転生したらヒトカゲだった。しかも色違い 作:リザードン大好きマン
「はぁ……はぁ……」
互いに決め手を欠いたまま、戦闘は鈍く続いていた。踏み込み、離脱、牽制。どれも致命には届かないが、確実に体力だけが削れていく。
スピアーの羽音は頭上で途切れず、アーボは距離を詰める機を窺い、金髪の男は網銃を下ろさない。均衡しているようで、じわじわと押されている感覚だけが残る。
(はぁ……はぁ……。これはやばいな)
荒い息を吐きながら、ふと視線を横へ向ける。
その先で、ピカチュウと目が合った。
一瞬だけだった。だが、その目はさっきまでと違う。弱っているはずなのに、戦いの中で見せていたあの鋭さが戻っている。あの時、真正面からぶつかってきた時の目だ。
(……やれるのか)
ピカチュウは小さく頷くように身構える。
(なら――合わせる)
次の瞬間、俺は地面を蹴って走り出していた。
スピアーの軌道を無視して、前に出る。さらに一歩、踏み込むはずの足を反転させ、
走る。ピカチュウへ向かって。
「……っ!? 逃げるつもりか?」
帽子男の声が一拍遅れて漏れる。
当然だ。さっきまでスピアーとやり合っていた相手が、急に戦線を捨てて別方向へ走り出したんだ。意図が読めない。
だが、それでいい。
視界の端で、ピカチュウも同時に動いているのが見えた。相手から完全に背を向けて、ピカチュウもこっちへ走ってくる。
「チッ! 逃すな追えッ!」
アーボが地面を滑るように這い、ピカチュウの背後を追う。
スピアーは羽音を轟かせながら低空へ急降下し、俺の背後を追う。
(それでいい。全部、想定通りだ)
俺とピカチュウとの間合いが一気に縮まる。
ピカチュウの体から、電気が溜まる気配がはっきりと分かる。さっきまでの弱い放電とは違う。明確に本気の溜め。
俺は大地を本気で踏み込む。腕を引き、体を捻り、尾の遠心力を乗せる。
距離が、一気に縮まっていく。
俺とピカチュウ。
その背後には、それぞれ敵。
あと数歩。
三歩。
二歩。
一歩。
すれ違う、その瞬間――
俺は全身を捻り、右腕を振り抜いた。
同時に、ピカチュウの頬袋が眩く光る。
「カゲェェッ!!」
「ピカァッ!!」
ひっかく!!!
でんきショック!!!
お互い、全力の爪と電気がすれ違う。
――バキッ!!
「アボォッッッ!?」
ひっかくは、そのままアーボの真上から叩き込まれる。体が歪み、地面に叩きつけられる音が遅れて響く。
土煙が舞う。姿を現したアーボは地に付したまま動かない。戦闘不能だ。
――バチィッ!!
「ビィィィッ!?」
放たれた電気は、真正面じゃない。俺を追って低空に降りてきていたスピアー、その直線軌道をなぞるように突き刺さる。
光が弾け、空気が焼ける。
スピアーの体が一瞬だけ硬直し、そのまま軌道を崩して大きく揺れ、地面に堕ちて動けない。だが、意識はありこちらを睨みつけている。
息が一瞬だけ通る。
だが、体は重い。踏み込みの反動がそのまま残り、次の動きに繋がらない。
(……まだ終わってない)
だが――
確実に、一つ崩した。
----------ー
アーボが崩れ落ちた瞬間、金髪の男の顔から余裕が消えた。舌打ちと同時に腰のボールへ手が伸びる。
その動きだけで分かる、嫌な予感が先に来る。次の瞬間、光が弾け、ピチューが地面に現れた。
「……ぴ、ちゅ……」
状況も分からず震えるだけの小さな体。その首が、何の躊躇もなく掴み上げられる。
「てめェら、動くなよ。こいつを殺すぞ?」
低い声。右手の網銃がこちらを向いたまま、左手の指がじわりと食い込む。力が入るたび、ピチューの体がびくりと跳ね、喉の奥から潰れた音が漏れる。
「ぴ……っ、ちゅ……っ」
空気が凍りつく。
ピカチュウの動きが止まる。視線は一点、掴まれた小さな体に釘付けのまま、全身が目に見えて震えている。さっきまでの鋭さは完全に消え、ただ見ているだけの存在に落ちる。
(……くそッ!)
こっちも動けない。この距離、この状況で踏み込めば、先に潰れるのはピチューだと分かりきっている。
それでも止まれば終わる。スピアーは痺れて動けないが、いつ戻ってきてもおかしくない。帽子の男も崩れていない。このまま膠着すれば、確実に押し潰される。
選べ。
頭が一瞬で回る。守るか、動くか。どっちも中途半端はない。
(……一瞬でいい。ピカチュウを信じる)
それだけあればいい。
地面を蹴る。一直線に、ピチューへ。
「は?」
金髪の声がぶれる。予想外の動き。止まるでもなく、迷うでもなく、真正面から突っ込んでくるその判断に、照準がわずかにズレる。だが、完全には崩れない。指の力はそのまま残り、ピチューの喉が締まる嫌な音がはっきりと聞こえる。
(……俺の素早さじゃ足りねぇ)
このままじゃ届かない。息を叩きつける。
えんまく
――ぼぉっ!!
黒煙が一気に広がる。だが薄い。広がりきる前に風に押され、完全には隠れない。それでも輪郭が歪む。その一瞬、金髪の手元に迷いが生まれる。
「チッ……!」
その隙に、叫ぶ。
「カゲッ!カゲェェッ!!(動け!ピカチュウ!!)」
止まっていた時間が弾ける。
「――ッピ!」
ピカチュウが動く。だが遅い。迷いの分だけ踏み出しが遅れている。
(……間に合わねぇ)
それでも止まらない。
煙を突っ切る。視界が揺れる。腕を引き、全身を捻る。
ひっかく
踏み込み、体重、尾の遠心力、全部を叩き込む。
俺の狙いは本体じゃない。ピチューを掴んでいる、その腕。
――ザシュッ!!
手応えはあるがが浅い。完全には崩せない。それでも、ほんの一瞬だけ指の力が緩む。
その一瞬に、全部を賭ける。
「――ぴかッ!!」
でんこうせっか
黄色の軌跡が煙を裂いて突き抜ける。迷いの残った一撃。それでも速度は落ちない。一直線に、顔面へ。
衝突。
「ぐッ、があァ!!?」
鈍い音と同時に、金髪の体が弾き飛ばされる。掴んでいた手が完全に外れ、ピチューの小さな体が宙に投げ出される。
落ちる。
反射で踏み込む。腕を伸ばす。
ギリギリで、掴む。
軽い。あまりにも軽い。
腕の中で、小さな呼吸が戻る。
「……ぴ、ちゅ?」
か細い声。
(――間に合った。本当に、ギリギリで)
煙が流れる。金髪は動かない。網銃も手から離れて転がっている。
その前で、ピカチュウが崩れ落ちる。全力の一撃、その反動で立っていられない。
静寂が一瞬だけ落ちる。
俺は息を吐きながら、ゆっくりと視線を上げる。
(まだ終わっていない。スピアーと帽子の男が残っている。でも…)
勝てる。あの時の俺はそう思ってた。
----------ー
呼吸が浅い。肺が焼けるみたいに熱い。それでも足は止まらない。視界の中で、黄色はもう動いていない。ピカチュウは限界だ。だから――ここは、俺一人でやる。
羽音が鳴る。
上。
来る。
体を沈めると同時に、空気が裂ける。針が頬を掠め、熱が走る。だが浅い。そのまま踏み込む。間合いに入る一歩、そのまま振り抜く。
ひっかく
――ガギィッ!!
硬い感触。だが届く。スピアーの体がわずかに揺れる。そのまま離れる前に、羽音が爆ぜる。反撃。速い。横へ跳ぶ。地面を抉る音がすぐ隣で鳴る。
止まらない。
来る。
また来る。
見るんじゃない。感じろ。羽音、風圧、空気の揺れ。それだけで軌道を拾う。
踏み込む。
避ける。
叩く。
すれ違う。
呼吸と同じリズムで、攻防が回る。
一歩遅れれば刺さる。半拍ズレれば終わる。そんな距離で、ずっと噛み合っている。
(……互角、かよ)
笑えない。それでも崩れない。
スピアーが一度、高度を取る。上空で止まり、羽音が一瞬だけ消える。
来る。
分かる。
地面を蹴る。横へ。次の瞬間、さっきまでいた場所が深く抉れる。着地と同時に前へ。逃げない。距離を詰める。
ひっかく
今度は深い。外殻に食い込む感触。だが同時に、針が肩を掠める。焼ける痛み。毒がじわりと広がる。
(……効いてきてるな)
足が重い。視界が少し狭い。それでも、止まらない。
スピアーも同じだ。
羽音が荒い。飛び方がわずかに鈍い。さっきの電撃が効いている。それでも、落ちない。まだ戦える。
互いに、一歩も引かない――
どくばり
ひっかく
ダブルニードル
えんまく
むしくい
なきごえ
音と衝撃と痛みが、順番もなく叩きつけられる。避ける、踏み込む、弾く、ずらす、その全部が途切れずに繋がり、どこからどこまでが自分の動きなのかも分からなくなる。
どくばりが頬を掠める。ひっかくが外殻を削る。ダブルニードルが空気を裂き、えんまくが一瞬だけ視界を潰す。むしくいで距離を詰められ、なきごえで無理やり起こりを崩す。
―止まらない。
――ただ殴り合っている。
―――気づけば、地面が近い。
――――どちらともなく、崩れ落ちる。
(……体が、もう、動かないッ……)
目の前で、スピアーも伏している。羽音はもうない。針も動かない。ただ、かすかに体が震えている。
俺も動けない。呼吸が壊れていて、肺が動かない。体に力が入らない。視界がぼやけ、音が遠い。
……。
『戦え』
(……頼りたくねぇ)
胸の奥で、小さく反発する。
あの力を使えば、確かに勝てるかもしれない。体が勝手に動いて、迷いも痛みも吹き飛ばして、目の前の敵を焼き尽くせる。
でも、それは“俺”が勝つんじゃない。ただ、本能に体を明け渡すだけだ。
そんなのは違う。俺は、俺の意思で戦いたい。自分で考えて、自分で動いて、自分の力で勝ちたい。
それが、俺の戦いだ。
だが――。
視界の端に、倒れたピカチュウの姿が映る。肩で息をしながら、それでもこちらを見ている。さっきまで一緒に戦ってくれた、小さな背中。
あいつは限界まで戦った。次は、俺の番だ。
目の前では、スピアーもまだ意識を失っていない。ふらつきながらも、ゆっくりと身を起こそうとしている。
ここで止まれば、負ける。
俺も、ピカチュウも、まとめて捕まる。そんな未来だけは、絶対に認められない。
(……チッ)
悔しい。本当に、悔しい。
自分の力だけで押し切れないことが。
結局、この力に頼らざるを得ないことが。
それでも――。
(……今回だけだ、勘違いすんなよ)
ゆっくりと立ち上がりながら、胸の奥に向かって言い聞かせる。
(お前に体を渡す気はねぇ)
拳を握る。
震える足に力を込める。
目の前のスピアーを真っ直ぐ睨みつける。
「炎は使ってやる。でも、戦うのは――俺だ」
――特性《りょうげんのひ》発動
内側から焼かれるみたいな、暴れる熱が一気に広がる。尾の火が膨らみ、空気を舐める。
「……カゲェェェェッ!!」
――特性《むしのしらせ》発動
スピアーも、起き上がってくる。弱っているはずの体から、圧だけが膨れ上がる。羽ばたくたびに風が裂け、地面の葉が跳ねる。
「……キシャャャッ!!」
(あいつも同じだ。限界の先で、無理やり立っている)
その目が、こっちを捉える。
次の瞬間、同時に動く。
叫ぶ。
「……カゲェッ!!」
「……キシャッ!!」
羽音が爆ぜる。地面を蹴る。距離が一瞬で消える。もう読むとかじゃない。避けるでもない。ただ、ぶつかる。
ひのこ!!!
ダブルニードル!!!
火が塊になって叩きつける。狙っている感覚はない。ただ、目の前の存在を焼き潰す衝動のまま吐き出す。
スピアーに直撃。外殻が弾け、焦げる匂いが広がる。片方の針が砕け、欠ける。
それでも――止まらない。
羽音がさらに荒れる。削れたはずの体で、構わず俺に突っ込んでくる。
「――ッ!!」
腕が針に当たり、針が肉を裂く。関係ない。
痛みも毒も、全部どうでもいい。
ただ、前に出る。
踏み込む。
振り抜く。
叩き込む。
ひっかく!!!
捻りも遠心も、全部を乗せて叩き込む。火を纏った爪が外殻を抉り、そのまま吹き飛ばす。
――バキッ!
鈍い衝撃。
スピアーの体が弾けて、地面を転がる。
「キシャア……!」
それでも、終わらない。スピアーはすぐに起き上がる。羽音が狂っている。黒い複眼が、逸れない。
(これで最後だッ!ありったけを叩き込むッ!!)
同時に、踏み込む。その瞬間――
「ぴ、ピカァッ!!」
――パンッ!!
ひのこ
乾いた音が響いた直後、頭上で影が広がった。
「カゲッ、カゲッ!?(これは、網!?)」
踏み込んだ勢いのまま網に突っ込み、全身を絡め取られる。腕も脚も尾も一瞬で縛られ、そのまま地面へ叩きつけられた。
(しまった!? スピアーが来る――)
「キシャアァァッ!!!」
ダブルニードル!!!
――ドスッ!!
(…………あ)
腹に、深々と突き刺さる。
一瞬、何が起きたのか分からない。次の瞬間、内側から体を引き裂かれるような激痛が爆ぜた。
息が、消える。声も出ない。
視界が白く弾け、全身から力が抜けていく。
網に捕えられたまま、体がぐらりと崩れ落ちた。
----------ー
(はぁ…はぁ…くそッ。あの男を忘れてた…!)
視界が揺れている。息が浅く、肺がうまく膨らまない。網が体に食い込み、少し動こうとするだけで体が軋む。
動け、と何度も命令するのに、力が指先まで届かない。焦りだけが空回りして、体だけが取り残されていく。
その向こうで、低い声が落ちた。
「……数が合わねぇな」
帽子の男は、淡々と状況を見ていた。地面には動かない金髪、倒れたラッタとアーボ。崩れた戦力を一瞥してから、腰のボールへ視線を落とす。
「ボールは二つだ」
短く、確認するように呟く。
その意味が、すぐには飲み込めなかった。
だが次の言葉で、理解が強制的に追いつく。
「なら、いらねぇ方は殺す」
視線が、横へ流れる。
――ピカチュウ。
その奥で、ピチューが小さく震えている。
(……やめろ)
声にならない。喉が焼けついて、何も通らない。体も動かない。ただ、分かってしまう。
“選別”だ。
スピアーが、ゆっくりと浮かび上がる。急ぐ様子はない。逃げられないと分かっている動きだった。欠けた針、焼けた外殻、それでもなお残る殺意だけがはっきりとこちらに伝わってくる。
ピカチュウが、一歩前に出る。
ピチューの前に、自然に体を置くように。
震えている。それでも退かない。
「……ふっ、そうだ」
帽子の男が吐き捨てる。
「お前は売れねぇ。殺れ、スピアー」
その一言が、やけに冷たく響く。
スピアーが高度を落とす。狙いは一直線。逃げ場も、迷いもない軌道。
「ぴ……ちゅ……」
小さな声。動けない。ただその場で固まっている。
(逃げろよッ……!)
そう思うだけ。声は届かない。
ピカチュウは振り返らない。ただ前を向いたまま、小さく鳴く。
俺と目が合う。
「……ぴか」
(……ピカチュウ)
それだけで、十分だったみたいに。
スピアーが構える。
来る。
(動け!動け動け動けッ……!)
力を込める。網が食い込む。痛みだけが返ってくる。体は、びくともしない。
羽音が、爆ぜる。
その瞬間だけ、やけに遅く見える。
一直線に伸びる針。その軌道に、ピカチュウの体が重なる。
(やめろッ、やめろッ….……あ)
間に合わない。
――ドスッ!!
鈍い音。
ピカチュウの体が、貫かれている。
針が腹を突き抜け、背中から覗く。一瞬だけ動きが止まり、それから力が抜けていく。
「……ぴ……か……」
かすれた声。
視線が、わずかに落ちる。
その先に、ピチュー。
無事だ。
それを確かめるみたいに、ほんの少しだけ目が細くなる。
次の瞬間、針が引き抜かれる。
血が散る。
体が崩れた。
――どしゃっ
地面に落ちる音が、やけに軽い。
「……ぴ、ちゅ……っ」
震えた声。ピチューが転びながら近づく。
俺は、動けない。
何もできないまま、全部を見ている。
尾の火が揺れる。弱く、頼りなく、今にも消えそうで――それでも消えない。
(……あああ)
頭の奥で、何かが軋む。
分かってたはずだ。間に合わないことも、止められないことも。それでも――何もできなかった。
ピカチュウは、もう動かない。
その後ろで、ピチューの声だけが、いつまでも森の中に響いていた。
【名前】???
【種族】ヒトカゲ
【性格】おくびょう
【特性】りょうげんのひ
【持ち物】無し
りょうげんのひ:自分のHPが1/2以下になるまで、ほのお技を使えない。HPが1/3以下になると、ほのお技の威力が2倍になり、「すばやさ」のランクが1段階上る。
【技】
・ひっかく
・ひのこ?
・えんまく
・なきごえ