転生したらヒトカゲだった。しかも色違い   作:リザードン大好きマン

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第十一話 「文字が、文字が読めねェ…。たぶん、マサラタウンだ!」

 

 

 

 トキワの森を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。

 

 頭上を覆っていた木々は途切れ、どこまでも広がる青空が目に飛び込んでくる。柔らかな風が草原を撫で、森の湿った空気とは違う乾いた匂いを運んでいた。

 

 思わず足を止める。久しぶりに見る、遮るもののない景色だった。

 

 隣では、ピチューも同じように立ち止まり、目の前に広がる世界を見上げている。

 

「……ぴちゅ」

 

 その声には、不安と期待が半分ずつ混じっているように聞こえた。

 

 俺はゆっくりと周囲を見渡した。

 

 森の中とは違い、ここには隠れる場所が少ない。遠くまで見渡せるということは、こちらの姿も遠くから見つかりやすいということだ。

 

 人間に見つかれば、何が起こるか分からない。だが、それでも進むしかなかった。

 

 視線の先には、大きな街の輪郭が見えている。

 

 トキワシティ。

 

 ジムリーダーにして、ロケット団のボス――サカキがいる街だ。前世の知識では、表向きはポケモンジムのリーダーとして振る舞いながら、裏ではロケット団を率いていた男。

 

 今の俺があの街に近づく理由はない。むしろ、絶対に避けるべき場所だ。

 

 進化したとはいえ、まだリザードになったばかり。あの男の目に留まれば、利用されるか、最悪の場合は捕獲される可能性だってある。

 

(……関わるだけ損だ)

 

 俺はトキワシティの方向から視線を外し、そのさらに南へ目を向ける。

 

 目指す場所は決まっていた。

 

 マサラタウン。

 そして、オーキド博士の研究所。

 

 世界的に有名なポケモン博士であり、ポケモンの保護や研究を行っている人物だ。少なくとも、サカキよりはよほど信用できる。

 

 もちろん、いきなり現れた野生のリザードの話を素直に聞いてくれる保証はない。

 

 それでも――。

 

 ピチューのことを考えれば、他に思いつく相手はいなかった。

 

 隣を見ると、ピチューは俺の足元にぴったりと寄り添い、不安そうに見上げている。

 

 親を失ったばかりの、小さな命。

 

 これから俺が進む道は、もっと危険になる。今のまま連れ歩けば、次は守りきれないかもしれない。

 

(……せめて、安心して暮らせる場所を見つけてやりたい)

 

 それが、ピカチュウに対して果たせる最後の責任だと思った。

 

「……リザ(行くぞ)」

 

「ぴちゅ!」

 

 小さく頷いたピチューとともに、俺は草原へ一歩を踏み出した。トキワシティを大きく迂回し、人気の少ない道を選んで南へ進む。

 

 目指すのは、マサラタウン。

 

 ピチューの新しい居場所を探すために。

 

 そして――。

 

 この旅が、俺の運命を大きく変える出会いへと繋がっていることを、この時の俺はまだ知らなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 トキワシティを迂回しながら、俺たちは南へ進んだ。

 

 街道そのものを歩くことはしない。人間に見つかる危険を避けるため、道の脇の草むらや林の中を縫うように移動する。頭上では時折ポッポが羽ばたき、遠くからは人間たちの話し声が風に乗って聞こえてきた。

 

 森の中だけで暮らしていた頃には、こうした音はすべて「敵の気配」にしか思えなかった。だが今は、その声の中に不思議な穏やかさを感じている。

 

 しばらく歩き続けるうちに、後ろからついてきていたピチューの足取りが目に見えて遅くなってきた。

 

「……ぴちゅ」

 

 小さく鳴いたかと思うと、ピチューは俺の尻尾にしがみつき、そのままよじ登ってくる。器用に背中へと収まると、ほっとしたように体を預けてきた。

 

 その重みは、ほとんど感じない。

 

 それでも、背中に伝わるぬくもりだけは妙にはっきりと分かった。

 

「…リザ(楽してるんじゃねぇぞ)」

 

 そう言ってみても、ピチューは「ぴちゅ」と小さく鳴くだけだった。

 

 文句を言う気にはなれなかった。気づけば、こいつがこうして背中に乗ることも当たり前になっている。

 

 だからこそ、思う。

 

(……本当に、手放せるのか)

 

 マサラタウンへ向かっている理由ははっきりしている。オーキド博士なら、ピチューを安全に保護してくれるかもしれない。

 

 俺と一緒に旅を続けるより、その方がずっと安全だ。人間の近くで暮らせば、食べ物にも困らないし、命の危険に晒されることも少ないだろう。

 

 頭では、それが最善だと分かっている。

 

 だが背中にしがみつく小さな体の温もりが、その考えを鈍らせる。

 

 本当に、こいつにとってそれが幸せなのか。俺の都合で、「安全」という名目のもとに突き放そうとしているだけじゃないのか。

 

 答えは出ない。

 

 ただ、今の俺にできるのは、少しでも良い選択肢を探すことだけだった。

 

 木々の隙間から、道の向こう側が見えた。

 

「おかあさん!今日の晩ごはんなに?」

「ふふっ。今日はカレーよ」

「やったー!」「ラタッ!」

 

 親子らしき人間が並んで歩いている。小さな子どもが楽しそうに笑い、その横で大人が穏やかに微笑んでいた。その足元では、コラッタがちょこちょこと走り回っている。

 

 争いの気配はない。ただ、それが当たり前であるかのような光景だった。

 

(……こういう場所なら)

 

 ピチューも、安心して暮らせるかもしれない。

 

 毎日怯える必要もなく、食べ物の心配もない。危険な戦いに巻き込まれることもない。

 

 俺といるより、よほどまともな生活を送れるだろう。そう思う一方で、胸の奥に小さな痛みが走る。

 

 こいつが俺の隣にいない日常を、うまく想像できなかった。別れなんていくらでも経験してきたはずなのに。

 

 それでも、この小さな存在がいなくなることを考えるだけで、思った以上に胸がざわつく。

 

 しばらく進むと、木々の向こうに小さな町並みが見えてきた。

 

 赤い屋根の家々。広々とした草原。

 

 そして、その中でもひときわ目立つ大きな建物。

 

 見覚えのある形だった。前世で何度も見た、ポケモン研究の中心地。

 

(……これが、オーキド研究所)

 

 ゲームの始まりの場所。

 

 主人公たちが最初の一歩を踏み出す場所。

 

 まさか、自分がポケモンとしてこの景色を眺める日が来るなんて思わなかった。

 

 だが今の俺にとって、この町は「ゲームのスタート地点」なんかじゃない。

 

 ピチューの未来を託すかもしれない、大切な分岐点だった。

 

「……ぴちゅ?」

 

 背中の上で、ピチューが小さく首を傾げた。

 

 俺は町を見つめたまま、ゆっくりと息を吐く。

 

(ここなら……こいつを任せられるかもしれない)

 

 だが、すぐに町へ入るつもりはなかった。

 

 相手がオーキド博士だからといって、無条件に信じていい保証はない。まずは近くに拠点を作り、様子を見る必要がある。

 

 俺は町の外れに広がる森へと視線を移した。

 

「…リザ、リザ(ひとまず、森で休もう)」

 

 背中のピチューは安心したように体を預け直した。

 

 俺はマサラタウンを見つめながら、静かに歩き出す。

 

 ここから先の選択が、こいつの未来を決める。

 

 そしてきっと――俺の未来も。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 今日も、うまく話せなかった。

 

 休み時間。教室のあちこちで楽しそうな声が飛び交っている。

 

「昨日さ、うちのニドランがね――」

「いいなぁ!」

「今度見せてよ!」

 

 みんなは自然に笑って、自然に言葉を返している。

 

 わたしは、自分の席に座ったまま、図鑑のページをぼんやりと眺めていた。

 

 本当は、わたしも話してみたい。そのニドランのこと、少しだけ知ってる。どくタイプで、オスとメスで角の大きさが違うことも。

 

 でも、どうやって話しかければいいのか分からない。

 

「……」

 

 口を開く前に、タイミングは過ぎていく。気づけば、みんなの輪はもう別の話題で盛り上がっていた。

 

 わたしはそっと視線を窓の外へ向ける。

 

 遠くに見える森の緑。風に揺れる木々を見ていると、胸の奥のもやもやが少しだけ軽くなる気がした。

 

 ポケモンは好きだ。人よりも、ずっと好き。

 

 だって言葉を交わさなくても、一緒にいるだけで落ち着けるから。

 

 いつか、わたしにもそんな存在ができるのかな。

 

 言葉がなくても、隣にいるだけで安心できるような。

 

 ここにいていいんだって、そう思わせてくれるような子。

 

 もしそんな子に出会えたら――

 

 わたしは、少しだけ変われる気がした。

 

 ――ガタンッ。

 

 突然、机が小さく揺れた。

 

 前を向くと、後ろの席の男の子たちがくすくすと笑っている。

 

「また外見てる」

「ほんと、ポケモンのことしか興味ないんじゃない?」

「っていうか、ちゃんと喋れるの?」

 

 喉の奥がきゅっと締まる。何か言い返したい。でも、言葉が出てこない。

 

 唇を開きかけたまま、わたしは俯いた。

 

「……」

 

「ほら、また黙った」

「やっぱ変わってるよな」

 

 笑い声が耳に刺さる。

 

 悪意があるのか、ただ面白がっているだけなのか、わたしには分からない。

 

 でも、そのたびに自分の居場所が少しずつ削られていく気がした。机の上で、ぎゅっと手を握る。

 

 本当は、変わっているなんて思われたくない。

 

 本当は、みんなと仲良くしたい。

 

 でも、どうすればいいのか分からない。

 

 先生が教室に入ってくると、笑い声はぴたりと止んだ。何事もなかったように、みんなは前を向く。わたしも慌てて教科書を開いた。

 

 胸の奥に残った小さな痛みだけが、消えないままそこにあった。

 

 

 

 

「――――――――」

 

 先生が黒板に向き直った隙に、わたしは静かに席を立った。

 

 ――ガタッ…

 

 誰にも気づかれないように教室を出て、そのまま校舎の外へ向かう。

 

「……っ」

 

 胸が少しだけ高鳴る。悪いことをしているはずなのに、不思議と足取りは軽かった。

 

 町を抜け、いつもの森へ入る。

 

 湿った土の匂い。葉の擦れる音。鳥ポケモンの鳴き声。

 

 教室にいた時より、ずっと息がしやすい。

 

「……ふふ」

 

 自然と、小さな笑みがこぼれる。

 

 草むらの陰でキャタピーが葉っぱを食べていた。

 

 少し離れた枝の上には、一羽のポッポが止まっている。丸い体をふくらませて、気持ちよさそうに羽づくろいをしていた。

 

 かわいい。もっと近くで見たい。

 

 わたしは足音を立てないよう、そっと一歩近づく。ポッポの羽の色や、胸のふくらみがはっきり見える。

 

 もう一歩。

 

 その瞬間、ポッポの黒い瞳がこちらを向いた。

 

「……あ」

 

 鋭い鳴き声が、森に響く。

 

 翼が大きく広がった。

 

 次の瞬間、ポッポは一直線に飛びかかってきた。

 

「きゃっ!」

 

 反射的に身をかがめ、慌てて走り出す。

 

 後ろから羽ばたきの音が追いかけてくる。ばさっ、ばさっ、と空気を切り裂く音が、どんどん近づいてくる。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 枝が頬を掠める。足元の木の根に躓きそうになる。

 

 振り返ると、ポッポはすぐ後ろまで迫っていた。

 

「っ……!」

 

 足がもつれ、わたしはその場に尻もちをつく。手のひらに小石が食い込み、痛みが走る。

 

 逃げなきゃ。

 

 そう思うのに、足に力が入らない。

 

 見上げると、ポッポが翼を広げていた。

 

 鋭いくちばし。

 

 まっすぐ向けられた敵意。

 

 怖い。

 

 怖いのに、声がうまく出ない。

 

 喉の奥から、かすれた声がこぼれた。

 

「……たすけて」

 

 その瞬間。

 

 すぐ近くの茂みが、大きく揺れた。








第一章【カントー地方】
第二節《マサラタウン》開始

というわけで、次はマサラタウンです。主人公たちがトキワの森から町へどうやって行ったのかというと、密猟者たちが持っていた地図を拝借(窃盗)したんです。

【名前】???
【種族】リザード
【性格】おくびょう
【特性】りょうげんのひ
【持ち物】無し

りょうげんのひ:自分のHPが1/2以下になるまで、ほのお技を使えない。HPが1/3以下になると、ほのお技の威力が2倍になり、「すばやさ」のランクが1段階上る。
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