、どこかやわらかい。昼の熱が少しだけ抜けて、空気がゆるやかに流れている。

 

シャッターを半分下ろした店。

軒先で話す人たち。

子どもが走り抜けていく音。

 

その中に、ひとつだけ。

 

まっすぐな音が、混じっていた。

 

ギターの弦を弾く音。

 

少し荒くて、でも真っ直ぐで、

迷いのないリズム。

 

人混みに紛れるようにして、足を止める。目立たないように持ってきた帽子を深く被ったまま、壁際に寄る。目立たないように。

 

ただ、1人の観客として聴くために。

 

目線の先にいるのは―――白石杏

 

あの子が言っていて通り、汗をかきながら、全力で歌っている。

 

ただ、前を向いて歌っている。

 

「——っ」

 

一瞬、声が揺れる。でも、すぐに立て直す。その不器用さが、妙にリアルで、思わず目を閉じる。——生きてる。私は今、もう一度この子の歌を聞けているのだ。

 

ただ、それだけのことが。

 

こんなにも、まっすぐに届いてくる。

 

胸の奥が、じんわりと熱くなる。苦しかった時間も、倒れた瞬間も、途切れかけた意識も、全部、嘘みたいに遠くて。でも、確かにここに繋がっている。

 

曲が終わる。

 

ぱらぱらと拍手が起きる。

 

大きくはない。

 

でも、確かにそこにある。

 

杏は、少しだけ息を切らしながら、笑う。

 

「ありがとう!」

 

明るい声。

 

その笑顔は、何も知らないままだ。

 

何も失っていないままだ。

 

——それでよかった。この前までは。

 

演奏が終わって、機材を片付ける杏に、ゆっくり近づく。

 

足音に気づいて、顔を上げる。

 

「あれ?」

 

ぱっと表情が明るくなる。

 

「来てたの!?」

 

「まあね」

 

いつもの調子を意識して、軽く優しく……笑顔で答える。

 

「気づかなかった」

 

杏は少し悔しそうに笑う。

 

「次はちゃんと見つけてよ、杏」

 

「凪さんこそ、次は一番前で聞いてよね!」

 

可愛らしい表情。幼いころから知っている子は、こんなにも成長したのだ。そのことを改めて感じるとともに、とても愛おしかった。杏は、タオルで汗を拭きながら、肩で息をしている。

 

「それで、どうだった?私の歌」

 

少し不安そうに聞いてくる。

 

「……よかったよ。最高だった」

 

それだけ言う。飾らない、本音。杏は、一瞬だけ目を見開いて——それから、ふっと笑った。

 

「本当!?でも、もっと上手くなるけどね」

 

前を向く目。その先にいるのは、きっと——

 

「楽しみにしてるね」

 

そう返すと、杏は満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、一緒に帰ろっか」

 

杏も「うん」と頷く。

 

並んで歩き出す。

 

夕焼けが、道を染めている。

 

長く伸びた影が、二つ。

 

そのとき。

 

ふと、足が止まる。

 

「……どうしたの?」

 

杏が振り返る。その顔を見て、自然と体が動いた。

 

一歩近づいて——そのまま、抱きしめる。

 

「えっ、ちょっ——!?」

 

驚いた声。でも、振りほどかない。ただ、固まっている。

 

「……ちょっとだけ」

 

小さく言う。それだけで、伝わる気がした。杏の体温が、じんわりと伝わってくる。生きている温度。

 

鼓動。

 

呼吸。

 

全部が、ちゃんとここにある。

 

「……凪さん。恥ずかしいよぉ。みんな見てるし」

 

少しだけ、困ったように笑う声。でも、嫌がってはいない。むしろ、少しだけ力が抜けたみたいに。

 

「今日さ」

 

ぽつりと、杏が言う。恥ずかしさを隠すための何気ない会話。

 

「なんか、いつもよりちょっとだけ調子よかったんだよね」

 

「理由は、わかんないんだけどね」

 

笑う。

 

「こういう日もあるのかなって」

 

——あるよ。

 

そう、心の中で答える。声には出さない。出さなくていい。

 

ゆっくりと、腕を離す。

 

「もう、急にどうしたの凪さん。甘えん坊?」

 

「……ふふっ、そうかもね。今日は少し、杏に甘えちゃおうかな」

 

杏と班すことのできるこの時間が幸せだった。杏の反応がいちいち可愛い。

 

再び、歩き出す。

 

今度は、さっきより少しだけ近い距離で。

 

夕焼けが、ゆっくりと夜に変わっていく。

 

街の灯りが、一つずつ灯る。

 

その中を、二人で歩く。

 

特別なことは、何もない。

 

ただ、帰るだけ。

 

それだけなのに。

 

それが、どうしようもなく尊い。

 

音は、まだ続いている。

 

誰かが歌い続ける限り。

 

誰かが、前を向く限り。

 

そして——

 

生きている限り。

 

そのすべてが、確かにここにある。

 

 




この後に、杏とたくさん話したり、大河さんと謙さんとお酒を交わしたり、心配されたり、商店街のみんなに泣かれたり、温かい光景が所狭しと見られたようです。
そんな未来があってもいいと、私は思ってます。


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