転生したらヒトカゲだった。しかも色違い   作:リザードン大好きマン

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第十三話 「なんか平和すぎてソワソワするんだが」

 

 

 

「……わたしの名前はね――レッド、ていうの

 

(ふぁっ!!!???)

 

 カントー地方最強のトレーナー。チャンピオンを倒し、ロケット団を壊滅させ、最終的にはシロガネ山の頂で伝説になる、あのレッド?

 

(そのレッドが――目の前の、この女の子? いや性別が違うだろ)

 

 思わずレッドの顔をまじまじと見つめる。

 

 夕焼けに照らされた黒髪ショートの小柄な女の子。さっきまでポッポに追いかけられて泣きそうになっていて、お菓子を分けてくれて、「また来るね」と嬉しそうに笑っていた子。

 

 どう見ても、俺の知っている「最強のトレーナー」というイメージとは結びつかない。

 

(……いや、さすがに同じ名前の別人だろ)

 

 そう考えるのが自然だ。確かに、ここはマサラタウンで、目の前にいるのは十歳前後の子ども。しかし、主人公のレッドは男の子だったはず。

 

 だが――もし本当に、この子が俺の知っているあのレッドなのだとしたら。

 

 未来の最強トレーナーが、今はまだポッポに追いかけられて泣きそうになるような、小さな女の子だということになる。そのギャップがあまりにも大きすぎて、頭がついていかない。

 

 どうやら俺は、口を半開きにしたまま固まっていたらしい。

 

「……変、かな?」

 

 不安そうに首を傾げるレッドの声で、ようやく我に返った。

 

「リ、リザッ!? リザリザッ!」

 

 慌てて首をぶんぶんと横に振る。

 

 違う、違う。変なんじゃない。ただ、驚きすぎて脳みそが一瞬フリーズしただけだ。

 

 その反応に安心したのか、レッドはほっとしたように胸を撫で下ろし、小さく笑った。

 

「……よかった」

 

 それから少しだけ名残惜しそうに俺を見つめると、柔らかく微笑む。

 

「……それじゃあ、また明日」

 

「……リザ」

 

 レッドは嬉しそうに頷き、何度か振り返りながら町の方へ駆けていった。

 

 小さな背中が夕暮れの中に溶けて見えなくなるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。

 

(……レッド、ねぇ)

 

 同じ名前の別人かもしれない。でも、もし本当にあのレッドだったら――。

 

 なんというか、伝説ってのも最初から伝説だったわけじゃないんだな、と妙に実感してしまう。

 

「……リザ」

 

 気づけば、口元が少しだけ緩んでいた。

 

 明日も、あの子がここに来る。そう思うと、胸の奥がほんの少しだけ温かくなる。

 

 どうやら俺は、思っていた以上に「また明日」を楽しみにしているらしかった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 翌日。

 

 朝から、なんとなく落ち着かなかった。

 

 巣穴の入り口で腕を組みながら、俺は森の外れへと続く道をぼんやり眺めていた。もちろん、わざわざ待っているわけじゃない。たまたま外の様子を確認しているだけだ。そう、自分に言い聞かせる。

 

 隣ではピチューがオレンのみを両手で抱え、小さな口でもぐもぐと食べていた。時折こちらを見上げては、「ぴちゅ?」と不思議そうに首を傾げる。

 

「……リザ(なんでもない)」

 

 短く返し、再び視線を森の入口へ向ける。

 

 昨日の少女――レッド。この世界を知る者なら、誰もが知っている存在。

 

 あのあと巣穴に戻ってからも、頭の中はずっとその名前のことでいっぱいだった。

 

 ……とはいえ、まだ同じ名前の別人という可能性もある。マサラタウンに住んでいる女の子がたまたま「レッド」という名前だっただけかもしれない。

 

(……まあ、考えても仕方ないか)

 

 そもそも、今日また来るとも限らない。

 

 別れ際の「また来るね」だって、社交辞令のようなものかもしれない。前世の人間関係でも、そういう言葉はいくらでもあった。

 

 だから、半分以上は来ないと思っていた。

 

 その時だった。遠くの草むらが揺れ、小さな人影が現れる。

 

 黒髪の少女が、両手で何かを大切そうに抱えながら、こちらへ向かって歩いてきていた。

 

 見間違えるはずがない。昨日の少女だった。

 

(……本当に来たよ)

 

 俺は思わず目を見開く。しかも、ただ来ただけじゃない。肩から提げた小さなバッグには、きのみらしき丸い膨らみがいくつか見える。胸の前には、紙に包まれた何かを抱えていた。

 

 少女は俺の姿を見つけると、少しだけ足を止めた。それから、ほっとしたように小さく息を吐き、控えめに口を開く。

 

「……おはよう」

 

 昨日と同じく、声は小さい。けれど、その表情は昨日よりもずっと柔らかかった。

 

「……リザ」

 

  俺は数秒遅れて、小さく鳴く。それだけで、レッドの口元がふわりと綻ぶ。

 

「……よかった。いるかなって、ちょっと心配だった」

 

 そう言いながら、レッドはゆっくりと近づいてくる。

 

 その足音に気づいたピチューが、ぴたりと動きを止めた。オレンのみを抱えたまま、耳をぴんと立ててレッドを見る。

 

「……ぴちゅ」

 

 まだ少し警戒しているらしい。だが、昨日のように俺の後ろへ隠れることはなく、その場に立ったままじっと様子を窺っていた。

 

 レッドはそんなピチューを見て、無理に近づこうとはしなかった。ただ嬉しそうに目を細めるだけで、一定の距離を保ったまましゃがみ込む。

 

「……これ、持ってきたの」

 

 そう言ってバッグから取り出したのは、黄色や青のきのみと、昨日と同じ紙包みだった。

 

 レッドはまずきのみをそっと地面に置く。

 

「おうちにあったの。食べられるかなって思って」

 

 次に、紙包みを開く。中には小さな焼き菓子がいくつか並んでいた。昨日より少し多い。

 

「……それから、お菓子も。……迷惑だったら、ごめん」

 

 言い終えると、レッドは少しだけ恥ずかしそうに視線を落とした。

 

 その言葉に、俺は思わず苦笑しそうになる。

 

 迷惑どころか、わざわざ俺たちのために食べ物を持ってきてくれたのだ。しかも、こうして本当にまた会いに来てくれた。

 

 昨日まではただの野生ポケモンだった俺に対して、ここまで自然に接してくる人間がいるとは思わなかった。

 

(……ほんと、変わったやつだな)

 

 だが、不思議と嫌な気はしない。

 

 むしろ――。

 

 こうして誰かが自分に会いに来てくれることが、少しだけ嬉しかった。

 

 俺はレッドの前に歩み寄り、置かれたお菓子をひとつ口にする。

 

「……ふふ、よかった」

 

 それを見たレッドの表情が、ぱっと明るくなった。その笑顔を見ていたピチューも、恐る恐る前に出てくる。

 

「……ぴちゅ?」

 

 レッドは動かず、その場で静かに待っていた。

 

 ピチューはしばらく匂いを嗅いだあと、昨日よりもずっと自然な動きでお菓子を受け取る。そして、小さな口でかじると、「ぴちゅ!」と嬉しそうに声を上げた。

 

 レッドはその様子を見て、声を上げることもなく、ただ本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

 その笑顔を見ながら、俺は静かに息を吐く。

 

 社交辞令じゃなかったのかよ。

 

 胸の中でそう呟きながら、俺は目の前の少女を改めて見つめた。

 

 昨日まで赤の他人だったはずなのに。

 

 たった一日で、こうしてまた会えるのが当たり前のことのように感じ始めている自分に、少しだけ驚いていた。

 

 

―――――――――――

 

 

 

 レッドは、昨日よりも少しだけ自然な足取りで巣穴の中へ入ってきた。

 

 最初こそ入口の前で遠慮がちに立ち止まっていたが、俺が特に追い出す様子を見せないと分かると、小さくほっとしたように息をつき、そっと地面に腰を下ろした。

 

 その動きに合わせて、ピチューが耳をぴくりと動かす。

 

 昨日ほど強い警戒は見せないものの、まだ少し距離を取ったまま、レッドの様子をじっと観察していた。

 

「……ぴちゅ?」

 

 レッドはそんなピチューに気づくと、目線を合わせるように少しだけ身をかがめた。

 

「……おいで」

 

 小さな声でそう呼びかける。無理に近づこうとはせず、ただ静かに手を差し出すだけ。

 

 ピチューは俺の方をちらりと見たあと、恐る恐る一歩踏み出した。さらにもう一歩。やがてレッドの膝の前まで来ると、差し出された指先の匂いをくんくんと嗅ぎ始める。

 

 しばらくして、ぺろりと小さく舐めた。

 

「……ふふ」

 

 レッドの口元が柔らかく綻ぶ。

 

 その笑顔に警戒心が薄れたのか、ピチューは「ぴちゅ!」と嬉しそうに鳴き、レッドの周りをちょこちょこと歩き始めた。

 

 レッドはその動きを目で追いながら、まるで壊れ物を扱うようにそっと頭を撫でる。

 

 ピチューは一瞬だけ身を固くしたが、すぐに気持ちよさそうに目を細めた。

 

「……かわいい」

 

 ぽつりとこぼれたその声は、本当に愛おしそうだった。

 

 その後も、レッドはピチューと静かに遊んでいた。

 

 指先できのみを転がすと、ピチューがそれを追いかける。少し離れた場所に置けば、ぴょこぴょこと跳ねるように駆け寄って抱え込む。そのたびにレッドは小さく笑い、嬉しそうに目を細めた。

 

 ピチューもすっかり気を許したようで、時折レッドの膝によじ登っては、「ぴちゅ!」と得意げに鳴いている。

 

 その様子を見ながら、俺は少し離れた場所で体を横たえていた。

 

 平和だ。

 

 昨日まで、人間とこんな時間を過ごすことになるとは想像もしなかった。

 

 ふと、レッドの視線がこちらへ向く。俺の尻尾の先で揺れる炎を、興味深そうに見つめていた。

 

「……きれい」

 

 呟くような声とともに、レッドはゆっくりと手を伸ばす。

 

 俺はとっさに身構えたが、その手つきに怖がる様子はない。炎そのものではなく、熱を確かめるようにそっと近づけているだけだった。

 

「……あったかい」

 

 頬が緩むような、優しい声。そのままレッドの手は、俺の腕へと移った。

 

 おそるおそる触れた指先が、鱗の感触を確かめるようになぞっていく。

 

「……こっちも、あったかい」

 

 レッドは少し驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。

 

「……生きてるんだなって、感じる」

 

 その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。

 

 当たり前のことのはずなのに、なぜだか妙にくすぐったい。

 

 レッドの手はとても小さくて、ひんやりしていて、それでも触れられている場所からじんわりと温かさが伝わってくるようだった。

 

 俺は何も言わず、ただそのままじっとしていた。

 

 レッドも無理に話しかけることはなく、安心したように俺の隣へ腰を下ろす。

 

 ピチューはその膝の上に飛び乗り、満足そうに「ぴちゅ」と鳴いた。

 

 巣穴の中に流れるのは、穏やかな静けさだけ。

 

 誰も騒がず、誰も無理に何かを求めない。

 

 ただ同じ場所にいて、同じ時間を過ごしている。

 

 それだけなのに、不思議なくらい心地よかった。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 しばらくの間、巣穴の中には穏やかな時間が流れていた。

 

 レッドはピチューの頭をそっと撫で、ピチューは気持ちよさそうに目を細める。俺は少し離れた場所でその様子を眺めながら、ときおり尻尾の炎を揺らしていた。

 

 誰も無理に話そうとせず、ただ静かに同じ空間にいる。

 

 その空気は、不思議なくらい居心地がよかった。

 

 やがて、レッドが膝の上のピチューを見つめたまま、小さな声で呟いた。

 

「……わたしね」

 

 その声は独り言のように静かで、こちらに聞かせるつもりがあるのかどうかも分からないほどだった。

 

「……スクールで、あんまり話せないの」

 

 レッドはピチューの背中を優しく撫でながら、ぽつりぽつりと言葉を続ける。

 

「みんなと、何を話したらいいのか分からなくて……話したいって思っても、言葉が出てこなくて……」

 

 そこで少しだけ言葉を切り、視線を膝の上へ落とした。

 

「気づいたら、いつもひとりでいるの」

 

 その横顔には寂しさが滲んでいたが、どこか諦めたような静けさもあった。

 

 レッドは少しだけ唇を噛み、それから続ける。

 

「でも、ポケモンといるのは好き」

 

 その言葉とともに、表情がほんの少し柔らかくなる。

 

「言葉がなくても、なんとなく気持ちが分かる気がするし……一緒にいるだけで、安心できるから」

 

 レッドの指先が、ピチューの頭をゆっくりと撫でる。ピチューはその手に身を預け、「ぴちゅ」と小さく鳴いた。

 

 その声に、レッドの口元がかすかに綻ぶ。

 

「森にいると、落ち着くの」

 

 巣穴の入口から差し込む光を見つめながら、レッドは静かに言った。

 

「学校にいると、なんだかずっと緊張してるけど……ここにいると、息がしやすい」

 

 そして、少しだけ間を置く。何かを言うべきか迷っているように、視線が揺れた。

 

 やがてレッドはそっと顔を上げ、俺を見つめる。

 

 黒い瞳の奥には、照れと不安と、それでも伝えたいという気持ちが入り混じっていた。

 

「……あなたたちといると、安心する」

 

 その言葉に、胸の奥が小さく揺れた。

 

 まっすぐで、飾り気のない一言だった。

 

 気の利いた言葉を選んだわけでも、相手を喜ばせようとしたわけでもない。

 

 ただ、自分の気持ちをそのまま口にした――そんな言葉だった。

 

 レッドは言い終えると、少し恥ずかしくなったのか視線を逸らした。

 

「……変、かな」

 

 不安そうな声。

 

 俺はしばらくレッドを見つめ、それから短く鳴いた。

 

「……リザ」

 

 変じゃない。

 

 そう伝えるように、いつもより少しだけ柔らかく。

 

 レッドは一瞬きょとんとしたあと、すぐに安心したように微笑んだ。

 

「……よかった」

 

 その笑顔は、昨日初めて見た時よりもずっと自然で、ずっと柔らかかった。

 

 膝の上では、ピチューが満足そうに丸くなっている。

 

 巣穴の中には、静かな温もりが満ちていた。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

「……寝ちゃった」

 

 囁くような声には、驚きと嬉しさが混じっていた。

 

 ピチューは目を閉じたまま、レッドのスカートの上に体を預けている。小さな胸が規則正しく上下し、ときおり耳がぴくりと動いた。

 

 完全に安心しきっている証拠だった。

 

 レッドは身じろぎひとつしない。足が痺れてもおかしくない姿勢のまま、ただ静かにピチューを見つめている。その表情は、少しでも動いて起こしてしまうのを恐れているようで、どこまでも優しかった。

 

 やがて、レッドの指先がそっとピチューの頭を撫でる。

 

 柔らかい毛並みを確かめるように、一度、二度とゆっくり手を動かす。そのたびに、ピチューは気持ちよさそうに小さく喉を鳴らした。

 

「……あったかい。ちっちゃくて、やわらかくて…」

 

 ぽつりと漏れた声は、ほとんど独り言だった。レッドは微笑みながら、眠るピチューを見つめ続ける。

 

 その横顔には、教室で居場所を見つけられなかった少女の不安はなかった。ただ、大切なものを腕の中に抱いているような、穏やかな安心感だけがあった。

 

 俺は少し離れた場所から、その光景を静かに見つめていた。ピチューがこうして誰かの膝の上で眠る姿を見るのは初めてだった。

 

 親を失ってから、こいつはずっと気を張っていた。寝ていてもすぐに目を覚まし、少しの物音にもびくりと反応していた。

 

 そんなピチューが、今は無防備にレッドへ身を預けている。それだけで、この子がどれだけ安心しているのかが分かった。

 

 そして、それはレッドも同じだった。

 

 レッドは微動だにせず、ただ優しくピチューを撫で続けている。その仕草には、「可愛い」という気持ち以上のものが込められているように見えた。

 

 まるで、ようやく見つけた大切な居場所を、そっと抱きしめているようだった。

 

 巣穴の中には、静かな寝息と、時折聞こえる葉擦れの音だけが響いている。

 

 言葉はなくても、その場の空気だけで十分だった。ピチューは安心しきった顔で眠り、レッドはそのぬくもりを嬉しそうに感じている。

 

 そして俺は、その二人を見つめながら、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じていた。

 

(……不思議な子だな。これは本当に、レッド本人かもな)

 

 昨日出会ったばかりのはずなのに、もうずっと前からここにいたような気さえする。

 

 人間であることも、ポケモンであることも関係なく、ただ自然に同じ時間を共有できる相手。

 

 そんな存在がいることを、俺は初めて知った気がした。

 

 夕暮れ前の柔らかな光の中で、レッドは小さく微笑みながら、眠るピチューの背中をそっと撫で続けていた。

 

 

――――――――――

 

 

 

 気づけば、巣穴の入り口から差し込む光は、ゆっくりと橙色へと変わっていた。

 

 木々の隙間から射し込む夕日が、地面に長い影を落としている。昼間の柔らかな明るさは薄れ、森の中には一日の終わりを告げる静かな気配が満ちていた。

 

「……あ」

 

 レッドも外の色の変化に気づいたのか、小さく声を漏らす。

 

 膝の上で眠っていたピチューを起こさないよう、そっと視線だけを入り口へ向けると、その表情にほんの少し寂しさが浮かんだ。

 

「……もう、こんな時間」

 

 楽しい時間ほど、どうしてこんなに早く過ぎるんだろう。

 

 そんな気持ちが、その短い一言に滲んでいた。

 

 レッドは名残惜しそうにピチューを見つめ、それから動かないよう慎重に体を傾けて、そっと草の寝床へと寝かせる。

 

 ピチューは「ぴちゅ……」と寝言のように小さく鳴いたものの、目を覚ますことなく再び丸くなった。

 

 その姿にほっとしたように微笑んでから、レッドは立ち上がる。

 

「……そろそろ、帰らないと」

 

 俺は立ち上がると、レッドの横を通り過ぎて巣穴の外へ出た。そして振り返り、短く鳴く。

 

「……リザ」

 

 一緒に来い。

 

 そう促すと、レッドは一瞬きょとんとしたあと、すぐに嬉しそうに微笑んだ。

 

「……うん」

 

 巣穴の入り口では、ピチューが眠そうな目をこすりながらこちらを見上げている。レッドはしゃがみ込み、小さな頭を優しく撫でた。

 

「今日はありがとう。……また来るね」

 

「ぴちゅ!」

 

 その言葉に、ピチューは嬉しそうに鳴いた。

 

(……もう完全に来る前提なんだな)

 

 内心でそうツッコミを入れながらも、不思議と嫌な気はしない。

 

 むしろ、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に小さな温かさが灯るのを感じた。

 

 夕暮れの森を、俺とレッドは並んで歩く。

 

 木々の隙間から差し込む赤い光が、足元をやわらかく照らしていた。昼間より少し冷たくなった風が吹き抜け、尾の炎を揺らしていく。

 

 レッドは俺のすぐ隣を歩きながら、ときおりちらりとこちらを見ては、どこか嬉しそうに微笑んでいた。

 

 言葉はほとんどない。

 

 それでも、気まずさはまったく感じなかった。

 

 ただ静かに同じ道を歩いているだけなのに、不思議と心が落ち着く。

 

 やがて木々の向こうに、マサラタウンの明かりが見えてきた。

 

 赤い屋根の家々。窓から漏れる暖かな灯り。遠くから聞こえる人々の話し声。

 

 森とは違う、人間たちの穏やかな世界。

 

「……ここで大丈夫」

 

 町の外れで、レッドが足を止めた。

 

 少し名残惜しそうに俺を見上げ、それから胸の前で両手をぎゅっと握りしめる。

 

「……今日は、本当にありがとう」

 

 小さな声だったが、その一言にはたくさんの気持ちが込められていた。

 

「ピチューと遊べて……あなたとも、一緒にいられて……すごく楽しかった」

 

 少し照れたように笑ったあと、レッドは勇気を振り絞るように続ける。

 

「……明日も、来てもいい?」

 

 期待と不安が入り混じった声。だが、もはや答えに迷う理由はなかった。

 

「……リザ」

 

 短く鳴くと、レッドの顔がぱっと明るくなる。

 

「……よかった」

 

 その笑顔は、初めて会った時よりもずっと自然で、ずっと柔らかかった。

 

 レッドは数歩歩き出し、それから振り返って小さく手を振る。

 

「……また明日」

 

 そう言って駆けていく後ろ姿を、俺はしばらく見送った。

 

 やがて町の灯りの中にその姿が溶け込み、完全に見えなくなる。

 

 それでも、しばらくその場から動けなかった。

 

(……まったく)

 

 昨日までは、人間とは関わらないつもりだった。

 

 それなのに今では、あの少女が明日も来ることを当たり前のように受け入れている。

 

 いや――。

 

 受け入れているどころか、少し楽しみにしている自分がいた。

 

 夕風が尾の炎を揺らす。

 

 俺は小さく息を吐き、くるりと踵を返した。

 

(……明日は、どんな顔をして来るんだろうな)

 

 気づけば俺もまた、明日という日を少しだけ楽しみにしていた。

 








【名前】???
【種族】リザード
【性格】おくびょう
【特性】りょうげんのひ
【持ち物】無し

りょうげんのひ:自分のHPが1/2以下になるまで、ほのお技を使えない。HPが1/3以下になると、ほのお技の威力が2倍になり、「すばやさ」のランクが1段階上る。
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