転生したらヒトカゲだった。しかも色違い 作:リザードン大好きマン
目が覚めた瞬間、全身が悲鳴を上げた。
背中、肩、腕、足。どこもかしこも鉛みたいに重い。特に尻尾が最悪だった。岩弾を受け流すたびに酷使したせいで、ちょっと動かすだけでずきずきと痛む。
(受け流しって便利だけど、痛みは消えねぇんだな……)
ジムの治療室の天井をぼんやり眺めながら、昨日の戦いを思い返す。
勝った。それは確かだ。だが「勝った」という事実の後ろに、岩弾を何発食らったか、何度地面を転がったか、という記憶がべったりとくっついてくる。体がその全部を正直に覚えていた。
「起きたか」
扉が開き、タケシが顔を覗かせた。手には薬草の入った小さな皿を持っている。
「……リザ」
「丸一日寝てたぞ、無理に動くな。傷はだいぶ塞がってるが、筋肉がひどい」
タケシは慣れた手つきで尻尾の傷に薬を塗り始めた。しみる。だが昨日よりはずっとマシだった。
しばらく無言で処置が続いた。タケシは余計なことを喋らない。それがかえって居心地よかった。
処置が一段落したところで、タケシが口を開いた。
「一つ、礼を言わせてくれ」
(……礼?)
意外な言葉に目を瞬かせる。
「マサラタウンの研究所の件だ。オーキド博士から話を聞いていたと、俺は言ったよな」
タケシは少しだけ間を置いた。
「実は、俺の妹があの日研究所にいた。見学に行っていたんだ」
(……妹?)
「ロケット団に襲われた時、助けられた子どもの一人だった」
(あー……あの子ども達の中に妹がいたのか)
正直、あの日のことはあまり細かく覚えていない。レッドを守ること、ロケット団を追い払うこと。それだけで頭がいっぱいだった。
「……だから最初は、恩返しのつもりだった」
タケシが静かに続ける。
「お前が岩山に来た時、正直なところ、面倒を見てやろうという気持ちだった」
(まあ、そりゃそうだよな)
「だが途中から違った」
タケシが俺を見た。
「お前が必死だったからだ。何度叩き落とされても、爪が割れても、止まらなかった。だから俺も本気で付き合った」
その言葉が、胸の奥にじんわりと沁みた。
恩返しじゃなく、対等な相手として向き合ってくれていた。そういうことだった。
(……ありがとな、タケシ)
言葉にはできないが、タケシには伝わった気がした。
「あと、妹がお前の話ばかりするんだ。変な色のリザードが助けてくれたってな」
(変な色のリザードて。間違ってはいない。間違っはいないけど)
「お兄ちゃんより強かったって言ってたぞ」
(それは盛りすぎだろ)
「いや、今は本当に怪しいな」
(やめろ)
その時だった。
――バンッ!!
「「起きたーーー!!!」」
扉が勢いよく開き、廊下から雪崩が来た。
雪崩の正体は、小さな人間が四人だった。
「お兄ちゃん!リザードが起きた!」
「ほんとだ!目ぇ開けてる!」
「イグニスイグニス!メタルクロー見せて!」
「火出して!火!」
(近い近い近い近い!!)
四方から同時に押し寄せてきた子どもたちが、一気に俺の周りに群がった。頭を触られる。尻尾を引っ張られる。腹の上に小さな手が乗る。
(い、痛い……! 傷に当たってる……!)
「お前ら、怪我人だぞ」
(助けろタケシ!!)
視線を向ける。タケシは壁にもたれて笑っていた。助ける気ゼロだった。
「ゴロウ! メタルクローは後だ!」
「じゃあ火は?」
「ナナコも後で!」
(みんなタケシに似てるなぁ…)
もみくちゃにされながら、どうにか体を起こす。子どもたちは一向に退く気配がない。目がきらきらしている。全員、タケシと同じ顔をしている。
しばらくして、ようやく波が引いた。
その中で、一人の少女が少し離れた場所からこちらを見ていた。茶色の髪を肩まで伸ばした、九歳くらいの女の子だった。
「あ、あの……」
彼女は何度もこちらを見ては視線を逸らし、また見てを繰り返している。やがて意を決したように近づいてきた。すると周囲の弟妹達が一斉に騒ぎ始めた。
「何回も起きたか聞いてよね!」
「タケシ兄ちゃんに五回は聞いてた!」
「ヨモコ、リザードに会いたくて朝からソワソワしてた!」
「うるさい!言うなーー!」
少女が涙目で抗議する。周囲は大爆笑だった。俺も思わず吹き出しそうになる。そんな中、勇気を振り絞るようにこちらを見た。
「ねえ、あたしのこと覚えてる?」
「……リザ?(……誰だっけ)」
「えっ」
女の子の顔が止まった。
「研究所!ロケット団!」
(あー、あー……)
「あたし怖かったんだから!!」
(なるほど。この子が研究所にいた妹か)
ヨモコ、というらしい。タケシが後ろで小さくため息をついていた。
しばらく頬を膨らませていたが、やがて少しだけ表情を柔らかくした。
「……でも、助けてくれてありがとう」
真っ直ぐな声だった。
(……どういたしまして)
うまく返せないまま、ただ小さく鼻を鳴らした。ヨモコはそれで分かったのか、満足そうに頷いた。
―――――――
夜になると、ジムの中が妙に賑やかになった。
広い食事部屋に長机が出され、タケシの弟妹たちが全員集まっていた。タケシは厨房で何かを作って
いる。鍋の音と、いい匂いが廊下まで流れてきた。
(こいつ、将来絶対モテる)
やがて料理が並ぶと、弟妹たちが一斉に声を上げた。俺とイワークも席に招かれた。イワークは昨日の傷がまだ残っているが、それでも嬉しそうに唸っていた。
「タケシ兄ちゃんのごはんだー!」
「早い者勝ちー!」
「待て走るな!」
焼きたての串焼き。香草を使ったスープ。木の実を潰して作った甘い焼き菓子。ポケモントレーナーとは思えないほど料理のレパートリーが豊富だった。
(うまそう……)
俺の視線に気づいたタケシが苦笑する。
「ほら、お前の分だ」
大きめの皿が差し出され、一口食べた。
(うっま!?)
思わず目を見開いた。味付けが絶妙だった。空腹補正を差し引いても普通にうまい。
「どうだ?」
「リザ!」
最高。即答だった。
「よかったなタケシ兄ちゃん!」
「もっと作れー!」
「お前らは手伝え!」
しばらくは騒がしかった。誰かが何かをこぼして怒られ、誰かが笑い、誰かがイワークにしがみつき、誰かが俺の尻尾の炎で手をあぶろうとして叱られた。
小さな弟妹達が競うように料理を運んでくる。
「リザードこれ!」
「こっちも!」
「デザート!」
(食えるけど!口の中に捩じ込まないで!)
完全に餌付けされていた。途中からは子ども達が俺の背中によじ登り始める。
「高いー!」
「飛べる!?」
「リザ。リザッ(飛べねえよ。……いつかは飛ぶけど)」
「おおー!」
なぜか拍手が起きた。意味が分からない。
賑やかな時間の中で、ふと視線を上げた。
タケシは末の弟が汁をこぼすのを見て眉をひそめながら、それでも自然に笑っていた。親代わりとして、当たり前にそこにいる。弟妹たちも、タケシが叱っても笑いながら従っている。
(家族って、いいな)
思った瞬間、少しだけ胸の奥がつんとした。
羨ましい、という感覚だった。この温かさを、俺は持っていない。でも、今夜だけは同じ場所にいた。それだけで、何か十分な気がした。
ヨモコが俺の隣に来て、皿を置いた。
「食べな」
(ありがとう)
「どういたしまして」
どうやら伝わったらしかった。
イワークの低い唸り声と、弟妹たちの笑い声と、タケシが何かを注意する声が、夜のジムの中でぐるぐると混ざり合っていた。
尾の炎が、暖かく揺れていた。
――――――――
翌朝、ジムの前に全員集まっていた。
タケシ、ヨモコ、そして残りの弟妹たち。それからイワークも。ジムの門の前に、ずらりと並んでいた。
(見送りか……)
思っていたより人数が多い。昨夜あれだけ騒いでいた弟妹たちが、今朝は妙にしんみりしていた。
タケシが一歩前に出た。
「お前に忠告があるんだ」
いつもの口調だった。淡々としていて、余計な感情が乗っていない。だからこそ、続く言葉が真剣に聞こえた。
「研究所の件は、各地に広まっている。野生のポケモンがロケット団を追い払ったという話だ。しかも色違いのリザードが、ということも」
(……そうか)
「良くも悪くも、お前は目立っている。強さを求めて近づいてくるポケモンもいるだろうし、面倒なことに巻き込まれる可能性もある。トレーナーに目をつけられることも増えるはずだ」
そこで少しだけ間を置いた。
「気をつけて進め、イグニス」
名前で呼ばれた瞬間、胸元の首輪がかすかに揺れた。
(……わかった)
短く鳴いて、頷いた。
タケシはそれだけで十分だと思ったのか、それ以上は何も言わなかった。
その隣でイワークが低く唸った。
「……イワァ」
静かな声だった。昨日の戦いで交わした咆哮とは全然違う。ただ、見送るための声だった。
(またいつかな、イワーク)
俺も「リザ」と短く鳴き返した。
イワークはゆっくりと頭を下げた。それだけだった。それだけで十分だった。
すると、弟妹たちの堰が切れた。
「またきてよ!」
「絶対きてよ!」
「メタルクロー、まだちゃんと見てないし!」
「火も!」
(今言うか)
「ゴロウ、ナナコ」
タケシが名前を呼ぶ。二人はぶうぶう言いながらも黙った。
ヨモコが一歩前に出た。昨日より少しだけ落ち着いた顔をしている。
「……また会えるかな」
「リザ」
また会える。そのつもりだった。
ヨモコは少しだけ目を細めて、それから小さく笑った。
「うん。また会おうね」
俺は踵を返した。
朝の風が頬を抜けていく。乾いた岩の匂いと、遠くから聞こえる採掘音。ニビシティの、いつもの朝だった。
背中から弟妹たちの大合唱が飛んでくる。
「イグニース!」
「またねーー!!」
「気をつけてー!!」
「メタルクロー忘れないでー!!」
(それはもう忘れない)
振り返らなかった。
でも、口元だけは緩んでいた。
胸元の首輪が揺れる。グレーバッジの重さが、リュックの中でかすかに感じられた。
前を向く。
次の街へ。
――――――――
レッド視点
ニビシティへ到着したのは昼過ぎだった。
岩山に囲まれた街並みは、マサラタウンとはまるで違う。乾いた風。遠くから響く採掘音。人々の活気。
わたしは帽子のつばを軽く押さえながら、ニビジムの前で立ち止まった。
(ここがニビジム)
旅に出て一ヶ月。これが初めてのジム戦だった。緊張を胸に深呼吸を一つして扉を押し開く。
中には広いバトルフィールドが広がっていた。そして、その中央に一人の青年が立っている。
「よう。挑戦者か」
わたしは頷いた。
「俺はジムリーダーのタケシだ」
「……レッドです」
現れたのは、褐色の肌に黒髪の青年だった。年は十代半ばくらい。動きに無駄がなく、立ち姿だけで強さが分かった。
「……君がレッドか。なら先に礼を言わせてくれ」
わたしは目を瞬いた。なんのことかさっぱりわからない。初対面のジムリーダーに感謝されるようなことは――
「研究所の件だ。妹のヨモコから話を聞いている。ロケット団相手に、みんなを守ったそうだな」
(……ヨモコ? あの子か。ジムリーダーの妹だったんだ)
「礼を言いたかった。本当にありがとう」
頭を下げられた瞬間、胸の奥に温かいものが広がった。あの日のことを思い出す。怖かった。痛かった。それでも諦めなかった。
「あの日以降、君とイグニスの話ばかりだ」
「……イグニス?」
その名前を聞いた時、胸が奥がぴくりとした。それはリザードに送った大切な印だ。
「実は一ヶ月ほど前に、このジムにいたんだ。二週間くらい特訓をしていた」
「……え」
思考が止まった。イグニスがここで特訓してた。わたしの知らない場所で、二週間も。
「特訓……?」
「あぁ!最初は酷かったぞ。イワークに一方的にやられてな」
タケシが笑いながらも楽しそうに、イグニスとの思い出を話す。私は何も笑えなかった。
「それでも毎日来た。何度叩きのめされても諦めなかった」
(知らない)
「受け流しも身につけ、地形の利用も上手くなった。あいつ、信じられない速さで岩山を駆けていたんだ」
(そんなの知らない)
「最後にはメタルクローまで覚えた」
(………)
心臓が嫌な音を立てる。
メタルクロー。知らない技だ。イグニスが新しい技を覚えた。わたしは知らなかった。
「正直、二週間であそこまで成長するとは思わなかったな」
知らない。知らない。知らない。全部知らない。
わたしの知らないイグニスが、どんどん積み上がっていく。
「……へぇ」
なんとか声を絞り出す。
タケシは満足そうに頷いた。
「うちの弟妹達も懐いてたな」
嫌な予感がした。
「特にヨモコなんか――」
やめて。
「イグニスのこと、「大好き」って言ってたぞ」
(………は?)
気づけば、拳を握りしめていた。
わたしの様子がおかしいことに気づいたのか、タケシがようやく首を傾げる。
「どうした?」
しばらく沈黙が落ちた。やがて、わたしは静かに尋ねた。
「……あなたは、イグニスのなんなんですか?」
タケシは少し考えた。そして迷いなく答える。
「そうだな。手のかかる弟みたいなものか…」
心臓が止まる。
だがタケシは追撃した。少し笑いながらも、照れくさそうに――
「……俺は家族だと思ってる」
か、ぞ、く
その一言が、耳の中でゆっくりとリピートされた。
タケシが。イグニスを。家族だと。
「……家族」
繰り返した声は、自分でも分からないくらい平坦だった。
タケシが首を傾げる。
「レッド? どうかしたか」
「……いいえ」
ふ、と息が漏れた。笑い声みたいな、でも笑い声じゃない何かが。
「……ふふ」
なんでもないです、と言おうとして、続かなかった。
「はは」
おかしい。別におかしくない。おかしいのはわたしの方だ。
それでも止まらなかった。
「…………ぶっ潰す」
「え?」
「ジム戦、お願いします。いけ、
――――――――――
戦いながら、どこかにいるあの子のことを想う。
(あぁ、イグニス。強くなったんだね)
何度も負けて、何度も立ち上がって、岩山を駆け回って、ボロボロになるまで修行して、メタルクローまで覚えて、ジムリーダーに認められて。
本当にすごいな。
わたしが知らないうちに、そんなに遠くまで行っていたんだね。
胸の奥がじんわりと熱くなる。誇らしい。嬉しい。愛しい。わたしの大好きなイグニスが強くなっている。それは本当に、本当に嬉しいことのはずなのに。
なのにどうして、その話を聞けば聞くほど、心の奥で何かが軋む音がするんだろう。
(だって、わたしは何も知らなかったから)
イグニスがどんな顔で修行していたのかも。どんな怪我をしたのかも。初めてメタルクローを使えた時にどれだけ喜んだのかも。
タケシとどんな話をしたのかも。
ヨモコとどんな言葉を交わしたのかも。
弟妹達とどんな風に笑ったのかも。
知らない。
何一つ、知らない。
本当に、何も知らない。
なのにタケシは知っている。ヨモコも知っている。イワークも知っている。みんな知っている。
わたしだけが、知らない。
(ふふっ)
思わず笑ってしまう。
だっておかしいじゃないか。最初に出会ったのはわたしなのに。最初に名前を呼んだのはわたしなのに。ずっと一緒にいたはずなのに。いつの間にか、わたしの知らないイグニスがこんなにも増えているなんて。
(家族、か)
タケシの言葉を思い出す。
あの人は悪くない。むしろ良い人だ。本気でイグニスを認めて、本気で大切に思って、本気で家族だと言った。だから、イグニスもあの人を受け入れたんだ。
(本当に悪い子だね、イグニス)
そんな風に誰かと笑って。そんな風に誰かに大切にされて。そんな風に誰かの家族になって。わたしが知らないところで、幸せになっているなんて。
まるで、置いていかれたみたいじゃないか。
だから。
早く会いたいな。
会って、全部聞かせてほしい。
誰と話したのか。何を食べたのか。どこで眠ったのか。誰と笑ったのか。どんな顔で勝ったのか。どんな顔で負けたのか。誰を好きになったのか。誰を好きにさせたのか。
全部。本当に全部。一つ残らず聞かせてね。
だってわたしは――
イグニスのことなら、何でも知っていたいんだから。
(……わたしと"家族"しようね。イグニス)
お待たせしました。いや、お待たせしすぎたのかも知れません。みんな大好きヤンデレッドです。
このためだけに、この作品を書いていると言っても過言ではない。ヤンデレを書いてる時が一番の祝福でございまする。
【名前】イグニス
【種族】リザード
【性格】おくびょう
【特性】りょうげんのひ
【持ち物】無し
りょうげんのひ:自分のHPが1/2以下になるまで、ほのお技を使えない。HPが1/3以下になると、ほのお技の威力が2倍になり、「すばやさ」のランクが1段階上る。
【技】
・ひっかく
・ひのこ?
・えんまく
・なきごえ
・りゅうのいぶき
・メタルクロー