ヴァルキリー戦記【戦闘中行方不明になっていた父親が人型戦闘兵器になっていたので、元の姿に戻す為に戦い抜く】   作:尾松成也

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第十七話 同じ痣を持つ女の子

 腹に蹴りを入れてきた女の子は、腰辺りまである長い髪を気怠そうに掻き上げ、ゆっくりと近付いてきた。

 

 俺は痛みに耐えつつ、尻餅を着いたまま後退する。だが、容赦なく距離を縮められた後、女の子は俺に視線を合わせるように低くしゃがみ込んだ。

 

「貴方、私の言葉が分かる人?」

「わ、わかるけど……」

 

 息も絶え絶えに答えると、女の子は「そう……」と答え、嬉しそうに微笑んだ。一方の俺はさっき腹に思いっきり蹴りを入れられたというに、不覚にも胸が高鳴ってしまった。

 

(学校ですれ違う女子生徒と違って、すっげぇ甘くて良い匂いがする。二重の大きな目に長い睫毛、男とは違うスベスベの肌……。こんなの見惚れるなっていう方が無理じゃねぇか!?)

 

 文字通り見惚れていると、女の子はいきなり俺の胸倉を掴んできた。何をされているのか理解できずに固まっていると、女の子は貼り付けた笑みを向けてきた。

 

「男は立入禁止よ。さっさと出て行って」

 

 次の瞬間、俺は浮遊感に襲われた。なんと、女の子は片腕一本で頭一つ分身長が高い俺を立ち上がらせたのだ。

 

 俺の身体を軽々と引っ張り、そのままハッチの方へと猛スピードで歩き出す。あまりの怪力と急展開に脳の理解が追いつかないまま、足場ギリギリの場所に立たされてしまった。

 

「さぁ、早くここから出て行ってちょうだい」

 

 女の子はサラリと真顔で言い放ったが、ここから床下は目測で約十メートルくらいある。つまり、だ。この女は俺が男だからという理不尽極まる理由でここから飛び降りろと言っているのだ。さっき一瞬でも見惚れてしまった自分をぶん殴ってやりたくなった。

 

「ふざっけんな! なんで俺がここから飛び降りなきゃいけないんだよ!?」

「気絶してる私の衣服を無理やり脱がせようとしたからでしょ? そんな野蛮人と同じ空間に居れるわけないじゃない」

 

 やっぱり、そう思われていたか! と俺は憤慨した。

 

「ちげぇよ、バカッ! 息苦しそうにしてたから、衣服を緩めてやろうと思っただけだ! 勘違いしてんじゃねぇぞ、この怪力雌ゴリラめ!」

「め、雌……!? やっぱり男って、下品な奴ばっかりね! ちょっと、お姉ちゃん! どうして、この男をコクピットの中に入れちゃったのよ! 私が男嫌いなの知ってるでしょ!?」

 

 女の子の金切り声に応じるように〝白いヴァルキリー〟が申し訳なさそうな声音で喋り始めた。

 

『だってぇ……。ソフィアちゃん、気絶しちゃってたんだもん。僕が呼び掛けても反応がなかったし、この場で動けるのは赤い機体に乗ってた男の子だけだったんだよぉ……』

「なんですって? まさか、貴方があの機体を操縦してたの?」

 

 驚いた顔をする女の子を見て、俺は不貞腐れながらも「そうだよ」と吐き捨てた。

 

「ヴァルキリー達が格納庫で暴れてたから止めに入ったんだ。そしたらアンタが現れるわ、こっちに攻撃仕掛けてくるわで、めちゃくちゃ迷惑したぜ」

「…………ふぅん、そう」

 

 謝罪の一言もなく、ぷいっと視線を外して考え込み始めた女の子に対し、不覚にもイラッとしてしまった。

 

 相手のペースに合わせるな! と自身に強く言い聞かせながら、「ところでさ」と無理やり話を切り出す。

 

「アンタ、まだ取調べの最中だったんだろ? どうやって抜け出して来たんだ?」

「それは……通訳をしてくれた人に『早くヴァルキリーの所に行っといでよ』って言われたから」

 

 今の話を聞いて、逃げ出してきたのでは? と思った俺は怪訝な表情に変わってしまう。

 

「でも、取調中だったんだろ? よくタナカ大尉が外に出る事を許してくれたな」

「通訳の人が『行かせてあげて』って言ってくれたの。言われた通りに来てみたら、お姉ちゃんが赤い機体に襲われてて。それで応戦する事にしたんだけど……」

 

 女の子は視線を落とし、俺の両腕に刻まれた痣を見つめてきた。

 

「貴方は私と一緒なのね」

「もしかして、アンタにも同じような痣があるのか?」

「私は腕じゃないけどね。あの時は激痛で死んじゃうかと思ったわ……」

 

 ぽつりと呟いた彼女の顔からは、先ほどまでの刺々しさが消えていた。少し寂しげで柔らかな表情を見て、俺は警戒を緩めたのだった。

 

「それすっげぇ分かる。俺なんか操縦桿を握った瞬間、気絶しちゃってさ。身体が痛くて暫く動けなかったよ」

 

 俺がわざとらしく眉尻を下げて笑うと、女の子も身に覚えがあったのか、つられて頬が緩んでいた。少しだけ空気が和らいだ所で、「そういえば、自己紹介してなかったな」と手を差し出す。

 

「俺の名前はシンラ・イグニス。グラズヘイム高等専門学校に通うパイロット科の一年だ。君の名前は?」

「ソフィア・ロズヴァイセよ。ソフィアって呼んでくれていいわ」

 

 ソフィアは少し躊躇いつつも俺と握手を交わした。

 

 しかしその直後、パァンッ! と乾いた破裂音が格納庫内に響き渡った。

 

「うわっ!?」

 

 いきなり顔面に熱い飛沫が飛んできて、俺は思わず手で拭った。自分の手が赤い液体でべっとりと染まっているのを見て、硬直してしまう。

 

 手に付いた血を呆然と見つめていると、ソフィアが血の泡を吐きながら、その場に崩れ落ちた。自分の首を手で押さえているが、指の間から鮮血が漏れ出している。

 

 ソフィアが撃たれたのだと頭で理解した瞬間、〝白いヴァルキリー〟が怒りと絶望に染まった咆哮をあげた。格納庫全体がミシミシと軋み、天井の壁が一部剥がれ落ちる。

 

 我に返った俺は慌ててソフィアの身体を抱き上げた。

 

「ソフィアッ! おい、しっかりしろ!」

 

 急いで〝白いヴァルキリー〟のコクピットの中へ逃げ込み、抉れた傷口を強く圧迫し始めた。弾丸は突き抜けていったようだが、その際に太い血管を傷付けてしまったのだろう。日常生活で見る事のない鮮やかな赤が、心臓の脈拍に合わせて、ビュッ! ビュッ! と噴き出していた。

 

「くそっ、血が止まらねぇ……!!」

 

 俺はパニックで頭が真っ白になっていた。こんなの一学生が手に負えるような怪我じゃない。大丈夫だ、絶対に助かる! なんて、気休めの言葉すら喉に引っかかって出てこなかった。

 

「父さん! 俺、どうしたら――」

 

 今回ばかりは父さんに助けを求めようと、コクピットの中から〝グルヴェイグ〟を見た。しかし、エネルギー切れを起こしたのか、眼光に光は宿っていなかった。

 

 頼れる人が近くにいないと悟った瞬間、サッと血の気が引いてしまう。俺は更にパニックに陥ってしまった。

 

「どうすればいいんだ……。考えろ考えろ……」

 

 俺があたふたしている間にも、ソフィアの意識は遠のいていった。白い肌がさらに真っ白になっていく彼女を、俺は震えながら見守る事しかできない。

 

 自分の無力さに打ちひしがれた俺は、ソフィアの血で真っ赤に染まった両手を見つめながら、叫び続けることしかできなかった。

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