『プロセカ世界に転生したのに音痴だった俺が、壊れかけの少女たちを救うまで』   作:krowknown

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7 夏の香りと夜空に咲く華

 季節は、気づいたら進んでいた。

 最初はぎこちなかった距離も、今ではもう思い出せないくらい自然と隣にいる。放課後、コンビニで買ったパンを半分こした日。「それ絶対甘すぎるでしょ」って言いながら、結局一口もらっていた瑞希。隣で類が「実に興味深い味だね」と、よくわからないことを真面目に語り出した日。

 くだらないことで笑って、どうでもいいことで時間を使って。

 でも、そういう時間が、確かに積み重なっていった。

 

「ねえ、見てこれ」

 

 後ろから、急に肩に重みが乗る。

 

「ねえほらほらー」

「重いって」

「ひどぉ。今の傷ついた」

 

 全然傷ついていない声で笑う。振り払おうとしても、離れない。その距離の近さにも、最近、慣れてきている自分がいた。

 

「今日さ、夏祭りあるじゃん」

「あー、あるな」

「行くよね?」

 

 顔を覗き込んでくる。そんな至近距離でキラキラの目を向けられては、断る選択肢があるようには見えなかった。

 

「……行くよ」

「よし決定」

 

 瑞希はその返事に満足してパッと離れる。その様子を見て、類がくすっと笑う。

 

「実に自然な流れで約束を取り付けたね」

「計算ですよー」

 

 得意げに言う瑞希。

 

「恐ろしい子だ」

「でしょ?」

 

 くだらないやり取り。でも、その空気が、妙に心地よかった。

 

 夕方。

 祭りの会場は、人で溢れていた。提灯の明かりが揺れて、どこか現実感が薄い。空はまだ完全に暮れきっておらず、藍色と橙が混ざり合うグラデーションの中に、提灯の赤がぽつぽつと浮いていた。

 

「遅い!」

 

 待ち合わせ場所に着いた瞬間、そんな声が飛んでくる。

 声のした方を向くと、瑞希が手を振っていた。

 

「いや、時間通りだけど」

「体感的には遅いの」

 

 意味がわからない。でも、その姿を見て、少しだけ言葉を失った。

 浴衣だった。

 淡い色合いの浴衣に、ピンクの髪がよく映えている。夕方の薄明かりの中で、その色だけがやわらかく浮き上がって見えた。

 

「……似合ってるな」

 

 思ったまま言う。

 一瞬、瑞希が固まる。

 

「……なにそれ」

 

 視線を逸らす。

 

「普通すぎない?」

「いや、普通に似合ってるって意味だからな」

「そういうのが一番困るんだよ」

 

 ぶつぶつ言いながら、でも少しだけ耳が赤い。

 

「やあ、二人とも」

 

 後ろから声。類が、いつもの調子で現れる。

 

「祭りというのは、やはり非日常の象徴だね」

「また難しいこと言ってる」

 

 瑞希が肩をすくめる。

 

「もっと楽しもうよ、普通に」

「もちろん、そのつもりだとも」

 

 三人で、屋台の並ぶ通りを歩く。焼きそばの匂い。金魚すくいの水音。遠くで鳴る太鼓。全部が混ざって、夏だった。

 

「これやろうよ」

 

 瑞希が指差したのは、射的だった。

 

「いいけど、お前絶対下手だろ」

「失礼だな〜。こう見えて器用だから」

 

 自信満々に銃を持った瑞希は、構えだけは様になっていたが、結果は惨敗だった。何も景品を取れずに落ち込む瑞希に、店のおじさんがラムネをくれる。

 

「おかしいな……」

 

 真剣に首を傾げている。

 

「理論上は取れてたんだけど」

「理論とは」

 

 類が横で楽しそうに見ている。

 

「はい、交代」

 

 銃を渡される。適当に狙って、引き金を引く。一発で、景品が落ちた。

 

「え、うそ」

 

 瑞希が固まる。

 

「……ずるくない?」

「何がだよ」

「なんかこう、空気的に僕が取る流れだったじゃん」

「知らん知らん」

 

 見た目があまり可愛くない猫のぬいぐるみを渡すと、瑞希は少しだけ嬉しそうに受け取る。

 

「……まあ、もらってあげるけど」

 

 その顔を見て、少しだけ笑う。

 気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。人混みの中で、何度か瑞希の手が服を掴む。離れないように、というより——離れたくないみたいに。

 それを振り払う理由は、なかった。

 

 やがて、花火の時間になる。

 少し人の少ない場所に移動して、空を見上げた。

 一発目。大きな音と一緒に、夜が開く。

 

「……綺麗」

 

 瑞希が、小さく呟く。

 その横顔は、いつもより静かだった。

 

「こういうのさ」

 

 ぽつりと続ける。

 

「嫌いじゃないんだよね」

 

 意外だった。

 

「人多いの、苦手じゃなかったか?」

「苦手だよ」

 

 あっさり言う。

 

「でも」

 

 少しだけ間を置いて。

 

「今日は、まあいいかなって」

 

 理由は聞かなかった。聞かなくても、なんとなくわかったから。

 

「……ね」

 

 花火を見たまま、瑞希が言う。

 

「また、こういうの行こ」

 

言ってしまってから、少しだけ後悔する。重かったかな、とか。距離、間違えたかな、とか。

 

「三人で」

 

 強がりも、逃げもない声だった。その言葉に、類は微笑み返す。

 

「ああ」

 

 短く答える。それで十分だった。

 夜空に、次の花火が咲く。一瞬だけ照らされた瑞希の横顔が、今度はやけに綺麗に見えた。

 

 ——たぶん。

 

 こういう瞬間のために、人は誰かと一緒にいるんだと思った。

 

side――瑞希

 人混みは、嫌いだ。音も、匂いも、全部が近すぎて、息が詰まるから。だから、夏祭りなんて、今年も去年と同じように来るつもりはなかった。でも今年は特別だった。新しい友達と、最近前以上に話すようになった先輩のせいだ。

 らしくない。らしくないけど、しょうがないのだ。一緒に——一緒の思い出を作りたくなってしまったのだから。

 

「遅い!」

 

 なんて、口に出してみたけど、わざわざ集合時間より三十分前に来ているあたり、我ながら意味がわからない。

 周りを見渡していると、ようやく約束の人物がこちらに歩いてくるのが見えた。服装はいつもと変わらないラフな格好だ。気合いを入れて、お姉ちゃんに可愛い浴衣を貸してもらった自分が、急に恥ずかしく思えてきてしまう。

 

「……ほんと、来るんだ」

 

 約束をしたのだから当然といえば当然だが、結構勇気を出して誘ったのだ。心臓がさっき以上に速く動いてしまうのは当然だろう。

 来るって言ってたのに。

 ちゃんと来るんだ、って。

 ばかみたい。

 

「……似合ってるな」

 

 上から下まで、少し見つめてきた後のセリフ。不意打ちだった。一瞬、なにを言われたかわからなくて。

 

「……なにそれ」

 

 とりあえず、いつもの感じで返す。もう少し優しく返せればいいのにと自己嫌悪だ。

 

「普通すぎない?」

 

 逃げ道みたいな言葉。

 でも、あの人は、何も考えていなさそうな顔で言う。

 

「いや、普通に似合ってるって意味だけど」

 

 ずっとずっと、ずるい。

 そういうの。変に飾らないで、まっすぐ言うの。困るに決まっているじゃん。心のどこかが、勝手に喜ぶから。

 

「そういうのが一番困るんだよ」

 

 誤魔化すように、そっぽを向く。たぶん、ちょっとだけ、顔が熱い。気づかれていないといいけど。

 

 ——いや、気づかれてたら最悪だ。

 

 類が来て、いつもの空気になる。軽口を叩いて、笑って。それでちょうどいい。それ以上は、いらない。いらない、はずなのに。

 

「これやろうよ」

 

 射的なんて、ほんとはどうでもいい。ただ、一緒に何かしたかっただけ。

 

「絶対下手だろ」

「失礼だな〜」

 

 そんなやり取りすら、楽しくて。

 結果はボロボロだったけど。

 

 ——で。

 

 あの人が、一発で取る。

 

「え、うそ」

 

 思わず声が出る。

 なんでそこで決めるの。なんでそんな、簡単そうに。

 

「……ずるくない?」

 

 つい、口から出る。だって、なんか悔しいじゃん。僕が取る流れだったのに。

 景品を渡される。正直に言えばあまり見た目は可愛くなかったが、よく見るとなんだか愛らしく見えてくる、そんな猫の人形。

 

「……まあ、もらうけど」

 

 受け取る手が、少しだけ嬉しそうなのを隠せていない気がした。両手を伸ばして人形を上に掲げ、三秒ほど顔をじっと見つめる。うん、かわいい。胸に抱いて、小さくお礼を言う。

 こういうのも、嫌いじゃない。

 むしろ、好きだ。

 

 ——ああ、やだな。

 

 またひとつ、増えた。

 好きなもの。

 人混みの中で、何度か服を掴んだ。はぐれないように、って理由をつけて。でも、本当は違う。離れたくなかっただけ。

 こんな場所で、一人になるのが怖いからじゃない。この人たちと、離れたくなかった。

 そんなの、言えるわけないけど。

 

 花火が上がる。

 大きな音に、少しだけ肩が揺れる。でも、不思議と嫌じゃない。

 

「……綺麗」

 

 口から、勝手にこぼれる。

 空を見上げる。光が広がって、消えていく。

 

「こういうのさ」

 

 ぽつりと呟く。

 

「嫌いじゃないんだよね」

 

 本当は、ずっと嫌いだったはずなのに。

 

「苦手だよ」

 

 ちゃんと、そう言う。嘘はつきたくないから。

 

「でも」

 

 少しだけ、息を吸う。

 

「今日は、まあいいかなって」

 

 理由なんて、言わなくてもわかるでしょ。

 ……なんて、思ってしまう自分がいる。

 前までは。世界は、敵みたいなものだった。少しでも隙を見せたら、すぐに否定される場所。だから、隠して。誤魔化して。傷つかないようにしてきた。それでいいと思っていた。それしかないと思っていた。

 

 ——なのに。

 

 気づけば、隣にいる。普通に話して、普通に笑って。僕のこと、変だとも言わないで。

 

「また、こういうの行こ」

 

 言ってしまってから、少しだけ後悔する。重かったかな、とか。距離、間違えたかな、とか。

 でも。

 

「三人で」

 

 ちゃんと逃げ道も作っておく。臆病だな、ほんと。

 

「ああ」

 

 短い返事。でも、それで十分だった。

 花火が、また上がる。その光の中で、思う。

 

 ——ああ。

 

 なんか。

 だめだ。

 たぶん、もう。戻れない。こんなふうに、誰かといるのが当たり前になる前の自分には。

 胸の奥が、じんわり熱い。苦しいのに、嫌じゃない。

 むしろ——少しだけ、嬉しい。

 

「……ほんと」

 

 誰にも聞こえないくらいの声で、呟く。

 

「ずるいよ」

 

 君のせいで。

 こんなふうに、思ってしまうようになった。世界が、少しだけ。優しく見えてしまうように。

 

 

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