転生したらヒトカゲだった。しかも色違い   作:リザードン大好きマン

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第十四話 「お前らの血は何色だァ!!!」

 

 

 

 

 ある日の朝、俺は巣穴の入り口で大きく伸びをした。

 

 朝露に濡れた草の匂いが鼻をくすぐり、ひんやりとした空気が鱗の隙間を抜けていく。森の中では、ポッポやオニスズメたちの鳴き声があちこちから聞こえ、一日の始まりを告げていた。

 

 隣ではピチューが、まだ少し眠たそうな顔で目をこすっている。ふわぁ、と小さくあくびをしたあと、俺の尻尾の炎を見上げて「ぴちゅ」と鳴いた。

 

「……リザ」

 

 おはよう、というつもりで短く返す。

 

 そんな穏やかな朝の空気を破るように、遠くから草を踏み分ける音が聞こえてきた。

 

 すぐに分かる。この時間にここへ来る人間なんて、一人しかいない。

 

 ほどなくして木々の間から現れたのは、見慣れた小さな影だった。

 

 肩までの黒髪を揺らしながら、レッドがこちらへ歩いてくる。胸の前には小さなバッグを抱え、俺たちの姿を見つけると、安心したように表情を和らげた。

 

「……おはよう」

 

「……リザ」

 

「ぴちゅ!」

 

 ピチューも嬉しそうに駆け寄る。

 

 レッドはしゃがみ込むと、ピチューの頭を優しく撫でた。ピチューは気持ちよさそうに目を細め、そのままレッドの膝へよじ登る。

 

 すっかり懐いたものだ。

 

 その様子に小さく笑ってから、レッドはバッグの中からいくつかのきのみを取り出した。オレンのみやモモンのみ、それから見慣れない種類も混ざっている。

 

「……今日は、これだけ」

 

 控えめに差し出されたきのみを受け取りながら、俺はふと気づく。

 

 今日はいつもより、レッドの表情が少しだけ明るい。

 

 口数は相変わらず少ない。けれど、どこかそわそわしていて、何か楽しみなことを控えているような雰囲気があった。

 

 レッドはピチューを膝に乗せたまま、小さく口を開く。

 

「……今日、スクールのみんなで、オーキド博士の研究所を見学するの」

 

 その名前を聞いて、思わず耳がぴくりと動いた。

 

 オーキド博士。

 

 カントー地方のポケモン研究の第一人者であり、図鑑の開発者。ポケモンの生態や進化に関する研究で世界的にも知られる、言わばこの世界の権威だ。

 

 ゲームでは、旅立つトレーナーに図鑑と最初のポケモンを託す人物としてお馴染みの存在である。

 

 そして俺にとっては、ピチューを預ける候補として考えている人物でもあった。

 

 レッドは少しだけ視線を上げ、ぽつりと続ける。

 

「……博士のお話、聞けるんだって」

 

 短い言葉だったが、その声にはかすかな期待が滲んでいた。

 

 ポケモンが好きなレッドにとって、オーキド博士は憧れの存在なのだろう。

 

 俺は小さく鼻を鳴らした。

 

(なるほどな)

 

 研究所は、マサラタウンの外れにあるポケモン研究の中心地だ。

 

 各地から集められたデータや資料、珍しいポケモンに関する情報も大量に保管されているはずだ。ポケモンを預かる設備も整っているだろうし、何よりオーキド博士自身がポケモンに対する深い知識と理解を持っている。

 

 もしピチューを誰かに託すとしたら、これ以上に適した相手はいない。

 

 もちろん、そう簡単に「はい、お願いします」と預かってもらえる保証はない。

 

 だが、少なくとも他の人間に任せるよりは、ずっと安心できる気がした。

 

 俺がそんなことを考えている間も、レッドは静かに話を続ける。

 

「……研究所には、珍しいポケモンの資料もあるって先生が言ってた」

 

 そう言うと、少しだけ目を輝かせた。

 

「……ちょっと、楽しみ」

 

 その言葉に、俺は思わず口元を緩める。

 

 無口で感情を表に出すのが苦手なレッドだが、ポケモンの話になるとほんの少しだけ表情が柔らかくなる。

 

 そんな分かりやすいところを見ると、なんだか微笑ましかった。

 

「……リザ」

 

 楽しんでこい。

 

 そんな意味を込めて短く鳴く。

 

 レッドは俺の声に目を瞬かせ、それから嬉しそうに微笑んだ。

 

「……うん」

 

 しばらくいつものように穏やかな時間を過ごしたあと、レッドは空を見上げて「あ……」と小さく声を漏らした。

 

「……そろそろ行かないと」

 

 名残惜しそうにピチューを抱き上げ、優しく地面へ下ろす。ピチューは「ぴちゅ」と少し寂しそうに鳴いた。

 

 レッドはその頭をそっと撫でる。

 

「……またあとで来るね」

 

 まるでそれが当たり前であるかのような口調だった。

 

(……もう完全に日課になってるな)

 

 心の中でそう呟きながら、俺は小さく鳴く。

 

「……リザ」

 

 レッドは嬉しそうに頷くと、バッグを抱え直し、研究所のあるマサラタウンの方へと歩いていった。

 

 その小さな背中が木々の向こうに消えていくのを見送りながら、俺はゆっくりと目を細める。

 

 

(さて、レッドが来るまで特訓でもするか)

 

 レッドの姿が木々の向こうへ消えていくのを見届けたあと、俺は小さく息を吐いた。

 

 ピチューは名残惜しそうにしばらくレッドが去っていった方向を見つめていたが、やがて気持ちを切り替えたように俺の足元へ戻ってくる。

 

「ぴちゅ?」

 

 どこか遊んでほしそうな顔だ。俺は苦笑しながら、その小さな頭を軽く撫でた。

 

「……リザ(少し待ってろ)」

 

 今の俺はヒトカゲではない。

 

 トキワの森での戦いを経て、リザードへ進化した。体つきは明らかに変わり、力も増している。

 

 だが、実際にどこまで強くなったのかは、まだきちんと確認できていなかった。

 

 レッドが戻ってくるまでにはまだ時間がある。ならば、今のうちに自分の状態を把握しておくべきだろう。

 

 俺は少し開けた場所まで移動し、深く息を吸い込んだ。まずは、一番基本となる技から。

 

「……リザ」

 

 ひのこ。口の奥に熱を集める。喉の奥にじわりと熱が生まれる感覚。以前と変わらない。

 

 だが、その先が続かなかった。火種は生まれているのに、炎として吐き出せない。口から漏れたのは、ほんのわずかな黒煙だけだった。

 

(やっぱり、無理か)

 

 俺の特性――《りょうげんのひ》。

 

 この特性は、体力が減りピンチになるとやっと炎技が使えるようになり、通常特性《もうか》よりも炎の火力上がるというもの。

 

 逆に言えば、平常時の俺はまともに炎を扱えない。ヒトカゲの頃と比べても、大きな変化は感じられなかった。

 

(火を吐けるようになったと思ったんだが、あれは完全に特性――本能頼りってことか)

 

 少し残念ではあるが、現実はそんなに甘くない。気を取り直して、次の技を試す。大きく息を吸い込み、一気に吐き出す。

 

「――リザァッ!」

 えんまく

 

 ぼふっ、と濃い黒煙が一気に噴き出した。重たい煙が周囲に広がり、あっという間に視界を覆っていく。数メートル先の景色が全く見えない。

 

(ヒトカゲの頃のえんまくより、量も濃さも段違いだ。次はなきごえ――はやめとくか)

 

 次はなきごえを試そうかと思ったが、すぐに却下した。あの技は大音量だ。森中に俺の存在を知らせるようなものだし、今はわざわざ目立つ必要もない。

 

 最後に、最もシンプルな技を試す。目の前の木へ向かって、一気に踏み込む。

 

「――リザァッ!」

 ひっかく

 

 鋭く振り抜いた爪が、幹の表面を深々と抉る。バキッ、と鈍い音が響き、太い木がゆっくりと傾いた。そして、数秒後に大きな音を立てて地面へ倒れ込む。

 

「ぴちゅ!?」

 

(……トキワの森でトランセルを狩った時にも思ったが、ここまで威力が上がるのか)

 

 ヒトカゲの頃のひっかくは、せいぜい木の表面に傷をつける程度だった。だが今は、明らかに威力が違う。

 

 爪の長さも鋭さも、筋力も、すべてが一段階上のものになっている。素の身体能力だけなら、トキワの森にいた頃とは比較にならない。

 

(これがリザードの力か。想像以上だな)

 

 その事実に、胸の奥がじわりと熱を帯びた。そして、ふと頭に浮かぶ。

 

 ――りゅうのいぶき。

 

 あの密猟者を殺した時、怒りと殺意に任せて放った技。あの時は確かに使えた。

 

 しかし、それ以降は何度試しても発動しない。

 

 意識して喉の奥に力を込めても、あの時のようなエネルギーは再現できなかった。

 

(条件があるのか)

 

 おそらく、ただ技を覚えているだけでは足りない。強い感情――怒りや殺意のような、心の底から噴き上がる衝動が引き金になっているのだろう。

 

(つまり、今の俺には使えないってことだな)

 

 少し残念だが、逆に言えば、あの技を使うほどの状況になっていないということでもある。それは悪いことではない。

 

 ひと通り確認を終えた俺は、満足げに息を吐いた。

 

 確実に強くなっている。まだ炎を自由に操れないという課題はあるが、進化によって得た力は本物だ。

 

 このまま鍛え続ければ、もっと強くなれる。

 

 そんな手応えを感じた、その時だった。

 

 

 

 

 

 ――ドォォォン!!

 

 腹の底に響くような轟音が、突然森を震わせた。

 

 地面がわずかに揺れ、木々の上に止まっていたポッポたちが一斉に飛び立つ。

 

(な、なんだ?)

 

「ぴちゅ!?」

 

 ピチューが驚いて俺の足元へ飛び込んでくる。

 

 俺は即座に音のした方向を見た。

 

 木々の隙間、その向こう。

 マサラタウンの方角。

 そして、空へ立ち上る黒煙。

 

(……研究所の方向だ)

 

 背筋に冷たいものが走る。今朝、レッドが言っていた言葉を思い出した。

 

 今日はスクールのみんなで、オーキド博士の研究所を見学すると。

 

 つまり――

 

 今、あそこにレッドがいる。

 

「……リザ」

 

 嫌な予感しかしない。理屈ではなく、本能が警鐘を鳴らしていた。ピチューもまた、不安そうな顔で黒煙を見上げている。

 

「ぴちゅぴちゅ!」

 

(お前…まさか、行こうっていうのか)

 

 レッドが危ないかもしれない。どうするか――そんなことを考えるまでもなかった。

 

 答えは、最初から決まっている

 

「……リザッ!(行くぞ!)」

「ぴちゅ!」

 

 力強い返事が返ってくる。

 

 次の瞬間、俺は地面を蹴っていた。

 

 湿った土を踏みしめ、木々の間を全力で駆け抜ける。後ろから、ピチューの小さな足音が必死についてくるのが聞こえた。

 

 胸の奥で、焦りが渦を巻いている。

 

 頼む。どうか、無事でいてくれ。

 

 その願いを胸に、俺はマサラタウンの空に立ち上る黒煙を目指して、全力で走り続けた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 今日は、ポケモンスクールのみんなでオーキド博士の研究所を見学する日。

 

 研究所の前に着くと、白い壁の大きな建物を見上げて、わたしは思わず足を止めた。

 

「すごーい!」

「ほんとにここで研究してるんだ!」

「ポケモン図鑑って見せてもらえるのかな?」

 

 周りの子たちは目を輝かせながら、楽しそうに話している。

 

 わたしも胸の奥が少しだけ高鳴っていたけれど、その輪の中に入ることはできなかった。

 

 みんなの少し後ろを歩きながら、静かに建物の中へ入る。

 

 研究所の中は、思っていた以上に広かった。壁一面に並ぶ本棚。机の上に置かれた見たことのない機械。モニターに映るポケモンの画像や数字。

 

 どこを見ても、ポケモンのことばかりだった。それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

「おお、よく来たのう」

 

 奥から現れたのは、白衣を着たオーキド博士だった。テレビや本で見たことのある人が目の前にいて、思わず背筋が伸びる。

 

「今日は、ポケモンについてたくさん学んでいってくれ」

 

 博士の案内で、わたしたちは研究所の中を見て回った。

 

 珍しいポケモンの写真。

 

 いろんな場所の生態データ。

 

 進化に関する資料。

 

 博士は時々立ち止まりながら、分かりやすく説明してくれる。

 

「ポケモンには、まだまだ分からないことがたくさんあるんじゃ」

 

「へぇー!」

「すげぇ!」

 

 みんなは口々に感想を言っていた。

 

 わたしは少し離れた場所で、博士の言葉をひとつも聞き漏らさないように耳を傾ける。

 

「ポケモンを知るということは、相手を理解しようとすることじゃ」

 

 その言葉に、わたしは小さく息を呑んだ。相手を理解しようとすること。言葉がなくても、気持ちを知ろうとすること。

 

 それは、森であの子たちと過ごす時間とよく似ていた。

 

 ピチューにリザード。

 

 思い出すだけで、自然と口元が緩む。

 

「レッドちゃん、どうかしましたか?」

 

 不意に先生に名前を呼ばれ、はっと顔を上げた。

 

「……いえ」

 

 慌てて首を振る。少しだけ頬が熱くなる。でも、オーキド博士はわたしを見て優しく微笑んだ。

 

「ポケモンのことを考えておったんじゃろう」

 

 図星だった。わたしが小さく頷くと、博士は嬉しそうに目を細めた。

 

「それでいい。好きという気持ちは、何より大切じゃ」

 

 その言葉が、胸の奥にすっと染み込んでいく。

 

 好きでいていい。それだけで、少しだけ救われた気がした。

 

 見学が進むにつれ、周りの子たちは徐々に飽きてきたのか、小声でおしゃべりを始めていた。

 

「お腹すいたな」

「まだ終わらないのかな」

「でも、あの写真のカイリューかっこよかったよね」

 

 そんな声を聞きながら、わたしは展示された資料に目を奪われていた。ここには、ポケモンへの想いがたくさん詰まっている。

 

 だから、この場所はとても温かく感じた。

 

 

 

 ――ドォンッ!!

 

 突然、耳をつんざくような爆発音が響いた。

 

 床が大きく揺れる。

 

 本棚から資料がばさばさと落ち、研究所の中に悲鳴が広がった。

 

「きゃっ!」

 

 わたしの心臓が大きく跳ねる。

 

 何が起きたのか分からないまま、入口の扉が乱暴に開かれた。

 

 黒い服を着た男たちが、次々と研究所へ踏み込んでくる。

 

 胸には赤い「R」の文字。五人。

 

 その姿を見た瞬間、背筋がぞくりと冷えた。

 

「全員その場から動くな!」

 

 怒鳴り声が響く。

 

 子どもたちの何人かが泣き出し、先生たちの顔色も変わる。

 

(……怖い……)

 

 わたしの足は、床に縫い付けられたように動かなかった。

 

 

「全員その場から動くな!」

 

 怒鳴り声が研究所中に響いた。みんなの悲鳴が一斉に上がる。

 

「きゃあっ!」

「せ、先生ぇ!」

「うわあああん!」

 

 さっきまで楽しそうにはしゃいでいた教室の子たちは、顔を真っ青にして先生の後ろへ集まっていく。中にはその場にしゃがみ込んで泣き出す子もいた。

 

 先生はわたしたちを庇うように前へ出る。

 

「子どもたちには手を出さないでください!」

 

 けれど、ロケット団の一人がアーボックを前に出すと、先生たちはそれ以上動けなくなった。

 

 紫色の大きな体がうねり、鋭い目がこちらを睨みつける。アーボックが「シャアァァ……」と低く唸っただけで、わたしの肩はびくりと震えた。

 

 先頭の男が袋を床に投げ捨て、オーキド博士を睨む。

 

「研究所で保管している、珍しいポケモンのボールを全部出せ。……断れば、このガキどもを一人ずつ痛い目に遭わせる」

 

 その言葉に、教室の子たちはさらに怯えた。隣にいた女の子が泣きながらわたしの袖を掴む。

 

「レッドちゃん……こわいよ……」

 

「……」

 

 わたしも怖かった。足が震えている。喉の奥がきゅっと締まって、うまく息ができない。それでも、わたしは小さくその子の手を握り返した。

 

 オーキド博士は苦しそうに目を伏せたあと、静かに頷いた。

 

「……分かった。子どもたちには手を出さんでくれ」

 

 研究員の人が、奥の部屋からいくつかのモンスターボールを持ってくる。

 

 ロケット団の男たちは、研究員が運んできたモンスターボールを袋の中へ次々と放り込んでいった。カチ、カチ、とボール同士がぶつかる乾いた音が響く。

 

 その音を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

 

 あの中には、ポケモンたちがいる。

 

 ここで大切に守られてきた子たちだ。何も悪いことなんてしていないのに、また無理やり連れて行かれようとしている。

 

 それだけは、どうしても嫌だった。

 

 気づけば、わたしは一歩前へ出ていた。

 

「……やめて」

 

 自分でも驚くほど小さな声だった。

 

 けれど、静まり返った研究所の中では、その一言がはっきりと響いた。

 

 ロケット団の男がゆっくりと振り返り、わたしを見下ろす。

 

「……あ?」

 

 喉が震える。足も震える。それでも、わたしは視線を逸らさなかった。

 

「……っ。そ、その子たちを……連れていかないで」

 

 一瞬の沈黙のあと、男の口元がにやりと歪んだ。

 

「ほう。ずいぶん勇気があるじゃねえか」

 

 男はゆっくりと近づいてくる。一歩ごとに恐怖が大きくなり、逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。それでも、足は動かなかった。

 

 目の前まで来た男はしゃがみ込み、乱暴に顎を掴んだ。

 

「お前、このボールが気になるのか?」

 

「……っ」

 

 声が出ない。涙で視界が滲む。

 

 男は満足そうに笑うと、わたしの腕を掴んで引き寄せた。

 

「きゃっ!」

 

「なら、お前にも手伝ってもらおうか」

 

 肩に痛みが走る。そのまま首元を押さえつけられ、無理やり前へ立たされた。

 

「博士。妙な真似をしたら、このガキがどうなるか分かってるな?」

 

「レッドちゃん!」

 

 先生の悲鳴が聞こえる。

 

 怖くて体は動かない。

 

 けれど、その時――袋の口からモンスターボールがひとつ、少しだけ飛び出しているのが見えた。

 

 あと少し手を伸ばせば届く。

 

 気づいた時には、わたしの手は動いていた。

 

「……っ!」

 

 袋の口を掴み、力いっぱい引っ張る。

 

「なっ!?」

 

 袋が傾き、中のモンスターボールが床に散らばった。カラン、カラン、と転がる音が響く。

 

「このガキ!」

 

 ――パァン!

 

 次の瞬間、頬っぺたに思っ切りビンタをされた。

 

「きゃっ!」

 

 視界が大きく揺れ、床に倒れ込む。

 

 頬が熱い。耳鳴りがする。

 

 それでも、わたしはすぐそばに転がっていたボールを抱きしめた。

 

「返して……!」

 

 その言葉を吐いた直後、背中を蹴られた。

 

「っ……!」

 

 体が床を滑り、息が詰まる。

 

「そのボールを離せ!」

 

 髪を掴まれ、無理やり引き起こされる。

 

 痛い。怖い。涙が止まらない。

 

 それでも、腕の中のボールだけは離さなかった。

 

「このクソガキが!」

 

 お腹を思いっきり殴られた。

 

「――ッぐ……っ(……っ、息が……)」

 

 空気を吸おうとしたのに、うまく入らない。お腹がぎゅっと固まって、体が勝手に折れる。

 

「――っ、う……」

 

 声が出ない。痛い、って思うより先に、息が止まって目の前が一瞬白くなる。

 

 床に倒れたまま、次の衝撃が背中と脇腹に落ちた――何度も何度も何度も、蹴られる。

 

「さっさと!それを!離せェ!」

 

(やめて、やめて、やめて……)

 

 頭の中でそう思ったのに、口が動かない。体も動かない。丸くなろうとしても、うまく力が入らない。

 

 また蹴られる。体が跳ねるのに、自分の意思で動いている感じがしない。

 

(いたいッ……いたい……いた…ぃ)

 

 怖い。

 

 それをちゃんと考えることもできない。ただ、体が小さく丸まって、守ろうとしているだけ。

 

 殴られ、蹴られ、どんどん頭の中が暗くなっていく――

 

 

 

 

 

 

 その時、胸の奥に浮かぶのは森で過ごした時間だった。

 

 ピチューの柔らかな体。

 

 尻尾の炎の温かさ。

 

 ぶっきらぼうだけど、優しくてカッコいいあの子の鳴き声。

 

(――あぁ、また会えるかな。リザード……)

 

 その想いだけを胸に、わたしは意識を手放そうとした――次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――リザァァァァッ!!」

 

 研究所全体を震わせるような咆哮が響いた。














【名前】???
【種族】リザード
【性格】おくびょう
【特性】りょうげんのひ
【持ち物】無し

りょうげんのひ:自分のHPが1/2以下になるまで、ほのお技を使えない。HPが1/3以下になると、ほのお技の威力が2倍になり、「すばやさ」のランクが1段階上る。

【技】
・ひっかく
・ひのこ?
・えんまく
・なきごえ
・りゅうのいぶき

「燎原(りょうげん)の火」とは、野原に放たれた火がまたたく間に広がり、防ぎようがなくなる様子。
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