『プロセカ世界に転生したのに音痴だった俺が、壊れかけの少女たちを救うまで』 作:krowknown
三人で祭りの余韻に浸りながら商店街を歩いていた。
提灯の灯りが、まだ揺れている。屋台の鉄板に残った油の匂い。誰かが踏んだわたあめの袋が、足元でかさりと音を立てる。祭りが終わったあとの商店街には、賑わいの残り火みたいな空気が漂っていた。
通りの先で、シャッターの半分閉まった店の前を、まだ浴衣姿の家族連れが歩いている。子どもが手に持った小さな提灯のおもちゃが、ぽつんと光っていた。夜風が、祭りの熱をゆっくり冷ましていく。
その中に、明らかに違う音が混ざっていた。
最初は気づかないくらい、小さな振動だった。地面を伝ってくるような低音。それが、商店街のざわめきの奥から、確かに響いていた。
それとともに、大きな歓声が上がる。
ただの盛り上がりじゃない。もっと切羽詰まった、何かに縋るような声だった。
「……なんか、すごくない?」
瑞希が足を止める。俺も同じ方を見ていた。人の流れが、一点に吸い寄せられている。商店街の路地の奥、普段は閉まっているはずの広場に、光の柱が立っているのが見えた。
「行ってみるかい」
俺たちが足を止めると、類が促してくれる。その声には、いつもの軽さの奥に、わずかな緊張が混じっていた。
三人で人混みをかき分け、ライブ会場へと足を踏み入れる。受付には「本日観覧自由」と書かれた看板が、ライトに照らされて浮き上がっていた。
近づくにつれて、空気が変わる。
熱い。ただの気温じゃない。音が、空気そのものを震わせて、押し寄せてくる。鼓動みたいなリズム。胸の奥を直接叩かれる感覚。
視界が開けた。
年季の入ったステージだった。地方の祭りに組まれる、決して大きくはない仮設の舞台。でも、そこにある熱は、そんな言葉で片付けられなかった。
照明が、いくつもの色を重ねて回っている。赤、青、紫。光の粒が、客席の頭上を舞っていた。スモークが薄く広がって、ステージの輪郭をぼかしている。まるで夢の中の光景みたいに、現実と非現実の境目が曖昧だった。
光。音。歓声。
その中心に——一人。
歌っている。
いや、違う。
"燃えている"
そう思った。
マイクを握る手。汗で張りついた前髪。声が、音が、全部が——削って、削って、出しているみたいに。そこまでしなくていいだろ、ってくらい。なのに、やめない。止まらない。一音、また一音と、まるで自分の中の何かを燃料にして、歌を空へ放り上げているようだった。
観客の誰もが、それをわかっているみたいだった。誰も目を逸らさない。手を上げる人。涙を流す人。声を合わせて歌う人。それぞれの反応は違うのに、向けられている熱だけは、不思議と一つに重なっていた。
「……なに、これ」
瑞希の声が、少し震えていた。隣を見ると、その目はステージに釘付けになっている。普段の軽さが消えて、ただ純粋に、何かに圧倒されている顔だった。
類は、何も言わない。ただ、じっとステージを見ている。横顔は静かだったが、その奥に、いつもとは違う色があった。何かを思い出そうとしている時の、あの目だった。
——どこかで、知っている。
そんな感覚があった。記憶の奥が、引っかかる。けど、はっきりとは思い出せない。最近、少しずつ増えてきている。転生前の記憶が、霞む感じ。重要なところだけ、抜け落ちていくみたいな感覚だった。
それでも。
これは、わかる。わかってしまった。
「……今日だったのか」
無意識に、呟いていた。
ラスト。最後のライブ。
『RAD WEEKEND』
RADderの凪の、人生最後のライブだった。
まさかその勇姿を見ることができるなんて。もし今日祭りに来ていなかったら、この時間帯に商店街を歩いていなかったら——そう考えるだけで、背筋が冷えた。あまりにも、薄氷の上に立っているような偶然だった。
胸の奥が、ざわつく。目の前の光景が、やけに鮮明になる。
ああ、そうだ。
この人が——全部、燃やし尽くす日。
歌が、少しだけ掠れる。それでも、止めない。むしろ、強くなる。声の芯にある力が、聴く者の体ごと持っていくみたいだった。
無理しているのは、誰が見てもわかった。それでも、続ける。
どうしてそこまでやる。
そんな疑問が、一瞬浮かぶ。でも、すぐに消える。
——やらないと、終われないからだ。
そんな顔をしていた。覚悟と、何かへの抗いと、それでも消えない楔のようなものが、同時にその表情に滲んでいた。
「……やばいな」
気づけば、呟いていた。何がやばいのか、自分でもわからない。ただ、このまま見ているだけじゃダメだって。そんな焦りだけが、胸の奥に残る。
でも。
今は、何もできない。ただ、見ていることしか。
ステージの上に、光の粒が降るように落ちていく。スモークの中で、その人の輪郭が時々ぼやけて、また鮮明になる。まるで、すでにこの世界から半分剥がれかけているみたいに見えた。それでも、声だけは——その輪郭を超えて、確かに観客の胸の奥まで届いていた。
曲が、終盤に差し掛かる。
声がさらに掠れて、それでも歌詞の一つひとつを、丁寧に、まるで誰かに手渡すみたいに届けていく。観客の何人かが、歌詞を一緒に口にしている。涙を流しながら歌っている人もいた。
その光景を見て、思った。
——この人は、ここにいるみんなに、何かを残そうとしているんだ。
残された時間で、できる限りのものを。声に乗せて、光に乗せて、空気に乗せて。
最後の一音が、空に溶ける。
一瞬の静寂。
そのあと、爆発みたいな歓声。誰もが叫んでいる。拍手が鳴り止まない。光の柱が、その人を中心に渦巻いているようだった。
でも、ステージの上のその人は——少しだけ、揺れた。
ほんの一瞬。でも、確かに。
「……っ」
息が詰まる。
次の瞬間には、もう何事もなかったみたいに立っている。笑顔を取り戻して、観客に手を振っている。けれど、俺の弱点発見には、今にも消えそうな火が、その身体の奥でゆらゆらと揺らいで見えた。
それでも、その人は笑っている。やりきった顔で。
でも。
それが、逆に。
終わりを、はっきりさせていた。
「……帰ろうか」
不意に、類が言う。珍しく、静かな声だった。さっきまでの軽さがどこにもなくて、ただ静かに、何かを噛みしめているような声だった。
瑞希も、何も言わない。ただ、もう一度だけステージを見て。
「……うん」
小さく頷く。
三人で、会場をあとにする。
帰り道。
さっきまでの賑やかさが、嘘みたいに遠い。商店街の灯りも、提灯の色も、さっきまでと同じはずなのに、なぜか違う色に見えた。誰も、すぐには口を開かなかった。頭の中に、さっきの音が、まだ残っている。消えない。消えないまま——
夜風が、頬を撫でる。さっきまで熱気の中にいたせいか、その冷たさが余計に染みた。
「……なあ」
歩きながら、口を開く。二人が、こっちを見る。
「さっきの、どう思った」
自分でも、なんで聞いたのかわからない。でも、聞かずにはいられなかった。誰かに、この感覚を共有してほしかったのかもしれない。
瑞希は、少しだけ考えて。ぽつりと言う。
「かっこよすぎるでしょ、あれ」
少しだけ笑う。でも、その目は真剣だった。
「でもさ」
続ける。声が、少しだけ小さくなる。
「ちょっと、怖かった」
その言葉に、何も返せなかった。怖い、という言葉が、今の自分の感覚に一番近い気がした。
類は、静かに目を細める。空を見上げながら、ぽつりと言った。
「……あれが、"本気"というものだよ」
誰に向けたわけでもない声だった。夜風が、少しだけ冷たい。月の光が、商店街のアーケードの隙間からこぼれて、アスファルトに細い筋を作っていた。
俺は、もう一度だけ振り返る。会場は、もう見えない。提灯の灯りと、人々の話し声だけが、夜の街に静かに溶けていた。
でも。
あの光景だけは、焼き付いて離れなかった。光の渦の中で歌っていた、あの人の表情。揺れたほんの一瞬。そして、その奥にあった、消えそうで消えない小さな火。
——間に合うのか。
そんな言葉が、頭をよぎる。何に、とは言わない。言えない。まだ自分の中でも、はっきりとした形を持っていない問いだったから。
ただ。
「……」
拳を、少しだけ握る。
まだ、何も決めていない。
でも。
あの瞬間を知ってしまった。命を削るみたいに、誰かが"本気"で音を鳴らす姿を。その姿が、今もまだ、目の奥に焼きついている。
だからもう。
前みたいに、何も知らない顔ではいられなかった。
夜空を見上げる。星が、いくつか見えた。さっきまでの光の渦とは違う、静かな光。
その静かな光の下で、三人はしばらく、何も言わずに歩き続けた。
読んでいただきありがとうございます。同じプロセカ好きとして、嬉しく思います。
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