Nocturne Reaper   作:Spica@お星

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突入

 青葉・蒼狼(ボルテ・チノ)モードの収束砲撃(バースト・ブラスト)が、金剛へ振り下ろされるはずだったヘカトンケイルの巨腕を横合いから撃ち抜いた。

 

 蒼白い閃光に軌道をねじ曲げられた巨腕は、旗艦金剛の艦橋を押し潰す寸前で大きく逸れ、赤黒い濁流の上へ叩き落とされる。水面が爆ぜ、泥水と黒い魔力の破片が巨大な水柱となって噴き上がり、艦橋の窓を叩く衝撃と轟音が金剛の船体を震わせた。背後ではまだ、百腕の巨人の咆哮と榛名の砲声、そして蒼狼となった青葉の砲撃音が途切れることなく響いている。だが、その一瞬だけ、金剛の前に道が開いた。

 

 Yo!曽郎は、一瞬たりとも迷わなかった。

 

「金剛、前進」

 

 短く、荒い号令が、緊迫した艦橋(ブリッジ)を叩く。

 

「機関、最大戦速(フル・アヘッド)を維持。針路そのまま。連盟本陣へ、戦列ごとねじ込め」

「了解! 機関、最大戦速(フル・アヘッド)維持!」

「針路、旧砦跡中央本陣!」

「艦首、最終突入路(ラスト・レーン)へ完全固定!」

 

 金剛の巨大艦体(メイン・ハル)が、濁流の上でさらにその突進速度を上げた。

 

 重厚な艦首が赤黒い水を真っ二つに割り、凄絶な白波が左右へと引き裂かれ、鋼鉄の船体へ泥水と苛烈な魔力残滓が容赦なく叩きつけられる。だが、背後の戦場を振り返る者は、艦橋に一人としていなかった。振り返るべき役目は、すでに青葉と榛名が、自らの身を挺して引き受けている。

 

 ならば、旗艦である金剛が果たすべき戦術任務(ミッション)は、たった一つだけだった。

 

 道を開いた者たちが命懸けで繋いだ突撃路を駆け抜け、連盟本陣の喉元へ至り、この不条理な戦争に、終わりの一撃を叩き込む。

 

「前方、腕部残骸(デブリ)――本艦の突撃進路(チャージ・ライン)上!」

濁流(サージ)に流されてきます! ……くっ、回避運動(イベイシブ・マニューバ)、間に合いません!」

 

 悲鳴に似た情報(アナウンス)が、緊迫した艦橋(ブリッジ)に木霊する。だが、その絶望を切り裂くように、Yo!曽郎の声音が響いた。神速の決断。そこには微塵の躊躇いもなかった。

 

「構うな」

 

 Yo!曽郎は即答した。

 

「踏み越えろ」

 

 冷徹なまでに静かな、しかし確固たる意志を孕んだ命令が下される。

 

 刹那、魔導戦艦『金剛』の重装甲艦首(バウ・アーマー)が、濁流の底へと没しゆく巨腕の残骸へ真正面から肉薄した。

 

 衝撃が艦を揺らす。

 

 艦体(ハル)が激しく跳ね上がり、鋼の骨格が軋み、無数の計器が狂ったように明滅する。甲板で待機していた突入班たちは、牙を剥く衝撃に翻弄されながらも、必死に固定具(クランプ)へとしがみついていた。

 

 だが、金剛は止まらない。

 

 ヘカトンケイルが遺した、亡骸(デブリ)。それを強靭な装甲で容赦なく粉砕し、泡沫逆巻く水面ごと圧殺する。水飛沫が陽光を浴びて残酷なほど美しくきらめき、砕けた残骸は濁流の深淵へと沈んでいった。

 

 すべての障害を蹂躙し、波濤を割りながら、気高き旗艦はただ一筋の閃光となり、旧砦跡の連盟本陣へと突き進む。

 

 塩宮は、その揺れを艦橋の中央で受け止めていた。手には盾があり、視線は前を向いている。ここまで来たことへの昂揚はない。青葉が腕を撃ち落としたことで突撃路は開いたが、それは勝利ではなく、ようやく本陣へ踏み込むための条件が整ったにすぎない。篝火を止め、連盟のこれからを断ち、これ以上の被害が広がらない形で戦争そのものを終わらせる。そのためには、艦砲で本陣を吹き飛ばすのではなく、人が降りて、直接制圧しなければならなかった。

 

「本陣外郭へ接舷してください。艦砲で更地にする必要はありません」

「分かってる」

 

 Yo!曽郎は、前方を睨んだまま口の端を吊り上げる。

 

「ここまで来て本陣ごと吹っ飛ばしたら、後始末が面倒になるからな」

 

 塩宮は否定しなかった。

 

 勝つだけなら、もっと簡単な方法はあった。焼き払えばいい。沈めればいい。遠距離からの艦砲射撃で防壁ごと本陣を跡形もなく粉砕すれば、戦いは一瞬で終わる。

 

 だが、それでは意味がない。

 

 ――だから、大砲の出番じゃない。

 

 ドォン、と足元の地面が爆発で揺れた。爆風の振動が鎧を叩き、濁った熱風が頬を撫でる。塩宮は重厚な盾を構え直し、硝煙の向こうにある連盟本陣を鋭く見据えた。

 

 必要なのは壊滅ではない。

 

 篝火を倒し、これ以上の血を流させず、この不毛な戦争の歯車を止めることだ。

 

 塩宮は魔導通信を開いた。

 

「全突入班へ通達。本陣外郭到達後、降下。目標は連盟指揮系統の制圧。無力化を優先してください。不要な追撃、過剰攻撃は禁止。繰り返します。目的は殲滅ではなく、戦闘継続能力の停止です」

 

 通信の向こうで、いくつもの声が重なった。

 

『了解!』

『突入部隊、準備完了!』

『拘束具、展開準備!』

『ヒーラー班、後続します!』

 

 Yo!曽郎はそれを横目で聞きながら、短く鼻を鳴らした。

 

「甘ぇな」

「そういう勝ち方を選びました」

「知ってるよ」

 

 戦艦『金剛』が本陣外郭へ迫るにつれ、連盟側の最後の抵抗もまた、狂気的な密度で激しさを増していった。崩落した陣地の奥から撃ち出されるのは、赤蓮の火球、凍てつく氷槍、紫電の雷撃、大地を穿つ土杭、そして大気を引き裂く風刃。すでに統制は乱れ、放たれる魔法弾幕の形は歪んでいる。だが、本陣を死守せんとする魔法職たちの執念は、まだ一歩も退いてはいなかった。

 

 死の濁流となって降り注ぐ極彩色の嵐。

 

 その絶望的な弾幕の真っ芯を、塩宮は一歩も引かずに突き進む。

 

 ガギィィン――ッ!

 

 空間を震わせる金属音が炸裂する。塩宮が構えた大盾は、押し寄せる魔力の奔流を真正面から受け止め、冷徹に弾き返していく。火花が散り、足元の石畳が爆風で砕け散る中、塩宮は無駄のない体捌きで衝撃をいなし、前進の歩みを一切止めなかった。

 

 背後には、圧倒的な破壊の象徴たる『金剛』の巨躯。

 

 しかし、今この戦場を切り拓くのは艦の砲火ではない。

 

 己の腕にある、一枚の盾だ。

 

 爆炎を切り裂き、硝煙をまといながら、塩宮は確実に敵陣の心臓部へと距離を詰めていく。その眼差しに宿る光は、嵐の渦中にあってなお、静謐なまでに冴え渡っていた。

 

「前方、魔法弾多数!」

「連盟側、防御線再構築中!」

「本陣外郭、魔法職隊が残っています!」

 

 Yo!曽郎が怒鳴る。

 

「弾種、拘束術式弾」

「装填!」

「うちーかた、始め!」

 

 Yo!曽郎の鋭い号令が響いた瞬間、金剛の副砲群が一斉に火を噴いた。

 

 ただし、それは敵陣を粉砕するための砲撃ではない。砲口から放たれたのは、殺傷を目的とした榴弾でも、防壁を吹き飛ばす徹甲弾でもなく、着弾と同時に魔法陣を展開し、対象の四肢と武器を絡め取る拘束術式弾(バインド・シェル)だった。砲弾は濁流の上を低く裂くように飛び、連盟本陣外郭で再構築されかけていた防御線の手前へ次々と着弾する。爆炎ではなく、淡い金色の鎖が広がった。

 

 着弾点から術式の輪が走り、瓦礫の上に展開していた連盟側の前衛たちの足元を絡め取る。盾を構えていた防御職が膝をつき、魔法職の詠唱が寸前で途切れ、逃げようとした斥候職の足首に光の鎖が巻きついた。拘束は完全ではない。抵抗すれば外せる。高レベルの前衛なら数秒で破れる。だが、その数秒で十分だった。

 

 塩宮はその隙を逃さない。

 

 迫り来る火球を盾のど真ん中で弾き、氷槍の軌道をミリ単位で傾けて受け流し、雷撃のエネルギーは大盾の外縁へと這わせて地面へ逃がす。

 

 パリィ、ジャストガード、衝撃緩和――。

 

 本来であれば、それらはゲームシステムがタイミングを感知し、プレイヤーの動きを補助するために用意されたものだった。だが塩宮は、システムアシストの発動を待たない。いや、待つ必要すらなかった。

 

 幾千、幾万もの戦場を潜り抜け、この世界の弾道とフレームを、その網膜に、その筋肉に叩き込んできた。システムが弾き出す『最適』な補正よりも早く、積み上げてきた経験と反射神経(プレイスキル)が、完璧な防御の軌道を肉体にトレースさせる。

 

 システムアシストの補正を「受ける」のではなく、自らの技量でシステムを「置き去り」にする。

 

 究極の完全手動制御(フルマニュアル)

 

 魔法の猛攻を冷徹にねじ伏せていくその姿は、このゲームシステムの想定を踏み越えた、もっとも重厚で堅牢な城だった。

 

「塩宮隊長、右前方ディスペルされます!」

「左から魔法剣持ち、二名――エンカウントまで3秒!」

「後続、突入ルートに入れます!」

「入ってください。防御職は私の左右へ。拘束班は倒れた相手を縛り直す。ヒーラー班、敵味方問わず、重傷者を後方へ」

 

 塩宮の指示は淡々としていた。

 

 砲煙と怒号の中でも、その声だけは不思議なほどよく通る。金剛の拘束術式弾が敵の動きを止め、塩宮が正面の弾幕を受け、突入部隊がその背後から本陣外郭へ食い込んでいく。連盟側のプレイヤーたちは必死に押し返そうとするが、すでに陣形は崩れていた。足場は悪く、濁流の飛沫が視界を奪い、背後の本陣からは指示が錯綜している。そこへ金剛から放たれる拘束術式弾が、ことごとく再編の芽を潰していった。

 

「第二射、装填終わり!」

「目標、敵魔法職隊前方!」

「撃てーーッ!!」

 

 ドン、と腹に響く重低音。再び、金剛の副砲群が天空から轟いた。

 

 寸分の狂いもなく撃ち込まれた砲弾は、連盟側魔法職隊の足元へと垂直に着弾する。

 彼らが展開しかけていた、巨大な複合魔法陣の幾何学模様。その真上へと、金剛の拘束術式(バインド・シェル)が容赦なく上書きされた。

 

「――術式干渉!?」

 

 詠唱中だった魔導士たちのスタンスが一斉に崩れる。

 

 強制硬直とバックファイアが敵陣を襲う。生成の途中だった火球は空気中で無惨に弾け飛び、大気を切り裂くはずだった風刃の軌道は明後日の方向へと乱れ、せり上がりかけていた土杭は半端な形のまま瓦礫となって崩落した。

 

「捕縛!」

「抵抗するな! 戦闘不能判定が入ればそれ以上は追撃しない!」

「武器を捨てろ!」

「ヒーラー、こっちに負傷者!」

 

 叫び声が幾重にも重なった。

 

 戦場は混乱していた。だが、その混沌の渦中にあって、連合側の意思ははっきりと一本の線として通っていた。

 

 ――殺すな。壊しすぎるな。止めろ。縛れ。治せ。押し込め。

 

 命を賭けるような熱量でぶつかり合うこの戦争において、それはあまりにも矛盾した命令だ。だが、それこそが塩宮の選んだ、誰も死なせずにこの戦争を終わらせるための唯一無二の勝ち方だった。

 

 対する連盟側にとっては、たまったものではない。

 

 艦隊の突入で防壁を強引にブチ破られ、あの巨大なヘカトンケイルですら進撃を止めきれず、今度は旗艦『金剛』が本陣のすぐ横に張りついて、命を奪うためではなく、手足を絡め取る拘束の砲撃を容赦なく浴びせてくる。

 

 防ぐための陣形は乱され、呪文の詠唱は爆風による姿勢の崩れで強制的に中断され、切り札たる近接職の突撃は、ことごとく塩宮の『盾』に止められる。

 

 押し潰すような盾の面でのシールドバッシュ。重心を低く滑り込ませて相手の体勢を崩す足払い。フレームの隙間を的確に突くカウンターの動き。反撃の火力はまだ残っている。一撃で戦況を覆すだけの意思も、まだ折れていない。だが、理不尽なまでに洗練された塩宮のプレイスキルの前に、連盟側は思うように戦わせてもらえなかった。

 

 生死の境を潜り抜け、戦いの中でしか身につかない本物の体術。

 

 その積み重ねによって、連盟側はただ一方的に、外堀を埋められていく。

 

「ふざけるなッ!」

 

 自由を奪われ、膝をついていた連盟側の前衛が血の滲むような声を上げ、脚を縛る光の鎖を力任せに引き千切った。そのまま飢えた獣のごとき速度で、塩宮へと飛びかかる。

 

 視界を焼き尽くすほどの、狂暴な炎を纏った大剣が頭上へ振り下ろされる。一歩間違えれば、命の灯火が文字通り消し飛ぶ一撃。だが、塩宮の心音は静かだった。彼は引くどころか、半歩だけ前へ足を踏み出した。

 

 激突の刹那。

 

 大盾の表面で、爆発的な炎の刃を受け止める。

 

 ――ただし、正面からまともにその質量と熱量を受けはしない。

 

 塩宮は手首のわずかな角度だけで盾を傾け、刃筋を斜め下へと滑らせるように受け流した。大剣の勢いが完全に死に、敵の重心が前のめりに流れた――その、一瞬。

 

 塩宮は盾の分厚い縁を、相手の剥き出しになった胸元へと静かに押し当てた。

 

 斬るのではない。

 

 骨を砕くような強烈なシールドバッシュで殴り飛ばすのでもない。

 

 ただ、相手の崩れた体勢をそのまま後方へと押し流し、重力に従って地面へ転がすためだけの、極限まで無駄を削ぎ落とした動作。

 

「――しまっ」

 

 背中から瓦礫へと倒れ込んだ前衛の足へ、塩宮が作った絶対的な隙を逃さず、背後の拘束班が放った光の鎖が再び、今度は幾重にもなって容赦なく巻きついた。

 

「次」

 

 塩宮は短く言った。

 

 その声に、連合側の突入部隊がさらに前へ出る。

 

 金剛の甲板では、なおも拘束術式弾の装填が続いていた。Yo!曽郎は艦橋から本陣外郭の混戦を睨みつけ、必要以上に前へ出すぎた味方の位置、拘束弾の着弾点、敵魔法職の詠唱位置をまとめて見ている。ガサツで荒い男だが、艦隊を預かる指揮官としての目は鈍っていない。

 

「三番、四番副砲、右へ修正! 友軍接近中!」

「了解、右へ二度修正!」

「着弾点、敵足元! 頭部を避けろ! 塩宮総司令にどやされるぞ!」

「拘束術式弾、第三射装填完了!」

「撃てぇーーッ!!」

 

 金剛の砲声が、また戦場を震わせる。

 

 拘束術式が広がるたび、連盟側の動きが止まり、連合側が一歩進む。だが、それでも本陣は簡単には落ちない。連盟側にも、ここを抜かれれば終わりだという理解がある。防御職たちは砕けた盾を構え直し、魔法職は詠唱を短縮し、ヒーラーは倒れた味方を引きずって後ろへ下げる。誰もが泥にまみれ、血を流し、怒号の中で自分の役目を果たそうとしていた。

 

 そのせいで、戦場はさらに崩れていく。

 

 金剛の拘束弾が作った隙間へ連合が流れ込み、連盟がその隙間を押し返し、押し返された場所へまた別の部隊が入り込む。防壁だった場所は瓦礫の山となり、陣地だった場所は濁流に削られ、足場を失った者たちが互いの肩を掴みながら、それでも武器を振るう。もはや、どこが前線で、どこが後方なのか、誰にも正確には分からなかった。

 

「右側、連盟防御職が押し返してきます!」

「拘束班、前へ! 殺すな、止めろ!」

「左側、魔法職隊、詠唱再開!」

「盾を上げろ!」

「ヒーラー、こっちだ!」

「敵、瓦礫上!」

「味方です、撃つな!」

 

 怒号が混じる。

 

 敵味方の声が重なる。

 

 土煙と水煙と砲煙が視界を奪い、瓦礫の上で何人ものプレイヤーが転がり、立ち上がり、また目の前の相手とぶつかった。号令は飛んでいる。指揮もまだ残っている。だが、戦場そのものが壊れすぎていた。大河によって地形は抉られ、艦隊によって防壁は砕かれ、ヘカトンケイルの暴威によって魔力の残滓が空気を歪ませている。整えようとした隊列は、次の瞬間には濁流と爆風に呑まれて崩れていく。

 

 混戦。

 

 その言葉が、今のこの戦場をもっとも正確に表していた。

 

 敵味方の怒号と火花が視界を埋め尽くす混沌の中、塩宮はその中心を、ただ真っ直ぐに進んだ。

 

 大盾を厳然と前に押し出し、正面から飛来する極彩色の魔法弾を肉体への衝撃ごと受け止め、あるいは手首の返しだけで斜めに弾き飛ばす。泥を跳ね上げて突っ込んできた連盟の前衛に対しては、鉄塊のごとき盾の縁を冷徹に突き出し、その突進のエネルギーをそのまま利用して後方へと押し戻す。

 

 決して、倒しきらない。

 

 決して、殺しにいかない。

 

 刃を振るって命の灯火を奪うのではなく、ただ、自分が前へ進むための障害として、邪魔な駒を淡々と退かせているに過ぎない。

 

 彼が一歩、重厚な足音を響かせて進むたび、背後に控える連合兵たちがその確実な足跡へと滑り込んでいく。血と泥の舞う本陣外郭の瓦礫の中に、塩宮の背中を起点とした、決して崩れない足場がわずかずつ、だが確実に構築されていく。

 

 ――不夜城。

 

 そう呼ばれる盾は、苛烈な混戦の中で敵陣を押し開いているその瞬間でさえ、そびえ立つ一基の城壁そのものだった。

 

 そのとき、混戦の奥深くで、極彩色の――五色の光が鮮烈に浮かび上がった。

 

 砕けた防壁の上、激しく舞い上がる土煙の向こう。崩れかけた連盟本陣中央の高台に、一人のプレイヤーが立っている。

 

 火、水、風、土、雷。

 

 五つの異なる属性の魔力が、あるものは狂暴な弾丸のように揺らめき、あるものは鋭利な剣の形を取りながら、その男の周囲を静かに、そして禍々しく巡っていた。

 

 塩宮は、それまで止めなかった足を、そこで初めて止めた。

 

 篝火もまた、混沌とした戦火の向こうから、真っ直ぐに塩宮を見据えていた。

 

 連盟本陣はすでに崩れ、陣形は失われている。飛び交う号令は戦場の怒号に呑み込まれ、世界は泥と血、そして『金剛』がもたらした硝煙の中で、輪郭を失いつつあった。

 

 だが――そんな狂騒の中心にあって、その二人の視線だけは、互いを決して見失っていなかった。

 

 篝火の唇が、不敵に、低く歪む。

 

「ようやく来たか、塩宮」

 

 呼びかけに対し、塩宮はすぐには言葉を返さなかった。ただ無言のまま、己の肉体の一部となった重厚な大盾を、深く、静かに構え直す。

 

「終わらせに来ました」

 

 塩宮の低く落ち着いた声が、戦場の喧騒を厳かに圧した。

 

 パチパチと空間を爆ぜさせ、火、水、風、土、雷の五色の魔力が、篝火の周囲で鋭く弾ける。膨れ上がる圧倒的な質量を前にしても、塩宮の掲げる大盾は微塵も揺らがない。

 

「なら、俺を越えていけ」

 

 篝火の言葉とともに、五つの魔力はそれぞれの武器の形をさらに鋭利に研ぎ澄まし、いつでも肉体を両断できる狂暴な軌道を描いて駆動を始めた。

 

 有象無象のプレイヤーたちが入り乱れる混戦の中心。

 

 互いの背負う意地と、この世界で磨き上げてきた技量が、狭い視界の真ん中で火花を散らす。

 

 ――不夜城と、五属性使い(エレメントマスター)

 

 この戦火を止めるための壁と、それを打ち破らんとする刃が、今、真っ直ぐに向かい合った。

 

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