Nocturne Reaper   作:Spica@お星

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蒼星超元気


無茶をとして我を通す

「次」

 

蒼星は、孤児院の前に立つ鉄鳴の隊列を見据えた。

 

足元には蒼雷の残光が残り、右腕の星天は低く熱を吐いている。手にした未完成の大剣は、重さだけなら魂喰い(ソールイーター)と大きく変わらない。

 

けれど、馴染みが違う。

 

大鎌は、刈るための武器だった。弧を描き、間合いを奪い、引き寄せ、首を落とすための重さがあった。

 

この大剣は違う。

 

重心は荒い。刃も完全ではない。振り抜くための癖も、まだ身体に入っていない。ただ、正面から構えごと叩き割るための質量がある。

 

なら、剣として綺麗に扱う必要はない。

 

今は、隊列を崩すための鉄塊でいい。

 

蒼星は、大剣を投げた。

 

「な――」

 

鉄鳴の誰かが声を漏らす。

 

大剣が回転しながら飛ぶ。

 

ただし、狙いは盾ではなかった。

 

盾列の上。

 

槍持ちのさらに後ろ。魔法職と弓兵が控える、隊列の奥。大剣は盾持ちたちの頭上を越え、石畳へ斜めに突き刺さった。

 

「外した?」

 

誰かがそう言った。

 

違う。

 

蒼星の左手から死糸が走る。

 

死糸は突き刺さった大剣の柄へ絡みつき、ぴんと張った。

 

次の瞬間、蒼星は地面を蹴る。

 

蒼雷が足元で弾けた。

 

盾列を突破するのではない。

 

越える。

 

死糸を引き、大剣を支点にして、蒼星の身体が低空から跳ね上がった。盾持ちたちの視線が追いつく前に、黒白の修道装が火の粉の中を翻る。

 

「上だ!」

 

遅い。

 

蒼星は盾列の真上を通過した。

 

星天の右腕が、空中で大剣の柄を掴む。

 

石畳に刺さった大剣を支点に、蒼星の身体が振り子のように回った。蒼雷の加速と死糸の張力が重なり、黒白の影が隊列の内側へ落ちる。

 

着地と同時に、星天の拳が後衛の魔法職の胸元を叩いた。

 

詠唱が潰れる。

 

左足が弓兵の膝を払う。

 

死糸が別の魔法職の杖へ絡み、手首ごと引き倒す。

 

前衛を抜いたのではない。

 

前衛を無視して、後衛から壊した。

 

「後ろを守れ!」

 

盾持ちが振り返る。

 

その時点で、もう遅かった。

 

前を向いていた盾が後ろへ向く。槍の穂先が味方を避けようとして揺れる。拘束網の射線が味方に遮られる。

 

整っていた隊列が、内側から絡まった。

 

蒼星は刺さった大剣を引き抜く。

 

石畳が砕け、刃が火花を散らした。

 

大剣を振るう。

 

斬るためではない。

 

後衛を散らし、前衛の向きを乱し、隊列の芯を折るための一撃。

 

鉄鳴の陣形が、音を立てて崩れ始めた。

 

蒼星は大剣を握ったまま、足元に落ちていた槍を蹴り上げた。

 

鉄鳴の槍だった。

 

持ち主は、さっき蒼星に膝を砕かれて倒れている。蒼星はそれを左手で掴むことなく、死糸で絡め取った。柄の中央を縛り、軌道だけを作る。

 

槍を使うつもりはない。

 

投げるつもりだった。

 

蒼星は大剣を横へ振るい、前衛を下がらせる。その反動で空いた隙間へ、死糸で繋いだ槍を滑り込ませた。

 

槍は床を擦りながら走り、振り返ろうとしていた盾持ちの足首を払う。

 

「っ、足元!」

 

叫びが上がる。

 

その声に反応した槍持ちの一人が、咄嗟に下を見た。

 

その一瞬で十分だった。

 

蒼星は蒼雷を踏む。

 

青い雷が石畳を走り、黒白の修道装が低く沈んだ。

 

大剣の柄頭が、槍持ちの鳩尾へ入る。

 

息が潰れる音。

 

続けて、星天の右肘が盾持ちの側頭部を叩いた。倒れた身体が隣の兵を巻き込み、さらに列が乱れる。

 

殺していない。

 

鉄鳴は、まだ殺していない。

 

けれど、火を持って走る妙なレッドPLには違った。蒼星の視線が、路地の奥を捉える。

 

赤い名前。油壺。孤児院の裏手へ回ろうとする足。

 

「そこは、通さない」

 

死糸が飛んだ。

 

拾った槍が、糸に引かれて空中で向きを変える。槍というより、吊られた杭だった。蒼星が指を引くと、槍は火を持ったレッドPLの膝裏へ突き刺さるように滑り込んだ。

 

体勢が崩れる。

 

レッドPLが悪態を吐く。その声が終わる前に、蒼星はもう目の前にいた。

 

大剣を振るうには近すぎる。

 

だから、柄で殴った。

 

顔面を砕き、星天の拳で胸を押し潰す。レッドPLの身体が石壁へ叩きつけられ、HPバーが一気に削れる。まだ残った。

 

蒼星は目を細めた。

 

「硬い」

 

次の瞬間、星天の掌が相手の胸元を掴む。

 

そのまま、石畳へ叩き落とした。

 

HPバーが砕ける。光の粒子が炎の中へ散った。からん、と音がした。

 

今度は、青白い光を帯びた弾丸だった。

 

蒼星は死糸で拾い上げる。

 

「雷」

 

星天の装甲が開き、弾丸を呑み込む。

 

《装填》

 

内部で弾倉が回り、短く低い駆動音が鳴った。

 

雷属性弾、装填。

 

蒼星はそれを確認する暇もなく、次の武器を拾った。

 

落ちていた盾。鉄鳴の前衛が落としたものだ。蒼星は盾を腕に構えなかった。星天の足元へ蹴り上げ、死糸で縁を絡める。

 

盾を、滑らせる。

 

石畳の上を走った盾が、魔法職の足元へ突っ込んだ。詠唱中だった魔法職が体勢を崩す。そこへ蒼星が投げた折れた短剣が飛ぶ。

 

短剣は喉を狙わない。

 

杖を狙った。

 

金属音。魔法媒体の先端が弾かれ、魔法陣が歪む。

 

暴発。

 

小さな爆発が後衛の中で起きた。鉄鳴の兵たちが怯む。蒼星はその中央へ、大剣を引きずるようにして踏み込んだ。

 

「隊列を立て直せ!」

 

誰かが叫ぶ。

 

だが、もう遅い。

 

前衛は後ろを向き、後衛は足元を見ている。拘束網は味方が邪魔で撃てない。糸を切るためのチャフ弾は、蒼星が使う武器の数が多すぎて、どの糸を狙えばいいのか分からなくなっている。

 

その混乱へ、紫の炎が突っ込んだ。

 

「よぉ、蒼星さん!」

 

椒だった。

 

紫炎を纏った大太刀が、鉄鳴の横列を割る。火傷を負った腕で、それでも笑っている。紫の炎は椒自身の袖を焦がし、皮膚を焼いていたが、足は止まっていない。

 

「相変わらず元気そうで、気持ち悪い戦い方だな」

 

蒼星は落ちていた斧を死糸で拾い上げる。

 

「褒めてる?」

「褒めてる!」

「なら、右」

「はいよ!」

 

蒼星は斧を投げた。

 

椒はそれを避けなかった。

 

踏んだ。

 

飛んできた斧の柄を足場にし、縮地の角度を無理やり変える。紫炎の軌跡が横へ跳ね、盾を構え直そうとしていた鉄鳴の脇を抜けた。

 

大太刀が走る。

 

火を持っていたレッドPLが、胴から斬り裂かれた。

 

椒は着地と同時に顔をしかめる。

 

「おい、投げるなら言えよ」

「言った」

「右だけで分かるか」

「分かってた」

「まあな!」

 

椒が笑う。

 

その背後で、鉄鳴の魔法職が詠唱を始める。

 

蒼星が動くより早く、虹色の足場が空中に浮いた。

 

凍星だった。

 

「椒、上」

「だから雑!」

「落としてないだろ」

「そこは信用してる!」

 

椒が虹の足場を踏んで跳ぶ。

 

凍星の獣たちが、魔法職の射線へ鉄鳴の兵を追い込む。魔法職は撃てない。撃てば味方を巻き込む。

 

凍星は白杖フィエルティジムを回し、蒼星の方を見た。

 

「蒼星さん、三歩先に拘束網」

「分かった」

「本当に分かってる?」

 

蒼星は答えなかった。

 

三歩。

 

蒼雷が弾ける。

 

蒼星は足元に落ちていた拘束網の射出筒を蹴り上げた。死糸で引っ掛け、星天の右腕で叩く。射出筒の向きが変わり、鉄鳴の盾持ちたちの背後へ向いた。

 

発射。

 

網が広がる。

 

本来なら蒼星を縛るはずだった拘束網が、鉄鳴の前衛を背中から絡め取った。

 

凍星は目を細める。

 

「分かってるな、あれ」

「蒼星さんだからな!」

 

椒が紫炎を引いて笑う。

 

蒼星は網に絡まった鉄鳴へは大剣の背を叩き込むだけに留めた。

 

戦闘不能。

 

殺さない。

 

だが、その隙間から逃げようとしたレッドPLには、死糸を伸ばす。

 

「逃げるな」

 

声は冷たかった。

 

逃げる相手の足首に死糸が絡む。引く。身体が宙に浮く。蒼星は大剣を振らず、星天の拳でその胸を貫くように打ち込んだ。

 

HPバーが砕ける。

 

また、弾丸が落ちた。

今度は、鈍い黄色の光。

 

土属性弾。

 

「補充」

 

蒼星はそれも星天へ呑ませた。

 

弾が増える。

武器が増える。

手札が増える。

 

戦場にあるものすべてが、蒼星の中で線に変わっていく。

 

落ちた盾。

折れた槍。

拘束網。

火瓶。

斧。

短剣。

大剣。

拳。

死糸。

星天。

蒼雷。

 

それらをひとつずつ、別々の武器として考えている暇はなかった。

 

ただ、使える。

 

なら使う。

 

視界の端に、システム表示が走った。

 

スキル獲得条件を満たしました▼

 

複数武器種による連続戦闘行動を確認。

規定数以上の武器習熟到達を確認。

戦闘中における即時装備、即時運用、戦場武器転用を確認。

既存武器系スキルを統合します。

 

新規統合スキルを獲得しました▼

 

武芸百般(オール・マスタリー)

 

蒼星は、その文字を一瞬だけ見た。

 

すぐに消した。

 

今は確認している暇がない。

 

使えるなら、使う。

 

それだけで十分だった。蒼星は、大剣を手放した。鉄鳴の兵が一瞬、息を呑む。

 

武器を捨てた。そう見えたのだろう。

 

違う。

 

蒼星の足元には、まだ武器がある。

 

落ちた槍。割れた盾。折れた短剣。拘束網の射出筒。火瓶の残骸。鉄鳴が持ち込んだ対蒼星用の道具。倒れたレッドPLが落とした物。

 

全部、使える。蒼星は落ちていた盾を蹴り上げた。

 

星天の右拳が、その盾の中心を叩く。

 

盾は矢のように飛び、詠唱を始めた魔法職の前へ滑り込んだ。魔法陣が盾に阻まれ、術式が歪む。暴発まではしない。だが、詠唱は潰れた。

 

その隙に、椒が入る。

 

「邪魔」

 

紫炎を纏った大太刀が、魔法職の前にいた盾持ちを横から叩き伏せた。

鉄鳴の兵は倒れ、HPバーを残したまま石畳を転がる。殺してはいない。だが、立ち上がるには時間がいる。

 

椒は肩越しに蒼星を見た。

 

「蒼星さん、次は?」

「左奥。火瓶」

「了解」

 

答えた瞬間、椒の姿がぶれた。

 

《縮地》

 

紫炎が線を引き、火瓶を抱えて走るレッドPLの前に回り込む。相手が驚くより早く、椒の膝が腹へ入った。レッドPLの身体が折れる。火瓶が手から離れる。

 

蒼星はそれを死糸で絡め取った。

 

火瓶を落とさない。割らせない。そのまま、鉄鳴の槍持ちの足元へ投げる。槍持ちは反射的に避けた。隊列が半歩ずれる。

 

半歩でいい。

 

凍星の獣が、その隙間へ滑り込んだ。

 

「押さえろ」

 

凍星の声。

 

獣が槍持ちの足元へ噛みつく。足を奪うだけ。肉を裂くのではなく、姿勢を崩すための噛みつきだった。

 

そこへ蒼星が踏み込む。蒼雷が弾ける。折れた短剣を拾う。投げる。死糸で軌道を曲げる。短剣は人を刺さず、弓兵の弓弦だけを切った。

 

弦が弾ける。弓兵が手を押さえる。

 

蒼星はすでに次へ動いていた。

 

落ちた槍を左手で拾う。本来なら、槍は間合いを取る武器だ。突く。払う。距離を保つ。

 

けれど、蒼星は距離を保たない。

 

槍の柄を短く持ち、星天の肘で石突きを叩く。槍は手の中で半回転し、盾持ちの膝裏を打った。男の膝が落ちる。蒼星はその背を踏み台にして跳んだ。

 

「蒼星さん、上に二枚!」

 

凍星が叫ぶ。

 

虹色の足場が、空中に二枚浮かぶ。蒼星は一枚目を踏み、二枚目を蹴った。足場の先には、屋根の上から油壺を構えていたレッドPLがいた。

 

相手は笑っていた。まだ笑っていた。

 

蒼星は表情を変えない。

 

「落ちろ」

 

星天の拳が、屋根瓦ごとレッドPLの足場を砕いた。

 

男の身体が落ちる。

 

落下途中、死糸が首ではなく胴へ絡む。

 

引く。

 

蒼星は地面へ引きずり下ろしたレッドPLの胸に、槍の穂先を押し当てた。

 

「や、待――」

 

言葉は最後まで続かなかった。

 

槍が突き込まれる。HPバーが砕ける。光の粒子が散り、足元に弾丸が転がった。

 

赤い光。また火属性弾。

 

「補充」

 

星天がそれを呑む。弾倉が回る。

 

火属性弾、装填。

 

その表示を見て、凍星が少しだけ顔をしかめた。

 

「倒すたびに手札が増えるの、相手からしたら最悪だな」

「便利」

「便利で済ませるんだな、蒼星さんは」

「使えるから」

「うん、知ってた」

 

凍星は苦笑し、それから白杖フィエルティジムを掲げた。

 

「椒、右後ろ。二人来る」

「見えてる!」

「見えてるなら避けろ」

「斬った方が早い!」

「だろうな!」

 

椒の大太刀が紫炎を引いて回る。

 

背後から迫っていた鉄鳴の二人が、まとめて弾き飛ばされた。刃は浅い。殺す角度ではない。だが、腕と脚を奪う角度だった。

 

蒼星はその横を抜ける。

 

地面に落ちていた拘束網を拾う。

 

手で持つのではない。死糸で網の四隅を取る。

 

「奏雨くん」

「何です?!」

「前、固めて」

「はいはい」

 

凍星の獣たちが、鉄鳴の前衛を左右から圧迫する。兵たちは自然と中央へ寄せられた。そこへ蒼星が網を投げる。

 

拘束網が広がる。

鉄鳴は自分たちが持ち込んだ網に絡め取られた。

 

「またか!」

 

誰かが叫ぶ。蒼星は無視した。網に絡んだ相手を殺す必要はない。

 

星天の拳で一人の武器を弾き、大剣の背で二人目の肩を打ち、槍の柄で三人目の喉元を突いて呼吸を奪う。

 

戦闘不能。殺さない。

 

その横で、網から逃げようとしたレッドPLだけを、死糸が捕らえた。

 

「お前は別」

 

蒼星の声は平坦だった。火を持っていた。足の遅い住人を狙っていた。

 

笑っていた。なら、十分だった。

 

蒼星は落ちていた斧を拾う。

 

一撃だけ振る。レッドPLのHPバーが砕けた。

 

斧の刃も砕けた。蒼星は、壊れた斧を捨てる。

 

からん、と弾丸が落ちる。今度は緑がかった光。

 

風属性弾。

 

「補充」

 

星天の装甲が開く。風属性弾を呑み込み、内部で弾倉が回る。

 

蒼星の戦い方が、さらに速くなっていく。

 

大剣を握る。捨てる。

 

槍を拾う。投げる。

 

盾を踏む。短剣を弾く。

 

網を奪う。火瓶を封じる。

 

糸で繋ぐ。拳で砕く。

 

蒼雷で繋ぐ。

そのすべてが、以前より滑らかだった。《武芸百般》が、蒼星の中で噛み合っていく。

アーツはない。

 

華麗な技名もない。

 

けれど、重心が分かる。耐久が分かる。どの武器があと一手で壊れるか、どこを持てば投げられるか、どの角度なら相手の構えを崩せるかが、感覚として流れ込んでくる。

 

使いこなすためではない。使い潰すための理解。

 

蒼星には、それで十分だった。

 

「前が薄くなった!」

 

椒が叫ぶ。

 

凍星がすぐに答える。

 

「でも奥が硬い。あれ、本陣前だな」

 

蒼星は視線を上げた。鉄鳴の包囲の奥。そこだけ、空気が違う。

 

盾が三列。槍が二列。背後には魔法職。地面には対突撃用の鉄杭が並び、拘束網の射出筒が左右に構えられている。さらに薄い防御魔法の膜が、隊列全体を包んでいた。

 

ここまでの乱れを見て、鉄鳴が守るべき場所を固め直したのだろう。

 

その奥に、本陣がある。

 

大将首がいる。

 

蒼星は大剣を拾い直した。

 

「硬いね」

「硬いな」

 

椒が大太刀を肩に担ぐ。

 

「面倒だな」

 

凍星も白杖を回しながら言った。

蒼星は星天の右腕を見た。弾倉には、火属性弾がある。

 

撃つために使えば、盾の一枚は抜ける。けれど、それでは足りない。

 

三列ある。防御魔法もある。鉄杭も拘束網もある。

 

一点を、全部まとめて抜く必要がある。蒼星は星天を後方へ向けた。

 

「火を使う」

 

凍星が目を細める。

 

「撃つのか?」

「違う」

 

蒼星は大剣を前に構えた。

 

「推進に回す」

 

椒が一瞬だけ黙った。それから、楽しそうに笑った。

 

「蒼星さん、やっぱ気持ち悪いな」

「褒めてる?」

「かなり褒めてる」

 

凍星は深く息を吐いた。

 

「本気です?蒼星さん」

「本気」

「……分かった。合わせます」

「お願い」

「椒」

「あいよ」

「蒼星さんの右を空けてください。私は左を乱します。獣で槍を止めます。足場は必要になったら出ます」

「相変わらず注文が多いな、奏雨」

「こっちは無茶の後始末をしてるんだ。文句は蒼星さんに言ってくれ」

「言ってる」

「足りない」

 

蒼星は二人の会話を聞きながら、星天の装填口を開いた。

 

《装填》

 

火属性弾。赤い光が星天の内部へ吸い込まれる。装甲の隙間から白い蒸気が噴き出す。熱が右肩を焼き、星天の内部で火が圧縮されていく。

 

撃つのではない。後ろへ逃がす。推進に変える。

 

蒼雷が足元で弾けた。黒白の修道装が、熱と雷の中で揺れる。

 

《帰還の誓い》が身体の奥で噛み合う。

 

守るために戦っている。

 

孤児院を。町を。ナギたちを。シオンを。

 

帰る場所を。だから、動ける。

 

「行く」

 

蒼星が言った。椒が右へ走る。紫炎が盾列の横を削る。

 

凍星の獣が左へ流れ、槍持ちの足元を乱す。虹色の粒が空中に広がり、蒼星の進路に余計な障害を消すように散った。鉄鳴の指揮役が叫ぶ。

 

「来るぞ! 止めろ!」

 

盾が重なる。槍が突き出される。拘束網が構えられる。防御魔法が厚くなる。

 

蒼星は止まらない。星天の右腕を後方へ向ける。

 

火属性弾が、内部で爆ぜた。

 

轟音。

 

星天の排気が後方へ噴き、蒼星の身体を前へ撃ち出す。

 

蒼雷の加速。

星天の火力。

大剣の質量。

 

黒白の修道装の補正。

 

それらが一本の線になる。

 

星天は砲身。

大剣は弾頭。

蒼雷は軌道。

 

蒼星は、砲弾のように鉄鳴の防御陣形へ突き刺さった。

盾が、割れた。

 

一枚ではない。

 

最前列の盾が歪み、その後ろに重ねられた盾が押し潰され、三列目の防御姿勢までまとめて崩れる。大剣の切っ先が防御魔法の膜へ突き立ち、星天の排気で押し込まれた蒼星の身体が、その一点へさらに力を流し込んだ。

 

防御魔法が悲鳴のような音を立てる。

 

罅が走った。

 

「止めろ!」

 

鉄鳴の指揮役が叫ぶ。槍が突き出される。だが、その槍は蒼星へ届く前に横から弾かれた。

 

「邪魔」

 

椒の大太刀だった。

紫炎を纏った刃が槍の列を斜めに叩き落とす。折るのではない。軌道を潰す。蒼星へ向かう線だけを、横から消す。

 

反対側では、凍星の獣たちが槍持ちの足元へ滑り込んでいた。

 

「押さえろ。噛み切るなよ」

 

獣が唸る。槍持ちの足が止まる。

 

その一瞬で十分だった。

 

蒼星は大剣をさらに押し込む。星天の排気が強くなる。

 

火属性弾の熱が右肩を焼いた。星天との接続部が軋み、皮膚の奥に痛みが走る。蒼雷の反動も脚に戻ってくる。それでも、止まらない。

 

黒白の修道装が、崩れかける姿勢を支える。

 

《帰還の誓い》が身体の奥で噛み合う。

 

守るために戦っている。なら、まだ踏める。

 

「抜く」

 

蒼星は短く言った。

 

次の瞬間、防御魔法が砕けた。

 

硝子が割れるような音がして、薄い膜が光の粒になって散る。鉄杭が大剣に巻き込まれて跳ね飛び、拘束網の射出筒が火の排気に炙られて暴発した。

 

網が味方の盾持ちを絡め取る。鉄鳴の陣形に、穴が開いた。

 

蒼星はその穴を通り抜けるだけでは終わらせなかった。

 

大剣を横へ振り抜く。

 

砕けた盾列の残りを払い、星天の拳で立ち上がろうとした前衛の武器を叩き落とす。死糸が伸び、まだ構えを維持していた魔法職の杖を絡め取った。

 

引く。

 

詠唱が途切れる。

 

「椒」

「分かってる!」

 

椒が穴へ飛び込んだ。

紫炎の線が走る。

 

崩れた盾列の隙間にいたレッドPLが、火瓶を投げるより早く斬り伏せられる。火瓶が落ちる前に、蒼星の死糸が絡め取り、凍星の獣がそれを路地の外へ蹴り飛ばした。

 

凍星が白杖を掲げる。

 

「広げるぞ」

 

虹色の足場が、穴の内側に浮かんだ。

 

一枚。

二枚。

三枚。

 

逃げ道ではない。踏み込むための道だった。蒼星が開けた穴を、椒が斬り広げ、凍星が形として固定する。鉄鳴の硬い防御陣形は、もう陣形ではなかった。

 

ただ、崩れた盾と、絡まった網と、足元を乱された兵たちの集まりになっている。

 

蒼星は星天の排気を止めた。

火の反動が遅れて肩へ返ってくる。右腕が痺れる。大剣の切っ先が一瞬だけ下がった。

 

シオンの声が、背後から聞こえた気がした。

 

無茶はしないでください。

 

蒼星は小さく息を吐く。

 

「しないで済むなら、しなかった」

「独り言か、蒼星さん!」

 

椒が笑う。

 

「シオンに怒られる想像」

「ああ、誰かに怒られるのは怖いわな!」

「かなり」

 

凍星が呆れたように肩をすくめた。

 

「喋ってる暇があるなら前を見る。奥、まだいるぞ」

 

その声に、蒼星は顔を上げる。崩れた防御陣形の奥。

 

そこに、鉄鳴の本陣が見えた。

 

簡易の指揮幕。

魔法通信の結晶。

周囲を固める護衛。

 

そして、その中心に立つ女。

 

リン。

 

炎の向こうで、彼女は剣を握っていた。

 

蒼星が一歩、前へ出る。

 

椒が右に並ぶ。

 

凍星が左後ろにつく。

 

三人の背後では、孤児院へ向かっていた火の勢いが弱まり始めていた。鉄鳴の包囲は崩れ、妙なレッドPLたちは蒼星と椒に狩られ、凍星の獣に追われて散っている。

 

まだ終わってはいない。

 

けれど、孤児院を押し潰すための輪は、もう形を保てていなかった。

 

リンの目が、細くなる。

 

「ようやく来たわね、蒼星」

 

蒼星は大剣の切っ先を下ろした。星天から、白い蒸気が漏れる。黒白の修道装の裾が、火の粉を受けて揺れた。

 

「子供たちを連れ出したのは、あなた?」

 

リンは答えなかった。

 

沈黙。

 

それだけで、十分だった。椒が口元を吊り上げる。

 

「黙るってことは、斬っていいってことか?」

 

凍星が白杖を軽く回した。

 

「椒、少し待て。まだ聞くことがある」

「待つの苦手なんだけどな」

「知ってる」

 

蒼星はリンから目を逸らさない。

 

「聞いてからにする」

 

リンの剣に、魔力が走った。炎の音が、遠くなる。

鉄鳴の本陣前で、三人は足を止めた。

そして、ようやく戦いはリンへ届いた。




武芸百般(オール・マスタリー)

分類:passive
武器、武術に関する習熟度を極限まで高めた者が到達する統合スキル。

剣、短剣、大剣、大鎌、槍、斧、盾、弓、投擲、格闘など、個別に存在していた武器系スキルを統合する。

このスキルを取得した者は、あらゆる武器を装備し、戦闘に用いることができる。
ただし、統合の代償として、各武器専用アーツは使用できない。
武器を選ばない万能性を得る代わりに、武器固有の奥義や型に頼ることはできなくなる。

・全武器種を装備可能にする。
・武器攻撃にTEC補正を追加する。
・本来の装備条件を一部緩和する。
・拾得武器、敵から奪った武器、破損武器、未完成武器でも最低限の性能を引き出せる。
・武器の重心、間合い、耐久、用途を瞬時に把握しやすくなる。
・武器の持ち替え、投擲、回収、使い捨て運用時の硬直を軽減する。
・格闘、盾打、柄打ち、蹴り、投擲など、武器種に縛られない応用動作に補正を得る。
・戦場に存在する武器、道具、拘束具を一時的な武装として扱いやすくなる。
・個別武器スキルの専用アーツは使用不可。
・武器ごとの奥義、流派技、固定アーツは発動できない。
・STR不足、重量過多、身体損傷による負荷は無効化されない。
・破損武器、未完成武器、耐久の低い武器は壊れやすい。

フレーバーテキスト
武を極めた者は、武器を選ばない。

剣で斬る。
槍で穿つ。
斧で砕く。
盾で打つ。
拳で折る。
落ちた武器で次へ繋ぐ。

それは美しい型ではない。
完成された流派でもない。

戦場にあるものを掴み、理解し、振るい、投げ、壊し、捨てる。

刃でなくともいい。
柄で殴ってもいい。
盾で押し潰してもいい。
折れた槍でも、砕けた短剣でも、一手を繋げるなら武器となる。

武芸とは、武器の名前ではない。

間合い。
重心。
硬度。
耐久。
軌道。
踏み込み。
殺すための手順。
守るための選択。

そのすべてを技量で扱う者に、武器の区別は意味を持たない。
あらゆる武器は、その手にあれば武芸となる。
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