耳障りな警報音で目が覚めた。
頭の奥を直接掻き回されるみたいな不快な音だった。
意識が浮上した瞬間、肺の中へ冷たいものが流れ込みそうになって、俺は反射的に息を止める。
ぼやけた視界の向こうで赤い警報灯が点滅していた。
ゆらゆら揺れる光。浮かび上がる泡。
そこでようやく、自分が水の中にいるのだと理解した。
何だこれ。
混乱したまま身体を動かそうとするが、妙に感覚がおかしい。
思った通りに力が入らない。
手足が自分のものじゃないみたいだった。
冷たい液体が肌にまとわりつき、鼓動だけがやけにうるさい。
息が苦しい。
このままじゃまずいという焦りだけが先に立ち、俺は目の前のガラスを思い切り叩いた。
鈍い音が響く、だがガラスはびくともしない。
パニックになり、俺はもう一度腕を振り上げた。
その瞬間だった。
身体がふっと軽くなるような感覚が走る。
次の瞬間、轟音と共に目の前のガラスが内側から爆ぜ飛んだ。
「──っ!?」
大量の水が一気に外へ流れ出し、俺自身も床へ叩き出される。
「がっ、ぁ……!」
肺へ入り込んだ水を吐き出すように何度も咳き込みながら、濡れた床へ手をついた。
喉が焼けるように痛い。
荒く呼吸を繰り返しながら、俺は呆然と割れた水槽を見た。
今、何が起きた?ガラスが割れた?俺が割った?
いや、違う、叩いた時に割れるような様子はなかった。
意味が分からない。
混乱したまま自分の手を見る。
そこでようやく異変に気付いた。
白くて細い指、骨張っていない華奢な手。
見慣れた男の手じゃない。
嫌な予感に駆られて視線を落とす。
濡れた長髪が肌へ張り付き、細い肩を伝って水滴が落ちていく。
胸元には明らかな膨らみがあった。
「……は?」
漏れた声が高い、自分の声じゃない。
その事実が遅れて脳へ届き、俺は完全に思考を停止させた。
女だ。
どう見ても。
夢かと思った。
だが肌へ張り付く冷たい空気も、床の硬さも、生臭い薬品の臭いも妙に生々しい。
痛みも寒さも鮮明だった。
夢にしてはリアルすぎる、思考が纏まらない。
その時、遠くで爆発音が響いた。
施設全体が揺れ、天井から砂埃がぱらぱらと降ってくる。
『──第三区画にて能力暴走を確認』
無機質な機械音声が響く。
『全職員は直ちに避難してください』
再び爆発、赤い警報灯が不気味に明滅する。
俺はようやく周囲を見る余裕ができ、そこで息を呑んだ。
広い部屋だった。
無数のガラス水槽が並んでいる。
その中には人が浮かんでいた。
子供だ、少女、少年。
みんな目を閉じたまま、青白い液体の中で漂っている。
点滴の管、奇妙な機械、薄暗い照明。
まるで映画で見る実験施設そのものだった。
得体の知れない恐怖を感じながら再び辺りを見回すと、その中の一つへ視線が止まった。
銀髪の少女が浮かんでいる。
俺と同じ色の髪。
ガラスに映る自分の顔立ちと奇妙なまでに似ていた。
姉妹みたいだった。
だが、その少女はぴくりとも動かない。
他の連中も同じだ。
動いているのは俺だけだった。
背筋が冷たくなる。
『脱走者を確認! 第二区画へ急行しろ!』
遠くから怒号が響いた。
銃声、誰かの悲鳴、それから爆発。
びくりと肩が跳ねる。
ここにいてはいけない、本能的にそう理解した。
俺は慌てて周囲を見回し、近くへ落ちていた白いシーツを掴む。
ぐちゃぐちゃのまま身体へ巻き付け、とにかく裸を隠した。
足元は裸足のままだったが、そんなことを気にしている余裕はない。
ふらつきながら廊下へ飛び出す。
薄暗い通路には煙が充満していた。
焦げ臭い空気、赤い警報灯。
白衣の研究員たちが怒鳴りながら走っていく。
黒い戦闘服の連中が武器を構え、どこかへ向かっていた。
崩れた壁、至る所に張り付いた血痕、地獄みたいな光景だった。
俺は息を切らしながら、とにかく見つからないように人の流れと逆方向へ走る。
途中、何度も転びかけた。
その度に身体が妙に軽くなる感覚が走る。
無意識に床を蹴りすぎて跳ね飛びそうになったり、逆に急停止しすぎて前のめりになったり、自分の身体なのに全く制御が利かない。
訳が分からない、だが、それでも逃げるしかなかった。
どれくらい走ったのかも分からないまま、気付けば俺は薄汚れた廃棄区画みたいな場所へ辿り着いていた。
崩れた建物、積み上がるゴミ、雨漏りする天井。
どうやら施設の外らしい。
冷たい夜風が濡れた身体を撫で、そこでようやく俺は膝から崩れ落ちた。
怖かった、意味が分からなかった。
とりあえず冷静になって状況を理解しようと試みる。
目が覚めたら見知らぬ場所で女性になっていた。能力暴走という聞き慣れない単語もそうだ。
意味がわからない、物語ではありふれた展開だな、なんて現実逃避を始めてしまう。
ふと、昔暇つぶしで読んでいた転生物の本を思い出した。
──もしも自分の考えた通りなら今の自分の状況は十中八九TS転生という物なのだろう。
理解できないが、そうなのだと無理矢理に飲み込んだ。
そうして状況の把握を終えてから、もう二度と両親に会えなくなってしまったのだという事実が遅れて胸へ押し寄せてきた。
「……っ」
喉が詰まる。
帰ろうと思っていたのに。
謝ろうと思っていたのに。
親孝行だって、何一つできていなかった。
そのまま俺はしばらく声を殺して泣いた。
赤の他人みたいな少女の身体で泣きながら、自分が本当に死んだのだとようやく理解していた。
―――――――――――――――――――――――――――
どれくらい泣いていたのか分からない。
気付けば警報音は遠くなっていて、代わりに廃棄区画を吹き抜ける風の音だけが聞こえていた。
鼻を啜りながら顔を上げる、崩れたコンクリートの隙間から、ぼんやりと夜空を眺める。
もう帰れない、その事実を理解してしまうと、逆に頭が冷えていく。
「……どうすんだよ、これから」
掠れた声で呟く。
当然、返事なんかない。
とりあえず現状を整理しようとして、そこで俺は改めて自分の格好を見下ろした。
シーツ一枚、しかも濡れてる。
最悪だった。
このままじゃ普通に凍えるし、裸の少女なんてどう見ても不審者だ。いや、不審者というか通報案件である。
頭を抱えたくなる、その時だった。
「おいおい、何だぁ?」
背後から下卑た声が聞こえた。
びくりと肩が跳ねる。
振り返ると、薄暗い路地の奥から男が二人歩いてくるところだった。
汚れたジャケット。酒臭そうな顔。目付きが終わってる。
いかにもチンピラだった。
「……」
嫌な予感しかしない。
男たちの視線が、シーツ越しの俺の身体を舐めるように動く。
「こんなとこで何してんの、お嬢ちゃん」
「家出? つーかヤバ、めっちゃ可愛くね?」
心臓が嫌な音を立てた。
まずい。
本能的にそう思った。
だが男たちは逃がす気なんてないらしく、じりじり距離を詰めてくる。
「怖がんなって」
「ちょっと遊ぼうぜぇ」
その瞬間、前世の記憶が嫌に鮮明に蘇った。
怒鳴る上司、逃げ場のない職場、見て見ぬふりをする周囲。
嫌だった。
また一方的に搾取される側になるのは。
気付けば一歩後ろへ下がっていた。
すると身体がふっと軽くなる。
「――は?」
次の瞬間、景色が一気に流れた。
地面を蹴った感覚すら曖昧なまま、俺の身体は数メートル後方まで吹き飛ぶみたいに移動していた。
「なっ!?」
男たちが目を見開く。
俺自身が一番驚いていた。
今の何だ、訳が分からない。
だが混乱している暇はなかった。
「イデア持ちか!?」
男の一人が叫ぶ。
イデア?
意味は分からないが、次の瞬間には男が懐からナイフを取り出していた。
「クソガキが!」
反射的に逃げようとして、また身体が加速する。
景色がぶれる、止まれない。
「うおっ!?」
今度は勢い余って壁へ激突しかけた。
だが衝突する寸前、身体が急停止する。
まるで慣性が消えたみたいだった。
頭が追いつかない、何なんだこの身体。
男たちも完全に動揺していた。
「こいつ何だよ!?」
「どんな能力だ!?」
知らない、というか俺が知りたい。
だが状況を飲み込むまもなく、次の瞬間、ナイフを持った男が突っ込んできた。
反射的に避けようとして、また世界が歪む。
身体が横へ滑った。
突進を避けられた男が勢い余って転ぶ。
「ぐぁっ!?」
鈍い音、男の顔面がコンクリートへ叩き付けられた。
血が飛ぶ、どうやら気を失ったようだ。
俺は息を呑んだ。
やった!よくわからないけど俺が倒した!
内心飛び跳ねるように喜んでいたが、そこで怯んでくれるほど相手は優しくはないらしい。
もう一人が怒鳴りながら殴りかかってくる。
怖かった、喧嘩なんてしたことない、身体が震える。
それでも、逃げたくなかった。
もう二度と、何もできないまま流されるだけの人間にはなりたくなかった。
男の拳が迫る。
その瞬間、俺は半ば無意識に相手の腕を掴んだ。
するとまた、あの感覚。
軽くなる。
次の瞬間、男の身体がとんでもない勢いで吹き飛んだ。
「は……?」
男が瓦礫へ突っ込み、そのまま動かなくなる。
静寂。
自分の荒い呼吸だけがやけにうるさかった。
俺は呆然と自分の手を見る、意味が分からない。
だが、今のが自分のやったことだということだけは何となく理解できた。
しばらくその場へ立ち尽くした後、俺は恐る恐る倒れた男たちへ近付く。
死んではいないらしい、気絶しているだけだ。
そこでふと、男のポケットから分厚い財布がはみ出しているのが見えた。
手が止まる。
「……いや」
流石に駄目だろ、そう思う。
だが同時に、現実が頭をよぎる。
金がない、服もない、泊まる場所もない。
このままだと普通に野垂れ死ぬ。
俺はしばらく悩んでから、小さく息を吐いた。
「……借りるだけ、だ」
誰に向けた言い訳なのか、自分でも分からなかった。
そして財布の中身を見て、俺は思わず固まった。
「……多くないか?」
札がぎっしり入っていた、しかも一万札ばかりだ。
ざっと見ただけでもかなりの額がある。
普通のチンピラが持ち歩く金額じゃない。
胡散臭さしかなかった。
というか絶対まともな金じゃない。
だが今の俺には、そんなことを気にしている余裕もなかった。
最低限だけ借りる。
そう決めて何枚か抜き取ろうとしたのだが、財布の中には現金以外に身分証もカードも入っておらず、逆に怖くなる。
「……何の仕事してんだこいつら」
ぼそりと呟き、結局財布ごと貰うことにした。
あとでちゃんと返します。きっと、多分、恐らく...
そう自分へ言い聞かせながら財布をシーツの隙間へ押し込む。
我ながら情けない。
だが背に腹は代えられなかった。
俺は気絶した男たちへ小さく「悪い」と呟いて、その場を後にする。
廃棄区画を抜けるまでかなり時間がかかった。
道が入り組んでいる上、そもそも土地勘がない。
しかもこの身体、妙な癖があった。
普通に走ろうとしても、力の入れ方を間違えると急加速する。
逆に止まろうとすると身体が変な勢いで静止するのだ。
何度も転びかけた。
というか途中で一回派手に壁へ突っ込んだ。
普通なら鼻血くらい出そうな勢いだったのに、痛いだけで済んだ辺り、この身体自体かなり頑丈らしい。
「……何なんだよ、ほんと」
誰へともなく呟く。
だが返事はない。
やがて、薄暗かった景色に少しずつ光が混じり始めた。
廃棄区画を抜けたのだと気付いた時、俺は思わず足を止める。
目の前には街が広がっていた。
巨大な立体映像の広告、忙しなく空を飛ぶドローン、高層ビルへ映し出される映像。
夜だというのに街は明るく、人で溢れている。
だが、その光景には妙な違和感があった。
ビルの大型モニターに映っているのはニュース番組らしかった。
『本日未明、湾岸地区の工場地帯にて大規模爆発事故が発生――』
状況から見るにおそらく先ほどまで俺がいた場所だろう。
そこで一瞬、映像が切り替わる。
炎、崩壊した施設、そして、ぼやけた監視カメラ映像。
画面の端の方で小さく誰かが少女?を抱えて走っているのが見える。顔はよく見えない。
すぐに映像は切り替わったが、妙な胸騒ぎを感じて俺の心臓は嫌な音を立てた。
何となく映像から目を逸らし、俺は慌てて人混みの中へ紛れ込む。
とにかく服が欲しかった。
シーツ一枚で街を歩くのは流石に限界である。
周囲からめちゃくちゃ見られていた。
当たり前だ、俺でも見る。
ガラスへ映った自分の姿を見て、余計に頭が痛くなった。
美少女だ、自分で言うのもどうかと思うが、かなり。
銀髪に硝子のような緑色の瞳。肌は異様に白く、顔立ちも人形みたいに整っている。
こんなの目立たないわけがない。
「……最悪だ」
思わず呟く。
中身はブラック企業勤めの元社畜男なのに、外見だけ見ると漫画のヒロインみたいな美少女だった。
頭がおかしくなりそうだ。
俺は逃げるように適当な服屋へ飛び込んだ。
店内へ入った瞬間、茶髪の元気そうな女性店員がぱっと顔を上げる。
そして次の瞬間、目を輝かせた。
「えっ、すご……可愛い……!」
「……へ?」
「お客様めちゃくちゃ綺麗ですね!? モデルさんとかですか!?」
「い、いや違っ――」
「こちらへどうぞ!」
逃げる暇もなく、気付けば俺は試着室へ押し込まれていた。
「え、ちょ、待っ――」
「お客様絶対白系似合いますよね!? あーでもこっちもいいな……!」
何故か店員のテンションが高すぎる。
次々服を持ってこられる。
ワンピース。
スカート。
ニット。
コート。
他にも色々、訳が分からない。
「いや、あの、俺──」
「この髪色ほんと綺麗……地毛です?」
「……」
悪意のない眼差しで髪を撫でながらこちらを見つめてくる。
もう駄目だった、押しが強すぎる。
というか、女性店員相手に強く出られない辺り、前世のコミュ障気質が抜けていない。
気付けば俺はされるがまま着替えさせられていた。
最終的に選ばれたのは、店員の人が持ってきた、たくさんの服の中から俺が適当に手に取った物だった。白いニットに黒のロングスカート、その上から薄手の淡いグレーのコートを羽織った格好だった。
鏡を見る。
知らない美少女がいた。
「……」
「すごくお似合いですよ!」
店員が満面の笑みで言う。何か大きな仕事を成し遂げた後のような達成感が滲み出ている。
俺は頭を抱えた。
だが、シーツ姿だった時より遥かに安心感があるのも事実だった。
ちゃんと服を着ている。
それだけで少しだけ、自分がまともな人間へ戻れた気がした。
結局おすすめされるまま下着やら最低限の着替えやパジャマまで買わされ、店を出た頃には俺の精神はかなり削れていた。
「……疲れた」
思わず呟く。
精神的疲労が凄い。
そのままふらふら歩き回った末、俺は近くにあったネットカフェへ逃げ込むように入店した。
―――――――――――――――――――――――
ネットカフェの受付は幸い無人だった。
端末で会員登録を済ませるタイプらしい。
正直かなり焦った。
身分証とか要求されたら終わりだと思ったのだが、簡易登録だけで普通に入れてしまった。顔認証らしきものが一瞬あったが、それだけだ。
未来だな、と場違いな感想が浮かべながら歩く。
個室へ入った瞬間、俺はその場へ崩れ落ちた。
「……疲れた……」
今日だけで人生何回分疲れたんだろう。過労死しそうだ。
いや、実際一回死んでるんだけど。
それにしても、この薄暗い個室、安っぽいマット。
ドリンクバーの匂い、やけに人工的な空調音。
前世でも終電逃した時に何度か使ったことがある空間だった。
妙な安心感があった。
知らない世界のはずなのに、ネットカフェだけ妙に変わってなくて笑いそうになる。
俺は荷物を置き、深く息を吐いた。
そこでふと、鏡代わりに真っ黒なモニターへ映った自分の顔が目に入る。
やっぱり美少女だった。
「……ほんと誰だよ」
ぼそりと呟く。
なんとなくモニターに向かって微笑んでみるが表情筋がピクリとしか動かず殆ど変化がない。
俺は無表情系美少女みたいだな、なんて戯けてみる。
さっき店員が騒いでいた理由も分かる。
こんなの普通に歩いてたら目立つに決まっていた。
しかも中身は元社畜男だ、脳がバグる。
俺は頭を抱えながら、とりあえず備え付けのパソコンを起動した。
まず情報が欲しかった、ここがどこなのか、何が起きているのか、自分は何になったのか。
知らないことだらけだ。
起動したブラウザのトップページにはニュースが並んでいた。
『湾岸工場地帯にて大規模事故』
『違法イデア研究の可能性』
『企業ヒーロー“ヴァルハラ”が調査開始』
その文字を見た瞬間、俺の指が止まる。
「……イデア?」
聞き覚えのない単語だった。
いや、違う、知っている。
知っているはずだ。
だが記憶が上手く繋がらない。
俺は震える手で検索欄へ「イデア」と打ち込んだ。
大量の検索結果。
『イデアとは、人体へ発現する特殊能力の総称』
『イデア保持者の人口割合は──』
『ヒーロー企業への就職率──』
心臓が嫌な音を立てる。
まさか、そんなわけ。
俺は半ば無意識に別のページを開いた。
動画サイトだった。
適当に再生された広告映像が流れ始める。
『君のイデアで、人々を救おう!』
明るいBGM、笑顔のヒーローたち、企業ロゴ。
炎を操る男、空を飛ぶ女、巨大な怪物を倒し、歓声を浴びるヒーローたち。
『未経験歓迎! 充実した福利厚生!』
『ヒーロー企業アーク・フロンティア新人募集!』
頭が真っ白になる。
俺は知っていた、この世界を、この空気を。
この単語を。
『アステリオン』
俺が前世で一番好きだったヒーロー漫画。
『イデア』と呼ばれる異能の力がありふれた世界。
企業がヒーローを商品として扱う世界。
明星市に住む青年“灰崎湊”。
主人公である彼はある日、何者かに実験施設へと攫われて謎の組織『ヘリオス』の実験体にされて、それによりイデアを手にする。
そしてその施設を脱出する際に自分と同じく実験体にされていた謎の少女“ナオ”と出会い、正義感の強い湊はナオを連れて共に脱出する。
この2人を中心としたストーリーで、湊は企業に所属しない非公認ヒーロー『アステリオン』として武力による世界支配を目論むヘリオスと戦い、時には組織の謎を暴き。そしてそれがより大きな戦いに発展していくのだ。
湊とライバルのヒーローとの共闘やヴィランとの戦いや、ナオの秘密が明らかになるシーンなど、最新話が更新されるたびにワクワクしながら読んでいた。ブラック起業勤めの社畜であった俺の数少ない娯楽でもあった。
「……は、はは」
乾いた笑いが漏れた。
冗談みたいだった。
だが、点と点が全部繋がってしまう。
研究施設。実験体、銀髪の少女。
そして、自分のこの身体。
「俺…アステリオンの世界にナオの失敗作として転生したのかよ……」
呟いた瞬間、背筋が寒くなる。
思い出してしまった。
この作品が、どんな世界だったのか。
企業ヒーローの華やかな表側。
その裏で切り捨てられる人々。
人体実験。
能力犯罪。
死体みたいに人が転がる裏路地。
そして。
灰崎湊とナオが辿る、あまりにも困難な戦いの数々。
俺はモニターを見つめたまま固まる。
画面の隅では、まださっきの広告が流れていた。
『さぁ、君もヒーローになろう!』
その眩しい笑顔が、妙に遠く感じた。