Nocturne Reaper   作:Spica@お星

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パイルバンカーはいいぞぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


星天、黒骸を穿つ

「私は、まだ戦える」

 

蒼星は、迷宮骸獣(ラビュリント・カーカス)を見据えた。

 

その言葉に応えるように、右腕に宿った星天が低く唸る。

 

黒と銀の装甲がわずかに開き、内側の弾倉が鈍い光を返した。星を撃つための兵装。肉体そのものを砲身へ変え、星落としの一撃を放つための神造武装。

 

それが今は、失われた右側に喰らいつき、蒼星の崩れた重心をかろうじて支えている。

 

完全ではない。

 

昔の自分に戻ったわけでもない。

 

けれど、右側に腕がある。

 

さっきまで届かなかった一歩に、手が届く。

 

蒼星の足元で、蒼い雷が弾けた。

 

蒼雷。

 

神経伝達、反応速度、姿勢制御をまとめて引き上げる強化スキル。単なる速度上昇ではない。今の身体を、無理やり雷の速度へ押し上げる荒ぶる力だった。

 

痛みが走る。

 

右肩から背骨へ、星天の接続部が焼けるような熱を返す。蒼雷は脚の奥を焦がし、血管の中を青い火花が走るような錯覚を生む。

 

それでも、蒼星は笑った。

 

痛いなら、動いている証拠だ。

 

重いなら、支えになる証拠だ。

 

なら、使える。

 

迷宮骸獣(ラビュリント・カーカス)が、低く唸った。

 

顔のない頭蓋がこちらへ向く。目はない。だが、索敵は外れていない。無貌の仮面で姿を曖昧にしても、この怪物は視線だけで獲物を追っているわけではない。

 

音。振動。熱。魔力の揺れ。

 

あるいは、この未確認エリアそのものが骸獣の一部なのかもしれない。

 

踏み込んだ者を拾っている。ここは、すでに骸獣の感覚器官そのもの。

 

なら、完全に消える必要はない。

 

一瞬、ずらせばいい。

 

蒼星は仮面の奥で、金色の瞳を細めた。

 

すでに宣告は下している。

 

ここでお前を殺す、と。

 

死を告げる者(グリム・リーパー)

 

その称号は、ただ名を飾るものではない。

 

死を告げた対象に対し、蒼星の感覚は研ぎ澄まされる。どこを裂けば動きが鈍るのか。どこへ踏み込めば攻撃が届くのか。どの瞬間に、相手の防御が最も薄くなるのか。

 

殺すための線が、見える。

 

もちろん、それは勝利を保証するものではない。

 

身体が動かなければ意味がない。武器が届かなければ意味がない。火力が足りなければ、どれほど線が見えても断ち切れない。

 

けれど今は、右側に星天がある。

 

足元には蒼雷が走っている。

 

そして、星天の中には属性弾が三発。

 

火。氷。雷。

 

十発を束ねる《蒼天》には届かない。大技は使えない。なら、三発でいい。

 

「三手で殺す」

 

蒼星は左手の指を動かした。

 

闇の中へ、細い糸が走る。

 

死糸。

 

骸獣を真正面から縛るためのものではない。そんな力比べをすれば、糸の方が先に千切れる。巨体を止めるには細すぎる。外殻を裂くには軽すぎる。

 

だから、止めない。

 

絡める。引く。ずらす。

 

そして、場を作る。

 

死糸は通路の壁へ刺さり、天井の割れ目に食い込み、床のひびを縫うように走った。一本は骸獣の角へ絡み、もう一本は脚部の外殻の隙間をかすめ、残りは蒼星自身の進路へ蜘蛛の巣のように張られていく。

 

それは拘束ではない。

 

罠だった。

 

踏み込めば足を鈍らせる。角を振れば軌道をずらす。壁を削れば糸が張り、蒼星の身体を引き戻す。狭い通路は、ほんの数秒で蒼星の戦場へ変わっていった。

 

骸獣が踏み込む。

 

死糸が張った。

 

巨体は止まらない。糸は悲鳴を上げ、数本がすぐに千切れる。だが、角度はずれた。脚の運びが鈍った。壁を削る角が、蒼星のいる位置から半歩だけ外れる。

 

その半歩で十分だった。

 

蒼星は、壁に刺した死糸を引いた。

 

身体が前へ飛ぶ。

 

走るより速く、踏み込むより鋭く、蒼星は糸に引かれて骸獣の懐へ滑り込んだ。足で距離を詰めるのではない。糸を支点に、身体そのものを射出する。

 

蒼雷が足元で弾ける。

 

星天の重さが、流れかけた身体を止める。

 

死糸が、次の角度へ蒼星を引く。

 

無貌で認識を薄め、幻影で音をずらし、天歩で空間を踏む。

 

そして、死糸で戦場を縫う。

 

ここはもう、ただの通路ではない。

 

蒼星が糸を張った場所。

 

蒼星が動ける場所。

 

蒼星が殺すために整えた場所だった。

 

蒼星は右腕を引いた。

 

《装填》

 

星天の前腕部が、獣の顎のように開いた。

 

黒と銀の装甲が左右へ割れ、内側に並ぶ弾倉が露出する。歯車にも似た装填機構が一斉に噛み合い、油圧シリンダーにも似た駆動音が、暗い通路に低く響いた。

 

必要な場所へ、必要な順番で撃ち込むしかない。最初に吸い込まれたのは、火属性弾だった。

 

赤い光が装填口へ呑み込まれ、星天の内部で圧縮されていく。弾丸として撃ち出すのではない。火という属性そのものを、打ち込むための杭へ変える。

 

装甲の隙間から白い蒸気が噴き出した。

 

弾倉が回転し、重く閉じる。

 

火属性弾、装填完了。

 

骸獣が頭蓋を振り上げる。

 

蒼星は死糸を引いた。

 

壁に刺した糸が張り、蒼星の身体を斜め前へ射出する。蒼雷が足元で弾け、天歩が一瞬だけ空間に足場を作る。走って距離を詰めるのでは遅い。踏み込むだけでは角度が足りない。だから、糸で引き、雷で加速し、空を踏んで軌道を変える。

 

骸獣の角が壁を削った。

 

黒い石片が飛ぶ。

 

その下を、蒼星は滑り込んだ。

 

星天の砲身が、黒い外殻へ押し当てられる。

 

空気が、一拍だけ死んだ。

 

次の瞬間、轟音。

 

圧縮された火が杭打ち機のように叩き込まれ、衝撃が蒼星の右肩から背骨へ抜けた。足元の石床に亀裂が走り、星天の接続部が焼けるように痛む。

 

外殻は貫けない。だが、それでいい。

 

黒い外殻の一点が、赤く灼けた。

 

星天の側面が開き、焼け焦げた薬莢が吐き出される。

 

からん、と。乾いた金属音が、石床に落ちた。

 

一手目。火で焼く。

 

骸獣が低く吠えた。

 

怒りではない。痛覚でもない。エリアそのものが軋むような音だった。通路の壁が震え、天井から黒い砂が落ちる。骸獣の角が壁を抉りながら振るわれる。

 

蒼星はまともに避けない。

 

死糸を引く。

 

今度は後退ではなく、横へ。

 

張り巡らせた糸が蒼星の身体を引き、右側の星天が流れかけた重心を止める。肩が軋み、背中が裂けそうになる。それでも、角は外れた。

 

蒼星はもう一度、骸獣の側面へ回る。

 

《装填》

二度目の装填。

 

星天の前腕部が開き、火の残滓を吐き出すように白い蒸気が噴き上がった。弾倉が荒々しく回転し、次の属性弾を求めて内部機構が唸る。

 

吸い込まれたのは、氷属性弾。

 

青白い光が装填口へ沈み、星天の内部で圧縮されていく。火の熱をまだ帯びた金属の奥で、氷が軋む。装甲の表面に薄い霜が走り、右肩の接続部へ刺すような冷痛が返ってきた。

 

蒼星はそれを無視した。

 

痛みは情報だ。

 

冷たいなら、装填されている。

 

重いなら、撃てる。

 

氷属性弾、装填完了。

 

骸獣がこちらを捉える。

 

顔のない頭蓋が下がり、角が通路を塞ぐように迫った。蒼星は幻影を一つ、骸獣の背後へ走らせる。足音を混ぜ、蒼雷の残光を薄く散らし、気配だけをほんの少し濃くする。

 

骸獣の反応が割れた。

 

完全には騙せない。

 

だが、迷った。

 

一瞬だけ。

 

蒼星はその一瞬へ飛び込んだ。

 

死糸が張り、蒼星の身体を斜め上へ引く。天歩が足場を作り、蒼雷が速度を足す。星天の重さで身体を止める。崩れた身体では不可能だった切り返しが、痛みと金属音を伴って成立する。

 

星天の砲身が、赤く灼けた外殻へ押し当てられた。

 

一拍。

 

轟音。

 

撃ち込まれた氷が、灼けた外殻を一瞬で白く凍らせた。

 

赤から白へ。

 

熱から冷気へ。

 

膨張から収縮へ。

 

黒い外殻の表面に、細い罅が走る。

 

星天の側面から、霜をまとった薬莢が排出された。

 

きん、と。

 

高い金属音が石床を跳ね、暗い通路に響いた。

 

二手目。

 

氷で割る。蒼星の天眼が、その罅の奥を捉えた。

 

赤黒い脈動。

 

核へ続く、細い線。

 

まだ浅い。まだ遠い。だが、見えた。

 

「そこ」

 

蒼星は仮面の奥で笑った。

 

骸獣が、そこで止まった。

 

ほんの一瞬だった。だが、その一瞬で十分だった。

 

二度。

 

星天は、骸獣の外殻へ杭を打ち込んだ。

 

一度目は火。二度目は氷。

 

貫けてはいない。砕き切ってもいない。けれど、外殻は熱で歪み、冷気で罅割れ、今まで傷らしい傷を許さなかった黒い装甲に、確かな異常が走っている。

 

骸獣が星天を警戒する。次の一撃を止めるために、星天の砲身を見る。

 

蒼星の右腕を見る。なら、左手は見えない。

 

足元も見えない。

 

通路に張り巡らされた糸も、もう見ていない。

 

蒼星は左手の指を、わずかに動かした。

 

張り巡らせていた死糸が、音もなく震える。

 

壁のひびに食い込ませた糸。天井の割れ目に隠した糸。床の黒い模様に紛れ込ませた糸。骸獣の角と脚部をかすめるように配置した糸。

 

それは拘束のためではない。

 

罠だった。

 

星天へ意識を向けた骸獣が、一歩踏み込む。

 

その瞬間、死糸が張った。

 

巨体は止まらない。止められるはずもない。けれど、足の角度がわずかにずれる。角の振りが半歩だけ遅れる。火で灼き、氷で罅を入れた外殻に、不自然な力がかかる。

 

きし、と黒い装甲が軋んだ。

 

蒼星の視界には、すでに二つの表示が浮かんでいた。

 

《死兆》二。

 

火で焼いた時に一つ。氷で割った時に一つ。

 

死を告げるもの(グリム・リーパー)の称号効果は、死を宣告した相手へ致命へ至る兆しを刻む。傷を重ねるほど、殺すための線は細く、鋭く、確かなものになる。

 

あと一つ。あと一つで、線は繋がる。

 

骸獣が星天を砕こうと、頭蓋を低く下げた。

 

黒い角が迫る。

 

蒼星は星天をわずかに前へ出す。

 

誘う。

 

骸獣の意識が、さらに右腕へ吸い寄せられる。その瞬間、蒼星は左手の短剣を握り直した。刃はもう、刃と呼ぶには心許ない。欠けて、歪み、外殻を何度も叩いたせいで、まともに斬れる状態ではなかった。

 

だが、刺す必要はない。斬る必要もない。

 

罅の奥を、ほんの少し抉れればいい。

 

死糸が蒼星の身体を引いた。

 

蒼雷が足元で弾ける。

 

天歩で空間を踏み、無理やり角度を変える。

 

骸獣の角が星天を狙って振るわれる。その横を、蒼星は紙一重で潜った。肩を黒い外殻が掠め、血が散る。痛みはあった。けれど、痛みより先に、天眼が罅の奥を捉えていた。

 

火で灼けた場所。氷で割れた場所。死糸で広げた、細い隙間。

 

そこへ、ボロボロの短剣を差し込む。

 

深くは入らない。それでも構わない。蒼星は短剣を捻った。

 

ぱき、と。

 

小さな音がした。

 

骸獣の外殻の奥で、何かが欠けた。赤黒い脈動が、一瞬だけ露出する。

 

《死兆》三。

 

その表示が浮かんだ瞬間、蒼星の視界が変わった。

 

迷宮の暗闇が遠のく。

 

骸獣の巨体も、角も、脚も、黒い外殻も、すべてが余分なものとして薄れていく。

 

見えるのは一本の線。

 

火で焼き、氷で割り、死糸で開き、欠けた短剣で刻んだ、核へ至る殺しの道。

 

準備は終わった。

 

蒼星は短剣を引き抜く。刃はそこで限界を迎え、乾いた音を立ててさらに欠けた。

 

それでも役目は果たした。

 

「これで」

 

蒼星は右腕を引いた。

 

星天の前腕部が、再び獣の顎のように開く。

 

白い蒸気が噴き出し、焼けた熱と凍った冷気の残滓が同時に吐き出された。弾倉が荒々しく回転し、最後の属性弾を求めて内部機構が軋む。

 

残る弾は一発。

 

雷。

 

蒼白い光が、星天の装填口へ吸い込まれる。

装甲の隙間から青白い火花が散り、右肩から背骨へ痺れるような痛みが走った。

蒼雷の雷と、星天の雷が重なる。

 

神経が焼ける。

星天の接続部が軋む。

身体はもう、限界に近い。

それでも、蒼星は笑った。

 

殺すための準備は、整った。

 

蒼星は息を吸った。浅く、短く、それだけでいい。

 

肺を満たす必要はない。気合を入れる必要もない。叫ぶ必要もない。ここから先に必要なのは、感情ではなく手順だった。

 

《死兆》は三つ。

 

火で焼き、氷で割り、死糸と欠けた短剣で刻んだ。

 

骸獣の外殻には、核へ至る細い道が開いている。天眼がその道を捉え、死を告げるもの(グリム・リーパー)が殺すための線を示している。

 

あとは、その線をなぞるだけ。

 

「蒼雷」

 

足元で、蒼い雷が弾けた。

 

それまで身体に纏っていた雷が、さらに濃くなる。青白い光が床を走り、壁を這い、張り巡らされた死糸を一瞬だけ照らした。雷は光ではなく、熱でもなく、神経そのものを焼く速度になって蒼星の身体を駆け上がる。

 

足裏から膝へ。膝から腰へ。腰から背骨へ。

 

そして、星天が喰らいついた右肩へ。

 

蒼白い光が弾倉へ吸い込まれた瞬間、星天の内部で雷が暴れた。装甲の隙間から青白い火花が散り、蒼星の右肩まで痺れが走る。

 

蒼雷の雷と、星天の雷が重なる。

 

速さが、痛みに変わる。

 

痛みが、次の一歩を押す。

 

雷属性弾、装填完了。

 

迷宮骸獣(ラビュリント・カーカス)が動いた。

 

星天を警戒している。三手目を止めるために、右腕を潰そうとしている。

 

黒い角が通路を裂くように振るわれた。床が砕け、壁が削れ、空気そのものが押し潰される。普通に踏み込めば間に合わない。避けてからでは届かない。受ければ終わる。

 

だから、蒼星は避けなかった。

 

死糸を引く。

 

通路に張り巡らせた糸が一斉に鳴った。壁のひびに食い込んだ糸、床の影に沈ませた糸、骸獣の脚部へ触れるように張った糸。それらが蒼星の身体を前へ、斜めへ、上へと引く。

 

蒼雷が速度を足す。天歩が空間を踏ませる。

 

無貌の仮面が認識を一拍遅らせる。幻影が、星天の残光をまとって反対側へ走る。

 

骸獣の索敵が割れた。

 

本物か。

幻影か。

星天か。

蒼星か。

 

その迷いは、一瞬にも満たない。けれど、蒼星には十分だった。

 

「《告死の一閃》」

 

蒼星の身体が、消えた。

 

蒼い雷だけが通路に残る。

 

骸獣の角が空を裂いた時には、蒼星はすでに罅の前にいた。火で灼き、氷で割り、死糸で開き、欠けた短剣で刻んだ一点。赤黒い核へ続く、細い殺しの道。

 

星天の前腕部が、獣の顎のように開いた。

 

装甲が左右へ割れ、内部の杭打機構が露出する。弾倉が悲鳴のような音を立てて回転し、油圧シリンダーにも似た駆動部が限界まで引き絞られる。白い蒸気と青白い火花が同時に噴き出し、星天そのものが雷の獣のように唸った。

 

砲身が、罅割れた外殻へ押し当てられる。

 

空気が、一拍だけ死んだ。

 

「三手目」

 

次の瞬間、轟音。

 

雷の杭が撃ち込まれた。

 

それは射撃ではなかった。爆発でもなかった。

 

星天の内部で圧縮された雷が、杭打ち機の衝撃となって一点へ叩き込まれる。反動が右肩から背骨へ抜け、背骨から足元へ落ち、石床を蜘蛛の巣のように割った。

 

ダンジョンの奥で、雷鳴が轟いた。

 

一度ではない。

 

衝撃は壁を叩き、天井を震わせ、曲がりくねった通路の奥へ奥へと反響していく。逃げているナギたちの背中にも届くほどの、重く、鋭く、空気を裂く音だった。

 

雷は罅を走った。

 

火で歪んだ外殻を抜け、氷で割れた隙間を伝い、死糸と短剣が刻んだ線をなぞって、赤黒い核へ到達する。

 

骸獣の巨体が硬直した。

 

スタン。

 

偶然か、蒼雷と雷属性弾と《死兆》が重なった結果か、蒼星にはどうでもよかった。

 

動きが止まった。

 

なら、殺せる。

 

星天の側面が開き、青白い火花を散らしながら最後の薬莢が吐き出された。

 

からん、と。

 

轟音の残響の中で、その小さな金属音だけが妙にはっきり響いた。

 

三手目。

 

雷で止める。

 

だが、蒼星は星天を引き抜かなかった。

 

《告死の一閃》は、まだ終わっていない。死を告げた線は、核まで続いている。

 

蒼星は星天をさらに押し込んだ。

 

右肩が軋む。

 

接続部が裂けるように痛む。蒼雷の負荷で脚が震える。

 

それでも、蒼星は止まらない。

 

金色の瞳が、仮面の奥で静かに細められる。

 

「落ちろ」

 

星天の杭が、赤黒い核を穿った。

 

一瞬、音が消えた。

 

雷鳴も、壁の軋みも、骸獣の唸りも、蒼星自身の荒い呼吸さえも、迷宮の底から抜き取られたように遠のく。

 

次の瞬間、赤黒い核が内側から砕けた。

 

罅が走る。

 

脈動が乱れる。

 

黒い外殻の隙間から蒼白い雷が噴き出し、火で歪み、氷で割れ、死糸で開かれた傷口を一気に引き裂いていく。

 

迷宮骸獣(ラビュリント・カーカス)の巨体が、大きく震えた。

 

顔のない頭蓋が天井を仰ぐ。

 

吠え声はなかった。

 

ただ、迷宮そのものが呻くような低い振動が通路を満たした。壁が震え、天井から黒い砂が降り、床に刻まれた罅が骸獣の足元から四方へ広がっていく。

 

蒼星は星天を引き抜いた。

 

赤黒い光が、骸獣の胸奥で一度だけ強く瞬く。

 

そして、消えた。黒い外殻が崩れ始める。

 

角が折れ、脚部が砕け、背に張りついていた鎧のような殻がばらばらと剥がれ落ちる。巨体は前のめりに傾き、膝に似た関節を折り、最後には音もなく床へ沈んだ。

 

討伐確認。

 

黒骸回路 特異個体迷宮骸獣(ラビュリント・カーカス)の撃破を確認しました。

討伐者:蒼星。

経験値を獲得しました。

特殊条件達成。

討伐報酬を算定します。

無機質なアナウンスが、暗い通路に流れた。

 

その声は、ここがまだゲームの形を残していることを思い出させるほど冷たかった。

 

蒼星は動かなかった。いや、動けなかった。

 

星天を下ろす。右側が重い。

 

痛い。

 

焼けるように痛い。

 

蒼雷の残滓が足元で弾け、遅れて脚の震えが来る。星天の接続部からは熱が引かず、左手には死糸を張りすぎた反動で感覚がほとんど残っていなかった。

 

それでも、立っていた。

 

勝ったからではない。まだ、帰っていないからだ。

 

蒼星は崩れ落ちた骸獣を一瞥し、浅く息を吐いた。

 

「……三手」

 

そこに死糸と短剣で死兆を刻み、死告の一閃で核まで線を通した。

 

持ちうる手札は、全部使った。それで、ようやく届いた。

 

蒼星は床に落ちた最後の薬莢を見た。

 

青白い火花はもう消えている。

 

ただの空になった殻が、黒い石床の上で静かに転がっていた。

 

からん、と。

 

遅れて、小さく揺れた薬莢が鳴る。蒼星は、ほんの少しだけ笑った。

 

「悪くない」

 

勝ったことにではない。

 

生きていることに。

 

まだ歩けることに。

 

まだ、ナギたちを追えることに。

 

蒼星は欠けた短剣を拾い上げた。刃はもう使い物にならない。それでも、捨てなかった。

 

通路の先には、小さな足跡が続いている。

 

ナギ。ミナ。ロロ。エル。トウリ。

 

震えながらも、前へ進んだ足跡。

蒼星は星天の重さを右側に感じながら、一歩を踏み出した。

 

「迎えに来たって、言ったからね」

 

だから、帰る。倒すためではなく。

 

生きて連れて帰るために。

 

欠けた星は、もう一度歩き出した。




黒骸回路《こくがいかいろ》
初心者向けダンジョン星屑の採窟(ほしくずのさいくつ)の奥に発生した未確認エリア。通常の隠し部屋や追加階層ではなく、既存ダンジョンの構造に別の迷宮が侵食する形で形成されている。

壁は黒い骨質の外殻に覆われ、床や天井には血管や神経にも似た紋様が走る。通路は一定周期で微細に変化し、マップ機能は正常に働かない。

このエリア最大の特徴は、内部そのものがボスエネミーの感覚器官として機能している点にある。

音、振動、熱、魔力。

黒骸回路に踏み込んだ者の情報は、壁や床を通じて特異個体へ伝わる。そのため通常の隠密や視覚阻害だけでは完全に索敵を逃れることはできない。

特異個体:迷宮骸獣(ラビュリント・カーカス)
出現エリア:黒骸回路
黒骸回路の中を徘徊する、顔のない骸獣。
獣の頭蓋に似た頭部を持つが、目は存在しない。鹿にも山羊にも古い骨にも見える歪な角を持ち、左右非対称に伸びた片角で壁を削りながら移動する。全身は黒い骨質の外殻に覆われ、背には古い鎧の破片のような殻が張りついている。

黒骸回路そのものを感覚器官として扱い、侵入者の音、振動、熱、魔力を拾って追跡する。そのため、視覚阻害や隠密だけでは完全に索敵から外すことができない。

黒骸回路に踏み込んだ時点で、侵入者はすでに骸獣の感覚の中にいる。

攻撃方法は、巨体による突進、角による薙ぎ払い、外殻を利用した圧殺、壁や床を削りながらの追跡。知能は高くないが、危険と判断した対象への警戒学習は行う。

外殻は非常に硬く、通常攻撃では有効打になりにくい。弱点は背側寄りの外殻奥に存在する赤黒い核。ただし、外殻を段階的に破壊しなければ核には届かない。

『ドロップ報酬』
黒骸の外殻《こくがいのがいかく》
迷宮骸獣の身体を覆っていた黒い骨質外殻。極めて硬く、通常の鍛冶では加工が難しい。

黒骸回路片《こくがいかいろへん》
黒骸回路の壁や床と同質の素材片。微弱な振動、熱、魔力の揺れを拾う性質を持つ。ただし、加工を誤ると装備者自身の気配まで拾い続けるため、精神負荷が高い。

骸獣の折角《がいじゅうのおれづの》
迷宮骸獣の左右非対称な角の一部。壁を削り、通路を抉りながら徘徊していた角。高い貫通補正を持つ武器素材になる。

迷宮核の残滓《めいきゅうかくのざんし》
迷宮骸獣の赤黒い核が砕けた後に残った結晶片。

黒骸の感覚線《こくがいのかんかくせん》
黒骸回路と迷宮骸獣を繋いでいた神経状の素材。音、振動、熱、魔力の流れを伝える。

黒骸属性弾・雷《こくがいぞくせいだん・らい》
迷宮骸獣の核を雷属性で穿ったことで生成された特殊属性弾。

星天専用弾。
通常の雷属性弾よりも貫通後の内部破壊に優れる。外殻、装甲、結界などの内側に通電し、短時間だけ対象の動きを鈍らせる。
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