Nocturne Reaper   作:Spica@お星

34 / 37
蒼狼吠える

 戦略級統合兵装艦:青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モード。

 

 その艦内(インサイド)を、凄絶な蒼白いプラズマが走っていた。

 

 それは、通常の主魔導回路(メイン・バス)を流れる制御された光ではない。青葉という一隻の船体構造(メイン・ハル)に収まるはずのない膨大な出力(マナ)が、艦体の奥深くで狂暴に唸り、古鷹、衣笠、比叡、霧島から受け継いだ残存機能(ケイパビリティ)と噛み合いながら、ただ一発を放つためだけの巨大な砲撃機構(システム)として強引に束ねられていく。

 

 二番主砲塔の旋回基部(バーベット)が悲鳴を上げて鳴き、衣笠の重装甲材(スタビライザー)砲撃反動(リコイル)に備えてガチガチと軋み、霧島の方位盤(ディレクター)が異常な演算速度で弾道データを吐き出し続け、艦内の至るところで警告灯(レッドアラート)が真紅に明滅した。

 

 青葉は、もう大破した重巡ではなかった。

 

 だが、安定した新造艦でもなかった。

 

 五隻分の残骸と機能、そして戦友たちの執念(意地)を、恋葉という生体中枢(コア)の一点に無理やり集約し、戦場の上でかろうじて形を保っている、歪で、恐るべき「異形の兵装艦」。

 

 システム警告が、恋葉の視界を埋め尽くす。

 

 プレイヤーを中枢制御点(メイン・デバイス)として認識しています▼

 複数艦艇由来の魔導出力(マナ・ドライブ)を検出しました▼

 通常火器管制外の収束砲撃(バースト・ブラスト)を確認しました▼

 安全制限(リミッター)を超過しています▼

 魔力逆流(バックラッシュ)の危険があります▼

 肉体損耗(ヒットポイント・ロス)の危険があります▼

 即時停止(緊急シャットダウン)を推奨します▼

 

 恋葉は、そのすべてを視覚に捉えていた。

 

 見えていた、というより、意識(システム)に直接叩き込まれていた。真紅の警告文(エラーログ)は滲み、戦術数値(パラメータ)は二重にぶれ、耳の奥では高音の限界負荷(ノイズ)が鳴り続けている。頭蓋の内側から物理的に釘を打ち込まれるような神経損傷(ニューラル・ダメージ)が走り、喉の奥には拒絶反応(ペナルティ)の吐き気がこみ上げ、槌を握る指先の感覚はとうに薄れていた。

 

 それでも、恋葉は青葉の艦首に立ち続けていた。

 

 立っていること自体が、肉体損耗(ヒットポイント・ロス)の限界を超えた奇跡だった。膝は震え、呼吸は浅く、体の奥で主魔導回路(メイン・バス)を逆走する魔力逆流(バックラッシュ)が全身を焼いているのが分かる。それでも、彼女の精神は絶対に倒れなかった。ここで倒れれば、青葉は撃てない。青葉が撃てなければ、ヘカトンケイルによって金剛が沈められる。

 

 そして金剛が止まれば、比叡と霧島が完全轟沈(ロスト)と引き換えに抉り開けた最終突入路(ラスト・レーン)も、古鷹と衣笠が深刻な中破(ダメージ)を負いながら守り抜いた離脱路(セーフ・ライン)も、青葉が大破してなおこの戦場に残したすべての意味も、ただの敗戦(デッドエンド)として濁流に呑まれる。

 

「猫将軍、魔力収束率(チャージ・レート)が上がりすぎています! 砲身の限界熱量を超過します!」

 

 艦橋からの声が、魔導通信(オープン・チャンネル)越しに飛んでくる。

 

「……だい、じょうぶ、です」

 

 声になったかどうか、自分でも分からなかった。

 

 青葉の艦長の声が、すぐに割り込む。

 

『恋葉殿、あなたはトリガーのことだけを考えてください。火器管制(システム)の一部をマニュアルへ変更(オーバーライド)

『弾着観測員、光学および魔力測距の誤差修正! 着弾座標(インパクト・ポイント)再計測(アップデート)!』

『方位盤との動的同期を切るな! 濁流によるローリングの照準補正(リカバリー)は、本艦の電探で持つ!』

『反動制御、手動介入(マニュアル・ドライブ)! 二番砲の砲撃反動(リコイル)を猫将軍へ直接返すな!』

『二番主砲塔、バーベットを現方位でロック! 古鷹系統の油圧フレーム、負荷分散開始!』

『衣笠装甲材、スタビライザーへ回せ! 船体を捻じ切らせるな! 右舷へ偏るトルクを左舷バラストで相殺しろ!』

『霧島系統、方位盤(ディレクター)、追従継続! 目標、ヘカトンケイル主腕部!』

 

 艦内(インサイド)のコールが、次々と同期(シンクロ)して重なっていく。

 

 すべての限界負荷(ペナルティ)を、猫将軍ひとりに背負わせないために。

 

 傷だらけの乗員たちは、彼女の神経系へ流れ込む莫大な情報負荷(データトラフィック)を一つずつ泥臭い人の手で引き剥がし、火器管制(システム)照準補正(リカバリー)砲撃反動(リコイル)の制御、さらには二番砲塔の旋回基部(バーベット)の完全固定にいたるまで、限界を超えたマニュアル操作で可能な限りその肩代わりをしていった。

 

 だが、それでもバレルの旋回速度だけでは追いつかない。

 

 ヘカトンケイルの巨腕は、金剛へ向けてすでに振り下ろされている。濁流は荒れ狂い、蒼狼(ボルテ・チノ)モードの船体構造(メイン・ハル)は再構成直後の不安定さを残したまま激しく軋み、二番主砲塔の旋回限界はすでに警告域(レッド・ゾーン)へと突入していた。正面から敵の急所を狙うには、主砲の指向角度(セクター)が致命的に足りない。砲塔だけをこれ以上無理に振れば、衣笠の重装甲材(スタビライザー)による反動制御が完全に破綻し、その砲撃反動(リコイル)の全てが魔力逆流(バックラッシュ)となって猫将軍の神経系へと逆流する。

 

 青葉の艦長は、その致命的な物理限界を一瞬でジャッジした。

 

『砲塔だけで(ターゲット)を追うな。──船体(ハル)ごと回す!』

 

 艦橋の空気が、破裂しそうなほどに張り詰める。

 

『操舵、面舵二十! 機関、右舷ボイラー出力上げ、左舷を絞れ! 激流の押し返し(ハイドロ・ダイナミクス)を物理制動として利用し、艦首(ノーズ)を強引に振る!』

『面舵二十! 右舷出力上昇、左舷絞ります!』

『──本艦、船体回頭(スピン・ターン)開始!!』

 

 戦略級統合兵装艦:青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードの巨体が、濁流の上で軋みながら向きを変える。

 

 艦首が水を裂き、艦尾が流れに押され、蒼白いプラズマを纏った船体が半ば滑るように回頭していく。物理限界を無視した非常機動(エマージェンシー・ターン)だった。だが、その無理を力ずくで成立させるために、乗員たちはコンソールに齧りつき、ありったけの手動制御を噛ませていた。

 

『艦首角、あと十二度!』

砲塔旋回(トラバース)船体回頭(スピン・ターン)に完全追従!』

『方位盤、目標再捕捉(リ・ロック)! ヘカトンケイル主腕部、照準線(ライン)内へ入ります!』

砲撃反動(リコイル)逃がし、右舷から左舷へ再配分! バラスト調整、死ぬ気で間に合わせろ!』

 

 青葉が回る。

 

 砲塔が追う。

 

 恋葉の視覚(モニター)の中で、限界負荷(オーバーロード)にぶれていた世界が、今、一本の弾道線へと収束(ロックオン)していく。

 

 金剛へ向けて無慈悲に振り下ろされる、ヘカトンケイルの巨腕。

 

 その腕の付け根。

 

 比叡、霧島の主砲撃で砕けた、外殻の隙間。

 

 荒れ狂う濁流の水煙。大気を焦がす砲煙。すべてが歪み、揺れ、二重にぶれていた。

 

 それでも、ただ一本の射撃弾道(クリア・ライン)だけは、濁流の向こう側に確かに見えた。

 

発射シークエンス(カウントダウン)開始!』

弾着観測(スポット)、最終補正!』

魔力収束率(チャージ・レート)臨界手前(クリティカル)!』

『砲身熱量、限界突破(オーバーヒート)まであと三秒!』

『艦長、主砲──撃てます!!』

 

 青葉の艦長は、指向性回線(ピン・ポイント)で艦首に立つ恋葉へと直接通信を繋いだ。

 

『──恋葉殿』

 

 その声は、狂気と怒号にまみれた戦場の中で、不思議なほどに静かだった。

 

『青葉は、撃てます』

 

 恋葉は、感覚の失われかけた震える指で、赤熱する槌を肉体に喰い込ませるように握り直した。

 

 足元から、戦略級統合兵装艦(アオバ・ボルテ・チノ)の爆発的な鼓動が伝わってくる。それは、青葉だけの心音ではない。古鷹、衣笠、比叡、霧島。濁流に沈んだ艦、傷つきながら戦列を守る艦、なおこの戦場(フィールド)に残ったすべての残存意思(アニマ)が、蒼狼の砲口へと一本の線になって集まっていく。

 

 目の前には、金剛の艦体(ハル)へ向けて無慈悲に振り下ろされる、ヘカトンケイルの巨大な主腕。

 

 ここで照準(レティクル)を外せば、すべてが終わる。

 ここで引き金(トリガー)を引けなければ、この戦場の全部が敗戦(デッドエンド)に消える。

 

 恋葉は、異常負荷(オーバーロード)で血の混じった息を深く吐いた。

 

 そして、静かに、だが戦場のすべてを従えるように告げる。

 

「──ワレ、アオバ」

 

 その軍事識別句(コード)に応えるように、蒼狼の砲口が猛々しく開いた。

 

 次の瞬間、五隻の執念を結線した超高出力の収束砲撃(バースト・ブラスト)が解き放たれる。

 

 ──ズ、ドォォォォォンッッッ!!!

 

 凄絶な蒼白い砲光が、濁流の川面を文字通り真っ二つに裂いた。舞い上がる数千トンの水煙を貫き、大気を焦がす砲煙を焼き払い、金剛へ肉薄していたヘカトンケイルの巨腕へ向けて、一直線に突き進む。

 

 Yo! 曽郎が目を見開いた。

 

 塩宮が息を呑んだ。

 

 榛名の艦橋で、誰かが声を失った。

 

 そして──。

 

 蒼狼の放った決戦の一撃が、ヘカトンケイルの巨腕の付け根へ、ミリ単位の狂いもなく直撃(クリーン・ヒット)した。

 

 轟音。

 

 濁流の上で、世界が白く弾けた。

 

 ヘカトンケイルの巨腕が根元から大きく跳ね上がり、金剛へ振り下ろされるはずだった軌道が、強引にねじ曲げられる。砕けた外殻が黒い火花を散らし、魔力で構成された肉が裂け、巨腕は金剛の艦橋をかすめる寸前で横へ逸れた。

 

 金剛の艦体が、巨腕の巻き起こした暴風に殴られる。

 

 艦橋の窓が軋み、計器が跳ね、乗員たちが手すりにしがみつく。だが、金剛は止まらなかった。比叡と霧島が命を削って開けた突撃針路を、榛名が囮となって支え、青葉が最後の巨腕を撃ち逸らした。その道を、旗艦が迷う理由などなかった。

 

「……助かった、だと?」

 

 Yo!曽郎が一瞬だけ目を見開く。

 

 だが、次の瞬間にはその顔から驚きが消えていた。

 

「金剛、針路そのまま! 今の一撃で道が開いた、止まるな!」

了解(アイ・アイ・サー)! 針路、連盟本陣へ固定!」

「機関科、出力維持! ボイラーを落とすな!」

「前方、ヘカトンケイル腕部密度低下! 突撃路、開いています!」

 

 金剛が濁流を裂いて進む。

 

 巨腕は逸れた。だが、ヘカトンケイルはまだ倒れていない。背後では百腕の巨人が苦悶するように咆哮し、失われかけた腕の断面から黒い魔力を噴き上げている。それでも、金剛の前にあった最大の障害は一瞬だけ消えた。ほんの数秒。だが、その数秒があれば、旗艦は前へ出られる。

 

「連盟本陣、視認!」

 

 観測員の声が、艦橋(ブリッジ)に響き渡る。

 

 濁流の先、崩れかけた旧砦跡の深奥。そこには、前線指揮官の篝火が死に物狂いで立て直した第二防衛線と、召喚士たちが維持する術式陣が剥き出しになって見えた。

 

 そこへ、金剛が肉薄する。激しい砲煙の尾を引き、濁流の白波を容赦なく叩き割り、圧倒的な艦影(シルエット)が連盟本陣へ向かって直進していく。

 

 塩宮は、呼吸を忘れたように息を呑んだまま、その光景をただ見つめていた。

 

「届く……これで、すべてを終わらせる最後の一手が打てます」

「ああ」

 

 Yo!曽郎は、不敵に低く笑った。

 

「届かせるために、自分の身を盾にして沈んだ奴らがいる。……なら、届かせねぇわけにはいかねぇだろ」

 

 金剛は、一歩も止まらない。

 

 その一方で、蒼狼(ボルテ・チノ)モードへと新生した青葉の艦首では、恋葉の身体が大きく傾いていた。

 

「……っ」

 

 声にならない息が漏れる。

 

 視界が白く染まっていた。引き金(トリガー)を引いた直後、恋葉の神経系(システム)を流れていた五隻分の絶大な戦闘出力が、津波のような魔力逆流(バックラッシュ)となって肉体へと叩き返されたのだ。

 

 青葉の主回路(メイン・バス)を焼き切らんばかりに疾走した蒼白いプラズマ。古鷹系統が担った激しい反動制御。衣笠の重装甲材(スタビライザー)が受け止めた破滅的な衝撃。比叡の魔導増幅器(マナ・アンプ)が限界を超えて引き上げた出力。そして、霧島の光学照準補助機構(ディレクター)が最後まで維持し続けた照準線(ライン)

 

 散っていったすべての残光の余波が、統合制御者(生体コア)である恋葉の肉体へと一挙になだれ込んできた。

 

 頭蓋が割れるような痛みが走る。

 限界負荷を告げる耳鳴りが止まらない。

 拒絶反応(ペナルティ)による、胃の底からの吐き気がこみ上げる。

 

 足元の甲板が急速に遠ざかり、荒れ狂う濁流の轟音も、主砲の残響も、艦内(インサイド)の絶叫も、すべてが分厚い泥水の向こう側から聞こえるように歪んでいく。

 

「猫将軍!」

 

 誰かが、必死に叫んだ。

 

 恋葉の膝が、がくりと折れかける。だが、戦闘不能(デッドエンド)の暗闇に呑まれる寸前、彼女は片手に握った赤熱する槌を鋼鉄の甲板へ叩きつけるように突き立て、力ずくで身体を支え直した。

 

 喉の奥から、沸騰するような熱いものが込み上げる。

 

 次の瞬間、恋葉の口元から、鮮血が飛び散った。

 

「猫将軍、精神負荷(ペナルティ・フィードバック)が戻っています! 魔力逆流、止まりません!」

火器管制(システム)を完全に遮断しろ! 猫将軍からリンクを剥がせ!」

不可(ダメ)です! 蒼狼(ボルテ・チノ)モードの出力制御が恋葉殿の神経系を経由しています! 完全遮断すれば艦体側の魔導竜骨(キール・フレーム)が自壊します!」

「なら一部だけでも負荷(ストレス)を逃がせ! 反動制御フレームを艦体側へダンプしろ!」

 

 艦内の動揺した通信が激しく重なる。

 

 恋葉は、血の混じった息を深く吐き出しながら、強靭な戦闘執念で顔を上げた。白くぶれる視界の端では、金剛が砲煙を引き裂き、連盟本陣へ向かって直進している。青葉の一撃は、確かに届いた。金剛は圧殺されなかった。比叡と霧島が命に代えて抉り開けた最終突入路(ラスト・レーン)は、まだ消えていない。

 

 それだけで、戦術的には十分だった。

 

「……まだ」

 

 恋葉が、掠れた声で呟く。

 

 近くにいた泥まみれの乗員が、必死に叫んだ。

 

「猫将軍、喋るな! 今の一撃だけで、肉体損耗(ヒットポイント)が持たない!」

「まだ……終わって、ない、です」

 

 恋葉は、感覚の薄れた指先で、再び赤熱する神の槌を握り直した。

 

 ヘカトンケイルは、未だ濁流の上に立ち塞がっている。主腕を弾き飛ばされ、物理構造を激しく崩しながらも、百腕の巨人はその無数の傷口から不気味な黒い魔力を噴き上げ、再び再構成の術式を集束させ始めていた。金剛は本陣を捉えた。だが、ヘカトンケイルが完全に沈黙しない限り、後続の榛名も、そして満身創痍の青葉たちも、再びその巨腕の網に捕まり、圧殺される。

 

 青葉の艦長が、静かに通信回線を繋いだ。

 

『恋葉殿、今は撃たなくていい』

 

 恋葉の視界へ、艦橋からの戦術情報(パラメータ)が細い光のように差し込まれる。

 

『金剛は前へ出ました。あなたの一撃で、突撃路は完全に開いている』

「……はい」

『ですが、ヘカトンケイルはまだ生きている。次に撃つなら、腕を削るだけでは足りない』

 

 艦長の声は、恐ろしいほどに落ち着いていた。

 

『奴の中枢術核(本体)を止める必要があります』

 

 恋葉は、手の甲で血に濡れた口元を乱暴に拭った。

 

 濁流の向こうで、金剛が連盟本陣へ迫っている。背後では、ヘカトンケイルが再び無数の腕を鎌首のように持ち上げようとしている。

 

 そして──戦略級統合兵装艦:青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードは、五隻分の負荷で軋み、各所から蒼い火花を散らしながらも、まだ濁流の上に猛然と浮かんでいた。

 

 恋葉は、小さく頷いた。

 

「……次は、完全に、止めます」

 

 その声は、消え入りそうなほどに掠れていた。

 

 だが、青葉の艦長は、その不屈の意思を確かに聞き取った。

 

『了解。では、操舵はこちらで引き受けます。恋葉殿は、次の一撃、その弾道解(射撃解)だけを見ていてください』

 

 金剛は、連盟本陣の喉元へ突入する。

 

 青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードは、再びヘカトンケイルへ向けて、その巨大な牙を旋回させる。

 

 泥水と血の嵐が吹き荒れる濁流の上で、蒼い狼は、まだ次なる咆哮を放つ準備をしていた。

 

 ヘカトンケイルが、動いた。

 

 撃ち逸らされた主腕の断面から禍々しい黒い魔力が噴き上がり、再構成されかけた不完全な異形の肢体が、泥濘の濁流を強引に掴み取る。

 

 百腕の巨人は、金剛へと伸ばしていたヘイトの一部を、明確に青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードへと向け直していた。先ほどの収束砲撃(バースト・ブラスト)は、ただの大口径砲ではない。あれをもう一度、自らの中枢術核(コア)へ撃ち込まれれば、腕を削られるどころでは済まない。本能的にそう判断したかのように、傷ついた巨体の各所から、歪な肉の触肢が次々と鎌首をもたげていく。

 

「敵腕部、急速再構成!」

「主腕、本艦へ指向! 軸線を合わせてきます!」

「側面から榛名へも触肢展開! 本艦と榛名、挟撃されます!」

 

 限界に達した青葉の艦橋(ブリッジ)に、悲鳴に近い戦術報告(レポート)が飛び込む。

 

 艦長は、泥水と火花が吹き荒れる前方を冷徹に見据えたまま、短く、鋼鉄のごとき声で命じた。

 

「榛名へ繋げ」

『榛名、通信開きます!』

 

 すぐに、ノイズまみれの魔導通信の向こうから、榛名の凛とした声が返ってきた。

 

『こちら榛名、戦闘能力健在。青葉、そちらも蒼狼の名は伊達ではないですね』

「こちら青葉。──榛名、ヘカトンケイルの正面で注意を引き付けられますか」

『可能です。主砲斉射と副砲連射で引き付けます。ですが、本艦の装甲では長くは持ちません』

「長く持たせる必要はありません。こちらが側面を削り、中枢へ届く隙を探ります。榛名は、その無数の腕をこちらの射線へ流してください」

『了解。青葉、こちらの操艦を合わせます』

 

 榛名が、激しい水飛沫を上げて濁流の上で大きく針路を振った。

 

 高速戦艦の艦体が濁流の白波を蹴立て、ヘカトンケイルの正面へ斜めに切り込む。三十六センチ主砲が火を噴き、再構成途中(リビルド)の腕を真正面から叩いた。不気味な黒い魔力の肉が裂け、外殻装甲が砕け散る。ヘカトンケイルの無数の腕のいくつかが、明確に榛名へ向いた。

 

 その濃厚な砲煙(スクリーン)の影を潜り抜けるように、青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードが突入する。

 

「操舵、面舵十(スターボード・テン)。榛名の砲煙を光学的遮蔽(スクリーン)に使う」

面舵十(スターボード・テン)!」

「敵腕部、完全に榛名へ集中!」

「今だ。二番主砲、敵右側腕群の関節部(ジョイント)へ照準」

「二番主砲、手動照準(マニュアル)! 関節部(ジョイント)、捕捉!」

 

 青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードは、濁流の上を滑るように加速した。大破前の青葉ではあり得ない突撃戦速(アサルト・スピード)。金剛型と同じ戦場速度へ食らいつき、榛名の側面を抜け、ヘカトンケイルの腕の死角へ潜り込む。

 

 その機動は単なる出力任せではない。艦長が濁流の流体力学特性(ハイドロ)を読み、榛名の砲撃で生じた濃厚な砲煙(スクリーン)光学的遮蔽(スクリーン)に使い、ヘカトンケイルの腕が振り切られた一瞬の隙間へ巨大艦体(メイン・ハル)を強引に差し込んでいた。

 

火器管制(システム)、手動系統を維持!」

「猫将軍へのリンク、最小限のまま!」

「装填班、手動補助! 自動装填のタイムラグを埋めろ!」

「反動制御、船体(ハル)側で受ける! 猫将軍に返すな!」

 

 乗員たちのコールが重なる。

 

 恋葉は艦首で、赤熱する槌を支えに立っていた。顔色は白く、唇にはまだ血が残っている。それでも、彼女の視線はヘカトンケイルから一ミリたりとも外れていない。

 

 艦長が、通信越しに静かに告げる。

 

「恋葉殿、撃たなくていい。見ていてください」

「……はい」

照準(レティクル)だけ置いてください。敵に、次があると思わせる」

 

 恋葉は小さく頷いた。

 

 青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードの砲口に、わずかな蒼い光が灯る。発射できるほどの収束ではない。だが、ヘカトンケイルにとっては、それで十分すぎた。先ほどの恐怖を刻み込まれた巨人の腕の一部が、反射的に蒼狼の砲口へ向きを変える。

 

 その、ほんのわずかな「判断の遅れ」を、高速戦艦の牙が容赦なく撃ち抜いた。

 

『榛名、主砲一斉射(フル・サルヴォー)!!』

 

 巨腕の付け根で、空間を抉るような大爆炎が上がる。

 

「青葉、続け」

 

 艦長の、冷徹な命令が落ちる。

 

「撃てぇ──ッ!」

 

 青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードの砲撃が、榛名の斉射で揺らいだ腕の側面へ正確に叩き込まれた。

 

 それは先ほどのような超高出力の収束砲撃(バースト・ブラスト)ではない。だが、五隻分の機能を内包して再構成された青葉の砲撃は、かつての重巡のそれとは明らかに威力の桁が違っていた。

 

 砲塔基部(バーベット)が猛烈な反動を受け止め、霧島系統の方位盤が揺れる関節部(ジョイント)を冷徹に捕捉し、衣笠の重装甲材が船体の歪みを強引に押さえ込み、乗員たちが必死の手動補正で射線を維持する。猫将軍へ余計な負荷を返さないために、人の手が一つずつ機構を支え、蒼狼は濁流の上でその獰猛な牙を振るった。

 

 二十センチ砲弾が、狙い澄ました腕の関節部へ深く食い込む。

 

 不気味な黒い魔力が派手に裂け、ヘカトンケイルの巨躯がわずかにバランスを崩した。

 

「弾着──命中!」

「敵腕部、動作遅延を確認!」

魔力再構成(リビルド)速度、大幅に低下しています!」

「……まだ足りない」

 

 艦長は即座に、冷徹に言った。

 

「榛名、右へ振ってください。青葉は外側から回り込みます」

『了解』

 

 高速戦艦の巨躯が濁流を蹴り、右へ大きく針路を振る。それに合わせて、青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードは左外側へ滑り込んでいく。

 

 二隻が互い違いにヘカトンケイルの周囲を高速機動(スピン・ターン)で走り、砲撃と巻き上がる水煙で、百腕の巨人の視界と腕の指向を攪乱していった。榛名が正面から三十六センチ砲で叩き、青葉が側面から二十センチ砲で関節を削る。ヘカトンケイルが青葉を狙えば、すかさず榛名が火を噴く。榛名へ腕が向けば、即座に青葉がその関節を穿つ。

 

 それは、もう恋葉ひとりの力ではなかった。

 

 青葉艦長が読み、乗員たちが動かし、榛名が合わせ、恋葉が最後の牙を温存する。

 

 濁流の上で繰り広げられる、極限の機動砲撃戦(マニューバ・バトル)だった。

 

「敵腕部、再構成速度(リビルド・タイム)さらに低下!」

「青葉、榛名、敵側面を押し込みつつあります!」

「ヘカトンケイル、姿勢制御(スタビリティ)に乱れ!」

 

 その報告を聞きながら、艦長はヘカトンケイルの動きを見続けていた。

 

 腕をいくら砕いても、止まらない。関節を撃っても、術式再構成(リビルド)される。巨体を揺らしても、沈まない。ならば、どこかにあるはずだ。あの不条理な質量を維持し、再構成を支える中枢。

 

 百腕の巨人を巨人たらしめている絶対の核。

 

「腕ではない」

 

 艦長が、低く呟く。

 

「本体は、もっと奥だ」

 

 恋葉が、かすかに顔を上げた。

 

 その瞬間、榛名がヘカトンケイルの内懐(デッド・ゾーン)へと肉薄した。

 

『榛名、仕掛けます』

 

 榛名の艦首から、太い鋼鉄錨(アンカー)が射出される。

 

 鋼鉄の牙が濁流を裂き、ヘカトンケイルの外殻装甲(シェル)へ深く突き刺さった。直後、高速戦艦の機関出力(ボイラー・プレッシャー)が臨界まで跳ね上がる。係留鋼索(ケーブル)を支点に、濁流の流速と自艦の突進力を無理やり噛み合わせ、三万トンの巨体が水面を激しく滑り始めた。

 

 川面が艦体の質量に削られる。

 

 巨大な白波が半円を描く。

 

 榛名が、ヘカトンケイルの側面へ向けて船体ドリフト(スピン・ターン)を敢行する。

 

『榛名、全砲門、ゼロ距離一斉射』

 

 通信機から響くその声は、恐ろしいほどに静かだった。

 

 次の瞬間、八門の三十六センチ砲が至近距離で同時に咆哮した。

 

 大爆炎が、ヘカトンケイルの外殻を物理的な圧力で内側から引き剥がすように捲り上げる。密集していた無数の腕の根元がまとめて吹き飛び、黒い魔力の肉が裂け、再構成中の術式が一瞬だけ完全に乱れた。ヘカトンケイルが天を衝く咆哮を上げる。怒りか、痛みか、それとも初めて自らの核へ届きかけたことへの本能的な拒絶か。巨体が大きく傾ぎ、裂けた外殻の割れ目から、黒い魔力とは違う、鈍い赤の光が覗いた。

 

 青葉の艦橋で、観測員が叫ぶ。

 

「内部に規格外の高密度魔力反応!」

「位置、ヘカトンケイル胸部奥!」

再構成術式(リビルド・システム)の中枢です!」

 

 艦長は、静かに、深く息を吸った。

 

「──見えたな」

 

 恋葉の視界にも、その鈍く脈打つ赤い光が完璧に映っていた。

 

 ヘカトンケイルの中枢術核(コア)

 

 百腕の巨人を動かし続ける、真の本体。

 

 五隻分の遺志を宿した青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードの砲口が、ゆっくりと、冷徹にその一点へ向けられる。

 

 だが、照準固定(ペアリング)が完璧に完了したからといって、即座に撃てるわけではなかった。

 

魔力収束率(チャージ・レート)、再上昇! ですが完全に不安定、まったく制御できていません!」

「砲身熱量、まだ危険域(レッド・ゾーン)の最深部です! このまま再発射を強行すれば、二番主砲塔が根元から焼損、最悪の場合は爆散します!」

「艦体全体に致命的な歪みが発生! 魔導竜骨(キール・フレーム)、限界許容値に接近しています!」

「猫将軍への精神負荷(ペナルティ)、さらに再上昇しています!」

 

 

 限界に達した艦橋に、計器の悲鳴とともに警告が飛び交う。

 

 当然の物理結果だった。先ほどの一撃で、五隻の残骸を無理やり繋ぎ合わせた青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードの構造は、すでに壊死の限界を超えている。恋葉の脳組織も、強引に突っ張る艦体も、過電流に焼かれる主魔導回路も、すべてが物理的な悲鳴を上げていた。もう一度引き金を引けば、砲塔が溶け落ちるかもしれない。主骨格たる魔導竜骨(キール・フレーム)が自壊し、青葉という船そのものが真っ二つに折れるかもしれない。あるいは、統合制御者(マスター・コア)としてログインし続けている恋葉の意識そのものが、五隻分の莫大なデータに押し潰され、二度と戻らなくなるかもしれない。

 

 それでも、今、撃たなければならなかった。

 

 榛名の身を挺したゼロ距離一斉射によって、奇跡的に露出したヘカトンケイルの中枢術核(コア)は、長くは剥き出しになってくれない。こじ開けられた外殻は、すでに不気味な黒い魔力によって高速再構成され、塞がり始めている。うねる腕の群れが裂け目を覆い、肉とも術式ともつかない異形の物質が傷口の縁から狂気的な速度で増殖し、あの鈍い赤の光を再び暗黒の中に包み隠そうとしていた。

 

「破孔が閉じます!」

「コア反応、完全に遮蔽されます!」

射線(ライン)、あと五秒も持ちません!!」

 

 青葉の艦長は、泥水に濡れたガラスの向こう側、前方を冷徹に見据えたまま、通信機へ命じる。

 

「榛名、今すぐ離脱してください! そこはもう、本艦の砲撃に巻き込まれる!」

『了解。ですが、離脱(パージ)に数秒ください』

 

 榛名は、アンカーを支点にしたあの無茶な船体ドリフトの反動で、ヘカトンケイルの内懐(デッド・ゾーン)に深く入り込みすぎていた。水流を蹴って離脱しようにも、周囲にはすでに再構成を完了した無数の腕の網が迫っている。自らの懐に潜り込んできた不遜な戦艦を骨ごと磨り潰そうと、百腕の巨人の鋭い触肢が、一斉に鎌首をもたげて榛名の頭上へ覆い被さった。

 

 艦長は即座に戦術判断(ジャッジ)を下す。

 

「青葉、榛名(ハルナ)退路(セーフ・ライン)を撃つ。通常砲撃、左側腕群へ集中。猫将軍は、あの中枢術核(コア)だけを注視してください」

「二番主砲、左側腕群へ!」

「副砲群、榛名周辺の触肢をすべて叩き落とせ!」

「撃てぇ──ッ!!」

 

 青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードの砲撃が、激しく走った。

 

 それは決定打ではない。だが、榛名へ絡みつこうとしていた無数の腕の数本を強制的に撃ち払い、離脱するための一瞬の隙間(チャンス)を作るには十分すぎた。榛名が鋼鉄錨(アンカー)を切り離し、濁流の上で大きく船体を振る。艦尾が凄絶な白波を巻き上げ、満身創痍の高速戦艦が、ヘカトンケイルの内懐(デッド・ゾーン)から紙一重で離脱(パージ)していく。

 

『こちら榛名、完全離脱します!』

「よし。青葉、射撃弾道(クリア・ライン)維持」

 

 艦長の声は、冷徹なほどに静かだった。

 

「操舵、取舵五(ポート・ファイブ)。激流の流れに逆らうな。艦首の軸線だけを戦場に残せ」

取舵五(ポート・ファイブ)!」

「砲塔、中枢術核(コア)へフォロー!」

「方位盤、赤色反応(マナ・シグナル)を再捕捉!」

「猫将軍へのリンク、最小限を維持! 照準情報(データ)だけを通せ!」

 

 青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードが、濁流の上をドリフトしながら駆ける。

 

 船体構造(メイン・ハル)は悲鳴を上げて軋み、蒼白いプラズマが装甲の継ぎ目から不規則に散った。だが、艦長は無理に速度を殺さない。激流の流れと艦体の持つ圧倒的な慣性重量(モメンタム)を逆利用し、最小限の操舵で、砲口を剥き出しの中枢術核(コア)へと向け続ける。猫将軍に操艦の余計な生体負荷(ストレス)を一切渡さないため、乗員たちは必死にマニュアル操作で巨大な艦を支えきっていた。

 

 恋葉は、ただあの鈍い赤い光だけを見つめていた。

 

 視界は白く霞んでいる。限界負荷を告げる耳鳴りは止まらない。口の中にはどろりとした鉄の味が広がり、槌を握る指先の感覚はすでに麻痺して消失していた。だが、あの赤い光だけは、脳組織(システム)に直接焼き付いたように見えていた。

 

 腕ではない。

 

 外殻でもない。

 

 あの光る中枢を完全に断たなければ、ヘカトンケイルは絶対に止まらない。

 

「……ただの、砲撃じゃ、足りない」

 

 恋葉が、掠れた声で呟いた。

 限界値のコンソールにしがみつく近くの乗員が、驚愕に息を呑む。

 

「猫将軍……?」

「撃ち抜くだけじゃ……奴はまた再構成(リビルド)されます。ただの穴を開けるだけじゃ駄目です。あの中枢術核(コア)と……そこから世界に伸びる、術式の流れそのものを……根こそぎ、断ち切らないと」

 

 恋葉の声は消え入りそうなほどに弱かった。

 だが、その言葉には、理屈を置き去りにした職人としての奇妙なほどの確信があった。

 

 青葉の艦長が、通信越しに静かに、だが強固に問う。

 

『──できますか』

 

 恋葉は、感覚のない両手で、赤熱する神の槌をもう一度固く握り直す。

 

 その瞬間、青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードの砲口に集束しつつあった蒼白い魔力が、その形態を異常に変容させ始めた。質量で押し潰す丸い砲弾のような収束ではない。貫くための鋭い槍でもない。砲口から溢れ出た光は、薄く、鋭く、まるで巨大な白銀の「刃」のように、濁流の頭上へとどこまでも長く伸びていく。

 

 大口径砲の砲撃でありながら、それは空間を裂く剣閃

 砲口から放たれるのは、撃ち抜くためではなく、ただ「斬る」ための一撃。

 

「これは、砲撃じゃない」

 

 恋葉は、異常負荷(オーバーロード)による血の混じった息を深く吐き出しながら言った。

 

「戦場を……根こそぎ変えるための一撃」

 

 真紅のシステム警告(エラーログ)が、恋葉の網膜の奥で狂ったように弾け飛ぶ。

 

 通常火器管制外の術式変質を確認しました▼ 

 収束砲撃の形状変化を確認しました▼ 

 斬撃属性への変換を検出しました▼ 

 安全制限(リミッター)の強制解除を確認しました▼ 

 即時停止(緊急シャットダウン)を推奨します▼ 

 

 恋葉は、その警告のすべてを完全に切り捨てた。

 

 青葉の艦長が、短く、最後の引き金を引くように告げる。

 

『──射撃弾道(クリア・ライン)、開いています』

 

 榛名が命に代えてこじ開けた、ヘカトンケイルの肉の裂け目。その奥に、今だけ不気味に覗くヘカトンケイルの中枢術核(コア)

 

 狂気的に再構成される外殻が完全に閉じるまで、彼らに残された時間は──あと僅か数秒。

 

 恋葉は、神代の槌を握る両腕に、自らの全魂を込めた。

 そして、物理法則をねじ曲げて産み落としたその「異形の一撃」に、真の名前を与える。

 

「──マルミアドワーズ」

 

 青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードの砲口が、獲物の喉笛を噛み千切る獣の顎のように猛々しく開いた。

 

「マルミアドワーズ、撃てぇ」

 

 次の瞬間、世界のすべてを白銀に変える蒼白い閃光が、荒れ狂う濁流を真っ二つに引き裂いた。

 

 それは、先ほどのように圧倒的な質量で巨腕を弾き飛ばすための砲撃ではなかった。放たれた光は、細く、鋭く、不気味なほど冷徹に、濁流の水煙を物理的に切り裂き、大気を遮る砲煙を跡形もなく焼き払いながら──ヘカトンケイルの裂けた外殻の最深部へと、一直線に滑り込んでいく。

 

 鈍く脈打っていた赤い中枢術核(コア)が、圧倒的な白銀の光に呑み込まれる。

 

 刹那。

 

 戦場に轟き渡っていた、百腕の巨人の天を衝く咆哮が、完全に途切れた。

 

 青葉の放った蒼白い剣閃は、ヘカトンケイルの中枢術核(コア)を貫くのではなかった。ただ、冷徹に「斬り裂いた」のだ。

 

 輝く核を。

 

 網の目のように巡る術式回路を。

 

 不条理な魔力再構成(リビルド)の流れそのものを。

 

 ヘカトンケイルという神話級召喚体を物理現実に成立させていた『世界の理(システム)』そのものを、ただ一太刀のもとに真っ二つに断ち切った。

 

 そして──赤黒い濁流の上で、難攻不落を誇った百腕の巨人の巨体が、左右に綺麗に割れながら、音もなく崩れ落ちていく。

 

 恋葉は、手の甲で血に濡れた口元を乱暴に拭った。

 すべての限界負荷(ペナルティ)をねじ伏せ、赤熱する神の槌を、鋼鉄の甲板へ力ずくで打ちつける。

 

 一度。

 

 蒼狼(ボルテ・チノ)モードの巨大な艦体が、勝利を確信した獣のように、深く、低く唸る。

 

 もう一度。

 

 赤黒く荒れ狂う濁流の上に、世界の理を書き換えた重厚な金属音が響き渡る。

 そして恋葉は、左右に両断されて崩れ落ちていくヘカトンケイルを冷徹に睨み据えたまま、喉が裂けるほどの凄まじい声で叫んだ。

 

「──青葉、勝鬨ッ!!」

 

 その魂の咆哮に、限界を迎えていた青葉の艦内(インサイド)が一瞬だけ水を打ったように静まり返る。

 次の瞬間──艦橋(ブリッジ)から、砲塔から、炎の上がる損傷区画から、泥と血にまみれた乗員たちの爆発的な咆哮が沸き起こった。

 

『応ッ!!』

『ワレ、アオバ!!』

『──蒼狼(ボルテ・チノ)、健在ッ!!』

 

 泥水と血煙が吹き荒れる濁流の上で、五隻の遺志を宿した戦略級統合兵装艦:青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードが、天を仰いで猛々しく吠える。

 

 神話級の百腕の巨人は、完全に崩壊した。

 

 連盟本陣への最終突入路(ラスト・レーン)は、これ以上なく完璧に抉り開かれた。すべての意味を繋ぎ止めた、蒼い狼の勝鬨(かちどき)が、旧砦跡の血生臭い戦場へ、いつまでも、どこまでも高く轟き渡っていた。

 




戦略級統合兵装艦:青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モード

大破した青葉が、古鷹、衣笠、比叡、霧島の残したものを受け継ぎ、戦場で再び吠えた姿です。

壊れた艦を直したのではなく、沈んだ艦、傷ついた艦、なお戦場に残った艦のすべてを背負って、まったく別の形へと生まれ変わった青葉。

その中枢に立つのは、白い軍服を纏った猫将軍、彩音恋葉。

五隻分の出力を束ね、青葉の乗員たちに支えられながら、彼女はヘカトンケイルの中枢術核を斬るための一撃を生み出しました。

その名は、マルミアドワーズ。

砲撃であり、剣閃であり、蒼狼が戦場へ刻んだ勝鬨でもあります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。