Nocturne Reaper   作:Spica@お星

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蒼星進化


執行者《サルヴァティオ》

そして、ようやく戦いはリンへ届いた。

 

鉄鳴の本陣は、崩れた包囲網の奥にあった。

 

簡易の指揮幕。魔法通信の結晶。地面に打ち込まれた防御杭。周囲に残る護衛たち。そして、その中央に立つ女。

 

リン。

 

炎に照らされた魔法騎士は、剣を抜いたまま蒼星たちを見ていた。

 

孤児院を包囲していた輪は、もう形を保っていない。椒が火を撒くレッドPLを斬り伏せ、凍星が鉄鳴の隊列を外側から乱し、蒼星が正面を砕いた。

 

それでも、リンは退かなかった。

 

リンの周囲に、五人のPLが立つ。

 

大盾を構えた盾役。

長槍を持つ前衛。

魔法杖を浮かべる魔法使い。

弓を引く狙撃手。

そして、符と短杖を持つ呪術師。

 

リンを含めて六人。

 

鉄鳴のフルパーティーだった。

椒が大太刀を肩に担ぎ、口元を歪める。

 

「まだ残してたのかよ」

「本陣にフルパーティーを残すのは、普通に考えれば当然だな~」

 

凍星は白杖フィエルティジムを構えながら言った。

 

「普通じゃないのは、ここまで三人で突っ込んできた私たちの方だよ」

「奏雨、それ今言うことか?」

「今だから言うんだよ」

 

蒼星は二人の会話を聞きながら、リンを見ていた。

 

右腕の星天から白い蒸気が漏れている。火属性弾を推進に回した反動で、接続部がまだ熱い。脚には蒼雷の痛みが残り、黒白の修道装の内側では自動回復が細く働いている。

 

完全ではない。けれど、立てる。

 

戦える。

 

蒼星は大剣の切っ先を下ろした。

 

「子供たちを連れ出したのは、あなた?」

 

リンは答えなかった。炎の音だけが、その沈黙を埋める。

蒼星の金色の瞳が、わずかに細くなる。

 

「答えないんだ」

「答える必要がある?」

 

リンはようやく口を開いた。その声は冷えていた。

 

「あなたはレッドPL。連盟所属ギルドへの襲撃容疑。鉄鳴関係者への殺害行為。前線PLへの背信行為。そして、この町はあなたを匿った」

 

「だから、町を焼いた?」

「そうよ」

「でも、子供たちは関係ない。あれは、あなたの命令?」

「……」

「答えろ!!」

 

殺気が漏れ出した。

 

スキルではない。称号の効果でも、威圧系のアーツでもない。

 

本物の殺気だった。

 

蒼星の金色の瞳が、炎の中で細く光る。右腕の星天が低く唸り、黒白の修道装の裾が火の粉を受けて揺れた。リンの周囲にいた五人が、反射的に構える。

 

盾役が前へ出る。

長槍が蒼星の喉元へ向けられる。

魔法使いの杖先に魔力が集まり、狙撃手が弦を引き絞る。呪術師の符が、乾いた音を立てて展開された。

 

それでも、リンは笑った。

 

「怖い顔をするのね」

 

蒼星は答えない。ただ、一歩だけ前へ出た。

 

石畳に、大剣の切っ先が擦れる。

 

「ナギたちは、子供だよ」

「この世界では、子供だから守られるなんて保証はないわ」

「違う」

 

蒼星の声は静かだった。

静かすぎて、余計に冷たかった。

 

「そういう話をしてるんじゃない」

 

椒の紫炎が、低く揺れる。凍星の獣たちが唸りを殺して身を低くした。

 

蒼星はリンを見据えたまま、もう一度問う。

 

「あなたが命じたの?」

 

リンは、今度も答えなかった。けれど、その沈黙は肯定と同じだった。

けれど、その沈黙は肯定と同じだった。

 

「そう」

 

蒼星の声が落ちる。

 

「なら、もういい」

 

その瞬間、先に動いたのはリンたちだった。

 

「撃ちなさい」

 

リンの短い命令。

狙撃手の指が、弦を離した。

放たれた矢は、ただの矢ではなかった。細く、黒く、鏃に淡い魔力が巻きついている。狙いは胸でも頭でもない。

 

右肩。

星天と蒼星の身体が繋がっている接続部。黒白の修道装でも完全には覆いきれない、今の蒼星の弱点だった。

 

「蒼星さん!」

 

凍星の声が飛ぶ。

 

だが、蒼星は避けなかった。

 

金色の瞳が、飛来する矢を捉える。

 

矢の軌道。速度。回転。鏃の向き。

当たれば、星天の接続が乱れる。右側の重心が崩れる。今の蒼星なら、それだけで致命的な隙になる。だから、避けない。

 

止める。

 

蒼星の左手が上がった。

 

矢が接続部へ届く寸前、細い指が矢柄を掴む。

 

衝撃で腕が後ろへ弾かれた。

手のひらが裂け、血が散る。それでも、離さない。

 

「なっ……」

 

狙撃手が目を見開いた。

 

蒼星は掴んだ矢を見た。

 

黒い鏃。本来は、重装甲や硬い鱗を持つエネミーを抜くための貫通矢。

それを、リンたちは蒼星の星天接続部へ向けて撃った。

 

「いい武器」

 

短く呟く。次の瞬間、蒼星はその矢を投げ返した。

 

指先で重心を測り、裂けた掌の痛みを無視して手首を返す。弓で射るために作られた矢でも、今この瞬間、蒼星の手の中では投げて届かせるための投擲武器だった。蒼雷の踏み込みが石畳を鳴らし、肩から肘、肘から手首へ、速度が一本の線になって伝わる。

 

矢は、弓から放たれた時とはまるで違う軌道で飛んだ。

 

低く、速く、真っ直ぐに。

 

盾役の横を抜け、長槍の穂先をかすめ、狙撃手の弓を持つ手へ突き刺さる。弓が跳ね、弦が切れ、狙撃手の指から次の矢がこぼれ落ちた。

 

殺してはいない。

 

けれど、射撃手としては一瞬死んだ。

 

蒼星は裂けた左手を一度握り、血を落とした。

 

「弱点を狙うのは正しい」

 

大剣の切っ先が、石畳を擦る。

 

「でも、掴めるなら返せる」

 

リンの表情がわずかに冷える。すぐに盾役が一歩前へ出て、蒼星とリンの間に大盾を差し込んだ。長槍の前衛がその脇から穂先を伸ばし、魔法使いの杖先には火ではなく拘束用の青白い魔法陣が組み上がっていく。呪術師の符が乾いた音を立てて広がり、切れた弦を押さえた狙撃手が後退した。

 

崩れない。

 

一人の行動を潰されても、すぐ別の誰かが穴を埋める。

 

それがフルパーティーの強さだった。

 

「前衛、固定。魔法、拘束。呪術、足を奪って。狙撃手は下がって弦を替えなさい」

 

リンの指示が飛ぶ。

 

無駄がない。

 

感情で動いているようで、戦闘の判断は冷えている。だから厄介だった。シオンを折るために町を燃やすような女でも、戦場でのリンは確かに指揮官だった。

 

蒼星は大剣を持ち上げる。

 

その横で、椒が紫炎を揺らしながら笑った。

 

「六人で一人分ずつ穴を埋めてくるタイプか。面倒くせぇな」

「正統派だね」

 

凍星が白杖フィエルティジムを回しながら言った。

 

「こっちが雑だから、余計に面倒だ」

「雑って言うなよ、奏雨」

「じゃあ、自由すぎる」

「それならいい」

「よくないんだけどな」

 

蒼星は二人の会話を聞きながら、リンたちの陣形を見た。

 

盾が前。槍がその後ろ。魔法が足を縛る。呪術が行動を鈍らせる。狙撃は弱点を抜く。リンが全体を繋ぐ。綺麗な形だった。だからこそ、壊し方も見える。

 

「椒、盾を動かす」

「あいよ」

「奏雨くん、魔法使いの射線」

「潰す。三秒だけなら」

「十分」

 

蒼星の足元で、蒼雷が弾けた。

 

青白い残光が石畳を走り、蒼星の身体が盾役へ向かって沈む。

 

盾役は反応した。大盾を前に出し、蒼星の進路を塞ぐ。正面から受けるつもりだ。なら、正面には行かない。蒼星は大盾の手前で踏み切った。

 

黒白の修道装の裾が翻る。

 

盾の縁を足場にするのではない。蒼星はそのさらに上を越えた。盾役の視線が上がる。遅い。蒼星は空中で身体を捻り、長槍の前衛が突き出した穂先へ、つま先を落とした。

 

槍使いの目が見開かれる。

 

蒼星は、舞うように槍の穂先へ足を置いた。

 

普通なら足を裂く。体勢を崩す。だが、黒白の修道装が姿勢を支え、蒼雷が重心の乱れを押さえ込む。槍のしなりが、蒼星の身体をわずかに跳ね上げた。

 

狙いは首ではない。

 

殺すつもりなら、もっと速い。

 

今狙うのは意識だった。

 

星天の右腕を使えば、加減を間違える。だから左手。血で濡れた指を握り、顎の下、脳を揺らす一点へ拳を落とす。

 

槍使いの意識を狩り取る。そのはずだった。

 

「させない」

 

リンが、間に入った。

 

剣が下から跳ね上がる。

 

蒼星の拳へではない。蒼星の落下軌道へ。拳を振り抜けば、腕ごと刃に乗る角度だった。魔法騎士の剣に薄い防御魔法が絡み、ただの受けではなく、軌道そのものを押し返す壁になる。

 

蒼星は舌打ちしなかった。

 

代わりに、拳を開く。

 

振り抜くはずだった左手を引き、リンの剣の腹を指先で弾く。受けたのではない。触れて、ずらしただけ。それでも落下の線は崩れた。

 

槍使いの顎には届かない。

 

蒼星は空中で身体を丸め、リンの剣を避けながら石畳へ落ちる。

 

着地と同時に、足元へ呪符が貼りついた。

 

呪術師。

 

動きが一瞬、重くなる。

 

「捕まえた」

 

呪術師の声がした。

 

次の瞬間、蒼星の真横へ長槍が戻ってくる。槍使いは意識を刈られなかった。リンが割り込んだせいで、まだ立っている。穂先が蒼星の脇腹を狙う。

 

そこへ、紫炎が割り込んだ。

 

「邪魔だ」

 

椒の大太刀が槍を叩き落とす。

 

刃と穂先がぶつかり、火花と紫炎が散った。椒はそのまま踏み込みかけたが、盾役が大盾を横から押し込む。椒の進路が止まる。

 

凍星の声が飛んだ。

 

「蒼星さん、足元!」

 

蒼星は見ずに動いた。

 

右足を引く。

 

呪符の拘束が、完全に噛む直前に外れる。だが、遅れは残った。そこへ魔法使いの青白い拘束魔法が重なる。

 

綺麗だった。

 

盾が止める。

槍が刺す。

リンが割り込む。

呪術が足を縛る。

魔法が遅れを広げる。

 

一人を潰そうとすると、別の一人が穴を埋める。

 

これが六人パーティー。

 

蒼星は半歩だけ退き、大剣の柄を握り直した。

 

「惜しかったな、蒼星さん!」

 

椒が笑う。

蒼星はリンを見た。リンは剣を構えたまま、冷たい目でこちらを見ている。

 

「あなたの動きは速い。でも、速いだけなら止められる」

「そう」

 

蒼星は短く答えた。左手から血が落ちる。足にはまだ呪術の重さが残っている。

それでも、金色の瞳はリンから逸れなかった。

 

「じゃあ、次は速さ以外も使う」

 

蒼星はそう言って、大剣をわずかに下げた。

 

リンの目が細くなる。

 

大剣を下げるという動きは、普通なら攻めを止める予兆だった。構え直す。間合いを測る。呼吸を整える。そう見える。だから盾役は前に出る準備をし、槍使いは次の突きを構え、魔法使いは拘束魔法の二射目を組み上げた。

 

けれど、凍星だけが小さく息を吐いた。

 

「あれ、絶対に何かするな」

「何かってなんだよ」

 

椒が大太刀を構えながら聞く。

 

「分からない」

「分かんねぇのかよ」

「分からないけど、合わせるしかないだろ」

 

凍星の言葉が終わるより早く、蒼星は大剣を手放した。

 

重い刃が石畳に落ちる。

 

鉄鳴の盾役が一瞬だけ警戒を強めた。武器を落としたわけではないと、すでに分かっているのだろう。蒼星が落としたものをそのまま捨てるはずがない。そう判断したからこそ、盾役は大剣ではなく蒼星自身を見た。

 

正しい。

 

だが、足りない。

 

蒼星は大剣ではなく、地面に落ちていた弓兵の矢筒を蹴り上げた。

 

中身の残っていた矢が空中へ散る。リンのパーティー全員の視線が、反射的にその細い影を追った。蒼星はそのうち三本を左手で掴み、一本を口元の横へ、二本を指の間へ挟む。弓で射るためのものではない。投げるためのものでも、突くためのものでもない。

 

今、この場で使えるなら、それでいい。

 

《武芸百般》が、矢の長さ、硬度、重心、鏃の向きを蒼星の感覚へ流し込む。

 

蒼星は一本目を盾役の足元へ投げた。

 

狙いは身体ではない。大盾の下端と石畳のわずかな隙間だった。矢はそこへ滑り込み、大盾が前へ出る角度をほんの少しだけ狂わせる。

 

二本目は槍使いの手元へ。

 

槍を握る指を狙うのではなく、柄に当てる。小さな金属音が鳴り、穂先の角度がわずかに上がる。ほんの少し。けれど、そのほんの少しで、槍の後ろにいた魔法使いの射線が塞がった。

 

三本目は、呪術師の符へ。

 

矢が符の束を縫い止め、展開しかけていた呪符の一枚が破れる。術式そのものは消えない。だが、発動は遅れる。

 

一呼吸にも満たない時間。

 

それだけで十分だった。

 

「椒」

「あいよ!」

 

蒼星が名を呼ぶより先に、椒はもう動いていた。

 

紫炎を纏った大太刀が、盾役の横へ滑り込む。正面から盾を割るのではない。蒼星が矢で狂わせた下端を、椒がさらに横から押す。盾役は踏ん張ろうとしたが、足元の角度がずれている。大盾が一瞬だけ外へ開いた。

 

その隙間へ、蒼星は踏み込まなかった。

 

代わりに、落とした大剣を足で蹴り上げる。

 

石畳に横たわっていた大剣が、刃ではなく柄から跳ねる。蒼星はそれを星天の右手で掴み、振るのではなく、柄頭を槍使いの手首へ叩きつけた。

 

鈍い音。

 

槍が落ちる。

 

そこへ凍星の獣が飛び込んだ。

 

「噛むな、押さえろ」

 

短い命令で、獣は槍使いの足へ絡むように体当たりした。槍使いの身体が傾き、リンが即座にフォローへ入ろうとする。だが、そこへ椒が立った。

 

「行かせねぇよ」

 

紫炎が揺れる。

リンの剣と椒の大太刀がぶつかった。

 

金属音が響き、炎と魔力が弾ける。リンは椒を押し返しながら、視線だけを蒼星へ向けた。蒼星が何を狙っているのか、リンはまだ探っている。

 

蒼星は、その視線を受けたまま大剣を引いた。

 

次の標的は盾役でも槍使いでもない。

 

後ろに下がって弦を張り直そうとしていた狙撃手。

 

蒼星は大剣を振らず、足元に落ちていた切れた弓弦を踏んだ。弓弦の端を拾い、引く。壊れた弓の反動を利用して、落ちていた矢を一本、低く跳ね上げる。

 

飛んだ矢を、蒼星は蹴った。

 

矢が狙撃手の顔へ飛ぶ。

 

狙撃手は反射的に身を引いた。

 

それが狙いだった。

 

狙撃手の後退先に、凍星が作った虹色の足場が低く浮かんでいた。見えにくい。だが、足が触れれば分かる。狙撃手の踵が虹の縁を踏み、体勢が浮いた。

 

「もらった」

 

凍星が白杖を振る。

 

虹の足場が消える。

 

狙撃手の身体が落ちる。

 

蒼星はそこへ大剣の背を叩き込んだ。

 

狙撃手のHPは残る。

 

だが、意識が飛び、弓が石畳へ転がった。

 

一人。

 

リンの表情が変わる。

 

「陣形を戻して!」

 

指示は速かった。

 

盾役が下がろうとする。魔法使いが拘束魔法を再構築する。呪術師が破れた符を捨て、新しい符を展開する。槍使いは獣を振り払おうとし、リンは椒を押し返して中央へ戻ろうとする。

 

正しい。

 

だが、蒼星たちの方が先に崩し始めていた。

 

「戻させるな」

 

蒼星が言った。

 

「言われなくても!」

 

椒が紫炎を強く燃やし、リンの進路を塞ぐ。

 

「こっちも忙しいんだけどな」

 

凍星はそうぼやきながら、獣を左右へ散らし、魔法使いの射線に盾役の身体が入るように誘導した。

 

蒼星は、戦場に落ちた弓を拾った。

 

弦は切れている。弓としては使えない。けれど、使えない武器ではない。

 

蒼星は弓の両端を握り、短い棍のように構える。曲がった木の反発、折れかけた部分の弱さ、どこを叩けば壊れるか。それが手の中で分かる。

 

魔法使いが拘束魔法を放った。

 

青白い鎖が走る。

 

蒼星は避けず、壊れた弓を差し込んだ。鎖が弓に絡む。魔法が蒼星の腕へ届く前に、蒼星は弓ごとそれを地面へ叩きつけた。

 

弓が砕ける。

 

拘束魔法も軌道を失う。

 

破片が跳ねた。

 

蒼星はその破片の一つを左手で掴み、呪術師へ投げる。鋭くもない、ただの木片。だが、目元へ飛べば反応せざるを得ない。呪術師が符を顔の前へ上げる。

 

その瞬間、凍星の獣が足元へ入った。

 

呪術師の膝が落ちる。

 

蒼星は踏み込む。

 

大剣では遅い。

 

星天では重すぎる。

 

だから、拳ではなく、掌底。

 

顎を揺らす角度で、呪術師の意識だけを刈り取る。

 

二人目。

 

鉄鳴のフルパーティーの形が、崩れ始めた。リンが椒を弾き飛ばし、ようやく中央へ戻る。

 

「蒼星!」

 

リンの声に、怒りが混じる。

 

蒼星は振り返る。

 

その目は冷えていた。

 

「速さだけじゃないって言った」

 

大剣を引きずり、星天の指を開き、蒼星はリンを見据えた。

 

「戦場にあるものは、全部、私の武器」

 

リンの表情が、わずかに変わった。

 

その言葉をただの強がりだとは受け取らなかった。すでに狙撃手と呪術師を落とされている。武器を奪い、壊し、投げ、踏み、使い捨てる。蒼星の戦い方は、対策していたどの型にも収まらない。

 

「盾、前へ。押し潰しなさい」

 

リンの指示に、大盾を構えた盾役が踏み込んだ。

 

厚い盾が、壁のように迫る。人ひとりを隠せるほどの大盾。その表面には防御術式が刻まれ、椒の紫炎を受けても簡単には崩れないだけの重量と硬度があった。

 

椒が舌打ちする。

 

「硬そうだな」

「硬いなら、退かす」

 

蒼星は短く答えた。

 

次の瞬間、蒼星は大剣を椒へ投げた。

 

椒は眉を跳ね上げるが、避けない。飛んできた大剣の柄を片手で受け、重さに肩を沈めながらも、そのまま紫炎を纏わせた。

 

「重心、荒いなこれ」

「未完成だから」

「そんなもん投げるなよ」

「使えるでしょ」

「使えるけどな!」

 

椒は笑いながら、大剣を振りかぶった。

 

同時に、椒の大太刀が蒼星へ投げられる。蒼星は星天ではなく左手で柄を受け、足元を蒼雷で滑らせながら重さを逃がした。大太刀は魂喰い(ソールイーター)とは違う。刃の重さも、椒の怨嗟を吸ったような熱もある。

 

けれど、刃物であることに変わりはない。

 

《武芸百般》が、握る位置と振り抜く角度を教えてくる。

 

盾役が迫る。

 

大盾で蒼星を押し潰すつもりだった。そこへ、椒が横から大剣を叩き込む。斬撃ではない。大剣の腹を、盾の側面へぶつけた。紫炎が爆ぜ、大盾の向きがわずかにずれる。

 

その隙間へ蒼星が入った。

 

椒の大太刀を低く構え、蒼雷で足元を滑らせる。大盾の正面には行かない。ずれた角度の内側へ潜り込み、刃ではなく柄頭で盾役の膝裏を打つ。

 

盾役の体勢が沈む。だが、倒れない。

 

「硬い」

 

蒼星が呟く。

 

「なら、もう一回だ!」

 

椒が大剣を振り上げる。

 

蒼星は大太刀を投げ返した。椒はそれを受け取り、同時に大剣を蒼星へ放る。二人の武器が空中で交差する。普通なら無茶な受け渡しだった。だが、凍星の虹色の足場が一瞬だけ二人の間に浮かび、武器の落下位置をわずかに整える。

 

「雑な連携をこっちで補正する身にもなってほしいんだけどな!!」

 

凍星がぼやく。

 

「助かる、奏雨くん」

「礼はあとでいいよ、蒼星さん」

 

蒼星は戻ってきた大剣を星天の右手で掴んだ。

 

椒は大太刀を握り直す。

 

それぞれの武器に戻った瞬間、二人は同時に動いた。

 

椒が正面から紫炎を叩きつける。盾役は大盾で受けるしかない。紫炎が盾表面を焼き、防御術式が揺れる。その背後、蒼星は死糸を盾の縁ではなく、盾役の肘当てに絡めた。

 

引く。

 

盾を奪うのではない。

 

盾を構える腕の角度だけを殺す。

 

椒の大太刀が、そこへもう一度入る。

 

盾が開いた。

 

蒼星は大剣を振るわなかった。星天の拳で、大盾の内側から盾役の胸甲を打った。衝撃が盾ではなく身体へ通る。盾役のHPが大きく削れ、膝が落ちる。

 

そこへ椒が柄で顎を打ち上げた。

 

意識を刈り取る。

 

盾役の身体が石畳へ崩れた。

 

リンのフルパーティーから、盾が消える。

 

「一枚落ちた」

 

蒼星が言う。

 

「次はリンか?」

 

椒が笑う。

 

「まだ」

 

蒼星はリンを見た。

リンもまた、蒼星を見ていた。怒りではない。焦りでもない。もっと冷たい、計算の目だった。

 

その時だった。背後の炎が、不自然に揺れた。

 

凍星の獣が反応するより早く、煙の中から一人のレッドPLが飛び出した。鉄鳴の隊列ではない。さっきまで火を撒いていた妙な連中の一人。身を低くし、気配を殺し、崩れた荷車の影から蒼星の背後へ回り込んでいた。

 

狙いは、星天の接続部でも、足でもない。

 

心臓。

 

蒼星が盾役を落とした直後の、ほんの一瞬。

椒の刃が戻りきらず、凍星の視線がリンの魔法職へ向いていて、蒼星自身も前を見ていた瞬間。

刃が、背中から突き込まれた。

 

黒白の修道装が裂ける。

 

視界の端に、赤い表示が走った。

 

致死判定。

 

蒼星のHPが、ゼロへ落ちる。肉を貫く感触が、蒼星の胸の奥へ届いた。

 

炎の音が遠ざかる。

 

鉄鳴の怒号も、椒の声も、凍星の声も、すべてが水の底へ沈むようにぼやけていく。

 

代わりに、別の音が聞こえた。孤児院の食堂で、椅子を引く音。

 

ナギが少し誇らしげに、自分の冒険譚を語る声。

ミナとロロが、それを聞いて小さく笑う声。

エルが採取してきたものを、嬉しそうに見せてくれる声。

トウリがつまみ食いをして、ばれているのに、それでも「食べてない」と嘘をつく声。

 

温かいスープ。

並べられた皿。

 

シオンが包帯を巻く時の、少しだけ怒った顔。

アルベリッヒが、装備を雑に扱うなと怒鳴る声。

怒鳴っているのに、その手つきだけは妙に丁寧だった。

 

椒と凍星が、同時に叫ぶ声。

 

死ぬな、と。

 

炎の中で、紫炎を纏った椒が吠えている。

虹色の粒を散らしながら、凍星が手を伸ばしている。

 

そして、最後に。ナギの泣きそうな顔。

必死に涙をこらえて、それでも崩れそうな声で呼ぶ。

 

「お姉ちゃん」

 

その声が、蒼星の中に落ちた。

 

死ぬ。ここで死ねば、全部が途切れる。

 

帰ってきた意味も。連れて帰った命も。守ると決めた場所も。

 

シオンに言った、ただいまも。ナギにまだ渡していないご褒美も。

 

全部、ここで終わる。

そんな終わり方を、認められるはずがなかった。

 

蒼星のHPが、ゼロへ落ちる。

落ちるはずだった。

 

けれど、最後の一線で止まる。

 

一。

 

たった一だけ、残った。視界の端に、赤い表示が走る。

 

《悪運》発動。

 

続けて、黒い文字が滲むように浮かび上がる。

 

特殊状態《死に損ない》。

 

持続時間、十秒。

 

防御力は上がらない。回復もしない。次に当たれば、そのまま死ぬ。

 

それでも、蒼星はまだ動いた。

 

背中から突き込まれた刃が、体内で熱を持っている。息を吸うだけで胸の奥が裂けそうだった。黒白の修道装の内側に血が広がり、星天の接続部が警告のように軋む。

 

レッドPLが背後で笑う。

 

「死ね――」

 

その声を、蒼星は最後まで聞かなかった。

 

「こんなところでは死ねない」

 

掠れた声だった。けれど、炎の音を裂いて届いた。

 

「お前たちにくれてやるほど、私の命は安くない!!」

 

蒼星は前へ倒れ込むのではなく、あえて一歩踏み込んだ。

 

背中に刺さった刃が、さらに肉を裂く。痛みで視界が白く弾ける。それでも、その一歩で刃の拘束を外し、身体を回す余白を作った。

 

蒼雷の残滓が足元で爆ぜる。

 

《死に損ない》の速度が、死にかけの身体を無理やり押し出す。

 

蒼星は振り返らない。振り返る時間すら惜しい。

 

右腕の星天を軸に、大剣を背後へ切り返した。

 

刃筋は綺麗ではなかった。剣術と呼べるものでもない。けれど、今必要なのは、美しい一撃ではない。背後にいる敵を殺すための、最短の返し。大剣が低く唸り、蒼星の背後を横薙ぎに裂いた。

 

レッドPLの笑いが止まる。

 

腹部から胸へ、大剣が叩き込まれた。斬ったというより、質量ごと断ち切った。赤い名前のHPバーが一気に削れ、砕ける。光の粒子が、炎の中へ散った。

 

からん、と何かが落ちる音がした。

 

けれど、蒼星は見ない。膝が落ちそうになる。喉の奥に血が込み上げる。星天が軋み、黒白の修道装の自動回復が追いつかない速度で傷が広がっていく。それでも、蒼星は大剣を石畳に突き立て、倒れなかった。

 

「蒼星さん!」

 

椒の怒号が響く。

 

「下がれ、蒼星さん!その状態はまずい!」

 

凍星の声も飛ぶ。

 

分かっている。次に当たれば死ぬ。

 

《死に損ない》の残り時間も、もう長くない。それでも、蒼星はリンから目を逸らさなかった。

 

視界の端に、また表示が走る。

 

PKPL討伐実績が規定値に到達しました▼

PKK実績が規定値を超過しました。

職業変更条件を満たしました▼

称号死を告げる者(グリム・リーパー)の保有を確認。

《告死の一閃》によるボス撃破実績を確認。

暗殺系、隠密系、追跡系スキルの習熟上限到達を確認。

PKPLの討伐、確保実績を確認。

PKK実績が規定値を超過しました。

既存職業を上位職へ更新可能です。

上位職業候補を確認しました。

 

執行者(サルヴァティオ)

 

その文字が、炎の中で蒼星の視界に刻まれた。

 

クラスチェンジしますか?

 

 はい

 いいえ

 

蒼星は、血の混じった息を吐いた。

 

救済。

 

そんな言葉が、自分に与えられるとは思わなかった。

 

けれど、今は考えている時間がない。使えるなら、使う。殺すためだけではなく。終わらせるために。蒼星は、迷わず選択した。

 

  はい

 

選択した瞬間、視界の表示が砕けた。

 

光ではなかった。祝福でもなかった。

もっと冷たく、もっと無機質なものが、蒼星の内側へ沈み込んでくる。

 

職業変更を実行します▼

既存職業を上位職へ更新します。

職業を獲得しました▼

 

執行者(サルヴァティオ)

 

その文字が刻まれた瞬間、蒼星は奥歯を噛んだ。

 

救済。

 

その響きは、あまりにも自分に似合わなかった。

赤い名前を背負い、人を殺し、殺されかけ、死に損なってここに立っている自分に与えられるには、ひどく綺麗すぎる言葉だった。

 

けれど、今さらだった。似合うかどうかなど、どうでもいい。使えるなら使う。まだ終わらせていないものがある。続けて、表示が流れる。

 

職業限定スキルの取得条件を確認。

 

《暗殺術》《天眼》《天歩》

 

上記スキルの習熟上限到達を確認。

職業限定スキルへ統合します。

 

職業限定スキルを獲得しました▼

 

死線踏破(デッドライン・ウォーカー)

 

視界が変わった。リンたちの立ち位置。盾を失った陣形の穴。魔法使いの詠唱の癖。

槍使いが次に踏み込む方向。狙撃手が弦を張り直すまでの時間。呪術師が倒れたことで空いた、拘束の隙間。それらが、ただ見えるのではない。

 

そこへ至る線として、蒼星の目に浮かんだ。

 

次の表示が重なる。

《首狩り》が職業に適応し、変化します。

 

職業限定スキルを獲得しました▼

断魂裁断(ソウル・エクスキューション)

 

さらに、二つ。

 

職業限定スキルを獲得しました▼

戒縛凶鎖(クライム・アタッチ)

罪は罪を、咎人に咎を(シン・リタリエイト)

 

瞬間、蒼星の身体が軋んだ。強くなった、という感覚ではない。

 

無理やり噛み合わされた。壊れかけた歯車を、戦うためだけに回された。背中の傷は塞がらない。HPは一のまま。《死に損ない》の残り時間も、減り続けている。

 

それでも、目の前の敵に対して、身体の奥が反応していた。

 

町を燃やした。子供を利用した。非戦闘員を追い込んだ。守る者を折るために、弱い者を盾にした。罪は、重い。その咎が、蒼星の身体を動かすための燃料になる。

 

リンが、わずかに目を細めた。

 

「……何をしたの」

 

蒼星は答えなかった。大剣を引き抜く。血が落ちる。一歩、踏む。その一歩は、さっきまでとは違っていた。速いだけではない。迷いがない。

 

どこへ踏めば届くのか。どこを通れば撃たれないのか。誰を縛れば陣形が止まるのか。誰を倒せばリンへ届くのか。全部が、線になる。

 

「椒」

 

蒼星が呼ぶ。

 

「来いって?」

「右を削って」

「了解」

 

椒が笑った。紫炎が跳ねる。凍星が、蒼星の変化に気づいたように眉を動かした。

 

「蒼星さん、今のは」

「あとで説明する」

「だろうな」

 

凍星は白杖を構え直す。

 

「じゃあ、今は合わせる」

「お願い」

 

蒼星はリンを見た。リンの背後で、魔法使いが詠唱を再開している。狙撃手も、まだ弓を捨てていない。槍使いは盾役を失った穴を埋めるように、リンの前へ出ようとしていた。

 

遅い。

 

蒼星の左手から死糸が伸びる。狙うのは首ではない。

 

手首。

杖。

膝。

影。

 

装備の継ぎ目。

 

戒縛凶鎖(クライム・アタッチ)

 

糸が、ただの糸ではなくなる。罪ある対象を逃がさないための戒めとして、戦場に張り巡らされていく。魔法使いの杖が止まる。槍使いの膝が引かれる。

 

狙撃手の弓を持つ手が、わずかに縛られる。

 

ほんの一瞬。だが、その一瞬で十分だった。

 

椒が右を裂く。凍星の獣が左を押さえる。

 

蒼星は、中央を踏んだ。

 

リンの剣が上がる。蒼星はその軌道を見ていた。

 

避ける。踏み込む。

大剣を振るう。刃と刃がぶつかった。

 

魔力が散る。リンの顔が歪む。

 

「さっきまでと、違う……!」

「うん」

 

蒼星は、血の混じった息で答えた。

 

「死にかけたから」

 

リンの剣を、大剣が押し返す。本来なら、蒼星の身体はもう踏ん張れないはずだった。

 

HPは一。

 

背中の傷は深い。星天の接続部も焼けるように痛み、蒼雷の反動で脚は震えている。

 

それでも、リンの剣を押し返せた。力任せではない。剣の角度。踏み込みの浅さ。魔力を流す瞬間の癖。その全部が、今は見えている。

 

「ふざけないで……!」

 

リンが魔法を重ねる。

 

剣の刃に炎が走り、押し合う大剣を焼き切ろうとする。だが、蒼星は受け続けない。刃が焼かれる前に大剣をわずかに傾け、リンの力を横へ逃がした。

 

リンの身体が半歩、流れる。その半歩へ、椒が入った。

 

「もらい!」

 

紫炎を纏った大太刀が、リンの脇腹へ向かう。

 

踏んではいけない場所。リンの剣が届く線。魔法使いの拘束が走る射線。狙撃手の弓が再びこちらを捉えるまでの時間。すべてが、細い線になって視界に浮かぶ。蒼星は大剣を手放した。

 

リンが一瞬、目を見開く。その大剣に、死糸が絡む。ただの回収ではない。

 

落ちた大剣を支点に、蒼星は自分の身体を低く滑らせた。リンの剣の下を抜け、椒の紫炎の影を通り、魔法使いの射線から外れる。同時に、左手の糸が別方向へ走る。

 

戒縛凶鎖(クライム・アタッチ)

 

糸は魔法使いの杖に絡みついた。

 

「っ、また糸――!」

 

魔法使いが杖を引こうとする。

だが、糸は杖だけを縛っていない。手首、袖口、装備の留め具、足元の影。動きに必要な場所を、少しずつ噛んでいる。

 

完全拘束ではない。一秒にも満たない遅延。けれど、凍星にはそれで十分だった。

 

「『押さえろ』」

 

獣が魔法使いの足元へ飛び込む。噛み切らない。倒すだけ。魔法使いの体勢が崩れ、詠唱が途切れた。蒼星はその横を抜ける。狙撃手が弓を引いた。

 

弦は張り直されている。手首はまだ震えているが、狙いは正確だった。今度の矢は頭ではない。背中の傷。さっき刺されたばかりの致命部位。

 

正しい判断。だから、凍星が先に潰した。虹色の粒が、狙撃手の視界いっぱいに散る。

だが、照準をずらすには十分だった。放たれた矢は、蒼星の髪を掠めて飛ぶ。

 

次に当たれば死ぬ。その事実が、逆に蒼星の動きを研ぎ澄ませた。

 

蒼星は大剣を引き戻しながら、狙撃手へ踏み込む。振るうには距離が近い。だから柄頭を使った。星天の右腕で大剣を短く持ち、柄頭を狙撃手の鳩尾へ叩き込む。

 

息が潰れる。狙撃手が膝をつく。

 

蒼星は殺さない。まだ、聞くことがある。

 

「三人目」

 

凍星が小さく数えた。

 

「いや、数えてる場合か?」

 

椒がリンと押し合いながら叫ぶ。

 

「数えないと状況が分からないだろ」

「分かりやすく斬ればいいだろ!」

「それで済むなら苦労しないんだよな」

 

その軽口の間にも、リンは動いていた。剣を引き、魔法を展開する。

 

火ではない。

風でもない。

足元に広がる、薄い魔法陣。

蒼星の移動先を読む拘束陣だった。

 

「そこよ」

 

リンが呟く。蒼星が踏み込む先に、魔法陣が起動する。普通なら捕まっていた。けれど、今は線が見える。蒼星は一歩手前で止まらない。

 

踏む場所を変える。石畳ではなく、倒れた盾の縁。そこから折れた槍の柄へ。さらに、椒の大太刀が弾いた火花の向こうへ。足場ではないものを足場にして、蒼星は拘束陣の上を滑るように越えた。

 

リンの目が、初めて大きく見開かれる。

 

「なんで――」

「見えてる」

 

蒼星は答えた。低く、短く。大剣がリンの肩口へ向かう。リンは剣で受ける。

 

重い音。

 

だが、蒼星の狙いはリンではなかった。

 

大剣の軌道が、途中でわずかに変わる。リンの剣に触れた瞬間、その反動で刃を逃がし、後ろにいた支援役の短杖へ叩き込んだ。

 

短杖が砕ける。

 

支援役の展開していた符が、一斉に力を失った。

 

「奏雨くん」

「はいはい」

 

凍星の獣が支援役を押し倒す。虹色の足場がその上に薄く重なり、立ち上がる動きを封じる。

 

殺さない。だが、もう戦えない。

六人の形が崩れていく。

 

盾役は倒れた。

狙撃手は膝をついた。

呪術師は意識を飛ばされている。

魔法使いは獣に押さえられた。

支援役は短杖を失った。

残ったのは、リンと槍使い。

 

そして、蒼星のHPはまだ一。

 

リンはそれを見て、笑った。

 

「そんな状態で、まだ続けるの?」

「続ける」

「一度でも掠れば死ぬわよ」

「知ってる」

「なら、下がればいい。シオンのところに戻れば? あなたが守った孤児院に。せっかく帰ってきたんでしょう?」

 

蒼星の金色の瞳が、わずかに細くなった。その言葉は、誘いではない。

 

挑発だった。リンはまだ、シオンを折ることを諦めていない。

 

蒼星が下がれば、リンは笑う。蒼星が進めば、死ぬ可能性がある。

どちらにしても、リンは蒼星に選ばせようとしている。

 

蒼星は静かに息を吐いた。血の味がした。

 

「帰るよ」

 

大剣を構える。

 

「でも、あなたを止めてから」

 

リンの表情から、笑みが消えた。槍使いが前へ出る。

 

最後の壁。長槍が蒼星の喉元へ向けられる。リンがその背後で剣を構え、魔力を刃へ通す。

 

二人同時。槍で止め、リンが斬る。

 

正しい。蒼星は前へ出た。

 

椒が動こうとする。

 

「蒼星さん!」

「椒、リン」

「は?」

「槍は私がやる」

「……あいよ!」

 

椒がリンへ向かう。紫炎が走る。リンは迎撃せざるを得ない。その瞬間、槍使いと蒼星の間に、他の誰もいなくなった。

 

槍が突き出される。速い。だが、線は見えている。蒼星は避けない。大剣を槍の柄へ当てる。弾くのではなく、滑らせる。槍の穂先が蒼星の首筋を掠め、血が一筋散った。

 

それでも、致命ではない。蒼星はそのまま懐へ入る。

 

星天の左ではなく、右。重い義手が槍使いの胸甲を掴む。

 

逃がさない。

 

戒縛凶鎖(クライム・アタッチ)が、死糸を通じて槍使いの腕と槍を縛る。

 

「終わり」

 

大剣の柄頭が、槍使いの顎を打ち上げた。槍使いの意識が落ちる。

 

残ったのはリンだけだった。

 

リンは、倒れた仲間たちを一瞥した。

盾役は膝をつき、槍使いは意識を落とし、狙撃手は弓を握れず、魔法使いと支援役は凍星の獣と虹色の足場に押さえ込まれている。呪術師も動かない。

 

六人の形は、もうない。それでも、リンは剣を下ろさなかった。

 

「……化け物」

 

低く吐き捨てる声。蒼星は何も言わない。

 

《死に損ない》の時間も尽きかけている。背中の傷はまだ開いていて、黒白の修道装の内側に血が広がっていた。星天は軋み、蒼雷の反動で脚は震えている。

 

それでも、蒼星は立っている。

 

リンは剣を両手で握った。

 

魔法騎士の剣に、炎と風と光が重なる。攻撃魔法、防御魔法、身体強化。万能型のすべてを、自分一人に注ぎ込むような魔力の流れだった。

 

「そんな状態で、私を止めるつもり?」

「止める」

「殺すの?」

 

蒼星は、金色の瞳でリンを見据えた。

 

「聞くことがあるから、殺さない」

 

リンの口元が歪む。

 

「優しいのね」

「違う」

 

蒼星は大剣を引きずり、一歩前へ出た。

 

「あなたの言葉で、まだ確認することがある」

「なら、力ずくで聞いてみなさい」

 

リンが踏み込む。

 

速い。魔法で加速した剣が、蒼星の首へ向かって走る。

 

その瞬間、蒼星は詠唱を始めた。

 

「我は裁き手に非ず」

 

リンの剣が迫る。

 

蒼星は半歩だけ身体をずらした。首を狙った刃が、黒白の修道装の襟を裂く。血が一筋散ったが、まだ致命ではない。

 

「我は赦し手に非ず」

 

リンの二撃目。

 

炎を纏った横薙ぎ。蒼星は大剣で受けない。足元の折れた槍を蹴り上げ、刃の軌道へ差し込む。槍は一瞬で焼き切れたが、その一瞬で足りた。

 

「ただ、罪の帰るべき場所を示す者」

 

リンの表情が変わる。蒼星の声が、炎の中で妙にはっきりと響いていた。

 

「血には血を」

 

蒼星の足元で蒼雷が弾ける。

 

「傷には傷を」

 

星天の指が、大剣の柄を握る。

 

「絶望には絶望を」

 

リンが魔法を展開する。蒼星の足元へ拘束陣。背後へ炎壁。左右から風刃。逃げ道を塞ぎ、正面から斬るための魔法。

 

けれど、もう見えている。

どこを踏めば拘束陣が発動するのか。

どの角度なら風刃が届かないのか。

 

炎壁の熱が薄い一点。

リンの剣が最も重くなる瞬間。

 

蒼星はそこへ踏み込んだ。

 

「汝が踏み躙りし命の重みを、汝が魂に問い返さん」

 

リンの剣が蒼星へ迫る。蒼星は避けなかった。

 

大剣を捨てる。リンの目が見開かれる。

 

星天の右腕が、リンの剣を正面から掴んだ。刃が装甲を削り、火花が散る。魔力が爆ぜ、星天の指先が焼ける。それでも、蒼星は離さない。

 

「罪には罪を、咎人には咎を」

 

その言葉に反応するように、蒼星の身体の奥で何かが噛み合った。

 

町を燃やした罪。

子供を利用した咎。

非戦闘員を追い込み、シオンを折ろうとした悪意。

そのすべてが、蒼星の力へ変換されていく。

 

STRが上がる。

AGIが上がる。

TECが上がる。

 

武器制御、姿勢制御、反応速度。

 

全部が、今この一瞬だけ、執行のために最適化される。

 

「逃れ得ぬ報いをここに」

 

蒼星の左手から死糸が走った。

 

狙うのはリンの首ではない。

 

剣を握る手首。膝。足首。肩の留め具。影。

 

装備の接続部。リンが逃げるために必要な場所を、ひとつずつ縛る。

 

「――罪には罪を、咎人には咎を(シン・フォー・シン)

 

リンの剣が止まった。完全ではない。

 

一瞬だけ。

 

けれど、その一瞬で十分だった。

 

「椒」

「あいよ!」

 

紫炎が走る。

 

椒の大太刀が、リンの剣の根元を横から叩いた。折るためではない。握りを緩ませるための一撃。リンの手首が死糸に引かれ、剣の角度が崩れる。

 

「奏雨くん」

「分かってる」

 

凍星の白杖が鳴る。

 

虹色の足場がリンの背後に生まれた。足場ではない。壁だった。後ろへ下がろうとしたリンの踵が虹の面に当たり、退路が止まる。

 

リンが息を呑む。

 

蒼星は落とした大剣を死糸で引き戻した。

 

星天の指が柄を掴む。

 

大剣を振るう。

 

ただし、刃ではない。

 

背。

 

リンの胸甲へ、大剣の背が叩き込まれた。

 

轟音。

 

防御魔法が砕ける。

 

リンの身体が後ろへ弾かれる。だが、背後には凍星の虹色の壁がある。逃げ場を失った衝撃が、そのままリンの身体へ戻った。

 

リンの膝が落ちる。

 

それでも、リンはまだ剣を握ろうとした。

 

蒼星は星天の拳を、リンの胸甲へ押し当てた。

 

「終わり」

 

星天が低く唸る。

 

撃たない。

 

貫かない。

 

ただ、衝撃だけを通す。

 

胸甲がへこみ、リンのHPが一気に削れる。戦闘不能寸前。だが、死なないところで止める。

 

リンの剣が石畳に落ちた。

 

からん、と乾いた音が響く。

 

死糸がリンの両手首と膝を縛り、虹色の足場が背後を塞ぎ、椒の大太刀が喉元から少し離れた位置で止まっている。

 

リンは、膝をついた。

 

蒼星は血を吐きながら、大剣を地面に突き立てる。

 

「殺さないの……?」

 

リンが掠れた声で笑った。

 

「聞くことがあるって言った」

「優しいのね」

「違う」

 

蒼星の金色の瞳は冷えていた。

 

「まだ、終わらせてないだけ」

 

炎の音が戻ってくる。遠くで、町の人々の声が聞こえる。孤児院の方から、シオンの声も聞こえた気がした。椒が大太刀を下ろし、凍星が息を吐く。

 

鉄鳴の本陣は沈黙していた。リンのフルパーティーは崩れた。

そして、リンは蒼星の前に膝をついていた。

 

 




執行者(サルヴァティオ)
分類:上位職/PKK・暗殺者系統

死を告げる者が、死を執行する者へ至る上位職。

この職業は、ただ人を殺した者に与えられるものではない。

逃げる罪を追い、
隠れる悪意を暴き、
守るべきものを踏み躙る者へ死を告げ、
必要なら殺し、必要なら捕らえる。

裁き手ではない。
赦し手でもない。

罪ある者へ、報いの形を示す者。

赤を背負いながら、赤を狩る者。

その名を、執行者(サルヴァティオ)

条件
・称号死を告げる者(グリム・リーパー)を取得。
・《告死の一閃》によるボス撃破回数が規定値以上。
・暗殺系、隠密系、追跡系スキルをマスター。
・PKPLの討伐、または確保数が規定値を満たす。
・PKKとしての実績を一定以上達成。
制限
・無差別攻撃には職業補正が乗らない。
・非敵対者、降伏者、戦闘不能者への攻撃時、補正は発生しない。
・守るため、止めるため、執行するための職業であり、単なるPK用の火力職ではない。
・対象の罪業、敵対行動、戦闘状況によって補正値が変動する。
・強力な補正を得る代わりに、身体負荷や精神負荷が大きい。

死線踏破(デッドライン・ウォーカー)
《暗殺術》《天眼》《天歩》が統合された職業限定スキル。
死を告げた対象へ至るための線を視認し、足場なき場所を踏み、死角へ入り、致命へ届くための技能。

効果
・クリティカル率上昇、TEC補正(大)。
・敵性対象、PKPL、死の宣告対象に対し、弱点看破を行う。
・対象の攻撃軌道、回避方向を読みやすくなる。
・対象へ接近する際、最短経路、死角、足場、遮蔽物の利用経路を把握しやすくなる。
・短時間の気配遮断、認識外移動に補正を得る。
・足場のない場所、壁面、空中などを一時的な踏破対象として扱える。
・奇襲、背面攻撃、視界外攻撃、認識阻害中の初撃に命中補正が発生する。
・称号死を告げる者(グリム・リーパー)の宣告対象に対して効果が上昇する。
・《死兆》が付与された対象へ接近する際、死線がより明確に視える。

執行者(サルヴァティオ)専用スキル。
・非敵対者、降伏者、戦闘不能者への攻撃には補正が発生しない。
・対象を定め、そこへ至る時に最も強く機能する。
・空間踏破や認識外移動を多用すると、身体への負荷が蓄積する。

断魂裁断(ソウル・エクスキューション)
《首狩り》が、執行者(サルヴァティオ)に適応して変化した職業限定スキル。

首を落とすだけではない。魂、核、命を繋ぐ中枢を断つための処刑系スキル。

効果
・クリティカルダメージ上昇、致命部位への攻撃補正。
・人型対象に対し、首、頸部、脊椎、心臓、急所への命中補正を得る。
・人型以外の対象に対し、魂、核、魔力炉、心臓部など、命を繋ぐ中枢部位を判定する。
・死の宣告対象、《死兆》付与対象、PKPL、敵性対象に対して効果が上昇する。
・《死兆》のスタック数に応じて、致命部位へのダメージ補正が増加する。
・対象が非戦闘員、低レベル帯、戦闘不能者への攻撃を行っていた場合、一定時間、処刑補正が上昇する。

制限
執行者(サルヴァティオ)専用スキル。
・変化後、《首狩り》は個別スキルとして使用不可。
・非敵対者、降伏者、戦闘不能者への攻撃には補正が発生しない。
・対象の中枢部位を判定できない場合、効果は大幅に低下する。
・防御、装甲、外殻、結界などで中枢部位が保護されている場合、段階的に破壊しなければ最大効果は発揮されない。

戒縛凶鎖(クライム・アタッチ)
罪ある対象を逃がさず、殺さず、縛りつけるための拘束系スキル。

死を執行するだけが、執行者の役目ではない。

逃げる者を止める。
奪う手を封じる。
次の犠牲へ伸びる刃を縛る。
殺すべきではない相手を、殺さず膝をつかせる。

そのために振るわれる、戒めの凶鎖。

効果
・PKPL、敵性対象、死の宣告対象、処刑対象への拘束補正。
・対象の移動、逃走、転移、隠密再発動、認識阻害再発動を阻害する。
・糸、鎖、網、拘束具、投擲武器を用いた拘束行動に補正を得る。
・対象の手足、武器、関節、影、装備接続部などを拘束対象として判定できる。
・対象を殺害せずにHPを一定以下まで削った場合、確保判定を補助する。
・非戦闘員、低レベル帯、戦闘不能者へ攻撃している対象に対して、拘束成功率が上昇する。
・称号死を告げる者(グリム・リーパー)の宣告対象に対して、拘束維持時間が延長される。
・《死兆》が付与された対象に対して、拘束の命中精度が上昇する。
死線踏破(デッドライン・ウォーカー)による接近後に発動した場合、初回拘束成功率が上昇する。

制限
執行者(サルヴァティオ)専用スキル。
・非敵対者、降伏者、戦闘不能者への拘束には補正が発生しない。
・対象のSTR、AGI、拘束耐性が高い場合、拘束時間は短くなる。
・大型エネミー、ボス、特異個体に対しては完全拘束ではなく、部位拘束または行動阻害として機能する。
・拘束維持中は使用者にも負荷がかかる。
・複数対象を同時に拘束する場合、精度と維持時間が低下する。

罪は罪を、咎人に咎を(シン・フォー・シン)
罪ある対象を前にした時、執行者としての戦闘能力を引き上げる強化系スキル。

罪は罪を。
咎人に咎を。

それは正義の加護ではない。
英雄の力でもない。

罪を背負う者が、罪ある者を止めるための執行補正である。

効果
・PKPL、敵性対象、死の宣告対象との戦闘時、STR、AGI、TECに補正を得る。
・対象の罪業値、敵対行動、殺害、犯罪、略奪、非戦闘員への攻撃、逃走妨害などの行為に応じて補正値が上昇する。
・対象が非戦闘員、低レベル帯、戦闘不能者へ攻撃している場合、補正がさらに上昇する。
・武器制御、反応速度、姿勢制御、格闘、投擲、糸による武器操作に補正を得る。
死を告げる者(グリム・リーパー)の宣告対象に対して効果が上昇する。
・《死兆》が付与された対象に対して、攻撃精度とクリティカル率が上昇する。
断魂裁断(ソウル・エクスキューション)戒縛凶鎖(クライム・アタッチ)使用時の成功率に補正を得る。

制限
執行者(サルヴァティオ)専用スキル。
・非敵対者、降伏者、戦闘不能者への攻撃には補正が発生しない。
・対象の罪業値、敵対行動が低い場合、補正は大幅に低下する。
・無差別攻撃には補正が乗らない。
・発動中、対象への攻撃優先度が上昇し、冷静な判断を阻害する場合がある。
・効果終了後、身体負荷、神経痛、筋損傷への反動が発生する。

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