転生したらヒトカゲだった。しかも色違い 作:リザードン大好きマン
森の中を見回りながら、俺は周囲の気配に意識を巡らせていた。
マサラタウンの外れにある小さな森。その一角に、俺とピチューは新しい拠点を作った。巣穴の中では、疲れたのかピチューが丸くなって眠っている。
ようやく落ち着ける場所を見つけたとはいえ、まだ安心はできない。
この森にはどんなポケモンがいるのか。
人間はどれくらい近くまで来るのか。
食料は十分に確保できるのか。
確認すべきことはいくらでもあった。拠点にピチューを残して森の探索をする。
しばらく、湿った土を踏みしめながら歩いていると、風の向こうから人の匂いが運ばれてくる。人の匂いはまだ遠いが、この辺りが人里に近いことを改めて実感させられた。
(……やっぱり、あの森の中とは違うな)
トキワの森にいた頃は、聞こえてくるのは野生ポケモンの鳴き声と、葉擦れの音ばかりだった。
しかし、ここはそれに混じって人間の生活の気配がある。どこか穏やかで、同時に少しだけ落ち着かない。
そんなことを考えていた、その時だった。
「きゃっ……!」
鋭い声が、遠くから聞こえてきた。俺は反射的に顔を上げる。
続けて聞こえてきたのは、荒々しい羽ばたきの音と、甲高い鳴き声。
「ポッポーッ!」
考えるよりも早く、体が動いていた。地面を蹴り、茂みを掻き分けて声のした方へ駆け出す。枝が肩を叩き、草が足に絡みつく。それらを気にする余裕はなかった。
視界が開けた瞬間、状況を理解する。
(子どもがポケモンに襲われているな。どうしようか…)
一人の少女が地面に尻もちをついていた。
年の頃は十歳くらいだろうか。黒髪を肩のあたりで切りそろえた、小柄な女の子。制服の膝は土で汚れ、手のひらには擦り傷ができている。
その目の前で、一羽のポッポが翼を大きく広げて威嚇していた。羽毛を逆立て、鋭いくちばしを突き出し、今にも飛びかかろうとしている。
少女は逃げようとしているのに、恐怖で体が動かないらしい。大きな瞳に涙を浮かべたまま、かすれた声で呟いた。
「……たすけて」
その言葉を聞いた瞬間、迷いは消えた。
俺は少女とポッポの間に飛び込む。着地と同時に、喉の奥から咆哮を叩きつけた。
「――リザァッ!!」
なきごえ
森の空気を震わせるほどの大音声に、ポッポの体がびくりと跳ねる。怯んだ隙を逃さず、地面を蹴って一気に間合いを詰めた。鋭く振り抜く。
ひっかく
「ぽっ!?」
爪が翼の先端を切り裂き、ポッポは悲鳴を上げながら後退する。
さらに一歩踏み込むと、ポッポは完全に戦意を失ったように空へ飛び上がり、そのまま森の奥へ逃げ去っていった。
ばさばさという羽音が遠ざかり、辺りに静寂が戻る。残るのは、少女の荒い息遣いと、背中に突き刺さる視線だけだった。
(……しまった)
胸の内で小さく舌打ちする。
完全に姿を見られた。しかも相手は人間の子どもだ。叫ばれて大人を呼ばれてもおかしくない。
俺はゆっくりと振り返った。
少女は地面に座り込んだまま、呆然とこちらを見つめていた。
「…………」
恐怖の色はない。ただ、大きな瞳を見開いて目の前の現実を信じられないような顔をしている。助けられたことに驚いているのか、それとも野生のリザードが現れたことに驚いているのか。
たぶん、その両方だろう。
(……今のうちに離れるか)
そう判断し、俺は踵を返す。
「あ……!」
背後から小さな声が聞こえ、足が止まった。振り向くと、少女がふらつきながら立ち上がっていた。
震える足で必死に踏ん張り、まっすぐに俺を見つめている。そして、少し息を整えてから、ぺこりと頭を下げた。
「……ありがとう」
小さな声だった。それでも、その一言にははっきりとした感謝の気持ちが込められていた。
俺は何も返さない。返せる言葉もない。だが、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がわずかに熱を帯びた。
再び歩き出そうとして――俺は気づく。
少女の右足が不自然に震えている。一歩踏み出した瞬間、痛みに顔をしかめ、思わず木に手をついた。
(……足を痛めてるのか)
捻挫かもしれない。この状態で一人にすれば、また野生ポケモンに襲われる危険がある。
放っておけばいい。人間と関わるべきじゃない。
頭ではそう分かっている。それでも、さっきの「ありがとう」が耳に残っていた。
(……ったく)
小さく息を吐き、俺は少女の前まで戻る。
「……え?」
驚いたように目を見開く少女の前で、俺はしゃがみ込み、背中を向けて短く鳴く。
「……リザ」
乗れ。
そう促すように、尾の炎が小さく揺れた。
少女はしばらく固まっていた。信じられないものを見るように俺を見つめ、それからおそるおそる口を開く。
「……いいの?」
もちろん、返事はしない。ただ、そのまま動かずに待つ。
やがて少女は決意したように小さく息を吸い込み、そっと俺の背中に手を置いた。
慎重に体重を預ける。細い腕が首元に回り、背中に人間の体温が伝わってくる。
思っていたよりもずっと軽い。だが、その温もりだけは妙にはっきりと感じられた。
「……ありがとう」
今度の声は、さっきよりも少しだけ柔らかかった。その響きに、俺は何も答えないまま立ち上がる。
背中に感じるぬくもり、耳元にかかる小さな吐息。初めてこんなにも近くで感じる、人間の存在。
不思議と嫌ではなかった。
むしろ――。
どこか、安心するような気さえした。
その感覚に戸惑いながらも、俺は静かに歩き出す。向かう先は、マサラタウンの外れに作ったばかりの小さな拠点。
背中の少女は、何も言わなかった。ただ、落ちないようにそっとしがみつきながら、時折くすぐったそうに息を呑んでいる。
森の中を吹き抜ける風が、尾の炎を揺らす。
こうして俺は、一人の少女を背に乗せて歩き出した。
――――――――――
しばらく歩くと、木々に囲まれた小さな巣穴が見えてきた。
地面の窪みを利用し、枝葉で目立たないように覆っただけの簡素な隠れ家だ。雨風をしのぐには十分だが、人間から見れば、ただの土の穴にしか見えないだろう。
背中の少女が、かすかに息を呑む気配がした。
「……ここに、住んでるの?」
驚きと、少しだけ感心したような声だった。俺は答えず、そのまま巣穴の中へと入る。
外よりも少しひんやりとした空気が肌を撫でる。奥には、俺とピチューが寝床にしている乾いた草の山があり、隅には集めておいたきのみがいくつか積まれていた。
「ぴちゅ!」
その瞬間、奥の方から聞き慣れた声が響く。勢いよく飛び出してきたピチューが、俺の足元まで駆け寄ってくる。
だが、背中に乗せている少女の姿を見た途端、その足がぴたりと止まった。
「……ぴちゅ?」
丸い瞳が大きく見開かれる。
ピチューは俺と少女を交互に見比べたあと、小さく身を引いた。尻尾の先がぴくぴくと揺れ、耳もぴんと立っている。明らかに警戒していた。
無理もない。ピカチュウを失ってから、ピチューはかなり敏感になっている。知らない相手を簡単に受け入れられるはずがなかった。
俺はゆっくりとしゃがみ込み、少女が降りやすいよう背中を低くする。
「……ありがとう。…っ」
少女は小さく呟き、慎重に地面へ降り立った。着地した瞬間、足首に痛みが走ったのか、眉をひそめる。それでもピチューを驚かせないよう、その場にそっと座り込んだ。
少女はピチューを見つめる。そして、胸の奥から自然にこぼれたような声で呟いた。
「……かわいい」
その一言には、打算も怖れもなかった。
ただ純粋に、小さなポケモンを愛おしいと思っている。それだけが伝わってくる。
ピチューはまだ警戒したままだったが、少なくとも敵意は感じていないようだった。俺の後ろに半分隠れながらも、興味深そうに少女を見つめている。
俺は巣穴の隅に置いていたきのみをいくつか取り出し、少女の前に置いた。
オレンのみとモモンのみ。旅の途中で見つけて、非常食として取っておいたものだ。
「……え?」
俺はオレンのみを前足で軽く押した。食べろ、という意味だ。
少女はしばらくきのみと俺の顔を見比べていたが、やがて表情を柔らかくした。
「……ありがとう」
小さくお礼を言い、オレンのみを両手で包み込むように持つ。ひと口かじると、みずみずしい果汁が溢れたのか、ほっとしたように息をついた。
その様子を見て、俺も少し肩の力を抜いた。
しばらくして、少女は何かを思い出したように制服のポケットへ手を入れた。
「……あ」
取り出したのは、小さな紙包みだった。丁寧に開くと、中には丸いクッキーのようなお菓子が二つ入っている。
「今日のおやつ……」
少し迷うようにそれを見つめたあと、少女はそっと一つを俺の前に差し出した。
「……よかったら、食べる?」
思わず目を瞬かせる。人間の食べ物だ。
警戒心がないわけじゃない。だが、少女の手に悪意は感じられなかった。
恐る恐る鼻先を近づける。甘い香りがした。きのみとは違う、どこか懐かしい匂い。前世で食べたクッキーやビスケットを思い出させる。
俺は少しだけ口に含む。さくり、と軽い音がした。
(……甘い)
自然な果実の甘さとは違う、人間が作った優しい味。思わず、もう一口かじっていた。
「……よかった」
少女の顔がぱっと明るくなる。その笑顔は、まるで自分のことのように嬉しそうだった。
そしてもう一つのお菓子を、少女はピチューの方へそっと差し出した。
「……あなたも、どう?」
ピチューはびくりと肩を震わせ、俺の後ろへ半歩隠れる。
だが、少女は無理に近づこうとはしなかった。ただその場で静かに手を差し出したまま、じっと待っている。
押しつけるのではなく、選ばせようとしている。
「……ぴちゅ?」
その姿を見て、ピチューの耳がぴくりと動いた。警戒と好奇心が入り混じった声。
ピチューは俺を見上げる。
「……リザ(―大丈夫だ)
その一言で伝わったのか、ピチューはそろそろと前に出た。いつでも逃げられるよう身を低くしながら、少女の手の匂いを嗅ぐ。
しばらくためらったあと、ぺろりと小さく舐めた。
「……ぴちゅ!」
甘さが気に入ったのか、ぱちぱちと目を瞬かせる。今度は思い切ってお菓子を受け取り、小さな口で夢中になって食べ始めた。
少女は声を上げることもなく、ただ嬉しそうにその様子を見守っている。
ピチューも食べ終えるとすぐに離れることはせず、少し距離を置いたまま少女を見つめていた。まだ完全に警戒が解けたわけではない。それでも、さっきまでのような強い拒絶は消えていた。
巣穴の中に、穏やかな静けさが広がる。
少女は膝を抱え、ピチューを見つめている。
ピチューは少し離れた場所から少女を見つめている。
そして俺は、その二人を見つめていた。
不思議な光景だった。ついさっきまで見知らぬ人間だった少女が、こうして当たり前のように同じ空間にいる。しかも、嫌な感じがしない。
むしろ、どこか心地よかった。
少女はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「……あなた、優しいんだね」
まっすぐな言葉だった。
思わず視線を逸らす。優しい、なんて柄じゃない。ただ、目の前で困っている相手を放っておけなかっただけだ。
それでも、その言葉は胸の奥にじんわりと染み込んでいった。
「……また、来てもいい?」
その瞬間、巣穴の空気が静かに止まった気がした。
ピチューの耳がぴくりと動く。
俺は少女の顔を見る。
そこにあるのは期待と不安。そして、断られたくないという小さな願いだった。
人間と関わるのは危険だ。それは今でも変わらない。
だが――。
この子なら、大丈夫かもしれない。
「……リザ」
少女の表情が、ぱっと花が咲いたように明るくなる。
「……ほんと?」
嬉しそうに笑うその顔を見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。
少し離れた場所では、ピチューも「ぴちゅ」と小さく鳴いた。
それはまるで、完全ではないけれど、この子なら受け入れてもいい――そう言っているように聞こえた。
――――――――
気づけば、巣穴の入り口から差し込む光は、やわらかな橙色に変わっていた。
木々の隙間から射し込む夕日が、地面に長い影を落としている。昼間の賑やかさは薄れ、森の中には一日の終わりを告げる静かな気配が広がっていた。
ずいぶん長い時間、ここで過ごしていたらしい。
「……あ」
少女――まだ名前も知らないその子も、外の明るさに気づいたように小さく声を漏らした。楽しい時間から現実に引き戻されたように、表情が少しだけ曇る。
「もう……こんな時間」
ぽつりと呟いた声には、帰らなければならないという焦りと、ここを離れたくないという寂しさが混じっていた。
少女は名残惜しそうに俺とピチューを見つめ、それから意を決したように立ち上がろうとする。
「……っ」
しかし、右足に体重をかけた瞬間、顔をしかめてその場によろめいた。足首の痛みは、まだ完全には引いていない。
俺はその様子を見て、無意識に小さく息を吐いた。
(……ったく)
放っておけば、また転ぶかもしれない。そうなれば、せっかく助けた意味がなくなる。
自分にそう言い訳しながら、俺は少女の前に歩み寄る。静かにしゃがみ、背中を向けたまま短く鳴く。
「……リザ」
「……え?」
俺はそのまま動かない。
少女はきょとんと目を瞬かせた。しばらくして、その表情がゆっくりと変わっていく。
驚きと戸惑い。そして、じわじわと広がる喜び。
「……送って、くれるの?」
確認するような声は、少しだけ震えていた。
俺は振り返らず、尻尾を軽く揺らす。
少女は口元を綻ばせると、「……ありがとう」と呟き、そっと俺の背中に体を預けた。
小さな体温が背中越しに伝わってくる。
不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ、その温もりが自然に感じられることに、自分でも少し驚く。
「……ぴちゅ」
巣穴の入り口まで見送りに来たピチューが、少し寂しそうに鳴いた。
少女は振り返り、柔らかく微笑む。
「また来るね」
その言葉に、ピチューは耳をぴくりと動かし、小さく「ぴちゅ!」と鳴いた。
俺はそのやり取りを横目に見ながら、静かに歩き出した。
夕暮れの森は、昼間とはまるで別世界だった。木々の間を抜ける風は少し冷たく、葉の隙間から差し込む赤い光が、地面を茜色に染めている。
背中の少女は最初こそ緊張していたようだったが、やがて安心したのか、そっと俺の首元に手を添えた。
「……あったかい」
ぽつりと零れた声は、どこか夢を見るように穏やかだった。
その言葉に、胸の奥がくすぐったくなる。尾の炎の熱を感じてそう言ったのか、それとも背中そのものの温もりを感じてそう言ったのか。どちらにせよ、悪い気はしなかった。
やがて木々の隙間から、マサラタウンの明かりが見えてくる。赤い屋根の家々。窓から漏れる暖かな灯り。遠くから聞こえる人々の笑い声。
それは、俺たちが生きてきた森とはまったく違う、穏やかな世界だった。
「……ここで、大丈夫」
町の外れで少女が小さく呟く。
俺はゆっくりとしゃがみ込み、少女を降ろした。
少女は地面に立つと、少し名残惜しそうに俺の顔を見上げた。夕日に照らされた瞳が、赤くきらきらと輝いている。
胸の前で両手を握りしめながら、少女は言った。
「……今日は、本当にありがとう」
「助けてくれて……怪我を気にしてくれて……お菓子も食べてくれて……」
一つひとつ言葉を重ねるたびに、その声に気持ちがこもっていく。
「……すごく、嬉しかった」
その言葉に、思わず視線を逸らした。
こんなふうに真っ直ぐ感謝を伝えられると、どう反応すればいいのか分からない。
少女は少しだけ不安そうに眉を下げ、それでも勇気を振り絞るように口を開いた。
「……また、会いに行ってもいい?」
期待と不安が入り混じった、か細い声。
断られたらどうしよう――そんな気持ちが、表情から痛いほど伝わってくる。
俺は短く鳴いた。
「……リザ」
もちろんだ。
その瞬間、少女の顔がぱっと明るくなった。まるで曇り空から一気に日差しが差し込んだような笑顔だった。
「……よかった」
ほっとしたように胸に手を当てたあと、少女は「あっ」と小さく声を上げた。何か大切なことを思い出したように、少しだけ頬を赤らめる。
「……そうだ。まだ、名前を言ってなかった」
少女は背筋を伸ばし、まっすぐ俺を見つめた。その瞳には、緊張と照れと、それでも知ってほしいという気持ちが浮かんでいる。
「……わたしの名前はね――」
「――レッド、っていうの」
( ふぁっ!!!??? )
はい。レッドは女の子になりました。後悔はありません。理由?かわいいと思ったからです。
この短時間で主人公とピチューが少し心を開けたのは、流石はレッドと言ったところですね。
【名前】???
【種族】リザード
【性格】おくびょう
【特性】りょうげんのひ
【持ち物】無し
りょうげんのひ:自分のHPが1/2以下になるまで、ほのお技を使えない。HPが1/3以下になると、ほのお技の威力が2倍になり、「すばやさ」のランクが1段階上る。
【技】
・ひっかく
・ひのこ?
・えんまく
・なきごえ
・りゅうのいぶき