「さあ、始まりました旧砦跡決戦!実況は私、松林、そして解説も私、松林でお送りします!」
松林は空中に浮かんだまま、大仰に片手を広げた。
「さて解説の松林さん、本日の見どころは?」
「はい、やはり注目すべきは連盟と連合、双方の初動ですね」
「なるほど、初動ですか」
「ええ。特に連合側の奇策。これは見事に刺さっています」
「では、現状の流れをどう見ますか?」
「正直に申し上げましょう。このままなら連合優勢。よほどの番狂わせでもない限り、流れは覆らないでしょう」
「おおっと、解説の松林さん、かなり踏み込んだ発言です!」
「いえいえ、現地を見ればそう言わざるを得ません。戦場に本来ないはずの大河! その上を走る戦艦!いやあ、意味が分からない!」
『意味が分からないのに解説しているんですか?』
「そこは勢いです!」
松林は堂々と言い切った。その横で、シジミーは何も言わずに看板を掲げていた。
『勢いで解説中』
「ジミーさん、的確ですねぇ」
シジミーは無言のまま、看板を裏返す。
『なお、現地は洒落になっていない』
「はい、まったくその通りです」
松林は笑いながらも、眼下の戦場から視線を外さなかった。
旧砦跡は、すでに旧砦跡ではなくなっていた。乾いた地面と崩れた石壁、陸戦を前提に敷かれていたはずの防衛線は、突如として生まれた濁流によって無理やり切り裂かれている。流れはただ水が増えただけのものではなく、大地そのものの形を変えながら戦場の中央を貫いていた。足場だった場所は沈み、進軍路だった場所は断たれ、連盟側が前提としていた陣地の形は、瞬く間に意味を失っていく。
「さてさて、ここで一度おさらいといきましょうか。お偉い連盟の皆様方は、そりゃあ見事な陸戦計画を立てておいででした。前衛が踏ん張る場所、後衛が魔法を練る場所、防壁を張るラインに、回復職の逃げ込み先、物資の置き場までね。なにもかも、足元に『動かない地面』があるって大前提の砂上の楼閣ですよ」
松林は空中の足場から身を乗り出すようにして、濁流に呑まれていく連盟前線を指差した。
「ですがァ、その肝心の地面が、地面でなくなっちゃいました! いやあ、これはきつい、実にきつい! 戦場に突然、大河が一本生えちまったんですから、誰だって頭を抱えます。前衛は足場を失って溺れかけ、後衛は詠唱ポジションを奪われてうろたえ、指揮官様は必死の形相で防衛線の引き直し。……さあ、喜劇の開幕だ。しかも、そこへ――」
松林の視線が、濁流の上を滑る三つの艦影へ向く。
青葉。
古鷹。
衣笠。
改装重巡三隻が、生まれたばかりの濁流を進んでいた。艦首が水を割り、白波を左右へ押し広げながら、旧砦跡の戦場へ食い込んでいく。その姿は、陸戦場に現れた異物そのものだった。連盟側の兵たちは、最初それを召喚物か幻影か何かだと誤認したが、砲塔が旋回し、砲身が自分たちの防御線へ向けられた瞬間、それが現実だと理解した。
理解するには、遅すぎた。
「おおっとォ! 噂をすれば来ました、来ましたよォ! 連合側、先行艦三隻ィ! 青葉型巡洋艦一番艦『青葉』! 同じく二番艦『衣笠』! そして、古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』! いやはや御立派! 三隻そろって、この泥泥の濁流の上を、まるで我が物顔で滑走中ときたもんだ!」
松林はまた少しだけ声色を変えた。
今度は、存在しないマイクを握るように片手を掲げ、大袈裟に身を乗り出す。
「――さあ、ここで誰もが抱く疑問!解説の松林さん、あの三隻の狙いは何でしょう!?」
そして次の瞬間には、まるで眼鏡でも押し上げるような仕草をしながら、妙に澄ました声で答えた。
「はい。見たところ、標的は哀れな敵兵そのものではありません。連盟側が涙目で張り直そうとしている、あの健気な防御線を狙っていますね」
松林は、今度は驚いたように声を高くする。
「防御線、ですか!?」
「ええ。連盟側としては、まずはこの大河に崩された前線を立て直したい。そのためには、防御魔法なり結界なりで、あの鉄のクジラどもの進路を塞ぐ必要がある。……ですがねぇ?ああして必死に防壁を張れば張るほど、今度は艦砲の的として、これ以上なく分かりやすくなるわけです」
松林はぽんと手を打つ。
「なるほど! 守ろうとすればするほど、撃たれる場所が丸見えになると!」
「そういうことです!しかもご覧なさい。あの三隻とも、砲塔の向きが兵士の密集地ではなく、防御魔法の展開地点へと綺麗に向いている。つまり連合側の狙いは、前線の殲滅ではなく、鮮やかな突破口の開通。……いやあ、実に嫌らしくて、最高にシビれるところを突いてきますねぇ!」
シジミーが無言で看板を掲げる。
『守るほど目立つ』
松林はそれを見て、満足そうに頷いた。
「ジミーさん、実に分かりやすい!」
シジミーはさらに看板を裏返した。
『撃たれる場所、自己申告中』
「辛辣ですねぇ。でも否定できません!」
松林がそう言った、その下で。
青葉は濁流を切り裂きながら進んでいた。
生まれたばかりの大河は、まだ流れが荒い。艦底を叩く水の圧は一定ではなく、船体は時折、濁流に押し上げられるように大きく揺れた。それでも青葉は速度を落とさず、艦首を連盟側の前線へ向け、砲塔をゆっくりと旋回させていく。
狙うのは、敵兵の密集地ではない。連盟側が必死に張り直そうとしている防御魔法、そのものだった。
防御魔法を破壊し、突破口を作る。そのために、青葉は砲塔を回す。
青葉の甲板では、砲員たちが怒号に近い声を交わしていた。
「弾種、
「弾種、対魔徹甲!」
「装填、急げ!」
「
「一番砲塔、右舷砲戦! 回頭!」
「右舷砲戦、一番砲塔回頭!」
「――
砲塔が重く唸り、濁流の揺れに合わせて砲身がわずかに上下する。艦底を叩く水の圧は一定ではなく、青葉の船体は大河の上で何度も軋んだ。それでも砲員たちは照準を外さない。狙うべきものは、連盟側の兵ではなく、その前に幾重にも張り直されていく防御魔法だった。濁流に足場を乱され、隊列を裂かれ、それでも前線を支え直そうとする連盟側の魔法職たちが、必死に光の壁を重ねている。
その光の壁を、青葉は撃つ。
その青葉の艦首に、恋葉がいた。
濁流の上を走る重巡の先端で、白い軍服を身に纏い、肩から流れるマントを風になびかせながら、ただ真っ直ぐに前を見据えている。水飛沫が頬を濡らし、足元の甲板は荒れた流れに揺さぶられ、敵前線からは魔法が飛んでくる。それでも恋葉は後ろを振り返らず、両腕を組んだまま、迫り来る防御線を見据えていた。
普通なら、そこにいるだけで危険だった。
だが、恋葉には当たらない。
連盟側の魔法職が放った火球は、直前で濁流から跳ね上がった水柱に呑まれた。氷槍は艦首へ届く寸前で青葉が波に乗ってわずかに傾き、恋葉の横を通り過ぎて砕けた。雷撃はまっすぐ彼女を狙っていたはずなのに、水面へ吸い込まれるように逸れ、拘束魔法は艦首の装甲に弾かれて霧散した。
狙われていないわけではない。
むしろ、艦首で白い軍服とマントを翻す恋葉は、連盟側から見ればあまりにも目立つ標的だった。
それでも、当たらない。
ひとつひとつは、偶然で片づけられる。跳ね上がった水柱、濁流に押された船体の揺れ、砲煙、風向き、味方の魔法の余波、敵の照準の乱れ。どれも、それだけなら戦場では起こり得る誤差だった。
だが、それが何度も続くと、偶然とは呼びづらくなる。
「艦長、あれ……大丈夫なんですか」
船員の一人が、思わずそう漏らした。
青葉の艦長は、艦首の恋葉を一瞥する。その瞬間、連盟側から放たれた光弾が恋葉へ向かって一直線に飛んできた。誰もが直撃を覚悟したが、青葉の船体が濁流に押されてわずかに沈み、光弾は恋葉の頭上を紙一重で通り過ぎて、後方の水面へ着弾した。
恋葉は微動だにしない。
艦長は、しばらく沈黙した。
「……問題ない」
「今のを見てですか?」
「問題ない」
艦長はそれ以上、何も言わなかった。
理屈は分からない。だが、戦場には時々いる。沈むはずの場所にいて沈まないもの。死ぬはずの場所にいて死なないもの。一番危ない場所に立っているのに、なぜか最後まで残るもの。
ならば、そういうものとして扱うしかない。
青葉の艦長は艦首の恋葉から視線を外し、前方の防御線へ向き直った。連盟側の魔法使いたちは、濁流によって崩された前線を立て直すため、必死に防御魔法を重ねている。光の壁が生まれ、その背後にさらに結界が展開され、防壁の継ぎ目を別の魔法が埋めていく。急造とはいえ、数を重ねれば艦隊の進路を塞ぐには十分な障害になる。あれを完成させれば、青葉たちの突入速度は落ち、後続の金剛型が中央へ食い込むための道も狭められる。
だから、完成する前に割る。
「一番砲塔、
「
「艦の動揺、次波の戻りで
濁流の上で青葉の船体が大きく揺れる。だが、砲員たちはその揺れすら計算に入れていた。船体が激流に叩かれ、沈み、持ち上がる。その
「敵
「一番砲塔、
「二番砲塔、
「弾種、対魔徹甲!」
「
緊迫した報告が、矢継ぎ早に重なった。
艦首に立つ恋葉が、ゆっくりと片腕を上げる。
その動きに呼応するように、青葉の甲板から余計な雑音が消えた。濁流が船腹を叩く轟音も、敵前線の怒号も、旋回する砲塔の軋む鉄音すらも、すべてが一瞬だけ遠のいたように感じられる。白い軍服の裾が水飛沫を伴う風に揺れ、マントが背後へ大きく翻る。恋葉は連盟側の防御線を冷徹に見据えたまま、深く息を吸った。振り下ろされる腕。
「主砲、てぇーーッ!!」
その合図と同時に、青葉の主砲が咆哮した。
衝撃波が濁流の川面を叩き、凄まじい水煙を巻き上げる。放たれた対魔法防壁用徹甲弾は、猛烈な圧を纏いながら一直線に連盟側の防御陣へ突き刺さった。
展開直後の光の壁は、一瞬だけその質量を受け止めたように見えた。だが、弾頭に施されたアンチ・マギの触媒が、激しい火花とともに表層の魔力を文字通り食い破る。超音速の質量と術式中和の力が、幾重にも重ねられた防壁の奥へ強引に食い込み、障壁を維持する幾何学的な魔法式の芯を抉るように突き進んでいった。
着弾点を中心に、空間そのものが歪む。
「ミシィッ」と、大気を引き裂くような高音の
次の瞬間、内側から溜まった圧力が爆発するように、強固な結界がガラス細工めいて粉々に砕け散った。
「
「敵
「術式崩壊! 敵防御線、
その報告が青葉の艦橋に響いた瞬間、艦長は即座に次の指示を飛ばした。
「古鷹、衣笠、射線を開け。こちらが穿った破孔を抉り広げろ」
青葉が撃ち抜いた防御魔法は、完全に消滅したわけではない。だが、中枢の式を砕かれたことで幾重もの結界の
そこへ、濁流を切り裂いて並走する古鷹と衣笠の主砲塔が、凄まじい鉄音を響かせて回頭する。
青葉が開けた
「古鷹、一番砲塔、
「衣笠、敵
「てぇーーッ!!」
恋葉の鋭い号令と同時に、並走する二隻の巨躯が激しく身震いした。
古鷹と衣笠、計四基の二十センチ連装砲が一斉に火を噴く。爆風が濁流の川面を円形に陥没させ、巻き上がった水煙が周囲を真っ白に染め上げた。引き裂かれた大気を突いて放たれた合計八発の主砲弾は、青葉が穿った破孔へと正確に吸い込まれていく。
古鷹の砲弾が防壁の
敵の防御線は、完全に消滅した。
連盟側の前線に、わずかな空白が生まれる。
それはただの破孔ではなかった。青葉が穿ち、古鷹と衣笠が抉り開けた、艦隊が戦列ごとねじ込むための決定的な「
重装甲のタンクたちが慌てて破孔を埋めんと前へ出るが、足場はすでに青葉たちの主砲衝撃と濁流に削られ、泥濘と化している。踏み込んだ瞬間に自重で体勢を崩し、激流へ呑まれていく者が続出した。
後衛の魔導兵たちは必死に第二陣地の防壁を立ち上げようとするが、重巡三隻の測距儀と主砲塔は、すでにその魔力収束の兆候を捉えている。守れば、即座に大口径砲の斉射が頭上に降り注ぐ。逃げれば、防衛線そのものが土台から瓦解する。連盟の前線は、その過酷な二者択一の死線に叩きつけられていた。
「敵前衛、
「敵魔導兵、防壁の
「右舷前方、敵後衛部隊、
青葉の艦橋へ報告が飛び込む。
艦長は濁流の向こうに開いた突破口を見据えたまま、短く命じた。
「速度を落とすな、そのまま維持。古鷹、衣笠と火線を
「
青葉は濁流を切り裂きながら前へ出る。艦首では恋葉が、変わらず前を見据えていた。白い軍服は水飛沫と砲煙に濡れて重く光り、背後へ流れるマントは風に大きく翻っている。
連盟側から放たれた迎撃魔法の弾幕が、いくつも艦首へ向けて殺到した。だが、猛烈な火球は砕け散った防御魔法の残滓にぶつかって中途半端に爆ぜ、放たれた氷槍は主砲の巻き上げた濃厚な水煙に呑まれて砕け、鋭い光弾は青葉の計算された変針運動に合わせるように、ことごとくその軌道を外れて虚空へ抜けていく。
誰かが狙っている。間違いなく、こちらの首を狙っている。だが、そのあらゆる
「次弾、
「敵、第二防衛線、形成中! 魔法使いどもが前線へ展開しています!」
「主砲塔、左前方四十五度へ回せ! 敵の術式起点に
青葉の主砲塔が再び重い鉄音を響かせて動き出す。濁流の上を走る艦体はなおも激しく揺れていたが、砲員たちはその不安定な揺れを織り込んだまま、次の標的へ照準を押し込んでいく。前方では、連盟側の魔導兵たちが必死に第二防衛線を組み直そうとしていた。砕かれた防壁の残滓を押しのけ、濁流に削られた足場を補強し、残った術式を核にして新たな防御魔法を展開しようとする。だが、青葉の測距儀はその魔力収束を逃さない。古鷹と衣笠もまた、別方向から同じ防衛線の継ぎ目を捉え、三隻の砲塔が逃げ場を塞ぐようにゆっくりと角度を合わせていった。
連盟側の前線は、崩壊寸前だった。
濁流は足場を奪い、重巡の砲撃は防壁を砕き、艦隊の進路を塞ぐはずだった魔法陣は発動前に狙われる。前衛たちは踏みとどまる場所を失い、後衛たちは詠唱を完了させる前に砲撃の照準へ晒され、指揮官たちの声は水音と砲声に呑まれて途切れ途切れにしか届かない。どこを守るべきか、どこへ下がるべきか、誰を支えるべきか。その判断が一瞬でも遅れれば、次の砲弾が防衛線を削り取り、さらに濁流が空いた隙間へ流れ込む。
だが、その混乱を離れた位置から見ている者がいた。
旧砦跡本陣の高台。
濁流からわずかに距離を取り、戦場全体を見渡せる位置に、篝火はいた。
篝火は前線の崩れ方を見て、舌打ちした。失われた陣地を取り戻そうとする動きは、すでに無駄だった。水際へ戻ろうとした前衛は足場を失い、防壁を張り直そうとした魔法使いは砲撃の的になる。連合側の重巡三隻は、兵を殺すためではなく、防御線そのものを壊すために動いている。ならば、広く守ろうとすればするほど砲撃目標を増やすだけだ。
「前線に固執するな!」
篝火の声が、本陣の魔導通信に鋭く走った。
「流された陣地は捨てろ。水際へ戻るな。盾役は本陣前まで下がって再配置、魔法職は面で防壁を張るな。あの艦砲の的になるだけだ。防ぐなら点で張れ、進路を絞るための障害だけを置け!」
その命令に、混乱していた連盟側の動きが一瞬だけ止まる。前線を捨てる。それは、さっきまで守っていた場所を諦めるということだった。だが、篝火の判断は早かった。守れない場所を守るために兵を削るより、崩れた地形を前提に本陣を中心とした新しい防衛線を作る方がまだ生き残れる。
「ヒーラーは負傷者を後方へ下げろ!細かなトリアージは後回しだ、動ける者を戦列に戻せ!物資班、水に浸かった荷は捨てて構わん、可燃物と魔石だけを本陣側へ後送しろ!」
「タンク!勝手に突っ込むな、艦首の正面に立つんじゃない!あれは人間の突撃を止めるための『壁』じゃない!戦場そのものを物理的な質量で圧殺してくる――動く『質量』だ!!」
怒号に近い篝火の指示が飛ぶたび、連盟側の指揮系統に芯が戻っていく。足場を失った前衛が無理に水際へ戻るのをやめ、残った陸地を使って本陣前へ下がる。魔導兵たちは広く薄い防御魔法を諦め、艦隊の進路を狭めるための小さく硬い障害を点在させ始めた。回復職が負傷者を抱えて後方へ走り、補給役が沈みかけた物資を見切って退く。失ったものは戻らない。ならば、失ったことを前提に組み直す。
青葉の艦橋に、新たな報告が飛び込んだ。
「敵前衛部隊、
「敵、魔法使い、第二防衛線の広範囲防御魔法を放棄!砲撃直撃ルートへの
「敵本陣側、魔力通信のトラフィック急増!指揮系統、再構築の兆候あり!」
艦長は目を細めた。
「動きが変わったな」
濁流の向こうで、連盟側の動きが変わっていた。先ほどまでのように、破孔を埋めようとむやみに前へ出てくる者はいない。水際で踏みとどまろうとする者もいない。崩れた前線を諦め、本陣前へ向かって戦力を引き寄せている。防御魔法も、艦砲の的になる大きな壁ではなく、艦の針路を削るような小さな障害へ変わりつつあった。
金剛の艦橋でも、同じ変化を捉えていた。
Yo!曽郎が低く唸る。
「立て直してきやがったな」
塩宮は本陣の方角を見据えたまま答える。
「篝火さんです。前線を捨てて、本陣を中心に組み直すつもりですね」
「判断が早ぇ。面倒な奴がいる」
「はい。ですが、ここで止まるわけにはいきません」
Yo!曽郎は舌打ちするように笑った。青葉、古鷹、衣笠は突破口を開いた。連盟側の防御線は砕けた。だが、完全に崩れたわけではない。篝火が本陣を中心に戦線を組み直したことで、連盟側は濁流と艦砲に呑まれながらも、まだ戦える形を取り戻しつつあった。
篝火は、本陣前へ集まり始めた召喚士たちへ視線を向けた。
「召喚士隊、前へ」
その命令に、召喚士たちが一斉に動く。
「防壁で止めるな。壁を張れば撃ち抜かれる。艦を止めるなら、動く障害を置け。水の上を走るなら、水上で止めろ」
旧砦跡本陣の前に、複数の召喚陣が浮かび上がった。濁流の縁、崩れた石畳の上、残された足場の際、水面そのものへ、獣の気配が滲み出していく。召喚士たちの詠唱が重なり、淡い光が濁流に反射した。防御魔法ではない。結界でもない。砲撃されれば砕ける固定目標ではなく、自ら動き、艦の進路を塞ぎ、濁流の中で襲いかかるもの。
篝火は静かに告げた。
「艦隊の足を止めろ。止めた瞬間に、本陣の火力を叩き込む」
召喚陣の中から、最初の獣が姿を現した。
それは濁流の上に爪を立てるようにして這い出した、四足の水棲獣だった。魚とも獣ともつかない滑らかな体表に、鋭い爪を備えた長い前脚。濁った水を弾きながら現れたそれは、召喚された直後から迷うことなく青葉の進路へ向かって走り出す。続いて、崩れた石畳の上に開いた別の召喚陣からは甲殻を持つ獣が現れ、水際に身体を沈めて即席の障害物となった。さらに空中へ浮かび上がった召喚陣からは翼ある獣が滑り出し、濁流の上を進む艦隊へ向けて急降下を始める。
「前方、高エネルギー反応!召喚獣、複数が
「
「
青葉の艦橋に報告が飛び込む。
艦長は表情を変えなかった。
「
青葉の主砲塔が、次の標的へ向けて回頭する。対魔法防壁用徹甲弾は防御魔法を破るための弾だ。召喚獣相手に最適とは言えない。だが、二十センチ砲の質量は、それだけで十分な暴力だった。濁流の上を走る獣が艦首へ食らいつこうと跳ねた瞬間、青葉の副砲が火を噴き、獣の横腹を撃ち抜いた。水飛沫と召喚獣の身体が弾け、濁流の中へ叩き込まれる。
だが、召喚獣は一体ではない。
水面を走る獣が次々と現れ、艦隊の進路へ飛び込んでくる。濁流に潜った獣が青葉の艦底へ回り込もうとし、翼ある獣が甲板へ向けて爪を伸ばす。古鷹と衣笠も砲撃を防御魔法から召喚獣へ切り替え、進路を塞ぐものを片端から撃ち砕いていくが、それでも数が多い。固定された防壁と違い、召喚獣は動く。砲撃を避け、濁流に潜り、瓦礫を足場に跳び、艦の横腹へ取りつこうとする。
「古鷹、右舷側に二体!」
「衣笠、
「副砲、てーーッ!!!」
砲声が重なる。濁流の上に水柱が立ち、召喚獣の影が砕け、魔力の粒となって消えていく。しかし、召喚陣はまだ消えない。篝火の指示を受けた召喚士たちは、次々と新たな獣を戦場へ送り込んでいた。
青葉の艦首で、恋葉は前を見据えていた。
白い軍服の裾は水飛沫に濡れ、マントは砲煙と風を受けて大きく翻っている。召喚獣の一体が濁流を蹴って艦首へ跳び上がった。爪が甲板を抉り、濡れた獣の影が恋葉へ覆い被さる。
「猫将軍、伏せろ!」
船員の一人が叫ぶと同時に、艦首側の砲員が恋葉のマントを掴んで引き倒した。恋葉の身体が甲板へ沈むように引かれ、その頭上を召喚獣の爪が唸りを上げて通り過ぎる。爪先は恋葉をかすめることなく、艦首の装甲だけを削り取った。
次の瞬間、副砲が火を噴く。
至近距離から叩き込まれた砲弾が、召喚獣の横腹を撃ち抜いた。獣の巨体が濁流の上へ弾き飛ばされ、水飛沫と魔力の残滓を撒き散らしながら崩れていく。
「無事か、猫将軍!」
「ね、猫将軍……?!」
甲板に片手をついた恋葉が、少しだけ目を瞬かせる。
だが、船員たちはその呼び名に疑問を挟む余裕もなかった。
「立てるなら前見てろ!次が来る!」
「は、はい!」
恋葉は慌てて身体を起こす。白い軍服は甲板の水で濡れ、マントの端は砲煙に煤けていた。それでも彼女は、また艦首の先へ視線を戻す。
今度は、ほんの少しだけ肩に力が入っていた。
それでも、逃げない。
青葉の船員たちはもう、彼女がなぜ当たらないのかを考えるのをやめていた。理由は分からない。理屈も分からない。ただ、あの白い軍服の少女が艦首にいる限り、青葉はまだ前へ進める気がした。
ならば、守る。
「
「
青葉、古鷹、衣笠は、濁流の上で砲撃を続けながら前へ出る。だが、最初の防御線を砕いた時のような速度は出せない。召喚獣が水面を塞ぎ、潜行型が艦底を狙い、飛行型が甲板へ圧をかける。連盟側は、艦隊を真正面から止めるのではなく、進路を削り、速度を落とし、後続の金剛型が突入するタイミングを乱そうとしていた。
金剛の艦橋で、Yo!曽郎が舌打ちした。
「嫌な止め方をしてきやがる」
「篝火さんの狙いは、艦隊の完全停止ではありません」
塩宮は濁流の先、本陣前に展開する召喚陣を見据えながら言った。
「速度を削り、隊列を乱し、突撃の瞬間をずらす。それだけで、こちらの突破力は落ちます」
「分かってる。だから面倒なんだよ」
Yo!曽郎は艦橋の前方へ身を乗り出すようにして、濁流の向こうを睨んだ。青葉、古鷹、衣笠はまだ進んでいる。だが、召喚獣の数が増えれば、先行三隻だけでは処理が追いつかなくなる。金剛型を突っ込ませるには、もう一度、進路を大きくこじ開ける必要がある。
「金剛、比叡、霧島、榛名、
『比叡、
『霧島、
『榛名、
Yo!曽郎の命令が飛ぶ一方で、連盟本陣では篝火が次の手を打っていた。
小型、中型の召喚獣は時間を稼ぐためのものだ。重巡三隻の砲撃を分散させ、進路を乱し、金剛型の突撃速度を落とす。それだけでも十分に意味はある。だが、それだけでは足りない。あの艦隊を本当に止めるには、もっと大きな障害が必要だった。
篝火は、召喚士たちの奥に控える者たちへ視線を向ける。
「大型召喚、準備」
召喚士たちの顔色が変わった。
「本気ですか、篝火さん。あれは、この状況で出すには――」
「本気だ」
篝火は遮った。
「ここで止めなければ、本陣まで抜かれる。小型で足を鈍らせ、中型で進路を削る。それでも足りないなら、進路そのものを塞ぐしかない」
召喚士たちは一瞬だけ躊躇したが、すぐに術式陣へ魔力を流し込み始めた。旧砦跡本陣の前、濁流と陸地の境目に、これまでの召喚陣とは比べものにならない巨大な魔法陣が広がっていく。地面に残った石畳が砕け、濁流の表面が逆巻き、空気が重く沈んだ。
青葉の艦橋に、警告が飛び込む。
「敵本陣前、大規模魔力反応!」
「召喚陣、拡大しています!」
「熱量が違います!
艦長が目を細める。
「砲塔、向けろ。奴の術式発動、完全顕現前に撃ち抜けるか」
「
「古鷹、衣笠、各艦で
「
濁流の上で、小型と中型の召喚獣たちが一斉に動きを変えた。まるで盾になるように、青葉たちと本陣前の巨大召喚陣の間へ割り込んでくる。召喚獣は砲撃で砕かれる。だが、砕かれることそのものが時間稼ぎだった。防御魔法と違い、動く盾は一発で全てを抜けない。倒しても倒しても、次が進路へ飛び込んでくる。
金剛の艦橋で、Yo!曽郎が笑った。
笑ったが、その目は鋭かった。
「出してきやがるな」
塩宮は巨大召喚陣を見据えた。
「篝火さんは、ここで艦隊を止めるつもりです」
「だろうな。だったら、止められる前に抜く」
Yo!曽郎は魔導通信を開きかけた。だが、その瞬間、濁流の先で大地が揺れた。
巨大召喚陣の光が、旧砦跡の本陣前を覆い尽くす。
篝火は、召喚士たちの詠唱が重なっていく中で、前方の艦隊を見据えていた。
「出せ」
その一言に、召喚陣が爆ぜるように輝いた。
濁流が逆巻いた。
水面が盛り上がり、崩れた石畳が持ち上がり、旧砦跡の空気そのものが震える。召喚陣の中心から、巨大な影がゆっくりと立ち上がった。最初に見えたのは、濁流の中から突き出す巨大な腕だった。次に、岩のような甲殻。さらに、艦の進路を塞ぐほどの胴体が水面を割って現れる。
それは、青葉の艦首から見上げるほどの巨躯だった。
恋葉が、初めてわずかに息を呑む。
青葉の艦橋で、誰かが呟いた。
「……でかい」
濁流の上に立ち上がった巨大召喚獣は、連合艦隊の進路を塞ぐように両腕を広げた。水がその身体を打ち、砲煙が流れ、旧砦跡の戦場に影が落ちる。
金剛の艦橋で、Yo!曽郎が獰猛に口角を上げた。
「出やがったな」
篝火は本陣から、艦隊を見据える。
連合艦隊は止まらない。
連盟本陣も退かない。
濁流の上で、巨大召喚獣が咆哮した。
恋葉ちゃんがなんで青葉の甲板でガイナ立ちしてるかって?
不沈のサムです。