鉄が鳴っていた。
夜の森には似合わない、重い音だった。
鎧の継ぎ目が擦れる音。盾の縁がぶつかる音。鎖を引きずる音。
攻略組の一角を担う大規模クラン《連盟》。
その所属ギルドの一つ、《鉄鳴》。
街の秩序を守るための武装ギルド。
そう名乗る彼らが今夜囲んでいるのは、モンスターではない。
黒い外套に身を包み、背丈ほどもある大鎌を背負った、一人のプレイヤー。
月明かりの届かない木々の隙間に立つその姿は、人よりも先に“死神”という言葉を連想させた。
「レッドPL、蒼星」
盾列の奥から、硬い声が響く。
「連盟管理区域内における殺人行為、物資略奪、PKギルドへの情報漏洩。その罪により、貴様を略式にて処罰する」
蒼星は答えない。
ただ、外套の陰でわずかに首を傾げただけだった。
情報漏洩。
よくもまあ、そこまで白々しく言えたものだ。
攻略組の情報をPKギルドへ流し、補給線を食い荒らさせ、攻略を遅らせていたのはどこの誰だったか。
その証拠を掴んだからこそ、今こうして囲まれている。
なら──もはや話す意味もない。
「投降しろ」
盾列の奥から、もう一度声が響いた。
「武装を解除し、所持品をすべて提出しろ。抵抗しなければ、命までは取らん」
命までは。その言い回しに、蒼星は小さくため息を吐く。
「殺す気はない」とは、よく言ったものだ。完全武装で囲み、殺気立っている。隊列の並び、槍の角度、鎖の配置。そのどれもが、捕縛だけでは済まさないと告げていた。
「私対策か……」
ようやく、蒼星が口を開いた。声は静かだった。夜の森に溶けるほど低く、けれど盾列の全員に届く。
「随分と暇な人が多いんだね、治安維持の騎士様ってのは」
「減らず口を」
盾列の奥から、一人の男が前へ出る。黒鉄の鎧。肩に刻まれた《鉄鳴》の紋章。片手には大盾、もう片手には短く太い槍。鉄鳴のギルドマスター、クロガネ。
「貴様のようなレッドPLを放置するほど、我々は甘くない」
「放置できないのは、私がレッドだから?」
蒼星は首を傾ける。
「それとも、私が見つけちゃったから?」
男の目が、わずかに細くなった。それだけで十分だった。蒼星は笑わない。ただ、外套の下で右手を鎌の柄へ滑らせる。
「当たりか」
蒼星の呟きに、クロガネの眉がわずかに動いた。それを見た瞬間、蒼星は内心で確信する。
やはり、ただのレッドPL狩りではない。鉄鳴は、自分が何を掴んだのか知っている。
「……戯言を」
クロガネは低く吐き捨てた。
「レッドPLの妄言に付き合うつもりはない。お前は人を殺し、物資を奪い、攻略組の情報をPKギルドへ流した。その事実だけで十分だ」
「その事実、ね」
蒼星は大鎌の柄を指で叩いた。こつん、と乾いた音が鳴る。
「補給隊の移動予定。前線攻略班の遠征日。回復職の護衛人数。未公開の攻略ルート。そういうのをPKギルドに流してたのは、どこの誰だったかな」
盾列の空気が、わずかに揺れた。一部に動揺が走る。まるで、聞いていた話が違うと言いたげに。前衛の何人かが、互いに視線を交わす。知らない者もいる。知っていて黙っている者もいる。
どちらにせよ、反応はあった。蒼星には、それだけで十分だった。
「なるほど」
「何がだ」
「鉄鳴全員が錆びてるわけじゃないんだね」
クロガネの顔から、感情が消えた。
「口を閉じろ」
「嫌だね」
蒼星は肩をすくめる。
「攻略を遅らせた。物資を流した。死んだPLの装備を売った。ついでに、それを見つけたレッドPLに罪を被せる」
そこで、ようやく蒼星は薄く笑った。
「治安維持って、ずいぶん儲かるんだ」
「黙れと言った」
クロガネの槍が、地面を叩いた。瞬間、森の中に金属音が広がる。
かん、かん、かん、と。木々の根元に打ち込まれていた小さな杭が、連鎖するように震えた。
蒼星の目が細くなる。
鳴子杭。
ただの警戒装置ではない。地面の振動を拾い、足運びを読むための索敵具。幻影で姿を増やしても、実体の重みまでは誤魔化せない。
「へえ」
感心したように、蒼星は呟いた。
「目で追うのを諦めたんだ」
「魔法部隊は対象をロックオンするな。視覚情報に頼るな。座標で追え。振動を拾え。赤色反応は囮と思え」
「了解」
「対象、正面二十」
「右上方、枝上に反応」
「左側に幻影三」
蒼星は外套の陰で目を伏せた。対策済み。それも、かなり丁寧に。
自分の幻影魔法、認識阻害、死糸、夜間戦闘。その全てを前提に、鉄鳴は陣を組んでいる。
「本当に、私用なんだ」
「貴様は危険だからな」
「違うでしょ」
蒼星の右手が、鎌の柄を滑る。
「私が邪魔なんでしょ」
次の瞬間、黒い外套がぶれた。
一人だった蒼星が、三人に増える。三人が五人に、五人が七人に。木々の影の中に、黒い死神が散った。
だが、鉄鳴の盾列は崩れない。
「幻影を追うな!」
クロガネの声が飛ぶ。
「杭の反応だけを見ろ!」
槍が突き出された。
一本目は幻影を貫く。二本目も空を切る。三本目だけが、蒼星の外套の端を掠めた。
布が裂ける。だが、それだけだった。
「惜しい」
声は、槍兵の背後から聞こえた。槍兵が振り返るより早く、蒼星の右指から死糸が伸びる。
細く、黒く、月明かりすら拾わない糸。それが槍兵の足首に絡み、次の瞬間、鎧ごと身体を引き倒した。
「ぐっ──!」
槍兵が地面に叩きつけられる。殺してはいない。骨も砕いていない。ただ、無力化しただけ。
「一名転倒!」
「死亡確認なし!」
「怯むな、対象は殺傷を避けている!」
蒼星の眉が、わずかに動く。そこまで読まれている。
鉄鳴の兵たちが距離を詰めた。盾を前に、槍を後ろに。左右からは鎖。頭上からは投網。
捕縛陣形。
けれど、そこに混じる殺気は隠しきれていない。
「殺さないと分かれば押せる、か」
蒼星は低く呟いた。
「嫌な学習するね」
大鎌が回る。刃ではなく、柄が盾を打つ。重装兵の手首を叩き、槍の軌道をずらし、鎖を巻き取る。殺すのは簡単だった。首を落とせばいい。関節を裂けばいい。死糸を鎧の隙間に通して、腱を切ればいい。
だが、それをすれば鉄鳴の思う壺だ。
レッドPL蒼星が、連盟所属ギルドを襲撃。攻略組の一角に敵対。PKギルドへの情報漏洩を隠すために口封じを行った。そう喧伝される。
自分の言葉など、誰も信じない。レッドPLの証言に、価値はない。
「面倒」
蒼星は右手を振った。死糸が三本走る。
盾兵の膝裏、槍兵の肘、鎖使いの指。急所を外し、動きだけを奪う。
三人が同時に崩れた。その瞬間、蒼星の右指に痺れが走る。
「……?」
死糸の一本が、途中で鈍った。糸に絡んでいるのは、鉄粉。魔力の流れを阻害する、細かな金属粉が空中に撒かれていた。
「チャフ……糸対策までしてるんだ」
蒼星の声から、笑みが消える。クロガネが盾の奥で告げた。
「貴様は大鎌だけではない。糸、幻影、認識阻害、立体機動。その全てを封じる必要がある」
「よく調べたね」
「調べる価値はあった」
盾列が左右に割れる。その奥から、二人の重装兵が進み出た。
手にしているのは、巨大な斧。木を伐るためのものではない。重装甲を割り、盾ごと肉を断つための重武装。
だが、蒼星が目を細めたのは刃の重さではなかった。刃の根元に刻まれた黒い術式。傷を塞がせないためのものではない。死んだ後、戻らせないためのものだ。
「それ、殺すための武器じゃないね」
クロガネは答えない。
「殺した後に戻さないための武器だ」
やはり、答えない。
蒼星は小さく息を吐いた。
「そっか。鉄鳴だけの判断か」
その声には、怒りよりも納得の色が強かった。連盟全体が腐っているわけではない。少なくとも、この場でPL相手に蘇生阻害のエンチャントを持ち出し、自分を処理しようとしているのは鉄鳴の独断だ。なら、ここで彼らを殺せば、それは鉄鳴ではなく、連盟への攻撃として扱われる。
「何を納得している」
クロガネが低く問う。蒼星は答えず、大鎌の柄を握り直した。指先にはまだ痺れが残っている。チャフに死糸の魔力伝達を乱され、幻影は鳴子杭で実体を拾われ、認識阻害は名縛杭で剥がされる。大鎌を振れば盾で受けられ、上に逃げれば投網、下に抜ければ鎖。ひとつひとつなら対処できる。けれど、それが重なれば、逃げ場は少しずつ削られていく。
「殺すな」
クロガネが命じた。
「だが、逃がすな」
言葉だけなら、まだ捕縛に聞こえた。だが盾列は狭まり、槍の穂先は脚ではなく胴へ向き、魔法部隊の照準は退路ではなく蒼星の身体そのものを捉えている。殺すなと言いながら、殺しても構わない位置へ攻撃を置いている。蒼星はそれを見て、薄く笑った。
「命までは取らないんじゃなかったの?」
「抵抗するなら話は別だ」
「便利な理屈」
蒼星が地を蹴った。黒い外套が揺れ、同時に七つの幻影が木々の間へ散る。鉄鳴は動揺しない。鳴子杭が実体の足運びだけを拾い、魔法部隊が座標を読み上げる。蒼星は槍を避け、鎖を弾き、投網を大鎌の柄で巻き取って盾兵へ叩き返す。殺してはいない。首も、腱も、心臓も外している。だがその分だけ、動作にほんのわずかな遠回りが混じる。
その遠回りを、鉄鳴は待っていた。
横合いから投げ込まれた槍が、蒼星の脇腹を抉った。避けたはずだった。けれど足元の鎖が一拍だけ動きを鈍らせた。HPバーが大きく削れ、傷口に黒いエフェクトが走る。回復阻害。出血。魔力の濁り。蒼星は歯を食いしばり、槍兵を鎌の柄で打ち倒す。
「吸収を確認。回復阻害陣、起動」
後衛の声と同時に、地面へ打ち込まれた杭が赤黒く光った。
「そこまで調べてるんだ」
「貴様を仕留めるためだ」
「治安維持の台詞じゃないね、それ」
蒼星は笑おうとしたが、うまく笑えなかった。次の瞬間、背後から衝撃魔法が飛ぶ。蒼星は枝を蹴って避ける。着地先には鳴子杭。体重をかけた瞬間、杭が鳴り、位置が露呈する。槍が来る。鎖が来る。斧が来る。蒼星は避け、弾き、流し、落とす。それでも一撃が肩を裂き、二撃目が太腿を抉り、三撃目の盾撃が背中へ入った。
HPが赤く染まる。
「一つ」
クロガネが数えた。
蒼星の目が、初めて鋭くクロガネを射抜く。
「数えてるんだ」
「当然だ。貴様の生存手段を潰すために準備した」
そこから先は、戦闘ではなく消耗だった。蒼星が一人倒せば、盾兵が穴を塞ぐ。幻影を撒けば、鳴子杭が実体を拾う。死糸を伸ばせば、チャフで糸の動きを鈍らせる。上へ逃げれば投網が降り、下へ抜ければ鳴子杭が。蒼星は殺さない。鉄鳴は殺す手前まで削る。その差が、少しずつ、少しずつ蒼星の余裕を奪っていった。
二つ目のストックは、投槍で砕けた。足元の鎖にほんの一瞬だけ動きを奪われ、腹を貫かれた。普通なら終わっていた一撃を、
「二つ」
クロガネの声が続く。
三つ目は、蘇生阻害の刻まれた斧だった。大鎌で受け流したはずの一撃が、チャフで鈍った死糸の補助を失い、肩口を裂く。蒼星は反射的に斧兵の首へ糸を走らせかけ、寸前で軌道を外した。首ではなく兜の留め具を裂く。殺さないための一瞬。その遅れが、横合いからの槍を許した。
胸を貫かれた。
空だった。
「三つ。終わりだな」
クロガネが言う。
蒼星は息を吐いた。喉の奥が血の味を覚える。視界の端が赤い。逃げ札は削られた。
「終わりって決めるの、早くない?」
「なら、試すまでだ」
クロガネが槍を投げた。速い。蒼星は避けようとした。だが、足が動かない。いつの間にか足首に絡んだ鎖が、地面へ縫い止められていた。槍は心臓を外れた。けれど腹を貫き、HPを限界の向こうへ叩き落とす。
視界が赤く染まる。
その瞬間、蒼星の中で何かが弾けた。
———スキル発動:《悪運》
死ぬはずだった一撃を、HP1で耐える。身体が沈むより先に、足が勝手に動いた。
———特殊状態:《死に損ない》
十秒だけの猶予。回避率と移動速度が跳ね上がり、敵からのヘイトが薄れる。逃げるためだけの、最後の運。
「食いしばり発動!」
鉄鳴の誰かが叫ぶ。
「追うな。囲め。持続は短い」
クロガネの声が重なった。知られている。
九秒。投網を避ける。八秒。盾兵の横を抜ける。七秒。鳴子杭が鳴る。六秒。死糸を伸ばすが、チャフで鈍る。五秒。森の切れ目が見えた。湿った風と、轟く水音。四秒。蒼星は崖際へ出る。足元の下には、白く泡立つ川があった。流れは速い。落ちれば、どこまで流されるか分からない。
三秒。背後からクロガネが迫る。
二秒。蒼星は外套の内側から、黒い結晶を取り出した。記録媒体とは別に持っていた、認識偽装用のデコイ結晶。普段なら幻影の核として使う消耗品だ。蒼星はそこへ自分の魔力反応、カーソル情報、名前認識の残滓を乱暴に流し込む。自分を隠すためではない。自分が死んだように見せるために。
一秒。
《悪運》の加速が切れた。
その瞬間、クロガネの斧が蒼星の背を狙った。殺すための一撃だった。肩口から胸を割り、心臓まで断つ角度。捕縛でも処罰でもない。ただの処刑。
そして、その刃には再生阻害のエンチャントが刻まれていた。
肉体の復元を乱し、再生時の肉体情報を欠落させるレッドPL御用達のエンチャント。デスゲームになった今、それはただの対人武装ではない。戻るはずのものを、戻らなくするための呪いだ。
蒼星は振り向かず、右腕を跳ね上げた。
避けるだけなら、まだできたかもしれない。だが、左手にはデコイ結晶がある。背後には崖。足場は崩れかけている。ここで結晶の起動に失敗すれば、鉄鳴は追跡を続ける。ここで殺せば、鉄鳴の筋書きに乗る。なら、残せるものを残して、捨てられるものを捨てるしかない。
刃が、右肩を裂いた。
骨ごと持っていかれる感覚があった。音は遅れて来る。右腕が宙に舞い、そこへ蒼星が投げたデコイ結晶が絡むように砕けた。結晶は右腕の肉体反応を拾い、蒼星の魔力反応とカーソル情報を重ね、血の代わりに赤黒い光を散らす。
再生阻害の黒いエフェクトが、切断された右腕へ深く食い込んだ。
蒼星は理解する。
ああ。これは、戻らない。
「取った」
誰かがそう呟いた。
けれど、その声が終わるより早く、蒼星の身体は崖の縁を越えていた。黒い外套が夜に落ちる。切り飛ばされた右腕は、砕けたデコイ結晶と絡むように宙を舞い、崖際の土を赤黒く照らした。結晶は蒼星の魔力反応とカーソル情報を拾い、右腕に残った肉体反応へ無理やり重ねていく。
激しい水音が、森を揺らした。
流れの速い川が、蒼星の姿を呑み込む。黒い外套も、赤いカーソルも、白い飛沫の向こうへ消えた。同時に、崖際に残された右腕とデコイ結晶から、蒼星の反応が強く跳ね上がる。
「対象反応、水中へ落下!」
「カーソルが乱れています!」
「生体反応、下流へ流出!」
鉄鳴の兵たちが崖際へ駆け寄る。だが、眼下の川は暗く、速い。岩にぶつかった水が白く砕け、落ちたものを呑み込んだまま、容赦なく下流へ押し流していく。
その時、崖際に転がった右腕が、びくりと震えた。
大鎌を握っていた腕。死糸を操っていた指。鉄鳴が殺そうとした相手の、確かな一部。だが、それも長くは残らなかった。切断面から赤黒い光が漏れ、輪郭が崩れていく。再生阻害の術式に焼かれた肉体情報が、通常の欠損処理とも死亡処理とも違う歪なノイズを吐き出しながら、細かなポリゴン片へ変わっていった。
「回収を──」
兵の一人が手を伸ばす。
その指先が触れるより早く、蒼星の右腕は砕けた。光の粒が夜気に散り、黒い結晶片だけが地面に残る。同時に、崖下から跳ね上がっていた蒼星の反応も、川の流れに引き裂かれるように乱れた。
「反応、消失!」
「カーソル確認不能!」
「魔力反応、下流でロスト!」
報告の声には、わずかな安堵が混じっていた。
あの高さから落ちた。HPはすでに限界だった。
生きているはずがない。
そう考える方が、自然だった。
「死亡ログは」
クロガネが問う。
「出ていません。ただ、反応は完全に途絶しています。落下地点から下流にかけても、索敵に反応なし。生存反応もありません」
「川下は」
「流れが速すぎます。今から追っても、死体が流された可能性が高いかと」
別の兵が、砕けた黒い結晶片を拾い上げる。指先で触れた瞬間、結晶片はぱきりと小さく割れ、赤黒いノイズだけを残して沈黙した。
「デコイ……ですか?」
「だろうな」
クロガネは崖下を見下ろしたまま答えた。
「自分の反応を右腕に移した。川に落ちた本体の反応を沈めるために」
「では、逃げたと?」
「普通なら死んでいる」
クロガネの声は低い。
「だが、相手は蒼星だ」
その一言で、周囲の空気が重くなる。誰も言い返せなかった。殺したと思いたい。あの状態で生きているはずがないと納得したい。けれど、目の前で右腕と結晶片を使って反応を偽装された以上、確信だけは持てなかった。
クロガネは、崖際に残ったポリゴンの残光を見下ろした。蒼星の右腕はもうない。証拠として持ち帰ることもできない。残ったのは砕けた結晶片と、索敵記録に刻まれた不完全なロスト反応だけ。
「結晶片を回収しろ。下流に追跡班を出せ。周辺の索敵も続けろ」
「しかし、反応は消えています」
「だからだ」
クロガネは吐き捨てる。
「蒼星は、そういうことをする」
鉄が、また鳴った。けれどその音は、先ほどまでのように揃ってはいなかった。隊列は崩れ、足音には迷いが混じっている。
殺したのか。
逃がしたのか。
それとも、死んだことにされたのは自分たちの方なのか。
川は何も答えなかった。
ただ、蒼星の名だけが、夜の中から消えていた。