ヴァルキリー戦記【戦闘中行方不明になっていた父親が人型戦闘兵器になっていたので、元の姿に戻す為に戦い抜く】 作:尾松成也
「あ、そうだ。言い忘れてた事があった」
ピザパーティの後、中央格納庫へ向かっている道中、マリウス先生は急に立ち止まり、こちらを振り返った。
「僕達は普通の人ではなくなったからね。これからは力のコントロールの仕方を覚えなきゃだめだよ」
「力のコントロール?」
俺が聞き返すと、マリウス先生は鞄から未開封のスチール缶を手に持ち、いとも簡単に目の前で握り潰した。
それを見た俺とソフィアは驚いて固まってしまう。
「普通の人間はスチール缶なんて凹ませるくらいがやっとだけど、僕達〝適合者〟が軽く握っただけで、こうなっちゃうから。くれぐれも授業中で力を入れすぎないように」
空き缶をゴミ箱へ捨て、ソーダ水が滴り落ちた手を振りながら、にっこりと笑う。
俺とソフィアは「……はい」と頷くしかできなかった。
「君達はもう普通の身体じゃない。特にイグニス君、上級生に絡まれても殴り飛ばしちゃ駄目だからね」
「…………はい」
もう心当たりがありすぎて、マリウス先生の顔が見れなくなった。
◇◇◇
中央格納庫に入った後、マリウス先生はキャットウォーク上から整備士達に指示を出していた金髪に白髪が混じった男性に向かって声をかけた。
「ジャックさん、少しお時間よろしいですか?」
「おう、マリウスじゃねぇか! ん……もしかして、後ろにいるそいつらが例のガキ共か?」
「えぇ。シンラ・イグニス学生とソフィア・ロズヴァイセ学生です」
マリウス先生が紹介してくれた後、俺は両拳を強く握り締め、深々と頭を下げる。ソフィアも俺に倣って頭を軽く下げた。
「迷惑をかけてすいませんでしたっ!!」
「す、すいませんでした……」
ジャック・ホルツマンは俺達を見下ろしながら、無精髭が生えた所をボリボリと掻き始めた。ハァァ……と長い溜息を吐いた後、「顔を上げろ」と声をかけられる。
(この人が父さんとマリウス先生の機体を直々にメンテナンスしてくれてる人か……)
マリウス先生の話によると、ジャックの年齢は五十代後半らしいが、実年齢よりも若々しく見えた。整備士らしいオイルが付着した作業着に汗ばんだ肌を見るに、作業を一旦中断して来てくれたようだ。
そんなジャックは険しい顔で腕を組み、俺達を見下ろしているが、その視線は主にソフィアに向けられているようだった。
「シンラ・イグニス、お前には礼を言わなきゃならねぇ。部下を救ってくれて感謝するぜ」
どうやら、ヴァルキリーが格納庫で暴れた時に声をかけた整備士達の事を言っているらしい。職人らしい、ぶっきらぼうな言い方だったが、ジャックなりの感謝の表明のようだった。
「いえ、俺は何も——ッ!?」
ジャックは大きく息を吸った直後、大きな拳を振り上げた。ゴツン、と鈍い音が格納庫内に響く。なんと、隣にいたソフィアに思いっきり拳骨を落としたのだ。
(うわっ、痛そう……)
よく見てみると、俺よりも何倍も大きな手だった。あんなのが脳天に落とされたら、痛みで悶絶するに決まってる。
「っ……」
しかし、ソフィアは悲鳴一つ発する事なく、拳を握りしめたまま黙り込んでいた。
「これで整備チームからのお咎めはなしだ。お前がここに来た経緯はマリウスと司令官から聞いた。だけどな、俺の部下達に危害が及んだってなると話は別だ。女だからって容赦はしないぜ」
「…………はい、すみませんでした」
謝罪の言葉を口にしながら、ソフィアは顔を上げた。
痛がる素振りも見せず、涙目にすらなっていないのを見た俺は心の内で、すげぇな、コイツ……と感心していたのだった。
「お前も大変だな、マリウス。こんなやんちゃなガキ共の保護者になるだなんてよ」
「やんちゃなのはイグニス君で慣れてますから、問題児が一人くらい増えても問題ないですよ。ところで、僕達のヴァルキリーは今どこに?」
ジャックは奥の格納庫に視線を向け、「その二機なら、お前さんのヴァルキリーと一緒の区画にいるぜ」と言った直後、ソフィアは急に走り出していった。
「おい、コラッ! 人の話は最後まで聞け! その二機はまだ整備中だから、遠目から見る事しかできねぇぞ!」
俺はジャックさんの静止を無視して走るソフィアの後を追いかけた。
「ソフィアッ、ちょっと待てって!」
ソフィアはそれどころではないらしく、キャットウォークを真っ直ぐに走っていく。暫くすると、いろんな線に繋がれて整備されている〝グルヴェイグ〟と〝白いヴァルキリー〟が見えてきた。
それを見たソフィアが「お姉ちゃん!」と悲鳴に似た声をあげた。
やっと追いついた俺が息を切らしながら、ソフィアに声をかけようとする。しかし、いつも強気なソフィアが辛そうな横顔になっていたので、一瞬、声を掛けても良いのか迷ってしまった。
「……イグニス君には分からないでしょうね。自分の身近な存在が側にいないだなんて」
「いや、俺も辛いよ」
自分でも、すんなりと弱音を口にした事に驚きつつ、俺は気まずそうに頭を掻いた。〝白いヴァルキリー〟の隣で整備中の〝グルヴェイグ〟に視線を向けながら、「五歳くらいの時かな……」と話を切り出す。
「父さんが行方不明になったんだ。父さんは仕事に行く時は必ず、『絶対にお前の元に戻ってくる』って約束してくれてたんだけど、十年後に〝グルヴェイグ〟の姿になって帰ってきてくれた」
俺の発言にソフィアは驚いたように目を丸くしたのだった。
「どんな姿であれ、父さんが帰って来てくれて嬉しかった。けど、やっぱりさ。生身で側にいてくれる方がいいよな」
「そうね。寝る前に今日あった事とか、いろんな話をしながら寝たいもの」
ソフィアの発言に俺は深く頷き、「あっ」と声を漏らす。
「今思ったんだけどさ! 俺達って意外と共通点多いと思わないか!?」
「……例えば?」
「この状況もそうじゃん! 家族がヴァルキリーになっちまってるし、親がいないだろ? 極め付けはヴァルキリーの操縦が上手いことだ!」
得意気に発言をした俺を見て、ソフィアは「ふぅん」と素っ気なく返事をしたが、頬が少しだけ桃色に染まっているのを見逃さなかった。
◇◇◇
暫く、俺達はキャットウォークの手すりにもたれ掛かっていた。整備中のヴァルキリーを見つめながら、「ソフィアはさ……」と話を切り出す。
「地球に巣食う人喰い機械を駆逐したいって願いがあるって言ってたけど、俺は父さんの身体を奪った奴を見つけ出したいんだよね」
「お父さんの身体を奪った……? それって、ヴァルキリーが意図的に人の身体を奪ったって事?」
俺の事情を知ったソフィアが驚いたように目を見開いた。
「厳密に言うと、〝グルヴェイグ〟には元々、機械生命体が宿ってたみたいなんだよね。まだ分かんねぇ事がたくさんあるけど、俺は父さんの身体を奪った奴を見つけ出したいんだ」
俺の目標を聞いたソフィアは〝白いヴァルキリー〟に視線を向け、「もしかしたら……」と心ここに在らずの様子で胸の内を吐露し始めた。
「お姉ちゃんも同じような状況だったかもしれない」
「えっ、そうなのか!?」
「聞いてみなきゃ分からないけど、私が大怪我をして目覚めた時、お姉ちゃんはヴァルキリーの姿に変わってたの。もしかしたら、何かヒントをもらえるかもしれない」
その言葉に俺は期待で胸が膨らみ始めるが、今度はソフィアの方が冷静だった。
「でも……あの状況じゃ、コクピットには当分入れそうにないわね」
整備士達はヴァルキリーの表面の装甲を剥がしてメンテナンスを行っていた。コクピットの中に整備士が出入りしているのが見える。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないので、俺も「そうだな……」と言うしかなかった。
「せめて、父さん達の意識をヴァルキリー以外に移せたらいいんだけど。そしたら、一緒に生活できると思わないか?」
「なかなか良いアイデアだと思うけど、ヴァルキリーの複雑なシステムを別の機械に接続するとなると、私達だけで解決できる問題じゃなさそうよ」
二人で唸りながら考えてみたが、現時点では良いアイデアは思い付かなかった。
「じゃあ、メカニックに詳しい後輩がいるからさ! そいつに聞いてみようぜ! 何か分かるかもしれねぇ!」
俺の提案にソフィアは頷き、家に帰ってからもアイデアを出し合おうという事になった。