Nocturne Reaper   作:Spica@お星

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塩宮の前には、何枚もの報告書が並んでいた。

 

商工会から届いたもの。中小ギルドからの陳情。自分が子飼いにしている連合から上がってきた調査記録。その中に、連盟主導の抗議文が紛れていた。

 

塩宮は、それを最後に手に取った。

 

《闇鍋の宴》ギルドマスター、塩宮へ。

 

連盟は、貴ギルドに所属していたレッドPL《蒼星》について、故意に殺人を繰り返した重大危険PLであり、秩序維持の観点から即時拘束を要する対象であると判断した。

 

《蒼星》はこれまで、複数のPLに対する殺害行為を行い、なおかつ今回の《鉄鳴》関連施設における襲撃事件においても、幹部級PLを含む複数名の死亡に関与した疑いが極めて濃厚である。

 

よって連盟は、《闇鍋の宴》に対し、《蒼星》の身柄、またはその所在に関する情報を、即時かつ無条件で引き渡すことを命じる。

 

貴ギルドがこれに応じず、《蒼星》を庇護、隠匿、逃走支援、または情報秘匿したと判断される場合、連盟は貴ギルドを危険PL支援組織と見なし、攻略会議において正式な処分決議を採る。

 

処分内容には、《闇鍋の宴》の解体要求、所属PLへの査問、ギルド資産の凍結、連盟管轄区域への立ち入り制限、および関連ギルド・支援者への調査が含まれる。

 

これは警告ではない。

 

連盟秩序を維持するための正式な通達である。

 

貴ギルドは、受領後ただちに回答せよ。

 

塩宮は、最後の一文まで読み終えてから、しばらく何も言わなかった。

 

貴ギルドが秩序ある攻略組の一員であることを自認するならば、速やかに連盟の決定に従うべきである。

 

そこに押された連盟の印を、塩宮は静かに見下ろす。

 

命令の形をした要求。協力という言葉を使わない脅迫。裁定ではなく、既に結論が決まっている処分通達。蒼星の所在を知らないことさえ協力拒否と見なすという一文に至っては、もはや調査でも何でもなかった。

 

「……ずいぶん、大きく出ましたね」

 

塩宮は、そう呟いて通達を机の上へ置いた。

 

こちらが蒼星を匿っている証拠はない。蒼星の所在を把握している証拠もない。そもそも、生きているのか死んでいるのかさえ、まだ確定していない。

 

それでも、連盟は身柄を引き渡せと言う。所在不明を理由にした協力拒否も、敵対行為と見なすと言う。なら、彼らに必要なのは事実ではないのだろう。

 

必要なのは、闇鍋の宴が蒼星を庇っているという形。連盟の命令に従わない危険なギルドという形。

 

塩宮は、机に並んだ報告書へ視線を移した。

 

商工会から届いたもの。中小ギルドからの陳情。自分が子飼いにしている連合から上がってきた調査記録。そのどれもが、連盟の通達とは別の方向を指している。

 

鉄鳴の報告には改竄の跡がある。

 

押収品がブラックマーケットへ流れている可能性がある。

 

鉄鳴の幹部の死には不自然な点が多い。

 

それなのに連盟は、それを精査するより先に、蒼星の身柄を求めてきた。

 

「順番が逆ですね」

 

塩宮は静かに言った。

 

調べる前に犯人を決めている。疑う前に処分を決めている。話し合う前に解体をちらつかせている。ただ、都合の悪いものを自分たちにとって都合のいい綺麗な言葉の中に隠して、関係者ごと黙らせるための整理だ。

 

塩宮は、連盟の印を見下ろした。

かつては重い印だった。

 

攻略のために、前線を維持するために、ギルド同士の争いを抑えるために、必要とされた印だった。綺麗な組織ではない。正しいだけの組織でもない。それでも、あの印には一定の意味があった。

 

だが、今この通達に押された印は、ひどく軽い。

 

秩序という言葉で脅しているだけだ。裁定という形式を使って、結論を押しつけているだけだ。連盟の名を掲げてはいるが、その中身は調停ではなく、服従の要求だった。

 

塩宮は通達を机の上へ置く。

 

紙一枚。

 

たったそれだけのものが、ギルドを潰し、人を縛り、誰かの罪を確定させる。連盟という器には、もともとそれだけの力があった。だからこそ、慎重でなければならなかった。だからこそ、疑わなければならなかった。だからこそ、誰か一人に罪を積む時には、その重さを理解していなければならなかった。

 

けれど、今の連盟はそれを忘れている。あるいは、忘れたふりをしている。

 

「……従う理由がありませんね」

 

塩宮は目を伏せた。

 

怒りはある。

 

蒼星に積まれようとしている罪への怒り。鉄鳴が自分たちの不始末を、赤いカーソルの名の下に沈めようとしていることへの怒り。そして連盟が、それを止めるどころか、通達という形で後押ししていることへの怒り。

 

けれど、怒りだけでは足りない。怒りは火になる。火はよく燃える。だが、燃え広がれば、守るべきものまで焼く。必要なのは、灯だった。誰を敵とし、誰を守り、どこで止まるのかを見失わないための灯。

 

塩宮は、連盟の通達の上に手を置いた。

 

「なら、こちらも返答しましょう」

 

蒼星の所在は不明。

 

身柄の引き渡しは不可能。

 

鉄鳴の報告書には複数の矛盾があり、連盟による再調査を要求する。

 

そして、《闇鍋の宴》は、根拠なき解体要求には応じない。

 

それが、こちらの答えだった。

 

コンコン、と控えめなノックの音がした。

 

塩宮は連盟の通達に置いていた手を離し、扉へ視線を向ける。

 

「どうぞ」

 

扉が開く。

 

入ってきたのは、二又の尾と白い毛並みを持つケットシーの少女、恋葉だった。その後ろから、青いツインテールを揺らす人魚の少女、渚沙が続く。

 

恋葉はいつものように軽く笑おうとして、けれど失敗したような顔をしていた。渚沙もまた、普段よりずっと表情が硬い。

 

塩宮は二人を見て、静かに名前を呼んだ。

 

「彩音さん。渚沙さん」

「しおやん」

 

恋葉は、机の上に並ぶ報告書を見た。

 

「闇鍋の宴、なくなるの?」

 

恋葉の声は、思っていたより小さかった。怒っているというより、怖がっている声だった。二又の尾が落ち着かないように揺れて、白い耳が少しだけ伏せられている。渚沙はその隣で黙っていたが、青いツインテールの先がわずかに揺れていた。

 

塩宮は、すぐには答えなかった。机の上には、連盟の通達がある。

 

《闇鍋の宴》の解体要求。所属PLへの査問。資産凍結。関係者への調査。高圧的な文面で並べられた言葉は、どれもただの脅しではなかった。連盟が本気で会議にかければ、闇鍋の宴という名前は消されるかもしれない。

 

けれど、それは連盟が勝手に決めることではない。少なくとも、塩宮はそう思っていた。

 

「なくしません」

 

塩宮は静かに言った。恋葉が顔を上げる。

 

「本当?」

「はい。少なくとも、連盟の都合で消されることはありません」

「でも、これ」

 

恋葉は机の上の通達を見る。

 

「解体って、書いてあるんでしょ」

「書いてあります」

「じゃあ」

「だからといって、従う理由にはなりません」

 

塩宮の声は穏やかだった。

 

けれど、その言葉は柔らかいだけではなかった。机の上に並んだ報告書と通達の重さをすべて見たうえで、それでも引かない者の声だった。

 

「連盟が正しく裁定を行い、こちらに明確な責任があると証明したなら、話は別です。ですが、今あるのは証明ではありません。命令です。調査ではなく、結論です。」

 

黙っていた渚沙が口を開いた。

 

「でもでも、蒼星さんが悪いことしたって書いてますよ……」

 

渚沙の声は小さかった。

 

責めているわけではない。疑っているわけでもない。ただ、目の前に置かれた連盟の通達があまりにも強い言葉で書かれているから、その重さに押されてしまったのだろう。連盟の印がある。正式な文面がある。危険PL、罪人、解体。そういう言葉が並んでいれば、たとえ信じたくなくても、胸のどこかに不安が入り込む。

 

恋葉が渚沙を見る。

 

「なぎささん」

「分かってます。私も、蒼星さんが全部やったなんて思ってません。でも、こうやって書かれてしまうと、他の人たちは信じてしまいます。連盟がそう言うなら、そうなんだって」

 

渚沙は青いツインテールを揺らし、机の上の通達へ視線を落とした。

 

「蒼星さんは、めちゃめちゃ怖い人です。いろんな意味で……良くない噂も多いです。だから、余計に」

「だから、余計に信じられてしまう」

 

塩宮が静かに言った。渚沙は小さく頷いた。

 

「はい。蒼星さんを知らない人なら、連盟の通達を見て納得してしまうと思います。赤いし、強いし、怖いし、死神って呼ばれてますし……それに、実際に人を殺してきた人でもありますから」

 

恋葉の耳が、ぴくりと動いた。

 

「なぎささん」

 

「分かってます。私も、蒼星さんが全部やったなんて思ってません。でも、そう思っていない私でも、この通達の書き方は怖いです。読んだ人に、疑う余地をなくさせる書き方です」

 

渚沙は、机の上の紙を見つめたまま続けた。

 

「蒼星さんなら、やるかもしれない。蒼星さんなら、できるかもしれない。蒼星さんなら、そういうことをしてもおかしくない。そう思わせるために書かれている気がします」

 

塩宮は頷いた。

 

「その通りです」

 

声は静かだった。

 

「この通達は、蒼星さんの罪を証明しているのではありません。蒼星さんなら罪を犯しても不自然ではない、と思わせているだけです」

 

塩宮は通達の一文を指でなぞった。

 

「レッドPL。重大危険PL。故意に殺人を繰り返した大罪人。そういった言葉を先に並べれば、読む者はその後に続く内容を疑いにくくなります。鉄鳴幹部の死も、内部の不始末も、蒼星さんという名前の隣に置くだけで、まるで最初から繋がっていたように見える」

 

恋葉が、ぎゅっと拳を握った。

 

「それ、ずるいよ」

「ずるいですね」

 

塩宮は否定しなかった。

 

「そして、効果的です」

 

部屋の空気が、少しだけ冷えた。

塩宮は続ける。

 

「だからこそ、私たちは感情ではなく、積み上げられるものを積み上げます」

 

塩宮は静かに言った。

 

「蒼星さんはそんなことをしない。そう言いたい気持ちはあります。ですが、それだけでは通りません。連盟の通達に押された印は重い。蒼星さんを知らない者たちにとっては、私たちの信頼より、あちらの文書の方が強く見えるでしょう」

 

塩宮は机の上に並ぶ報告書へ視線を落とした。

 

「なら、こちらも示すしかありません。鉄鳴の報告が、どこで歪んでいるのか。蒼星さんがそこにいたとするには、どこに無理があるのか。幹部たちの死に、蒼星さんが本当に関わっているのか」

 

恋葉の二又の尾が、ぴたりと止まった。

 

「それを、しおやんたちが調べてるの?」

「はい」

 

塩宮は頷いた。

 

「安心してください。皆の帰る場所を、簡単には潰させません。《不落城》の二つ名は伊達ではありません」

 

恋葉と渚沙は、同時に塩宮を見た。

 

《不落城》。

 

それは塩宮につけられた二つ名だった。

 

前に出て敵を斬る者ではない。圧倒的な火力で戦場を壊す者でもない。けれど、守ると決めた場所を崩させない。崩れかけた戦線を繋ぎ、散りかけた味方を引き戻し、どれほど不利な状況でも最後の一点だけは落とさない。

 

だから、不落城。

 

塩宮は、机の上の連盟通達を静かに裏返した。

 

「二人はいつも通りにしていてください。その方が蒼星さんも喜びます」

 

恋葉は、納得できないという顔をした。

 

「……あおほしさんが?」

「はい」

 

塩宮は頷いた。

 

「自分のせいで彩音さんや渚沙さんが危険な場所に踏み込んだと知れば、蒼星さんは喜びません。むしろ、ひどく嫌な顔をするでしょう」

「するね」

 

恋葉は即答した。

 

「絶対する。なんなら、すごく面倒くさそうな顔で、余計なことをしたって言う」

「蒼星さんなら、言いそうです……」

 

渚沙も小さく頷いた。少しだけ空気が緩む。

 

けれど、それは明るさではなかった。沈みかけたものを、どうにか沈みきらないように支えているだけの、細い緩みだった。塩宮は二人を見る。

 

「だから、いつも通りでいてください。工房を開け、道具を整え、食事をして、眠って、蒼星さんが戻ってきた時に文句を言えるようにしておく。彩音さんは、装備を雑に扱うなと怒ればいい。渚沙さんは、無茶をするなと叱ればいい」

 

恋葉の二又の尾が、少しだけ揺れた。

 

「それ、僕たちの仕事?」

「はい」

 

塩宮は静かに答える。

 

「帰る場所を守る仕事です」

 

恋葉も渚沙も、うんうんと頷いた。

 

「それなら、できる」

 

恋葉はそう言って、少しだけ胸を張った。

 

「僕、工房を開けてる。あおほしさんが戻ってきたら、すぐ装備の文句を言えるようにしておく」

「文句が先なんですね」

 

塩宮が言うと、恋葉は真面目な顔で頷いた。

 

「文句が先だよ。だって、あの人は文句を言われないと、自分が無茶したって分からないふりをするから」

「それは……否定できませんね」

 

渚沙も小さく頷く。

 

「私も、いつも通りにしています。蒼星さんが戻ってきた時に、ちゃんと怒れるように。言えるかなぁ……怒られないかなぁ……おしおさん、その時は助けて」

 

最後の方だけ、少し声が弱くなった。恋葉が横から渚沙を見る。

 

「なぎささん、あおほしさんに怒られる前提なの?」

「だって、蒼星さん、目が怖いですし……怒ってなくても怖いですし……」

「それはそう」

「彩音さん」

 

塩宮が静かに名前を呼ぶと、恋葉は少しだけ目を逸らした。

 

「でも、あおほしさんが悪い」

「そこは否定しません」

 

塩宮は穏やかに言った。渚沙は胸の前で手を握り、少しだけ不安そうに続ける。

 

「でも、ちゃんと言います。無茶しないでくださいって。勝手にいなくならないでくださいって。何もかも一人で背負おうとしないでくださいって」

 

言いながら、渚沙の声は少しずつ小さくなっていった。

 

「……言えるかなぁ」

「言えます」

 

塩宮は静かに答えた。渚沙が顔を上げる。

 

「本当ですか?」

「はい。その時は私も隣にいます」

「助けてくれますか?」

「もちろんです」

 

塩宮は頷いた。

 

「蒼星さんが渚沙さんを怖がらせるようなら、私が先に叱ります」

 

恋葉の耳がぴんと立った。

 

「しおやんが、あおほしさんを叱るの?」

「必要なら」

「見たい」

「彩音さん」

「ごめん。でも見たい」

 

渚沙も少しだけ笑った。

 

重かった空気が、ほんのわずかに緩む。けれど、その緩みは逃避ではなかった。戻ってくると信じるための、細い支えだった。

 

恋葉と渚沙は、最後にもう一度だけ机の上の報告書を見た。

 

連盟の通達は裏返されている。そこに書かれた高圧的な言葉は、もう二人の目には入らない。けれど、消えたわけではない。消えたわけではないからこそ、塩宮がここに残る。

 

「しおやん」

 

恋葉が扉の前で振り返った。

 

「闇鍋の宴、なくさないでね」

「なくしません」

 

塩宮は即答した。

 

「ここは、皆の帰る場所ですから」

 

恋葉は少しだけ安心したように頷いた。渚沙も胸の前で握っていた手をほどき、小さく頭を下げる。

 

「おしおさん、お願いします」

「はい」

「蒼星さんが帰ってきたら、一緒に怒ってくださいね」

「もちろんです」

 

その答えに、渚沙はようやく少しだけ笑った。二人は部屋を後にした。

 

扉が閉まる。

 

足音が遠ざかっていく。廊下の向こうで、恋葉が何かを言い、渚沙がそれに小さく返す声が聞こえた。いつものような声だった。少し無理をしているのは分かる。それでも、いつも通りであろうとしている。

 

帰る場所を守る。それは、戦場に立つことよりも難しい時がある。

 

塩宮はしばらく閉じた扉を見ていた。やがて、机へ向き直る。

 

裏返された連盟の通達。商工会から届いた報告書。中小ギルドからの陳情。子飼いの連合から上がってきた調査記録。それらを一枚ずつ整え、塩宮はインベントリから通信端末を取り出した。

 

ギルド単位ではない。自分が長い時間をかけて繋ぎ、育て、必要な時のために残しておいた連合。大手ではない。名声も高くない。だが、前線の穴を埋め、物資を運び、損な役回りを引き受け、それでも腐らず攻略に関わり続けてきた者たち。

 

彼らへ、一斉送信をかける。

 

塩宮は文面を開いた。

 

指が、少しだけ止まる。

 

怒りをそのまま書けば、火になる。火はよく燃える。だが、燃え広がれば、守るべきものまで焼く。

 

必要なのは灯だ。

 

進む先を照らすための言葉。

 

誰を敵とし、誰を守り、どこで止まるのかを示すための言葉。

 

塩宮は、静かに文字を打ち込んだ。

 

――ギルド代表各位。

 

――連盟より、《闇鍋の宴》に対し、レッドPL《蒼星》の身柄引き渡し、および応じない場合のギルド解体要求が通達されました。

 

――現在、鉄鳴の提出した報告書には複数の改竄痕跡が確認されています。押収品の不透明な流通、幹部死亡時刻の不整合、査問記録の欠落、ならびに連盟内部の一部ギルドとの不自然な接触も確認中です。

 

――本件は、蒼星個人の問題に留まりません。

 

そこで一度、塩宮は目を閉じた。

 

蒼星のためだけではない。

 

そう言わなければならない。

 

けれど、蒼星のことを除外するつもりもない。

 

彼女に積まれようとしている余計な罪を剥がすこと。闇鍋の宴を残すこと。鉄鳴を止めること。連盟が自分たちの役割を忘れたなら、その重さを思い出させること。

 

そのすべてが、同じ場所へ繋がっている。

 

塩宮は続きを打った。

 

――もし、調査より先に犯人を決め、証拠より先に処分を決め、異議を唱える者を組織ごと解体できる前例が通るなら、次に同じ目に遭うのは我々の誰かです。

 

――鉄鳴やそれに連なる者たちによる不当な圧力、過剰徴収、押収品の未返還、査問名目の恫喝について、これまで沈黙してきた記録がある者は提出を願います。

 

――本日より、我々は共同で異議申し立ての場を設けます。

 

――敵は、連盟です。

 

塩宮はそこで一度、指を止めた。

 

その一文は重い。

 

連盟という器の中には、まだ腐らずに立っている者もいる。迷いながらも裁定を守ろうとする者、鉄鳴の報告に疑問を持つ者、沈む船から降りるかどうかを決めかねている者もいる。

 

それでも、今この瞬間、連盟の名で届いた通達は《闇鍋の宴》を脅し、蒼星の身柄を求め、証拠より先に処分をちらつかせていた。

 

ならば、敵と呼ぶべきは鉄鳴だけでは足りない。

 

鉄鳴を抱え、庇い、都合の悪いものを蒼星という赤い名前に押し込み、そのまま通そうとしている連盟そのものが、今は敵だった。

 

塩宮は続きを打った。

 

――ただし、我々が刃を向けるのは、連盟の中に残るすべての者ではありません。

 

――我々が切り落とすのは、連盟の腐敗です。

 

――鉄鳴を庇い、報告書の改竄を見逃し、上辺だけの綺麗ごとで真実を隠し、異議を唱える者を処分で黙らせようとする、その腐った部分です。

 

最後の一文を前に、塩宮は少しだけ息を吐いた。

 

恋葉の声が残っている。

 

――闇鍋の宴、なくさないでね。

 

渚沙の声も残っている。

 

――蒼星さんが帰ってきたら、一緒に怒ってくださいね。

 

ならば、帰る場所を守るために、言葉を選ぶ。

 

塩宮は最後の一文を打った。

 

――腐った大樹を、切り落とします。

 

送信。

 

端末の光が、静かに消える。

 

その文面は、まだ宣戦布告ではない。

 

けれど、その言葉を受け取った各地の小さなギルドで、誰かが息を呑み、誰かが古い陳情書を引き出し、誰かが押し黙っていた怒りに名前を与えた。

 

火ではない。

 

まだ、燃え広がる火ではない。

 

けれど、確かに。

 

灯が宿る。




塩宮はママ
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