転生したらヒトカゲだった。しかも色違い 作:リザードン大好きマン
昼の岩山へ、乾いた風が吹き抜けていた。
崩れかけた岩壁。鋭く突き出した足場。斜面には大小の岩が積み重なり、少し踏み外せばそのまま転落しそうな不安定さが広がっている。
その中央で、イワークが低く唸った。巨体が身を沈めるたび、地面が微かに震える。その瞳は真っ直ぐこちらを捉え、今にも飛び掛かってきそうな圧力を放っていた。
俺は視線を逸らさない。右腕へ熱を流す。爪が鈍く銀色に変わり、陽光を受けて静かに光った。
「始めろ!!」
――――――
真正面へは突っ込まない。
地面を蹴り、横の岩壁へ向かって走る。壁を二歩蹴り、方向を変えて崖の上へ跳躍した。着地と同時に膝で衝撃を逃がし、崖の縁を走る。
イワークが追う。巨体が岩を砕きながら距離を詰めてくるが、俺が動く角度には追従できない。
(足場を使う。高低差を使う)
崖を蹴り、斜め下へ飛ぶ。落下の加速に乗りながら右腕を引く。
メタルクロー
――ガギィッ!!
銀色の爪がイワークの胴へ食い込んだ。弾かれない。岩肌に爪が嚙み合う感触がはっきりと伝わり、削れた岩片が飛び散る。
「イワァッ!?」
初めて、イワークが驚いた声を出した。
(通る。ちゃんと通る)
着地と同時に後方へ転がり、距離を取る。今度は右の岩壁へ走り、壁を蹴って高さを稼ぎ、横跳躍でイワークの死角へ回り込む。着地の勢いをそのままりゅうのいぶきへ乗せて叩き込む。
青白い奔流がイワークの背中を打った。前後から挟まれたような形になり、イワークの体が一瞬だけ揺れる。
(効いてる。続ける)
岩山を駆け回りながら、繰り返す。壁を蹴る。高さを取る。角度を変える。同じ位置には一度も戻らない。イワークは追い続けていたが、届きそうになるたびに方向を変え、届く前に距離が開く。
少し離れた場所で、タケシが静かに見ていた。腕を組んだまま、わずかに目が細くなる。
(…なんだ?タケシが何かを考え始めた)
嫌な予感がした。だが手は止めない。また壁を蹴る。加速する。
(これなら勝てる。このまま押し切れる)
そう確信した、その瞬間だった。
「……イワーク、止まれ」
―――――――
タケシの低い声が岩場に響いた。イワークの動きがぴたりと止まる。
俺も距離を取って様子を窺う。タケシはゆっくりと腕を組み直し、まっすぐこちらを見た。
「リザード、お前が短期間でここまで成長するのは驚いた。このまま続けても、イワークは負ける――お前の勝ちだ」
(……え? 終わり?)
唐突な言葉に頭が混乱する。目の前のイワークは傷を負っているが、その瞳に宿った闘志は消えていない。
「だから提案がある。正式なポケモンバトルをしないか。俺がイワークに指示を出して戦う。つまり、本当の意味でのジム戦だ」
(……それって俺が不利じゃね?)
イワークだけでも強敵なのに、ジムリーダーの指示まで加わる。今の状況なら断った方が――
(――それは、雑魚の思考だ)
楽に勝ちたくて強くなりたいわけじゃない。越えたいんだ。強い相手も、無理だと思う壁も。ここで逃げたら、何のために修行してきたんだ。
目の前のイワークの瞳を見る。タケシの言葉を受け、その巨大な眼光は先ほどよりも遥かに鋭く、洗練された輝きを放ち始めていた。
岩のカリスマと、その魂の相棒。この地においてこれ以上ない「最強のタッグ」。
「……リザ(……上等だ。こんな高い壁、ここでぶち壊して強くなってやる)」
タケシがわずかに笑った。
「そう来ると思った」
次の瞬間、イワークが唸り、地面が震える。
――――――
「イワーク、自分にいわおとし! その岩を弾き飛ばせ!」
(――は? 自分に?)
イワークの頭上に岩塊が浮かんだ。そのままイワークの尾が唸りを上げた。
――バゴォォンッ!!
空気が破裂したような衝撃音。岩塊が砲弾になって飛んできた。ただ落ちてくるんじゃない。イワーク自身の怪力で叩き飛ばされ、異常な加速が乗っている。
(死ぬ!!)
反射的に岩壁を蹴り、その場から飛び退く。直後、さっきまでいた場所が爆ぜた。岩が砕け散り、土煙が上がる。爆風が背中を叩き、体が前のめりになる。
立て直す前に、次が来た。
逃げた先へ岩が飛んでくる。避けた先へさらに来る。
(読まれてる……!!)
横へ跳ぶ。壁を蹴る。だがその壁めがけて次弾が来た。着地しようとした場所が砕ける。足場がない。空中で体勢が崩れる。受け身を取りながら斜面を転がり、岩肌に背中を打ちつけた。
「ぐっ……!」
起き上がる前に次が来る。腹に直撃した。
「リザァッ!!」
息が詰まる。転がりながら距離を稼いだが、立ち上がった時には呼吸が乱れ、膝が笑っていた。
右を見る。岩弾が来る。左へ跳ぶ。また岩弾が来る。タケシとイワークは俺の動きを読んで、逃げ道ごと潰していた。
さらに一発、肩口に直撃した。
――ガァンッ!!
「リザァァッ!!?」
衝撃で体が宙を舞い、岩肌に叩きつけられる。全身が軋む。肺が焼けるように痛い。
立ち上がれない。
四肢に力を込めようとするが、腕が震えて体を支えられない。地面に手をついたまま、荒い息を繰り返す。
(……なんだよ、これ)
さっきまでは一方的に翻弄できていた。それがたった一つの指示で、完全に逆転した。
タケシの指示は一切無駄がなく、イワークはその意図を完璧に理解して動いている。俺の癖も、逃げ方も、反応の速さまで計算に入れて追い込んでくる。二人で戦っているというより、一つの巨大な意思が俺を狩っているみたいだった。
(これが……ジムリーダーか)
イワークが次の岩を構える。
(逃げ場がない)
右は崩れた岩壁。左は塞がれた足場。後ろは崖。前にはイワークがいる。
さっきまでの高揚感が嘘みたいに消えていた。
歯を食いしばって立ち上がる。膝が笑う。腕が痺れている。視界の端がわずかに暗い。
(このまま削られ続けたら終わる。何か変えないといけない。でも何を)
岩弾が飛んでくる。俺は腕で受けようとして、咄嗟に思い直した。
腕じゃない。
今まで一番うまく受け流せていたのはどこだ。
(……尾だ)
しなる。捻れる。衝撃に合わせて自在に角度を変えられる。俺の体で一番柔軟なのは尾だった。なのに今まで意識が向かなかったのは、前世が人間だったからだ。手や足で受ける感覚ばかりが先にあって、尾を体の一部として使い切れていなかった。
(なら、やるしかない)
飛んでくる岩の角度と回転を読む。どこへ尾を合わせれば衝撃を滑らせられるか。
最適な力。
最適な角度。
最適なタイミング。
一瞬でもズレれば終わる。それを理解した瞬間、背筋が冷えた。
(これが最初のジム戦か。難易度おかしいだろ)
でも、止まれば終わる。目を逸らさない。
――――――――
イワークの尾が振り抜かれた。岩が飛んでくる。
俺はその場から動かず、真正面から来る岩を見据えた。
(見極めろ。どんな角度で、どんな回転で来ているか)
ギリギリまで引きつけ、尾を横から滑り込ませる。
弾かれた。逸らしきれず、そのまま胴体に直撃した。背中が壁に叩きつけられ、肺が空になる。
立ち上がる前に次が来る。咄嗟に尾を前へ出したが、真正面から受けた瞬間に腕まで痺れた。体ごと地面を転がる。
(もう一度……何度でも!)
追撃が来る。転がりながら避けるが、破片が肩と背中を叩く。
次の岩が来た瞬間、半ば反射で体をずらした。避けきれない。だから尾を横から当てる。
今度は違った。
触れた瞬間、岩の勢いが横へ逃げた。体も一緒に引っ張られ、捻られる。視界が回り、横へ吹き飛ばされながら着地した。
(……成功した。完全に、逸らした)
次が飛ぶ。今度は意識して体を半歩ずらし、岩の側面へ尾を当てる。踏ん張らない。逆らわず、体ごと捻る。
岩の勢いが背中側へ抜けた瞬間、体が一気に加速した。その勢いのまま岩壁を蹴り、斜め上へ駆け抜ける。
「イワァッ!?」
イワークが目を見開く。
左右から同時に来た。軌道。角度。力の向き。全部見える。
右から来た岩へ尾を叩き込み、その反動で体を捻る。空中で一回転し、左から来た二発目を掠めるように抜けた。
(掴めてきた)
腕で受けるんじゃない。踏ん張るんじゃない。衝撃に合わせて体ごと捻る。そうすれば力を逃がしながら次へ繋げられる。岩は重い。だからこそ反発も大きい。受け流した瞬間の勢いを使えば、加速できる。
岩が飛ぶ。尾を合わせる。跳ぶ。壁を蹴る。飛んでくる岩が増えるほど、速度が上がっていく。
「飛んでくる岩を利用して高速移動!? なんて体捌きだ…」
タケシの声が離れた場所から聞こえた。今までのような淡々とした口調じゃなかった。
岩へ尾を叩き込み、その反動で壁を蹴り、一気に上空へ跳ぶ。風が爆ぜる。気づけばイワークの頭上まで、一瞬で距離を詰めていた。
「イワァッ!?」
イワークの瞳が大きく開く。
(この感覚だ。ようやく掴んだ)
「イワーク、決めるぞ!」
タケシが静かに告げた。イワークが身を沈める。頭を下げ、全身の力を前脚に溜める。
「イワァァァ!」
ずつき
かつて俺を潰した一撃だ。あの時は何もできなかった。今度は前へ出る。
距離が縮まる。風圧が顔を打つ。イワークの頭部が目の前まで来た。
跳ぶ。空中で前転する。尾を叩き落とす。
衝突。
――ドゴッ!!
凄まじい衝撃が体を貫く。だが直撃じゃない。回転に受け流し、その力を尾に乗せて頭上から叩き下ろす。
衝撃の向きが変わった。前方へ流れていた力が上へ逸れ、体が一気に持ち上がる。重力を振り切るように上空へ弾け飛ぶ。岩山が遠ざかる。イワークの巨体が下に小さく見えた。
「リザァァァ!!」
えんまく
空中で黒煙を一気に吐き出す。岩場全体が暗くなる。タケシの視界が消える。イワークの視界が消える。
「イワッ――」
「なっ――」
タケシの声が揺れた。初めてだった。
煙の中で、岩山の頂上に着地した。見える。煙の流れ。風向き。イワークの位置。
(これで、決める!)
岩壁を蹴る。
爆発的な加速。
落下、重力、回転。
そのすべてを乗せる。
風が裂け、景色が流れる。
煙を突き抜けた先に、イワークがいた。まだ間に合う。避けられる。なのにイワークは動かなかった。
真正面からこちらを見上げたまま、ただそこに立っていた。
「……イワァ」
(受けて立つ、ということか。ならば望むところだッ!)
右腕へ熱を流し込む。爪が銀色に光る。
「リザァァァァァァッ!!」
「イワァァァァァァッ!!」
メタルクロー!!!
いわおとし!!!
――ガギィンッ!!
爪がイワークの脳天に深々と食い込んだ。砕けた岩片が四方へ飛び散り、岩場全体が震えた。
静寂。
タケシの目が、一瞬だけ大きく見開かれた。
イワークの巨体がゆっくりと傾ぐ。そのまま、地面へ崩れ落ちた。
「……イ、ワ………」
土煙が上がる。もう動かない。
俺は着地したまま、荒い息を整えた。腕が痺れている。体中が痛い。それでも、口元だけは勝手に緩んでいた。
(……勝った)
――――――
タケシはしばらく、倒れたイワークを見つめていた。何も言わない。腕を組んだまま、動かない。
俺も黙っていた。荒い息を整えながら、ただその沈黙を待った。
やがて、タケシがゆっくりとこちらを向いた。
「……俺はジムリーダーとして、お前の実力を認める」
淡々とした口調だった。だが、その言葉には重さがあった。
「この数日で防御を覚え、地形を使うようになり、メタルクローを自力で開発した。そして今日、それを全部繋げてイワークに勝った」
一つひとつ、確認するように言葉を重ねる。
「才能じゃない。積み上げだ」
その一言が、胸の奥に静かに沁みた。
タケシはそこで少しだけ間を置いた。それからわずかに、目元が和らぐ。
「……正直に言う。俺はポケモントレーナーとして、お前のことを尊敬している」
(……え)
思わず目を瞬かせた。
ジムリーダーが、野生のポケモンに向かって。尊敬、という言葉を使った。
「自分の弱点を知って、向き合って、戦いの中で答えを掴んだ。それは、本物のトレーナーでもそう簡単にはできないことだ」
タケシは真っ直ぐこちらを見ていた。値踏みでも試すでもない。ただ、対等なものを見る目だった。
「お前は強い。胸を張れ」
(……タケシに、そんな顔をされるとは思わなかった)
何か言い返したかったが、言葉が出てこなかった。ただ、鼻の奥がわずかにつんとした。
その時、低い唸り声が聞こえた。
「……イワァ」
倒れていたイワークが、ゆっくりと頭を持ち上げていた。
完全には立てない。体は岩肌に横たわったままだ。それでも、その瞳はまっすぐ俺を捉えていた。
怒りじゃない。悔しさじゃない。
あの初日に俺を締め上げた時の、縄張りの侵入者を測るような目でもない。
ただ、静かな、対等な目だった。
「……イワァ」
もう一度だけ鳴いた。それきり、力が尽きたようにゆっくりと頭を下ろした。
(……ありがとな、イワーク)
あの日俺を叩きのめしてくれたから、ここまで来られた。
タケシがポケットに手を入れた。取り出したのは、小さな灰色のバッジだった。岩山を思わせる六角形の形。ニビジムのグレーバッジだ。
「イグニス」
タケシが、初めてその名前で呼んだ。
胸元の首輪が、かすかに揺れた気がした。
「お前はこのバッジに値する強さを見せた。受け取ってくれるか」
タケシがバッジを差し出す。
俺はゆっくりと手を伸ばし、その小さな灰色のバッジを受け取った。
ひんやりとした金属の感触が、指先に伝わる。
岩山を駆け回り、何度も落ちて、叩きのめされて、爪が割れるまで練習した。その全部が、この小さな重さの中に入っているみたいだった。
「……リザ」
短く鳴いた。ありがとう、という意味を込めたつもりだったが、伝わっただろうか。
「おめでとう」
タケシはただ小さく呟いた。それだけだった。それだけで、十分だった。
岩場の向こうで、ニビシティの採掘音が今日も続いている。
積み重ねで動く街。その音が、今日はもう少しだけ近く聞こえた。
(グレーバッジ、ゲットだぜ!!)
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【名前】イグニス
【種族】リザード
【性格】おくびょう
【特性】りょうげんのひ
【持ち物】無し
りょうげんのひ:自分のHPが1/2以下になるまで、ほのお技を使えない。HPが1/3以下になると、ほのお技の威力が2倍になり、「すばやさ」のランクが1段階上る。
【技】
・ひっかく
・ひのこ?
・えんまく
・なきごえ
・りゅうのいぶき
・メタルクロー