Nocturne Reaper   作:Spica@お星

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定例会議

定例会議は月に数回、攻略組に属する有力ギルドや大規模クランが持ち回りで主催している。

 

前線攻略に関わる者、物資流通を担う者、生産職をまとめる者、後方の治安維持に携わる者。立場の違う代表たちが集まり、次階層への遠征日程、補給線の確認、ボス攻略に必要な素材の割り振り、増えつつあるPK被害への対策などを話し合う場だった。

 

今回の主催は、攻略組の一角を担う大規模クラン《連盟》。そのため、議場の中央には連盟の紋章が掲げられ、進行役も連盟盟主である篝火が務めていた。

 

だが、その日の空気はいつもと違っていた。

 

円卓の上に表示された議題一覧。その最上段には、赤い警告色で一つの項目が追加されている。

緊急報告:レッドPL蒼星について

 

その文字が表示された瞬間、議場の空気が変わった。

 

ざわめきは大きくない。だが、確かに広がった。蒼星という名前を知る者は多い。知らない者でも、死を告げる者(グリム・リーパー)、赤い死神、血濡れ咲き――そう呼ばれるレッドPLの噂くらいは聞いたことがある。

 

夜のフィールドに現れ、PKを狩り、悪質なPLを消す。正義ではない。英雄でもない。ただ、出会えば誰かが死ぬ。そういう存在として、蒼星は攻略組にも知られていた。

 

連盟盟主、篝火は円卓の奥で静かに手を上げる。

 

「静粛に。今回の緊急議題は、鉄鳴からの報告によるものだ」

 

議場のざわめきが収まる。

 

篝火の視線が、円卓の一角へ向けられた。そこには、黒鉄の鎧を纏った男が立っている。

《鉄鳴》ギルドマスター、クロガネ。

 

後方治安維持を担う武装ギルドの長であり、今回の会議における報告者だった。

 

「クロガネ。説明を」

 

「はい」

 

クロガネは一礼し、円卓の中央へ視線を向けた。すると議題表示が切り替わり、複数のログ、地図、結晶片の解析記録が浮かび上がる。

 

「昨夜、我々鉄鳴は巡回任務中、PKギルド《アンサブ》と接触している“罪人”蒼星を確認しました。対象はその場で、我々攻略組の内部情報を流していたものと思われます。なお、対象には以前より、PKギルドとの接触、奪品の不正所持、ならびに攻略組内部情報の外部漏洩の疑いがありました」

 

議場がわずかに揺れる。

 

“罪人”。

 

クロガネが何気なく口にしたその呼称に、反応した者は少なくなかった。蒼星はレッドPLだ。危険人物であることに異論はない。だが、ここは処刑場ではない。攻略組の定例会議であり、まだ審議も調査も終わっていない段階で、特定のPLを罪人と断じるには早すぎる。

それでも、クロガネは言い直さなかった。

 

むしろ、その呼び方を選んでいるように見えた。

 

「《アンサブ》は、ここ数週間で複数の補給隊襲撃に関与していたPKギルドです。襲撃の日時、地点、対象は、前線攻略班の遠征日程、回復職の配置、補給物資の輸送経路と高い精度で一致していました」

 

円卓上の地図に、赤い点がいくつも浮かぶ。補給隊が襲撃された地点。遠征が延期された日。失われた物資の量。並べられた記録だけを見れば、確かに内部情報が漏れていたと考える方が自然だった。

 

クロガネは続ける。

 

「そして昨夜、鉄鳴の巡回部隊は、《アンサブ》と接触している蒼星を発見しました。現場では攻略組の未公開情報を含む記録媒体が確認され、その媒体の所有者情報は蒼星と一致しています」

 

議場の空気が、低く沈む。

 

所有者情報。未公開情報。PKギルドとの接触。並べられた言葉だけを聞けば、蒼星が黒だと判断するには十分に見えた。少なくとも、蒼星を知らない者たちにとっては。

「待った」

 

その声は、議場の端から飛んだ。

 

大きくはない。だが、不思議と通る声だった。

 

視線が一斉に向く。そこに座っていたのは、【オオミナト第八艦隊】のギルドマスター、Yo!曽郎だった。

 

ノーザンロード港湾、トーマクマン第5造船所を本拠とする技術屋集団。VRMMOの世界で現実の軍艦を建造するという、正気を疑う目的で立ち上がったギルドである。もっとも、彼らはただの物好きではない。建造した艦艇にファンタジー・ギミックを組み込み、本来の想定を遥かに超える性能を実現させ、ついには十二宮神殿の一つ、嬰児水宮ナクシャトラを十二隻の軍艦による総攻撃で踏破した実績を持つ。

 

つまり、変人だが実力者。ふざけているが、攻略組の誰も無視できない連中だった。

 

Yo!曽郎は椅子の背にもたれたまま、片手を軽く上げている。

 

「蒼星がレッドPLなのは否定しねえよ。人も殺してる。危険人物だ。それはそうだ」

 

そこで彼は、クロガネを見る。

 

「だがな。あいつは、無意味な殺しをするタイプじゃねえ」

 

クロガネの目が、わずかに細くなった。

 

「何が言いたいのですか」

 

「言葉通りだよ」

 

Yo!曽郎は肩をすくめる。

 

「蒼星は悪党じゃねえとは言わん。正義の味方でもねえ。だが、攻略組の足を引っ張るような真似をする奴でもねえって言ってんだ」

 

篝火が静かに口を開く。

 

「Yo!曽郎。蒼星との接触経験があるのか」

 

「ここが俺たちの現実になる前に何度かな」

 

Yo!曽郎は、円卓に浮かぶ解析記録を見たまま答えた。いつものふざけた調子は薄い。軍人RPで茶化す時の口調でもなかった。

 

「イベント海域で何度かぶつかった。こっちは艦隊運用の実験中で、あっちは単独で敵陣の指揮官だけ刈り取ってた。正直、味方にいても敵にいても面倒な奴だったよ」

 

「それが、今回の件とどう関係する」

 

クロガネが問う。

 

Yo!曽郎は肩をすくめた。

 

「関係あるさ。あいつは戦場で無駄弾を撃たねえタイプだ。殺すにしても、必ず理由がある。逆に言えば、意味のない殺しはしない」

 

そこで一度、Yo!曽郎は円卓に浮かぶ襲撃記録へ視線を向けた。

 

「蒼星はレッドPLだ。そこは否定しねえ。あいつの手が綺麗だなんて、口が裂けても言わん。だが、攻略組の補給線を潰す? 遠征日程をPKギルドに売って、攻略を遅らせる?」

 

Yo!曽郎は鼻で笑った。

 

「ないな。あいつがそんな非効率なことをする理由がねえ」

 

クロガネの目が、わずかに細くなる。

 

「非効率、ですか」

 

「ああ。非効率だ」

 

Yo!曽郎は即答した。

 

「蒼星が本気で攻略組の足を引っ張るつもりなら、補給線なんざ狙わねえよ。PKギルドに情報流して、遠回しに遠征を遅らせる? そんな悠長なことをする奴じゃねえ」

 

議場の空気が、少し変わった。Yo!曽郎は、軽い口調のまま続ける。

 

「あいつなら、本隊の中に潜り込んで、指揮官を暗殺して終わりだ」

 

沈黙が落ちた。

 

蒼星を擁護しているはずの言葉なのに、内容はあまりにも物騒だった。だが、蒼星を知る者ほど、その言葉を笑えなかった。

 

白金が、堪えきれないように小さく笑う。

 

「ひどい擁護……wwww」

 

「事実だろ」

 

Yo!曽郎は悪びれない。

 

「俺は蒼星を善人だなんて言ってねえ。むしろ善人じゃないからこそ、やることが分かりやすいって話だ。あいつは必要なら殺す。必要なら刈る。必要なら消す。だが、攻略組全体の足場を腐らせるような真似はしねえ」

 

クロガネが低く言う。

 

「あなたの印象に過ぎません」

 

「そうだな」

 

Yo!曽郎はあっさり認めた。

 

「だから、蒼星は白だとは言わねえ。ただ、黒だと決めるには雑だと言ってる」

 

彼は円卓に表示された結晶片の解析記録を指差した。

 

「壊れた記録媒体。蒼星の所持者情報。PKギルドとの接触痕跡。どれも“蒼星がその場にいた”証拠にはなる。けど、“蒼星が情報を流した”証拠には足りねえ」

 

少し間を置き、Yo!曽郎は口元を歪める。

 

「うちの艦なら、そんな雑な弾道計算は砲撃管制に回す前に突き返す。照準が甘すぎるな」

 

その言葉に、議場の空気がわずかに揺れた。

 

ふざけた比喩だった。けれど、この場にいる者の多くは笑わなかった。【オオミナト第八艦隊】は変人揃いの技術屋集団だが、攻略実績は本物だ。彼らが照準が甘いと言うなら、それはただの冗談では済まない。

 

クロガネはしばらく黙っていた。やがて、静かに口を開く。

 

「なるほど」

 

その声に、感情はなかった。

 

「記録媒体の所有者情報だけでは不十分。蒼星がその場にいた証拠にはなっても、情報を流した証拠にはならない。そういうことですね」

 

「そういうことだ」

 

Yo!曽郎は頷いた。

 

「俺は蒼星を白だなんて言ってねえ。ただ、その弾道じゃ黒に当てるには距離があるって話だ」

 

クロガネは円卓の中央へ一歩進んだ。

 

「では、証拠を見せます」

 

その一言で、議場の温度が変わった。篝火が静かに問う。

 

「追加の証拠があるのか」

 

「はい」

 

クロガネは頷く。

 

「現場で記録された視覚ログです」

 

円卓の中央に浮かんでいた地図と解析記録が消えた。代わりに表示されたのは、夜の森を映した視覚ログだった。

 

映像は荒れている。木々の隙間、湿った地面、薄い霧。記録者は鉄鳴の斥候らしく、画面端には座標と索敵範囲、対象反応が細かく表示されていた。やがて、画面の奥に二つの影が映る。

 

一つは、複数人の集団。赤いカーソルを持つPKギルド《アンサブ》の残党。もう一つは、黒い外套に身を包んだ細身のプレイヤーだった。

 

大鎌を背負った、蒼星。議場の空気が、わずかに強張る。

 

映像の中で、《アンサブ》の男が低く笑った。

 

『来たか、死神』

 

蒼星は答えない。ただ、外套の陰で首を傾ける。

 

『例の情報は?』

 

音声にノイズが走る。けれど、次の言葉ははっきりと残っていた。

 

『補給隊の移動予定。前線組の遠征日。回復職の配置。未公開ルート』

 

《アンサブ》の男が、手を差し出す。

 

『全部、入ってるんだろうな』

 

蒼星はしばらく黙っていた。

それから、外套の内側から黒い結晶片を取り出した。議場に、小さなどよめきが広がる。

映像の中の蒼星は、左手で結晶片を掲げる。黒い表面に、断片的な文字列が浮かび上がった。

 

補給隊移動予定、前線攻略班遠征日、回復職配置表、未公開ルート断片それは、攻略組内部でも限られた者しか知り得ない情報だった。

 

蒼星は結晶片を《アンサブ》の男へ放る。男はそれを受け取り、にやりと笑った。

 

『助かるぜ。これで次も稼げる』

 

蒼星は答えない。

 

《アンサブ》の男が、代わりに小さな袋を取り出す。報酬らしきアイテム袋。中身までは見えない。だが、取引の形としては十分だった。

 

男がそれを蒼星へ差し出す。

 

『約束の分だ』

 

そこで、映像が大きく乱れた。

 

音が飛ぶ。画面が白く弾ける。木々の影が揺れ、黒い線のようなものが一瞬だけ走る。

 

次に映像が戻った時、蒼星はまだ立っていた。《アンサブ》の男も画面内にいる。だが、表情は読み取れない。認識阻害と映像ノイズのせいで、細部が潰れていた。

 

『取引成立、だな』

 

男の声が聞こえる。蒼星は何も言わなかった。

ただ、外套を翻し、森の奥へ消えていく。そこで映像は停止した。議場は静まり返っていた。

 

映像だけを見れば、蒼星が《アンサブ》へ攻略組の未公開情報を渡している。報酬らしきものを受け取ろうとしている。接触ではなく、取引。疑惑ではなく、現場。

クロガネは静かに告げた。

 

「これが、鉄鳴の斥候が記録した映像です。蒼星は《アンサブ》と接触し、攻略組の未公開情報を含む記録媒体を手渡しています」

 

誰もすぐには反論できなかった。

 

先ほどまでYo!曽郎が突いていた穴は、これでかなり塞がれたように見えた。壊れた結晶片。所有者情報。接触痕跡。それだけなら弱い。だが、映像がある。蒼星が渡している映像が。

 

椒が唇を噛む。凍星の表情に、さらに深い影が落ちる。月詠は目を細め、松林は停止した映像のノイズ部分をじっと見ていた。

 

白金が、さらに笑った。

 

「うん。茶番」

 

その声は軽かった。けれど、議場の空気を裂くには十分だった。

 

クロガネの視線が白金へ向く。

 

「茶番、ですか」

 

「付き合ってられないね。私は攻略に戻るよ。……連盟も暇なんだね」

 

その一言で、議場の空気が冷えた。

 

連盟所属の数人が明らかに眉をひそめる。椒が白金を見る。言い過ぎだ、とでも言いたげだった。だが、白金は気にしない。円卓に停止した映像を一瞥し、薄く笑ったまま椅子から立ち上がる。

 

「白金」

 

篝火が名を呼んだ。

 

「まだ議題は終わっていない」

 

「私の中では終わった」

 

白金は振り返らずに答えた。

 

クロガネが低く言う。

 

「証拠を見ても、なお蒼星を庇うのですか」

 

白金はそこで、ようやく足を止めた。少しだけ振り返る。口元には笑みがある。だが、目は少しも笑っていなかった。

 

「庇う?」

 

白金は短く笑った。

 

「庇う必要なんて、感じない」

 

それだけ言って、白金は懐から転移結晶を取り出した。

 

薄い光が、足元に広がる。

 

「茶番に付き合うほど暇じゃないんだ。私は攻略に戻るよ」

 

「白金」

 

椒が呼ぶ。

 

だが、白金はもう答えなかった。転移光が彼女の輪郭を包む。次の瞬間、その姿は議場から消えていた。残されたのは、閉じる扉の音すらない沈黙だった。

 

円卓には、停止した映像がまだ浮かんでいる。黒い外套。赤いカーソル。結晶片を渡す蒼星の姿。そして、映像の端に表示された対象名。白金は、それを見ていた。見て、笑って、何も言わずに去った。

 

その意味に気づいた者は、まだ少ない。けれど、議場に落ちた疑念だけは、もう消えなかった。

 

「対象は拘束勧告を拒否。交戦に移行しました」

映像が断片的に切り替わる。夜の森。盾列。鎖。鳴子杭。黒い外套が複数にぶれ、鉄鳴の兵が次々と倒れていく。

 

「鉄鳴側に負傷者多数。ただし、死亡者はいません」

 

クロガネの声に、感情はなかった。

 

「罪人蒼星は、激しい抵抗の末、包囲を突破して逃走。その後、追撃中に崖際へ到達しました」

 

円卓上の映像が切り替わる。裂けた黒い外套。赤く削れたHPバー。乱れた足取り。森を抜け、崖際へ向かう蒼星の姿。

 

「追撃の末、対象は右腕を喪失。同時に崖下の急流へ落下」

 

激しい水音が、映像越しに議場へ響いた。索敵ログが乱れる。

 

対象反応:急流へ落下

カーソル反応:不安定

魔力反応:分散

生存反応:微弱

対象反応:ロスト

 

映像はそこで停止した。クロガネは淡々と告げる。

 

「死亡ログは未確認。しかし、対象は右腕を喪失した状態で急流へ落下し、以後すべての反応をロストしています」

 

一拍。

 

「以上の状況から、鉄鳴は罪人蒼星を死亡、または生存絶望と判断しています」

 

議場は静まり返った。それは、あまりにも事務的な報告だった。人が一人死んだかもしれない話ではなく、処理済みの案件を読み上げるような声だった。だからこそ、余計に冷たかった。

 

クロガネは続けて、手元にインベントリウィンドウを開いた。

 

武器欄の中から一つを選択する。次の瞬間、円卓の中央に黒い大鎌が出現した。

 

「また、現場より対象のユニーク武器、魂喰らい(ソール・イーター)を回収しました」

 

その名が出た瞬間、蒼星を知る者たちの空気が変わった。

 

黒い刃。蒼白い光を宿す、魂を喰らう大鎌。蒼星が常に持ち歩いていた武器であり、彼女というPLを象徴するもの。

 

それが今、クロガネのインベントリから、当然のように取り出されていた。

 

クロガネは魂喰らい(ソール・イーター)の横に、アイテム情報を表示する。

 

名称:魂喰らい(ソール・イーター)

種別:ユニークウェポン

現所有者:クロガネ

 

議場に、低いざわめきが走った。

 

蒼星が魂喰らい(ソール・イーター)を手放した。

 

それだけでも異常だった。だが、ただ落としただけなら、まだ分かる。奪われただけなら、まだ理解できる。問題は、表示された所有者情報だった。

 

現所有者、クロガネ。

 

それは、魂喰らい(ソール・イーター)がシステム上、すでに蒼星の所有物ではなくなっていることを示していた。

 

椒が、勢いよく立ち上がった。椅子が床を擦り、鋭い音を立てる。

 

「……ふざけんなよ」

 

低い声だった。だが、その声に込められた怒りは、議場の誰もが分かるほど濃かった。

 

「回収? 今、それを回収って言ったか?」

 

クロガネは視線だけを椒へ向ける。

 

「現場より回収した、と報告しました」

 

「違ぇだろ」

 

椒は円卓の中央に置かれた魂喰らい(ソール・イーター)を指差した。

 

「それ、お前のインベントリから出したよな」

 

議場が静まり返る。椒の視線は、クロガネではなく大鎌に向いていた。魂を喰らう武器。蒼星がどれだけ嫌われても、どれだけ恨まれても、それだけは手放さなかったもの。それが今、クロガネの手元から出てきた。

 

「拾ったんじゃねぇ。預かったんでもねぇ。押収品として保管してるだけでもねぇ」

 

椒は、表示されたアイテム情報を睨む。

 

現所有者:クロガネ

 

「それ、もうお前の武器になってんだろ」

 

クロガネは表情を変えない。

 

「危険なユニークウェポンです。所有権を確保し、管理下に置くのは当然の処置です」

 

「当然?」

 

椒の声が跳ねた。

 

「右腕斬られて、崖から落ちて、死亡ログも出てねぇ相手の武器を、自分の所有物にして、それで当然だって言うのかよ!!」

 

「対象は罪人です」

 

「まだ決まってねぇだろ!!」

 

椒の拳が、円卓を叩いた。硬い音が議場に響く。

 

「蒼星さんが情報を流したってのも、死んだってのも、まだ何一つ確定してねぇ。なのに何で、お前がその鎌を持ってんだよ。何で、お前の名前が所有者に出てんだよ」

 

クロガネの目が細くなる。

 

「椒。感情的な発言は控えていただきたい」

 

「感情的にもなるだろ!!」

 

椒は吠えた。

 

「蒼星さんにとって、それはただの武器じゃねぇんだよ」

 

椒は魂喰らい(ソール・イーター)を睨んだ。

 

「名前も信用も捨てて、それでも最後まで握ってたもんだ。お前がそれに触れていいわけがない」

 

声が震える。怒りだけではなかった。認めたくない喪失が、そこに混じっていた。クロガネは表情を変えない。

 

「感情論です」

 

その一言で、椒の目がさらに鋭くなった。

 

「感情論で悪いかよ」

 

椒は一歩踏み出す。

 

「人のもんを奪って、自分の名前に書き換えて、それを証拠だって並べてんだぞ。怒るに決まってんだろ」

 

「所有権移行はシステム処理です。私が任意に書き換えたものではありません」

 

「だから何だよ」

 

椒の拳が震えていた。

 

「システムがそうなったから正しいって? だったらレッドPLになった蒼星さんには、何をしてもいいのかよ。カーソルが赤いから、何を奪ってもいいのかよ」

 

議場が静まる。クロガネは淡々と返す。

 

「蒼星は罪人です」

 

「まだ決まってねぇって言ってんだろ!!」

 

椒が叫んだ瞬間、凍星が静かに手を伸ばした。椒の腕を掴む。強くはない。けれど、止めるには十分だった。

 

「椒」

 

短い声だった。椒は振り払おうとして、できなかった。凍星の顔には怒りではなく、深い悲しみが落ちていた。

 

「今、殴れば負ける」

 

椒は歯を食いしばった。

 

「……分かってる」

 

分かっている。ここでクロガネに掴みかかれば、鉄鳴は喜ぶ。蒼星の元仲間が感情的に暴れた。そう記録されるだけだ。だから、動けない。それが余計に腹立たしかった。

 

椒はもう一度、円卓の中央に置かれた魂喰らい(ソール・イーター)を見る。

 

「……蒼星さんは」

 

声が少し掠れた。

 

「そんな簡単に、それを手放す人じゃねぇよ」

 

誰も否定しなかった。

 

「……分かってる」

 

魂喰らい(ソール・イーター)は、ただの武器ではない。蒼星を知る者にとって、それは彼女という存在を象徴するものだった。

 

蒼星がどれほど信用を失っても、誰に恨まれても、それだけは彼女の手にあった。

人を遠ざけ、名を歪ませ、誰にも理解されない道を選んでも、あの大鎌だけは蒼星の傍にあり続けた。それが今、クロガネの所有物として円卓の中央に置かれている。その光景は、蒼星が死んだと告げられるよりも、ある者たちには残酷だった。

 

「椒」

 

凍星が静かに呼んだ。

 

椒はまだ立ったままだった。拳は握られ、肩は怒りでわずかに震えている。だが、凍星の声を聞いて、ようやく一歩分だけ力を抜いた。

 

「座れ」

 

「……分かってる」

 

椒は歯を食いしばりながら、ゆっくりと椅子に戻った。座ってもなお、視線はクロガネから離れない。

 

凍星は、円卓の中央に置かれた魂喰らい(ソール・イーター)を見ていた。表情は変わらない。だが、その目に落ちた影は先ほどよりも深い。

 

「クロガネ」

 

低い声だった。

 

「それを、見せ物のように置くな」

 

クロガネはわずかに目を細める。

 

「証拠品です」

 

「なら、証拠品として扱え」

 

凍星の声は荒くない。だからこそ、冷たかった。

 

「蒼星さんの死を示す道具としてではなく、蒼星さんが失ったものとして扱え」

 

議場に、静かな沈黙が落ちる。月詠が目を伏せた。声は穏やかだった。

 

「おとめさんが本当に死んだのなら、それは遺品です。生きているのなら、本人の所有物です。どちらにせよ、この場で所有者を誇示するように出すものではありません」

 

「うーん、ちょっと待とうか」

 

松林が、場違いなくらい軽い声で言った。

 

「その鎌の所有者がクロガネになってるのは見えたよ。見えた見えた。すごく見えた。でもさ、それって“乙女さんが死んだ証拠”じゃなくて、“所有権が移った証拠”だよね」

 

クロガネの目が細くなる。

 

「何が言いたいのです」

 

「そのままだよ」

 

松林は笑う。

 

「死んだから移ったのか、戦闘不能で落としたから移ったのか、何か別の条件で移ったのか。そこを見ないと、結論に飛びすぎじゃないかなって話」

 

「所有権が移った事実は変わりません」

 

「うん。変わらないね」

 

松林はあっさり頷いた。

 

「でも、事実と結論は別だよね。所有権が移った。これは事実。でも、だから乙女さんは死んだ。これは推測。そこを同じものとして扱うのは、ちょっと危ないんじゃない?」

 

クロガネは答えない。

 

松林は、円卓の中央に置かれた魂喰らい(ソール・イーター)を見た。

 

「それにさ、ユニークウェポンの所有権移行って、普通のドロップとは違うでしょ。条件ログ、残ってるはずだよね」

 

軽い口調だった。

 

だが、言っていることは逃げ道を塞いでいた。

 

「いつ、どこで、何を条件に、誰の操作で、所有者が変わったのか。そこを出してくれれば早いよ」

 

「……必要であれば、提出します」

 

クロガネが答える。

 

「必要だよね」

 

松林は即答した。

 

「だって今、それを乙女さんの死亡証明みたいに出したんだから」

 

議場の空気が、少しだけ変わる。

椒はまだ怒りを噛み殺していた。凍星は静かに目を伏せている。月詠は何も言わない。ただ、松林の言葉に小さく頷いた。

 

塩宮も、魂喰らい(ソール・イーター)から目を離さない。

 

それは確かに、蒼星が危機的状況に陥った証拠だった。けれど、死んだ証拠ではない。そして、それを誰もが少しずつ理解し始めていた。




定例会議まだ続きます
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