Nocturne Reaper   作:Spica@お星

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定例会議が続きます
塩宮ぁぁぁぁぁぁ


火種

議場の空気が、少しだけ変わる。

 

椒はまだ怒りを噛み殺していた。凍星は黙ったまま、円卓の中央に置かれた魂喰らい(ソール・イーター)を見ている。月詠は目を伏せ、塩宮は表示された所有者情報から視線を外せずにいた。

 

篝火が、静かに口を開いた。

 

「クロガネ。取得情報を開示しろ」

 

クロガネは一瞬だけ沈黙した。

 

ほんの一瞬だった。けれど、その沈黙は議場にいる者たちにとって十分な意味を持っていた。

 

「……承知しました」

 

クロガネはそう答え、魂喰らい(ソール・イーター)のアイテム情報を操作した。

 

円卓の上に、新たな情報が浮かび上がる。

 

名称:魂喰らい(ソール・イーター)

種別:ユニークウェポン

現所有者:クロガネ

所有権移行条件:一定時間の敵対所持

 

議場が、低くざわついた。

 

椒が目を見開く。凍星は伏せていた目を上げた。月詠は小さく息を吐き、松林は「あー」と、どこか納得したような声を漏らした。

 

「てめえ、奪ってんじゃねぇか!!」

 

椒の怒号が議場を震わせた。

 

だが、その横で松林が笑った。

 

「死亡ドロップじゃないよね」

 

軽い声だった。けれど、その一言で、議場の空気が変わった。

クロガネは表情を変えない。

 

「対象は逃走し、反応をロストしました。危険なユニークウェポンを放置することはできません。現場に残された装備を押収し、一定時間保全した結果、所有権が移行しただけです」

 

「押収のため、ってこと?」

 

松林が首を傾げる。

 

「その通りです」

 

「便利だねぇ」

 

松林は肩をすくめた。

 

「一定時間持ってたら自分のものになる。それを後から“死亡の補強材料です”って出せるわけだ」

 

「死亡の補強材料として提示したまでです」

 

「うん。だから、その補強が弱くなったよね」

 

松林は笑ったまま、円卓に浮かぶ取得情報を指差す。

 

「少なくとも、魂喰らい(ソール・イーター)の所有権移行は、乙女さんが死んだから起きたわけじゃない。一定時間、クロガネが持っていたから起きた。そこは、はっきりしたよね」

 

椒が低く吐き捨てる。

 

「……やっぱり奪ったんじゃねぇか」

 

「押収です」

 

「言い方変えてんじゃねぇよ」

 

椒の拳が震える。今にも立ち上がりそうな気配を察して、凍星が静かに視線を向けた。

 

「椒、今は噛みつくところじゃないよ」

 

「分かってる」

 

「分かっている人の顔じゃないよ」

 

「うるせぇな……」

 

凍星の声は穏やかだった。けれど、その軽口には椒を落ち着かせるための温度があった。

 

月詠が薄く笑う。

 

「まあ、噛みつくなら相手と場所を選ぶべきでしょうね。せっかくなら、もっと痛いところに噛みついた方が有意義です」

 

松林が肩を揺らした。

 

「月詠さん、言い方が怖いねぇ」

 

「失礼ですね。助言ですよ」

 

月詠は涼しい顔で返した。篝火が円卓を一度叩く。

 

「現時点で、蒼星を死亡とは断定しない」

 

議場が静まった。

 

「死亡ログは未確認。魂喰らい(ソール・イーター)の所有権移行は、死亡ではなく一定時間の敵対所持によるもの。以上から、蒼星の扱いは死亡ではなく行方不明とする」

 

クロガネが顔を上げる。

 

「しかし、生存確認も取れていません」

 

「だから行方不明だ」

 

篝火の声は変わらなかった。

 

「情報漏洩についても同じだ。現時点で蒼星を犯人と断定しない。ただし、疑惑として調査は継続する。鉄鳴は、視覚ログ、索敵ログ、戦闘ログ、取得ログをすべて提出しろ」

 

「承知しました」

 

クロガネは深く一礼した。その態度は、どこまでも礼儀正しい。だからこそ、塩宮には不気味だった。追い詰められた者の顔ではない。まだ何かを残している者の顔だった。

 

会議は、そのまま一時閉会となった。蒼星は死亡ではなく、行方不明。情報漏洩についても、現時点では断定しない。それが篝火の裁定だった。けれど、疑惑が晴れたわけではない。

 

むしろ、曖昧なまま残されたものが多すぎた。

 

会議に出ていた者たちは、誰もすぐには口を開かなかった。蒼星を疑う者も、信じたい者も、死んだと思いたい者も、それぞれ違う沈黙を抱えて席を立っていく。

 

クロガネは最後まで礼を崩さなかった。

 

鉄鳴の者たちを連れ、篝火に一礼し、何事もなかったかのように議場を出ていく。その背中に焦りはない。怒りもない。裁定に不満を持っているようにすら見えなかった。その整いすぎた態度が、塩宮にはひどく不気味に映った。

 

追い詰められた者の顔ではない。まだ、何かを残している者の顔だった。

 

「……気に入らねぇ」

 

椒が低く吐き捨てる。視線は、クロガネが出ていった扉に向けられていた。

 

「全部だ。何もかも気に入らねぇ」

 

「顔出すぎ」

 

凍星が穏やかに言った。

 

「出してんだよ」

 

「だろーね。隠す気ゼロのすぎてうける」

 

「うるせぇな」

 

椒は乱暴に息を吐く。

 

その横で、松林が軽く笑った。

 

「まあまあ。怒る人がいると、周りが冷静になれるからね。便利だよねぇ、椒くん」

 

「俺を便利に使うな」

 

月詠が楽しげに目を細める。

 

「賑やかで結構ですね。死者が出たかもしれない会議の後とは思えません」

 

「月詠さん……」

 

「褒めていますよ。人は本当に絶望すると、騒ぐこともできませんから」

 

椒は言い返そうとして、やめた。塩宮は、そのやり取りを聞きながらも、ずっと別のことを考えていた。死亡ログは出ていない。所有権移行も死亡によるものではない。それでも、蒼星が生きていると断言できるものは、まだ何もない。

 

ない、はずだった。

 

「松林さん。凍星さん。椒さん。月詠さん」

 

塩宮が静かに声をかけた。四人の視線が、同時に向く。

 

「少しだけ、来てもらえますか」

 

椒が眉をひそめる。

 

「何か分かったのか」

 

「分かったわけではありません」

 

塩宮は首を横に振った。

 

「でも、確認したいことがあります」

 

会議室を後にした塩宮たちは、議場から少し離れた区画にある会員制のレストランへ入った。

看板には、赤く艶のある林檎の意匠。

 

智慧の実商工会(バッドアップルしょうこうかい)

 

この世界の経済圏に深く根を張る商業ギルドであり、流通、飲食、素材取引、情報仲介まで幅広く手を伸ばしている組織。表向きは商工会。実態は、攻略組も後方組も無視できない商業ネットワークの一つだった。

 

そして、そのギルドを運営しているのが松林である。

 

案内されたのは、店の奥にある個室だった。壁には防音結界。扉には認証式のロック。窓はなく、メニューウィンドウすら外部に漏れない専用仕様になっている。

 

塩宮は室内を確認してから、小さく息を吐いた。

 

「ここなら、誰に聞かれることもないでしょう」

 

「まいど、おおきにです」

 

松林が、場違いなほど軽い調子で言った。

 

椒が即座に顔をしかめる。

 

「その似非関西弁やめろ。腹立つ」

 

「ええ!!商人っぽさが出るかなって」

 

「出てんのは胡散臭さだよ」

 

「それも商人っぽくない?」

 

「開き直んな」

 

松林はけらけらと笑いながら席に着いた。

 

「まあまあ。うちの店だから安心してよ。料理は高いけど、秘密の話をするにはちょうどいい」

 

「高いのかよ」

 

「会員制だからねぇ」

 

「ますます胡散臭ぇ」

 

「防音結界が三重。扉には承認制。外部からも遮断されていますね」

 

「さすが凍星さん。見るところが堅実だね」

 

「褒めているなら、ありがとうございます」

 

「半分くらいは褒めてるよ」

 

「では、残り半分は聞かなかったことにします」

 

月詠がくすりと笑った。

 

「良い店ですね。密談、謀議、裏取引。どれにも向いていそうです」

 

「やだなぁ、月詠さん。うちは健全な商工会だよ」

 

「ええ。健全な商工会ほど、こういう部屋を必要としますものね」

 

松林は肩をすくめる。

 

「人聞きが悪いなぁ」

 

椒は椅子に乱暴に腰を下ろした。

 

「で、塩宮。確認したいことって何だよ」

 

塩宮は全員が席に着いたのを確認してから、自分のメニューを開いた。

 

「蒼星さんの生死です」

 

その一言で、場の空気が変わった。

 

「蒼星さんが負けた、殺されたかもしれない。その衝撃で失念していたのですが、皆さん、フレンド欄を開いてくれますか?」

 

塩宮の言葉に、椒が眉をひそめた。

 

「フレンド欄?」

 

「はい」

 

塩宮は自分のメニューを開く。

 

「死亡したPLは、フレンド欄から名前が消えます。少なくとも、私がこれまで確認した限りでは」

 

その一言で、個室の空気が変わった。

 

松林の笑みが、ほんの少し薄くなる。凍星は静かに目を伏せ、月詠は興味深そうに目を細めた。椒は何か言いかけて、すぐに自分のメニューを開く。

 

「……まさか」

 

誰かが呟いた。

 

塩宮は一覧をスクロールする。登録名が並ぶ。オンライン、オフライン、通信不可。その中にあるはずの名前を探す。

 

『蒼星』

 

見つけた。

 

蒼星

状態:通信不可

 

それだけだった。けれど、それだけで十分だった。

 

「……あります」

 

塩宮が静かに言った。

 

椒の手が止まる。

 

「俺のにもある」

 

凍星も頷いた。

 

「こっちにも、残っています」

 

月詠は小さく笑った。

 

「私の欄にも。通信はできませんが、消えてはいませんね」

 

松林が最後に画面を見下ろし、軽く息を吐いた。

 

「うん。あるね」

 

短い沈黙。その意味を、全員が理解するまでに時間はかからなかった。

 

椒が、ふっと息を吐く。それは安堵というより、ようやく肺に空気が戻ったような音だった。

 

「……やっぱりな」

 

椒は笑った。

 

「蒼星さんが、そんな簡単に死ぬわけねぇわな」

 

塩宮は、すぐには頷かなかった。

 

「通信不可ですが、生きています」

 

けれど、と塩宮は続ける。

 

「連絡は取れません。どこにいるのかも分かりません。生きているとしても、予断を許さない状況である可能性があります」

 

「死亡者なら消えるよね」

 

松林が、いつもより低い声で言った。軽い調子は残っている。だが、その奥にあるものは笑っていなかった。

 

「うん。死んだPLは、フレンド欄から消える。僕も何度か見たよ」

 

月詠が目を伏せる。

 

「嫌な確認方法ですね」

 

「ほんとにね」

 

松林は小さく笑った。

 

「でも、今回は役に立った」

 

「鉄鳴より先に、蒼星さんを見つけます」

 

塩宮の言葉に、椒は即座に頷いた。

 

「決まりだな。川沿いを洗う。落ちた場所から下流まで、鉄鳴の巡回区域だろうが何だろうが全部だ」

 

「ええ。それを椒さんと凍星さんにお願いします」

 

塩宮の返答に、椒が一瞬だけ眉をひそめた。

 

「……俺と凍星で?」

 

「はい。できるだけ派手に動いてください」

 

その場に、わずかな沈黙が落ちた。松林が、面白そうに目を細める。

 

「なるほどねぇ」

 

月詠も、薄く笑った。

 

「囮、ですか」

 

椒が塩宮を見る。

 

「おい、待て。蒼星さんを探すんじゃねぇのかよ」

 

「探します」

 

塩宮は静かに頷いた。

 

「ですが、鉄鳴も蒼星さんを探しているはずです。蒼星さんが生きている可能性を完全には捨てていない。なら、こちらが何もしなければ、鉄鳴は独自に動きます」

 

「だから俺たちが目立つように探して、鉄鳴の目を引くってことか」

 

「はい」

 

塩宮は二人を見た。

 

「鉄鳴は、蒼星さんを徹底的にメタったんです。蒼星さんが戦場で何をするのか、どう逃げるのか、どう生き残るのか。正確な手札までは知らなくても、結果として現れる動きはかなり細かく分析していたはずです」

 

塩宮は二人を見た。

 

「であれば、戦闘面だけを調べたとは考えにくいです。過去に誰と繋がっていたのか。誰が蒼星さんのために動くのか。誰を追えば、蒼星さんに辿り着けるのか。そこまで調べていると考えるべきです」

 

椒の眉が動いた。

 

「つまり、俺たちも見られてるってことか」

 

「はい」

 

塩宮は頷いた。

 

「特に、椒と凍星さんは目立ちます。行動範囲も広いですし、蒼星さんとの関係も知られている可能性が高い。だから、二人が動けば鉄鳴は必ず反応します」

 

凍星が静かに目を伏せる。

 

「だから、俺たちを囮にするのですね」

 

「はい」

 

塩宮は迷わず答えた。

 

「鉄鳴の注目を、二人に集めます」

 

塩宮の言葉に、椒は数秒だけ黙った。それから、口の端を吊り上げる。

 

「いいじゃねぇか。目立てばいいんだろ」

 

「椒にはとても向いてると思うよ」

 

凍星が穏やかに言った。

 

「褒めてんのか、それ」

 

「半分は」

 

「残り半分は何だよ」

 

「言わない方が平和だよね」

 

椒は舌打ちしたが、それ以上は言い返さなかった。怒りはまだ残っている。だが、向ける先が決まったことで、少しだけ形を変えていた。松林が椅子の背にもたれながら、軽く指を鳴らす。

 

「さつきとかなめさんは川沿いを派手に捜索。鉄鳴に見られてもいいんじゃなくて、見られるように動く」

 

「見せ物かよ」

 

「うん。見せ物だね」

 

松林は悪びれずに笑った。

 

「怒れる元仲間が、死んだかもしれない乙女さんを探して暴れている。かなめさんがそれを宥めながら同行している。鉄鳴から見れば、とても分かりやすい」

 

凍星は静かに頷いた。

 

「分かりやすいものほど、疑われにくいですからねー」

 

「俺は疑われる側かよ」

 

「得意でしょ?」

 

「まぁな」

 

月詠が楽しげに目を細める。

 

「良い役ですね。感情で動いているように見えて、実際は相手の視線を縛る。椒さんにはぴったりです」

 

「お前ら、さっきから俺を何だと思ってんだ」

 

「音の鳴る……おm……頼れる仲間ですよ」

 

「おい」

 

凍星が穏やかに言った。

 

「妥当」

 

「お前まで乗るな」

 

そのやり取りに、塩宮は少しだけ表情を緩めた。けれど、すぐに視線を戻す。

 

「二人には、落下地点から下流域を中心に動いてもらいます。鉄鳴が巡回している場所にも、あえて近づいてください。ただし、深入りはしないでください」

 

「鉄鳴に喧嘩売るなってことだろ」

 

「はい」

 

「売られたら?」

 

「買わないでください」

 

「安けりゃ?」

 

「買わないでください」

 

凍星が横から、静かに続けた。

 

「椒」

 

「あ?」

 

「私だって、言い値で買ってやりたいくらいなんだ」

 

その声は穏やかだった。れど、冗談ではなかった。椒が一瞬だけ黙る。凍星はいつものように落ち着いている。声を荒げるわけでもない。拳を握っているわけでもない。ただ、その目だけが冷えていた。

 

「椒は買わずに、譲って」

 

「……なんで俺だけ我慢なんだよ」

 

「椒が買えば、喧嘩になる」

 

凍星は淡々と言った。

 

「私が買えば、事故にできる」

 

「お前の方が物騒じゃねぇか」

 

松林が小さく笑った。

 

「うわぁ、かなめさんもだいぶ怒ってるねぇ」

 

月詠が楽しげに目を細める。

 

「ええ。穏やかな方ほど、沸点を越えた時が怖いものです」

 

凍星は何事もなかったように言う。

 

「失礼ですね。まだ沸いていません」

 

「じゃあ今のは何だよ」

 

椒が睨む。

 

「予熱」

 

「一番怖ぇよ」

 

塩宮は二人を見て、静かに言った。

 

「だからこそ、お願いします。鉄鳴の注目を集めてください。ただし、手は出さないでください」

 

少し間を置いて、凍星は続ける。

 

「殴るのは、証拠を揃えてからにしましょう」

 

「お前、やっぱり買う気あるだろ」

 

「言い値では買いません」

 

凍星は穏やかに微笑んだ。

 

「利子をつけて返します」

 

「一番やべぇじゃん」

 

扉が閉まる。

 

椒と凍星の気配が遠ざかっていく。わざと人目につく大通りへ出て、わざと怒りを隠さず、わざと鉄鳴の巡回に見られる。二人の役目は、これから始まる。

 

個室に残ったのは、塩宮、松林、月詠の三人だけだった。松林は少しの間、扉の方を見ていたが、やがて肩をすくめるように笑った。

 

「さて。表の火はついたね」

 

「ええ。よく燃えそうです」

 

月詠は涼しい顔で言った。

 

「さつきさんは油のような方ですから」

 

「それ、本人の前で言ったら本当に燃えるよ」

 

「だから本人がいなくなってから言いました」

 

「性格悪いねぇ」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

月詠が涼しい顔でそう言ったところで、松林がふと笑みを薄くした。

 

「ついでに一つ確認していいかな」

 

「何ですか」

 

塩宮が顔を上げる。松林はテーブル上に、先ほど会議で提示された映像ログの写しを開いた。蒼星が《アンサブ》に記録媒体を渡しているように見えた、あの映像だった。

 

「これ、変だよね」

 

表示された映像の端には、対象識別欄がある。

 

対象:蒼星

 

塩宮は目を細めた。

 

月詠も、そこで笑みを少しだけ消す。

 

「……ええ。そうですね」

 

「ですよねぇ」

 

松林は軽い口調で言った。だが、その目は笑っていない。

 

「本来、乙女さんのネームプレートはよほどの高レベルの看破持ちが記録を取らないと映らない。看破できても少なくとも、あんな綺麗には映らないはずだよね」

 

塩宮は頷く。

 

蒼星は名前を歪ませる。見ようとする者の認識から外れる。本人が意図している時はもちろん、意図していない時でさえ、記録上の名前が欠けたり、別の文字列になったり、ひどい時には空欄になることがあった。

 

だからこそ、蒼星は信用されない。だからこそ、蒼星の証言は証拠になりにくい。そのはずだった。

 

「会議で出された《アンサブ》との接触映像には、蒼星さんの名前が表示されていました」

 

塩宮が静かに言う。

 

「でも、鉄鳴との戦闘ログには……」

 

松林が別のログを開く。鉄鳴が提出した戦闘記録。蒼星が包囲され、逃走し、崖際へ追い詰められるまでの断片映像。そこには黒い外套のPLが映っている。カーソルは赤い。だが、名前の表示欄だけが文字化けしていた。

 

対象:■■■星

 

松林は、二つの映像を並べた。

 

片方は、《アンサブ》との接触映像。

 

対象:蒼星

 

もう片方は、鉄鳴が“蒼星との戦闘記録”として提示した映像。

 

対象:■■■星

 

同じ蒼星を映しているものとして提出されたはずなのに、片方だけがあまりにも綺麗だった。

 

「これ、変だよねぇ」

 

松林は軽く言った。

 

「《アンサブ》との接触映像では、乙女さんの名前が綺麗に出てる。でも、戦闘記録の方では名前が崩れてる。どっちも鉄鳴が“蒼星の記録”として出したものなのにね」

 

塩宮は、二つの映像を見比べた。

 

「つまり、少なくともどちらかは、そのまま信用できない」

 

「そういうことだよね」

 

松林は肩をすくめた。

 

月詠が、そこで静かに口を挟んだ。塩宮と松林の視線が向く。月詠は、接触映像の中に映る黒い外套のPLを指した。

 

「接触の映像に映っている方が、そもそもおとめさんではないのかもしれませんね」

 

「乙女さんではない?」

 

塩宮の表情が変わる。

 

「偽装のタグと言うアイテムはご存知ですか?レッドPLや、人には言えないことをしているPL御用達の、少々お行儀の悪いアイテムなのですが」

 

そう言って、月詠は自分のステータスウィンドウを開いた。表示されていた名前は、月詠マキナ。その横に、小さなタグ型のアイテムが装着される。次の瞬間、表示名が変わった。

 

『マッキー』

 

塩宮が目を瞬かせる。松林が「あー」と声を漏らした。

 

「なるほどねぇ。名前そのものを偽装するアイテムか」

 

「はい」

 

月詠は涼しい顔で頷く。

 

「もちろん万能ではありません。高位の鑑定や、看破持ちには誤魔化せませんし、長時間使えば痕跡も残ります。ですが、距離のある視覚ログや、荒れた映像記録に名前を残す程度なら十分です」

 

月詠はタグを外した。表示名が、月詠マキナへ戻る。

 

「つまり」

 

塩宮が、接触映像を見つめる。

 

「蒼星さんと似た体格のPLに、似た外套を着せ、幻影魔法で輪郭を曖昧し、そして偽装のタグで名前を“蒼星”に見せる」

 

「そうすれば、映像には“蒼星”と綺麗に残ります」

 

月詠は楽しげに目を細めた。

 

「本物のおとめさんなら、むしろ名前が歪むはずなのに」

 

松林が、二つの映像をもう一度並べた。片方は、《アンサブ》との接触映像。

 

対象:蒼星

 

もう片方は、鉄鳴が“蒼星との戦闘記録”として提示した映像。

 

対象:■■■星

同じ蒼星を映しているものとして提出されたはずなのに、片方だけがあまりにも綺麗だった。松林はしばらく黙ってそれを見ていたが、やがて小さく笑う。

 

「なるほどねぇ」

 

軽い声だった。だが、目は笑っていなかった。

 

「白金が“茶番”って言った理由、これか」

 

塩宮の視線が、映像から松林へ移る。

 

「白金さんは、気づいていたんですね」

 

「たぶんね」

 

松林は肩をすくめる。月詠は楽しげに目を細めた。

 

「良い性格をしていますね。大変好ましいです」

 

「月詠さんが言うと、褒めてるのか怖いのか分からないねぇ」

 

「もちろん、褒めていますよ」

 

「余計に怖いんだよね」

 

松林は二つの映像を閉じず、今度は会議の出席者一覧と、連盟の所属ギルド一覧を開いた。

 

「さて、ここからは政治の話だね」

 

軽い声だった。けれど、塩宮はその声にいつもの緩さがないことに気づいた。

 

「今回の件より前から分かっていたけど、連盟は中から腐り始めてる。このままだと、必ずどこかで攻略の足を引っ張るよ」

 

塩宮は表示された一覧を見る。

 

前線攻略を担うギルド。後方支援を担うギルド。物資輸送を管理するギルド。治安維持を名目に動くギルド。その中に、《鉄鳴》の名もあった。松林は、その名を指先で軽く叩いた。

 

「鉄鳴くらい分かりやすく腐ってくれてるなら、まだいいんだよね」

 

軽い声だった。けれど、その目は笑っていなかった。

 

「問題は、そうじゃない連中だよ。連盟、ひいては攻略組の名前を語って好き勝手やられたら、今まで積み上げてきた信用が地に落ちる」

 

塩宮は黙って一覧を見る。

 

攻略組。

 

それは、決して一枚岩ではない。前線で命を削る者もいれば、後方で物資を回す者もいる。戦えない者を守る者もいれば、その庇護を利用する者もいる。それでも、攻略するという一点だけで、どうにか繋がっていた。

 

「そうなってしまえば、攻略という一点でまとまっていたものが、瓦解してしまいますね」

 

月詠が、静かに付け加える。

 

「ええ。信じる相手を間違えた、では済まなくなります。補給を疑い、護衛を疑い、治安維持を疑い、会議の裁定すら疑うようになる。そうなれば、敵はボスだけではなくなります」

 

「そういうこと」

 

松林は頷いた。

 

「鉄鳴は分かりやすい。悪いことをしてます、って顔で悪いことをしてる。でも、連盟の中にいる全員がそうとは限らない。善意で動いてる人間もいる。何も知らずに利用されてる人間もいる。だから面倒なんだよね」

 

塩宮が口を開く。

 

「今回の件をきっかけに、戦争システムを使って連盟を解体します」

 

松林の指が止まった。月詠も、ほんのわずかに目を細める。塩宮は続けた。

 

「正確には、連盟という大きすぎる看板を一度割ります。その上で、使える部分だけを切り分ける」

 

「……思ったより過激だねぇ」

 

松林が笑った。だが、その声にいつもの軽さはない。

 

「一歩間違えれば大量の死者を出すよ」

 

塩宮は、すぐには答えなかった。

 

戦争システム。

 

本来はギルド同士の領地争いや拠点奪取のために用意された仕組みだ。宣戦布告、拠点制圧、所属ギルドの離脱、保護区域の一時解除。ゲームだった頃なら、それは大規模イベントの一種でしかなかった。

 

「火をつけます。攻略のためにも、生きて帰還するためにも」

 

塩宮の声は静かだった。

怒りではない。勢いでもない。けれど、その言葉には、もう引き返す気のない重さがあった。

 

「今の連盟は、大きすぎます。大きすぎるから、責任が薄まる。誰かが間違えても、誰かが腐っていても、“連盟の判断”という言葉で隠せてしまう」

 

塩宮は、連盟の所属ギルド一覧を見る。

 

「その曖昧さが、蒼星さんを殺しかけました」

 

松林の笑みが消えた。月詠も、何も言わない。

 

「蒼星さん一人の問題ではありません。このままなら、次は前線の誰かが切り捨てられます。補給の失敗を誰かに押しつける。治安維持の名目で邪魔者を消す。攻略のためという言葉で、不正を正当化する」

 

塩宮は顔を上げた。

 

「そんなものを抱えたまま、攻略なんてできません」

 

松林が、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……本気なんだね」

 

「はい」

 

塩宮は頷いた。

 

「戦争システムを使って、連盟の全てを燃やします」

 

その言葉に、個室の空気が止まった。

松林はしばらく塩宮を見ていた。冗談を探すように、逃げ道を探すように。けれど、塩宮の顔にはどちらもなかった。

 

「全部燃やしたら、灰になるよ」

 

「灰にします」

 

塩宮は即答した。

 

「灰にして、残ったものだけを拾います」

 

月詠が、そこで小さく笑った。

 

「随分とおとめさんに似たことを言いますね」

 

「そうですか」

 

「ええ。効率的で、ひどくて、正しいだけでは済まない言い方です」

 

塩宮は否定しなかった。

 

松林は椅子の背にもたれ、天井を見上げる。

 

「理不尽な理由で裏切り者に仕立て上げられた友を救うために立ち上がり、腐敗の温床と化した連盟を正すために剣を取った義の騎士……ってところかな、筋書きは」

 

月詠が小さく笑った。

 

「ずいぶん綺麗なお話ですね」

 

「綺麗な話は売れるからねぇ」

 

松林は肩をすくめる。

 

「中身がどす黒くても、看板は白い方がいい。戦争システムを使うなら、大義名分がいる。誰が見ても分かりやすくて、反対しづらいやつが」

 

塩宮は黙って松林を見る。

 

松林は、連盟の所属ギルド一覧を指で弾いた。

 

「鉄鳴だけを潰すなら、戦争システムなんて大仰なものはいらない。証拠を揃えて、権限を剥いで、連盟から追い出せばいい」

 

そこで、松林の目が細くなる。

 

「でも、今回潰すのは鉄鳴じゃない。連盟だ」

 

月詠が目を伏せる。

 

「鉄鳴を抱え、鉄鳴に権限を与え、鉄鳴の報告を会議に上げた。そこまで含めて、連盟の責任ということですね」

 

「そういうこと」

 

松林は軽く笑った。

 

「鉄鳴は分かりやすく腐ってる。でも、それを内側に抱えたまま、連盟は攻略組の一角として動いてる。そこが一番まずいんだよね」

 

塩宮が静かに頷いた。

 

「連盟という看板がある限り、鉄鳴のようなギルドはまた出ます」

 

「うん。だから看板ごと割る」

 

松林は、連盟の一覧を見下ろした。

 

「前線に必要な戦力は拾う。補給に必要な流通も残す。生産職も、支援組も、信用できるところは切り分ける。でも、連盟という大きすぎる箱は潰す」

 

月詠が楽しげに目を細める。

 

「解体して、使える臓器だけを移植するようなものですね」

 

「言い方が怖いねぇ」

 

「それは褒め言葉として受け取ってよろしいので?」

 

「褒めてます」

 

塩宮はフレンド欄に残る名前を思い出した。

 

蒼星。

通信不可。

 

「蒼星さんを救うため、だけでは足りません」

 

塩宮は言った。

 

「攻略組の腐敗を正すため、でも足りない」

 

松林が頷く。

 

「だから主語はもっと大きくする」

 

「はい」

 

塩宮は、連盟の所属ギルド一覧を見た。

 

「帰還するために、連盟を潰します」

 

月詠は薄く笑った。

 

「綺麗な大義名分ですね。実に物騒で、実に分かりやすい」

 

松林は満足そうに笑う。

 

「じゃあ、筋書きは決まりだね」

 

彼は指先で、連盟の名前を軽く叩いた。

 

「理不尽に罪を着せられた者を救うため。攻略組の信用を取り戻すため。そして、生きて帰るために、腐った連盟を解体する」

 

塩宮は静かに頷いた。

 

「はい」

 

その声に迷いはなかった。

 

「連盟を潰します」




次の話にも蒼星は出てきません
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