ヴァルキリー戦記【戦闘中行方不明になっていた父親が人型戦闘兵器になっていたので、元の姿に戻す為に戦い抜く】 作:尾松成也
コクピットから一階へ降り立つと、深い青に白髪混じった初老の男性が厳しい視線をこちらに向けてきた。周りにいたボディガードの制止を振り切り、革靴特有の足音を響かせながら、こちらに歩みを進めてくる。
「……この騒動は君の仕業か?」
俺は階級章と胸のネームタグを見て、ヒュッと息を呑んだ。
目の前にいる男性の名はアーノルド・シュヴェルトライテ。親友であるヘリオスの父親であり、宇宙連邦軍・ブラズニル支部の最高責任者。俺みたいな一般の学生では、そうそうお目にかかる事がない人物である。
(これは本格的にヤバイかもしれないぞ。俺、退学どころか、就職すらできなくなっちまったかも。良くて監獄行き。最悪、処刑されちまうかもしれねぇ……)
珍しく俺は後悔の念に駆られてしまっていた。
アーノルドの背後では、別の武装チームがこちらに銃口を向けている。下手な発言をしたら、蜂の巣にされてしまうかもしれない――。そう思って黙り込んでいると、隣にいたマリウス先生が助け舟を出してくれた。
「アーノルド・シュヴェルトライテ司令官。シンラ・イグニスの保護者である私が代わりにお答えいたします」
「イクシード少佐、今は君に尋ねてはいない。私は今、シンラ・イグニス学生に質問している最中だ。彼との話に割り込まないでもらいたい」
アーノルドは一瞥もくれず、冷徹な声を放った。
ここまでハッキリ言われてしまっては、軍の階級社会においてマリウス先生も流石に反論できない。
再び、鋭い青色の目が俺を射抜く。俺は緊張で視線を逸らせず、グッと奥歯を噛み締めながら覚悟を決めた。
「もう一度聞く。この騒動は君の仕業か?」
「はい、俺がやりました」
ここで言い訳をだらだら並べても印象が悪くなると思った俺は、簡潔に事実だけを答える。すると、先程の冷たい目から、今度は品定めをするような目付きに変わった。
「ここは主に軍の格納庫として使用されている重要な施設だ。現場を見ただけでも、被害総額は三億ドルを超えている。中央司令部から貸し出された試作機まで巻き込まれてしまったからな。どうして、狭い格納庫内でヴァルキリーを動かした?」
「それには、ちゃんと理由があります」
俺は司令官の背後で銃を構える軍人達を一瞥した後、「実は……」と意を決して言葉を紡いだ。
「背後にいる〝白いヴァルキリー〟が暴れていたので、急いで格納庫に駆けつけました。整備士さんが襲われそうになっていたので、助けに入ったのですが……。周りにいた大人達は誰も俺達を助けてくれませんでした」
俺の発言を聞いた軍人達が騒めき始めた。まるで、「ここにいる俺達はそんな事していないぞ!」と言いたげな動揺っぷりだ。だが、そんな空気感も司令官の厳しい一瞥で静まり返る。
「それでやむを得ず、〝グルヴェイグ〟を動かしたと?」
「はい。今はエネルギー切れを起こして停止していますが、暴走を食い止める最善の方法だったと信じております」
いいぞ、我ながら完璧な説明だ。というか事実だし、虚言も吐いていない。大人達が証言してくれなくても、俺には監視カメラという味方がいる。きっと大丈夫だ。
俺は身振り手振りを交えて訴え続けていると、司令官は暫く考え込んだ末に、フッ……と口角を上げた。その視線は、何故か俺の両腕に注がれている。
「その腕はシンラ・ヒビキと同じ痣だね」
「は、はい。父をご存知なのですか?」
まさか、ここで父さんの話題になると思わず、俺は目を丸くする。すると、司令官は「勿論だ」と懐かしそうに深く頷いた。
「彼は私の亡き息子、アレクシスと仲良くしてくれたんだ。一緒に飲んで酔い潰れた息子をよく自宅に送り届けに来てくれていたよ。息子から良い上司だと聞いていただけに、彼の訃報を聞いた時は残念だった」
「そうなんですか……」
そういえば……と、俺は幼い頃の事を思い出していた。
父さんが酔い潰れた部下を家に招いた事があり、その際にオエオエと嘔吐く青い髪の青年に母さんが心配そうな顔で『しじみ汁』を飲ませていた事を。もしかしたら、その青年がヘリオスの兄・アレクシスだったのかもしれない。
ここで司令官が空気を変える為なのか、軽く咳払いをした。
「すまない、話が逸れてしまった。君達にはこれから大事な話がある。執務室まで同行願おうか」
俺はマリウス先生と顔を見合わせた後、司令官とボディガードに挟まれる形で司令室へ向かった。
◇◇◇
「全く、お前達は!! どうしてあんな事をしでかしたのだ!? 万が一、このタイミングで宇宙船が襲われでもしたら、どう責任を取るつもりだったんだ!?」
執務室の扉が閉まった瞬間、激しい怒号が飛んできた。
先程の冷静で思慮深い司令官の姿はなく、親が子供を叱る時のように肌が真っ赤に染まっている。
ここまでこっぴどく叱られた経験がなかった俺は、執務室に入ってから俯きがちに説教を聞いていたのだった。
「特に少佐! 仮にも君はシンラ・イグニス学生の保護者だろう!? 考えなしに突っ走る若者を大人が止めなくてどうする!? 宇宙船の外がどれだけ危険か君が一番わかっているだろう!?」
「返す言葉もございません。ただ……」
マリウス先生は俺の方を見てから、真っ直ぐな眼差しを司令官に向けた。
「僕もイグニス君と同じく、シンラ・ヒビキの死を認めたくない人間の一人でした。そして今日、僕達は彼が生きている証拠をようやく見つける事ができました」
その発言を聞いた司令官は俄かに信じ難いという表情になった。「待ってくれ、少佐。まだ何も言うな……」と独り言を呟き、椅子から立ち上がって俺達に背を向ける。
司令官の両肩が微かに震えていた。表情が見えないせいで何を思っているか分からなかったが、何度目かの深呼吸の後、「その証拠はどこにある?」と背を向けたまま聞き返す。
「彼は今、〝グルヴェイグ〟の中で生きています」
静寂が執務室を支配した。
司令官はそんな話、あり得ないだろう――というような顔で振り返った。しかし、マリウス先生も予想通りの反応だと分かっていたのか、落ち着いたトーンで話を進める。
「僕が操縦する〝ヒルディスビー〟にもニコという少年が宿っています。同じく、シンラ・ヒビキも〝グルヴェイグ〟を依代にして十年もの間、たった一人で宇宙を彷徨っていたようです」
これまで数多くのトラブルを対処してきたであろう百戦錬磨の大人が、魚みたいに口をパクパクさせた後、「そんな馬鹿な話が……」と本音を漏らしていた。
俺は自分の願いを聞いてもらえる絶好のチャンスだと思い、大人二人の話に割って入った。
「司令官、お願いがあります! 〝グルヴェイグ〟を凍結させないで欲しいんです! 〝グルヴェイグ〟のパイロットとして正式に認めてくれたら、無茶な命令でも何でもやり遂げてみせます! だから……お願いします!!」
俺は勢いよく頭を下げた。司令官は何も言わなかったが、暫く経ってから執務机の上に重たい物を置いたのか、ゴトンという鈍い音が鳴る。
気になった俺は少しだけ顔を上げてみて、思わず「あっ……」と声を発してしまう。間違いない――あれは、〝グルヴェイグ〟のコクピットで発見したハンドガンだ。
「弾倉が全て使い果たされていた。撃ったのは君だね?」
「は、はい。敵に襲われて……。コクピットの中で撃っちゃいました……」
危ない事をした自覚があったので、思わず語尾が小さくなる。
コクピットの中で撃ったと知られたら、マリウス先生に叱られると思って、今まで言っていなかったのだ。そのせいで隣にいるマリウス先生の視線が痛い。
しかし、俺達の事なんか我関せず、司令官は懐かしそうに銃を握っていた。
「元々、この銃は私が所持していたものでね。アレクシスが入隊した時に、お守りとして譲った銃なんだ」
それを聞いた瞬間、歯切れが悪くなった父さんとの会話を思い出し、俺は神妙な表情で生唾を飲み込んだ。
「鑑識に回していた結果が返ってきてね。この銃には、アレクシスの指紋と君の指紋。そして――シンラ・ヒビキの指紋が残っていたよ」
俺は頭が真っ白になってしまった。