『プロセカ世界に転生したのに音痴だった俺が、壊れかけの少女たちを救うまで』 作:krowknown
イベント当日まで、あと二週間。
病院の中は、少しずつ浮き足立ち始めていた。
もちろん、学校みたいに廊下へポスターが貼られているわけでも、大きな飾りがあるわけでもない。
それでも、プレイルームを通るたびに聞こえてくる笑い声とか。
「ねぇ次これやろ!」
みたいな声とか。そういう小さな変化だけで、空気が前より少し明るくなっているのが分かった。放課後の学校って、こんな感じだったっけ。そんなことを、ふと思う。
その日の午後も、プレイルームは賑やかだった。レクリエーションは一旦延期で、最近の午後はみんなで準備に励んでいる。
「はい、じっとして~」
瑞希が、メジャーを片手に小さい女の子の前へしゃがみ込む。
「腕広げてね」
「こうー?」
「そうそう、上手!」
ふわふわしたピンク髪を揺らしながら、瑞希は手際よく採寸を進めていた。
「この子は黄色似合いそうだなぁ……」
「え、絶対フリル欲しい!」
「男の子でもマントあった方が映えるよねぇ」
もう完全にデザイナー目線だった。
「みずきおねーちゃん、これかわいい?」
女の子が、頭へ乗せたおもちゃのティアラを見せる。瑞希は一瞬、目を丸くしてから。ふっと笑った。
「うん」
その声は驚くほど優しかった。
「すっごくかわいい」
女の子の顔が、ぱぁっと花みたいに明るくなる。瑞希は、その顔を見るのが好きだなっと感じた。
“可愛くなる”ことで、自信が生まれる瞬間。
少しだけ前を向ける瞬間。
それを知っているから、瑞希は本気なのだ。
「ふふーん」
瑞希が得意げに胸を張る。
「かわいくなると元気出るからね!」
瑞希の頑張りに思わず声が漏れる。
「へぇ」
「な~にその反応」
「いや、思ったよりちゃんとしてるなって」
「失礼すぎない!?」
紙の筒が飛んできた。
避けた。
「避けるな!」
「避けるだろ!」
そんなやり取りの横では。
凪さんが、アコースティックギターを膝へ乗せていた。
「じゃあもう一回いくよー?」
ぽろん、と優しい音が鳴る。その周りには、小学校低学年くらいの子どもたちが集まっていた。歌の練習組である。
「せーの!」
『きーらきーらーひーかーるー』
——ひどかった。
音程も。
リズムも。
入りもバラバラ。
途中から全然違う歌を歌い始める子までいる。
「待って待って!」
凪さんが笑いながらギターを止める。
「なんで途中からカエルの歌になったの!?」
「だって歌いたくなった!」
「自由すぎるなぁ~」
でも、凪さんは、すごく楽しそうだった。誰かへ聴かせるための完璧な演奏じゃない。上手く歌うための時間でもない。ただ、音楽でみんなが笑っている。それが嬉しいのだと、見ていて分かった。
「もう一回!」
「次はちゃんと合わせる!」
「ほんとぉ?」
「ほんとー!!」
元気な返事が返ってくる。だけど、たぶん次もズレる。それでいいのだろう。凪さんは笑いながら、もう一度コードを鳴らした。
そして、プレイルームの奥。
「おおおおおーー!!」
「すげぇぇぇ!!」
一際大きな歓声が上がる。原因は―――類だった。
「ふむ」
類が、何やら巨大な段ボール装置を調整している。
天井から吊るされた紙の星。
ライト。
折り紙。
よく分からない滑車。
もはや規模が文化祭の域だった。
「見てごらん」
類が紐を引く。
次の瞬間。
ぱっと天井へ星形の光が広がった。
「うわぁぁぁ!!」
子どもたちの歓声が上がる。
「プラネタリウムみたい!!」
「どういう仕組み!?」
「企業秘密さ。それにまだまだ試作品だからね。」
芝居がかった仕草で笑っている。類は、ただ見せびらかして終わらない。
「君はどう思う?」
近くにいた男の子へ視線を向ける。
「もっと光が動いた方が面白いかな?」
「いいアイデアだね」
類は、ちゃんと子ども扱いしない。一人の“演出仲間”みたいに話す。
「僕は、流れ星いれて欲しい!」
「なるほど、採用しよう」
「やったぁ!!」
子どもたちが、さらに目を輝かせる。その光景を、少し離れた場所から見ながら。咲希が、静かに笑っていた。
本当に嬉しそうだった。
ただイベントが進んでいるからじゃない。
みんなが笑っている。
みんなで何かを作っている。
その景色そのものが、咲希にとって宝物みたいだった。
時々。
その輪の中へ自分も混ざって。
笑って。
走って。
また別の場所へ行って。
忙しそうなのに。
どこか、夢みたいな顔をしていた。
まるで。
ずっと欲しかった時間を、一秒も逃したくないみたいに。
そんな賑やかな空気の中で。一人だけ、少し浮いている子がいた。最初に気づいたのは、周りを詳しくみていた咲希だった。というより―――たぶん、咲希だから気づけた。
その子は、窓際の椅子へ座っていた。年齢は、小学校高学年くらいだろうか。レクの時もあまり見かけない子だった。みんなの輪から少しだけ離れた場所。楽しそうな声が聞こえるたびに顔は上げる。
笑ってもいる。
でも、どこか、笑うタイミングが遅い。周りへ合わせているみたいな笑顔だった。手元の折り紙を、ずっと触っている。
時々、小さく咳をして。
また静かになる。
その姿を見た咲希の表情が、ほんの少しだけ変わった。さっきまでの無邪気な笑顔とは違う。相手の奥を覗き込むみたいな目。俺は、その横顔を見て思う。
咲希は、“元気なふり”を知っている。
だから、同じことをしている人にも気づいてしまうのだ。
「のぞみちゃん、元気なさそう。ちょっと私行ってくる!」
咲希がそう言って、小走りでその子の方へ向かった。
ぱたぱたと病衣の裾が揺れる。
「となり、いい?」
咲希が、自然な調子で隣へ座る。その子は少し驚いた顔をしてから、小さく頷いた。
「……うん」
声が小さい。
咲希は、すぐには何も聞かなかった。
無理に笑わせようともしない。
ただ、同じ目線で周りの景色を見る。
「みんな元気だねぇ」
咲希が、くすっと笑う。
「ドラゴン出したい子までいるし」
その子が、小さく吹き出した。
「……いたね」
「いたよねぇ」
咲希が大袈裟に肩を竦める。
「男の子ってドラゴンとか勇者とか好きだよね!」
また少し笑う。
でも、その笑顔はすぐ静かになった。
視線が、プレイルームの真ん中へ向く。
みんなが楽しそうにしている。
歌って。
笑って。
未来の話をしている。
その景色を見つめながら。
その子が、ぽつりと呟いた。
「……いいなぁ」
小さい声だった。聞き逃してしまいそうなくらい。つい最近までの咲希自身と重なっていた。
「うん」
静かに返す。
急かさない。
“続きを待つ”返事だった。その子は少しだけ唇を噛んでから、膝の上の折り紙を握った。
「わたしね」
ぽつり。
「来週、手術なの」
空気が少しだけ静かになる。
咲希は優しい表情を変えない。
「そっか」
優しく頷くだけだった。
「先生はね」
折り紙を見つめたまま続ける。
「成功するって言ってた」
その言葉だけ聞けば、きっと安心するはずだった。少しだけ俯く。
「……でも」
小さな声。
「パパとママの顔、いつもと違ったんだ」
咲希の指先が、ほんの少しだけ止まる。
「“よかったね”って言ってたのに」
「笑ってたのに」
膝の上の折り紙が、くしゃりと音を立てる。
「なんか、泣きそうな顔してた」
子どもって、大人が思っているよりずっとよく見ている。
声の揺れも。
笑顔の無理も。
目を逸らした瞬間も。
全部、気づいてしまう。
「だから」
その子は、少しだけ震える声で言った。
「ほんとは、あんまり良くないのかなって」
空気が静かになる。
プレイルームの向こうでは、まだ笑い声が響いていた。
でも。
ここだけ、少し違う時間みたいだった。
「最近ね」
その子が、小さく笑う。
「前より疲れるんだ」
「走れないし」
「すぐ息切れるし」
その笑い方が、痛い。
無理して明るくしている笑い方だった。
「なんか、自分で分かるんだよね」
ぽつり。
「だんだん、弱くなってるって」
その瞬間。咲希の肩が、ほんの少しだけ揺れた。自分でも分からないくらい無意識に小さく。
咲希は、その少女の感覚を知っている。昨日まで出来たことが出来なくなる怖さ。身体が、自分の思う通りじゃなくなっていく感覚。
“普通”から離れていく感覚。
置いていかれるみたいな不安。
全部。
知っている。
だから。
「だいじょうぶだよ」
そして、宝物を包み込むようにふわっと抱きしめた。すごく自然だった。まるで、“そうするのが当たり前”みたいに。
「え……」
その子が突然のことに目を丸くする。
瑞希は、優しく笑った。
「約束しよっか」
その声は、いつもの軽い調子とは少し違っていた。もっと柔らかくて。もっと真っ直ぐだった。
「絶対、その日楽しませる」
「絶対、かわいくするし」
「絶対、いっぱい笑わせる」
咲希は、にこっと笑った。
「だから大丈夫」
「のぞみちゃんの手術は、ちゃんと成功するよ」
その言葉に、根拠なんてない。不思議と、“嘘”には聞こえなかった。
その子の目が、少しずつ大きくなる。それから、ぱぁっと表情が明るくなった。
「……うん!」
さっきまでより、ずっと大きな声で頷く。その笑顔を見て、咲希も小さく笑った。
話がちょうどよく終わったところで、友達が迎えに来てのぞみちゃんはみんなの輪の中に入っていった。
しかしこちらに戻ってきた咲希の笑顔は、どこか少しだけ無理をしているようにも見えた。
それからしばらくして。
「……あっ」
咲希が、何かを思い出したみたいに声を上げた。
「ごめん、ちょっと部屋に忘れ物!」
ぱっと立ち上がる。
笑顔だった。
いつも通りの、明るい声。その場にいた誰より先に、違和感へ気づいたのは俺だった。咲希は、“無理に明るくする時”ほど声が大きくなる。
「すぐ戻るねー!」
そう言って、ぱたぱたとプレイルームを出ていく。
……忘れ物なんて、たぶん嘘だ。
俺は少しだけ周りを見る。瑞希はまだ子どもたちに囲まれている。凪さんは低学年組に囲まれながらギターを弾いていて、類は類で「流れ星機構の試作だよ」とかわけの分からないものを作っていた。
俺は静かに立ち上がり、プレイルームを後にして咲希を追いかけた。
読んでいただきありがとうございます。
お気に入り、感想ありがとうございます!
思ったよりも咲希編が長くなってしまいました。もうすぐ一区切りつきます。まだ少しお付き合いください。