『プロセカ世界に転生したのに音痴だった俺が、壊れかけの少女たちを救うまで』 作:krowknown
『一カ月後』——俺と咲希の直談判から約1週間後。咲希の定期検査の後、咲希の病室で打ち合わせをしているときのことだった。その言葉を、くまちゃん先生こと院長先生の口から正式に聞いた瞬間だった。隣にいた咲希の顔が、まるで電気が灯ったみたいにぱっと明るくなる。
「……ほんとに!?」
勢いよく身を乗り出し、ベッドから落ちそうな勢いだった。その声には、驚きと、嬉しさと、信じられないみたいな感情が全部混ざっている。まだ中学生の咲希からすれば思っていた以上に不安もあったのかもしれない。
院長先生は、そんな咲希を見て少し困ったように笑った。そしてその大きな身体を揺らしながら、ゆっくり頷く。
「本当だよ、ただし、条件付きだ」
その瞬間、咲希の表情がぴしっと引き締まる。反応がいちいち分かりやすくて笑ってしまう。
「ちゃんと責任をもって準備をすること」
「無理をしないこと」
「先生たちの話をきちんと聞くこと」
一つずつ、確認するみたいに院長先生は言葉を並べていく。
病院のイベント。
ただ楽しいだけでは成立しない。
その裏には、たくさんの大人たちの配慮や責任がある。
この一週間、何度も話し合いを重ねてきたからこそ、その重みは少し分かるようになっていた。
「はーい!」
咲希の返事は、やたら元気だった。元気すぎて、途中までの真剣な空気が全部吹き飛ぶくらいに。院長先生も思わず吹き出しそうになっている。
「……特に最後」
ぼそっと付け加える。咲希は、聞こえていないふりをした。咲希は、長い入院生活の影響だろうか、おかゆが出ると幼稚園児のようにテンションが下がり半分程食べて残したり、自分の体調なんて考えないで周りと関わろうとするから大人たちは苦労しているのだ。
あまりにも露骨なスルー。もしくは本当に耳を通過しただけなのか、小さく鼻歌まで歌っている。
「やったぁ……」
ぽつり。
また呟く。
「ほんとにやるんだぁ……」
その声が、なんだか妙に柔らかい。きっと今、咲希の中では色んな景色が浮かんでいるんだろう。正直、限られた時間と物では、病院側で開催しているイベントと見違えるほどのことはできそうもない。多分咲希は、自分たちで何かをするということに特別な気持ちを持ってくれているんだろう。
飾り付けされたプレイルーム。
笑っている子どもたち。
歌声。
ゲーム。
写真。
そういう、自分たちが主軸の“みんなで何かをする日”の景色。
何度目かの「やったぁ……」を聞きながら、俺は少しだけ笑ってしまう。本当に嬉しい時って、人は難しい言葉を使わないんだなと思った。たった一言を、何度も繰り返してしまうくらいには。
その日の午後。
俺たちは早速、プレイルームへ集まった子どもたちの前へ立っていた。看護師さんたちにも声掛けをしてもらって、いつもより少し人数が多い。
みんな「なになに?」みたいな顔で遠巻きに見ている。
その真ん中で。
咲希は、一度だけ深呼吸をした。
そして――――
「みんなに、お願いがあります!」
ぱんっと手を合わせながら、話を始めた。一気に視線が集まる。でも咲希は、少しも怯まなかった。
「1か月後、イベントをやることになりました!」
「えーーっ!?」
「ほんと!?」
「やったーー!!」
一瞬で空気が弾ける。その様子を見ている咲希は幸せそうだった。けれど、みんなのお姉さんとしてかできる限り表情には出さないようにしようと心掛けているのが分かる。
咲希は、その歓声が落ち着くのを待ってから、もう一度ゆっくり口を開いた。
「でもね、普通のお楽しみ会じゃないの」
その言い方に、子どもたちが不思議そうな顔をする。咲希は、そんなみんなを見ながら少し笑った。
「誰かが用意したものを、みんなで見るだけじゃなくて」
「みんなで作るイベントにしたいんだ」
その言葉が落ちた瞬間。
空気が少し変わる。
「みんなで?」
小さな女の子が首を傾げる。
「うん!」
咲希が嬉しそうに頷く。
「飾り付け考えたり!」
「歌の練習したり!」
「ゲーム考えたり!」
「みんなで準備して、みんなで楽しむの!」
その話をしている時の咲希は、本当に生き生きしていた。目がきらきらしている。身振り手振りも大きい。たぶん、この子の中ではもう“その日”が始まっているのだ。
そして――――咲希はちゃんと、一人一人の顔を見ながら話していた。
輪の外にいる子にも。
少し不安そうな顔をしている子にも。
ちゃんと目を向ける。
それを見ていると分かる。
この子は、人を“集団”で見ない。
ちゃんと、その人自身を見る。
だからなんだろう。
「やるーー!!」
「ぼく飾り付けしたい!」
「歌やる!」
「ゲーム大会しよ!」
「プレゼント交換!!」
気づけば、みんな一斉に声を上げていた。誰一人として嫌そうな顔をしていない。体調がすぐれない人もいるだろう。でも、みんながみんな近くの友達と楽しそうに未来を楽しみに語っている。
全員が目を輝かせていた。病院のプレイルームなのに。そこだけ、まるで文化祭前の教室みたいな熱気になっている。
やりたいことを言い合って。
笑って。
少し騒がしくて。
でも、その騒がしさが妙に心地いい。
その真ん中で、咲希が笑っていた。子どもたちの声に負けないくらい大きな声で笑っている。
その姿を見ながら、ふと思う。
ああ。
この子、本当に愛されてるんだなって。
ただ明るいからじゃない。
ただ優しいからでもない。
きっと。
咲希自身が、ずっと誰かを大切にしてきたからだ。だから今、その優しさが、ちゃんと返ってきている。
結局、話し合いの結果。
イベントでやることは、大きく三つに決まった。
一つ目は、みんなで歌を歌うこと。
二つ目は、仮装。
そして三つ目が、ゲーム大会だった。
——そこから先は、もう完全にお祭り騒ぎだった。
「オレ仮装で海賊やりたい!!」
最初にそう叫んだ男の子をきっかけに、一気に火がついた。
「えー! じゃあ私はお姫様!」
「ドラゴンいてもいいかな!?」
「魔法使いがいいー!」
「恐竜は!?」
「いやジャンル迷子すぎるだろ」
思わずツッコむ。
すると今度は、別の子がむっと頬を膨らませた。
「夢がないなぁ」
「これだから現実主義者のお兄ちゃんは……」
「やだー!」
「現実なんて見たくないー!」
「それはちょっと分かる」
プレイルームが笑い声で揺れる。病院特有の静かな空気なんて、もうどこにもなかった。子どもたちは次々にやりたいことを口にしていく。
「じゃあ歌は何歌う!?」
「みんな知ってるやつがいい!」
「踊りたい!」
「景品ほしい!」
「ゲーム大会って何するの!?」
「ビンゴ!!」
「あーいい!」
「あとイントロクイズ!」
「先生たちにもやらせようぜ!」
好き勝手だ。
でも、その好き勝手さが、今はすごく愛おしかった。
みんな、本当に楽しみにしているのが分かるから。
入院生活って、毎日がどうしても単調になる。
朝起きて。
検温して。
薬飲んで。
検査して。
少し遊んで。
また夜になる。
もちろん、その中にも小さな楽しみはある。
でも。
“みんなで何かを待つ時間”って、やっぱり特別なのだ。
文化祭前とか。
遠足前とか。
修学旅行前とか。
そういう、“まだ来ていない未来”を楽しみにできる時間。
今、このプレイルームには、それがあった。
「ドラゴン……ドラゴンかぁ……」
咲希が真面目な顔で呟いている。
「え、咲希はそっち側にいくのか!?」
「いやでもさ!」
咲希がくるっと振り返る。
「一人くらいドラゴンいても楽しくない!?」
「仮装でドラゴンは可愛いだろうけど動きずらいぞ?」
「でも夢あるじゃん!」
目がきらきらしていた。
この人、割と本気だ。
「わたし魔法少女やるー!」
「オレ騎士!」
「騎士がいるなら、ドラゴン必要じゃん!!」
「なんでそこだけ理屈通るんだよ……」
もう収拾がつかない。
その騒がしさの真ん中で。
咲希は、誰かを励ますための笑顔じゃない。“自分が楽しくて仕方ない時”の顔をしていた。
大きく笑って。
子どもたちの話に頷いて。
時々、自分まで話へ混ざって。
その姿を見ていると、不思議と胸の奥があたたかくなる。
たぶん。
これが、咲希の欲しかった時間なのだと思った。立場的にはお姉さんとしての立ち位置かも知れないが、特別な何かじゃない。
高価なものでもない。
みんなで集まって。
くだらないことで笑って。
未来の話をする。
そういう、“普通の青春”。
それを、この子はずっと欲しがっていた。
「じゃあ咲希ちゃん何やるの!?」
子どもの一人が聞く。
咲希は少しだけ考えてから、ぱっと笑った。
「えー? わたし?どうしよっかなぁ~」
それから。
楽しそうに言った。
「———全部やりたい!」
一瞬静まって。
次の瞬間。
プレイルームに大きな笑い声が広がった。その光景に涙をぬぐっている看護師さんたちもいた。全員が心を一つに、同じことで笑顔になる光景の素晴らしさを、普段の自分の担当の子の日々のつらさを知っているからこの一瞬の尊さが響くのだろう。
それからも少しの間プレイルームには、笑い声であふれていた。
夕方。
病院の談話スペース。
丸テーブルを囲むように、俺たちは座っていた。
咲希。
俺。
凪さん。
瑞希。
そして類。
なぜだか、いつの間にか集まっていたこの面子。
「へぇ~」
今日までの話を聞いた瑞希がニヤニヤしながら頬杖をつく。
「なんか面白そうなことしてるじゃん」
嫌な予感がした。
「……何その顔」
「別にぃ?」
絶対何か企んでいる顔だった。
「まぁ?」
瑞希がわざとらしく髪を払う。
「どうしてもって言うなら、ボクたちが手を貸してあげてもいいんだよ?」
「うわ腹立つな」
思ったより早く口から出た。
「あれっ」
思っていた反応と違ったのだろうか、瑞希が目を丸くする。
「借りようとは思ってたけど、今のでちょっとイラっとしたから帰ってもらって。看護師さーん、瑞希一名帰りまーす!」
「あーーーーっ!!」
揶揄った俺の方を指さし、地団太を踏みながら瑞希が机へ突っ伏した。
「いじわるだぁーーー!!」
そのまま類へ縋りつく。
「類ーーー!!」
自分の態度は横において、その姿は完全に被害者面だった。類はそんな瑞希をまるで親のような優しい笑みで見ながら、やれやれと肩を竦める。
「困ったねぇ」
全然困ってなさそうだった。
「せっかく瑞希くんが快く協力しようとしていたのに。君には人の心はあるのかい?」
「類は何か別のものが見えていたのか?あとそのにやけ面はやめなさい。絶対楽しんでるだろ」
「もちろん!」
類が爽やかに即答する。
隠す気が一切ない。
「でも、実際楽しそうじゃないか」
類が指先を組みながら笑う。
「病院という制限のある空間で、どうやって“特別”を作るのか」
「考えるだけでワクワクするよ」
目が完全に演出家のそれだった。
怖い。
「はいは~い!仮装ならボクに任せて!」
瑞希が元気よく手を振って、すぐに復活する。
「みんな絶対かわいくするから! まかせてよね!」
「えぇ~! ほんと!? 瑞希ちゃん天才じゃん!」」
咲希が身を乗り出す。
「ふふ~~ん。でしょ~?」
褒められて満更でもなさそうだ。というか、咲希と瑞希、距離縮まるの早いな。
「私は演奏かなぁ」
凪さんが柔らかく笑う。
「合唱やるなら、生演奏でやった方が絶対楽しいし」
その声は、どこか嬉しそうだった。
歌うこと。
音楽を届けること。
それが今、凪さんにとって“生きてる”実感なのかもしれない。
「それじゃあ僕は装飾と演出を担当しよう」
類が静かに言う。
「せっかくなら、病院とは思えない景色を作りたい」
類は、珍しく真面目な表情で真剣にそう語った。そこに普段は飄々と大人っぽく見える男の熱い心の部分が見えた。
その類の言葉に、咲希の目がまた輝く。
「わぁ……!」
もう完全に期待している顔だった。
そして、そんなみんなの顔を見ながら。俺は、少しだけ息を吐く。
ああ。
なんか、すごいことになってきたなと思った。
「……順調に決まっていくな」
ぽつりと漏らすと。
「持つべきものは友達ってことだね」
瑞希が得意げに大げさに胸を張る。
——無い胸を。当然といえば当然なのだが、つい視線がそっちへ行った瞬間。
「……今、なんか失礼なこと考えた?」
両手で胸のあたりを隠しながら、ジト目でこちらを見てくる瑞希に、ブンブンと首を振りながら否定する。
「別に」
「絶対考えた!」
飲み終わった空の紙パックジュースが飛んできた。
「うおっ!?」
「やりやがったな」
「ふっ、捕まえてみなよ」
「くすぐりの刑な」
「ちょっ、待っ……あはははっ!!」
騒がしい。
本当に騒がしい。
でも咲希が、このやり取りを見てお腹を抱えて笑っていた。
「あははっ……!」
涙が出るくらい笑っている。
誰かを安心させるための笑顔じゃない。
普段の笑顔よりも
もっと自然で。
もっと無防備な笑顔。
心から楽しくて仕方ない人の顔だった。
その姿を見た瞬間。俺たちは、自然とじゃれ合う手を止めていた。
ただ静かに。
その笑顔を見ていた。
やはし咲希の笑顔は、太陽みたいだった。
誰かを照らして。
周りまで笑顔にしてしまう。
そんな女の子だった。その姿を見ていると、なんだか、こっちまで嬉しくなってしまう。
「よーし!」
少し落ち着いた咲希が、ぱんっと手を叩く。まだ少し笑い声を残したまま。
「みんな最高だね。じゃあみんなで最高のイベントにしよー!!」
「「「おー!」」」
病院の談話スペースに、5人の元気な声が響いた。
その後談笑してから、しばらくしての帰り際。類が面会の帰りの手続きをしている最中に、瑞希が隣に近寄ってきて、不意に俺の脇腹をつつく。
「……かわいいね、咲希ちゃん」
「ん? まぁ、そうだな」
次の瞬間。脛を蹴られた。
「っ痛!?」
「バカ!」
瑞希が頬を膨らませる。
「君の隣にはボクがいるんだからね」
少しだけ視線を逸らしながら。
「忘れないでよ」
その言葉が。
やけに可愛かった。