最初に聞こえてきたのは、誰かの話し声だった。
「うーん、透也ちゃん全然起きてこないわね。誰かさんがボコボコにしたから……」
「満身創痍で頭も回らねえ状況であんな紛らわしいこと言われたら誰だって殴るだろ」
「でもあの子も意図して誤解を招くような事を言ったわけじゃない筈よ?」
「だとしたらコミュニケーション能力終わってんな」
低く、ぶっきらぼうな声だった。
その声が耳へ届いた瞬間、沈んでいた意識がゆっくり浮かび上がってくる。
「……ん」
ゆっくり目を開ける。
見慣れた天井だった。ASC事務所の仮眠室。
重たい瞼を擦りながら、机の上の電子時計へ視線を向けた。
日付が変わっている。どうやら俺は長い時間眠っていたみたいだ。
湊にあれだけ一方的に叩き潰されたのに、身体に痛みがほとんど残っていない。
俺は違和感を覚えながらゆっくり上半身を起こす。
「……あれ」
思わず脇腹を押さえるが全く痛くない。
腕も、肩も、全部だ。
昨日の戦闘で受けたダメージが綺麗に消えている。
俺は自分の身体を見下ろした。
服は着替えさせられていたが、包帯も無い。傷跡すら見当たらなかった。
「……」
一瞬だけ、思考が止まる。
青紫色の光、黒い装甲、視界を埋め尽くす拳。
そこまで鮮明に覚えているのに、身体に傷はない。
まさか夢だったのか、なんて考えが頭を過る。
だが、すぐに小さく首を振った。
「いや……そんなわけないか」
夢にしては生々しすぎる。
あの圧力も、殺気も、痛みも、あれは全て現実だった。
そこまで考えて、脳裏へ銀髪の少女の姿が浮かぶ。
「……ナオか」
彼女が治癒能力で俺の怪我を治してくれたのだろう。
俺は小さく息を吐きながらベッドから降りた。
身体を動かしてみても違和感は無い。本当に全部治っているらしい。
仮眠室の外からは、まだ声が聞こえていた。
「それにしても、透也ちゃんほんとに起きるの遅いわねぇ」
「傷は全て治したとはいえ、かなりの重体でしたから」
「……初めて使う力で加減する余裕がなかったんだ」
その会話を聞いた瞬間、俺の動きが止まる。
俺は無意識に少しだけ警戒しながら、仮眠室の扉へ手を掛けた。
ゆっくりと扉を開くと、事務所の光景が視界へ広がった。
いつものソファ。机の上に積まれた資料。飲みかけのコーヒー。
見慣れたASCの事務所。
その中に、一人だけ見慣れない存在が居た。
「……」
思わず身体が強張る。
ソファへ腰掛けていたのは灰崎湊だった。
黒いパーカー姿のまま、腕を組んで座っている。
その隣には、ナオがクッションを抱えながら小さく座っていた。
昨日より顔色は良いが、頬の擦り傷や服の汚れはまだ残っていた。
鋭い目付きも変わらない。
ただ座っているだけなのに、空気が張り詰めていた。
昨日の戦闘が脳裏へ蘇って、反射的に少しだけ後退りそうになる。
そんな俺へ、湊の視線が向いた。
空気が一瞬静まる。
数秒。重たい沈黙が落ちた後、湊は不機嫌そうに視線を逸らした。
「……本当に文字通り保護してるとは思わなかった」
申し訳なさそうな声だった。
「悪かったな」
「……え」
思わず間抜けな声が漏れる。
謝られた。
昨日、あれだけ殺気全開で殴り掛かってきた相手と同一人物とは思えず困惑した。
俺は数秒固まったまま瞬きを繰り返す。
「え、あ……いえ……?」
上手く言葉が出てこない。完全に思考が追い付いていなかった。
玲奈がそんな俺を見て吹き出す。
「透也ちゃんめちゃくちゃ困惑してるじゃない」
「いや、だって……」
そりゃ困惑もする。
昨日の戦闘を思い出すだけでまだ胃が痛い。
俺がぎこちないまま立ち尽くしていると、悠が苦笑しながら口を開いた。
「透也さんが気絶した後、彼に事情を説明したんだ」
「説明?」
「うん。ナオちゃんを保護した経緯とか、ASCのこととか」
悠はそう言いながら湊を見る。
「最初はかなり警戒されてたけどね」
「当たり前だろ」
湊が即答する。
「素性の知れない怪しい奴が、あんな意味深な事を言えば誰だって警戒するに決まってる」
「意味深……?」
なんのことだろうか。
俺は理解できずに首を傾げる。
そんな俺の様子を見て悠は少し困ったように笑った。
「でも、ちゃんと話し合いで解決できてよかったよ」
その言葉に、湊は不機嫌そうに眉を寄せる。
「あれが話し合いだと……?」
「え、ちょっとちょっと!また最初みたいな剣呑な雰囲気になってるじゃない!ここで暴れるのは絶対やめてよね!」
玲奈が思わず声を上げた。
「……別に暴れねえよ」
湊は低い声で言い切る。だが、昨日みたいな剥き出しの殺気は感じなかった。
その時、ソファの端に座っていたナオが小さく口を開く。
「でも湊は、あとさき考えないから、もしかしたら暴れるかも……?」
「暴れねえって言ってんだろ」
玲奈はそんな二人を眺めながら、面白そうに笑う。
俺は近くのソファに座って、視線を彼女へ向けた。
「結局、私が気絶してる間に何があったんですか?」
玲奈は俺の質問を聞くと、「あー、それね」と軽い調子で頷いた。
「私とナオちゃんがゲームしてたら、気絶した透也ちゃんと湊君を悠が連れて帰ってきたの」
「気絶?私だけじゃなくて湊も……?」
「ええ、二人ともすごくボロボロだったわ。特に湊君」
玲奈は呆れた様子で話を続ける。
「私は、いっつも悠にやりすぎないように言ってるのに、全然聞いてくれないんだから」
「ごめん……」
悠が困ったように笑う。
「最初は本当にとりつく島もなかったから、とりあえず無力化しようと必死だったんだ」
俺はちらりと悠を見る。
彼は気絶した俺を庇いながら覚醒した湊と戦って勝利を収めたと言うことか?
原作で悠と湊が戦うことは無かったけど、絶対に湊の方が強いと思っていたから少し驚いた。
玲奈は話を続ける。
「そのあとナオちゃんが三人まとめて治療したのよ」
「三人?」
「透也ちゃんと湊君、それと悠」
玲奈はそこで呆れたみたいに肩を竦める。
「悠、自分の怪我も酷いのに“僕は大丈夫だから先に二人を”とか言い出すんだもの」
「いや、僕は慣れてるから平気だし、二人の方が重傷だったし……」
「そういう問題じゃないの」
玲奈が即座に言い返す。
悠は苦笑するだけだった。
その横で、ナオがクッションを抱えたまま小さく呟く。
「……悠が一番ボロボロだった」
「え、そうかな……」
「うん。満身創痍って感じだった……」
悠は少しだけ視線を逸らした。どうやら図星らしい。
玲奈はそんな悠を見て、やれやれとため息を吐く。
「ナオちゃんがいてくれて本当に良かったわ。本当にすごいイデアね」
「別に、普通……」
ナオはいつもの調子で答える。
玲奈が即座に突っ込んだ。
「全然普通じゃないわ」
もう見慣れた流れになりつつあった。
俺はそのやり取りを眺めながら、小さく息を吐く。
少なくとも、前みたいな最悪の空気ではない。
その時だった。玲奈が何気ない様子で口を開く。
「そういえば、ヘリオスのことも聞いたわ」
「……え?」
思考が止まる。
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
ヘリオスの名前を聞いた瞬間、背中へ冷たいものが走った。
俺は反射的に湊とナオを見る。
二人とも特に慌てた様子は無い。つまり、普通に事情を説明しただけなのだろう。
だが。
「……」
頭の中で警鐘が鳴る。ASCが物語序盤からヘリオスのことを知るような展開は無かった。
原作に変化は?湊は何をどこまで話した?ASCはどこまで関わる?ヘリオス側の動きは?
色んな考えが一気に頭の中を駆け巡る。
そんな俺の反応を見て、玲奈が不思議そうに瞬きをした。
「透也ちゃん?」
「い、いえ……」
慌てて誤魔化す。
だが、自分でも動揺を隠せていないのが分かった。
玲奈は少し首を傾げながら続ける。
「透也ちゃんが前に言ってた組織でしょ?」
「まぁ、はい……」
「透也ちゃんもナオちゃんも、そこから追われてるんですってね」
玲奈の声色は軽い。
だが、その目は少し真面目だった。
ASCの社長として、彼女は状況をちゃんと把握し始めている。
その事実に、俺は小さく息を呑んだ。
今までは俺一人だけが知っていた。
でも、もう違う。
玲奈も、悠も、蓮司も、ヘリオスという存在を知ってしまった。
「……」
無意識に指先へ力が入る。
原作知識。それが通用しなくなったらどうなる?
そんな考えが頭を過った瞬間だった。
「お前は──」
低い声が響く。
視線を向けると、湊がじっとこちらを見ていた。
鋭い目付き。人を射抜くみたいな視線。
「初めて会った時、俺の力の事を知ってる様子だったな」
事務所の空気が少しだけ張る。
湊はソファへ深く座ったまま、腕を組んで続けた。
「お前の事情は知らねえが」
低く、重たい声だった。
「お前が俺達よりもヘリオスに詳しい事は明らかだ」
「……」
「ナオを助けてもらった恩はある、でもそれとこれとは話が別だ。知ってることを全て話せ」
その言葉で、空気が完全に変わった。
玲奈も悠も黙る。蓮司は静かにこちらを観察していた。
逃げ道を塞がれたような感覚だった。
当然だと思う。普通に考えれば、俺は不自然すぎる。
湊のように怪しむのは当たり前の反応だ。
「……全て、ですか」
俺は慎重に口を開く。
「そうだ」
湊は即答した。
「お前は俺がスーツを初めて生成した時も驚いた様子は無かったな。まるで俺がそうする事を最初から分かってたみたいに」
その通りだ。彼のスーツの事は原作知識で知っていた。
俺だけが、知っている。
この世界の未来を。ヘリオスがこれから何をするかを。どれだけ危険な存在かを。
でも、それをそのまま話すわけにはいかない。
俺は小さく視線を落とした。
「……全部は話せません」
その瞬間、空気がぴりついた。
湊の眉が寄る。
「理由は」
「話せない事情があります」
「それで俺が納得すると思うのか?」
鋭い声だった。玲奈も心配そうな顔で俺を見ている。
だが湊は視線を逸らさない。
「お前はナオの能力を初めて見た時も驚かなかったらしいな。最初から知ってたんだろ?」
湊が一つずつ確認するみたいに言葉を並べる。
「ヘリオスの事も俺とナオの力の事も知ってて”話せません“なんて、それで納得すると思うのかよ。お前がヘリオスからの刺客で俺達に取り入ろうとしてるって言われた方がまだ納得できるぜ」
正論だった。俺は小さく息を吐く。
「……それでも、話せません」
俺は顔を上げた。
「……確かにあなたの言うとおりです。私はヘリオスについて多くの知識がある。でも、敵じゃない」
言葉を口にする度、原作の記憶が脳裏を過る。
焼けた街。崩壊した建物。作中でヘリオス起こす騒動はどれも規模が大きく、同様に被害規模も尋常じゃない。
まだ序盤だ。今は表へ出ていないだけで、あの組織は確実に牙を研いでいる。
いまここで全てを話してしまうのは簡単だ。でもその結果、未来が変わってしまったら。
もしも主人公が、灰崎湊がヘリオスに敗北するような事態に陥ったら取り返しがつかない。
「……何故そこまで知っているんですか」
静かな声だった。
蓮司だ。彼は椅子へ座ったまま、静かにこちらを見ている。
だが、その目は鋭い。
「以前から思っていましたが、あなたは何を隠すような仕草が多い。加えて今回の件です」
蓮司は少しだけ目を細めた。
「灰崎さんが言う通り、今、信用を得るためには黙っている情報を話すのが一番早いかと。どうしても話すことはできないのですか?」
「……」
返答に詰まる。まずい。
玲奈や悠は感覚で受け止める部分がある。
でも蓮司は違う。理屈で考えるタイプだ。
ここで下手な事を言えば、俺はASCからの信用を一気に失う。
これ以上黙っている事は不可能だ。
事務所へ重たい沈黙が落ちた。
どう誤魔化す。どこまで話す。頭の中で必死に考える。
緊張からか、額を玉のような汗が流れる。
その時だった。
「はいはい、ストーップ!」
ぱんっ、と玲奈が手を叩いた。
事務所の雰囲気が少し軽くなる。
「もう、尋問みたいになってるじゃない!」
玲奈は呆れたように肩を竦めた。
「確かに透也ちゃん怪しいわよ?めちゃくちゃ怪しいわ!」
「玲奈さん……」
「でも、少なくとも、ぼろぼろのナオちゃん助けたのは透也ちゃんよ!」
玲奈は真っ直ぐ湊を見る。
「透也ちゃんが敵ならそのまま連れて行けばいいんだし、ナオちゃんを助ける必要ないじゃない」
その言葉に、空気が少しだけ変わる。悠も静かに頷いた。
「僕も透也さんを信じるよ」
柔らかい声だった。
「透也さんが今まで僕達へ危害を加えたことはないし、むしろ助けてくれてる事の方が多いくらいだ」
悠はそこで一度言葉を切って、視線を俺に向けた。
「それに透也さんが困ってる人を放って置けない性格なのは、今までの透也さんを見てたら明らかだしね」
「悠さん……」
悠はなんでもない事かのように笑いながら話を続ける。
でも、その言葉には確かな意志があった。
湊は不機嫌そうに眉を寄せる。
数秒、黙り込んだ後、小さく舌打ちした。
「湊君、全然納得のいってない顔をしてるわね」
玲奈はけらけら笑っている。
その横で、ナオがクッションを抱えながら小さく口を開いた。
「……透也は悪い人じゃないよ」
事務所の視線がナオへ向く。
ナオは少しだけ視線を伏せながら続けた。
「……ずっと、本当にみんなの心配してたから」
「……」
思わず言葉を失う。俺はナオから感情を読まれてたのか。
だったらもっと早く味方してくれても良かったのでは?
玲奈は「へぇ〜」みたいな顔でこっちを見ているし、悠は少し安心したみたいに笑っていた。蓮司は何故か呆れた様子で俺を見ている。
湊だけは難しい顔をしたままだった。だが数秒後、舌打ちをした。
「……チッ」
不機嫌そうな声。でも、その直後。
「……わかったよ。とりあえずは敵じゃないと認めてやる」
低い声でそう言った。
玲奈がぱっと顔を明るくする。
「よーし!じゃあ協力関係成立!」
「協力?勝手に決めんなよ」
「ヘリオスって大きい組織なんでしょう?だったら味方は多い方がいいじゃない」
玲奈は満足そうに頷いた。その様子を見て湊が再び舌打ちをしている。
「透也ちゃんが死ぬほど気まずそうで物凄く焦ったわ!」
「お手数おかけして申し訳ないです……」
「でもまぁ、結果オーライね」
「社長はもう少し危機感持ってください」
いつものやり取り。でも、今はその空気が少しだけ心地良かった。
その時、不意に湊が立ち上がった。
「……帰るぞ、ナオ」
「あ、うん」
ナオもクッションを置いて立ち上がる。どうやらもう帰るらしい。
玲奈が「あら、もう?」と少し残念そうな声を出した。
「泊まってくれてもいいのに」
「断る。こんな騒がしい場所じゃ眠れねえよ」
湊が即答する。
「というか、ここに長居する理由もねえ」
「つれないわねぇ」
玲奈は唇を尖らせる。ナオはそんな玲奈を見た後、小さく頭を下げた。
「……ありがとう」
静かな声だった。
「ご飯も、寝る場所も……すごく助かった」
「いいのよいいのよ!」
玲奈は嬉しそうに手を振る。
「また遊びに来なさい!」
「……うん、またゲームしにくるね」
「ええ、今度は私が勝つわ!」
玲奈が真顔になった。ナオの口元が少しだけ緩む。
そんなやり取りを見ていると、ナオが昨日まで命懸けで逃げていたなんて思えないかった。
だが、湊だけは最後まで気を緩めていなかった。
扉へ向かいながら、不意に立ち止まる。
そして、少しだけこちらを振り返った。
「……榊透也」
名前を呼ばれて、思わず顔を上げる。
湊は数秒黙った後、低い声で言った。
「俺はまだお前を信用したわけじゃねぇ」
「……でしょうね」
「だが」
湊の青い目が真っ直ぐこちらを射抜く。
「ヘリオスを潰すなら、お前の持っている情報は必要だ」
静かな声だった。
「だから今は利用してやる」
全部俺のせいだけど、この主人公だいぶ当たりが強いな。
思わず少し笑いそうになる。すると湊は露骨に眉を寄せた。
「何笑ってんだ」
「いえ、別に」
「チッ、気持ち悪いな……」
「酷くないですか?」
玲奈が横で吹き出していた。
そんな空気の中、ナオが扉の前で小さくこちらを見る。
「……透也」
「はい?」
「また怪我、治してあげるね」
「できれば怪我しない未来を希望したいんですが」
「それは多分無理……」
真顔で言われた。否定できないのが悲しい。
そのまま湊とナオは事務所を後にする。
扉が閉まる。
少しだけ静かになった事務所で、俺は深く息を吐いた。
ヘリオス、原作、未来の変化。不安は消えない。
でも、少なくとも今だけは、少しだけ状況が前へ進んだ気がした。
♢
薄暗い空間だった。
長い通路。白く無機質な壁。規則的に点滅する非常灯。
低温に保たれた空気には、薬品と金属の匂いが混ざっている。
静かすぎる空間だった。
奥へ進むほど、世界から切り離されていく感覚が強くなる。
まるで巨大な研究施設そのものが、何かを隠すために地下へ沈められているみたいだった。
重厚な自動扉が開く。その先に広がっていたのは、巨大な管制室だった。
壁一面を埋め尽くすモニター。青白い光。複雑に走るコード。
暗い室内の中で、無数の画面だけが静かに明滅している。
そして、その全ての中心に映されているのは一人の少女だった。
銀髪。緑色の瞳。細い身体。
黒い眼鏡を掛けた少女が、映像の中で何度も能力を発動している。
空気が歪む。
砕けた瓦礫の破片が弾丸みたいに加速する。
衝撃が捻じ曲げられ、運動の流れが強引に書き換えられていく。
その度に解析ウィンドウが高速で展開され、膨大な数値が流れていた。
その中央。
白衣姿の男が、一人で静かにモニターを見上げていた。
白い手袋を嵌めた指先が、時折淡々と端末を操作している。
男は何も喋らずに、ただ、映像を見ていた。
透也が苦しげに能力を制御する姿。
覚醒した灰崎湊の攻撃を受けながら、それでも立ち上がる姿。
限界まで追い詰められながら、前へ出ようとする姿。
その全てを、無言で観察していた。
やがて映像が切り替わる。
青紫色の光が灰崎湊に纏わりつき黒い装甲が形成される瞬間。
暴力的なエネルギーが噴き上がり、周囲を破壊していく。
その映像を見た瞬間だった。
「ははっ」
低い笑い声が響く。
部屋の奥。暗闇の中から、一人の男が姿を現した。
長身。黒いジャケット。後ろへ撫で付けられたオールバック。
鋭い眼光や、鍛え抜かれた身体は、まるで獣のような威圧感を放っている。
男は白衣の男の隣まで来ると、モニターへ映る灰崎湊を楽しそうに見上げる。
青紫色の粒子。砕けるアスファルト。爆発的な踏み込み。
その荒々しい映像を見ながら、男の口元が獰猛に歪んだ。
「こいつは良いな……!」
その声には純粋な熱があった。
「俺はこういう奴を待ってたんだ」
男は笑う。白衣の男は何も答えずに、ただ静かに映像を見つめている。
ジャケットの男は気にした様子もなく、腕を組みながらモニターを見上げた。
そこでは灰崎湊と透也が激突していた。
湊の暴力的な力を前にしても、透也は倒れない。
満身創痍になりながら、それでも前へ出続けている。
その姿を見て、ジャケットの男が小さく息を吐く。
「こいつがセカンド?あの爆発で生きていたのか」
白衣の男の視線が、僅かに動く。
モニターの中の透也を見つめる目には、奇妙な冷たさがあった。
まるで人ではない何かを見ているような、そういうものを見る目だった。
数秒の沈黙。やがて白衣の男が、ぽつりと呟く。
「……アレがセカンドだと?運良く生き残っただけの失敗作だろう」
静かな声だった。だが、その一言だけで空気が冷える。
ジャケットの男はモニターから目を離さないまま、小さく笑う。
「失敗作、ねぇ……」
男は楽しそうに灰崎湊の映像を見る。
覚醒したばかりとは思えない程、圧倒的な暴力。
それへ食らい付く透也。
二人の衝突を見ながら、男はどこか嬉しそうだった。
無数のモニターのその中央で、白衣の男だけが透也の映像を無言で見つめ続けていた。