『プロセカ世界に転生したのに音痴だった俺が、壊れかけの少女たちを救うまで』   作:krowknown

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18 思い出への足音

イベント当日まで、あと二週間。

 

 病院の中は、少しずつ浮き足立ち始めていた。

 

 もちろん、学校みたいに廊下へポスターが貼られているわけでも、大きな飾りがあるわけでもない。

 

 それでも、プレイルームを通るたびに聞こえてくる笑い声とか。

 

「ねぇ次これやろ!」

 

 みたいな声とか。そういう小さな変化だけで、空気が前より少し明るくなっているのが分かった。放課後の学校って、こんな感じだったっけ。そんなことを、ふと思う。

 

 その日の午後も、プレイルームは賑やかだった。レクリエーションは一旦延期で、最近の午後はみんなで準備に励んでいる。

 

「はい、じっとして~」

 

 瑞希が、メジャーを片手に小さい女の子の前へしゃがみ込む。

 

「腕広げてね」

 

「こうー?」

 

「そうそう、上手!」

 

 ふわふわしたピンク髪を揺らしながら、瑞希は手際よく採寸を進めていた。

 

「この子は黄色似合いそうだなぁ……」

 

「え、絶対フリル欲しい!」

 

「男の子でもマントあった方が映えるよねぇ」

 

 もう完全にデザイナー目線だった。

 

「みずきおねーちゃん、これかわいい?」

 

 女の子が、頭へ乗せたおもちゃのティアラを見せる。瑞希は一瞬、目を丸くしてから。ふっと笑った。

 

「うん」

 

 その声は驚くほど優しかった。

 

「すっごくかわいい」

 

 女の子の顔が、ぱぁっと花みたいに明るくなる。瑞希は、その顔を見るのが好きだなっと感じた。

 

 “可愛くなる”ことで、自信が生まれる瞬間。

 

 少しだけ前を向ける瞬間。

 

 それを知っているから、瑞希は本気なのだ。

 

「ふふーん」

 

 瑞希が得意げに胸を張る。

 

「かわいくなると元気出るからね!」

 

 瑞希の頑張りに思わず声が漏れる。

 

「へぇ」

 

「な~にその反応」

 

「いや、思ったよりちゃんとしてるなって」

 

「失礼すぎない!?」

 

 紙の筒が飛んできた。

 

 避けた。

 

「避けるな!」

 

「避けるだろ!」

 

 そんなやり取りの横では。

 

 凪さんが、アコースティックギターを膝へ乗せていた。

 

「じゃあもう一回いくよー?」

 

 ぽろん、と優しい音が鳴る。その周りには、小学校低学年くらいの子どもたちが集まっていた。歌の練習組である。

 

「せーの!」

 

『きーらきーらーひーかーるー』

 

 ——ひどかった。

 

 音程も。

 

 リズムも。

 

 入りもバラバラ。

 

 途中から全然違う歌を歌い始める子までいる。

 

「待って待って!」

 

 凪さんが笑いながらギターを止める。

 

「なんで途中からカエルの歌になったの!?」

 

「だって歌いたくなった!」

 

「自由すぎるなぁ~」

 

 でも、凪さんは、すごく楽しそうだった。誰かへ聴かせるための完璧な演奏じゃない。上手く歌うための時間でもない。ただ、音楽でみんなが笑っている。それが嬉しいのだと、見ていて分かった。

 

「もう一回!」

 

「次はちゃんと合わせる!」

 

「ほんとぉ?」

 

「ほんとー!!」

 

 元気な返事が返ってくる。だけど、たぶん次もズレる。それでいいのだろう。凪さんは笑いながら、もう一度コードを鳴らした。

 

 そして、プレイルームの奥。

 

「おおおおおーー!!」

 

「すげぇぇぇ!!」

 

 一際大きな歓声が上がる。原因は―――類だった。

 

「ふむ」

 

 類が、何やら巨大な段ボール装置を調整している。

 

 天井から吊るされた紙の星。

 

 ライト。

 

 折り紙。

 

 よく分からない滑車。

 

 もはや規模が文化祭の域だった。

 

「見てごらん」

 

 類が紐を引く。

 

 次の瞬間。

 

 ぱっと天井へ星形の光が広がった。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

 子どもたちの歓声が上がる。

 

「プラネタリウムみたい!!」

 

「どういう仕組み!?」

 

「企業秘密さ。それにまだまだ試作品だからね。」

 

 芝居がかった仕草で笑っている。類は、ただ見せびらかして終わらない。

 

「君はどう思う?」

 

 近くにいた男の子へ視線を向ける。

 

「もっと光が動いた方が面白いかな?」

 

「いいアイデアだね」

 

 類は、ちゃんと子ども扱いしない。一人の“演出仲間”みたいに話す。

 

「僕は、流れ星いれて欲しい!」

 

「なるほど、採用しよう」

 

「やったぁ!!」

 

 子どもたちが、さらに目を輝かせる。その光景を、少し離れた場所から見ながら。咲希が、静かに笑っていた。

 

 本当に嬉しそうだった。

 

 ただイベントが進んでいるからじゃない。

 

 みんなが笑っている。

 

 みんなで何かを作っている。

 

 その景色そのものが、咲希にとって宝物みたいだった。

 

 時々。

 

 その輪の中へ自分も混ざって。

 

 笑って。

 

 走って。

 

 また別の場所へ行って。

 

 忙しそうなのに。

 

 どこか、夢みたいな顔をしていた。

 

 まるで。

 

 ずっと欲しかった時間を、一秒も逃したくないみたいに。

 

 そんな賑やかな空気の中で。一人だけ、少し浮いている子がいた。最初に気づいたのは、周りを詳しくみていた咲希だった。というより―――たぶん、咲希だから気づけた。

 

 その子は、窓際の椅子へ座っていた。年齢は、小学校高学年くらいだろうか。レクの時もあまり見かけない子だった。みんなの輪から少しだけ離れた場所。楽しそうな声が聞こえるたびに顔は上げる。

 

 笑ってもいる。

 

 でも、どこか、笑うタイミングが遅い。周りへ合わせているみたいな笑顔だった。手元の折り紙を、ずっと触っている。

 

 時々、小さく咳をして。

 

 また静かになる。

 

 その姿を見た咲希の表情が、ほんの少しだけ変わった。さっきまでの無邪気な笑顔とは違う。相手の奥を覗き込むみたいな目。俺は、その横顔を見て思う。

 

 咲希は、“元気なふり”を知っている。

 

 だから、同じことをしている人にも気づいてしまうのだ。

 

「のぞみちゃん、元気なさそう。ちょっと私行ってくる!」

 

 咲希がそう言って、小走りでその子の方へ向かった。

 

 ぱたぱたと病衣の裾が揺れる。

 

「となり、いい?」

 

 咲希が、自然な調子で隣へ座る。その子は少し驚いた顔をしてから、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

 声が小さい。

 

 咲希は、すぐには何も聞かなかった。

 

 無理に笑わせようともしない。

 

 ただ、同じ目線で周りの景色を見る。

 

「みんな元気だねぇ」

 

 咲希が、くすっと笑う。

 

「ドラゴン出したい子までいるし」

 

 その子が、小さく吹き出した。

 

「……いたね」

 

「いたよねぇ」

 

 咲希が大袈裟に肩を竦める。

 

「男の子ってドラゴンとか勇者とか好きだよね!」

 

 また少し笑う。

 

 でも、その笑顔はすぐ静かになった。

 

 視線が、プレイルームの真ん中へ向く。

 

 みんなが楽しそうにしている。

 

 歌って。

 

 笑って。

 

 未来の話をしている。

 

 その景色を見つめながら。

 

 その子が、ぽつりと呟いた。

 

「……いいなぁ」

 

 小さい声だった。聞き逃してしまいそうなくらい。つい最近までの咲希自身と重なっていた。

 

「うん」

 

 静かに返す。

 

 急かさない。

 

 “続きを待つ”返事だった。その子は少しだけ唇を噛んでから、膝の上の折り紙を握った。

 

「わたしね」

 

 ぽつり。

 

「来週、手術なの」

 

 空気が少しだけ静かになる。

 

 咲希は優しい表情を変えない。

 

「そっか」

 

 優しく頷くだけだった。

 

「先生はね」

 

 折り紙を見つめたまま続ける。

 

「成功するって言ってた」

 

 その言葉だけ聞けば、きっと安心するはずだった。少しだけ俯く。

 

「……でも」

 

 小さな声。

 

「パパとママの顔、いつもと違ったんだ」

 

 咲希の指先が、ほんの少しだけ止まる。

 

「“よかったね”って言ってたのに」

 

「笑ってたのに」

 

 膝の上の折り紙が、くしゃりと音を立てる。

 

「なんか、泣きそうな顔してた」

 

 子どもって、大人が思っているよりずっとよく見ている。

 

 声の揺れも。

 

 笑顔の無理も。

 

 目を逸らした瞬間も。

 

 全部、気づいてしまう。

 

「だから」

 

 その子は、少しだけ震える声で言った。

 

「ほんとは、あんまり良くないのかなって」

 

 空気が静かになる。

 

 プレイルームの向こうでは、まだ笑い声が響いていた。

 

 でも。

 

 ここだけ、少し違う時間みたいだった。

 

「最近ね」

 

 その子が、小さく笑う。

 

「前より疲れるんだ」

 

「走れないし」

 

「すぐ息切れるし」

 

 その笑い方が、痛い。

 

 無理して明るくしている笑い方だった。

 

「なんか、自分で分かるんだよね」

 

 ぽつり。

 

「だんだん、弱くなってるって」

 

 その瞬間。咲希の肩が、ほんの少しだけ揺れた。自分でも分からないくらい無意識に小さく。

 

 咲希は、その少女の感覚を知っている。昨日まで出来たことが出来なくなる怖さ。身体が、自分の思う通りじゃなくなっていく感覚。

 

 “普通”から離れていく感覚。

 

 置いていかれるみたいな不安。

 

 全部。

 

 知っている。

 

 だから。

 

「だいじょうぶだよ」

 

 そして、宝物を包み込むようにふわっと抱きしめた。すごく自然だった。まるで、“そうするのが当たり前”みたいに。

 

「え……」

 

 その子が突然のことに目を丸くする。

 

 瑞希は、優しく笑った。

 

「約束しよっか」

 

 その声は、いつもの軽い調子とは少し違っていた。もっと柔らかくて。もっと真っ直ぐだった。

 

「絶対、その日楽しませる」

 

「絶対、かわいくするし」

 

「絶対、いっぱい笑わせる」

 

 咲希は、にこっと笑った。

 

「だから大丈夫」

 

「のぞみちゃんの手術は、ちゃんと成功するよ」

 

 その言葉に、根拠なんてない。不思議と、“嘘”には聞こえなかった。

 

 その子の目が、少しずつ大きくなる。それから、ぱぁっと表情が明るくなった。

 

「……うん!」

 

 さっきまでより、ずっと大きな声で頷く。その笑顔を見て、咲希も小さく笑った。

 

 話がちょうどよく終わったところで、友達が迎えに来てのぞみちゃんはみんなの輪の中に入っていった。

 

 しかしこちらに戻ってきた咲希の笑顔は、どこか少しだけ無理をしているようにも見えた。

 

 それからしばらくして。

 

「……あっ」

 

 咲希が、何かを思い出したみたいに声を上げた。

 

「ごめん、ちょっと部屋に忘れ物!」

 

 ぱっと立ち上がる。

 

 笑顔だった。

 

 いつも通りの、明るい声。その場にいた誰より先に、違和感へ気づいたのは俺だった。咲希は、“無理に明るくする時”ほど声が大きくなる。

 

「すぐ戻るねー!」

 

 そう言って、ぱたぱたとプレイルームを出ていく。

 

 ……忘れ物なんて、たぶん嘘だ。

 

 俺は少しだけ周りを見る。瑞希はまだ子どもたちに囲まれている。凪さんは低学年組に囲まれながらギターを弾いていて、類は類で「流れ星機構の試作だよ」とかわけの分からないものを作っていた。

 

 俺は静かに立ち上がり、プレイルームを後にして咲希を追いかけた。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

お気に入り、感想ありがとうございます!

思ったよりも咲希編が長くなってしまいました。もうすぐ一区切りつきます。まだ少しお付き合いください。
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