『プロセカ世界に転生したのに音痴だった俺が、壊れかけの少女たちを救うまで』   作:krowknown

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14 太陽のような少女

 目を覚ましたとき、天井が違っていた。

 白いのは同じなのに、どこか広くて、少しだけ新しい匂いがする。換気の音も、前の病院とは少し違う調子で鳴っていた。

 

「……ああ、そっか」

 

 今、俺がいる場所は、隣町の病院だった。検査のためとか、経過観察とか、いろんな理由を説明された気がするけど、正直あまり覚えていない。分かっているのは一つだけ。

 

 ——しばらく、ここで過ごすことになる。

 

 体を起こそうとして、やめる。まだ、思うように力が入らない。上半身を起こすだけでも疲れてしまうので、億劫だ。

 代わりに、窓の外を見る。大きな木が一本見える。葉が風に揺れて、午後の光がその隙間からちらちらと床に落ちていた。鳥が一羽、枝に止まって、しばらくすると飛んでいった。

 この前までとは違う景色。でも、不思議と嫌じゃなかった。

 "続き"の場所だと思えたから。

 

 数日後。

 車椅子での移動に、少しだけ慣れてきた頃。

 廊下の奥から、にぎやかな声が聞こえてきた。子どもたちの笑い声。それに混じって、少し高めの声が響く。

 

「えーっと……それで、勇者は……あっ、違う、ここじゃない!」

 

 思わず、足を止める。いや、正確には——車椅子の手を止める。開いたままのプレイルームの扉の方から、中を覗く。

 そこにいたのは、一人の女の子だった。

 明るい金髪。毛先だけ淡く色づいた髪が、動くたびふわふわ揺れている。床へ座り込んで、大きな紙芝居を広げながら、子どもたちに囲まれていた。

 その笑顔を見た瞬間。思わず、息を呑む。

 

「——天馬咲希」

 

 小さく、名前が漏れる。

 不意打ちだった。まさか、ここで会うとは思っていなかった。

 原作の中で見てきた少女。いつも明るく、太陽みたいに笑って、周りを巻き込むように元気で、その場の空気ごと照らしてしまうような子。

 でも、俺は知っている。その笑顔の裏側を。

 天馬咲希は、生まれつき身体が弱かった。原因不明の病気。長い入院生活。中学時代のほとんどを病院で過ごし、学校へ満足に通うこともできなかった少女。

 みんなが当たり前みたいに過ごしている時間。放課後。学校行事。修学旅行。友達との思い出。そういう"普通"を、彼女はずっと遠くから見ていた。

 そして何より。咲希は、"一人ぼっち"を誰より怖がっている。みんなと離れてしまうことを、置いていかれることを、本当はずっと苦しんでいた。

 なのに——そんな顔を、周りにはほとんど見せない。自分が笑えば、周りも笑ってくれるから。心配させたくないから。寂しくても。苦しくても。先に誰かを元気づけようとしてしまう。

 そういう子だ。

 だからこそ。今、目の前で子どもたちに囲まれて笑っている姿が、やけに胸へ刺さった。

 病院のプレイルーム。本来なら、静かで無機質な場所のはずなのに。そこだけ空気が違った。

 壁には子どもたちが描いた絵が、画用紙のまま無造作に貼られている。隅には少し色褪せた絵本が並ぶ本棚。床に敷かれたラグは、踏まれすぎて毛足が少し寝てしまっていた。蛍光灯の白い光のはずなのに、その部屋だけどこか暖色に見える。

 笑い声があって。子どもたちが目を輝かせていて。その中心で、咲希が一生懸命ページをめくっている。

 まるで。小さな太陽みたいだった。

 

「ちがうよー!そこじゃない!」

「読めてないじゃん!」

「へたー!」

 

 子どもたちからの容赦のないブーイング。咲希は「あーもう!」と笑いながらも、ページをめくる手が少し慌てている。

 

「ちょっと待ってって、ちゃんと読むから!」

 

 でも、また少し噛む。また笑われる。その繰り返し。

 下手だ。正直、上手くはない。

 でも。

 

「……楽しそうだな」

 

 ぽつりと、呟く。その場にいる人たちが全員笑顔だった。ここが病院だとは思えないぐらいに。

 その空気が、妙にあたたかかった。

 

 そのとき。

 一人の子どもが、こっちに気づいた。

 

「あ、新しいお兄ちゃんだ!」

 

 一斉に視線が集まる。ちょっとだけ気まずい。

 

「ねえねえ!」

 

 その子が、こっちを指さす。

 

「敵の役、お兄ちゃんがやればいいじゃん!」

 

 場の空気が、一瞬で変わる。

 

「いいじゃんそれ!」

「お兄ちゃんやって!」

 

 無邪気な圧。逃げ道は、ない。

 咲希が、少し困ったようにこっちを見る。

 

「えっと、その……無理しなくても」

 

 遠慮がちな声。でも、その奥にほんの少しだけ"助けてほしい"が見えた。

 

 ——仕方ない。

 

 車椅子を、ゆっくりと中へ進める。タイヤが、ラグの段差で小さく揺れた。

 

「どこ読めばいい?」

 

 そう言うと、子どもたちが「ここ!」と一斉に指をさす。

 咲希が、ほっとしたように笑う。

 

「……ありがとう」

 

 小さな声で、そう言った。

 紙芝居を受け取る。少しだけ深呼吸。窓から差し込む光が、紙芝居の表紙を白く照らしていた。表紙の絵は、たくさんの子どもの手垢で少し丸くなっている。

 そして。

 

「——フフフ……よく来たな、勇者よ」

 

 低めに、声を作る。一瞬、場が静まる。

 次の瞬間。

 

「おおー!!」

 

 子どもたちが一気に沸いた。

 

「うまい!」

「こわい!」

「いいねそれ!」

 

 さっきまでのブーイングはどこへやら。一気に、物語に引き込まれていく。こういう読み聞かせは、恥ずかしがらずに思い切ってやった方がいいのだ。隣にかわいい子がいるとかはいったん置いておく。

 咲希も、少し驚いた顔でこちらを見る。でもすぐに、流れを合わせてくる。さっきよりも、ずっとスムーズに。お互いの間が、自然と噛み合っていく。

 気づけば。笑い声と、歓声と。ちょっとした悲鳴まで混ざって。

 最後のページを読み終えたときには——拍手が起きていた。

 

「おもしろかったー!」

「もう一回!」

「お兄ちゃんまたやって!」

 

 好き勝手な感想が飛び交う。苦笑いしながら、紙芝居を閉じる。

 

「今日はこれで終わり」

 

 咲希が、手をたたいてやさしくまとめる。子どもたちは「えー!」と言いながらも、近くにいた看護師さんと一緒に素直に散っていく。

 部屋に、少しだけ静けさが戻る。窓の外では、さっきまで揺れていた木の葉が、もう静かに止まっていた。

 

「……助かったよ」

 

 咲希が、ほっとしたように息を吐く。それから、まっすぐこっちを見る。

 

「ありがとう」

 

 ちゃんとした声で。

 

「すごくかっこよかったよ!」

 

 少しだけ照れくさそうに笑う。

 

「なんかね」

 

 考えるみたいに、少し視線を上に向ける。

 

「アタシのお兄ちゃんに似てた」

「お兄ちゃん?」

 

 ここは、話を合わせる。

 

「うん!」

 

 ぱっと明るくなる。

 

「天馬司っていうの!」

 

 誇らしげに言う。

 

「困ってる人いたら絶対助けるし、すぐ前に出てくるし」

 

 少し笑う。

 

「ちょっと騒がしいけどね」

 

 その言い方が、すごく嬉しそうで。

 

「ああいうときにさ」

 

 こっちを見る。

 

「自然に手を貸してくれる人、かっこいいと思うんだよね」

 

 まっすぐな目。嘘のない言葉。

 

「だから、さっきの……ほんとに、ありがとう」

 

 もう一度、言う。少しだけ、胸の奥があたたかくなる。

 

「……大したことじゃないよ」

 

 そう返すと、咲希は「そういうとこも似てる!」と笑った。

 その笑顔が、やけに眩しい。窓から差し込む光が、咲希の金髪を縁取って、輪郭だけがやわらかく光っているように見えた。

 

 それから。

 俺の病院生活に、咲希が加わった。

 いや、正確には——俺が、咲希のいる日常に入っていった。

 朝、顔を合わせて。昼、一緒に過ごして。時々、また紙芝居をやることになって。子どもたちに無茶振りされて。

 そのたびに、咲希が笑って。

 

「またお願いね、ほら、お兄ちゃん!」

 

 なんて言われて。少しずつ、この場所が"ただの病院"じゃなくなっていく。

 窓の外の景色も。廊下の音も。人の声も。全部が、少しだけやわらかく感じるようになった。

 

「次は何の役やらせる気だ」

「ふっふっふ。それは秘密」

「嫌な予感しかしない」

「失礼な! 今度はちゃんと、かっこいい役だから!」

 

 咲希が胸を張る。

 

「……その顔、絶対企んでるだろ」

「企んでないよ! たぶん!」

「たぶんって言った」

「言ってない!」

 

 そんなやり取りすら、もう日常の一部になっていた。廊下を車椅子で進むたびに、すれ違う看護師さんが小さく笑いかけてくれる。最初はよそよそしかった病院が、少しずつ、知っている場所に変わっていく。

 

 ——たぶん、こういう時間を、これから何度も繰り返していくんだと思う。

 

 次は、どんな無茶振りが待っているのか。

 ちょっとだけ、楽しみだった。

 

 




読んでいただきありがとうございます。
咲希。お兄さんも含めていいですよね。

お気に入り、評価ありがとうございます。
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