『プロセカ世界に転生したのに音痴だった俺が、壊れかけの少女たちを救うまで』   作:krowknown

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3 side--暁山瑞希

夕焼けの色が、街をゆっくり染めていた。

 

オレンジ色に溶ける空。

長く伸びる影。

風に揺れるブランコ。

 

暁山瑞希は、公園の入口で足を止めた。

 

今日は、もう帰るつもりだった。

 

学校なんて、特別楽しくもない。誰かと深く関わることもない。教室の空気を壊さないように、適当に笑って、適当に距離を取って“そこにいるだけ”の一日。

 

それがいつものことだった。だから放課後は、一人で歩くことが多い。

 

誰にも気を遣わなくていい時間。

誰にも“見られない”時間。

 

――そのはずだった。

 

「~~♩~~♬♪」

 

公園の中の方から、微かだが歌声が聞こえた。思わず、足が止まる。

 

……いや。

 

正確には“歌”なのか一瞬わからなかった。

 

音程が、ひどい。

 

びっくりするくらいひどい。

 

外れているとか、そういうレベルじゃない。迷ってる。完全に遭難してる。

 

普通なら、少し聞けば離れる。

 

でも。

 

(……なにこれ)

 

瑞希は、その場から動けなかった。ベンチに座る自分と同じぐらいの年齢に見える男の子。見覚えはなかった。

 

けれど、その背中が、妙に目についた。

 

というより。

 

――危なっかしかった。

 

空っぽ、とは違う。むしろ逆だ。色々抱え込みすぎて、それをどう処理していいかわからないまま、無理やり蓋をしているみたいな。

 

そんな雰囲気。

 

見ていて、少し不安になるくらい。

 

(……なんでボク、気になってるんだろ)

 

普段なら、自分から声なんてかけない。面倒だから。期待されるのも、距離を詰められるのも“知ろうとされる”のも嫌だった。結局、人は勝手に期待して、勝手に失望する。

 

昔みたいに。

 

脳裏に、小さな記憶がよぎる。

 

『え、お前そういうの好きなの?』

 

引いた顔。

 

気持ち悪いものを見るみたいな目。

 

あの瞬間から、

“好き”を隠すのが当たり前になった。

 

かわいいものが好き。

そういう自分。

 

それを見せるたび、少しずつ何かを削られていく気がした。

 

だから今は、上手くやっている。笑って、かわして、深く踏み込ませない。

 

それなのに。

 

目の前のこの変な歌声は、どうしてか無視できなかった。

 

下手だった。

 

本当に下手だった。

 

でも。

 

(……ちゃんと“気持ち”はある)

 

音は外れているのに、不思議なくらい真っ直ぐだった。上手く見せようとしていない。

 

ただ、

そこに“本音”だけがある。

 

そんな歌。

 

気づけば、口が動いていた。

 

「……ねえ」

 

男子生徒が振り返る。

 

少し驚いた顔。

 

その顔を見た瞬間。

 

(あ)

 

と、思った。

 

この人。たぶん、優しい人だ。

 

根拠なんてない。

 

でも、なんとなくわかった。誰かに優しくしすぎて、そのまま自分を後回しにしてきた人の顔だった。

 

「今の」

 

瑞希は首を傾げる。

 

「わざと?」

 

相手の顔が面白いように固まる。その反応が面白くて、少しだけ口元が緩んだ。

 

「音、全部外してたけど」

 

「……ぐっ」

 

わかりやすくダメージを受けている。一つ一つの反応が、なんだか妙に素直だった。普通なら、誤魔化したり、ムキになったりするのに。それを隠しきれていない。

 

(変な人)

 

でも、嫌じゃなかった。むしろ、少し安心した。

 

完璧じゃない人。

 

無理に取り繕わない人。

 

そういう人を見ると、少しだけ呼吸がしやすくなる。

 

「でもさ」

 

気づけば、

自然と笑っていた。

 

「なんか、ちょっと良かった」

 

男子生徒が間の抜けた顔をする。

 

その反応に、また少し笑いそうになる。

 

「上手くはないよ?」

 

「それは知ってる」

 

「あはは」

 

即答だった。それがなんだか無性に面白くて笑ってしまった。人前でこんなに笑うことは最近なかった。でも、その不器用さが、妙にこの人らしい気がした。

 

だから、少しだけ、本音を混ぜる。

 

「ちゃんと“気持ち”はあった」

 

その瞬間。

 

男子生徒が、少しだけ息を止めたのがわかった。

 

……そんな顔、するんだ。

 

ほんの少しだけ、胸の奥が揺れる。

 

言葉を真っ直ぐ受け取られることに、瑞希はあまり慣れていなかった。普段は、冗談で流される。曖昧に笑われる。適当に受け止められる。でもそれは自分がその空気を望むようにレールを敷いていたからでもあった。

 

でも、この人は違った。ちゃんと、届いてしまっている。

 

だから少しだけ、怖かった。

 

「……変わってるな」

 

「よく言われる」

 

笑う。

 

いつものように。

 

でも、そのときだった。男子生徒の視線が、ふっと変わる。

空気が止まる。

見られた。

 

そんな感覚が、一瞬だけ走った。

 

表面じゃなくて、もっと奥。

 

自分でも触れたくない場所を、覗き込まれたみたいな感覚。

 

「……どうしたの?」

 

思わず聞く。

 

男子生徒は少しだけ頭を押さえて、すぐに誤魔化した。

 

でも。

 

(今の、なに……?)

 

胸の奥がざわつく。

 

怖い。

 

……のに。

 

逃げたいとは、思わなかった。

 

むしろ。

 

もっと知りたいと、少しだけ思ってしまった。

 

そんな自分に、瑞希は少しだけ戸惑っていた。

 

 

 

 

「ボクと遊ばない?」

 口にした瞬間、自分でも少しだけ驚いていた。普段なら、こんなこと言わない。誰かを誘うなんて、面倒だ。距離が近くなるほど、人は勝手に期待する。

 

 “もっと知りたい”

 “もっと踏み込みたい”

 

 そうやって近づいてきて、最後には勝手に線を引く。

 だから、最初から深く関わらない方が楽だった。なのに、目の前のこの男の子は、どうしてか放っておけなかった。思えば声をかけようと思った時からいつもの自分ではなかったのかも知れない。

 夕焼けの光が、公園の砂を赤く染めている。風が吹くたび、ブランコの鎖がきい、と小さく鳴った。その音を背中で聞きながら、瑞希は歩き出す。

 

「どこ行くんだ?」

 

 後ろから声が飛んでくる。

 

「んー、特に決めてない」

 

 振り返らずに答えた。本当に決めていなかった。ただ、もう少しだけ一緒にいたかっただけなのだから。

 

「適当だな」

 

「いいじゃん、そういうの」

 

 くすっと笑う。

 夕方の商店街は、昼とも夜ともつかない空気をしていた。部活帰りの学生。買い物袋を提げた主婦。自転車で走り抜けていく小学生。人の流れの中に紛れて歩きながら、瑞希はちらりと隣を見る。男の子は、きょろきょろと周囲を見ていた。まるで見慣れない街を確認するみたいに。

 

 でもその目は、どこか落ち着かない。

 

 居場所を探している人の目だった。

 

(……やっぱり、変な人)

 そう思ったときだった。

 

 雑貨屋のショーウィンドウが目に入る。ガラス越しに並ぶ、小さなアクセサリー。リボン。ぬいぐるみ。淡い色のヘアピン。夕焼けを反射したガラスが、きらきら光っていた。気づけば、足が止まっていた。

 

「これ、どう思う?」

 

 指差す。

 まただ。らしくない。聞くつもりなんてなかった。でも何かを期待するように、口に出してしまった。ただ、隣にこの人がいたから。

 

「似合いそうだけど」

 

 返事は、あまりにも自然だった。迷いも、変な含みもなく。まるで本当に、“似合う”と思っただけみたいに。

 

「……ほんと?」

 思ったより、声が軽くなる。

 

 胸の奥が、ほんの少しだけ浮く。

 

 ――その瞬間だった。

 

 店の中から出てきた男子グループが、こちらを見て笑った。ひそひそ声。短い視線。でも、それだけで十分だった。知っている。ああいう空気を。笑っているのに、ちゃんと刺してくる感じ。

 昔の記憶が、一瞬だけ脳裏をかすめる。

 

『男なのに?』

 

『気持ち悪』

 

 小さな言葉。でも、その頃の瑞希には十分すぎるほど鋭かった。胸の奥が、きゅっと縮む。呼吸が浅くなる。

 

 ……大丈夫。

 

 慣れてる。

 こんなの、何回もあった。

 だから。

 

「……やめとこっか」

 

 いつも通りの声で笑う。何でもないみたいに。興味を失ったふりをして、自分から離れる。

 それで終わるはずだった。

 

「いや」

 

 隣から、声が落ちた。

 

「似合うって言っただろ」

 

 思わず、目を見開く。男の子は、まっすぐショーウィンドウを見ていた。周囲なんて気にしていないみたいに。その横顔が、妙に真剣だった。

 

(……なんで)

 

 そんなふうに言えるんだろう。普通は、少しくらい空気を読む。周りの視線とか、変な雰囲気とか。そういうのを察して、曖昧に笑う。でも、この人は違った。変に庇うわけでもなく。同情するわけでもなく。ただ、本当にそう思ったから言った。そんな顔をしていた。だから余計に、困る。

 胸の奥が、変に熱くなる。

 

「……ありがと」

 

 小さく呟く。それだけで終わるつもりだったのに。次の瞬間。

 

「え、ちょ――」

 

 急に手を掴まれた。驚く間もなく、店の中へ引っ張られる。蛍光灯の光。甘い香り。棚いっぱいの雑貨。転校生は迷いなく赤いリボンを掴むと、そのままレジへ向かった。

 

「ちょ、待っ――」

 

 止める暇もない。

 わたしたちの雰囲気に店員が小さく笑っている。後ろで、さっきの男子たちが何か言っている気配もした。でも、転校生は、一度も振り返らなかった。本当に、何も気にしていないみたいに。その姿が、眩しかった。

 

 眩しすぎて。

 

 少しだけ、怖かった。

 

 店を出る。夕焼けはもう薄れていて、空の端が群青色に変わり始めていた。差し出されたリボンを、瑞希はすぐには受け取れなかった。街灯の灯りを受けて、赤色だけがやけに鮮やかに見える。ほんの数秒。視線が揺れる。それから、ようやくそっと受け取った。

 

「……ありがと」

 

 前髪を触る。

 

 照れ隠しみたいな、いつもの癖。でも指先が少しだけ熱かった。

 

「きみってさ」

 

「ん?」

 

「変なとこで、変なことするよね」

 

「褒めてる?」

 

「半分くらい」

 

 くすっと笑う。

 

 さっきより、少しだけ自然に笑えた気がした。

 

 並んで歩き出す。

 

 街灯が、一つずつ灯っていく。その光の間を抜けるたび、二人の影が伸びたり縮んだりした。隣を歩く距離が、さっきより少し近い。でも、不思議と嫌じゃなかった。

 むしろ。

 少しだけ、安心している自分がいた。

 

 ――危ないな。

 

 ふと、そんな考えがよぎる。最初思った通りに、この人は、たぶん優しい人間なのだ。でも、優しい人ほど、踏み込んでくる。

 そして、最後には……

 

 脳裏に、昔の記憶がちらつく。

 

 拒絶。

 

 沈黙。

 

 気まずそうな顔。

 

 胸の奥が、少しだけ冷える。だから、本当は。これ以上近づかない方がいい。

 

 そのはずなのに。

 

 街灯の下で笑う横顔を見ていると。

 

 もう少しだけ、

 

 もう少しだけ、一緒にいたいと思ってしまう自分がいた。

 

 




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